Coolier - 新生・東方創想話

八雲藍の居る場所

2009/10/09 12:37:45
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・この作品は前作『八雲藍の帰る場所』の続きです。先にそちらをご覧になってください・

前回のあらすじ……藍家出。

***





 都内某所・マンション。


 大分お値段の張りそうな立派なマンション。その中の広くも狭くも無い、丁度よい感じの部屋。
 洋式のマンションだが一室だけ和室付き。3LDK。一〇階建ての九階。



 女はベットの上で布団を被って不貞寝していた。

(なんで出ていくのよ、莫迦。確かに私が言いすぎたけど……藍だって冷た過ぎよ。
 私は謝らない! また前みたいに勝手に帰ってくればいい。それなら何気ない顔で迎えてやるから。
 橙には……悪いことしたわね。あの子これからどうしよう……前は居なかったからなぁ……)


 枕を抱きしめ顔を埋めた。寝れない……


「藍……」


 時計の秒針が喧しい。
 ううぅと布団に包まった時、けたたましく携帯の着信音が鳴った。

〈ゆかゆかーゆかりん、ゆかりん、ゆかゆか、ゆかゆかーゆ……〉

 携帯を開く。着信一〇件。


「ヤバッ……」


 自分は、気付かないほど悩んでいたのか。
 とりあえず、そろそろ電話に出ないとオッカナイのが部屋に乗り込んでくるのでこちらからかけ直した。

『……Plulululu...Plulululu...ガチャ』


「もしも―――」
『何時まで寝てるの!! いい加減出なさい! この寝坊助!』


 耳がキーンと……


「ごめん。蓮子」
『はぁ……メリー、今日仕事は?』
「無い」
『そ。てかアンタに聞いてもわかんないわね。マネージャーさんは?』
「……」


 無言になる女性―――マエリベリー・ハーン。


『なんで何も言わないのよ?』
「言いたくない」
『はぁ……喧嘩したのね?』
「……言いたくない」
『バレバレよ。アナタのことで私がわからないこと有ると思って?』


 既に三度目となる溜息を吐いて―――宇佐見蓮子はぼやいた。


「蓮子……大学は?」
『教授がまた逃げたわ! おかげで今日一日パアよ……で、どうしたのよ?』
「うう……」
『私に隠しても意味無いわ。直接藍さんに聞くわよ』
「わかった! わかったから……」


 聞かれてはたまらんと、メリーは事の成り行きを話した。


『―――まあ、またあんたが悪いのね』
「だって……藍が五月蠅いから……つい」
『あのねぇ、〈つい〉で自分の後ろめたい過去叩かれたらアナタだって嫌でしょ?』
「……わかってるけど」
『納得できない、と。まったくこれだからお嬢様は……』
「うー……」


 バツが悪くなるメリー。
 蓮子はメリーから貰った『三人』の写真を眺めた。


『あのねメリー……今回は前と違うのよ。
 アナタ、藍さんと一緒に小さい子預かってるんでしょ? その子どうするのよ?』
「置いてきちゃった……」


 蓮子は耳を疑った。
 置いてきた? 小さい子を? ……は?


『こんのッ……莫迦メリー!!』
「うう……ごめんなさい!」
『私に謝ってどうすんの?! ……ったくいいから、早く藍さんに帰ってきてもらうよう言いなさい。
 言いづらいなら手伝うから。どうせ暇だし』
「でも……遠くに帰ったから……」
『何処?』
「台湾」
『……頭痛くなってきた』


 私だって頭痛い。メリーは枕に頭を押し付けた。


『……でもね。今回はきちんと謝りなさい。じゃないと後悔するわ。貴女達一家が』
「……」
『私みたいに『五年間』も友人(大事な人)が音沙汰無しになる様な思い……橙ちゃんにさせたくないでしょ?』
「うっ……蓮子。今その話は卑怯よ……」
『五月蠅い。いくらでも言ってやる。何が実家(ギリシャ)に帰ってたよ……まして藍さんは橙ちゃんにとって親みたいなものなんでしょ?
 だったらきちんと返してあげなさい。アナタの仕事よ』


 ああ、やはり持つべきものは友達だな。メリーは心の中で感謝した。
 その後数分無駄話をし(タダ友)、時計を見た。そろそろ行かねば。


「―――わかった。行ってくる……あんがと、蓮子」
『はいはい。お土産よろしくね♪』


 電話を切った。
 さあ、迎えに行きますか……我が麗しき式にして、最愛の旦那(奥様)を。










*  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  * 










「ねえ! 何処向かってるの?」
「ああ、まず『山』だ!」


 紅魔館上空を過ぎた頃、橙は魔理沙に聞いた。どうやら妖怪の山に向かっているらしい。


「どうして?」
「喧嘩の原因知ってそうな奴の所に行くんだ。さあ! 飛ばすぜ! 舌噛むなよ!」
「うにゃぁ!」



 妖怪の山。


 守矢の二柱がやって来てからは割と開放的になったが、本来人間や他所の妖怪はお断り。
 幻想郷の、人にとっての集落が人里なら、妖怪達の集落は『山』だった。
 橙は考える。知ってそうな奴……文さんか? 藍様と同い年くらいって言ってたし。

