※ 注意!
・ 割と真面目なミステリーです。死ぬキャラもいるのでご注意を
・ 古畑任三郎をリスペクトしています。そういうのが嫌いな方もご注意を
・ 『東方キャラがドラマを演じている』と思って読んでいただけるといいかもれません
「えー、心を読む能力を持つ私ですが、ありとあらゆる者の心を読めるわけではありませーん。
私にも、心を読めない相手も居ます。
一つは、心を閉ざした人物。つまり私の妹のことですね。
二つ目は、何も考えていない人物。心を読んでも空っぽで真意を読み取ることが出来ませ-ん。
そして三つ目、同時に複数の思考を展開するような、非常に天才的な頭脳を持った人物……
今回私が相手するのは、まさにそのタイプの天才でして……」
古 明 地 さ と 三 郎
V S
八 意 永 琳
「これは、どういうことかしら。」
永遠亭の一室。緊張した面持で対峙しているのは因幡てゐと八意永琳。
永琳は複数の写真をてゐに見せつけた。
てゐが永遠亭の薬を持って、人里の人間に売りつけている写真である。
「さあ、身に覚えが無いウサ。」
「とぼけないで、あなたのやっていることはもう分かっているのよ。
あなたが私の作った薬を勝手に持ち出して、人里に売り付けていることはね。」
「売り付けるとか言い方が悪いウサ。私はただ、『永遠亭出張サービス』として、
永遠亭に来るのが難しい患者さんに薬を処方してあげているだけで。
むしろボランティアってやつウサ。感謝されこそ咎められることは無いよ。」
「それで何も知らない人に高額で売り付けて、どれだけあなたの手元にお金が入るのかしらね?」
「まぁそれはお駄賃みたいなものウサ。
こうやって永遠亭の知名度アップと患者へのサービスを同時に行っているんだから、
それぐらいは許してほしいね。」
クックックと笑うてゐ。一方の永琳は、その表情を緩めることは無い。
「別にあなたが詐欺行為をすることについて私が咎めるつもりは無い。
賽銭詐欺だろうとイタズラだろうと好きにやって構わないわ。
でも薬はダメよ。薬と言うのは使い方を誤れば簡単に毒になってしまうものなの。
何の知識の無いあなたが扱っていい物じゃないのよ。」
「へーへー、善処するウサ。」
そっぽを向きながら適当に返事をするてゐ。
一方の永琳は、このてゐの態度に怒りを覚えることは無かった。むしろ感じていたのは呆れにも近い感情。もうコイツに何を言ってもしょうがないという諦観。
この瞬間八意永琳は、因幡てゐを『見切った』のだ。
最後となるこの対談で、それなりに反省した態度を取れば許すことも考えたが、もはやその必要も無い。
因幡てゐ殺害計画を、実行に移すことを決意したのだ。
「……私はこれから姫様のところに行かなくてはいけないから部屋を出るわ。
だけど話はまだ終わっていない。あなたはこの部屋から出ちゃダメよ。」
「えー、ここで待つウサ?めんどくさ……」
「わかったわね?」
「……はーい。」
ぶつくさ文句を言っていたてゐだが、睨みを効かせてやったら簡単に言うことを聞いた。
こうしてやればその場で言うことを聞かせることも出来るし、詐欺をやめると言わせることも可能だろう。しかしそれは所詮その場だけの返事。結局コイツは詐欺を止めることは無い。コイツはそういうウサギなのだ。
「2時間ぐらいで戻るわ。待ってなさいね。」
だからこそ、もう殺すしか無い。永琳は密かに決意し、部屋を出て輝夜の部屋に向かった。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
輝夜は最近、将棋にハマっている。
どうやら人里のハウタクからその存在を知ったようで、同じようにハクタクから知った妹紅と対戦するのが一番の楽しみらしい。週に一度程度の頻度で対戦しては勝った負けたと嬉しそうに永琳に報告する。
「でね、でね!アイツの飛車を取ってやったときの悔しがりようったらもう!」
「はいはい、それで逆に角を取られてしまったんでしょう?昨日も聞きましたよ。」
永琳としては、それのおかげで最近は殺し合いの頻度が下がっているので、将棋を教えたあのハクタクに拍手を送りたい気分であった。
そして永琳はたまに、輝夜に対して将棋の手ほどきをする。天才の永琳からすれば輝夜の打つ将棋はまだまだスキだからけで簡単に勝ててしまうのだが、そこはあえて手加減し、輝夜がより打ちやすいように誘導する。
「う~ん……ここは……」
「姫様、持ち駒を有効活用するのです。例えばこの角の道をふさぐことで……」
手ほどきをしながら、永琳は今後すべきことについて考えを巡らせていた。
てゐと話し合いをしたのが午後の一時半。輝夜の部屋に来たのが二時。
そして現在は3時。4時頃に切り上げるようにすればいいだろう。
「ねぇ永琳。」
そちらの考えに集中していたら輝夜が話しかけてきた。
しまった、少し将棋をおろそかにし過ぎたか。
