幻想郷に博麗神社と守矢神社という二つの神社があるのであれば、
この世界には、仏の教えを教授する施設があってもおかしくない。
耶蘇 教の伝来が無い幻想郷において、それは誰が望んだのか。
二柱の神々が神社の営業の一環として仕組んだ目論見が、
よもや寺という存在を生み出すなど、誰が思っただろうか。
人里に建立された寺社――命蓮寺 。
開山者である聖白蓮は人間と妖怪の共存を解き、その教えは少なからず存在する非戦派の妖怪は元より、
多くの人間の共感を得ていった。
参拝者の多くは人里の人間であったから、命蓮寺は実質人間の味方と言っても差し支えは無かった。
一方で、神格化された妖怪たる天狗(の多く)を信仰母体としている守矢神社は妖怪の味方。
そして博麗神社は、一体全体誰の味方なのであろうか。いや、誰の味方でもないのかもしれない。
博麗神社に参拝客が来ない理由は、恐らくはそこにあった。
とはいえ、博麗神社の巫女は賽銭不足を嘆いているものの、暮らし向きはそれなりによかったりしていた。
「幻想郷の観光?」
命蓮寺の一室で、寅丸星に話を切り出された聖白蓮は言った。
「左様。聖も我々も、まだこの世界を完全に理解してはおりません。
古い文献によれば、為政者自らが外国を旅行して、近代文明の摂取を行ったとのことです」
星は、白蓮に見聞を広めて頂こうと考えていた。
何しろ長い間――自分の記憶が正しければ数百年か――封印されていたものだから。
言わば無菌状態で出荷される果物とか野菜が、消費者に運ばれるということか。
いや、聖に向かってその比喩はどうかと思うが。
「成程、良い考えですね。私も色々と見てみたいと思っていた所でした」
「それならば、話が早い」
星は白蓮の前向きな姿勢を、嬉々とした表情で受け入れた。
確かに紆余曲折はあったが、この地に命蓮寺を建て、多くの人々で賑わっている。
だが、それだけでは良くはない。それだけこの世界には知らない場所が多すぎた。
まずは聖自身に見て貰おう。
そして、外の空気を思う存分吸わせた方がいい。
と、なると、添乗員が必要であるが、私の人選は間違っていないだろうか、心配である。
「よー、来たぜー」
そして彼女はやってきた。
星が用意した添乗員とは、白黒の魔法使いその人であった。
私の考えは大丈夫だろうか。
霧雨魔理沙を聖の幻想郷見聞に委任したのだが、たぶん、彼女なら上手にやってくれるであろう。
しかしながら、寒い。星は思った。
当然だ。現在幻想郷は冬であり、外には雪がちらついている。
北方に住む寅はどうやって寒さを凌いでいるのか、非常に気になるけれども。
それはともかく、白蓮が大きな成果を望みであるのならば、それは星の望みでもあった。
故に、大きな危険は避けては通ることはできない。
霧雨魔理沙の実力は、星も白蓮も十分に熟知している。
彼女が道を誤っていないとなると、それは張子ではないことが証明された。
一つの禍 を切り抜け、
更にまた他の禍があったとしても、十中八九、力押しで突破してしまうだろう。
星があえて人選を博麗の巫女と守矢の風祝にしなかったのは、
土着の信仰と仏教信仰を折衷して、一つの信仰体系として再構成することを避けるためだった。
幻想郷の住人は、元を言えば<向こう側>の大和国家の出身だ。
彼らは仏が土着神とは違う性質を持つと理解するにつれ、仏のもとに神々と人間を同列に位置付けた。
そして、神々も人間と同じように苦しみから逃れ、神々もまた、解脱を望んでいる。
あの小器用な民族は、そう解釈したのだ。
しかし、今はどうだろうか。
星が見る限り、八坂神奈子と洩矢諏訪子に苦しみを感じているとは思えなかった。
もっとも、彼女達は<向こう側>からやってきており、それ以前はそれ相応の苦しみを持っていた。
星はそれが知らなかっただけだった。無理もない、ずっと地底に封印されていたのだから。
だから、無理矢理に神仏習合という必要が無かったのだ。
白蓮は確かに人間と妖怪の共存を目指しているが、ある意味でこの世界は人妖共存がされているし、
彼女が幻想郷の善信尼 となったとしても、
人々は大して驚く様子もなく、命蓮寺に参拝している。
彼らの参拝……もとい信仰が、過激な侵攻にならなければいいのだが。
目を瞑りながらあれこれと思考を巡らせていた星は、その両目を開いた。
それまでの姿勢は、まるで大量無差別殺人の計画を練っている者のようなものだった。
そういえば、聞いた話によれば狐の式神がいるといないとかだったな。
あれは、確か幻想郷縁起(第九版)という書物に書かれていたものだ。
聖に散歩と称して人里に赴き、書店でたまたま見かけて興味を覚えたので、思わず購入したものだった。
寅の威を借る狐、か。いや、どうだろうな。直截会ってみなければわからない。
出来れば、将棋でどちらの頭脳が優れているか勝負してみたい。
と、懸念されることはいくらかあるけれども、考えるだけ無駄らしかった。
幻想郷は全てを受け入れる。だから人々は我々を受け入れた。
なんとも不可思議な話だ。
星はじっと外を見据えていた。
曇天の空からは、白い雪が音も無く舞い降りていた。
そこは、蝋燭によって多少の明かりが灯されていることを勘定に入れなければ、
全く何の神聖なものも存在しない部屋だった。
両腕を磔 にされ、
処刑人による執行を待つ罪人のような姿勢を取らされた聖白蓮は、何処かを見つめていた。
私はもうすぐ、殺されるのだろう。
室内を支配するのは自分の血。
余りにも生臭い力で精神を締め付ける、鉄分の臭い。
彼女は、自分の考えは正しかったと思っていた。
死を極端に恐れるのは、誰も同じことだ。
永遠の宇宙仏である大日如来こそが、真実の仏なのか?
わからない。だが、人間はいずれ死ぬ。
何かを信じたとしても、死を免れることはできない。
たまたま読んだ文献には、富士山に不老不死の薬が捨てられたと聞いた。
噂によれば、盗賊がその薬を奪い、自ら服用して不死になったという話もあった。
だから富士は不死の山と言われるようになったが、もしも私がその薬を得ていたら。
だが、死なないために若返りの術を会得し、それを実践した。
妖怪より伝わる魔法。それを継承していくのは妖怪のみ。
だから、人間でありながら妖怪を助け、愛した。
妖怪の言葉を聞けば、彼らも人間達によって攻撃を受けていることを知った。
朝廷から武士が各地に派遣され、妖怪狩りが横行していたのだった。
最初こそ、自分の欲望を満たす為に魔法を使った。
しかし、人間達によって殺戮される妖怪を見て、これを食い止めなければならないと考えた。
この考えが、後に悲劇を生んだ。
『あの尼は仏を蔑ろにし、しかも我らの敵たる妖怪を擁護する悪魔である』
時の為政者は、自らに絶対的な忠誠を誓っている武士団に行動開始を許可した。
直ちに全軍は聖白蓮を拘束せよ。彼女に従う者も右に同じ。
尚、抵抗する者がいれば、問答無用で息の根を止めよ。
武士団は瞬く間に進軍した。
白蓮に心酔する妖怪達は当然ながら抵抗したものの、朝廷の精鋭部隊の前に、あっけなく粉砕された。
白蓮は、自分に最大の敬意を見せた妖怪が、無数の矢を胸に喰らって倒れ伏すのを見た。
乱入する兵士達の前に、彼女は何も抵抗することは無かった。
これで完全にこの世とお別れだろう。白蓮はそう考えた。
しかし、朝廷が下した判断は「処刑」ではなく「封印」であった。
白蓮を崇拝する民衆に対しては、彼女達を謀反の疑いで処罰したと情報操作を行った。
朝廷にとって、人間と妖怪が共存すると解く尼は、物騒極まりないものだった。
だが、単に首を刎ねるのも面白くない。
そこで朝廷は、高僧の法力で人間を魔界に封印することは可能なのかと考えた。
当時、人々の間には、悪さを重ねて死ねば地獄か魔界に落とされるという思想があった。
その中で、本当に魔界という奈落の底へ落とせるのか、白蓮で実験しようと提案された。
「白蓮殿、最期に言い残すことはあるか?」
封印を担当する高僧は、完全に身動きが取れない白蓮に向かって言った。
確かに惨いが仕方の無いことだった。
朝廷は、白蓮とその妖怪達を反乱軍と仕立て上げたのだから。
そして、今迄白蓮を慕っていた者達の変わり身の早さといえば、聞いて呆れる。
「私は人々のため、そして妖怪のために尽力しました。
ですが無念です。しかし、私が正しいことを行ってきたのは事実。
ならば後悔せよ、愚かな人間達よ!
この世は所詮、楽園の代用品でしかないのなら、
罪深き者は全て、等しく灰に還るがいいッ!!!」
白蓮は両目を見開き、高僧に伝えた。
彼女の懺悔を聞いた彼は、ついに、その力を持って聖白蓮を封印した。
光が白蓮の身体を包み込み、彼女の意識は暗黒の魔界へと消え去っていった。
ふと、誰かが私を呼んでいる気がした。
それは気ではなく、現実。
「白蓮? おい、白蓮!」
そして彼女は我に返る。
吐く息が白い。当然だ。今は冬なのだから。
横には、自分より年下の少女が袖を掴んでいた。
「あ……ご、ごめんなさい、魔理沙」
「ったく、立ちながら凍死したと思ったぜ」
魔理沙。それが少女の名前だった。
こんな小さな女の子が、幾度の戦いを潜り抜けてきたなんて、全く信じられない話である。
「凍死ですか。確かにこれだけ寒いと、ありえるかもしれませんね」
白蓮は言った。
気温は高めの場所にあったが、それも零下の話だった。
月は如月から弥生へ近付きつつあるが、まだまだ幻想郷の冬は続いている。
「だからこれだけ着込んでいるじゃないか」
魔理沙は自分の服装を示した。
厚着は動きが鈍くなるのが嫌というのが自論だが、いかんせん寒いのだから仕方が無い。
「だけどよぉ、そんな格好で寒くないのか?」
魔理沙は目をすぼめながら言った。
白蓮の服装は、彼女の封印が解かれたものと一緒だった。
霊夢や早苗を見ていると、彼女達は何故あの格好でいられるのかと疑問に思うことがある。
「寒くありませんよ。無念無想の境地に至れば、吹雪さえ暖かく感じられるのです」
「心頭滅却の逆かよ。日本人は逆転の発想というが、ありえんな」
「まあ、本当の話は魔法で体温を――」
「そういうことか」
そういえば彼女も同業者 だったな。
魔理沙は思った。
後に聞いた話であるが、法術を極めた白蓮は、魔法を行使する魔法使いとなっていた。
彼女の魔法は、魔理沙のように攻撃――それも、極端な力押し――に特化はしていない。
白蓮は、自らの身体能力を上昇させる、謂わば補助系魔法の玄人であった。
それはあくまで自分自身に対する効果であり、相手を石化させたり、相手の詠唱速度を下げるような魔法は(今の所)開発されていない。
「便利なもんだな」
悔しそうに魔理沙は言った。私もそういう魔法を考えてみようかな。
「あらあら、魔理沙のスペルカードも強力なものでしたよ。
私もあのような“魔砲”を撃ってみたいですね」
「やめとけ」
苦笑しながら魔理沙は言った。
「華奢なお前には負担が強すぎるぜ」
「言ってくれますね。今は尼も武芸を練る時代なのですよ」
「戒律を忘れ、修行を怠る生臭尼なんて、寺ごと焼き打ちにされるぞ」
吐き捨てるように魔理沙は言った。彼女なりの冗談だった。
「ほら、着いたぜ」
魔理沙は目的地を指差した。
そこはとても奇妙な建物だった。
まず、出所不明の狸の置物があり、その横には<向こう側>で言う道路標識があった。
標識の下にはゴムで出来た黒い物体が散乱しており、更に玄関口にはどうやって使うのかわからない物品が放置されていた。
「ここは貝塚ですか?」
白蓮は、荒れ果てた屋敷を見るような目付きをしながら言った。
貝塚――縄文時代のゴミ捨て場と間違えたとしても、強ち間違いではない。
それくらい、大量のガラクタがそこにあった。
「違う違う、列記としたお店だよ」
白蓮の問い掛けに、常連――とはいっても、ロクに買い物はしていない――である魔理沙は得意気に答えた。
それもそのはず、ここは香霖堂であった。
香霖堂。
幻想郷で唯一、<向こう側>の道具、妖怪の道具、冥界の道具、魔法の道具も扱っている道具屋である。
ただ、<向こう側>の道具だけは、大抵は売れていないのが現状だった。
店主は使い方がわからないと一点張りをしていたが、実際は使い方を知っていて、本当は売る気が無いとの噂も流れていた。
それも頷ける話だった。
何しろ、<向こう側>の道具は滅多に入荷しないからだ。
店主は幻想郷と<向こう側>を自由自在に往来出来る術を持っていないから、そういう術を持っている人物に頼むのが普通だった。
しかし、最近になって、それら未知の技術で開発された物品の分析が、河童達によって進められた。
もしも<向こう側>の道具が幻想郷に広まれば、文明レヴェルは間違いなく向上する。
幻想郷は一層豊かになり、今迄不便だった生活から脱却出来るだろう。
妖怪の山の麓に暮らすとある河童が、そのように予測していた。
「よー、からかいに来たぜー」
「ごめんくださいませ」
二人はそれぞれ挨拶を行う。魔理沙は帽子を脱ぎ、付着した雪――既に水滴となっていたが――を掃う。
魔理沙と白蓮は、店内へ入った。
店内は、それこそ綺麗に整理整頓されていた。
店主の性格を意向しているためか、それとも商売をするという神聖な空間のためだろうか。
そこは、魔理沙が半ば呆れる程の美しさだった。隙間一つないくらいに、商品がきちんと並べられている。
「空気が暖かいですね」
「冷暖房完備だぜ。夏は涼しく、冬は暖かく保つことができるんだ」
魔理沙は店内にある無数のパイプを指し示した。
数ヶ月前に開発された反応動力炉発電所によって生み出されたエネルギーを引き、
(冬場は)暖房機関として利用しているのであった。
「今の世界はそんなことが出来るのですね」
「ああ、おかげで快適になったよ。
おーい、香霖はいるかー?」
魔理沙は主人を呼び出した。
客人を早くもてなせと言っているのだ。
阿呆みたいに寒い道を歩いてきたのだ。熱い茶くらい飲みたい。
すると、奥から足音が聞こえてきた。
主人がやってきたのだろうと魔理沙は思ったが、そこに現れたのは意外な人物だった。
「おかえりなさいませ、お嬢様」
二人の耳に聴こえたその声は、女性の物だった。
声優にでもなれそうな、非常にしっかりとした発音をしていた。
異国の世界に存在するような紫色を主体とした服装に、
主に花屋が着用する地味なエプロンを付けている。
「……」
魔理沙は絶句した。
幸いだったのは、彼女が紅魔館に勤めるメイドが着用する制服を着ていなかったことだろうか。
「魔理沙、こちらは?」
当然初対面である白蓮が、魔理沙に尋ねる。
「おい、お前はここで何をやっているんだ」
半ば呆れたような表情を作り、魔理沙は言った。
白蓮の質問は、完全に無視していた。
「何って、霖之助の手伝いよ。
それと、貴女が聖白蓮さんね。私は八雲紫、以後お見知り置きを」
彼女は自己紹介を行った。
八雲紫。それがこの女性の名前だった。
幻想郷で名を知らない者は殆どいない(とされる)、境界を操る妖怪である。
魔理沙は絶句した。
いつから香霖とそんなねんごろな関係に、と言おうとしたが、白蓮がいる以上、そんな質問は出来なかった。
だが、すぐに思考を組み立てる。今はそんなことを気にしている場合ではない。
「私を知っているのですか?」
白蓮が驚いた表情を作りながら言った。
「命蓮寺の聖尼公 と言えば、すっかり有名人よ。
そちらには新聞は渡っていないのかしら?」
紫は文々。新聞のことを言っていた。
鴉天狗の射命丸文が、毎日発行する新聞である。
「新聞?」
白蓮は聞き返した。無理も無い話だった。
彼女の生前は、まだそのような情報伝達媒体が確立されていないからだ。
<向こう側>で読売が販売され始めたのは、徳川家康が征夷大将軍に任命された後の話である。
「粗末な紙に、昨日の出来事を綴った読み物さ」
魔理沙が付け加えた。
「ああ、それでしたら星が寒いから――」
「焚火に焼 べたなんてオチじゃないだろうな」
半ば予想は付いたという表情をしながら、魔理沙は言った。
「そう、それです」
白蓮は淡々と言い放った。
すると、魔理沙と紫は何処かのネジが外れたかのように笑いだした。
「え、ええっ!? 何か変なことでも言いましたか?」
おどおどした様子で、白蓮は魔理沙の両肩を掴んだ。
「落ち着け。そのうち面白いものだってあいつも理解するだろうよ。
それより紫、緑茶をくれないか? 奥の戸棚二番目の引き出しのな」
「はいな、よーそろー」
そう言うと、紫は店主である森近霖之助が自宅としている空間へと消えていった。
茶の準備をするためだ。
「んじゃ、私達もそっちに行くぜ」
「あ、はい。わかりました」
魔理沙に促され、白蓮は居住場所へと歩き出す。
先頭の魔法使いが適当に脱いだ靴を、白蓮はきちんと正すのであった。
茶の準備はすぐに出来た。
慣れた手付きで紫は客人に差し出す。全く隙は無かった。
「良い茶葉を使っていますね」
白蓮は上品な動作を醸し出していた。
正座の姿勢も洗練されており、清楚な状態を崩さない。
「日覆いした茶園の生葉だからね。
あとは煎れる側の腕にかかっているわ」
紫が言った。
「成程。誠に美味で錦衣玉食である」
白蓮は玉露を贅沢と捉えていた。
尼たるものには勿体無いものだが、相手が差し出した以上、飲むのが礼儀である。
「紫、香霖は何処行ったんだ?」
「人里に仕入れよ。この寒い中御苦労様だわ」
成程ねと魔理沙は言った。両手を鼻の近くで重ね、息を送り込む。
暖房が効いていても、まだまだ寒かった。
「八雲紫……思い出しました。この世界に暮らす者達が度々口にする賢者とは、貴女のことですか?」
「大、正、解」
白蓮の質問に、紫は独特の抑揚を付けて言った。
「そーいやそういう仕事もしてたっけな」
完全に姿勢を崩していた魔理沙が言った。
自由の代名詞ともとれる彼女は、例え友人の家でもなりふり構わずそのように行うきらいがある。
「あまり褒められたことじゃないわよ」
紫は言った。
彼女は幻想郷と<向こう側>を遮断している博麗大結界の創造者の一員と言われているが、それは事実だった。
博麗大結界は、理論的には内部と外部を分ける境界線と考えればいい。
ただ、幻想郷と<向こう側>は、物理的には陸続きであるため、博麗大結界の綻びを偶然見つけ、
<向こう側>から幻想郷に迷いこむ例も多々あった(これを<向こう側>では神隠しと称していた)。
八雲紫は境界を操る妖怪であり、博麗大結界はその能力を応用して創られた(と一般的には語られている)。
彼女が世間から賢者と呼ばれるのは、そうした活躍が所以 であった。
「聖尼公、貴女は幻想郷の住人に、人間と妖怪の共存を解いているわね?」
紫は、極刑を言い渡す裁判官のような口調で白蓮に言った。
「それはいけないことでしょうか?
