***
「輝夜ー。来たー」
迷いの竹林―――永遠亭。
永久に変化の訪れないその空間に、藤原妹紅の声が木霊した。長く伸びる白い髪、紅のズボンに白いシャツ。彼女が蓬莱人になってから今まで、変わることのなかったその格好は、こうして今も続いているようだった。
「いらっしゃい、妹紅」
輝夜が表に出て、妹紅を招き入れる。
千年前では決して見ることの出来なかったそんな状況を、まさか体験することになるとは、輝夜は思ってもいなかった。二人は敵同士だったのだから。
奥に立っていた永琳が「お茶を淹れてきましょうか?」と訊ね、お願い、と答えてから妹紅を引っ張っていく。連れて行くのはいつも通り、縁側だ。今日は久々に晴れていて、朝から日差しが心地良かった。
「……晴れたなぁ、今日は」
「ここ数日は雨続きだったもの。晴れる日が来るのは当たり前だわ」
「永遠に降り続ける雨は嫌だよな」
苦笑と共に妹紅が肩を竦めてみせた。おかしな光景だ。
ふと、想像してみる。
輝夜と永琳と妹紅―――三人の蓬莱人が、いつまでも、いつまでも雨に濡れ続けるその姿を。もはや涙と雨の区別がつかないほどに……。
永遠の雨。
過剰な恵みは、永遠を持つ者以外のすべてを水に流してしまう。
「……やあね、年を取ると。つまらないことばかり考えてしまうわ」
「晴れてるのにねぇ。難題ばっかり考えてきた輝夜は考えるくらいしか出来ないのか」
「む。失礼だわ」
「お茶、出来ましたよ」
輝夜たちの座る縁側にお盆を置き、永琳はやわらかく微笑んだ。暖かな日差しが三人を照らす。三つの湯呑みが、すぐにお茶でいっぱいになった。
ここ数日降り続けた雨は、竹林一帯をいくらか変えてしまった。雨というよりは台風。幻想郷にとっては数年振りのそれは、竹林だけでなく、人里や他の場所にも少なからず影響を及ぼしたそうだ。
変化は、常に起きている。しかし、その大きさは一定ではない。
生きている間に気づくような変化もあれば、永久を生きる者でないと気づき得ない変化もある。
常に対立していた輝夜と妹紅がその争いを止めたのも、たったの百年前。長い時間を経てようやく溶け出した妹紅の傷が、そして輝夜の傷が―――癒えたのだ。
物事が変わるためには、必ず時間が必要になる。
三人の蓬莱人は、最近ようやくそれを感じることが出来るようになった。
「平和よね、ここは」
「昔に比べたら、確かにな」
「私たちが異変を起こしたのは、いつだったかしら……? あのときも、この世界は平和だったわ」
ぼんやりと永琳が呟き、訊ねられた二人はそろって空を見上げた。
人は何かを思い出そうとするとき、大抵の場合天を仰ぐ。そこに記憶があるわけでもないのに、軌跡を探してしまうのだ。
生まれ、そして去った者たちの残響を。
「千五百年くらい前かしら……?」
何とか記憶を捻り出そうと目を閉じながら、輝夜は二人に囁くように言う。
そう、確かそれくらい前の出来事だった。
当時、家で匿っていた月兎が、自分を月の民が連れ戻しに来ると話して、輝夜たちは姿を隠そうとした。地上の密室と永琳が呼んだそれは、まったく関係の無い者たちの手によって無効になってしまったけれど。
そのとき―――後に永夜異変と呼ばれるそれが、蓬莱人が幻想郷にその存在を知られた最初の出来事だった。
「あぁ、あれか……。私と輝夜が絶賛喧嘩中だったときね」
「お互い、やってきた彼女たちに負けちゃった覚えがあるわ。そうして異変は解決されたんだもの」
「この前、彼女たちの最後の一人が亡くなりましたね、そういえば」
思い思いの呟きの最後に、永琳が思い出したように言葉を漏らした。
あの時やって来た者の最後の一人、八雲紫。妖怪の賢者として恐れられていたあの妖怪は、どのようにして死んだのか。その瞬間に立ち会っていない輝夜には、分かるわけもなくて。
そもそも『死』とは無縁なのだから、それを理解するということは永久に不可能なのだろう。