 
「さて……どこにいるんだろ?」
「え……なにそれ?」
「いや、な……仲は良いんだが、何分秘密の多い妖怪(ひと)でさ。住処はわかんねえな」
「ダメじゃん……」


 魔理沙の無計画っぷりに呆れた。一体どうするつもりだろう。
 二人して頭を悩ましている所に、一匹哨戒天狗が飛んできた。


「おーい。何やってるの? 勝手には入っちゃダメだよ」
「おう。わんころ」
「こんにちは」
「狼だ! ……で、何してるの?」


 大きな刀を背負い、『の』の字の盾を持った白狼天狗、犬走椛は二人に近づいた。


「守矢神社に用? それともにとり?」
「いや違う……なあ椛。オマエ『天ちゃん』って知らないか?」
「『テンちゃん』? 何それ? 妖怪?」


 魔理沙も本名は知らないらしく、渾名でその妖怪の所在を尋ねる。
 しかし椛もそれだけではさすがにわからない。
 橙は魔理沙に質問した。


「ねえ。その妖怪(ひと)、どんな妖怪(ようかい)なの?」
「ええっと……男かな? あと香霖くらいデカイな」
「そんな妖怪いくらでもいるよ」


 つっこまれる。
 今度は三名で頭を抱えていると、別の天狗が飛んできた。


「あやややや! これは珍しい組み合わせ。事件ですか? 異変ですか?」
「おう、パパラッチ」
「文さん……魔理沙、ちょっと」


 鴉天狗、射命丸文の出現に戸惑う橙。魔理沙の裾を引き耳打ちした。


「文さんにばれるとまずいよ……」
「ん、そうか。でも藍のこと言わなきゃ大丈夫だろ? ……おい文!」
「はいはい」


 魔理沙は文を呼びつけた。


「あのさ、『天ちゃん』って知らない?」
「何ですそれ?」
「男の妖怪。香霖と同じくらいのタッパ」
「だから魔理沙。それだけじゃわかんないって……」


 再びつっこまれる魔女。しかし……文は何やら真面目な顔になった。


「……その妖怪は、天狗ですか?」
「ん、わからないけど……そういえばオマエや妹紅と同い年くらいって言ってたな」
「他には?」
「いっつも香霖堂で屯(たむろ)してるぜ」


 急に深刻な顔になり文花帖をしまう文。口調も変わった。


「魔理沙。その妖怪に会う理由を教えなさい。記事にはしない。
 理由次第では会わせるわ。椛。貴女も口外してはいけないわよ」
「え、あ、はい」
「……橙、いいか?」
「うん……」


 橙は事の詳細を話した。文は黙って聞いた後、返答した。


「まあ、良い。会わせるわ……椛、戻っていいわよ」
「はあ……」


 真面目な顔の文に言われ椛はフラフラ飛んでいった。


「さて……ビン、テガミ、レンズ……」


 文の式だろうか、数羽の鴉が寄って来た。
 文は何か、二人には聞こえない言葉を伝え解散させる。


「少々お待ちを。すぐ済むから」
「おう」


 数分後、一羽の鴉が戻って来た。文の肩に停まり、カァと一声。


「―――そう。ありがとう……さて、居場所が分かったわ」
「お! 流石早いな」
「ありがとうございます」


 魔理沙は文の後を飛んだ。
 どのくらい飛んだかわからないが、社(やしろ)が見えた。

 祠の行燈の下、人影が三つ。
 紅葉の神、秋静葉。豊穣の神、秋穣子。そして―――


「おーい。てんちゃーん!」


 ―――『天ちゃん』と呼ばれるガタイのいい妖怪。
 ん? と此方に気付き手を振った。


「よお、どーしたんだ? 魔理沙ちゃんから来るなんて珍しいな!
 デートのお誘いか?」


 ふざけた返事を返す。
 魔理沙に気を取られ、隣の妖怪に気付かなかった『天ちゃん』。
 魔理沙はストンと近くへ下りた。
 橙は此処に来て気付いた。『天ちゃん』と呼ばれていた妖怪が何者かを。


「て、天m―――」


 橙は『天ちゃん』に、人差し指で口を抑えられながら目で合図された。
 ああ、魔理沙には内緒なのか……


「お! 芋神様に落ち葉神様。お前らの季節だな」
「豊穣、あと紅葉よ。人間の癖に生意気なんだから……ではまたな」
「はい」


 『天ちゃん』は穣子に頭を下げた。


「そういえば……そこの黒白に、きつく言っといて。この前の一件で山に色付かせるの大変だったんだから」
「はい。静葉様」


 そう言うと、秋の二柱は何処かへ飛んでいった。


「天ちゃん、なんであんな奴らにへコヘコしてるんだ?」
「あのね……あの方々神様よ?」
「でも秋姉妹だろ?」
「魔理沙に位(くらい)は関係無いわ。ねぇ……『天ちゃん』?」
「ゲえッ! 文!」


 やっと文に気付いた。続いて橙もこんにちは、と帽子を取り頭を下げた。


「こんちは、橙ちゃん。久しぶり」
「お久しぶりです。てんm……天ちゃんさん」
「ん? お前ら知り合いだったのか?」
「寧ろ、なんで魔理沙がこの方知ってるのかが疑問だよ」
「私もよ……まあ、霖……店主さんでいつかは繋がるかとは思っていたけど」


 橙はまさか『天ちゃん』が―――『山』の御大将、大鷲天狗の天魔・天満だとは思わなかった。
 確かにフランクな方で、背中の金色の翼が隠れるよな恰好をしているが、天魔だと気付かないものだろうか。


「で、どうしたの?」
「ああ。今日はちょっと野暮用でな……コイツが話有るって」
「え、あ、はい。お聞きしたい事が」
「はいはい」


 橙はとりあえず、事を話した。
 天満はうーん……と悩み、口を開いた。


「萃香様が話さなかったんだろ?」
「はい」
「んじゃあ、俺も話せんよ。悪いけど」
「そうですか……」
「ゴメンな……」


 しゅんと、尻尾と耳が垂れる。魔理沙も、そっかぁと再び考えだした。
 天満は、むぅと頭を掻く。
 近くの大石に座り煙管を喫いながら様子を見ていた文が口を挟んできた。


「いいじゃない。話してあげなさいよ」
「……しかしだなぁ」
「魔理沙……コイツ……『天ちゃん』が教えてくれなかったら誰に聞くつもりだったの?」
「え、ああ、幽香」
「「はぁ!?」」
「……はあ」


 驚く二人に呆れる一人。人ではないが。


「なんで……幽香さんに?」
「いや、紫と仲良くて、三〇〇年前から居そうで、他人のプライベートお構い無しで、平気で喧嘩しそうな奴」
「どうしてそれで俺んとこ来るかな……」
「香霖がいつも『あの人は日時時間お構い無しでやってくる』って言ってたからな」
「オーライ……後で説教だな」


 再び頭を抱える天満。文は続けた。


「そういうこと。アンタが教えなきゃ、拙いことになるのよ?
 何より……こんな可哀相な子猫放っておくなんてアンタらしくないじゃない」
「言うじゃねえか……珍しく情に流されているのか?」
 「別に。ただあの狐……藍さんが幻想郷にいないってのが気にくわないの」
「ああ……まあ、そうだな」


 はぁ~、と深い溜め息をつき橙に向き直った。


「橙ちゃん。話してやってもいいんだがな……原因知ったところで、次はどうする?
 只の好奇心は猫を殺すぞ?」


 一応揺すりをかける。ノープランなら教えられない。


「……紫様を怒ります!」
「「「は?」」」
「そして、藍様に謝らせます!」


 三名唖然。コイツは何を言い出すんだ?
 ふと、魔理沙の口から笑いが漏れた。


「ククク……あははははははは! 言うじゃないか! 橙!」
「……まあ、怒るって言っても注意くらい、だけど……ね」
「良いじゃねえか、強気で行け! な、天ちゃん! 文!」
「え、あ、ああ……」
「そ、そうね……」