幻想郷に神道を司る場所があるのであれば、仏の教えを司る場所があってもおかしくはありません」
「そういうことを私は言っていないわよ。
別にやってもいいし、やらなくてもいい。幻想郷は全てを受け入れますわ」
白蓮の反論に、紫はそう答えた。
白蓮は首を傾げる。
「When in Rome,do as the Romans do.」
均衡を破ったのは魔理沙だった。
非常にアクセントがはっきりしている英語だった。
紅魔館の吸血鬼(の妹)と、伊達に英語で下らない論争をしていないわけではない。
「どういう意味ですか?」
当然ながら、母国語しか知らない白蓮は魔理沙に言った。
「土地によって、風俗や習慣は当然異なる。
だから、住む土地のそれに合わせて生活すべきってことだ。
だが、紫も言ったように、幻想郷は全てを受け入れる。
最初こそは、私もお前の思想は物騒だと思ったんだがな」
白蓮の思想。すなわち人間と妖怪の共存論である。
実質上、幻想郷は殆ど妖怪の天下にあるが、奇妙なパワー・バランスによってそれは保たれていた。
無論、今でも守矢神社を信仰する天狗達のように規律が取れている妖怪もいれば、
人間を片端から襲撃する野良妖怪――度々博麗の巫女によって成敗される対象――も存在した。
命蓮寺は人里に建立されたから、少なくとも怪しげな辻説法ではないことは確かだった。
今や人間はおろか、妖怪も救済を求めていた。人里の妖怪は、それくらいに切羽詰まっている者が多かった。
「ですが、命蓮寺には多くの方々が参拝します」
「わかってるよそれくらい。大体、妖怪ってのは精神的に脆いからな」
あくまで自論を押す白蓮に、歯止めとばかりに魔理沙は言った。
「そうなのですか?」
白蓮は紫を見た。
「私ほどになれば、そんなの殆ど無いわね」
「お前はどちらかっつーと、人間みたいなもんだからな」
魔理沙はそう言って、空になった湯呑みを差し出した。
おかわりを寄こせという意味だった。
「ココアくらいあるだろ。うんと濃くしてくれ」
「全く、注文の多い客人だこと」
紫のそれは、まるで娘をあしらうかのようなものであった。
「お前も飲むか? 甘くて暖かくて美味いぞ」
魔理沙は白蓮に言った。
白蓮は紫が煎れた玉露に、殆ど口を付けていなかった。
「まさか、般若湯ではないでしょうね?」
般若湯。僧の隠語で酒の意味である。
無論、敬虔な仏教徒である聖尼公は、そのようなものなどお飲みにはならないと一般的には解釈されていた。
「莫迦、昼間から酒なんて飲まないぜ」
「わかりました。ならば、折角の御好意です。頂きます」
白蓮の言葉を聞くと、魔理沙は頷き、紫を見た。
紫は立ち上がり、支度に入る。
「魔理沙、さっきの話ですが」
紫が消えたのを見て、白蓮は魔理沙に問うた。
「妖怪が精神的に脆いというのは、どういう意味ですか?」
「ああ、それか。妖怪は肉体的には人間より強いだろ?
だけど、精神攻撃に弱いとされるんだ。例えば過去の悲劇とかそういうの。
人間は立ち直りが比較的早いが、妖怪はとことん考え込んでしまうらしいぜ。
まあ、私にとっちゃ、どっちもどっちだと思うがな」
そう言って、魔理沙は茶菓子に手を伸ばした。
醤油煎餅をボリボリと食べる。
「昔から今も変わらんのさ。お前が封印されている間にも色々あったと思うぜ」
まあ、私はその頃に生まれていないからわからんがな、と、魔理沙は付け加えた。
「あまり深く考えないこった。
お前は自分の信じる道を貫き通せばいい。そうやって結果が出なかったら改良すればいい。
でも、参拝客は多いから、お前の考えが間違っているとは私は思わんよ」
そう考えざるを得ないな。魔理沙は思った。
だが、博麗神社は――ああそうか、ありゃ地理的にも悪いかもしれないな。
いや、その前にやっぱり霊夢の姿勢かもしれないけど。
煎餅をひとつ食べ終わったところで、魔理沙は不意に立ち上がった。
「はばかりですか?」
「うんにゃ、ちょっと電話してくる」
そう言うと、魔理沙は足早に電話機が置いている場所へと歩いていった。
居住空間には何度も行っているので、とりあえず目に付くものは何処にあるのかということは、魔理沙の頭には叩き込まれていた。
「紫、電話借りるぜ」
「よーそろー」
途中、台所が見えたので、一応断りを入れておいた。
幻想郷に電話というシステムが誕生したのは、そう古くない話だった。
河童による産業革命によって、遠方から遠方に音声を送り、通話が出来る装置はその一環で開発された。
その仕組みは非常に単純なものである。
音声を電波(或いは電流)に変えて、相手の電話機に伝えればいい。
そのためには通話に必要な電力を流す電線が必要で、その電流を伝送するのが電話線である。
とはいっても、<向こう側>のように電柱が次々と建てられれば、鴉天狗が激突する恐れがあるという理由で、
電話線は全て地下ケーブルに敷設されていた。
(<向こう側>では、例え移動中でも例外を除けば何処でもかけられるんだがな)
心でそう思いながら、魔理沙は電話機に備え付けられたボタンを押し、相手の番号を打った。
会話はすぐに終わった。恐らく一分も話していないだろうが、用件は伝えた。
魔理沙は居間に戻ろうとした。
暖房が効いていない場所は、とても冷えるのを彼女は知っていた。
「寒っ! ……やっぱ行っておこう」
結局、彼女は用を足す場所まで拝借する羽目となった。
魔理沙が丁度戻ってきた時、ココアの用意は出来た。
紫謹製の煎れたて。当然ながら魔理沙のカップに入っている液体は、濃く作られていた。
「召し上がれ」
「「いただきます」」
二人の声が揃った。
それぞれ口を付ける。白蓮はこれが生まれて初めての味だった。
「こ、これは――」
「どうだ、美味いだろ?」
魔理沙が尋ねた。すぐに気に入るだろう。女の子だしな。
が、白蓮の評価は思ったより次元が違っていた。
「このまろやかな風味に、舌ざわりも絶妙なこと。
心と身体が一気に温まる程良い熱さ。
そして、恐らくは女子供であれば何杯でも飲めそうな甘さ。
誠に美味で、歓天喜気である!」
「そ、そう? そこまで気に入ったのなら嬉しいわ」
紫は若干引いていた。
「私が封印されている間、ですか……」
唐突に白蓮は言った。
「あの後、私が暮らしていた世界はどうなったのでしょうか?」
「それは紫が詳しいだろうな。わかるか?」
カップを置いた魔理沙が言った。
「聖尼公が歴史をお望みであるのなら、一字一句欠くことなく語りましょう」
紫はそう切り出すと、それからの話を語り出した。
「人類は、いつから道を外すようになったんだろうな」
香霖堂から次なる目的地に向かう道中で、魔理沙は白蓮に言った。
雪は止んでいるが、地面に積もりに積もった雪原が、少なからず歩き難くしている。
時刻は、空が茜色に染まりつつあることを示していた。
「たった千年の間で、このような文明を築き上げるとは予想外でした」
白蓮は言った。
彼女が生きていた頃が、西暦という概念が誕生してから千年の節目に入ろうとしていた時だった。
紫から教えられた歴史とは、それは皮肉なものである。
「誰もがそう思うだろうな。
私だって、刀と弓矢という武器の後に、大陸を越えて誘導弾が飛んでくるなんておかしな話だと感じるぜ」
魔理沙は<向こう側>でいうミサイルのことを言っていた。
無論、彼女の射撃技として魔法で生成されるミサイルはあるが、現代兵器はそのようなものではない。
弾頭に反応弾を搭載してしまえば、都市をまるごと塵へとしてしまう悪魔に変貌する。
「魔理沙は<向こう側>に行ったことがあるのですか?」
「一応な」
白蓮の質問に、魔理沙は即答した。
それは今から数ヶ月前に遡る。
紅魔館地下図書館の蔵書を殆ど読破した魔理沙は、ある日<向こう側>に行きたいと思うようになった。
博麗大結界に細工を施し、止めに入る霊夢を強引に振り切って、魔理沙はついに理想の世界へと辿り着いた。
そこで、魔理沙は幻想郷時代と同じく道具屋を営むようになった。
高度に発展した科学技術は、魔法と殆ど区別が付かなかった。
彼女に言わせれば、高度に発展した科学技術こそが、魔法だった。
もっとも、魔理沙が見聞きしたかった魔法とは、<向こう側>そのものであった。
しばらく魔理沙は<向こう側>に滞在した後、再び幻想郷に帰ってきた。
博麗大結界を通過した時、魔理沙が<向こう側>にいた時間の経過すら巻き戻されたため、
<向こう側>にいた記憶は持っていたものの、幻想郷の時間は魔理沙がいなくなってから殆ど経過していなかった。
「だが、余程の変人じゃないと推奨はしないな。
私みたいに自分を客観的に見ることが出来る奴なら、大丈夫だと思うけど」
魔理沙は<向こう側>に滞在中、時の為政者がこのような捨て台詞を吐いていたことを思い出した。
あれからあの国の政治はどうなったのかねえ。
太陽を食べるとか言いそうな、わけのわからない連中に支配されてなきゃいいけど。
「私なら、ほんの数日で発狂するでしょうね」
天を見上げながら白蓮は言った。
雲の切れ目から、わずかに見える光が眩しかった。
「かもな。でも白蓮だけじゃないさ。殆どそうなると思うぜ」
まあ、耐えられるのは紫と、<向こう側>からやってきたあいつらだけだろうな、うん。
早苗の適応力には、しこたま感心するぜ。
「<向こう側>では人類の共存すらも許されないとは、おかしな話です」
白蓮は話題を切り換えた。
「ああ、全くだよ。愚か者が地球を支配しちまった結果だ」
それなら異星人に侵略されていればいいのか、という話だった。
魔理沙には、地球支配すらまともに出来ない人類が、月都を支配出来るとは到底思えなかった。
だから奴らは勝てないのだ。もっとも、霊夢すら正規戦で勝てなかったのだからな。勝てるわけがない。
「皮肉なこったな。それが宗教上の対立だなんて」
「本当、そう思いますよ」
話はそこで止まった。しばらくの沈黙。
雪原に踏み込まれる鈍い足音だけが、音楽を奏でる。
再び空から雪がちらつくようになった。二人はその変化を気付いていないように感じ取っていた。
「ある意味、白蓮は幻想郷に来て正解だったな」
「でしょうね。所詮言葉というのは無意味なのでしょう、<向こう側>では」
いくら頭の良い人間が集まろうと、言論では何も解決出来ない。
だから武力で全てを焼き尽くそうとする。
いや、実際に各地は戦火に包まれていた。
「二つの反応弾は、我らの祖国に惨禍をもたらした」
魔理沙が言った。
「しかし、彼らは何も学べなかった」
白蓮が返歌を送るかのように呟く。
「宗主国の暴走を、指を咥えて見ているだけ」
「それを止める術もないまま、今日も罪無き人々が殺される。神や仏の慈悲は存在なりや?」
再び沈黙。
「虚しいな」
「ええ、その通りですね」
そして彼女達は辿り着いた。
紅く彩られた、吸血鬼が住む館へと。
妖怪の山の麓には湖があり、その湖の岬には、外観が一面紅一色で彩られた荘厳な館が聳え立っていた。
この世界の住人は、この館を畏怖と経緯を込めて「紅魔館」と呼んでいた。
誰が初めにそう呼び始めたのか定かではないが、この名称を即座に気に入ったのは他ならぬ館の主人であった。
特に呼称もない紅い館。
赤より紅い色に染まった館には、当然ながら紅い魔族が暮らしているのではないかという噂が広まっていた。
故に、好奇心旺盛な妖怪の間では、その館に(当然ながら夜間に)忍び込むことが、度胸試しともなっていた。
さすがに、現在はそのような行為が行われることは少ない。
理由は、本当に紅い魔族がこの館に暮らしていたからだ。
この館がここまで紅色に染まっているのは、代々紅色を崇拝してきた一族が館を管理・運営してきたからだった。
その紅色を崇拝する紅(スカーレット)の名を冠する一族は、カリスマの具現たる種族――吸血鬼として誕生した。
幻想郷では初見から歴史は浅いものの、その身体能力はずば抜けて高く、
この世界のパワー・バランスの一角を担っていた。
霧雨魔理沙と聖白蓮は、そんな吸血鬼が暮らす館へとやってきた。
観光の初日は既に終盤を迎えており、あわよくばここで一泊してしまおうという魔理沙の悪巧みは実行された。
紅魔館にはゲストハウスこそはないが、それを補う程の客室は、余りある程あった。
しかも、全ての部屋は毎日入念に掃除されているから、突然の来訪にも備えている。
無論、それら作業は全て住み込みで働くメイド達によって担当されており、彼女達を統括するメイド長が監督している。
この館は、それくらいに整えられていた。
「見事な屋敷があるものですね」
紅魔館の外観が見えてくるなり、白蓮は感想を端的に言った。
あえて空を飛んでいないのは、彼女に幻想郷を鳥瞰図ではなく、陸地から見て貰おうと星が考えたからだ。
魔理沙はそれを粛々と実行している。普段は魔女のように時速何キロも出すが、歩くのは久しぶりだった。
それに、このような曇り空も陸路にせざるを得ない状況のひとつだった。
確かに雲の上は晴天ではあるが、今度はいざ着陸しようとすると、視界が圧倒的に悪すぎる。
<向こう側>の旅客機が少しの雪で欠航になるのは、それが理由だ。しかも、それらは何百という乗客を乗せている。
いくら飛行時間を積んだパイロットといえども、無理なものは無理があった。
「今日はあそこで終了だぜ。明日に備えてじっくりお休みだ」
魔理沙は言った。
「あの時魔理沙が連絡をしていたのは、ここの主人ですか?」
見た感じ、宿泊所にも見えると思った白蓮が言った。
「いいや、あそこの地下図書館を居城としている魔女さ。ちなみに立場は主人の友達ってとこだ」
「魔女ですか。古代欧州の民間伝承に現れるという、魔法を行使する者ですね」
白蓮とて無教養ではない。この世界に関する書籍に関しては、一通り眼を通していた。
無論、身体能力を上昇させる魔法を行使してからの速読であるが。
「魔理沙、その魔女は、赤い文字で真実を語る技は持っているのですか?」
「どんな技だそりゃ」
そんなことなんて初耳だぜ、と言わんばかりの表情を魔理沙は作った。
「では、そのような能力は持っていないと」
「持っていたら持っていたで厄介だろうけどな」
白蓮は思った。
あれは単なる創作、若しくは空想に過ぎないのでしょう。
確か、赤き真実を打ち崩すには青き真実。そして黄金の言葉が絶対の真実とかなんとか。
「おー、着いた着いた」
近付けば近付く程、その館はとても立派なものであった。
<向こう側>から幻想郷に移動されたものらしいが、一体どうやったらそんな芸当が出来るのだろうか。
いや、それは守矢神社にも言えることであるが。
「門に誰かいますね」
白蓮は言った。
紅魔館の門には、紅い髪をした女性が立っていた。
その後ろには、高さ4m程もある、非常に頑丈な扉があった。
「門番さ。太極拳の使い手で、本気の格闘技による戦いなら強いぜ」
「と、言いますと?」
「大遠距離からマスタースパークを撃ち込めば終わりだ」
魔理沙は笑いながら言った。
それは誰でも終わりかもしれないと白蓮は思った。
何故ならば、全くの不意打ちであるからだ。
気付かないうちに死亡というのは、<向こう側>の戦場ではよくある話だ。
「よー、来たぜ」
「あ、お待ちしておりました。早速取次しますね」
紅魔館の門番――紅美鈴は、魔理沙の顔を見るや否や、扉脇に備え付けられた内線電話で地下図書館に連絡を行う。
これも河童の技術革命により、内装工事が行われた結果だった。
紅魔館内部における連絡伝達がスムーズとなったのは、言うまでもなかった。
ただ、メイド長に言わせれば、あまり意味のないことであったが。
確認が取れ、巨大な門が開いた。
「レミリアはまだ寝てるのか?」
魔理沙は言った。主たる吸血鬼、レミリア・スカーレットは大抵昼間は寝ており、夜間に活動する習性を持つ。
ただし、稀に白昼堂々花見をしている姿を目撃されていることから、その活動時間は曖昧なものとなっていた。
「相変わらずですよ。夕食になればお目見えになれるかと。フランドール様もお休みになられております」
さりげなくだが、美鈴は悪魔の妹について付け加えた。
普段なら紅魔館中で何かしらしているフランドールであるが、生憎今日はまだ寝ているようであった。
「わかった。それまで時間潰しとするか。行くぜ、白蓮」
魔理沙はパチンと指を鳴らした。
白蓮は、美鈴に一礼をしてから歩き出した。
紅魔館には、地下図書館なる施設が存在する。
ある意味で魔窟じみた空気を醸し出すこの空間には、正真正銘の魔女がいた。
この魔女は文庫の収集に関しては積極的で、どうやって入手したのかわからない本も並べられている。
無論、<向こう側>の本屋で販売している書物も同じだった。どうやら香霖堂経由で手に入れたものらしかった。
彼女は、趣味やその他の資料にすべき図書類は、全部自分のものにしなければ気の済まぬ性質、とまではいかなかった。
この世に本を欲している物がいれば、別にくれてやってもよいという性格をしていた。
「長く生きていると、基本を疎かにしがちになるわね」
知識と日陰の魔女、パチュリー・ノーレッジは、椅子に座りながらそう言ってみせた。
「と、申されますと?」
彼女の副官的立場にある小悪魔が言った。
下級悪魔であるが、その実務能力は極めて高い。
パチュリーの身の回りの世話全般を引き受けているが、どのような経緯でそうなったのか、それは明らかではない。
「例えば朝起きて、顔も洗わず、しかもうがいをすることが面倒臭くなる」
「ああ」
パチュリーの言葉に、小悪魔は成程と頷いた。
うがいをする意味は、(睡眠時に)口中に繁殖した雑菌を洗い流すことにある。
パチュリーはそのことを言っていた。
早寝早起きをし、帰ってきたら手洗いうがい、食後にはきちんと歯を磨くということは、上白沢慧音が人里の子供達に通達しているものだった。
しかし、大人になればその行為は忘れ去られてしまう。
別に、歯医者を儲けさせようという狙いで言っているわけではない。
人間としてやるべきことを、いつの間にかやらなくなってしまうということを危惧していただけだった。
「だから、<向こう側>で今更てんやわんやしているのでしょう?」
幻想郷の住人の一部が月面に殴り込みをかけた事件以来、パチュリーは積極的に情報収集を行うようになっていた。
とにかく、何でもいいから<向こう側>に関する生の情報を図書館に届けさせる。
その仕組みを作ったのは、読書以外の暇潰しを作るためだった。元来、魔女は退屈を嫌うきらいがある。
「流行性感冒のことですか?」
小悪魔は言った。
流行性感冒。インフルエンザ・ウイルスによって発生する急性伝染病のことである。
感染すると高熱などを訴え、場合によっては人間を死に至らしめる恐ろしいウイルスだ。
月の頭脳という異名を持つ八意永琳でさえも、このウイルスのワクチンを作成するのは容易ではないと言っていた。
何故ならば、発生する度に姿形を変化させるからだ。
一応、永遠亭には大流行に備え、ワクチンにするためのウイルスが各種培養されている(勿論、何重もの鍵がかけられ厳重に管理されている)。
永琳曰く、インフルエンザだけで三種類ほどは保存しているとのことだった。
「マスクがどうたらとか、手洗いうがいとか、明らかに騒ぎすぎよ。
それではかえって混乱を一層招くだけだわ。