永琳は輝夜の機嫌が損なわれたかと心配したが、そのようなことは無かった。
「どうしました?姫。」
「思うんだけど、私って妹紅か永琳としか対局したことないじゃない?」
「そうですね。そもそも将棋を知っている者も少ないですし。」
「たまには他の人と対戦して腕を確かめたいわね~。誰かいないかしら?」
「そうですね……うどんげは多少は出来るようですが。」
「いいわね!じゃあちょっと、呼んできてくれる?」
永琳は内心困ったと感じていた。
今こうして輝夜と一緒にいることには意味がある。ここで自分が場所を離れては計画が崩れてしまう。意味が無いのだ。
「ふ~んふふ~ん♪」
とそこに、庭を散歩しているイナバを見つけた。
彼女はてゐやうどんげとは違って、まだ名無しの下っ端イナバだったはずである。
「ちょっと、そこのイナバ!」
「あ、永琳さまに輝夜さま!どうしましたか?」
「ちょっと、うどんげ……鈴仙をここに呼んできてくれないかしら?」
「鈴仙さまですか?分かりましたけど、今どこにいるでしょうか……」
「この時間だから、多分厨房で食事を作っていると思うわ。お願いね。」
「わかりました!」
とてとてと名無しのイナバは走り出した。
ふぅと一息ついて輝夜を見ると、何やら不思議そうな顔をしていた。
「どうかなさいました?」
「いえ、珍しいなと思って。あなたはあんまりこういう使い走りみたいなことしないから。」
「あらそうかしら?私、結構横着なところあるのですよ。」
「まぁいいわ。で、へにょりイナバってどんぐらい強いのかしら?」
「えっとですね……」
輝夜と会話しながらも、なんとか部屋を出ずに済んだことに永琳は安堵していた。
ここにうどんげが来れば、後々の証人が3人になる。結果的にはよりよい方向に進んだと言えるだろう。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
鈴仙は、昼間に人里に買い物に行って帰ってきた後、そのまま夕食作りに取り掛かっていた。今日はたまたま調味料が安く売っていたので、切れかかっていた調味料を安く仕入れることが出来、鈴仙はご機嫌であった。
「ふーんふふーん♪」
鼻歌を歌いながら作っているのは、シチューである。機嫌も良かったこともあり、永遠亭のウサギ達の大好物であるメニューにしたのだ。もちろん、にんじんは一般家庭で作られるシチューに比べ3割増である。あらかたの調理は終わり、後は煮込むだけ。現在の時刻は三時半。夕食の頃にはおいしいシチューの出来あがりであろう。
「鈴仙さまー!」
「あら、どうしたの?」
名無しのイナバが厨房に入ってきた。先程永琳に言付けを頼まれたイナバである。
「永琳さまと輝夜さまがお呼びですー。輝夜さまの部屋にー。」
「えー、今料理中なんだけどなー。」
それにどうも嫌な予感もする。師匠である永琳が呼ぶ場合は医療関係の用事がほとんどだが、そこに姫でありここの主人である輝夜が加わるとなると、十中八九自分がからかわれることになるのだ。しかし呼ばれたからにはいかなくてはいけないと感じていた。彼女は真面目なのだ。
「まぁ、料理もあとは煮込むだけだし、行くか。ありがとね。」
名無しのイナバの頭をなでてやり、若干気が重くなりながらも鈴仙は輝夜の部屋へと向かった。
――キラーン☆
後ろに潜む何かには気付かずに。
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輝夜の部屋に呼ばれた鈴仙は、そのまま輝夜と将棋の対局をさせられることとなった。
「でもあなたが将棋できるなんて意外だったわー。」
「イナバ達の間では結構流行っているんですよ?よく相手をさせられるので覚えました。
イナバ達よりはそこそこ出来ますけど、てゐには勝てる気しませんねー。」
「へぇ、あのイナバも強いのね。今度やってみたいわ。」
実力的には拮抗している二人。端から見ているとよい勝負である。
二人も将棋に集中し始めているし、今の時間は3時50分。切り出すなら今しかないと思い、永琳は輝夜に話しかけた。
「姫様、よいですか?」
「ん?何?」
「私はこの後薬の整理をしないといけないので、この辺で……」
「ああいいわよ、付き合ってくれてありがとね。また手ほどき頼むわよ。」
「はい、失礼します。うどんげ、姫様の相手、よろしくね。」
「むむむむ……あ、はい、わかりました。」
永琳は輝夜の部屋を後にすると、そのまま先程てゐと話し合った部屋へと向かった。
部屋と部屋との距離はかなり離れていて、歩きで5分ほどかかる。
部屋に入る頃には丁度4時になっていた。ここまでは完全に計画通りだ。
「遅いウサよ、待ちくたびれたウサ。」
「ごめんなさいね、じゃあ続きを始めましょうか。」
そう言いつつ、永琳はポケットの中から注射器を二つ取り出した。
そしててゐの腕を掴み、自分の近くへと引き寄せる!