 なんとも……主の主、しかも幻想郷の大賢者様を怒ると来た。
 イスカリオテも真っ青な発言に妖怪二名は言葉を失った。逆に爆笑するは人間様。


「ひひひ……で? ふふ……原因はなんなんだ?」
「あ、ああ。えっとな―――」


 天魔は前回の理由と、そして今回の家出の憶測を話し出した。


「前回はな……多分今回もそうなんだろうが、原因は紫さんに有る」
「それはわかってるぜ」
「で、理由だが……二人は藍姉ちゃんの昔を知ってるか?」
「知らないぜ」
「えっと、少しなら……」


 魔理沙は正直、自分の興味のある事柄以外勉強しないタイプ(ただし努力はする)なので、まったくわからなかった。
 橙は妖怪史と東洋史の勉強をしていたのでいくらか知っていた。


「どれくらい?」
「えっと……千年狐狸精。この国では白面金毛九尾ノ天狐。少なくとも大陸元号夏時代には確認されている。主にユーラシア大陸アジア地区を恐怖に陥れた大妖怪」
「へぇ。藍ってそんなにすごいのか?」
「アンタが知らない方が不思議よ」


 文が魔理沙に毒づく。しかし、と疑問に思ったことを魔理沙が述べた。


「でもよ。紫の奴、よく宴会の時に『藍の小さな時は―――』とか言ってたぜ? どういうことだ?」
「藍さんはね、転生するの」
「は? 転生って……阿求みたいにか?」
「まあ近いな。ただ阿礼乙女とは違って、自分で計画して転生するんだ」
「意味わかんねえ……」


 天満の説明に頭を悩ます魔理沙。橙は以前慧音に教わったことと、パチュリーに習った妖怪学を混ぜ簡潔に説明する。


「身体が古くなったら他の何かに転生。やどかり……ってわけじゃないけど、何かに憑依するイメージかな。
 例えば殷時代なら蘇妲己。後漢なら任貂蝉。唐なら楊玉環(楊貴妃)。日本では玉藻御膳……といった感じで現在は八雲藍、ってこと」
「ふーん。賢いな橙は」
「自分の主だもの……」


 皆苦笑。


「で、今の『八雲藍』は日本にで生まれたとある赤子に憑依し……紫さんに育てられた、と」


 天満が付け足した。


「でもそいつら読み物の中の存在じゃないのか?」
「実在の人物もいるよ。それに、そういったあやふやな存在っていうのが幻想郷に馴染め易いんじゃないの?」
「『九尾』と呼ばれていたモノを総称して、今の『八雲藍』ってね」
「なるほど。一理ある」


 橙と文の言葉に納得する魔理沙。天満は本題へ移った。


「で、だ。今橙ちゃんが話したこと。その中に喧嘩の……紫さんが藍姉ちゃんを追い出した原因がある」
「今の?」
「なんだ?」


 二人は首を傾げた。文が新しい葉っぱを詰めながら口を開く。


「……橙。首って傾けられるけど、『国』だって傾けられるのよ」
「あ」
「どうしたんだ?」
「傾国の美女……」
「ケイコク? ああ、国を傾ける、か。藍がねぇ、そんな綺麗か?」
「……アンタの眼は節穴かしら」


 橙は理解した。つまりは―――


「紫さんは藍姉ちゃんに、言っちゃ悪いが……その……」
「淫売だって言ったのよ」
「ッ!!」


 天満のハッキリしないモノ言いに口を出す文。
 瞬間、橙は今すぐにでも主の主を殴ってやりたい衝動に駆られた。しかし、此処にはいない。

 頭を冷やせ。私……
 橙は俯いた。



「……とりあえず、俺らが話せるのはここまでだ。後は自分で頑張りな」
「はい……ありがとうございます。天、ちゃんさん……文さん」
「……礼はいらないわよ」


 ソッポを向き煙を吐く文。天満も腕を組み、目を瞑った。


「私はさ……難しいことはわかんないが……橙、お前の気持ちは理解できるぜ」
「……」
「自分の『大事な人』が、身内に……身内だけじゃねえ。
 幻想郷全てに『祟り神』……『悪霊』(腫れモノ)扱いされた……」


 魔理沙は帽子を深く被り、箒に跨った。


「乗れ」
「……うん」
「大切な人を馬鹿にする奴を……あの莫迦主を打ん殴ってやれ!」
「……うん!」


 橙は箒に飛び立った。そして、魔理沙は飛んでいった。
 天満と文はポツンと佇む。


「どうしようってのかね。あの子達」
「さあ……殴るんじゃない? 紫さんのこと」


 天満も胸ポケットから煙草を出し咥えた。


「いいねぇ。純粋ってのは……俺達には、もう、思うがままってのは考えられないさ。
 それに……魅魔さんもいい弟子を持った」


 箒星の様に飛んでいく二人を遠い目で見つめる。横から文が火を点けたマッチを出した。 
 

「サンキュ……」
「でも、だからこそ強いんでしょ。片や人間最強。片や八雲の秘蔵っ子」
「そうだな……」


 秋めく山の中、二つの紫煙が今にも降り出しそうな灰空に融け込んでいった。










*  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  * 










 昼過ぎ、台湾、台北。


 昔とはだいぶ変わったなと、変装を施し、式を落とした八雲藍は思った。
 日本から飛行機で数時間。流石に今の時代、外ではそう易々と単独飛行できない。
 変化の術を使い、尻尾と耳を隠し、スーツにサングラス、更に豊満な胸を平らにして、台北市内へ。
 中でも一際大きなビル―――『蓬莱電影楼』の中に入って行った。
 フロントの受付嬢に中国語で声をかけられる。


「こんばんわ。何の御用で?」
「ああ……その、アポは取って無いんだが……」
「申し訳ございません。それでは後日、連絡を取っていただき―――」


 なんだ。コイツ、バイトか何かか……
 藍は受付嬢にこう告げた。


「では……社長か副社長に日本から『狐』が来たと、連絡してくれないか?」
「はあ……」


 不思議な顔をして電話を取る受付。
 数分後、奥のエレベーターから数名の男女が現れた。


「姐様!」
「貴人、喜媚、久しいな……」
「姐さん! 連絡いただければ、お迎えに上がったモノの」
「いいんだ。私の勝手だから……」


 貴人、喜媚と呼ばれた背の高い女性と低い少女(?)……王貴人と胡喜媚は己の姉の姿に驚いた。


「ちょっと! 受付! アンタ自分の会社の『会長』知らないなんて、どういうことなの!?」
「も、申し訳ありません!」
「いいんだ、普段顔を出さないからな。わからなくても仕方有るまい。喜媚、許してやりなさい」
「はい……次は無いわよ」
「以後気をつけます!」