まあ、人間は感情で動くからどうしようもないわね。例え統率が取れていたとしても、の話だけど。
あのような文明を築き上げる<向こう側>の人間なら、それくらいの予測は出来て当たり前だと私は思うけど」
機関銃を連射するかのようにパチュリーは言った。
それは、<向こう側>に暮らす人間達への皮肉と軽蔑が込められていた。
「魔理沙はそういった人々が築き上げた文明世界に行ったのよね。
何がそこまでうずうずさせるのか、私にはちっとも理解できないわ」
「それだけ魅力のある世界なんだよ、<向こう側>はな」
「そうそう、……って、え?」
思わずパチュリーが振り返った先には、霧雨魔理沙と聖白蓮が立っていた。
「貴女、いつ来たのよ」
「お前とこぁがインフルエンザについて話している時から」
なら、今丁度じゃないと言わんばかりな表情をパチュリーは作った。
同時に、パチュリーは魔理沙が連れてきた客人の存在に気付く。
こぁというのは小悪魔の呼び名だった。家具である彼女に本名は存在しない(ことになっている)。
「ようこそ図書館に。よく御出に」
「丁重なるもてなし、ありがたく存じます」
まるで初対面とは思えない程、流れるような会話をパチュリーと白蓮は行った。
パチュリーは普段の性格からとは思えないばかりに、白蓮を椅子に進めた。
そして、巡回していたメイドを呼び出し、何か飲み物を持ってくるように命じた。
会話の準備はすぐに出来た。
パチュリーは、メイドが運んできた紅茶を勧めながら口を開く。
「改めて紹介をするわ。私はパチュリー・ノーレッジ。
この図書館の管理人といえばいいのかしら。館の主人とは腐れ縁よ」
面倒な言い回しはしたくないためか、パチュリーはわかりやすく語った。
「こちらは身の回りの世話をしているリトルよ」
「リトルにございます。御機嫌麗しゅう、聖尼公様」
小悪魔もいつもの姿勢で語った。名前が無いため、便宜上、リトルという名前を名乗っている。
そうでなくては、知識と日陰の魔女の小姓など務まらない。
「聖白蓮でございます。本日はお会い頂き、誠にありがたく存じます」
白蓮は深々と一礼を行った。
「魔理沙とは随分と仲が良いことと伺っております」
白蓮は先制攻撃とばかりに言った。
他意は無いのだが、魔理沙が横で白蓮に見えないように笑みを浮かべたのは確かだった。
一方で、小悪魔は何もないように平然と装っている。魔理沙はそれでこそ一流だと感心していた。
さあ、魔女はどのような言葉を発するのか。
「まあ、それなりにね。
お互い魔法を専門に扱っている関係にあるし」
当の魔女は、割と控えめに攻撃を回避した。
噂では、白黒の魔法使いに友人以上の感情が芽生えているという認識があったが、本当はそうでもないらしい。
「お前とは、あいつが霧を起こしたあれからだったな」
魔理沙が口を挟んだ。彼女は紅霧異変のことを言っていた。
今から二年前、突如として幻想郷を紅い霧が覆った異変があった。
それを解決したのが博麗霊夢と霧雨魔理沙であるが、紅魔館に忍び込んだ際、魔理沙は地下図書館を(偶然にも)発見した。
そこで出会ったのがパチュリーであり、恋の魔法で(文字通り)叩き潰したのが始まりだった。
「吸血鬼の退屈凌ぎに合わせるなど、魔女殿も珍しいですね」
笑顔を浮かべながら白蓮は言った。
「レミィは数少ない友達だからね。
やんちゃな知り合いを持つと苦労するわ」
「だろうな」
「貴女のことも言っているのよ、魔理沙」
「あら、こりゃ一本取られたぜ」
漫才のような雑談が続き、空間は笑いに包まれた。
「それに、魔女は退屈を嫌うものなのよ。
私もレミィもお互い遊べて一石二鳥」
「ここだけの話ですが、チェスや将棋になると、それはもう熱中なさるのですよ」
パチュリーの横の席に座っていた小悪魔が笑いながら言った。
普通であれば起立している立場にあるが、白蓮の手前であるためか、パチュリーは着席させていた。
レミリアとパチュリーがその手のゲームで対局を楽しむのは、決して珍しくない話だった。
レミリアとて、室内での弾幕ごっこが甚大なる被害を及ぼすのは、紅霧異変で印象付けさせられた。
それに、弾幕ごっこというのは、あくまで人間と妖怪の戦力差を埋めるために作成された決闘という名のゲームである。
互いに全力で潰し合うのは楽しいが、それだと頭脳の上に肉体まで酷使することになる。
故に、この二人が楽しむようになったのが、紅茶を飲みながら手軽に楽しめる遊びだった。
「将棋ですか。私も部下によく相手をして頂いております」
白蓮が言った。部下というのは寅丸星のことだ。
魔女に自分の家来云々について詳しく語っても意味がないため、あえてそのような呼称を用いたのであった。
「丁度いいわ。退屈凌ぎの相手にはなって頂けるかしら?」
パチュリーが言った。
「喜んで。この聖白蓮、全力でお相手申しましょう」
その返事に、パチュリーは傍で控えていたメイドに頷いた。
有能であること、魔女に絶対的な忠誠を誓っていることを考慮して選抜された図書館付きメイドの仕事は早かった。
将棋の準備はすぐに出来た。無論、紅茶と洋菓子は再び準備された。
王将と玉将がそれぞれ手前列の中央に置かれ、左右に金将、銀将、桂馬、香車が置かれる。
その前列右方の桂馬の前に飛車、左方桂馬の前に角行が置かれ、
三列目に九個の歩兵が前衛として配置された。
公平を喫するためか、時計係と記録係、読み上げ係はメイドが務めることになり、
小悪魔と魔理沙はその間、二人から離れた位置に隔離されることとなった。
「ちょっと思ったんだが」
二人の対局を遠目に見ていた魔理沙は、小悪魔に向かって言った。
「何でしょうか?」
小悪魔は即座に返答する。
「もしも、王将以外の駒全部が飛車になったら、どうなるんだろうな」
少しばかり、意地悪な表情を作りながら魔理沙は言った。
「誘導弾の撃ち合いになりますね。司令部以外全滅ですか?」
こと教養に関わることであれば魔女にも劣ることもない小悪魔は、頭の回転の速さを見せつけるかのように言ってみせた。
飛車は角行と共に大駒と呼ぶ。理由は非常に強力な打撃力を持つ。
縦・横直線何処でも進退でき、竜王に成れば、本来の性能の他に斜めに一間ずつ進退することを有する。
故に、彼女はそのような将棋を現代戦と解釈した。
しかし、ただミサイルが飛び交うだけが戦場ではないことは理解している。
「そうなるな、間違いなく。ただ、私はそういう将棋もやってみたいと思うんだ」
「歩の無い将棋は負け将棋ですよ」
小悪魔は応じた。
確かに、航空兵力による爆撃と野砲による弾幕射撃の仕上げをするのが、戦車と歩兵の仕事だ。
この全てが欠ければ成り立たないが、将棋は空という概念が存在しない。
「じゃあ、やってみるか?」
魔理沙は言ってみせた。
「もうひとつくらいあるだろ? 魔女もそうだが、魔法使いも退屈を嫌うんでね」
その言葉に、小悪魔は普段見せないような笑みを浮かべた。
やれやれ、私の周囲はこのような御人ばかりですねえ。
紅魔館の主たるレミリア・スカーレットの寝起きは、非常に遅いものであった。
世間一般の人間が夕食を取る時刻に起床、翌朝に就寝という生活リズムだから、自然に体内時計はそのようになる。
だが、昼間にその姿を目撃されていることもあるから、人々は変則的な睡眠をしていると解釈していた。
この日は、典型的な吸血鬼の時刻に目覚めが始まった。
魔女と尼が将棋を楽しんでいる間に日は沈み、数多の星が輝く夜となる――はずであった。
レミリアが起きた時、外は猛烈な吹雪に襲われていた。
彼女は無言でカーテンを開ける。硝子窓はガタガタと震えており、雪と共に吹き付ける風がその強さを教えていた。
自然に目覚めたというより、その音で起きたような感じがした。
「快適な夜だと思えば、外は激しい吹雪か」
呟き、窓越しに外を見る。
かろうじて屋外灯の明かりが見える以外は、殆ど何も見えない。
この天候なら、敵襲もないだろう。いや、紅魔館を攻め落とすような莫迦は、あの巫女と魔法使いだけだろう。
レミリアはまだ眠い目を擦ると、歴代の当主が愛用している机へと歩いた。
先祖代々から受け継がれてきた家具。彼女の部屋に置かれている殆どが丁寧に磨かれ、子孫へともたらされたものだった。
その机の引き出しから取り出したのは、玉蜀黍から作られたアルコール飲料が入った瓶と、ショットグラスであった。
レミリアはためらいもなくグラスに表面張力ぎりぎりに液体を注ぎ、こぼすことなく一気に飲み干した。
独特の香りが鼻腔に心地よく広がる。
グラスを机上に置くと、先程まで寝ていたベッドに座り、天井を見上げた。
廊下に繋がる扉がノックされたのは、その時だった。
この部屋は、レミリアがもっとも信用している紅魔館のメイド長しか(普通は)入らないから、誰が入ってくるのは姿を見なくてもわかった。
レミリアは何も言わなかった。用があるのならば、そのまま入れば良いからである。
「おはようございます、お嬢様」
レミリアの自室に入ったのは、十六夜咲夜その人だった。
この館のメイド達を束ねる、謂わば使用人頭たる存在。
彼女は、まさにメイド長になるために生まれてきた女性かもしれない。
有能にしてその戦闘能力は折紙付。日本刀相手に刃渡り数センチメートルの刃物で戦うのだから、大したものである。
咲夜はバーボンが入っている瓶を見て、まずはやれやれという表情を作った。
寝起きに酒なんて、前代が見れば何とお嘆きになるだろうか。
いや、その前代が酒浸りだったら、どうにもならないが。
「おはよう咲夜。今日も良い天気ね」
首だけ動かしてレミリアは応じた。
天気云々は彼女なりのブラック・ジョークだった。
そんな下らないことを言える状態であるから、寝起きの機嫌はすこぶる良いと咲夜は解釈した。
「今日はお客様が二名いらっしゃいます」
「客とはね」
レミリアは立ち上がり、引き出しからグラスをもうひとつ取り出すと、咲夜に持てとばかりに突き出した。
「命からがらここに辿り着いて、今夜は吸血鬼の館でビバークってところかしら?」
にやにやと笑みを浮かべながらレミリアは言った。
こういう部分に関しては、吸血鬼は紳士的な対応を取ることで有名だった。
博麗神社と過去に結んだ協定により、人間をむやみやたらに襲わないことを約束した彼女は、それ以来人間観察を趣味としていた。
「お客様でしたら、猛吹雪になる前に到着なされました」
瓶を取り上げた咲夜は、まずレミリアのグラスに液体を注いだ。
「勿体ぶらずに言いなさい」
今度はレミリアがもうひとつのグラスに注ぐ。
「白黒の魔法使いと、命蓮寺の聖尼公です」
「へえ」
あまり興味を示さないような素振りでレミリアは言った。
酒が入ったグラスは、右手で弄ばれている。
「パチェが招待した、そういうこと?」
「その通りでございます」
やっぱりな。レミリアは思った。
自分の友人にそういった権限は与えた心算は無いが、発言力でいえば咲夜より上だ。
魔女の独断で受け入れることは滅多に無い(それどころか、実際初めてのケースである)。
「お嬢様」
「わかっているわ。ついでにフランの子守もさせましょう」
レミリアは、咲夜が何を言いたいのか瞬時に理解した。
ここで聖白蓮と一触即発、という事態はあってはならないということだ。
相手はこの世界では新参だ。故にこちらを逆撫でするような発言があるかもしれない。
それに関して、大目に見ろということだった。吸血鬼はそうでなくてはならない。
「そういえば」
ふと思い出したかのようにレミリアは言った。
「あの子が最近歌っている歌、あれは何かしら?」
「祈りの歌だそうですよ。ただ、何という意味か、全くわからないそうです」
主の疑問に咲夜は答えた。
「意味がわからない?」
「語源すら曖昧で、口語で継承された結果、解読不可能になったとか」
「そんな歌になんの意味があるのよ」
呆れるようにレミリアは言った。
「祈りの歌という意味があるではないですか」
「そういうことね」
レミリアは腑に落ちない表情を作りながらも、その場は一歩引くことにした。
これで本気で意味の無い論争になっては、元も子もない。
「その祈りを意味する言葉、あれは何て言うの?」
「オラショ。神を信じる人々が守り抜いた、歴史ある祈祷文ですよ」
紅魔館の食堂は、紅魔館の広さを考えて設計されているためか、とても広い。
無論、客人をもてなす場所でもあるのだが、普段はこの広大な空間をレミリアひとりが活用する場合が多かった。
が、今日は違った。魔理沙と白蓮が臨席するに辺り、パチュリーや小悪魔も並ぶよう(レミリアに)命じられていた。
「聖尼公、貴女の打ち方は本当に完璧だったわ」
準備の間、適当な場所に着席していたパチュリーが言った。
本来はスカーレット家の序列によって配置が決まっているが、一族郎党が絶えてからは、それも必要無いものとなっていた。
ただし、一番奥には代々の当主が座ることとなっているため、そこはレミリアの席となる。
紅魔館は、客を上座に座るようなことはしていなかった。そもそもそういう概念が無かったからだ。
「そうでございましょうか?」
白蓮は相変わらずの口調で言った。
両手は自身の膝上に置かれていた。
「私が何手目に何処にどの駒を打つか、数十手先も読み取っていた。
ならば、私はそれを上回る数の先を読み取るまでしかない」
「修練の賜物でございますよ。強い者と戦えば戦う程、人は強くなるものです」
白蓮は言った。
自陣がどう足掻いても敗北するような設定で始める将棋であっても、嬉々として楽しむ。
そういう圧倒的不利な状況で発生する混乱を処理することこそ、面白いと感じていた。
勝ち戦にはある程度の無茶が通用するが、負け戦はそれが通用しない。
しかし、その中で足掻き続け、相手にある程度の出血を与えるのが負け戦の意義である。
実際、月面戦争を敵陣側で想定した兵棋演習を行っていたのが八雲藍だった。
チェス盤をひっくり返すという発想は、如何にも藍が思い付きそうなものだった。
彼女は月都側が市街戦を受ける場合、つまり地球軍が月都に侵攻を仕掛けた時の戦術を予想したことがあった。
それは、都市内におけるガソリンスタンドから燃料を吸い出し、全部道路にぶちまけ、火を付ける単純なものだった。
気化した燃料はそれだけ酸素を豊富に蓄えているため、そんな時に着火をすれば凄まじい爆発が起こる。
と、同時、猛烈な火災を引き起こす。
すなわち、敵軍を燃え盛る火炎の海に巻き込んで、一網打尽にしてしまう計画であった。
その他、味方の囮部隊ごと、MLRS(多連装ロケットシステム)で吹き飛ばすこともありうると考えていた。
現在の月都軍の最高司令官が、余程血も涙も無い性格であれば、恐らくそうすると藍は思っていた。
それどころか、藍は仮に自分が月都軍を動かせる位置にいた場合、確実にそれを実行できる心の持ち主だった。
「貴女、頭の良い怠け者って立場かしら?」
「部下にも良く言われますよ」
パチュリーは、いつぞやの文献で読んだこんなセオリーを思い出していた。
頭の良い怠け者は司令官にせよ。
頭の良い働き者は参謀にせよ。
頭の悪い怠け者は連絡係にせよ。
頭の悪い働き者は銃殺にせよ。
まず、頭の良い怠け者。
理由は主に二通りある。、一つは、怠け者であるために部下の力を遺憾なく発揮させるため。
もう一つは、どうすれば自分が、さらには部隊が楽に勝利できるかを考えるためである。
次に、頭の良い働き者。
理由は勤勉であるために自ら考え、また実行しようとするので、
部下を率いるよりは参謀として司令官を補佐する方が良いからである。
また、あらゆる下準備を施すためでもある。
頭の悪い怠け者は、これは総司令官または連絡将校に向いている、もしくは下級兵士。
自ら考え動こうとしないので、参謀や上官の命令どおりに動く。
だから伝令に向いている。仮に自分が構築しても、頭の良い部下が全て修正するので、総司令官にも向く。
最後に、頭の悪い働き者。
理由は働き者ではあるが、無能であるために間違いに気づかず進んで実行していこうとし、更なる間違いを引き起こす。
気が付いた時には、取り返しがつかなくなってしまう恐れがあるからだ。
そうしたら、レミリアは一体何処に当て嵌まっているのだろう。
頭の良い働き者は咲夜なのは確かだ。そうなると、頭の悪い怠け者になってしまう。
いや、それであっている。頭の悪い怠け者は総司令官でもあるから、当主という立場と合致する。
何かあれば咲夜がきちんと処理するので、多少の怠惰は許されるということだ。
そして、そこで談笑している魔理沙とフランドールは何に当て嵌まるのだろう。
いや、考えるだけ無駄か。
「けれど、良い勝負だったのは事実よ。
こうして退屈を紛らわせないと、魔女は消滅するとか流言が飛び交っているけれど」
「どういう意味ですか?」
白蓮は、不気味な怪物を見たような表情をしながら言った。
「全ての真実は、この世を生み出した創造主が知っている。」
パチュリーが言葉を紡いだと同時、白蓮の視界だけに彼女の言葉が赤く彩られて焼き付けられた。
「……これは、赤き真実……」
白蓮は思い出した。
紅魔館に向かって歩いている時、魔理沙が言っていた。
今自分と会話しているのは魔女であり、その魔女は赤字を行使できる。
「あら、知っていたの?」
「魔理沙が教えてくれましたので」
白蓮は応じた。
「私が赤で語ることは全て真実よ。疑う余地も何も無いわ。
そういえば、幻想郷縁起は貴女も読んだかしら?」
「ええ、まあ」
あれは星が人里から購入したものだったか。
代々この世界の歴史を纏める家系がいて、その一族によってこの世界の人々を紹介するというのが内容である。
「あれはあくまで稗田家がまとめた内容に過ぎないわ。
よって、幻想郷縁起に書かれている真実は、真実とは言い切れないのよ。
下手をすれば、名誉毀損で訴えられかねないと思うけどね」
「は……はあ、そうなのですか」
白蓮は思った。この人は何を言っているのだろうと。
「近い将来、改訂版が出版されると思うわよ」
「改訂版ですか?」
「守矢神社や地霊殿、そして命蓮寺の住人は、まだ幻想郷縁起には書かれていない。
それが理由よ」
パチュリーは言った。
「貴女も気をつけなさいな。真実でないことが書かれることは、幻想郷でも<向こう側>でもよくあることだからね」
パチュリーが言葉を紡いだ後、食堂の扉が開かれた。
レミリアが入ってきたのであった。
「夕食を始めましょう。皆、席に着きなさい」
紅魔館の主の入室と共に、それまで作業を行っていたメイド達は手を止め、一礼を行った。
無論、その中には咲夜も含まれていた。
レミリアは黙って当主の席へと着席した。
同時、手を止めていたメイド達が作業を再開する。
次々と豪勢な料理が配膳され、テーブルの上に並べられた。
「さて……」
全ての用意が整った時点で、レミリアは言った。
「全員揃ったわね。聖尼公、今日はようこそ参られたわ」
レミリアは白蓮の方を向いて言った。
「御初に御目にかかります。聖白蓮でございます。
本日は豪華なおもてなし、ありがたく存じ上げます」
相変わらず丁寧な返しだと、白蓮の隣に座っていた魔理沙は思った。
それと同時、眼前に並べられた食事を見て、若干彼女は呆れた表情を作った。
幻想郷で収穫できる食材で、こうも立派な物が作れるだなんてな。
やはり料理人ってのはすげーぜ。ああ、これを作ったのは全部咲夜なのか?