「な、何するウサ!」
二つのうちの片方を素早くてゐの腕に注射した。
みるみるうちにてゐの身体から汗が吹き出ていく。
「あ、熱い!熱いウサ!」
そしてもう片方の注射器も先程と同様に注射する。こちらは完全に毒物である。
体内に入ったら最後、命は無い。
「え……えい……りん……」
そしててゐは最後に永琳の名前をつぶやき、そのまま事切れた。
素早く永琳は彼女の脈を取り、完全にてゐが死んだことを確認する。
彼女の身体の汗を拭き取り、片方の注射器、毒物が入っていた方をてゐの右手に握らせた。
もちろん、指紋は全て拭き取った上での行動である。
永琳の中に罪悪感は無かった。あったのはある種の達成感と、もうあの憎たらしい口調が聞けなくなるという寂しさ。
自分で殺しておいて寂しさを感じるなど滑稽だと感じたが、殺人者とは案外こういうものなのだろうなと納得した。
「さようなら、罪深きウサギさん。」
最後に永琳はてゐに語りかけ、そのまま部屋を後にした。
その呟きに返事が返ってくることは、もう、無い。
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てゐ殺害を完了した永琳は、輝夜達に言っておいた用事が嘘にならないように自室に戻り薬の整理を始めた。たった今ずっと一緒に住んでいた家族にも近い存在を殺したばかりだというのに、心は既に平静を取り戻していた。そんな自分はやはり、普通の人間とは違う存在なのだなと改めて感じた。
「し、師匠!」
30分ぐらいした後だろうか、鈴仙が慌てた様子で部屋に入ってきた。
「あらうどんげ、もう姫様の相手は終わったの?」
「は、はい。でもそれは別にお伝えすることがありまして……」
「何かしら?」
「診てほしいと永遠亭を訪れている人が居まして。」
「急患ね、すぐ連れてきて。」
「はい。でも、それがあの、普通の人じゃないというか。」
「普通の人間じゃなくても患者は患者よ。すぐ連れてきなさい。」
「そ、それが……」
しどろもどろな様子の鈴仙。
はて、彼女はもともとオロオロしやすい性質だが、やたらとオロオロ度が高い気がする。
とそこに……
「ど~も~、失礼します~。」
鈴仙の後ろからもう一人の人物が顔を出してきた。
この顔は確か見覚えがあった。地底に住む妖怪達をまとめている主であった。
名前は確か……
「古明地さとりです。始めまして、八意永琳さん。」
「知っているわ。確か地霊殿の主だったわね。あなたが患者かしら?」
そう古明地さとりだ。心を読む妖怪と聞いている。
私は瞬時に、自分の思考の中にもう一つの思考ルーチンを増やす。
こちらの思考ではひたすら複雑な計算式を解き続け、これで心を読もうとしても混ざりあい私の思考を読むことは出来ないはず。天才と呼ばれる私にしか出来ないことだ。
「いえー、診てほしいのはこの娘でして。お燐、お空!来なさい!」
さとりが呼ぶと、猫耳がついたゴスロリ娘と、やたら大きな羽を背負った黒髪の少女が現れた。猫耳の少女はしっかりとした感じであるが、黒髪の少女はなんというかぽややんとしていて、なんというかあの氷の妖精に近い雰囲気を出していた。
二人を観察している永琳に対し、さとりが切り出した。
「えー、診てほしいのは空の方でして……あ、羽がある方です。」
「黒髪の方ね。どこが悪いのかしら?見た感じあんまり急を要するといった様子ではないけれども。」
「えーですね、頭の方が……」
「頭?頭痛がするのかしら。」
「いえそうではなくてですね、お空、何故か猛烈に記憶力が無いのですよ。
私の言付けを一時間も覚えていればいい方で、酷い時には3歩歩けば忘れると言ったレベルです。
これはもはや、なんらかの病気ではないかと思い伺ったのですが……」
「えーと……まぁ一応診ましょうか。」
「分かりましたお願いしますー。空!いらっしゃい!」
さとりに呼ばれた空は、うにゅーと呟きながら永琳のイスにすわり、そして一言。
「さとり様―、なんで私ここに居るんですかー?」
ペチン!
さとりは空のオデコを手ではたいた。
「うにゅー。」
「さっき説明したでしょう。彼女は八意永琳。ここのお医者様よ。」
「私元気ですよー?」
「まぁいいから。えー先生、よろしいですかー?」
「いいわよ。じゃあ診ましょうか。」
そして彼女は空の診療を始めた。彼女の行った診療は、一般に病院で行われる診療とほぼ同じ物であったので割愛する。一つだけ言えることは、彼女の身体に異常は見られなかったということだ。
「えー、どうでしたー?」
さとりが永琳に尋ねる。永琳は軽くため息を吐きながら結果を伝えた。
「……完全な健康体。ここまで健康な身体もまず無いわね。
薬を処方する必要も無いでしょう。このまま健やかに育ててください。」
「えー、では頭の方は?」
「諦めてください。」
さとりは軽く頭を抱えた。しかしこればかりは病気では無いのでどうしようもない。
彼女はあの氷の妖精と同じ星の下に生まれたのだ。第⑨惑星とでも命名しようか。
「だから言ったじゃないですか!お空のこれは素だって!
お医者さんだって迷惑ですよ!」
「んーでも希望が持ちたかったじゃないですかー。少しはコレもマシになるかもって。」
「もうアレはどうしうようもないです。一緒に頑張っていきましょうさとり様!」
燐とさとりが励ましあっている中で、相変わらず空はうにゅーっとしている。
アレとかコレとか酷い言いぐさをされているのに、のん気なものである。
――キャアアアアアアア!!!