 その後、二人に連れられビルの最上階、社長室へと案内された。
 藍はふぅと荷物を降ろし、スーツから導着へ着替えた。
 二人も妖怪化する。


「で、どうしました? 日本で何か?」
「ン……いや、ちょっとな……」


 貴人から渡されたコーヒーに口をつける。
 二人は何やら様子のおかしい姉の姿に疑問を覚えた。


「それより……蓬莱(台湾)も大分変ったな」
「まあ、向こう側(中国)は未だに赤色ですから。此方は大きく変わってやりました」
「喜媚達もけっこーガンバッたよ!」
「ふふふ……」


 鞄から帽子を取り出し……取り出しただけで被らない藍。


「西方は未だに争いが絶えないのか?」
「まあ、仙道達が政府に対して反感を持っていますから……奴らも莫迦です」
「貴人ちゃん仕方ないよ。彼らにとってはメッカだもん」


 喜媚が変化を解いた藍の尻尾に抱きついてきた。


「うふふ。もふもふ」
「こら、喜媚」
「いいよ、貴人……あ、それで……客室は今、空いてるか」
「え? あ、まあ、空いてますが……何故?」
「……」


 何も言わない姉の様子にますます不安を覚える二人。


「……姐さん。もしかして、また紫さんと喧嘩したの?」
「あんのババア! 今度こそ許さないよ!」
「き、喜媚……私も悪いんだ……今回はちょっと頭を冷やしにね―――」
「前もそう言って帰って来たじゃん! 日本の下衆妖怪が、私達妖怪仙人を莫迦にして!」
「はぁ……まあ、何時までも居ていいですよ。ここが貴女の『本来』居るべき場所なのですから」
「ん……ありがと」


 藍は二人に頭を下げた。


「……で! 今日は、泊まるんでしょ?」
「ああ。久しく観光でもしようか」
「では、車を用意させます。私は仕事が残ってますので後から向かいますが、喜媚とドライブでもしてきてください」
「私運転する!」
「ダメ。貴女、そう言って壊した車何台よ」
「ぶ~!」


 脹れっ面の喜媚に苦笑し、藍は久しく我が庭へ足を延ばしたのであった。 










*  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  * 










 今にも降り出しそうな空の中、魔理沙は博麗神社へ向かっていた。
 紫の居場所は正直わからない。だったら一番現れそうな場所で待つしかない。
 橙を連れて数分飛び、再び境内へ戻って来た。


「あら、お帰り」
「ただいま……霊夢。紫は何処だ」
「は?」


 帰ってきて早々、神出鬼没な奴の居場所を聞き出す魔理沙。霊夢は困惑した。


「何処って言われても、アイツ勝手にやって来て勝手に消えるから特定できないわ」
「……くそ」
「ねえ橙。アイツどうしたの?」
「……」


 橙は誰から聞いたかは言わず、先の説明を霊夢に話した。


「……そう」
「橙……誰から聞いたの?」


 萃香が頭を抱え隣から質問してきた。


「言えません」
「はぁ……まあ、知っちゃったんならしゃーないか……」
「大丈夫です。萃香様の所為にはしません」
「はは。良いよ別に……紫の場所ねえ……」


 今度は四人で頭を悩ませていた―――刹那。


「……橙」


 真上から声がした。


「っ!! 紫様……」


 スキマが開き、主の主が降りて来た。
 紫は橙の前に立ち、両者暫し無言だった。三人は蚊帳の外。


「「……」」
「……橙」


 暫時、二人を見ていた魔理沙が声をかけた。
 そして―――


「やっちまえ」



 ―――パシンっ……



 乾いた音が境内に響いた。
 霊夢と萃香は目を丸くし、魔理沙は帽子を深く被りニヤッと笑う。
 紫は何事かと暫く思考停止。後、自分が橙に叩かれたのだと気がついた。
 橙は歯を食いしばり、紫を睨みつける。


「紫様……藍様に謝ってください!!」
「……」
「謝って、戻って来てもらってください!!」
「……ええ」


 紫は橙に目線を合わせ、そして抱擁した。


「ごめんね、橙」
「あう……え、ぁぁ……」
「ごめんなさい」
「え、あ……うぅ……私こそ、ウっク……ごめ、ごめんなさ」


 橙の涙を見計らったかのように、空から大粒の雨が降りて来た。



「いいの。私が悪かった……貴女のことを少しも考えず。全くダメな親ね……」


「うう……うえぇぇぇぇぇん! 紫さ、まぁ……ごめん、なさぁ、さい……ええええぇぇん!」



 数分間、二人は抱き合って泣いていた。
 霊夢と萃香は今の一部始終を何事かと思っていたが、後ろから魔理沙に肩を叩かれ我に返った。


「さて……私は今から香霖堂にお茶を集りに行く。お前らは?」
「え、あ、うん。そうね……私も行く……洗濯物入れてから」
「ん、んじゃ、私も」


 三人は二人を残して境内から飛び立った。










*  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  * 









 雨は暫くして降り止む。空に藍色も見えて来た。
 数分泣いていた二人は、落ち着いた頃合いで今後の話をした。


「大丈夫?」
「ええ。はい、大丈夫です」
「そう……あのね、橙。私今から藍のこと迎えに行ってくるわ」
「あ、はい。その……」


 橙は下を向いてモジモジしだした。


「どうしたの?」
「紫様……私も、連れて行って下さい!」
「……」


 紫は友人の言葉を思い出した。
『―――じゃないと後悔するわ。貴女達一家が』。


「……わかった。連れていく」
「あ、ありがとうございます!」
「ふふ。じゃあ、準備しましょう。色々大変よ?」
「はい! 大丈夫です!」


 紫と橙は準備に入った。


 まず紫はスキマを開いた。










*  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  * 










「はーい。レミリアちゃん!」
「……貴様にはエチケットというモノがないのか?」


 紅魔館。女性用トイレ。個室。


「急用なの……」
「……少し待ってろ」


 ジャー……と水が流れる音が終わり、レミリアはトイレから出た。
 自室へと足を運びながら、スキマ半分でついてくる紫に用件を聞いた。


「で? 何用だ?」
「美鈴を貸して頂戴」
「何故?」
「……ゴメン。聞かないで」
「ふむ……」


 レミリアは考えると同時に、少々『運命』を覗いた……まあ、大丈夫か。


「いいだろう。期間は?」
「わからない。早ければ明後日には返すわ」
「わかった」
「これで『貸し』はチャラでいいわよ」
「……覚えていたか。まあいい」
「ありがと」