紅魔館にも、シェフの一人や二人くらいいそうだが。
というか、霊夢が見たら発狂するだろうなぁ。
魔理沙が至極どうでもよいことを考えている間に、晩餐は始まった。
紅魔館の人々は、基本的に食事に集中するタイプだった。
会話らしい会話は滅多に無い。
普段なら魔理沙に懐いているフランも、ここは横を向くことは無かった。
そういう部分だけはレミリアに躾けられているようで、逆に魔理沙が緊張するような雰囲気を醸し出していた。
白蓮はというと、何処で身に付けたのか、フォークとナイフを綺麗に使い分けている。
人里の暮らしではそう簡単に御目にかかれないはずである。
恐らく事前に咲夜あたりから学んだのだと魔理沙は解釈した。
そうこうしているうちに、あっという間に夕食は終了した。
紅魔館の廊下は、その殆どが紅色で塗装されている。
本当に何もかもが紅で統一された不気味な館であるが、慣れてしまえば案外平気に感じられる。
幻想郷縁起によれば、レミリアは騒がしいパーティを行うらしいが、今日はそれが無かった。
「とても美味しい料理ばかりでしたね。幻想郷という世界は、非常に平和なのですね」
客室に向かう途中で、白蓮は魔理沙に言った。
「ある程度の異変はあるけどな。他は呆れるほど平和と言っていいと思うぜ」
魔理沙は返事を返した。
しかし……彼女は思った。
聖白蓮の半端無い食欲は、本当に何処から来ているのか。
仏教徒であるのにもかかわらず、赤ワインを普通に飲んでいた。
待てよ。それじゃあ昼間のあれは、「酒が飲めない」のではなく「昼間から酒は飲まない」ということだったのか?
更に魔理沙の疑問は続いた。
夕食として用意された料理には肉類がしっかりと使われていた。
レミリアが白蓮を仏教指導者として認識しているならば、恐らくは性根が多少ひねくれている吸血鬼のことだ。
意地悪の心算で肉料理を出すよう咲夜に命令を下したのだろう。
だが、白蓮は笑顔でそれら料理を食べていた。
デザートの苺牛乳プリンなど、おかわりする始末だった。
一体、こいつは本気で何者なんだと魔理沙は思っていた。
自分は仏教徒じゃないけれど、悪魔の存在を信じたくなっていた。
「魔理沙、ここではないですか?」
「えっ、ああ、ここか」
宿泊する場所として用意された客室に、先に気付いたのは白蓮だった。
扉まで紅色に塗られている。ここまでくると、悪趣味としか言いようが無かった。
魔理沙は咲夜から渡された鍵を扉の鍵穴に鎖し込んで、施錠を解錠した。
そして、扉を開けて部屋に入る。
「「寒っ!」」
二人の声が同時に響いた。
それもそのはず。誰もいないのだから暖房装置は当然ながら切られていた。
魔理沙は慣れた手付きで明かりを点灯し、備え付けのスイッチパネルを見ながら暖房装置を作動させた。
紅魔館の客室は、<向こう側>のホテルと殆ど変り無かった。
ランプや冷暖房という設備は、反応動力発電所が完成してから後付けされたものだった。
それまでは、ガス灯や薪を燃料とする単純なストーブで暖を取っていた。
「温まるまで時間かかりそうだな」
二人分の荷物をベッドの上に適当に置いた魔理沙は言った。
魔理沙はベッドの上に座り、外を見た。猛烈な吹雪であるのは一目でわかった。
硝子戸を吹き飛ばすことはないかもしれないが、外に出ると命の危険があるのは確かだった。
「ならば先に入浴すればいいと思いますが」
「それ、ナイスアイディアだな」
江戸時代において、銭湯というのは庶民における社交場であった。
式亭三馬が浴場における町人生活を生き生きと描いた滑稽本を作成するほどだから、
その当時の世相は風呂場でわかるといっても過言ではなかった。
時を遡って古代ローマ時代には、カラカラという皇帝が市民階級に対して大浴場を建設した。
ただ、その施設は全て奴隷階級が運営することによってカヴァーされており、
市民は奢侈逸楽を享受するほど堕落していった。
今では一日の疲れを癒すと同時、様々な病気を治療する目的として温泉が生まれた。
博麗神社裏に突如誕生したそれは、霊夢が入湯料を徴収すると思われたが、全力で阻止されたとかなかったとか。
「すっげぇ、噂には聞いていたが、やっぱ広いなぁ」
扉を開けるなり、魔理沙は関口一番感想を述べた。
紅魔館の大浴場も、博麗神社裏の温泉から湯を引くように改装されていた。
温泉は地熱によって温められた泉だから、湯は無尽蔵に溢れ出る。
「これまでの広さ、うちのお寺にも欲しいくらいですね」
続いて白蓮が入ってくる。
「すっげぇ、噂には聞いていたが、やっぱでかいなぁ」
魔理沙は棒読みで言った。
全身にタオルを巻かれているが、それでも白蓮の肢体はしなやかであった。
それでいて、とても豊満。大きさで言うと、永遠亭の薬師と同じくらいだろうか。
「こらこら、人をそういう眼で見てはいけませんよ」
苦笑いしながら白蓮は言った。
「でもさー、私だって憧れるんだぜ」
「あまり褒められたものではないですよ、魔理沙。肩こりとか酷いですから」
白蓮は、巨乳特有の悩みを簡潔に言った。
確かに魔理沙が尊敬やその他の眼差しを向けるのは結構な話だ。
しかし、それによる反動も大きいことを白蓮は語った。
「そうだ。白蓮は身体能力を向上させる魔法が得意だったよな?」
魔理沙は適当な場所に置いてあった椅子を見つけ、足早に洗面台へと持っていく。
「そうでしたが――」
白蓮も魔理沙と同じ動作をしつつ返答するが、彼女は魔理沙の企みを瞬時に理解した。
「身体能力特化魔法の効果は本人のみですよ。
都合良く相手の胸を大きくしたり、身長を高くしたりすることは不可能です。」
突如、魔理沙の視界に赤く彩られた文字が浮かび上がった。
「ひ、ひでぇ……。それは無いぜ……」
魔理沙は赤で宣告された真実を否定しようとした。
が、赤で語られた言葉は如何なる疑いの余地も無い真実である。
「ここで推理合戦をしても無意味だと思いますよ」
「だ、だろうな。風呂場で暴れたら咲夜が何をしてくるか」
想像もしたくないと魔理沙は思った。
「全く、卑怯極まりない戦法を平気で行使するわね、咲夜」
紅魔館の食堂で、どうでも良い場所に腰を据えたパチュリー・ノーレッジは言った。
彼女にしては珍しく、不機嫌な態度を示していた。
「今回の優先順位は魔理沙と聖尼公と判断致しましたので、悪しからず」
悪戯を咎められた子供のような顔を作った十六夜咲夜は言った。
「魔理沙がフランを外への興味に向けさせる手段であれば、私やレミィはそれを支える立場にある。
いや、私はどの立場にも属していないのかもしれないけれど」
意味深なことをパチュリーは言った。
咲夜は彼女の発言をさらりと流して、持ってきたティーセットを操作し始める。
「だから今回は聖尼公の興味を向けさせる手段として、睡眠薬を食事に混ぜたってところかしら?」
パチュリーは、自分の眼前にカフェオレの入ったティーカップを置いた咲夜を見た。
「その御質問にはお答えかねます」
「……」
パチュリーは押し黙った。復唱拒否。よくある話だった。
「自分以外の――好きなだけ遊んでくれる相手が欲しかった。
だからお嬢様は魔理沙をここに引き寄せた」
咲夜は言った。
「その通りかもしれないわね。レミィが異変を起こした理由がそのひとつなのかも」
「私もそう思います」
今度は小悪魔が言った。
パチュリーは、先程からずっと立っている小悪魔と咲夜を交互に眺めた。
「二人とも座りなさい。立って聞くより座った方がいいと思うわ」
パチュリーの許可が出たため、小悪魔と咲夜は着席することにした。
「紅霧異変について、私はレミィから具体的な計画しか知らされていなかった。
メイド達もそうでしょう?」
「確かに……お嬢様からは建前だけを知らされただけですね」
パチュリーは咲夜の入れたカフェオレに口を付けた。
「リトル、ではどうしてレミィはあの異変を起こしたのかしら?
単に吸血鬼としての気紛れ? 私はそうは思わないわね」
小悪魔は考えた。
お嬢様が紅霧異変を起こした本当の理由。それは一体何だろう。
「自分をわざと見付けさせて、霊夢さんと魔理沙さんの実力を確かめるためですか?」
「鈍感にも程があるわよ、リトル」
パチュリーは呆れた表情を作った。
「少しヒントを与えてあげるわ。
かつて幻想郷で大暴れした吸血鬼はレミィ。彼女は強大な力をもった妖怪達と戦って敗北した。
妖怪が食料を提供する見返りに、生きた人間を襲わないという条約にサインをした。
しかし暴れることを制限されるのを嫌ったレミィは、とある妖怪にゲームという名の決闘方法を提案した」
赤き真実を交えながら、パチュリーは言った。
「スペルカードルールのことですよね?」
「そうよ」
そこにどんなヒントがあるというのだろうか。
小悪魔は考える。
「くっくっく、先程私が述べたことですよ」
咲夜は笑いながら言った。
ここで小悪魔はようやく気付いた。
「フランドール様、ですか?」
「ぱんぱかぱんぱか、大当たり。良くできました。二重丸に花をつけてあげましょう」
パチュリーは棒読みで言った。
「スペルカードルールの範囲内であれば、フランも存分に遊ぶことが出来る。
レミィはこの決闘方法による最初の異変を起こした人物。
霊夢や魔理沙と戦う方法を、手加減が出来ないフランでも、このルールに基づいた決闘ならば可能であると教えたのよ」
「確かに、フランドール様は破壊の能力を御持ちであり、触れようが触れまいが物を破壊……破壊?」
小悪魔の言葉はそこで途切れた。
「フランは隕石を吹き飛ばした。あれは紅魔館に激突する恐れがあったからね。
だけどフランが紅魔館の備品を壊したことはあったかしら?
食事に使うフォークとナイフは? 普段着ている洋服は? あの子が持っている杖は?」
「……」
小悪魔は完全に押し黙った。
「スペルカードルール法案(原案)第二条。
開始前に命名決闘の回収を提示する。体力に任せて攻撃を繰り返してはいけない。
この制約がある以上、フランも決闘する場合は、力任せの攻撃は不可能となるわ」
「た、確かに……」
「スペルカードルール法案(原案)第三条。
意味の無い攻撃はしてはいけない。意味がそのまま力となる。
この制約により、フランは意味の無い攻撃――すなわち意味の無い破壊活動が不可能となるわ」
「御見事でございます、パチュリー様」
咲夜が言った。
「別にリトルと論争しているわけじゃないけれどね。
つまり、レミィはフランにでも出来るゲームを教えるために紅霧異変を起こした。
ゲーム盤には赤組と白組が必要。その相手として、霊夢と魔理沙を呼んだ。
何故ゲームを教える必要があったか?
それは、この決闘方法さえあれば、フランが何も壊さないで済むからよ。
いや、壊さないで済むのじゃないわ。壊せないのよ。
大空に煌めく準星 は、手が届かないから壊せない」
そこまで言って、パチュリーはカフェオレが無くなっていたことに気付いた。
咲夜が慌てて立ち上がり、二杯目を注いだ。
咲夜は懐中時計を見た。
そろそろ頃合かと思った時、時刻は日付を変更していた。
外は完全に吹雪であり、視界という視界を奪う。
更に殆ど見えない深夜。こんな時間に行動するのは余程寒さに強い妖怪か、それともただの莫迦か。
深夜だろうと、紅魔館には明かりがついていた。
吸血鬼というのは夜行性で、こういう時間帯にパーティをして暴れる(と言われている)。
恐らく今日もどんちゃん騒ぎなのだろう。
全く、よくもまあこんな時間に起きていられる。
そう思ったのは、聖白蓮その人だった。
どうも寝付けない。霧雨魔理沙と同じベッドを共有する羽目になったからであろうか。
少し外の空気――を吸いに言ったら確実にあの世行きかもしれない。
だから、白蓮は少しだけ館内を歩くことにした。
ある程度歩けば、疲れて眠くなるだろう。彼女はそう思った。
歩いている途中、白蓮は誰かが椅子に座って外を見ているのを発見した。
独特の帽子に、独特の羽。誰であるか、白蓮は瞬時に理解した。
「眠れないのですか?」
優しく声をかける。
その人物、フランドール・スカーレットは、突如現れた白蓮を見て、一度は驚いた素振りを見せた。
「お姉ちゃんか。咲夜かと思った」
フランはそれだけ発した。
「巡回に来るの? 早く寝なさいって」
「たまにね。今はお姉様のお世話につきっきり。パーティなんてつまんないし、眠れないし……」
白蓮は考えた。
さてどうするか。
少し考え、まとまった案をぶつけることにした。
「なら、私と少し話しませんか?」
白蓮の対応は比較的早い方だった。
内線電話を使って事情を咲夜に伝え、開いている部屋に紅茶を(メイドに)持ってこさせるよう手配した。
基本的に紅魔館のメイドは二四時間体制で常駐しているため、不具合は一切無かった。
「お姉ちゃんは、魔理沙のことは好き?」
ティーカップを大事そうに抱えながらフランは言った。
「大好きですよ。私に知らないことを色々教えてくれました。
あの笑顔、あの強さ、憧れますね」
「だよね! 私もだーいすき!」
やはり性格なのでしょうね。白蓮は思った。
嫌われるどころか、幻想郷中の人々に好かれる。
それだけの魅力を持っている。それが霧雨魔理沙という人物か。
「私は、そんなお姉ちゃんのことが知りたいな」
フランはぐいと白蓮を覗き込んだ。
「私ですか?」
呆気に取られたような表情を作った白蓮が言った。
確かこの子の年齢は……いや、どうでもいいか。
これは言うしか無いですね。
「わかりました。お話しましょう。私のことを――」
白蓮は、自分の生い立ちから今に至るまでを語った。
多分この子に理解できない部分もあるかもしれない。
そう思ったが、白蓮はそんなことは関係ないと思っていた。
フランドール・スカーレットという少女は、純粋で、他人の痛みが十分わかる。
だからこそ、ずっと拒絶し続けてきたのかもしれない。
弟が亡くなり、死の恐怖に苛まれてきた自分の姿と重なるような気がした。
「この世界は、とても優しいのですね。
私達を受け入れ、私の教えは人妖に広まりました」
「教え……えっと、仏様に、御祈りすることだっけ?」
「そうですね。人間と妖怪の共存が私の目的です。
もっとも、幻想郷では達成されていると思いますが」
そういう世界なのだろうと白蓮は思った。
「御祈りなら、私もよくやるよ」
そう言うと、フランは唐突に歌い出した。
それは、徹底的な弾圧から、ひとつの文化を守り抜いた人々による口伝の祈祷文。
語源すら曖昧な言葉を、次なる世代へと伝えていき、現在に至るまで残されたもの。
彼らにとっては、その行為そのものが「戦い」だった。
「血で血を洗う世でも、必死で後世へと残していく。
大切なものは、誰にでもある。貴女の歌もまた、誰かが貴女のために伝えたのだと思います」
「お姉ちゃんは、この歌は知っているの?」
フランは言った。
「今初めて知りました。
生憎、信じるものが異なりますからね。
信じる対象は違いますが、それぞれはそれぞれでいいのですよ」
「うー、よくわからないなぁ」
「これはとある詩人が残した有名な言葉なんですけどね」
みんなちがって、みんないい。
それからベッドに戻った白蓮は、横ですやすやと寝ている魔理沙を起こさぬように細心の注意を払った。
信仰と親交、そして侵攻。
この言葉が同じ発音であるのは、何かの偶然であろうか。
単純に仏門への帰依を意味する信仰。
白黒の魔法使いとの親交。
未だ<向こう側>で絶えることのない侵攻。
朝廷の軍勢が寺へと進攻。
誰が始めたのかわからないが、恐らくは終わりもないかもしれない。
未来永劫続けられる惨禍を、止める術は無いのだろうか。
その第一歩が、人間と妖怪の共存なのだろう。
また誰かが、異変を起こすに違いない。
それであれば、今度は自分が異変を解決する役目に就くだろう。
横で眠っている、この子と共に。
雪はしんしんと降っていた。
音を吸い取る性質を持つ自然の落し物は、幻想郷の大地を白く染め上げた。
次第に意識が遠のく。
朝が来たら、雪も止んでいると思いたい。
私の旅は、まだ始まったばかりなのだから。
この世界には、仏の教えを教授する施設があってもおかしくない。
二柱の神々が神社の営業の一環として仕組んだ目論見が、
よもや寺という存在を生み出すなど、誰が思っただろうか。
人里に建立された寺社――
開山者である聖白蓮は人間と妖怪の共存を解き、その教えは少なからず存在する非戦派の妖怪は元より、
多くの人間の共感を得ていった。
参拝者の多くは人里の人間であったから、命蓮寺は実質人間の味方と言っても差し支えは無かった。
一方で、神格化された妖怪たる天狗(の多く)を信仰母体としている守矢神社は妖怪の味方。
そして博麗神社は、一体全体誰の味方なのであろうか。いや、誰の味方でもないのかもしれない。
博麗神社に参拝客が来ない理由は、恐らくはそこにあった。
とはいえ、博麗神社の巫女は賽銭不足を嘆いているものの、暮らし向きはそれなりによかったりしていた。
「幻想郷の観光?」
命蓮寺の一室で、寅丸星に話を切り出された聖白蓮は言った。
「左様。聖も我々も、まだこの世界を完全に理解してはおりません。
古い文献によれば、為政者自らが外国を旅行して、近代文明の摂取を行ったとのことです」
星は、白蓮に見聞を広めて頂こうと考えていた。
何しろ長い間――自分の記憶が正しければ数百年か――封印されていたものだから。
言わば無菌状態で出荷される果物とか野菜が、消費者に運ばれるということか。
いや、聖に向かってその比喩はどうかと思うが。
「成程、良い考えですね。私も色々と見てみたいと思っていた所でした」
「それならば、話が早い」
星は白蓮の前向きな姿勢を、嬉々とした表情で受け入れた。
確かに紆余曲折はあったが、この地に命蓮寺を建て、多くの人々で賑わっている。
だが、それだけでは良くはない。それだけこの世界には知らない場所が多すぎた。
まずは聖自身に見て貰おう。
そして、外の空気を思う存分吸わせた方がいい。
と、なると、添乗員が必要であるが、私の人選は間違っていないだろうか、心配である。
「よー、来たぜー」
そして彼女はやってきた。
星が用意した添乗員とは、白黒の魔法使いその人であった。
私の考えは大丈夫だろうか。
霧雨魔理沙を聖の幻想郷見聞に委任したのだが、たぶん、彼女なら上手にやってくれるであろう。
しかしながら、寒い。星は思った。
当然だ。現在幻想郷は冬であり、外には雪がちらついている。
北方に住む寅はどうやって寒さを凌いでいるのか、非常に気になるけれども。
それはともかく、白蓮が大きな成果を望みであるのならば、それは星の望みでもあった。
故に、大きな危険は避けては通ることはできない。
霧雨魔理沙の実力は、星も白蓮も十分に熟知している。
彼女が道を誤っていないとなると、それは張子ではないことが証明された。
一つの
更にまた他の禍があったとしても、十中八九、力押しで突破してしまうだろう。
星があえて人選を博麗の巫女と守矢の風祝にしなかったのは、
土着の信仰と仏教信仰を折衷して、一つの信仰体系として再構成することを避けるためだった。
幻想郷の住人は、元を言えば<向こう側>の大和国家の出身だ。
彼らは仏が土着神とは違う性質を持つと理解するにつれ、仏のもとに神々と人間を同列に位置付けた。
そして、神々も人間と同じように苦しみから逃れ、神々もまた、解脱を望んでいる。
あの小器用な民族は、そう解釈したのだ。
しかし、今はどうだろうか。
星が見る限り、八坂神奈子と洩矢諏訪子に苦しみを感じているとは思えなかった。
もっとも、彼女達は<向こう側>からやってきており、それ以前はそれ相応の苦しみを持っていた。
星はそれが知らなかっただけだった。無理もない、ずっと地底に封印されていたのだから。
だから、無理矢理に神仏習合という必要が無かったのだ。
白蓮は確かに人間と妖怪の共存を目指しているが、ある意味でこの世界は人妖共存がされているし、
彼女が幻想郷の
人々は大して驚く様子もなく、命蓮寺に参拝している。
彼らの参拝……もとい信仰が、過激な侵攻にならなければいいのだが。
目を瞑りながらあれこれと思考を巡らせていた星は、その両目を開いた。
それまでの姿勢は、まるで大量無差別殺人の計画を練っている者のようなものだった。
そういえば、聞いた話によれば狐の式神がいるといないとかだったな。
あれは、確か幻想郷縁起(第九版)という書物に書かれていたものだ。
聖に散歩と称して人里に赴き、書店でたまたま見かけて興味を覚えたので、思わず購入したものだった。
寅の威を借る狐、か。いや、どうだろうな。直截会ってみなければわからない。
出来れば、将棋でどちらの頭脳が優れているか勝負してみたい。
と、懸念されることはいくらかあるけれども、考えるだけ無駄らしかった。
幻想郷は全てを受け入れる。だから人々は我々を受け入れた。
なんとも不可思議な話だ。
星はじっと外を見据えていた。
曇天の空からは、白い雪が音も無く舞い降りていた。
そこは、蝋燭によって多少の明かりが灯されていることを勘定に入れなければ、
全く何の神聖なものも存在しない部屋だった。
両腕を
処刑人による執行を待つ罪人のような姿勢を取らされた聖白蓮は、何処かを見つめていた。
私はもうすぐ、殺されるのだろう。
室内を支配するのは自分の血。
余りにも生臭い力で精神を締め付ける、鉄分の臭い。
彼女は、自分の考えは正しかったと思っていた。
死を極端に恐れるのは、誰も同じことだ。
永遠の宇宙仏である大日如来こそが、真実の仏なのか?