とそこに、大きな悲鳴が響き渡った。
「な、何ですか今の悲鳴は!」
「うにゅっ!びっくりしたー!」
「し、師匠!」
「声はあっちの方からしたわね……行きましょう!」
慌てふためく面々を見ながら永琳は予想していたよりもはるかに落ち着いていた。
思ったよりも早かったな、と。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
悲鳴をあげたのは、先程の名無しのイナバだった。
掃除当番だった彼女は、普段はあき部屋になっているこの部屋を掃除しようとした。
そして、死んでいるてゐを発見したのである。
「てゐ!てゐ!!」
鈴仙が叫ぶ。身体を持ち上げ揺するが反応は無い。
「……」
永琳が彼女の脈を取った。そして、静かに首を振る。
「そんな……そんな……嘘でしょ?てゐ……てゐ!!」
鈴仙は事切れた彼女の身体を抱きしめながら泣き叫んでいた。
それを見て永琳の心に始めて少しだけ罪悪感が生まれた。てゐを殺したことに対してではなく、愛する弟子をこんなにも悲しませてしまったことに。
「えー、お亡くなりに?」
「……そうね、死んでいるわ。」
「ご冥福をお祈りします……ところで、死因は?」
「これから調べてみないと分からないけど……この死体の様子から見ると、毒物による理中毒死の可能性が高いわね……」
「そうですか……おや?これは……」
さとりはてゐの右手に注目した。彼女の右手には注射器が握られている。
「永琳さん!これは……」
「……注射器ね。」
永琳は注射器を手に取った。中にはまだ液体が残っている。
「……間違い無いわ。この中に毒物が入っていた。彼女がこれを握っていたということは、
自分で自分に毒物を注射したと考えるのが自然ね。」
「自殺、ですか……」
「恐らくは……まだ確証は無いけどね。」
「えー、永琳さん、検死の方は……」
「出来るわ。」
「ではお願いしてもよろしいですかー?正確な死亡推定時刻を知りたいのです。」
「ええ、するつもりよ。……ってちょっと待って。」
永琳は我に返ったように、さとりにツッコミを入れた。
「なんであなたが仕切っているのかしら?」
「あ、でしゃばった真似をしてすいませーん。しかし、お身内が亡くなられたのに冷静でいるのは難しいと思いまして。ならば私が、と。……ご迷惑でしたか?」
「……いいえ。助かるわ。」
内心では迷惑極まりないと思っていたが黙っていた。
現在でもダミーの計算思考は続けている、彼女に心を読まれることは無い。
出ていけと言う気持ちを押し殺しつつ、さとりに告げた。
「じゃあ少し時間を頂けるかしら?少し後ろで待っててくださいな。
うどんげ、辛いのはわかるけども手伝ってもらってもいいかしら?」
「ぐすっ……はい、わかりました……」
「では、お願いしますー。」
さとりはペット達のいる廊下へと下がって行った
古明地さとり……嫌らしい相手だと永琳は感じていた。
彼女が嫌われているのは何も心が読めるからでは無く単純にその性格の悪さが起因しているのではないか?と疑ってしまうほどだ。
心が読まれることは無いとは言え、警戒はしておく必要はあると強く感じていた。
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「ふぅー……」
「大変なことになってしまいましたね、さとり様。」
一息ついたさとりに対して、燐が声をかける。
「うにゅー、なんであのウサギさん死んじゃったんだろう。」
「永琳さんは自殺の可能性が高いって言ってたけどね。
でもあたいはあの人が自分で死ぬような人には見えないなー。
地上に出て遊んでた時に会ったんだけどね、自殺するような人じゃないよ。」
「そうですね……まだわかりませんが、一つだけ言えることがあります。
……八意永琳。彼女は要注意です。」
「あのお医者さんですか?」
首をかしげる燐に対して、さとりは頷いた。
「何か、心が読めたんですか?」
「逆ですよ。まったく心が読めなかった。恐らく心の中に複数の思考回路を用意して、
私に読まれないようにしているのでしょう。」
「へー、すごいなあ。そんなこと出来るんですね。あたいには出来る気がしないや。」
「もちろん、こんなことが出来るのは天才と呼ばれる彼女だけです。
しかし彼女は私に会った途端にこちらの能力を封じてきた。
何かやましいことがある証拠です。」
「うーん、でもただ単に読まれたくなったってことも考えられませんか?」
「そうですね。まだこれだけではなんとも言えません。
しかし、ただの自殺で済ませてはいけないと思います。
恐らくこのまま彼女が取りしきって事を済ませようとするでしょう。
それを防ぐためにも、私たちの存在は必要なんです。」
「うにゅー、さとり様、難しくてわかんないですー。」
ペチン!
「うにゅー!」
「とにかく、あの永琳には要注意ということで。わかりましたね?」
「はい。」
「うにゅー……」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
――コンコン
永琳の診療室のドアをノックする音がした。
誰だろう、うどんげだろうか。永琳は訝しげながらも返事をした。
「どうぞー。」
「はいー、失礼しますー。」
……来た。永琳は内心げっそりとした。
もしやもう帰ってくれたかと期待していたが、そう甘くは無かったようだ。
「えー検死の結果をお聞きしたいなと思いまして。」
「一応結果は出たわ。だけどそれをあなたに教えてどうするの?