 スキマが消える瞬間レミリアは言った。



「お土産宜しくな」
「……貴女こそ、他人のプランバシーお構い無しじゃない」
「悪く思うな。じゃあな」










*  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  * 










「……あの、なんで私、博麗神社にいるんですか?」
「レンタル」
「人身売買はやんないってお嬢様の方針だったはずなんだけどなぁ……」


 紅魔館外勤門番守衛隊隊長兼参謀役、紅美鈴は嘆いた。


「簡潔に言うわ。貴女に『道案内』を頼みます」
「……何処へ?」
「藍の故郷」


 美鈴は頭をフル回転させた。藍の故郷……ああ、なるほど。


「里帰りしちゃったと」
「……まあ、そういうこと。お願い」
「えー……」
「あ、あの!」


 横の子猫に気が付いた。


「お願いします! 美鈴さん!」
「はあ……橙に言われたら仕方ないですね。紫さん、チップ弾んでくださいよ?」
「ありがとう。美鈴」
「いえ」


 そう言うと美鈴は、準備が必要だから一度紅魔館へ帰してくれと、紫にスキマを開けてもらった。
 紫は次に携帯を取り出した。


「―――もしもし、私メリーさん。今、幻想郷に……つっこんでよ。
 ええ……行くわ。それでお願いが……いえ、台湾じゃなくて北京行きを三枚……うん。ありがと。
 大丈夫……きちんとお土産買って帰るから……ええ、私もよ……じゃあね、蓮子―――」


 通話が終わったらしく、携帯を閉じた。
 橙は紫が携帯を使っている所を何度も見ているので、別に何とも思わなかった。

 数分後、髪を結ってスーツ姿、上に黒のコート、そして大きなトランクケースを持った美鈴がスキマから現れた。
 橙もこのままじゃ拙いだろうと、紫に境界を弄られ、人間の子供の様な姿へと変えられた。


「さて、行きましょうか!」
「はい!」











*  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  * 










 三名はマヨヒガにいた。
 紫の部屋の前。普段は紫と藍しか入れない、所謂、開かずの間。
 橙は紫におめかししてもらい、紫自身は普段とは違う、白のセーターに紫のロングスカートを着ていた。


「先に言っておくわ。二人とも、これから先、私のこと『メリー』って呼んでね」
「はい」


 扉を開く。
 先に入れと、目で合図され橙と美鈴は中へ入る。紫は二人が入ったのを確認し、戸を閉めた。
 電気を点ける。


「「!!?」」


 そこは和室。
 何の変哲も無いように思えるが……空気が違った。


「ついてきて」


 紫に連れられ、和室の更に奥にある引き戸を開ける。


「……ここは?」
「ようこそ。私の『部屋』へ」
「アイヤ……立派なお部屋ですね」


 現界・都内某所、マンションの一室。
 橙は初めて見るモノばかりで、ドキドキが止まらなかった。
 美鈴も自分が知っているモノとは違うと、辺りを見回していた。


「ソファーにでもかけてて。橙はジュース。美鈴はコーヒーでいい?」
「はい……」
「私はお構いなく」


 二人に飲み物を渡す。
 紫は携帯を開き、メールのチェックをした。


「そろそろ来るわね……二人ともさっき言ったこと忘れないでね」
「え、はい」


 橙は頭がパンクしそうだった。
 此処は? メリーって? 空気が違う?
 美鈴は至って平然としていた。慣れ、ではないが基本どこでも対応できるのだろうか。

 暫く待っていると、ピンポーン……と音が鳴った。



「はいはい。いらっしゃい……ごめんね。無茶言って」
「いいわよ。無理難題は何時ものことでしょ……お邪魔します」


 別の声がした。


「あれ? 貴女が橙ちゃん?」
「あ、はい。はじめまして!」
「はい。よくできました」
「橙。私の友達の蓮子」
「宇佐見蓮子です。メリーから話は聞いていたわ。やっぱり可愛らしい子ね」
「あはは……」


 蓮子はフランクに挨拶した。


「で……そちらのイケメンは?」
「こんにちわ。紅美鈴(くれないみすず)といいます。以後お見知りおきを」
「……ちょっと、メリー」
「何?」
「アンタ、藍さんだけじゃモノ足りず、また浮気してんの?」
「ち、違うわよ。彼じ……彼は仕事のパートナー! 美鈴! 名刺を」
「あ、はい」


『紅魔会 関東支部長 紅美鈴』。


「あら……極道の方。おほほ……どうも失礼を」
「いえ、お構いなく」


 橙は更に驚いた。あの優しい美鈴が何故こんな物騒な物を持っているのだ……


「で、蓮子」
「あ、はい……これチケット。橙ちゃんのパスポートは?」
「あ……」
「だと思った……はい」
「え! あ、なんで?」
「勝手に写真使わせてもらったわ。猫耳コスプレでも証明写真って作れるのね」
「あ、ありがと! 助かるわ!」


 はい、と橙にパスポートを渡す蓮子。


「んじゃ、私はこれで。教授が見つかったから早くとっ捕まえないと」
「助かったわ。ありがとうね」
「いいってことよ。お二人もまたいつか」
「あ、はい!」
「ありがとうございます」


 お土産よろしくねー、と出て行く蓮子。


「……二人とも、『色々』と、内緒よ」
「はい……」
「あはは」


 orzの形で青垂が流れている紫。
 暫くして、よし! と立ち上がり二人に告げた。


「今から北京へ飛びます。いいかしら?」
「はい!」
「……一つ」


 美鈴が手を上げる。


「なにかしら?」
「何故、直接台湾へ行かないんですか?」
「ああ……ちょっとね。これが今回貴女を呼んだ理由なんだけど―――」


 実は前、喧嘩した時に、紫はビル前で門前払いされたらしい。
 そこで香港の紅魔の名を借りて正式にアポイントを取って欲しいそうだ。


「それなら御館様(レミリア、フランドールの父)に直接言えば、なんとかなったでしょう」
「いや……『美鈴使っていいよ』って」
「……さいですか」


 美鈴は項垂れ、はいはいと従った。


「じゃあ、出発よ」
「「はい」」










*  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  * 










 翌日昼前、中国、北京空港。


 空港に着いた三名。
 終始紫はサングラスと大きめの帽子で顔を隠しながら歩き、橙はまるで異世界(実際そうだが)に来たようにキョドっていた。
 なんせ鉄の箱が動いている。更には空まで飛ぶ。話だけは聞いていたがまさか実際乗ることになるとは……
 美鈴は近くにあった公衆電話で電話をしている。