わからない。だが、人間はいずれ死ぬ。
何かを信じたとしても、死を免れることはできない。
たまたま読んだ文献には、富士山に不老不死の薬が捨てられたと聞いた。
噂によれば、盗賊がその薬を奪い、自ら服用して不死になったという話もあった。
だから富士は不死の山と言われるようになったが、もしも私がその薬を得ていたら。
だが、死なないために若返りの術を会得し、それを実践した。
妖怪より伝わる魔法。それを継承していくのは妖怪のみ。
だから、人間でありながら妖怪を助け、愛した。
妖怪の言葉を聞けば、彼らも人間達によって攻撃を受けていることを知った。
朝廷から武士が各地に派遣され、妖怪狩りが横行していたのだった。
最初こそ、自分の欲望を満たす為に魔法を使った。
しかし、人間達によって殺戮される妖怪を見て、これを食い止めなければならないと考えた。
この考えが、後に悲劇を生んだ。
『あの尼は仏を蔑ろにし、しかも我らの敵たる妖怪を擁護する悪魔である』
時の為政者は、自らに絶対的な忠誠を誓っている武士団に行動開始を許可した。
直ちに全軍は聖白蓮を拘束せよ。彼女に従う者も右に同じ。
尚、抵抗する者がいれば、問答無用で息の根を止めよ。
武士団は瞬く間に進軍した。
白蓮に心酔する妖怪達は当然ながら抵抗したものの、朝廷の精鋭部隊の前に、あっけなく粉砕された。
白蓮は、自分に最大の敬意を見せた妖怪が、無数の矢を胸に喰らって倒れ伏すのを見た。
乱入する兵士達の前に、彼女は何も抵抗することは無かった。
これで完全にこの世とお別れだろう。白蓮はそう考えた。
しかし、朝廷が下した判断は「処刑」ではなく「封印」であった。
白蓮を崇拝する民衆に対しては、彼女達を謀反の疑いで処罰したと情報操作を行った。
朝廷にとって、人間と妖怪が共存すると解く尼は、物騒極まりないものだった。
だが、単に首を刎ねるのも面白くない。
そこで朝廷は、高僧の法力で人間を魔界に封印することは可能なのかと考えた。
当時、人々の間には、悪さを重ねて死ねば地獄か魔界に落とされるという思想があった。
その中で、本当に魔界という奈落の底へ落とせるのか、白蓮で実験しようと提案された。
「白蓮殿、最期に言い残すことはあるか?」
封印を担当する高僧は、完全に身動きが取れない白蓮に向かって言った。
確かに惨いが仕方の無いことだった。
朝廷は、白蓮とその妖怪達を反乱軍と仕立て上げたのだから。
そして、今迄白蓮を慕っていた者達の変わり身の早さといえば、聞いて呆れる。
「私は人々のため、そして妖怪のために尽力しました。
ですが無念です。しかし、私が正しいことを行ってきたのは事実。
ならば後悔せよ、愚かな人間達よ!
この世は所詮、楽園の代用品でしかないのなら、
罪深き者は全て、等しく灰に還るがいいッ!!!」
白蓮は両目を見開き、高僧に伝えた。
彼女の懺悔を聞いた彼は、ついに、その力を持って聖白蓮を封印した。
光が白蓮の身体を包み込み、彼女の意識は暗黒の魔界へと消え去っていった。
ふと、誰かが私を呼んでいる気がした。
それは気ではなく、現実。
「白蓮? おい、白蓮!」
そして彼女は我に返る。
吐く息が白い。当然だ。今は冬なのだから。
横には、自分より年下の少女が袖を掴んでいた。
「あ……ご、ごめんなさい、魔理沙」
「ったく、立ちながら凍死したと思ったぜ」
魔理沙。それが少女の名前だった。
こんな小さな女の子が、幾度の戦いを潜り抜けてきたなんて、全く信じられない話である。
「凍死ですか。確かにこれだけ寒いと、ありえるかもしれませんね」
白蓮は言った。
気温は高めの場所にあったが、それも零下の話だった。
月は如月から弥生へ近付きつつあるが、まだまだ幻想郷の冬は続いている。
「だからこれだけ着込んでいるじゃないか」
魔理沙は自分の服装を示した。
厚着は動きが鈍くなるのが嫌というのが自論だが、いかんせん寒いのだから仕方が無い。
「だけどよぉ、そんな格好で寒くないのか?」
魔理沙は目をすぼめながら言った。
白蓮の服装は、彼女の封印が解かれたものと一緒だった。
霊夢や早苗を見ていると、彼女達は何故あの格好でいられるのかと疑問に思うことがある。
「寒くありませんよ。無念無想の境地に至れば、吹雪さえ暖かく感じられるのです」
「心頭滅却の逆かよ。日本人は逆転の発想というが、ありえんな」
「まあ、本当の話は魔法で体温を――」
「そういうことか」
そういえば彼女も
魔理沙は思った。
後に聞いた話であるが、法術を極めた白蓮は、魔法を行使する魔法使いとなっていた。
彼女の魔法は、魔理沙のように攻撃――それも、極端な力押し――に特化はしていない。
白蓮は、自らの身体能力を上昇させる、謂わば補助系魔法の玄人であった。
それはあくまで自分自身に対する効果であり、相手を石化させたり、相手の詠唱速度を下げるような魔法は(今の所)開発されていない。
「便利なもんだな」
悔しそうに魔理沙は言った。私もそういう魔法を考えてみようかな。
「あらあら、魔理沙のスペルカードも強力なものでしたよ。
私もあのような“魔砲”を撃ってみたいですね」
「やめとけ」
苦笑しながら魔理沙は言った。
「華奢なお前には負担が強すぎるぜ」
「言ってくれますね。今は尼も武芸を練る時代なのですよ」
「戒律を忘れ、修行を怠る生臭尼なんて、寺ごと焼き打ちにされるぞ」
吐き捨てるように魔理沙は言った。彼女なりの冗談だった。
「ほら、着いたぜ」
魔理沙は目的地を指差した。
そこはとても奇妙な建物だった。
まず、出所不明の狸の置物があり、その横には<向こう側>で言う道路標識があった。
標識の下にはゴムで出来た黒い物体が散乱しており、更に玄関口にはどうやって使うのかわからない物品が放置されていた。
「ここは貝塚ですか?」
白蓮は、荒れ果てた屋敷を見るような目付きをしながら言った。
貝塚――縄文時代のゴミ捨て場と間違えたとしても、強ち間違いではない。
それくらい、大量のガラクタがそこにあった。
「違う違う、列記としたお店だよ」
白蓮の問い掛けに、常連――とはいっても、ロクに買い物はしていない――である魔理沙は得意気に答えた。
それもそのはず、ここは香霖堂であった。
香霖堂。
幻想郷で唯一、<向こう側>の道具、妖怪の道具、冥界の道具、魔法の道具も扱っている道具屋である。
ただ、<向こう側>の道具だけは、大抵は売れていないのが現状だった。
店主は使い方がわからないと一点張りをしていたが、実際は使い方を知っていて、本当は売る気が無いとの噂も流れていた。
それも頷ける話だった。
何しろ、<向こう側>の道具は滅多に入荷しないからだ。
店主は幻想郷と<向こう側>を自由自在に往来出来る術を持っていないから、そういう術を持っている人物に頼むのが普通だった。
しかし、最近になって、それら未知の技術で開発された物品の分析が、河童達によって進められた。
もしも<向こう側>の道具が幻想郷に広まれば、文明レヴェルは間違いなく向上する。
幻想郷は一層豊かになり、今迄不便だった生活から脱却出来るだろう。
妖怪の山の麓に暮らすとある河童が、そのように予測していた。
「よー、からかいに来たぜー」
「ごめんくださいませ」
二人はそれぞれ挨拶を行う。魔理沙は帽子を脱ぎ、付着した雪――既に水滴となっていたが――を掃う。
魔理沙と白蓮は、店内へ入った。
店内は、それこそ綺麗に整理整頓されていた。
店主の性格を意向しているためか、それとも商売をするという神聖な空間のためだろうか。
そこは、魔理沙が半ば呆れる程の美しさだった。隙間一つないくらいに、商品がきちんと並べられている。
「空気が暖かいですね」
「冷暖房完備だぜ。夏は涼しく、冬は暖かく保つことができるんだ」
魔理沙は店内にある無数のパイプを指し示した。
数ヶ月前に開発された反応動力炉発電所によって生み出されたエネルギーを引き、
(冬場は)暖房機関として利用しているのであった。
「今の世界はそんなことが出来るのですね」
「ああ、おかげで快適になったよ。
おーい、香霖はいるかー?」
魔理沙は主人を呼び出した。
客人を早くもてなせと言っているのだ。
阿呆みたいに寒い道を歩いてきたのだ。熱い茶くらい飲みたい。
すると、奥から足音が聞こえてきた。
主人がやってきたのだろうと魔理沙は思ったが、そこに現れたのは意外な人物だった。
「おかえりなさいませ、お嬢様」
二人の耳に聴こえたその声は、女性の物だった。
声優にでもなれそうな、非常にしっかりとした発音をしていた。
異国の世界に存在するような紫色を主体とした服装に、
主に花屋が着用する地味なエプロンを付けている。
「……」
魔理沙は絶句した。
幸いだったのは、彼女が紅魔館に勤めるメイドが着用する制服を着ていなかったことだろうか。
「魔理沙、こちらは?」
当然初対面である白蓮が、魔理沙に尋ねる。
「おい、お前はここで何をやっているんだ」
半ば呆れたような表情を作り、魔理沙は言った。
白蓮の質問は、完全に無視していた。
「何って、霖之助の手伝いよ。
それと、貴女が聖白蓮さんね。私は八雲紫、以後お見知り置きを」
彼女は自己紹介を行った。
八雲紫。それがこの女性の名前だった。
幻想郷で名を知らない者は殆どいない(とされる)、境界を操る妖怪である。
魔理沙は絶句した。
いつから香霖とそんなねんごろな関係に、と言おうとしたが、白蓮がいる以上、そんな質問は出来なかった。
だが、すぐに思考を組み立てる。今はそんなことを気にしている場合ではない。
「私を知っているのですか?」
白蓮が驚いた表情を作りながら言った。
「命蓮寺の
そちらには新聞は渡っていないのかしら?」
紫は文々。新聞のことを言っていた。
鴉天狗の射命丸文が、毎日発行する新聞である。
「新聞?」
白蓮は聞き返した。無理も無い話だった。
彼女の生前は、まだそのような情報伝達媒体が確立されていないからだ。
<向こう側>で読売が販売され始めたのは、徳川家康が征夷大将軍に任命された後の話である。
「粗末な紙に、昨日の出来事を綴った読み物さ」
魔理沙が付け加えた。
「ああ、それでしたら星が寒いから――」
「焚火に
半ば予想は付いたという表情をしながら、魔理沙は言った。
「そう、それです」
白蓮は淡々と言い放った。
すると、魔理沙と紫は何処かのネジが外れたかのように笑いだした。
「え、ええっ!? 何か変なことでも言いましたか?」
おどおどした様子で、白蓮は魔理沙の両肩を掴んだ。
「落ち着け。そのうち面白いものだってあいつも理解するだろうよ。
それより紫、緑茶をくれないか? 奥の戸棚二番目の引き出しのな」
「はいな、よーそろー」
そう言うと、紫は店主である森近霖之助が自宅としている空間へと消えていった。
茶の準備をするためだ。
「んじゃ、私達もそっちに行くぜ」
「あ、はい。わかりました」
魔理沙に促され、白蓮は居住場所へと歩き出す。
先頭の魔法使いが適当に脱いだ靴を、白蓮はきちんと正すのであった。
茶の準備はすぐに出来た。
慣れた手付きで紫は客人に差し出す。全く隙は無かった。
「良い茶葉を使っていますね」
白蓮は上品な動作を醸し出していた。
正座の姿勢も洗練されており、清楚な状態を崩さない。
「日覆いした茶園の生葉だからね。
あとは煎れる側の腕にかかっているわ」
紫が言った。
「成程。誠に美味で錦衣玉食である」
白蓮は玉露を贅沢と捉えていた。
尼たるものには勿体無いものだが、相手が差し出した以上、飲むのが礼儀である。
「紫、香霖は何処行ったんだ?」
「人里に仕入れよ。この寒い中御苦労様だわ」
成程ねと魔理沙は言った。両手を鼻の近くで重ね、息を送り込む。
暖房が効いていても、まだまだ寒かった。
「八雲紫……思い出しました。この世界に暮らす者達が度々口にする賢者とは、貴女のことですか?」
「大、正、解」
白蓮の質問に、紫は独特の抑揚を付けて言った。
「そーいやそういう仕事もしてたっけな」
完全に姿勢を崩していた魔理沙が言った。
自由の代名詞ともとれる彼女は、例え友人の家でもなりふり構わずそのように行うきらいがある。
「あまり褒められたことじゃないわよ」
紫は言った。
彼女は幻想郷と<向こう側>を遮断している博麗大結界の創造者の一員と言われているが、それは事実だった。
博麗大結界は、理論的には内部と外部を分ける境界線と考えればいい。
ただ、幻想郷と<向こう側>は、物理的には陸続きであるため、博麗大結界の綻びを偶然見つけ、
<向こう側>から幻想郷に迷いこむ例も多々あった(これを<向こう側>では神隠しと称していた)。
八雲紫は境界を操る妖怪であり、博麗大結界はその能力を応用して創られた(と一般的には語られている)。
彼女が世間から賢者と呼ばれるのは、そうした活躍が
「聖尼公、貴女は幻想郷の住人に、人間と妖怪の共存を解いているわね?」
紫は、極刑を言い渡す裁判官のような口調で白蓮に言った。
「それはいけないことでしょうか?