あまり巻き込みたくないのよ。」
「お気遣いありがとうございます。しかしですね、あの場に居合わせたのも何かの運命
この事件がなんらかの形でケリがつくまで私なりに調べようかな、と。」
勘弁してほしい。全力でお帰り頂きたかった。
しかしここで断るのも怪しまれてしまう。それにこの第三者を騙しきることが出来れば、
計画は完全なものとなる。ある種の賭けだが、永琳はさとりを動かす方に賭けた。
「……死後硬直の様子から見て、死んだのは午後3時頃ね。死因はやはり毒物。
体内に混入したことによる中毒死ね。」
「午後3時ですか……自殺の可能性は?」
「高いわね。」
「では参考程度に聞きます。あなたは午後3時頃どこにいらっしゃいましたか?」
永琳はあまりに唐突に聞かれ驚いた。何故この流れで自分のアリバイを問われるのだ。
「ちょっと待って。自殺の可能性が高いと言ったでしょう。
どうして私がアリバイを聞かれなければいけないのかしら?」
「えー、ですから参考程度です。午後3時頃、どこにいらっしゃいましたか?」
「……その頃は姫と将棋を打っていたわ。」
「姫、というのは蓬莱山輝夜さんのことですね?」
「ええ。2時から4時前までずっと。」
「えー、輝夜さんにもお会いしたいのですがよろしいですか?」
「多分大丈夫よ。姫はフランクな方だから。この廊下の突き当たりにあるから。
……言っておくけど、姫に何かしたら地霊殿の未来は無いと思った方がいいわよ。」
「肝に命じておきますー。それでは失礼します。」
さとりはニヤニヤと笑いながら部屋を去って行った。
ふぅ……どっと疲れた気がする。永琳はイスに持たれかかって一息ついた。
さとりを動かしたのは大きな賭けだが、果たしてどうなるか。
大丈夫、アリバイのトリックも完璧だ。しかし、微かに感じる不安は否定できなかった。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「そう、あのイナバは死んでしまったの……」
そう呟くのは輝夜。流石に鈴仙のように泣き叫びはしないが、その声からはいくぶんかの悲しみが感じ取れた。
「えー、お察しします。」
「残念ね。私はあのイナバのずる賢さが好きだったんだけど。
せっかく今度将棋で対戦しようと思っていたのに。」
「そのことなんですが、今日永琳さんとここで将棋を打っていたというのは本当ですか?」
さとりが尋ねると、輝夜は頷きながら即答した。
「そうよ。今日の2時から……4時ぐらいだったかしらね。ずっと私と一緒に居たわよ。
途中からへにょりイナバも混じってね。」
「へにょりと言うと……鈴仙さんですか?」
「そうそれ。言っておくけど嘘はついてないわよ?
心を読んでもらっても構わないわ。」
「それはもうしてます。」
「あらら……用意周到ねぇ。」
輝夜はケラケラと笑う。心を読まれてると聞いてもまったく動じないあたりは、
流石は組織の主と言ったところだろうか。普段は子供っぽい部分も多い彼女だが、
この余裕は誰にでも出来るものではないだろう。
「そういうことを聞くってことは、永琳を疑っているってわけね。」
「ええと……んふふふ……」
「あら、私の心は読んでおいて自分は秘密ってのはどうなのかしら?」
「それもそうですね。はい、まだうっすらとですが。」
「でもこれで永琳には無理だってことがはっきりしたわね。
イナバが死んだのは午後3時でしょう?完全にアリバイがある。私が証言するわ。」
「んー……」
「あら、納得が言ってないって顔ね。」
「今まで永遠亭に住むあらゆる人物の心をこっそりと読みましたが、
誰もてゐさんを殺したという思考を持った方が居ませんでした。
ただ永琳さんだけが、未だに心を隠し続けているんです。」
「永琳が自分の心を見せないのはいつものことよ。私にだってわからないわ。
それに自殺の可能性だってあるし、外部の可能性もある。
そして……」
「そして?」
さとりが聞き返すと、輝夜は得意げに返した。
「永琳にはてゐを殺す動機が無い。」
「えー……そこなんですよね。」
「正直言って、主人と従者である私や師匠と弟子であるへにょりイナバとは違って、
永琳とてゐというのはあまり接点は無いわ。
実質イナバ達のリーダーだけど、それで永琳と絡むということもあんまり無いし。」
「確かに……」
「まずそこから調べてみるべきじゃない?」
「それもそうですね、失礼しました。」
「あら、もう帰るの?頑張ってね、楽しみにしてるわ。」
さとりは輝夜の部屋を後にする。
外の廊下では、お空とお燐が待機して待っていた。
「燐、頼みたいことがあるんですけどいいですか?」
「なんでしょう?」
「ちょっと近くの人里まで行って、てゐという兎が人里で何をしていたのか調べてほしいの。
特に、何か詐欺やイタズラのようなことをしていなかったか……」
「……わかりました!行ってきます!」
お燐はそう言うと猫型に変身して、永遠亭の外へと駆け出して行った。
このスピードなら、早いうちに有益な情報を持って帰ってきてくれることだろう。
「さて、次は鈴仙さんのところね。空、行きますよ。」
「はい!」
さとりは呟きながら、お空を連れて鈴仙の元へと向かった。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
鈴仙は一人自分の部屋に居た。
ようやく気持ちも落ち着いたが、もうてゐがいないと考えるとまた悲しみが襲ってくる。
どうして自殺なんかしたのか、私じゃ相談相手になれなかったのか。
悪い方へ悪い方へと考えてしまう。自分の悪い癖だと分かっているのに。
――コンコン
ドアのノックの音がした。誰だろうか、師匠だろうか?鈴仙はドアを開けた。
「どうも、今よろしいですか?」
古明地さとりだった。正直少し苦手なタイプの人だったが、
今は人と話して気持ちを紛らわせたいという思いもあり、了承した。
「どうぞ、入ってください。あ、そこの椅子使ってください。」
「では、失礼します。」
椅子に腰掛けるさとり。鈴仙と向き合う形になった。
「えー……お気持ちお察しします。」
「……てゐは、私の始めての友人だったんです。
自殺なんかするような人じゃない……」
「それでですね、お聞きしたいことがあるのですが……」
「私に答えられることなら、なんでも。」
鈴仙はさとりに協力する姿勢を見せた。
もしこれでてゐの死の謎が解けるならば、それがてゐの供養にもつながると思ったからである。
「検死の結果ですが、間違いはありませんか?」
「てゐのですか?はい……間違い無く午後3時頃です。
あの時は気持ちも動揺してたけど、この結果に間違いは無いです。」
「どのような点から、午後3時だと断定されたのですか?」
「死後硬直です。ご存知ですよね?死体は時間がたつにつれて硬直します。
その硬直の具合によって死亡推定時刻がわかるんです。
あの時死体を発見したのは午後5時頃でしたけど、明らかに2時間は経っている硬直具合でした。」
「ということはですね、例えば4時に死んだなんてことは……」
「ありえません。1時間じゃまだ硬直もまともに始まってないですから。」
でも、例外もあるけど……
「『例外もある』ですか。教えてもらってもいいですか?」
「……心を読んだんですね。あなたの前じゃ隠し事できないってのは本当だったんだ。」
「んふふふ……すいません、こういう妖怪なもので。それで、例外というのは……」
「例えば、死ぬ直前に大量に汗をかいたりした場合では、死後硬直は遅れます。
でも、てゐが大量に汗をかくなんて見たことないけど……」
「仮にですよ?仮に、大量に発汗させるような薬があるとすれば……ありますか?」
「私には分かりません。でも……」
「でも?」
「師匠なら、分かるかもしれませんし、作れるかもしれません。
師匠は天才ですから、自分で薬を作ってしまうくらい朝飯前だと思います。」
「なるほど……」
頷きながらメモを取るさとり。鈴仙は不安げにその様子を見つめていた。
――コンコン
と、そこにまたドアのノックの音がした。
「あ、すいません、多分私のペットです。よろしいですか?」
「はい、どうぞ……」
鈴仙の声を聞いて入ってきたのは燐であった。
彼女の心からは喜びの感情が読み取れ、有益な情報が得られたと見える。
「何か分かった?」
「はい!てゐさん、最近は永遠亭出張サービスと名乗って薬を売っていたらしいですよ!