「……ええ、私よ。迎えを……北京空港に。一応台北に行ける準備も……ええ、ありがとう。じゃ、後で」


 通話を終え、二人に寄って来た。


「迎えが来ます。少々お待ちを」
「悪いわね……何から何まで」
「いえ。此方の支部長が挨拶したいと言ってましたよ」
「ええ……無事、事が済んだらね」


 数分後、黒塗りのセダンが迎えに来た。


「美鈴姐大人。お久しぶりです」
「久しぶり。さ、二人とも。乗ってください」


 いかにも、『そちら』の関係者さんが車から降り頭を下げる。
 紫と橙は素直に車に乗り込んだ。
 数時間走り、香港の、遠くからでも一際目立つ建物の中に案内される。


「美鈴様! 御久しゅうございます! お嬢様方はお元気で?」
「ええ、元気過ぎて困るわ……さて、台北には行けるの?」
「いつでも。しかし、少し休まれていきませぬか?」
「どうします?」


 紫を向く。
 紫は考えた。直にでも行きたいが、多分前回の二の舞だ。
 どうするべきか……


「そうね。少し休むわ……作戦を立てないと。それに橙」
「はい?」
「貴女、全然寝てないでしょ?」


 そういえば、と橙は頷いた。
 色々必死に動き回ってせいで、まったく休んでいなかった。もはや疲れも忘れていたのだが。


「わかりました。私の部屋は入れる?」
「勿論」


 とてもゴージャスな部屋に案内された。
 金の龍を催した噴水。赤色の絨毯。白熊の敷物。革張りのソファー……
 そして―――


「あれ……」
「ん? ああ、そうね」


 橙は大きな紋章を見つけた。


「紅魔逆聖十字(スカーレット・アンチクロス)。紅魔館(うち)のエンブレム。
 屋敷で見たこと有るっけ?」
「だって、大々と玄関ホールに飾ってますよ……」
「あ、そっか」


 血の様に紅い逆さ十字架。その下には美鈴がいつも被っている帽子のバッチ(☆龍)があった。


「橙。美鈴はノホホンとしたお姉さんに見えて、ホントはおっかない妖怪なのよ」
「ちょ! 紫さん……」


 スペルカードルールお構い無しなら、とんでもなく強いと藍に聞いたことがある。


「まあ、スカーレットファミリアは世界展開している組織だからね。
 でも日本の『八雲』って言ったら同じくらいおっかないのよ」
「美鈴、言い過ぎ」
「ははは」


 たった三人(しかも自分はまだ半人前)だけの我が家がそんなに物騒なのか……
 橙は改めて自分の仕えていた妖怪の器を見直した。


「で……これからどうします?」


 スーツから大陸服に着替え、美鈴は紫に尋ねた。


「……美鈴。『蓬莱電影』って知ってる?」
「まあ、有名ですね。妖怪仙人達の総本山ですから」
「藍はそこにいるわ」
「……詳しく」


 橙はさっぱり話についていけなかったが、いくつかわかったことがある。

 一つ、藍は『蓬莱電影』という会社の会長役らしい。
 二つ、普通に行けば紫は門前払い。
 三つ、藍の『身内』が厄介モノ。

 そして―――


「私は此方の世界での力は『結界の境目が見える程度の能力』なの。弾幕すら使えないわ。
 基盤を弄れれば、存在の境界だろうがなんだろうが操れるけど……」
「つまり、最悪のケースに全力で戦えないと」
「ええ……多分、本来体力資本の貴女『達』に任せると思う」
「私は構いませんが……橙は……」
「戦います!」


 橙は力強く答えた。


「私だって、藍様の家族です! ただ丸くなってるだけなんて嫌です!」
「橙……」
「ははは。わかったよ。まあ、紅魔(ウチ)としてもそろそろアソコの横暴さに腹が立ってたところです。
 何人か腕利きを出しましょう。咲夜さんや月花(ユエファ)ほどじゃないですが、そこそこ力にはなります」
「ありがとう……ところで美鈴、宝貝持ってない? 相性によっては使えるわ」
「此処に有るのは近接モノだけです……銃なら有りますよ」
「……遠慮しとく」


 壁の至る所に刀や銃が飾ってあった。
 美鈴は、どれにしよっかな~♪ と鼻歌を歌いながら武器を選んでいる。
 橙が好奇心溢れんばかりに部屋中を眺めていた時、美鈴に呼ばれた。


「はい。これ貸すわね」 
「え? な、なんですか? これ?」
「私が創った宝貝よ。籠手タイプだから相性いいんじゃない?」
「え、な、でも」
「……紫さん。橙に外について教えてます?」


 首を振る紫。美鈴は溜息を吐き、橙に向き直った。


「あのね、此処は幻想郷ではないから『ルール』なんて無いの。
 しかも相手は人間もいるから、近代兵器だって使ってくる。弾幕よりずっと速いんだから」
「でも……それに近接は……」
「大丈夫よ。とりあえず今日一日は美鈴お姉さんが特訓してあげます! いいですね、紫さん」
「お願ーい。橙、為になるから真面目に受けるのよー」


 紫はメモ用紙に今後の予定を書きながら、二人に告げた。


「あと、明日の朝飛ぶわ。お願いね美鈴」
「ヤー」


 その後、橙は普段では考えられないハードなトレーニングを夕飯時まで続けた。
 しかし夕飯は美鈴特性の中華フルコースで、食後には銭湯より大きな大浴場。
 風呂上がりにはこれまた美鈴のマッサージで、夜はグッスリ寝ましたとさ。











*  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  * 










 翌日、早朝。



「あちらは、なんと?」
「『やっとトップが顔を出す気になったのか』だそうです。どうします?」
「あんまり、喧嘩はしたくないんだけどなぁ……一応、一個中隊貸してもらえる?」
「畏まらないでください。どうぞご命令を」
「ははは。わかった……武装中隊の準備を」
「御意」