幻想郷に神道を司る場所があるのであれば、仏の教えを司る場所があってもおかしくはありません」
「そういうことを私は言っていないわよ。
別にやってもいいし、やらなくてもいい。幻想郷は全てを受け入れますわ」
白蓮の反論に、紫はそう答えた。
白蓮は首を傾げる。
「When in Rome,do as the Romans do.」
均衡を破ったのは魔理沙だった。
非常にアクセントがはっきりしている英語だった。
紅魔館の吸血鬼(の妹)と、伊達に英語で下らない論争をしていないわけではない。
「どういう意味ですか?」
当然ながら、母国語しか知らない白蓮は魔理沙に言った。
「土地によって、風俗や習慣は当然異なる。
だから、住む土地のそれに合わせて生活すべきってことだ。
だが、紫も言ったように、幻想郷は全てを受け入れる。
最初こそは、私もお前の思想は物騒だと思ったんだがな」
白蓮の思想。すなわち人間と妖怪の共存論である。
実質上、幻想郷は殆ど妖怪の天下にあるが、奇妙なパワー・バランスによってそれは保たれていた。
無論、今でも守矢神社を信仰する天狗達のように規律が取れている妖怪もいれば、
人間を片端から襲撃する野良妖怪――度々博麗の巫女によって成敗される対象――も存在した。
命蓮寺は人里に建立されたから、少なくとも怪しげな辻説法ではないことは確かだった。
今や人間はおろか、妖怪も救済を求めていた。人里の妖怪は、それくらいに切羽詰まっている者が多かった。
「ですが、命蓮寺には多くの方々が参拝します」
「わかってるよそれくらい。大体、妖怪ってのは精神的に脆いからな」
あくまで自論を押す白蓮に、歯止めとばかりに魔理沙は言った。
「そうなのですか?」
白蓮は紫を見た。
「私ほどになれば、そんなの殆ど無いわね」
「お前はどちらかっつーと、人間みたいなもんだからな」
魔理沙はそう言って、空になった湯呑みを差し出した。
おかわりを寄こせという意味だった。
「ココアくらいあるだろ。うんと濃くしてくれ」
「全く、注文の多い客人だこと」
紫のそれは、まるで娘をあしらうかのようなものであった。
「お前も飲むか? 甘くて暖かくて美味いぞ」
魔理沙は白蓮に言った。
白蓮は紫が煎れた玉露に、殆ど口を付けていなかった。
「まさか、般若湯ではないでしょうね?」
般若湯。僧の隠語で酒の意味である。
無論、敬虔な仏教徒である聖尼公は、そのようなものなどお飲みにはならないと一般的には解釈されていた。
「莫迦、昼間から酒なんて飲まないぜ」
「わかりました。ならば、折角の御好意です。頂きます」
白蓮の言葉を聞くと、魔理沙は頷き、紫を見た。
紫は立ち上がり、支度に入る。
「魔理沙、さっきの話ですが」
紫が消えたのを見て、白蓮は魔理沙に問うた。
「妖怪が精神的に脆いというのは、どういう意味ですか?」
「ああ、それか。妖怪は肉体的には人間より強いだろ?
だけど、精神攻撃に弱いとされるんだ。例えば過去の悲劇とかそういうの。
人間は立ち直りが比較的早いが、妖怪はとことん考え込んでしまうらしいぜ。
まあ、私にとっちゃ、どっちもどっちだと思うがな」
そう言って、魔理沙は茶菓子に手を伸ばした。
醤油煎餅をボリボリと食べる。
「昔から今も変わらんのさ。お前が封印されている間にも色々あったと思うぜ」
まあ、私はその頃に生まれていないからわからんがな、と、魔理沙は付け加えた。
「あまり深く考えないこった。
お前は自分の信じる道を貫き通せばいい。そうやって結果が出なかったら改良すればいい。
でも、参拝客は多いから、お前の考えが間違っているとは私は思わんよ」
そう考えざるを得ないな。魔理沙は思った。
だが、博麗神社は――ああそうか、ありゃ地理的にも悪いかもしれないな。
いや、その前にやっぱり霊夢の姿勢かもしれないけど。
煎餅をひとつ食べ終わったところで、魔理沙は不意に立ち上がった。
「はばかりですか?」
「うんにゃ、ちょっと電話してくる」
そう言うと、魔理沙は足早に電話機が置いている場所へと歩いていった。
居住空間には何度も行っているので、とりあえず目に付くものは何処にあるのかということは、魔理沙の頭には叩き込まれていた。
「紫、電話借りるぜ」
「よーそろー」
途中、台所が見えたので、一応断りを入れておいた。
幻想郷に電話というシステムが誕生したのは、そう古くない話だった。
河童による産業革命によって、遠方から遠方に音声を送り、通話が出来る装置はその一環で開発された。
その仕組みは非常に単純なものである。
音声を電波(或いは電流)に変えて、相手の電話機に伝えればいい。
そのためには通話に必要な電力を流す電線が必要で、その電流を伝送するのが電話線である。
とはいっても、<向こう側>のように電柱が次々と建てられれば、鴉天狗が激突する恐れがあるという理由で、
電話線は全て地下ケーブルに敷設されていた。
(<向こう側>では、例え移動中でも例外を除けば何処でもかけられるんだがな)
心でそう思いながら、魔理沙は電話機に備え付けられたボタンを押し、相手の番号を打った。
会話はすぐに終わった。恐らく一分も話していないだろうが、用件は伝えた。
魔理沙は居間に戻ろうとした。
暖房が効いていない場所は、とても冷えるのを彼女は知っていた。
「寒っ! ……やっぱ行っておこう」
結局、彼女は用を足す場所まで拝借する羽目となった。
魔理沙が丁度戻ってきた時、ココアの用意は出来た。
紫謹製の煎れたて。当然ながら魔理沙のカップに入っている液体は、濃く作られていた。
「召し上がれ」
「「いただきます」」
二人の声が揃った。
それぞれ口を付ける。白蓮はこれが生まれて初めての味だった。
「こ、これは――」
「どうだ、美味いだろ?」
魔理沙が尋ねた。すぐに気に入るだろう。女の子だしな。
が、白蓮の評価は思ったより次元が違っていた。
「このまろやかな風味に、舌ざわりも絶妙なこと。
心と身体が一気に温まる程良い熱さ。
そして、恐らくは女子供であれば何杯でも飲めそうな甘さ。
誠に美味で、歓天喜気である!」
「そ、そう? そこまで気に入ったのなら嬉しいわ」
紫は若干引いていた。
「私が封印されている間、ですか……」
唐突に白蓮は言った。
「あの後、私が暮らしていた世界はどうなったのでしょうか?」
「それは紫が詳しいだろうな。わかるか?」
カップを置いた魔理沙が言った。
「聖尼公が歴史をお望みであるのなら、一字一句欠くことなく語りましょう」
紫はそう切り出すと、それからの話を語り出した。
「人類は、いつから道を外すようになったんだろうな」
香霖堂から次なる目的地に向かう道中で、魔理沙は白蓮に言った。
雪は止んでいるが、地面に積もりに積もった雪原が、少なからず歩き難くしている。
時刻は、空が茜色に染まりつつあることを示していた。
「たった千年の間で、このような文明を築き上げるとは予想外でした」
白蓮は言った。
彼女が生きていた頃が、西暦という概念が誕生してから千年の節目に入ろうとしていた時だった。
紫から教えられた歴史とは、それは皮肉なものである。
「誰もがそう思うだろうな。
私だって、刀と弓矢という武器の後に、大陸を越えて誘導弾が飛んでくるなんておかしな話だと感じるぜ」
魔理沙は<向こう側>でいうミサイルのことを言っていた。
無論、彼女の射撃技として魔法で生成されるミサイルはあるが、現代兵器はそのようなものではない。
弾頭に反応弾を搭載してしまえば、都市をまるごと塵へとしてしまう悪魔に変貌する。
「魔理沙は<向こう側>に行ったことがあるのですか?」
「一応な」
白蓮の質問に、魔理沙は即答した。
それは今から数ヶ月前に遡る。
紅魔館地下図書館の蔵書を殆ど読破した魔理沙は、ある日<向こう側>に行きたいと思うようになった。
博麗大結界に細工を施し、止めに入る霊夢を強引に振り切って、魔理沙はついに理想の世界へと辿り着いた。
そこで、魔理沙は幻想郷時代と同じく道具屋を営むようになった。
高度に発展した科学技術は、魔法と殆ど区別が付かなかった。
彼女に言わせれば、高度に発展した科学技術こそが、魔法だった。
もっとも、魔理沙が見聞きしたかった魔法とは、<向こう側>そのものであった。
しばらく魔理沙は<向こう側>に滞在した後、再び幻想郷に帰ってきた。
博麗大結界を通過した時、魔理沙が<向こう側>にいた時間の経過すら巻き戻されたため、
<向こう側>にいた記憶は持っていたものの、幻想郷の時間は魔理沙がいなくなってから殆ど経過していなかった。
「だが、余程の変人じゃないと推奨はしないな。
私みたいに自分を客観的に見ることが出来る奴なら、大丈夫だと思うけど」
魔理沙は<向こう側>に滞在中、時の為政者がこのような捨て台詞を吐いていたことを思い出した。
あれからあの国の政治はどうなったのかねえ。
太陽を食べるとか言いそうな、わけのわからない連中に支配されてなきゃいいけど。
「私なら、ほんの数日で発狂するでしょうね」
天を見上げながら白蓮は言った。
雲の切れ目から、わずかに見える光が眩しかった。
「かもな。でも白蓮だけじゃないさ。殆どそうなると思うぜ」
まあ、耐えられるのは紫と、<向こう側>からやってきたあいつらだけだろうな、うん。
早苗の適応力には、しこたま感心するぜ。
「<向こう側>では人類の共存すらも許されないとは、おかしな話です」
白蓮は話題を切り換えた。
「ああ、全くだよ。愚か者が地球を支配しちまった結果だ」
それなら異星人に侵略されていればいいのか、という話だった。
魔理沙には、地球支配すらまともに出来ない人類が、月都を支配出来るとは到底思えなかった。
だから奴らは勝てないのだ。もっとも、霊夢すら正規戦で勝てなかったのだからな。勝てるわけがない。
「皮肉なこったな。それが宗教上の対立だなんて」
「本当、そう思いますよ」
話はそこで止まった。しばらくの沈黙。
雪原に踏み込まれる鈍い足音だけが、音楽を奏でる。
再び空から雪がちらつくようになった。二人はその変化を気付いていないように感じ取っていた。
「ある意味、白蓮は幻想郷に来て正解だったな」
「でしょうね。所詮言葉というのは無意味なのでしょう、<向こう側>では」
いくら頭の良い人間が集まろうと、言論では何も解決出来ない。
だから武力で全てを焼き尽くそうとする。
いや、実際に各地は戦火に包まれていた。
「二つの反応弾は、我らの祖国に惨禍をもたらした」
魔理沙が言った。
「しかし、彼らは何も学べなかった」
白蓮が返歌を送るかのように呟く。
「宗主国の暴走を、指を咥えて見ているだけ」
「それを止める術もないまま、今日も罪無き人々が殺される。神や仏の慈悲は存在なりや?」
再び沈黙。
「虚しいな」
「ええ、その通りですね」
そして彼女達は辿り着いた。
紅く彩られた、吸血鬼が住む館へと。
妖怪の山の麓には湖があり、その湖の岬には、外観が一面紅一色で彩られた荘厳な館が聳え立っていた。
この世界の住人は、この館を畏怖と経緯を込めて「紅魔館」と呼んでいた。
誰が初めにそう呼び始めたのか定かではないが、この名称を即座に気に入ったのは他ならぬ館の主人であった。
特に呼称もない紅い館。
赤より紅い色に染まった館には、当然ながら紅い魔族が暮らしているのではないかという噂が広まっていた。
故に、好奇心旺盛な妖怪の間では、その館に(当然ながら夜間に)忍び込むことが、度胸試しともなっていた。
さすがに、現在はそのような行為が行われることは少ない。
理由は、本当に紅い魔族がこの館に暮らしていたからだ。
この館がここまで紅色に染まっているのは、代々紅色を崇拝してきた一族が館を管理・運営してきたからだった。
その紅色を崇拝する紅(スカーレット)の名を冠する一族は、カリスマの具現たる種族――吸血鬼として誕生した。
幻想郷では初見から歴史は浅いものの、その身体能力はずば抜けて高く、
この世界のパワー・バランスの一角を担っていた。
霧雨魔理沙と聖白蓮は、そんな吸血鬼が暮らす館へとやってきた。
観光の初日は既に終盤を迎えており、あわよくばここで一泊してしまおうという魔理沙の悪巧みは実行された。
紅魔館にはゲストハウスこそはないが、それを補う程の客室は、余りある程あった。
しかも、全ての部屋は毎日入念に掃除されているから、突然の来訪にも備えている。
無論、それら作業は全て住み込みで働くメイド達によって担当されており、彼女達を統括するメイド長が監督している。
この館は、それくらいに整えられていた。
「見事な屋敷があるものですね」
紅魔館の外観が見えてくるなり、白蓮は感想を端的に言った。
あえて空を飛んでいないのは、彼女に幻想郷を鳥瞰図ではなく、陸地から見て貰おうと星が考えたからだ。
魔理沙はそれを粛々と実行している。普段は魔女のように時速何キロも出すが、歩くのは久しぶりだった。
それに、このような曇り空も陸路にせざるを得ない状況のひとつだった。
確かに雲の上は晴天ではあるが、今度はいざ着陸しようとすると、視界が圧倒的に悪すぎる。
<向こう側>の旅客機が少しの雪で欠航になるのは、それが理由だ。しかも、それらは何百という乗客を乗せている。
いくら飛行時間を積んだパイロットといえども、無理なものは無理があった。
「今日はあそこで終了だぜ。明日に備えてじっくりお休みだ」
魔理沙は言った。
「あの時魔理沙が連絡をしていたのは、ここの主人ですか?」
見た感じ、宿泊所にも見えると思った白蓮が言った。
「いいや、あそこの地下図書館を居城としている魔女さ。ちなみに立場は主人の友達ってとこだ」
「魔女ですか。古代欧州の民間伝承に現れるという、魔法を行使する者ですね」
白蓮とて無教養ではない。この世界に関する書籍に関しては、一通り眼を通していた。
無論、身体能力を上昇させる魔法を行使してからの速読であるが。
「魔理沙、その魔女は、赤い文字で真実を語る技は持っているのですか?」
「どんな技だそりゃ」
そんなことなんて初耳だぜ、と言わんばかりの表情を魔理沙は作った。
「では、そのような能力は持っていないと」
「持っていたら持っていたで厄介だろうけどな」
白蓮は思った。
あれは単なる創作、若しくは空想に過ぎないのでしょう。
確か、赤き真実を打ち崩すには青き真実。そして黄金の言葉が絶対の真実とかなんとか。
「おー、着いた着いた」
近付けば近付く程、その館はとても立派なものであった。
<向こう側>から幻想郷に移動されたものらしいが、一体どうやったらそんな芸当が出来るのだろうか。
いや、それは守矢神社にも言えることであるが。
「門に誰かいますね」
白蓮は言った。
紅魔館の門には、紅い髪をした女性が立っていた。
その後ろには、高さ4m程もある、非常に頑丈な扉があった。
「門番さ。太極拳の使い手で、本気の格闘技による戦いなら強いぜ」
「と、言いますと?」
「大遠距離からマスタースパークを撃ち込めば終わりだ」
魔理沙は笑いながら言った。
それは誰でも終わりかもしれないと白蓮は思った。
何故ならば、全くの不意打ちであるからだ。
気付かないうちに死亡というのは、<向こう側>の戦場ではよくある話だ。
「よー、来たぜ」
「あ、お待ちしておりました。早速取次しますね」
紅魔館の門番――紅美鈴は、魔理沙の顔を見るや否や、扉脇に備え付けられた内線電話で地下図書館に連絡を行う。
これも河童の技術革命により、内装工事が行われた結果だった。
紅魔館内部における連絡伝達がスムーズとなったのは、言うまでもなかった。
ただ、メイド長に言わせれば、あまり意味のないことであったが。
確認が取れ、巨大な門が開いた。
「レミリアはまだ寝てるのか?」
魔理沙は言った。主たる吸血鬼、レミリア・スカーレットは大抵昼間は寝ており、夜間に活動する習性を持つ。
ただし、稀に白昼堂々花見をしている姿を目撃されていることから、その活動時間は曖昧なものとなっていた。
「相変わらずですよ。夕食になればお目見えになれるかと。フランドール様もお休みになられております」
さりげなくだが、美鈴は悪魔の妹について付け加えた。
普段なら紅魔館中で何かしらしているフランドールであるが、生憎今日はまだ寝ているようであった。
「わかった。それまで時間潰しとするか。行くぜ、白蓮」
魔理沙はパチンと指を鳴らした。
白蓮は、美鈴に一礼をしてから歩き出した。
紅魔館には、地下図書館なる施設が存在する。
ある意味で魔窟じみた空気を醸し出すこの空間には、正真正銘の魔女がいた。
この魔女は文庫の収集に関しては積極的で、どうやって入手したのかわからない本も並べられている。
無論、<向こう側>の本屋で販売している書物も同じだった。どうやら香霖堂経由で手に入れたものらしかった。
彼女は、趣味やその他の資料にすべき図書類は、全部自分のものにしなければ気の済まぬ性質、とまではいかなかった。
この世に本を欲している物がいれば、別にくれてやってもよいという性格をしていた。
「長く生きていると、基本を疎かにしがちになるわね」
知識と日陰の魔女、パチュリー・ノーレッジは、椅子に座りながらそう言ってみせた。
「と、申されますと?」
彼女の副官的立場にある小悪魔が言った。
下級悪魔であるが、その実務能力は極めて高い。
パチュリーの身の回りの世話全般を引き受けているが、どのような経緯でそうなったのか、それは明らかではない。
「例えば朝起きて、顔も洗わず、しかもうがいをすることが面倒臭くなる」
「ああ」
パチュリーの言葉に、小悪魔は成程と頷いた。
うがいをする意味は、(睡眠時に)口中に繁殖した雑菌を洗い流すことにある。
パチュリーはそのことを言っていた。
早寝早起きをし、帰ってきたら手洗いうがい、食後にはきちんと歯を磨くということは、上白沢慧音が人里の子供達に通達しているものだった。
しかし、大人になればその行為は忘れ去られてしまう。
別に、歯医者を儲けさせようという狙いで言っているわけではない。
人間としてやるべきことを、いつの間にかやらなくなってしまうということを危惧していただけだった。
「だから、<向こう側>で今更てんやわんやしているのでしょう?」
幻想郷の住人の一部が月面に殴り込みをかけた事件以来、パチュリーは積極的に情報収集を行うようになっていた。
とにかく、何でもいいから<向こう側>に関する生の情報を図書館に届けさせる。
その仕組みを作ったのは、読書以外の暇潰しを作るためだった。元来、魔女は退屈を嫌うきらいがある。
「流行性感冒のことですか?」
小悪魔は言った。
流行性感冒。インフルエンザ・ウイルスによって発生する急性伝染病のことである。
感染すると高熱などを訴え、場合によっては人間を死に至らしめる恐ろしいウイルスだ。
月の頭脳という異名を持つ八意永琳でさえも、このウイルスのワクチンを作成するのは容易ではないと言っていた。
何故ならば、発生する度に姿形を変化させるからだ。
一応、永遠亭には大流行に備え、ワクチンにするためのウイルスが各種培養されている(勿論、何重もの鍵がかけられ厳重に管理されている)。
永琳曰く、インフルエンザだけで三種類ほどは保存しているとのことだった。
「マスクがどうたらとか、手洗いうがいとか、明らかに騒ぎすぎよ。
それではかえって混乱を一層招くだけだわ。