霊夢、紫、魔理沙、アリス……。輝夜は逢ってきた彼女たちの姿と名前を脳裏に浮かべてみた。咲夜、レミリア、妖夢、幽々子―――思い出すその表情は、素直であったり、不気味であったり、妖艶であったりはするけれど、どれもが、笑っていた。笑顔だった。
それにつられて、自然と口が綻ぶ。
輝夜は永琳が引き出しから出してきたお菓子を一口食べ、大きく息を吐き出した。
「綺麗だったわ、みんな」
「彼女たちは有限でしたから。限りあるものは、基本的に美しいのですよ」
「私は最近、無限でも美しいものがあるってわかってきたけど、ね」
「それはそれで、綺麗な感情ね」
彼女たちは、綺麗だった。
純粋で、生きることに正直だった。
「生、という集合に、私たちは含まれない。だから、今もこうしてここに在るのよ」
「私たちはあの輪の外側にいたんだよね、常に」
「内側に入ることは、不可能です。輝夜の言うとおり、ある意味で私たちは生き物ではありませんから。生きても死んでもいない存在なのです。まぁ実際は、生きているのですけれど」
それだけ言って、永琳は薬を口に放り込んだ。妹紅がゆっくりとそれに手を伸ばす。そして、白い錠剤を手に取った。
「これ、甘い?」
「死ぬほど苦いです」
「じゃあ平気だな。…………うわ、砂糖の塊じゃないか。甘過ぎる」
「糖分は脳を活性化させますから」
永琳はいつから甘い物好きになったのかしら、と輝夜は少しだけ考えて、すぐに止めた。いつから、という疑問は、永遠にとって不要なものだった。
苦いお茶を喉に流し込む妹紅の姿は、とても永遠を生きる者の姿には見えなかった。いかにも人間で、のんびりとくつろぐ怠惰な、人間。時間に縛られない存在なのに、のんびりもすれば、急ぐこともある。
それはそれで、一つの永遠なのかもしれない。
そうして、考えて、いくつかの結論を出す。
新しく自分が考えたことを素直に納得できるようになったのなら、それがまた一つの成長となる。限りない時間の中でも、そこに在る者は常に変わり続けるのだ。
「ねぇ、永琳、妹紅」
「ん?」
「何ですか?」
「永遠って、何だと思う?」
いつもの問い。
そう問えば、妹紅はそっぽを向いて「まだわかんないわ」と呟いて―――
永琳は静かに立ち上がり、薬棚の最奥の鍵を開いて、
「永遠とは、これですよ」
輝夜に、一つの瓶を差し出した。彼女の答えはいつも同じだ。何度訊いても、嫌な顔一つせずに答えてくれる。
その瓶の中に入っているのは、いつか輝夜の飲んだ、とある薬。
―――蓬莱の薬。
飲んだものを不老不死にする、すなわち、永遠を与えるモノ。それ自体が単体で、永遠を表す。
輝夜も、永琳も、妹紅も、それを飲んだからここに在るのだ。
永琳はまたいつものように意味深な笑みを浮かべて、それを棚に戻した。
「難しい話は止めようよー。頭が痛くなるわ」
「あら妹紅。そんなに難しい話じゃないじゃないの。寺子屋の教師といつだったか仲が良かったでしょ? 少しくらい考える作業をしてくれば良かったのに」
「あのねぇ……。確かに慧音の手伝いはしてたけどさぁ……。力仕事が多かったし、あいつ結構早くに死んじゃったし。考えるのは不死になったときに散々したからいいんだよ。後は輝夜と永琳が考えてくれるから」
「また喧嘩して決別したらどうすんですか?」
「そんときは輝夜に仲直りしに来てもらうよ」
「自分で来ればいいのに」
「悪いのはいつも輝夜だもん」
ぶー、と妹紅が口を尖らせ、輝夜のお菓子に手を伸ばした。空いている左手でそれを防ぐ。器の小さい攻防戦がしばらく繰り広げられた。
しばらくの後、その戦いは妹紅の勝利に終わり、輝夜のお菓子は一つ奪われた。ついでとばかりに永琳のそれにも手を伸ばそうとした妹紅の目の前には、しかし勝ち取ったお菓子は既になかった。一瞬の早業か、それらは永琳の口の中にすでにおさまっていたのだ。誇らしげな永琳の前に、妹紅はなす術もなく崩れ落ちた。
そんな彼女を前に、どうしましょう? といった目を永琳に向けられる。無論どうすることも出来ないのだが、輝夜はとりあえず笑顔を返しておいた。世間では愛想笑いと言うらしい。