 朝から物騒な話をする美鈴と黒服。
 橙は昨晩のトレーニングでボロボロになりながらも、やっと主に会えると意気込んでいた。


「橙、紫さんは起きてる?」
「はい……でも徹夜で考え事していたみたいで……」
「そう。じゃあ、九時には此処を出ると伝えて頂戴。私はちょっと用が有るから」
「わかりました」


 事を伝えると美鈴は部屋から出て行った。
 橙は紫の寝室へと向かった。


「紫様」
「んー……朝?」
「はい。九時に出発だそうです」


 扉越しに用件を伝える。


「……ごめんね。橙。ダメな主で」
「そんな……もうそれは無しです。藍様を迎えに行きましょう」
「……そうね。待っててシャワー浴びたら居間に行くから」


 橙は先のゲストルームへ戻った。
 数分後、紫が現れる。


「おはよう……なんだかカッコいい服着てるわね」
「美鈴さんに貰いました。ケブラー加工(防弾繊維)とかなんとか」
「物騒ね……橙、危なくなったら逃げなさいよ」
「今更です。私は覚悟を決めて此処まで来ました!」
「そう……強いわね。橙は」


 紫は何時もの大陸服を着ていた。背中には日本刀(楼観剣に似た長刀)を背負っている。
 橙はまるで軍人が着るような、しかし妙にお洒落なエセ軍服を着ていた。
 数時間後、巨大な腕輪をした美鈴が迎えに来た。服も普段のモノではなく武器が沢山取り付けられるチャイナ服を着ている。


「さて、準備は良いですか? 台北まではヘリで行きますが、そこからはちょっと厄介です」
「何が?」
「既に敵地だとお考えを。紫さんには一応、護身用の銃を。橙は籠手持った?」
「はい!」
「よし! じゃあ、出発しんこー!」


 美鈴はフランクに決め、屋上のヘリポートへと二人を案内した。
 エレベーターを使い、屋上に着いた橙は又しても目を丸くした。


「紅龍隊長に敬礼!」


 ―――ザッ!!


 見事なまでに整列した兵士達(人間、妖怪入り混じっている)は美鈴に敬礼をした。
 先頭に並んだ、イエティだろうか、大男が口を開いた。


「再び隊長と戦場に立てることを楽しみにしていました」


 隣の蛇女、だと思う、女性も声を出す。


「『紅龍』と恐れられた、その御姿。我々にもう一度見せて下さい!」


 その後も後ろの兵たちが様々な言葉を放った。
 美鈴は皆の話を聞き終わると、一つ咳払い。それと同時に大男が、傾注! と叫んだ。


「私としても諸君と又武器を取れるとは思っていなかった。今回は悪魔で『話し合い』が前提である」


 兵たちは何名かはブーイングを上げる。大男は再び注意をした。


「ただ相手は……蓬莱の妖怪仙人共。そう易々『お話』ができるなんて私は思っちゃいない。そうだろ? 諸君」


 兵たちはニヤニヤ笑う。

 
「つまりはだ……場合によるが、私達の『流儀』で『お話』しなくてはならないかもしれない。皆、腕は鈍って無いだろうな?」

「「「「「「「「Yes,Mum!」」」」」」」」

「よろしい。期待しているぞ! ……それにだ。今回は日本から『八雲』の御人が来ている」


 一同は紫と橙を一斉に見た。


「彼女こそ、あの『幻想郷』の賢者と知られる八雲紫、その人だ。
 彼の有名な『月』の戦争の指揮を取られていた方である。その戦女神の前で敗北が許されるか?」

「「「「「「「「否!」」」」」」」」

「そう、敗北は許されない! これは我が主スカーレット卿も望んでいる聖戦である!
 撃鉄を起こせ! 奴らに我がスカーレットファミリアの恐ろしさを教えてやれ!
 蓬莱(台湾)に逃げた『弱虫』共に根性を入れてやれ! いいな!!」

「「「「「「「「YHAaaaaaaaaaaaaa!!」」」」」」」」


 橙は彼らのプレッシャーに潰されそうだった。狂っている。そうも感じられた。
 美鈴は紫を前に立たせ、兵を鼓舞するよう要求した。
 始め紫は嫌がったが、渋々、前に出た。


「傾注!」


 美鈴が怒鳴る。


「……皆。今回は私の責任でこのようなことになってしまい申し訳ないと思っています」

 ざわざわ……

「敵の……『蓬莱電影』のボスは……私の『家族』です。
 美鈴は敵を叩くように言いましたが、私は―――」


 そんな時、兵の一人が声を上げた。


「あれ……『H・Y・メリー』じゃね?」
「ホントだ! ユカリ・ヤクモってあの『メリー』なの!?」
「マジで?!」


 一同は動揺した。伝説の妖怪『八雲紫』ではなく、あの『H・Y・メリー』が目の前にいる。
 紫は危惧していたことが、正となってしまい頭を抱えた。
 橙は再び『?』顔。


「紫さん……まさか、橙に『こっち』での仕事言ってないんじゃ……」
「……言ってない」


 美鈴は、またか……と溜息をついた。後、顔を上げ再び怒鳴った。


「諸君! 彼女は『八雲紫』だ。『メリー』なんてヤサ女じゃない!
 ……まあ、もしかしたら、事が終われば、その『メリー』さんとやらが、貴様等の頬に口付けしてくれるやもしれない!」
「ちょ、ちょっと美鈴……」
「兎に角! 今は勝利だけを考えろ! 御褒美はその後だ! お嬢様の生写真だってくれてやる!」

「「「「「「「「Yeahhhaaaaaaaaaa!!」」」」」」」」

「よし! 今度はその『囚われの御姫様』の娘さんからの御言葉だ!」
「え!?」


 急に話を振られた橙はアタフタした。自分は何を言えばいいのか……
 すると、美鈴が近寄って来て耳打ちした。


「……大丈夫。一言、ありのままの貴女の気持ちを伝えなさい……ちょっと、紫さん、今ダメダメだから」
「で、でも……」
「藍さんに帰って来て貰いたいんでしょ?」
「……」


 藍に帰って来て貰う……家族……
 橙はオドオドしながらも美鈴の前に立った。そして―――


「み、皆さん! お、おはようございます!」

「「「「「「「「……」」」」」」」」

「えっと……藍様の式で、紫様の式の式の橙といいます!」


 隊員たちは思った。なんだこの子猫ちゃんは? コイツも八雲なのか?