まあ、人間は感情で動くからどうしようもないわね。例え統率が取れていたとしても、の話だけど。
あのような文明を築き上げる<向こう側>の人間なら、それくらいの予測は出来て当たり前だと私は思うけど」
機関銃を連射するかのようにパチュリーは言った。
それは、<向こう側>に暮らす人間達への皮肉と軽蔑が込められていた。
「魔理沙はそういった人々が築き上げた文明世界に行ったのよね。
何がそこまでうずうずさせるのか、私にはちっとも理解できないわ」
「それだけ魅力のある世界なんだよ、<向こう側>はな」
「そうそう、……って、え?」
思わずパチュリーが振り返った先には、霧雨魔理沙と聖白蓮が立っていた。
「貴女、いつ来たのよ」
「お前とこぁがインフルエンザについて話している時から」
なら、今丁度じゃないと言わんばかりな表情をパチュリーは作った。
同時に、パチュリーは魔理沙が連れてきた客人の存在に気付く。
こぁというのは小悪魔の呼び名だった。家具である彼女に本名は存在しない(ことになっている)。
「ようこそ図書館に。よく御出に」
「丁重なるもてなし、ありがたく存じます」
まるで初対面とは思えない程、流れるような会話をパチュリーと白蓮は行った。
パチュリーは普段の性格からとは思えないばかりに、白蓮を椅子に進めた。
そして、巡回していたメイドを呼び出し、何か飲み物を持ってくるように命じた。
会話の準備はすぐに出来た。
パチュリーは、メイドが運んできた紅茶を勧めながら口を開く。
「改めて紹介をするわ。私はパチュリー・ノーレッジ。
この図書館の管理人といえばいいのかしら。館の主人とは腐れ縁よ」
面倒な言い回しはしたくないためか、パチュリーはわかりやすく語った。
「こちらは身の回りの世話をしているリトルよ」
「リトルにございます。御機嫌麗しゅう、聖尼公様」
小悪魔もいつもの姿勢で語った。名前が無いため、便宜上、リトルという名前を名乗っている。
そうでなくては、知識と日陰の魔女の小姓など務まらない。
「聖白蓮でございます。本日はお会い頂き、誠にありがたく存じます」
白蓮は深々と一礼を行った。
「魔理沙とは随分と仲が良いことと伺っております」
白蓮は先制攻撃とばかりに言った。
他意は無いのだが、魔理沙が横で白蓮に見えないように笑みを浮かべたのは確かだった。
一方で、小悪魔は何もないように平然と装っている。魔理沙はそれでこそ一流だと感心していた。
さあ、魔女はどのような言葉を発するのか。
「まあ、それなりにね。
お互い魔法を専門に扱っている関係にあるし」
当の魔女は、割と控えめに攻撃を回避した。
噂では、白黒の魔法使いに友人以上の感情が芽生えているという認識があったが、本当はそうでもないらしい。
「お前とは、あいつが霧を起こしたあれからだったな」
魔理沙が口を挟んだ。彼女は紅霧異変のことを言っていた。
今から二年前、突如として幻想郷を紅い霧が覆った異変があった。
それを解決したのが博麗霊夢と霧雨魔理沙であるが、紅魔館に忍び込んだ際、魔理沙は地下図書館を(偶然にも)発見した。
そこで出会ったのがパチュリーであり、恋の魔法で(文字通り)叩き潰したのが始まりだった。
「吸血鬼の退屈凌ぎに合わせるなど、魔女殿も珍しいですね」
笑顔を浮かべながら白蓮は言った。
「レミィは数少ない友達だからね。
やんちゃな知り合いを持つと苦労するわ」
「だろうな」
「貴女のことも言っているのよ、魔理沙」
「あら、こりゃ一本取られたぜ」
漫才のような雑談が続き、空間は笑いに包まれた。
「それに、魔女は退屈を嫌うものなのよ。
私もレミィもお互い遊べて一石二鳥」
「ここだけの話ですが、チェスや将棋になると、それはもう熱中なさるのですよ」
パチュリーの横の席に座っていた小悪魔が笑いながら言った。
普通であれば起立している立場にあるが、白蓮の手前であるためか、パチュリーは着席させていた。
レミリアとパチュリーがその手のゲームで対局を楽しむのは、決して珍しくない話だった。
レミリアとて、室内での弾幕ごっこが甚大なる被害を及ぼすのは、紅霧異変で印象付けさせられた。
それに、弾幕ごっこというのは、あくまで人間と妖怪の戦力差を埋めるために作成された決闘という名のゲームである。
互いに全力で潰し合うのは楽しいが、それだと頭脳の上に肉体まで酷使することになる。
故に、この二人が楽しむようになったのが、紅茶を飲みながら手軽に楽しめる遊びだった。
「将棋ですか。私も部下によく相手をして頂いております」
白蓮が言った。部下というのは寅丸星のことだ。
魔女に自分の家来云々について詳しく語っても意味がないため、あえてそのような呼称を用いたのであった。
「丁度いいわ。退屈凌ぎの相手にはなって頂けるかしら?」
パチュリーが言った。
「喜んで。この聖白蓮、全力でお相手申しましょう」
その返事に、パチュリーは傍で控えていたメイドに頷いた。
有能であること、魔女に絶対的な忠誠を誓っていることを考慮して選抜された図書館付きメイドの仕事は早かった。
将棋の準備はすぐに出来た。無論、紅茶と洋菓子は再び準備された。
王将と玉将がそれぞれ手前列の中央に置かれ、左右に金将、銀将、桂馬、香車が置かれる。
その前列右方の桂馬の前に飛車、左方桂馬の前に角行が置かれ、
三列目に九個の歩兵が前衛として配置された。
公平を喫するためか、時計係と記録係、読み上げ係はメイドが務めることになり、
小悪魔と魔理沙はその間、二人から離れた位置に隔離されることとなった。
「ちょっと思ったんだが」
二人の対局を遠目に見ていた魔理沙は、小悪魔に向かって言った。
「何でしょうか?」
小悪魔は即座に返答する。
「もしも、王将以外の駒全部が飛車になったら、どうなるんだろうな」
少しばかり、意地悪な表情を作りながら魔理沙は言った。
「誘導弾の撃ち合いになりますね。司令部以外全滅ですか?」
こと教養に関わることであれば魔女にも劣ることもない小悪魔は、頭の回転の速さを見せつけるかのように言ってみせた。
飛車は角行と共に大駒と呼ぶ。理由は非常に強力な打撃力を持つ。
縦・横直線何処でも進退でき、竜王に成れば、本来の性能の他に斜めに一間ずつ進退することを有する。
故に、彼女はそのような将棋を現代戦と解釈した。
しかし、ただミサイルが飛び交うだけが戦場ではないことは理解している。
「そうなるな、間違いなく。ただ、私はそういう将棋もやってみたいと思うんだ」
「歩の無い将棋は負け将棋ですよ」
小悪魔は応じた。
確かに、航空兵力による爆撃と野砲による弾幕射撃の仕上げをするのが、戦車と歩兵の仕事だ。
この全てが欠ければ成り立たないが、将棋は空という概念が存在しない。
「じゃあ、やってみるか?」
魔理沙は言ってみせた。
「もうひとつくらいあるだろ? 魔女もそうだが、魔法使いも退屈を嫌うんでね」
その言葉に、小悪魔は普段見せないような笑みを浮かべた。
やれやれ、私の周囲はこのような御人ばかりですねえ。
紅魔館の主たるレミリア・スカーレットの寝起きは、非常に遅いものであった。
世間一般の人間が夕食を取る時刻に起床、翌朝に就寝という生活リズムだから、自然に体内時計はそのようになる。
だが、昼間にその姿を目撃されていることもあるから、人々は変則的な睡眠をしていると解釈していた。
この日は、典型的な吸血鬼の時刻に目覚めが始まった。
魔女と尼が将棋を楽しんでいる間に日は沈み、数多の星が輝く夜となる――はずであった。
レミリアが起きた時、外は猛烈な吹雪に襲われていた。
彼女は無言でカーテンを開ける。硝子窓はガタガタと震えており、雪と共に吹き付ける風がその強さを教えていた。
自然に目覚めたというより、その音で起きたような感じがした。
「快適な夜だと思えば、外は激しい吹雪か」
呟き、窓越しに外を見る。
かろうじて屋外灯の明かりが見える以外は、殆ど何も見えない。
この天候なら、敵襲もないだろう。いや、紅魔館を攻め落とすような莫迦は、あの巫女と魔法使いだけだろう。
レミリアはまだ眠い目を擦ると、歴代の当主が愛用している机へと歩いた。
先祖代々から受け継がれてきた家具。彼女の部屋に置かれている殆どが丁寧に磨かれ、子孫へともたらされたものだった。
その机の引き出しから取り出したのは、玉蜀黍から作られたアルコール飲料が入った瓶と、ショットグラスであった。
レミリアはためらいもなくグラスに表面張力ぎりぎりに液体を注ぎ、こぼすことなく一気に飲み干した。
独特の香りが鼻腔に心地よく広がる。
グラスを机上に置くと、先程まで寝ていたベッドに座り、天井を見上げた。
廊下に繋がる扉がノックされたのは、その時だった。
この部屋は、レミリアがもっとも信用している紅魔館のメイド長しか(普通は)入らないから、誰が入ってくるのは姿を見なくてもわかった。
レミリアは何も言わなかった。用があるのならば、そのまま入れば良いからである。
「おはようございます、お嬢様」
レミリアの自室に入ったのは、十六夜咲夜その人だった。
この館のメイド達を束ねる、謂わば使用人頭たる存在。
彼女は、まさにメイド長になるために生まれてきた女性かもしれない。
有能にしてその戦闘能力は折紙付。日本刀相手に刃渡り数センチメートルの刃物で戦うのだから、大したものである。
咲夜はバーボンが入っている瓶を見て、まずはやれやれという表情を作った。
寝起きに酒なんて、前代が見れば何とお嘆きになるだろうか。
いや、その前代が酒浸りだったら、どうにもならないが。
「おはよう咲夜。今日も良い天気ね」
首だけ動かしてレミリアは応じた。
天気云々は彼女なりのブラック・ジョークだった。
そんな下らないことを言える状態であるから、寝起きの機嫌はすこぶる良いと咲夜は解釈した。
「今日はお客様が二名いらっしゃいます」
「客とはね」
レミリアは立ち上がり、引き出しからグラスをもうひとつ取り出すと、咲夜に持てとばかりに突き出した。
「命からがらここに辿り着いて、今夜は吸血鬼の館でビバークってところかしら?」
にやにやと笑みを浮かべながらレミリアは言った。
こういう部分に関しては、吸血鬼は紳士的な対応を取ることで有名だった。
博麗神社と過去に結んだ協定により、人間をむやみやたらに襲わないことを約束した彼女は、それ以来人間観察を趣味としていた。
「お客様でしたら、猛吹雪になる前に到着なされました」
瓶を取り上げた咲夜は、まずレミリアのグラスに液体を注いだ。
「勿体ぶらずに言いなさい」
今度はレミリアがもうひとつのグラスに注ぐ。
「白黒の魔法使いと、命蓮寺の聖尼公です」
「へえ」
あまり興味を示さないような素振りでレミリアは言った。
酒が入ったグラスは、右手で弄ばれている。
「パチェが招待した、そういうこと?」
「その通りでございます」
やっぱりな。レミリアは思った。
自分の友人にそういった権限は与えた心算は無いが、発言力でいえば咲夜より上だ。
魔女の独断で受け入れることは滅多に無い(それどころか、実際初めてのケースである)。
「お嬢様」
「わかっているわ。ついでにフランの子守もさせましょう」
レミリアは、咲夜が何を言いたいのか瞬時に理解した。
ここで聖白蓮と一触即発、という事態はあってはならないということだ。
相手はこの世界では新参だ。故にこちらを逆撫でするような発言があるかもしれない。
それに関して、大目に見ろということだった。吸血鬼はそうでなくてはならない。
「そういえば」
ふと思い出したかのようにレミリアは言った。
「あの子が最近歌っている歌、あれは何かしら?」
「祈りの歌だそうですよ。ただ、何という意味か、全くわからないそうです」
主の疑問に咲夜は答えた。
「意味がわからない?」
「語源すら曖昧で、口語で継承された結果、解読不可能になったとか」
「そんな歌になんの意味があるのよ」
呆れるようにレミリアは言った。
「祈りの歌という意味があるではないですか」
「そういうことね」
レミリアは腑に落ちない表情を作りながらも、その場は一歩引くことにした。
これで本気で意味の無い論争になっては、元も子もない。
「その祈りを意味する言葉、あれは何て言うの?」
「オラショ。神を信じる人々が守り抜いた、歴史ある祈祷文ですよ」
紅魔館の食堂は、紅魔館の広さを考えて設計されているためか、とても広い。
無論、客人をもてなす場所でもあるのだが、普段はこの広大な空間をレミリアひとりが活用する場合が多かった。
が、今日は違った。魔理沙と白蓮が臨席するに辺り、パチュリーや小悪魔も並ぶよう(レミリアに)命じられていた。
「聖尼公、貴女の打ち方は本当に完璧だったわ」
準備の間、適当な場所に着席していたパチュリーが言った。
本来はスカーレット家の序列によって配置が決まっているが、一族郎党が絶えてからは、それも必要無いものとなっていた。
ただし、一番奥には代々の当主が座ることとなっているため、そこはレミリアの席となる。
紅魔館は、客を上座に座るようなことはしていなかった。そもそもそういう概念が無かったからだ。
「そうでございましょうか?」
白蓮は相変わらずの口調で言った。
両手は自身の膝上に置かれていた。
「私が何手目に何処にどの駒を打つか、数十手先も読み取っていた。
ならば、私はそれを上回る数の先を読み取るまでしかない」
「修練の賜物でございますよ。強い者と戦えば戦う程、人は強くなるものです」
白蓮は言った。
自陣がどう足掻いても敗北するような設定で始める将棋であっても、嬉々として楽しむ。
そういう圧倒的不利な状況で発生する混乱を処理することこそ、面白いと感じていた。
勝ち戦にはある程度の無茶が通用するが、負け戦はそれが通用しない。
しかし、その中で足掻き続け、相手にある程度の出血を与えるのが負け戦の意義である。
実際、月面戦争を敵陣側で想定した兵棋演習を行っていたのが八雲藍だった。
チェス盤をひっくり返すという発想は、如何にも藍が思い付きそうなものだった。
彼女は月都側が市街戦を受ける場合、つまり地球軍が月都に侵攻を仕掛けた時の戦術を予想したことがあった。
それは、都市内におけるガソリンスタンドから燃料を吸い出し、全部道路にぶちまけ、火を付ける単純なものだった。
気化した燃料はそれだけ酸素を豊富に蓄えているため、そんな時に着火をすれば凄まじい爆発が起こる。
と、同時、猛烈な火災を引き起こす。
すなわち、敵軍を燃え盛る火炎の海に巻き込んで、一網打尽にしてしまう計画であった。
その他、味方の囮部隊ごと、MLRS(多連装ロケットシステム)で吹き飛ばすこともありうると考えていた。
現在の月都軍の最高司令官が、余程血も涙も無い性格であれば、恐らくそうすると藍は思っていた。
それどころか、藍は仮に自分が月都軍を動かせる位置にいた場合、確実にそれを実行できる心の持ち主だった。
「貴女、頭の良い怠け者って立場かしら?」
「部下にも良く言われますよ」
パチュリーは、いつぞやの文献で読んだこんなセオリーを思い出していた。
頭の良い怠け者は司令官にせよ。
頭の良い働き者は参謀にせよ。
頭の悪い怠け者は連絡係にせよ。
頭の悪い働き者は銃殺にせよ。
まず、頭の良い怠け者。
理由は主に二通りある。、一つは、怠け者であるために部下の力を遺憾なく発揮させるため。
もう一つは、どうすれば自分が、さらには部隊が楽に勝利できるかを考えるためである。
次に、頭の良い働き者。
理由は勤勉であるために自ら考え、また実行しようとするので、
部下を率いるよりは参謀として司令官を補佐する方が良いからである。
また、あらゆる下準備を施すためでもある。
頭の悪い怠け者は、これは総司令官または連絡将校に向いている、もしくは下級兵士。
自ら考え動こうとしないので、参謀や上官の命令どおりに動く。
だから伝令に向いている。仮に自分が構築しても、頭の良い部下が全て修正するので、総司令官にも向く。
最後に、頭の悪い働き者。
理由は働き者ではあるが、無能であるために間違いに気づかず進んで実行していこうとし、更なる間違いを引き起こす。
気が付いた時には、取り返しがつかなくなってしまう恐れがあるからだ。
そうしたら、レミリアは一体何処に当て嵌まっているのだろう。
頭の良い働き者は咲夜なのは確かだ。そうなると、頭の悪い怠け者になってしまう。
いや、それであっている。頭の悪い怠け者は総司令官でもあるから、当主という立場と合致する。
何かあれば咲夜がきちんと処理するので、多少の怠惰は許されるということだ。
そして、そこで談笑している魔理沙とフランドールは何に当て嵌まるのだろう。
いや、考えるだけ無駄か。
「けれど、良い勝負だったのは事実よ。
こうして退屈を紛らわせないと、魔女は消滅するとか流言が飛び交っているけれど」
「どういう意味ですか?」
白蓮は、不気味な怪物を見たような表情をしながら言った。
「全ての真実は、この世を生み出した創造主が知っている。」
パチュリーが言葉を紡いだと同時、白蓮の視界だけに彼女の言葉が赤く彩られて焼き付けられた。
「……これは、赤き真実……」
白蓮は思い出した。
紅魔館に向かって歩いている時、魔理沙が言っていた。
今自分と会話しているのは魔女であり、その魔女は赤字を行使できる。
「あら、知っていたの?」
「魔理沙が教えてくれましたので」
白蓮は応じた。
「私が赤で語ることは全て真実よ。疑う余地も何も無いわ。
そういえば、幻想郷縁起は貴女も読んだかしら?」
「ええ、まあ」
あれは星が人里から購入したものだったか。
代々この世界の歴史を纏める家系がいて、その一族によってこの世界の人々を紹介するというのが内容である。
「あれはあくまで稗田家がまとめた内容に過ぎないわ。
よって、幻想郷縁起に書かれている真実は、真実とは言い切れないのよ。
下手をすれば、名誉毀損で訴えられかねないと思うけどね」
「は……はあ、そうなのですか」
白蓮は思った。この人は何を言っているのだろうと。
「近い将来、改訂版が出版されると思うわよ」
「改訂版ですか?」
「守矢神社や地霊殿、そして命蓮寺の住人は、まだ幻想郷縁起には書かれていない。
それが理由よ」
パチュリーは言った。
「貴女も気をつけなさいな。真実でないことが書かれることは、幻想郷でも<向こう側>でもよくあることだからね」
パチュリーが言葉を紡いだ後、食堂の扉が開かれた。
レミリアが入ってきたのであった。
「夕食を始めましょう。皆、席に着きなさい」
紅魔館の主の入室と共に、それまで作業を行っていたメイド達は手を止め、一礼を行った。
無論、その中には咲夜も含まれていた。
レミリアは黙って当主の席へと着席した。
同時、手を止めていたメイド達が作業を再開する。
次々と豪勢な料理が配膳され、テーブルの上に並べられた。
「さて……」
全ての用意が整った時点で、レミリアは言った。
「全員揃ったわね。聖尼公、今日はようこそ参られたわ」
レミリアは白蓮の方を向いて言った。
「御初に御目にかかります。聖白蓮でございます。
本日は豪華なおもてなし、ありがたく存じ上げます」
相変わらず丁寧な返しだと、白蓮の隣に座っていた魔理沙は思った。
それと同時、眼前に並べられた食事を見て、若干彼女は呆れた表情を作った。
幻想郷で収穫できる食材で、こうも立派な物が作れるだなんてな。
やはり料理人ってのはすげーぜ。ああ、これを作ったのは全部咲夜なのか?