外は、相変わらず晴れている。竹林に変化はない。ただ、ほんの少し陽が傾いた程度だ。いつもと同じ、時間の経過。それがたまらなく愛おしかった。
「じゃあ、いつも悪い子の私が、二人に問題を出すわ。良い?」
「えー」
「はい、どうぞ」
妹紅の不満げな声と、永琳の興味の無さそうな声。輝夜にとっては、二人の反応なんてどうでも良かったけれど、この問いを発したら、そんな態度ではいられなくなるくらいに興味が湧くに違いないと思っていた。
すっかり冷めてしまったお茶を一口啜って、輝夜は訊いた。
「私たちは―――生きるべきか? それとも死ぬべきか?」
案の定、ごろごろとだらしなく縁側を転がっていた妹紅の動きも、絶えずお菓子に手を伸ばし続ける永琳の動きも止まった。
それからしばらく沈黙が続いて、することのなくなった輝夜は永琳の手の中のお菓子を摘まんで、口に放り込んだ。
ゆっくりと咀嚼して、飲み込む。甘い味が、口の中に広がった。
「答えはあるの?」
妹紅が訊き返してくる。
「答えは無いのでしょう?」
永琳が確認する。
どちらの答えも、イエスだ。
もちろん答えのない問いかけだし、それを知るには、一度死ななくてはならない。輝夜たちにはそれが不可能だから、少なくともこの三人では答えを知ることなど出来やしないのだ。
「答えのない問いがあっても良いじゃない。要は、二人の考えが訊きたいだけなのよ」
「問題というより、質問だな」
「いや、一生の命題のようなものだから、やはり問題で間違いないのでしょう」
妹紅は再び転がり始め、永琳は手と口の動きを再開させた。
二人は、考えている。
今までの人生で、思い出せる部分だけ思い出して、辛いことや楽しかったことを並べて、アルバムの用に観賞する。
だんだんと動きを緩慢にさせて、妹紅がついに止まった。がばっ、と勢いよく起き上がり、私の方を見て微笑んだ。
「私は、まだ生きていたいなぁ」
「それはどうして?」
「これからはきっと、良いことがあるから。明日を見ろ、って慧音が良く言ってたからね。今はそれを信じていればいいと思うんだ」
「へぇ。永琳は?」
「私は」湯呑みに口をつけて、その中身を飲みほしてから彼女は言った。「これからも生きていきたいですね」
「それはどうして?」
「これまで、良いことがたくさんありましたから。だからこれからも生きていこうと思うのです」
それから、二人は輝夜の方を見つめた。出題者の答え―――答えは無いのだけれど―――その結論を待っていた。
……まだ、輝夜はわからない。わかっていない。結論を、出せずにいる。あと何年必要だろうか。これの答えを、自分なりに見つけるのに?
だから、今日のところは誤魔化しておこう。
「生きるべきか、死ぬべきか。それが問題だ―――なんてね」
「……日本人らしくないですねぇ」
あははっ! と妹紅が吹き出して、永琳も小さく笑いを漏らした。
つられて、輝夜も笑ってしまう。
感情は伝染し、広がる。三人しかいない世界だけれど、その感情もまた永遠のものだった。
これからの世界がどうなるのか―――そんなことは、どうでも良くて。
ただ、そこに在る。
幻想だとしても、永遠である限りは消えることがない。
有限の思い出を抱いて、蓬莱の民の日常は続いていく。
意味など、ありはしないけれど。
それもまた、永遠なのだろう。
三人で、縁側に寝転んだ。
空は快晴。
そこに浮かぶ星もまた、永遠のモノだった。
了
「輝夜ー。来たー」
迷いの竹林―――永遠亭。
永久に変化の訪れないその空間に、藤原妹紅の声が木霊した。長く伸びる白い髪、紅のズボンに白いシャツ。彼女が蓬莱人になってから今まで、変わることのなかったその格好は、こうして今も続いているようだった。
「いらっしゃい、妹紅」
輝夜が表に出て、妹紅を招き入れる。
千年前では決して見ることの出来なかったそんな状況を、まさか体験することになるとは、輝夜は思ってもいなかった。二人は敵同士だったのだから。