それも結構な高額で!賽銭詐欺が通用しなくなって手口を変えたようです。」
「なるほどなるほど……」
「てゐったら最後までそんなことを……」
頷くさとりと呆れる鈴仙。
興奮した面持で、燐は続ける。
「それで慧音さんが一昨日、永琳さんに相談したそうで。」
「師匠に?」
「なるほど……だとすればこれで動機は……」
―――うにゅううううううううう!!!!
「な!い、今のはどう聞いても……」
「空の声ですね……あのばか……」
「い、行ってみましょう!」
さとり、燐、鈴仙の3人は急いで声のした方向へと走った。
空はあっさりと見つかった。そこは鈴仙がシチューを作っていた、食堂であった。
「あ!そうだシチュー作ってたの忘れてた!」
頭を抱える鈴仙。既に作ってから3時間は経っている。
大きな鍋に入ったシチューもすっかり冷えきってしまった。
そして肝心の空はと言うと、口を押さえながら転げまわっている。
「お空!お空!どうしたの!?」
「か、からい、からいよぉ……」
「辛い?」
鈴仙が首を傾げる。恐らく彼女はシチューをつまみ食いしたと考えられるが、
自分が作ったシチューはにんじんたっぷり野菜シチュー、辛いわけがない。
彼女の味覚がおかしいのかな?と思いつつ、シチューを口にしてみると……
「か、辛っ!なにこれ!」
「えー、このシチューそんなに辛くしたんですか?」
「してないですよ!私は普通に!み、みず……!」
さとりは部屋を見渡した。
棚の中には調理道具が並んでいる。冷蔵庫を開けると、大量に調味料が並んでいた。
「鈴仙さん鈴仙さん。」
「な、なんですか?」
辛さで涙目になりながら鈴仙は答えた。
「この調味料、買ったのは何時なんですか?」
「ああ、これは今日の昼ですよ。安売りしてたんで、いっぱい買っちゃったんです。」
「では……これも?」
さとりは、中身が半分ぐらいになっているタバスコを見せた。
「はい、それも今日買いました。」
「えー、ありがとうございます。」
そしてさとりは、一心に水を飲んでいる空に近づき、頭を撫でた。
「空……お手柄ですよ。」
「うにゅ?」
「えーやはり犯人は八意永琳でした。
彼女は天才と呼ばれた頭脳で殺人の計画を立て、実行に移しました。
その方法も流石は医学の天才と言ったところでしょうか。
トリックにまで自らの知識をフル活用しています。完全犯罪も目の前でした。
しかし彼女の犯罪はあと一歩のところで完全犯罪には及びませんでした。
彼女の犯行をどのように立証することが出来るのか?
そのヒントは…………『辛くなったシチュー』。
皆さんもよかったら是非読み返して考えてみてください。
古明地さと三郎でした。」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
―――コンコン
永琳の部屋のドアがノックされた。
姫様や鈴仙の可能性もあるが、永琳は確信していた。
このドアに向こうにいるのは……
「どうぞ。」
「失礼しますー。」
古明地さとりであると。
「何かしら、捜査に進展があったのかしら?」
「ええ。まず始めに、やはりてゐさんは自殺ではありませんでした。」
「へえ、ということは、誰かに殺されたと?」
「ええ、あーなーたーに。ふふふ……」
本人の目の前で断言するさとり。一方の永琳も、余裕の表情は崩さない。
「なるほど。それがあなたの出した結論なの。
はっきり言って、面白くない冗談ね。」
「えー冗談ではありません。あなたがてゐさんを殺したのです。
あなたは、てゐさんが人里で自分の薬を使って詐欺をしていることを知った。
そしてそれが許せなかった。だから今回の殺人を計画した。」
「なるほど、もうそれは知ってるわけね。
確かにてゐは私の薬を使って人里で詐欺をしていたわ。
私にとっては十分殺す動機になりえるわ。それは認めましょう。
でもね古明地さん……私には殺せない。」
永琳はさとりを睨みながら断言する。
しかしさとりは未だに笑みを崩すことは無い
「言っておくけど、私にはアリバイがあるわよ?