紅魔館にも、シェフの一人や二人くらいいそうだが。
というか、霊夢が見たら発狂するだろうなぁ。
魔理沙が至極どうでもよいことを考えている間に、晩餐は始まった。
紅魔館の人々は、基本的に食事に集中するタイプだった。
会話らしい会話は滅多に無い。
普段なら魔理沙に懐いているフランも、ここは横を向くことは無かった。
そういう部分だけはレミリアに躾けられているようで、逆に魔理沙が緊張するような雰囲気を醸し出していた。
白蓮はというと、何処で身に付けたのか、フォークとナイフを綺麗に使い分けている。
人里の暮らしではそう簡単に御目にかかれないはずである。
恐らく事前に咲夜あたりから学んだのだと魔理沙は解釈した。
そうこうしているうちに、あっという間に夕食は終了した。
紅魔館の廊下は、その殆どが紅色で塗装されている。
本当に何もかもが紅で統一された不気味な館であるが、慣れてしまえば案外平気に感じられる。
幻想郷縁起によれば、レミリアは騒がしいパーティを行うらしいが、今日はそれが無かった。
「とても美味しい料理ばかりでしたね。幻想郷という世界は、非常に平和なのですね」
客室に向かう途中で、白蓮は魔理沙に言った。
「ある程度の異変はあるけどな。他は呆れるほど平和と言っていいと思うぜ」
魔理沙は返事を返した。
しかし……彼女は思った。
聖白蓮の半端無い食欲は、本当に何処から来ているのか。
仏教徒であるのにもかかわらず、赤ワインを普通に飲んでいた。
待てよ。それじゃあ昼間のあれは、「酒が飲めない」のではなく「昼間から酒は飲まない」ということだったのか?
更に魔理沙の疑問は続いた。
夕食として用意された料理には肉類がしっかりと使われていた。
レミリアが白蓮を仏教指導者として認識しているならば、恐らくは性根が多少ひねくれている吸血鬼のことだ。
意地悪の心算で肉料理を出すよう咲夜に命令を下したのだろう。
だが、白蓮は笑顔でそれら料理を食べていた。
デザートの苺牛乳プリンなど、おかわりする始末だった。
一体、こいつは本気で何者なんだと魔理沙は思っていた。
自分は仏教徒じゃないけれど、悪魔の存在を信じたくなっていた。
「魔理沙、ここではないですか?」
「えっ、ああ、ここか」
宿泊する場所として用意された客室に、先に気付いたのは白蓮だった。
扉まで紅色に塗られている。ここまでくると、悪趣味としか言いようが無かった。
魔理沙は咲夜から渡された鍵を扉の鍵穴に鎖し込んで、施錠を解錠した。
そして、扉を開けて部屋に入る。
「「寒っ!」」
二人の声が同時に響いた。
それもそのはず。誰もいないのだから暖房装置は当然ながら切られていた。
魔理沙は慣れた手付きで明かりを点灯し、備え付けのスイッチパネルを見ながら暖房装置を作動させた。
紅魔館の客室は、<向こう側>のホテルと殆ど変り無かった。
ランプや冷暖房という設備は、反応動力発電所が完成してから後付けされたものだった。
それまでは、ガス灯や薪を燃料とする単純なストーブで暖を取っていた。
「温まるまで時間かかりそうだな」
二人分の荷物をベッドの上に適当に置いた魔理沙は言った。
魔理沙はベッドの上に座り、外を見た。猛烈な吹雪であるのは一目でわかった。
硝子戸を吹き飛ばすことはないかもしれないが、外に出ると命の危険があるのは確かだった。
「ならば先に入浴すればいいと思いますが」
「それ、ナイスアイディアだな」
江戸時代において、銭湯というのは庶民における社交場であった。
式亭三馬が浴場における町人生活を生き生きと描いた滑稽本を作成するほどだから、
その当時の世相は風呂場でわかるといっても過言ではなかった。
時を遡って古代ローマ時代には、カラカラという皇帝が市民階級に対して大浴場を建設した。
ただ、その施設は全て奴隷階級が運営することによってカヴァーされており、
市民は奢侈逸楽を享受するほど堕落していった。
今では一日の疲れを癒すと同時、様々な病気を治療する目的として温泉が生まれた。
博麗神社裏に突如誕生したそれは、霊夢が入湯料を徴収すると思われたが、全力で阻止されたとかなかったとか。
「すっげぇ、噂には聞いていたが、やっぱ広いなぁ」
扉を開けるなり、魔理沙は関口一番感想を述べた。
紅魔館の大浴場も、博麗神社裏の温泉から湯を引くように改装されていた。
温泉は地熱によって温められた泉だから、湯は無尽蔵に溢れ出る。
「これまでの広さ、うちのお寺にも欲しいくらいですね」
続いて白蓮が入ってくる。
「すっげぇ、噂には聞いていたが、やっぱでかいなぁ」
魔理沙は棒読みで言った。
全身にタオルを巻かれているが、それでも白蓮の肢体はしなやかであった。
それでいて、とても豊満。大きさで言うと、永遠亭の薬師と同じくらいだろうか。
「こらこら、人をそういう眼で見てはいけませんよ」
苦笑いしながら白蓮は言った。
「でもさー、私だって憧れるんだぜ」
「あまり褒められたものではないですよ、魔理沙。肩こりとか酷いですから」
白蓮は、巨乳特有の悩みを簡潔に言った。
確かに魔理沙が尊敬やその他の眼差しを向けるのは結構な話だ。
しかし、それによる反動も大きいことを白蓮は語った。
「そうだ。白蓮は身体能力を向上させる魔法が得意だったよな?」
魔理沙は適当な場所に置いてあった椅子を見つけ、足早に洗面台へと持っていく。
「そうでしたが――」
白蓮も魔理沙と同じ動作をしつつ返答するが、彼女は魔理沙の企みを瞬時に理解した。
「身体能力特化魔法の効果は本人のみですよ。
都合良く相手の胸を大きくしたり、身長を高くしたりすることは不可能です。」
突如、魔理沙の視界に赤く彩られた文字が浮かび上がった。
「ひ、ひでぇ……。それは無いぜ……」
魔理沙は赤で宣告された真実を否定しようとした。
が、赤で語られた言葉は如何なる疑いの余地も無い真実である。
「ここで推理合戦をしても無意味だと思いますよ」
「だ、だろうな。風呂場で暴れたら咲夜が何をしてくるか」
想像もしたくないと魔理沙は思った。
「全く、卑怯極まりない戦法を平気で行使するわね、咲夜」
紅魔館の食堂で、どうでも良い場所に腰を据えたパチュリー・ノーレッジは言った。
彼女にしては珍しく、不機嫌な態度を示していた。
「今回の優先順位は魔理沙と聖尼公と判断致しましたので、悪しからず」
悪戯を咎められた子供のような顔を作った十六夜咲夜は言った。
「魔理沙がフランを外への興味に向けさせる手段であれば、私やレミィはそれを支える立場にある。
いや、私はどの立場にも属していないのかもしれないけれど」
意味深なことをパチュリーは言った。
咲夜は彼女の発言をさらりと流して、持ってきたティーセットを操作し始める。
「だから今回は聖尼公の興味を向けさせる手段として、睡眠薬を食事に混ぜたってところかしら?」
パチュリーは、自分の眼前にカフェオレの入ったティーカップを置いた咲夜を見た。
「その御質問にはお答えかねます」
「……」
パチュリーは押し黙った。復唱拒否。よくある話だった。
「自分以外の――好きなだけ遊んでくれる相手が欲しかった。
だからお嬢様は魔理沙をここに引き寄せた」
咲夜は言った。
「その通りかもしれないわね。レミィが異変を起こした理由がそのひとつなのかも」
「私もそう思います」
今度は小悪魔が言った。
パチュリーは、先程からずっと立っている小悪魔と咲夜を交互に眺めた。
「二人とも座りなさい。立って聞くより座った方がいいと思うわ」
パチュリーの許可が出たため、小悪魔と咲夜は着席することにした。
「紅霧異変について、私はレミィから具体的な計画しか知らされていなかった。
メイド達もそうでしょう?」
「確かに……お嬢様からは建前だけを知らされただけですね」
パチュリーは咲夜の入れたカフェオレに口を付けた。
「リトル、ではどうしてレミィはあの異変を起こしたのかしら?
単に吸血鬼としての気紛れ? 私はそうは思わないわね」
小悪魔は考えた。
お嬢様が紅霧異変を起こした本当の理由。それは一体何だろう。
「自分をわざと見付けさせて、霊夢さんと魔理沙さんの実力を確かめるためですか?」
「鈍感にも程があるわよ、リトル」
パチュリーは呆れた表情を作った。
「少しヒントを与えてあげるわ。
かつて幻想郷で大暴れした吸血鬼はレミィ。彼女は強大な力をもった妖怪達と戦って敗北した。
妖怪が食料を提供する見返りに、生きた人間を襲わないという条約にサインをした。
しかし暴れることを制限されるのを嫌ったレミィは、とある妖怪にゲームという名の決闘方法を提案した」
赤き真実を交えながら、パチュリーは言った。
「スペルカードルールのことですよね?」
「そうよ」
そこにどんなヒントがあるというのだろうか。
小悪魔は考える。
「くっくっく、先程私が述べたことですよ」
咲夜は笑いながら言った。
ここで小悪魔はようやく気付いた。
「フランドール様、ですか?」
「ぱんぱかぱんぱか、大当たり。良くできました。二重丸に花をつけてあげましょう」
パチュリーは棒読みで言った。
「スペルカードルールの範囲内であれば、フランも存分に遊ぶことが出来る。
レミィはこの決闘方法による最初の異変を起こした人物。
霊夢や魔理沙と戦う方法を、手加減が出来ないフランでも、このルールに基づいた決闘ならば可能であると教えたのよ」
「確かに、フランドール様は破壊の能力を御持ちであり、触れようが触れまいが物を破壊……破壊?」
小悪魔の言葉はそこで途切れた。
「フランは隕石を吹き飛ばした。あれは紅魔館に激突する恐れがあったからね。
だけどフランが紅魔館の備品を壊したことはあったかしら?
食事に使うフォークとナイフは? 普段着ている洋服は? あの子が持っている杖は?」
「……」
小悪魔は完全に押し黙った。
「スペルカードルール法案(原案)第二条。
開始前に命名決闘の回収を提示する。体力に任せて攻撃を繰り返してはいけない。
この制約がある以上、フランも決闘する場合は、力任せの攻撃は不可能となるわ」
「た、確かに……」
「スペルカードルール法案(原案)第三条。
意味の無い攻撃はしてはいけない。意味がそのまま力となる。
この制約により、フランは意味の無い攻撃――すなわち意味の無い破壊活動が不可能となるわ」
「御見事でございます、パチュリー様」
咲夜が言った。
「別にリトルと論争しているわけじゃないけれどね。
つまり、レミィはフランにでも出来るゲームを教えるために紅霧異変を起こした。
ゲーム盤には赤組と白組が必要。その相手として、霊夢と魔理沙を呼んだ。
何故ゲームを教える必要があったか?
それは、この決闘方法さえあれば、フランが何も壊さないで済むからよ。
いや、壊さないで済むのじゃないわ。壊せないのよ。
大空に煌めく
そこまで言って、パチュリーはカフェオレが無くなっていたことに気付いた。
咲夜が慌てて立ち上がり、二杯目を注いだ。
咲夜は懐中時計を見た。
そろそろ頃合かと思った時、時刻は日付を変更していた。
外は完全に吹雪であり、視界という視界を奪う。
更に殆ど見えない深夜。こんな時間に行動するのは余程寒さに強い妖怪か、それともただの莫迦か。
深夜だろうと、紅魔館には明かりがついていた。
吸血鬼というのは夜行性で、こういう時間帯にパーティをして暴れる(と言われている)。
恐らく今日もどんちゃん騒ぎなのだろう。
全く、よくもまあこんな時間に起きていられる。
そう思ったのは、聖白蓮その人だった。
どうも寝付けない。霧雨魔理沙と同じベッドを共有する羽目になったからであろうか。
少し外の空気――を吸いに言ったら確実にあの世行きかもしれない。
だから、白蓮は少しだけ館内を歩くことにした。
ある程度歩けば、疲れて眠くなるだろう。彼女はそう思った。
歩いている途中、白蓮は誰かが椅子に座って外を見ているのを発見した。
独特の帽子に、独特の羽。誰であるか、白蓮は瞬時に理解した。
「眠れないのですか?」
優しく声をかける。
その人物、フランドール・スカーレットは、突如現れた白蓮を見て、一度は驚いた素振りを見せた。
「お姉ちゃんか。咲夜かと思った」
フランはそれだけ発した。
「巡回に来るの? 早く寝なさいって」
「たまにね。今はお姉様のお世話につきっきり。パーティなんてつまんないし、眠れないし……」
白蓮は考えた。
さてどうするか。
少し考え、まとまった案をぶつけることにした。
「なら、私と少し話しませんか?」
白蓮の対応は比較的早い方だった。
内線電話を使って事情を咲夜に伝え、開いている部屋に紅茶を(メイドに)持ってこさせるよう手配した。
基本的に紅魔館のメイドは二四時間体制で常駐しているため、不具合は一切無かった。
「お姉ちゃんは、魔理沙のことは好き?」
ティーカップを大事そうに抱えながらフランは言った。
「大好きですよ。私に知らないことを色々教えてくれました。
あの笑顔、あの強さ、憧れますね」
「だよね! 私もだーいすき!」
やはり性格なのでしょうね。白蓮は思った。
嫌われるどころか、幻想郷中の人々に好かれる。
それだけの魅力を持っている。それが霧雨魔理沙という人物か。
「私は、そんなお姉ちゃんのことが知りたいな」
フランはぐいと白蓮を覗き込んだ。
「私ですか?」
呆気に取られたような表情を作った白蓮が言った。
確かこの子の年齢は……いや、どうでもいいか。
これは言うしか無いですね。
「わかりました。お話しましょう。私のことを――」
白蓮は、自分の生い立ちから今に至るまでを語った。
多分この子に理解できない部分もあるかもしれない。
そう思ったが、白蓮はそんなことは関係ないと思っていた。
フランドール・スカーレットという少女は、純粋で、他人の痛みが十分わかる。
だからこそ、ずっと拒絶し続けてきたのかもしれない。
弟が亡くなり、死の恐怖に苛まれてきた自分の姿と重なるような気がした。
「この世界は、とても優しいのですね。
私達を受け入れ、私の教えは人妖に広まりました」
「教え……えっと、仏様に、御祈りすることだっけ?」
「そうですね。人間と妖怪の共存が私の目的です。
もっとも、幻想郷では達成されていると思いますが」
そういう世界なのだろうと白蓮は思った。
「御祈りなら、私もよくやるよ」
そう言うと、フランは唐突に歌い出した。
それは、徹底的な弾圧から、ひとつの文化を守り抜いた人々による口伝の祈祷文。
語源すら曖昧な言葉を、次なる世代へと伝えていき、現在に至るまで残されたもの。
彼らにとっては、その行為そのものが「戦い」だった。
「血で血を洗う世でも、必死で後世へと残していく。
大切なものは、誰にでもある。貴女の歌もまた、誰かが貴女のために伝えたのだと思います」
「お姉ちゃんは、この歌は知っているの?」
フランは言った。
「今初めて知りました。
生憎、信じるものが異なりますからね。
信じる対象は違いますが、それぞれはそれぞれでいいのですよ」
「うー、よくわからないなぁ」
「これはとある詩人が残した有名な言葉なんですけどね」
みんなちがって、みんないい。
それからベッドに戻った白蓮は、横ですやすやと寝ている魔理沙を起こさぬように細心の注意を払った。
信仰と親交、そして侵攻。
この言葉が同じ発音であるのは、何かの偶然であろうか。
単純に仏門への帰依を意味する信仰。
白黒の魔法使いとの親交。
未だ<向こう側>で絶えることのない侵攻。
朝廷の軍勢が寺へと進攻。
誰が始めたのかわからないが、恐らくは終わりもないかもしれない。
未来永劫続けられる惨禍を、止める術は無いのだろうか。
その第一歩が、人間と妖怪の共存なのだろう。
また誰かが、異変を起こすに違いない。
それであれば、今度は自分が異変を解決する役目に就くだろう。
横で眠っている、この子と共に。
雪はしんしんと降っていた。
音を吸い取る性質を持つ自然の落し物は、幻想郷の大地を白く染め上げた。
次第に意識が遠のく。
朝が来たら、雪も止んでいると思いたい。
私の旅は、まだ始まったばかりなのだから。
他がよかっただけでそこだけ残念でした。
無駄が多いというかなんというか…
読みにくいですね。
大浴場でのやりとりや、フランと白蓮の会話も良かったです。
長くて、やたら難しい話をしてるけど、その実中身はない
あと赤い真実は笑うとこでいいんですよね?グルグルみたいな面白さがありました
blogでやれとしか
あと、香霖堂自体は原発が動く前から暖房完備でしたよ。
事あるごとに<向こう側>が愚かみたいなことを言いながら都合の良い物ばかり勝手に定着させてるのが滑稽でした。
現代人みたい。
もうちょっと東方以外の知識を収集してみてはいかがでしょうか。
魔理沙と白蓮は案外よいコンビを組めそうですね
途中で入る赤い文字や数々の薀蓄も嫌味にならない程度で収まっていたので
そこまで構成も破綻してないと感じました
是非続編も期待したいと思います!
あと、人間でも徒歩で"時速数キロ"は出せます
考察系に関しては色々と反論したい内容でしたが、それを
除けば中々に面白かった。
うみねこのパロディはどうかと思ったけど。ネタ分かる人あんまりいないみたいだし。
語りたい気持ちを抑えれば受けるのかもしれないけど、書きたいこと書いちゃうのも自由だしね。
お疲れ様でした。
その他の部分はほのぼの系統で行きたいように見えるのでさらに違和感が鮮明になっています。
魔理沙が外に行ったという設定も現実世界に関する持論を書きたいために無理矢理付け足したようにしか見えません。
後は将棋の部分でいきなり八雲藍が出てくるのが意味不明です。
もしかしてとは思いますがこの話は別の話として書いた物複数をつぎはぎして作った物なのでしょうか?
だとすれば統一感がまるで無いのも納得なのですが。
作者の自分語り以外はそれなりだったのでこの点数です
噛めば噛むほど味の出そうな話でした。ですが、幻想郷の世界観の部分(設定の話ではない)とか部分部分引っかかるものがありました
自分が気付いた範囲では、魔理沙が外の世界へ行った下りの話はDEMOUR402さんの『ALFAandOMEGA』全くそのまんま、レミリアが紅霧異変を起こした理由から「大空に煌めく準星は、手が届かないから壊せない」の下りは、同じくDEMOUR402さんの『今はもうない』とほとんど一緒
あまりにも堂々としたパクリっぷりに、最初はオリジナルの作者さんが書いた作品なのかと思いました
何かと詰め込みすぎな上に、ネットで浅く調べた程度の付け焼刃の知識が垂れ流されてるだけのような…
途中の魔理沙が現実世界へ行った回想あたりで<向こう側>という言葉が多用されていたのがとても目について、もう少しあちらや外などの言葉で代用したり主語を省略していけば読みやすくなるんじゃないかなぁ、と感じました。
赤字云々のうみねこネタも個人的には面白かったですw
ただ欠点を挙げるとすれば、既に指摘している方もおりますが少し風刺的というか、
作者の思考の押し付け感が悪い意味で強い部分が多かったところですかね。
それにしてもその文章力は羨ましい!w