奥に立っていた永琳が「お茶を淹れてきましょうか?」と訊ね、お願い、と答えてから妹紅を引っ張っていく。連れて行くのはいつも通り、縁側だ。今日は久々に晴れていて、朝から日差しが心地良かった。
「……晴れたなぁ、今日は」
「ここ数日は雨続きだったもの。晴れる日が来るのは当たり前だわ」
「永遠に降り続ける雨は嫌だよな」
苦笑と共に妹紅が肩を竦めてみせた。おかしな光景だ。
ふと、想像してみる。
輝夜と永琳と妹紅―――三人の蓬莱人が、いつまでも、いつまでも雨に濡れ続けるその姿を。もはや涙と雨の区別がつかないほどに……。
永遠の雨。
過剰な恵みは、永遠を持つ者以外のすべてを水に流してしまう。
「……やあね、年を取ると。つまらないことばかり考えてしまうわ」
「晴れてるのにねぇ。難題ばっかり考えてきた輝夜は考えるくらいしか出来ないのか」
「む。失礼だわ」
「お茶、出来ましたよ」
輝夜たちの座る縁側にお盆を置き、永琳はやわらかく微笑んだ。暖かな日差しが三人を照らす。三つの湯呑みが、すぐにお茶でいっぱいになった。
ここ数日降り続けた雨は、竹林一帯をいくらか変えてしまった。雨というよりは台風。幻想郷にとっては数年振りのそれは、竹林だけでなく、人里や他の場所にも少なからず影響を及ぼしたそうだ。
変化は、常に起きている。しかし、その大きさは一定ではない。
生きている間に気づくような変化もあれば、永久を生きる者でないと気づき得ない変化もある。
常に対立していた輝夜と妹紅がその争いを止めたのも、たったの百年前。長い時間を経てようやく溶け出した妹紅の傷が、そして輝夜の傷が―――癒えたのだ。
物事が変わるためには、必ず時間が必要になる。
三人の蓬莱人は、最近ようやくそれを感じることが出来るようになった。
「平和よね、ここは」
「昔に比べたら、確かにな」
「私たちが異変を起こしたのは、いつだったかしら……? あのときも、この世界は平和だったわ」
ぼんやりと永琳が呟き、訊ねられた二人はそろって空を見上げた。
人は何かを思い出そうとするとき、大抵の場合天を仰ぐ。そこに記憶があるわけでもないのに、軌跡を探してしまうのだ。
生まれ、そして去った者たちの残響を。
「千五百年くらい前かしら……?」
何とか記憶を捻り出そうと目を閉じながら、輝夜は二人に囁くように言う。
そう、確かそれくらい前の出来事だった。
当時、家で匿っていた月兎が、自分を月の民が連れ戻しに来ると話して、輝夜たちは姿を隠そうとした。地上の密室と永琳が呼んだそれは、まったく関係の無い者たちの手によって無効になってしまったけれど。
そのとき―――後に永夜異変と呼ばれるそれが、蓬莱人が幻想郷にその存在を知られた最初の出来事だった。
「あぁ、あれか……。私と輝夜が絶賛喧嘩中だったときね」
「お互い、やってきた彼女たちに負けちゃった覚えがあるわ。そうして異変は解決されたんだもの」
「この前、彼女たちの最後の一人が亡くなりましたね、そういえば」
思い思いの呟きの最後に、永琳が思い出したように言葉を漏らした。
あの時やって来た者の最後の一人、八雲紫。妖怪の賢者として恐れられていたあの妖怪は、どのようにして死んだのか。その瞬間に立ち会っていない輝夜には、分かるわけもなくて。
そもそも『死』とは無縁なのだから、それを理解するということは永久に不可能なのだろう。
霊夢、紫、魔理沙、アリス……。輝夜は逢ってきた彼女たちの姿と名前を脳裏に浮かべてみた。咲夜、レミリア、妖夢、幽々子―――思い出すその表情は、素直であったり、不気味であったり、妖艶であったりはするけれど、どれもが、笑っていた。笑顔だった。
それにつられて、自然と口が綻ぶ。
輝夜は永琳が引き出しから出してきたお菓子を一口食べ、大きく息を吐き出した。
「綺麗だったわ、みんな」
「彼女たちは有限でしたから。限りあるものは、基本的に美しいのですよ」
「私は最近、無限でも美しいものがあるってわかってきたけど、ね」
「それはそれで、綺麗な感情ね」