てゐが死んだのは午後3時頃。私は2時から4時まで姫様と共に居た。
どうやって彼女を殺せると言うの。」
「はい。確かに死亡推定時刻は午後3時でした。
鈴仙さんも死後硬直の結果からそう判断しています。
しかし例外もあるようで、例えば死ぬ直前に大量に発汗した場合、
死体の硬直が遅れるとかなんとか…この方法を使えば午後4時に殺したものを
午後3時頃に見せかけることは十分に可能です。」
「つまり運動させてから殺したということ?
言っておくけどてゐは私に言われてはいそうですかと汗をかくような兎じゃないわよ?」
「ええ、ですから薬を使ったんです。あなたは毒物を注射する前に、大量の発汗を促す別の薬物を注射した!えー先程死体を調べたら確かにありました!
毒物を入れたと思われる注射痕のほかに別の注射痕が!」
「なるほどね……」
永琳は内心では焦っていた。まさか古明地さとりがここまで言い当てるとは。
しかし、まだ大丈夫だという余裕もあった。何故ならば……
「確かに私ならばその方法は可能でしょうね。薬だって作れるわ。
でもね。大事なものを忘れてるわよ古明地さん。それは……証拠。」
そう、証拠である。それが無ければ古明地さとりの推理は推論でしかなくなる。
心を読まれることも防いでいる以上、弾幕で再現することも不可能だ。
そして永琳には絶対の自信があった。自分は証拠など何一つ残していないという自信が。
「えー証拠ならあります。」
しかしさとりは言い切った。自信満々の笑みを浮かべながら。
「さとり様ぁ!持ってきました!」
「さあ来ましたよ、私の可愛いペット達が、あなたの犯罪を立証する証拠を持ってきました。」
「よっと……さとり様、これで全部です。」
お燐が持ってきたものは、大量の調味料。
今日鈴仙が人里で買ってきたというもの全てである。
「よいしょっ!うにゅー重かったよぉ。」
そして空が持ってきたものは、鈴仙が作っていたシチューが入った鍋である。
「……馬鹿馬鹿しい。こんなもので何を証明しようと言うの。」
「えーそれが出来るんですよー。」
さとりはそう言うと、スプーンでシチューをすくい、永琳の前に差し出した。
「まぁどうぞ一口。」
「何がしたいの。ふざけているの?」
「食べてみればわかります。ご安心を、毒なんて入れていませんから。」
「……」
しぶしぶさとりからスプーンを受け取り、シチューを食べ、そして顔をゆがめた。
「何よこのシチューは。こんな辛さのシチュー始めて食べたわ。」
「はい!そうなんです辛いんですよこのシチューは。
鈴仙さんが作ろうとしていたのは野菜たっぷりにんじんシチュー。
本人も実に不思議がっていました。何故こんな辛さのシチューが出来てしまったのかと!
そこで!次はこちらを見て頂きたいのですが……」
さとりが指差したのはお燐が持ってきた大量の調味料。
醤油やお酢など様々な調味料が並んでいる。
「えー、これ全部今日鈴仙さんが人里で買ってきたものです。
どうやら安売りしていたようでつい買いすぎてしまったらしいですよ。
それでこれらをずらーっと見て……何か気が付きませんか?」
「……さあ、特に感じないけど。」
「えー、当然のことながら今日買ったものなので中身は全てほぼ満タンです。
しかしこの中で一つだけ、何故か半分近く減っているものがありまして……
はい、コレです。」
さとりは調味料の中から、タバスコを手に取った。
確かにコレだけは、既に半分近く減っている。
「えー何故このようなことが起きているのか、もうおわかりですねー?
そう!このシチューの中にタバスコを入れた人物が居るんですよ!
鈴仙さんがあなたと輝夜さんに呼ばれて厨房を後にしました。
その後厨房に忍び込んで、シチューにタバスコを入れるというイタズラを決行した人物がいるんです!
そんなことをするのは永遠亭に一人しかいない!そう、てゐさんです。」
「……そうとは限らないわ。」
「限るんですよ。先程河童を呼び出して指紋を取りましたところ、
てゐさんの指紋がこのタバスコのボトルから検出されました!
えー鈴仙さんは昼に買い物をすませたあと、そのまま調理をしています。
てゐさんがこのタバスコに触れることが出来たのは鈴仙さんが厨房を離れた3時半以降しかありえません!」
さとりはタバスコを机に置いて、更に続ける。
「えーあなたの最大のミスは2時から4時の間てゐさんの行動を封じなかったことでした!
あなたはずっと部屋で待ってるように言い聞かせたつもりだったと思いますが、
実は待ちきれずに外に出てしまったんです!そしてイタズラを決行した!
てゐさんは少なくとも3時半の時点では生きていたんです!
このシチューがそれを証明しています!
では検死が間違っていたのか?いいえそれは鈴仙さんも一緒に検死していたから違います。
だとすると、死後硬直を操作して死亡推定時刻をズラしたとしか考えられない!