「私の主は……藍様は、今里帰りしてしまいました。
 本当は私達、八雲だけでなんとかしなくてはいけません」
「橙……」
「でも……私達だけじゃ、藍様を取り戻すことができません。紫様や美鈴さんのように上手くは伝えられないけど……
 お願いです! 私の……私の『家族』を助けて下さい! お願いします!」


 橙は頭を下げた。横にいた紫も静かに頭を下げる。
 美鈴はオイオイ……と頭を掻いていた。が―――


「水臭えなぁ、嬢ちゃん」
「子猫ちゃん。こういう時はね……お願いじゃなくて、命令なさい」
「その為の俺たちだ。だろ?」
「おうよ! それにこんな可愛い子ちゃんの頼みなら、断るに断れねえ」
「後でお姉さんの所に来なさい。可愛がってあげるわぁ」
「おいおい、程々にしとけよ」


 そうだそうだ、と諸手を挙げて橙に返答する兵たち。
 それを見て美鈴が微笑み、橙の肩に手を載せた。


「と、いうことだ。諸君忘れるな。これは蓬莱の地を奪還する聖戦でもあるが、残滅戦では無い。
 尚、戦場にはこの子も立ってもらう。餓鬼と侮るな。この子は妖怪達のメッカ、『幻想郷』の、更には『八雲』のサラブレットだ。
 『ママ、負けちゃったよ』だなんて、恥ずかしい姿見せるなよ! いいな!」

「「「「「「「「応ォ!!」」」」」」」」

「よし! では行くぞ! 紅魔一族に!」

「「「「「「「「Forever Scarlet!」」」」」」」」

「『八雲』に!」

「「「「「「「「Queen's Yakumo!」」」」」」」」

「搭乗!」



 一同は蜘蛛の子のように散り、各ヘリに乗り込んだ。
 戦士達を鼓舞した後、美鈴は二人の下へ寄って来た。


「良い演説でした、橙。お姉さん鼻が高いよ……紫さんは減点ものね」
「うぅ……」
「後で一曲でも歌ってあげて下さいよ? 私も聞きたいですし」
「考えとくわ……ありがとね、美鈴」
「いえいえ。正直、私も再び戦場に……まあ、話し合いで解決できれば一番ですが、立てるだなんて思っていませんでした。
 機会をくれたことに感謝ですよ。幻想郷じゃ、どうも力が余ってましたからね……謝々」


 橙はポケットの中に入っているモノを握りしめた。
 一応持ってきたスペルカード(この世界で何処まで再現可能かわからないが)と……藍が残していった手紙。
 きっと帰ってこさせる! また皆でご飯を食べて、お風呂入って、布団に入るんだ!
 三人は旗機へと乗り込むべく歩を進めた。










                     (続く)
〈予告〉

ついに動き出した橙と紫。藍の目の前まで辿り着く。
しかし、蓬莱の妖怪仙人達が彼女達の行く手を阻んだ。
八雲家は一体どうなってしまうのか!? そして、美鈴の『実力』とは?
次回のやくもけ、『八雲藍の還る場所』。

「紅美鈴。Mk-2一番機。出る!!」



                     (大体あってる)
***


お勤め御苦労さまです。
続きを投稿させて頂きました。なんかもう……ごめんなさい。

では補足。
・天魔は第一作目(黒歴史)の天魔様です。設定とモデルについてはいずれ別のSSで出します。
・藍の設定ですが、雑でスイマセン。とりあえず『九尾の総称』が『八雲藍』です。
・御存じかと思いますが藍の妹(義妹)は封神演義のあの姉妹がモデルです。
・レミリアに言った『貸し』とは、前々回をご覧ください。
・美鈴ですが……私の中では紅魔の重役です。そして軍人っぽい彼女が書きたかった。
・最後に。紫≒メリー。現実では少女?『メリー』であり、幻想郷では賢者『八雲紫』です。
 この設定についてもいずれSSで書きたいので、今はご了承ください。あと、メリーの仕事も。

以上言い訳終わり。
ホント文才が来てくれって感じです。シナリオは沢山浮かぶんですが……誰か書いてくれw

前回コメントありがとうございます。励みになりました。
チート麻雀。ダメ。ゼッタイ。
是非とも感想をお願いします。参考にさせていただきたく思います。

では、次回もよろしくです!


*10月12日誤字修正しました。
 指摘ありがとうございます。
マンキョウ
[email protected]
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コメント



0.820簡易評価
4.40名前が無い程度の能力削除
オリ設定が強すぎて味が濃すぎです。それを踏まえてこの点数を付けましたが、
展開は興奮するものでしたしキャラの個性がしっかりしているので続きも楽しみにしています。
10.90名前が無い程度の能力削除
こういうノリ、大好きですよ。
色々設定も気になるし続きに期待してます。

しかし天狗社会は上下関係が厳しいはずなのに
文の天魔様に対する態度がなぁ…違和感がありすぎる
15.無評価名前が無い程度の能力削除
藍と紫の設定が初めて見るタイプで新鮮でした。
点は完結したときに。
16.90名前が無い程度の能力削除
この紫の設定は新しくて面白いです。
でもオリ要素が少し強めなのでこの点数
18.100名前が無い程度の能力削除
着メロ吹いたw
19.無評価マンキョウ削除
コメントありがとうございます。

オリ設定はホント申し訳ない。頭に浮かんだ妄想設定を兎角書きたかったのです。許して下さい。
紫(メリー)の設定は、初めてメリーというキャラクターを知った時からこうじゃないかなぁって考えてました。
着メロは―――(罪’)。
文についてですが、少し(妄想)ヒント。天満とは同期。あと第一作目。できれば温かい目で……

あと私、藍様のこと―――男と思ってこれ書いています。百合、好きですが書くの苦手なんです。スイマセン。
強要はしませんが皆さんもそういう気持ちで……無理かぁ。

新作できました。また見てやってください。お願いします。
20.90名前が無い程度の能力削除
いいねぇww
こういう展開&設定大好き。
もっとやれ。

あと誤字かな?
>既に適地だとお考えを。
敵地なのでは?
26.100名前が無い程度の能力削除
たまんねえええええええええええええええw
28.100名前が無い程度の能力削除
こういうのって好きな人と嫌いな人が分かれそうですね。
私は大好きですよ。
楽しく読ませてもらってます!
30.100名前が無い程度の能力削除
何だこのカッコいい設定w
あんたは天才だwww