彼女たちは、綺麗だった。
純粋で、生きることに正直だった。
「生、という集合に、私たちは含まれない。だから、今もこうしてここに在るのよ」
「私たちはあの輪の外側にいたんだよね、常に」
「内側に入ることは、不可能です。輝夜の言うとおり、ある意味で私たちは生き物ではありませんから。生きても死んでもいない存在なのです。まぁ実際は、生きているのですけれど」
それだけ言って、永琳は薬を口に放り込んだ。妹紅がゆっくりとそれに手を伸ばす。そして、白い錠剤を手に取った。
「これ、甘い?」
「死ぬほど苦いです」
「じゃあ平気だな。…………うわ、砂糖の塊じゃないか。甘過ぎる」
「糖分は脳を活性化させますから」
永琳はいつから甘い物好きになったのかしら、と輝夜は少しだけ考えて、すぐに止めた。いつから、という疑問は、永遠にとって不要なものだった。
苦いお茶を喉に流し込む妹紅の姿は、とても永遠を生きる者の姿には見えなかった。いかにも人間で、のんびりとくつろぐ怠惰な、人間。時間に縛られない存在なのに、のんびりもすれば、急ぐこともある。
それはそれで、一つの永遠なのかもしれない。
そうして、考えて、いくつかの結論を出す。
新しく自分が考えたことを素直に納得できるようになったのなら、それがまた一つの成長となる。限りない時間の中でも、そこに在る者は常に変わり続けるのだ。
「ねぇ、永琳、妹紅」
「ん?」
「何ですか?」
「永遠って、何だと思う?」
いつもの問い。
そう問えば、妹紅はそっぽを向いて「まだわかんないわ」と呟いて―――
永琳は静かに立ち上がり、薬棚の最奥の鍵を開いて、
「永遠とは、これですよ」
輝夜に、一つの瓶を差し出した。彼女の答えはいつも同じだ。何度訊いても、嫌な顔一つせずに答えてくれる。
その瓶の中に入っているのは、いつか輝夜の飲んだ、とある薬。
―――蓬莱の薬。
飲んだものを不老不死にする、すなわち、永遠を与えるモノ。それ自体が単体で、永遠を表す。
輝夜も、永琳も、妹紅も、それを飲んだからここに在るのだ。
永琳はまたいつものように意味深な笑みを浮かべて、それを棚に戻した。
「難しい話は止めようよー。頭が痛くなるわ」
「あら妹紅。そんなに難しい話じゃないじゃないの。寺子屋の教師といつだったか仲が良かったでしょ? 少しくらい考える作業をしてくれば良かったのに」
「あのねぇ……。確かに慧音の手伝いはしてたけどさぁ……。力仕事が多かったし、あいつ結構早くに死んじゃったし。考えるのは不死になったときに散々したからいいんだよ。後は輝夜と永琳が考えてくれるから」
「また喧嘩して決別したらどうすんですか?」
「そんときは輝夜に仲直りしに来てもらうよ」
「自分で来ればいいのに」
「悪いのはいつも輝夜だもん」
ぶー、と妹紅が口を尖らせ、輝夜のお菓子に手を伸ばした。空いている左手でそれを防ぐ。器の小さい攻防戦がしばらく繰り広げられた。
しばらくの後、その戦いは妹紅の勝利に終わり、輝夜のお菓子は一つ奪われた。ついでとばかりに永琳のそれにも手を伸ばそうとした妹紅の目の前には、しかし勝ち取ったお菓子は既になかった。一瞬の早業か、それらは永琳の口の中にすでにおさまっていたのだ。誇らしげな永琳の前に、妹紅はなす術もなく崩れ落ちた。
そんな彼女を前に、どうしましょう? といった目を永琳に向けられる。無論どうすることも出来ないのだが、輝夜はとりあえず笑顔を返しておいた。世間では愛想笑いと言うらしい。
外は、相変わらず晴れている。竹林に変化はない。ただ、ほんの少し陽が傾いた程度だ。いつもと同じ、時間の経過。それがたまらなく愛おしかった。
「じゃあ、いつも悪い子の私が、二人に問題を出すわ。良い?」
「えー」
「はい、どうぞ」
妹紅の不満げな声と、永琳の興味の無さそうな声。輝夜にとっては、二人の反応なんてどうでも良かったけれど、この問いを発したら、そんな態度ではいられなくなるくらいに興味が湧くに違いないと思っていた。
すっかり冷めてしまったお茶を一口啜って、輝夜は訊いた。
「私たちは―――生きるべきか? それとも死ぬべきか?」
案の定、ごろごろとだらしなく縁側を転がっていた妹紅の動きも、絶えずお菓子に手を伸ばし続ける永琳の動きも止まった。
それからしばらく沈黙が続いて、することのなくなった輝夜は永琳の手の中のお菓子を摘まんで、口に放り込んだ。
ゆっくりと咀嚼して、飲み込む。甘い味が、口の中に広がった。
「答えはあるの?」
妹紅が訊き返してくる。
「答えは無いのでしょう?」
永琳が確認する。
どちらの答えも、イエスだ。
もちろん答えのない問いかけだし、それを知るには、一度死ななくてはならない。輝夜たちにはそれが不可能だから、少なくともこの三人では答えを知ることなど出来やしないのだ。
「答えのない問いがあっても良いじゃない。要は、二人の考えが訊きたいだけなのよ」
「問題というより、質問だな」
「いや、一生の命題のようなものだから、やはり問題で間違いないのでしょう」
妹紅は再び転がり始め、永琳は手と口の動きを再開させた。
二人は、考えている。
今までの人生で、思い出せる部分だけ思い出して、辛いことや楽しかったことを並べて、アルバムの用に観賞する。
だんだんと動きを緩慢にさせて、妹紅がついに止まった。がばっ、と勢いよく起き上がり、私の方を見て微笑んだ。
「私は、まだ生きていたいなぁ」
「それはどうして?」
「これからはきっと、良いことがあるから。明日を見ろ、って慧音が良く言ってたからね。今はそれを信じていればいいと思うんだ」
「へぇ。永琳は?」
「私は」湯呑みに口をつけて、その中身を飲みほしてから彼女は言った。「これからも生きていきたいですね」
「それはどうして?」
「これまで、良いことがたくさんありましたから。だからこれからも生きていこうと思うのです」
それから、二人は輝夜の方を見つめた。出題者の答え―――答えは無いのだけれど―――その結論を待っていた。
……まだ、輝夜はわからない。わかっていない。結論を、出せずにいる。あと何年必要だろうか。これの答えを、自分なりに見つけるのに?
だから、今日のところは誤魔化しておこう。
「生きるべきか、死ぬべきか。それが問題だ―――なんてね」
「……日本人らしくないですねぇ」
あははっ! と妹紅が吹き出して、永琳も小さく笑いを漏らした。
つられて、輝夜も笑ってしまう。
感情は伝染し、広がる。三人しかいない世界だけれど、その感情もまた永遠のものだった。
これからの世界がどうなるのか―――そんなことは、どうでも良くて。
ただ、そこに在る。
幻想だとしても、永遠である限りは消えることがない。
有限の思い出を抱いて、蓬莱の民の日常は続いていく。
意味など、ありはしないけれど。
それもまた、永遠なのだろう。
三人で、縁側に寝転んだ。
空は快晴。
そこに浮かぶ星もまた、永遠のモノだった。
了
いつか昔を思い出してこんな会話をするかもしれない…味のある作品かと。
ほのぼのではない気がしますが
実に3人らしいと会話だと思います
ところでちょっと疑問が
>この前、彼女たちの最後の一人が亡くなりましたね、そういえば
幽々子様はどうなんだろう?亡霊ですし
>>11さん
幽々子様……だと……?
……ちょっと首吊ってきます。
ミスです。考えが及びませんでした。どうか気にせずにお願いします。
あと、たぶん結界直ってる
話が終わった後に、ひょっこりとてゐ様がおなかすいたーとか言いながら出てきそうだなとか思ったのは俺だけでいい
ご馳走さまでした
しかし、実にのんびりしているいい話でした。
今まで葬式など数十回ほど参列してきましたが、その都度残された側で自分の生について考えされられます。
>>25
誤字……もうホントすいません……。
訂正しておきました。
誤字はしない自信があったはずなんだけどなぁ……。
皆さん、感想などありがとうございます。
ゆっくりと、まったりと流れていく
明日はもっと良いことがあるさ!!
綺麗な作品でした。