そしてそんなことが出来るのはこの永遠亭で……あなただけです。
えー……以上です。」
永琳はさとりの推理をただ黙って聞いていた。
そして呟く。
「……完璧ね。」
「えー、つまりお認めになると?」
「ええ、私が殺したわ。」
永琳は椅子に寄りかかり、宙を仰いだ。
「参ったわね……やはりあなたを動かしたのは失敗だったかしら。」
「えーあそこで断られていたら、私としてもどうしようも無かったですね。」
「ふふ、失敗だわ……」
「しかし永琳さん……」
さとりがおずおずと切り出す。
永琳も、何を言うつもりなのかは予想がついていた。
「私の推理、一つだけ穴があることに、あなたも気付いていたでしょう。」
「……ええ、そうね。気付いていたわ。」
「あなたはそれを使って逃げることも出来た。」
「……何も永遠亭で死亡時刻をズラせるのは私だけじゃない。
姫様の能力を使えば、それもまた可能、ってね。」
「えー……どうしてそれを使わなかったんですか?」
「決まっているじゃない。姫様に罪を着せて逃げるなんて、出来るわけがないわ。
……私は医者である前に、姫様の従者なのだから。」
「私のペット達にも見習わせたいですね。」
――バタン!
「師匠!」
「……」
と、そこに慌てた様子で鈴仙が入ってきた。
後ろには、輝夜も立っている。
「……やっぱり、あなただったのね。」
「はい。姫様、申し訳ありません。」
「いいのよ。さっさと閻魔のとこに行って、裁かれて帰ってきなさい。
まだこの永遠亭にはあなたが必要なんだから。」
「……ありがとうございます。」
そして永琳は、泣いている鈴仙の前に立った。
「鈴仙……ごめんなさいね。あなたの友人を殺してしまった。」
「ししょお……」
「泣いているあなたの姿を見た時、私は始めて罪悪感を感じたわ。
この罪は必ずあなたに償うわ。戻って来るから、少しの間、我慢しててね。」
「……はい。」
永琳は穏やかな笑みを浮かべ、鈴仙の頭を撫でた。
そして振り返り、さとりの顔を見る。
「……もうよろしいのですか?」
さとりは永琳に尋ねる。永琳は静かに頷いた。
「では、行きましょう。」
そして、さとりが手を取った。
「ええ、閻魔様のもとへ。」
天才と呼ばれた永遠亭の医者は、本来ならば決して行くことの無い閻魔が居る彼岸へと
さとりに連れられ、自ら一歩を踏み出した。
了
・ 割と真面目なミステリーです。死ぬキャラもいるのでご注意を
・ 古畑任三郎をリスペクトしています。そういうのが嫌いな方もご注意を
・ 『東方キャラがドラマを演じている』と思って読んでいただけるといいかもれません
「えー、心を読む能力を持つ私ですが、ありとあらゆる者の心を読めるわけではありませーん。
私にも、心を読めない相手も居ます。
一つは、心を閉ざした人物。つまり私の妹のことですね。
二つ目は、何も考えていない人物。心を読んでも空っぽで真意を読み取ることが出来ませ-ん。
そして三つ目、同時に複数の思考を展開するような、非常に天才的な頭脳を持った人物……
今回私が相手するのは、まさにそのタイプの天才でして……」
古 明 地 さ と 三 郎
V S
八 意 永 琳
「これは、どういうことかしら。」
永遠亭の一室。緊張した面持で対峙しているのは因幡てゐと八意永琳。
永琳は複数の写真をてゐに見せつけた。
てゐが永遠亭の薬を持って、人里の人間に売りつけている写真である。
「さあ、身に覚えが無いウサ。」
「とぼけないで、あなたのやっていることはもう分かっているのよ。
あなたが私の作った薬を勝手に持ち出して、人里に売り付けていることはね。」
「売り付けるとか言い方が悪いウサ。私はただ、『永遠亭出張サービス』として、
永遠亭に来るのが難しい患者さんに薬を処方してあげているだけで。
むしろボランティアってやつウサ。感謝されこそ咎められることは無いよ。」
「それで何も知らない人に高額で売り付けて、どれだけあなたの手元にお金が入るのかしらね?」
「まぁそれはお駄賃みたいなものウサ。
こうやって永遠亭の知名度アップと患者へのサービスを同時に行っているんだから、
それぐらいは許してほしいね。」
クックックと笑うてゐ。一方の永琳は、その表情を緩めることは無い。
「別にあなたが詐欺行為をすることについて私が咎めるつもりは無い。
賽銭詐欺だろうとイタズラだろうと好きにやって構わないわ。
でも薬はダメよ。薬と言うのは使い方を誤れば簡単に毒になってしまうものなの。
何の知識の無いあなたが扱っていい物じゃないのよ。」
「へーへー、善処するウサ。」
そっぽを向きながら適当に返事をするてゐ。
一方の永琳は、このてゐの態度に怒りを覚えることは無かった。むしろ感じていたのは呆れにも近い感情。もうコイツに何を言ってもしょうがないという諦観。
この瞬間八意永琳は、因幡てゐを『見切った』のだ。
最後となるこの対談で、それなりに反省した態度を取れば許すことも考えたが、もはやその必要も無い。
因幡てゐ殺害計画を、実行に移すことを決意したのだ。
「……私はこれから姫様のところに行かなくてはいけないから部屋を出るわ。
だけど話はまだ終わっていない。あなたはこの部屋から出ちゃダメよ。」
「えー、ここで待つウサ?めんどくさ……」
「わかったわね?」
「……はーい。」
ぶつくさ文句を言っていたてゐだが、睨みを効かせてやったら簡単に言うことを聞いた。
こうしてやればその場で言うことを聞かせることも出来るし、詐欺をやめると言わせることも可能だろう。しかしそれは所詮その場だけの返事。結局コイツは詐欺を止めることは無い。コイツはそういうウサギなのだ。
「2時間ぐらいで戻るわ。待ってなさいね。」
だからこそ、もう殺すしか無い。永琳は密かに決意し、部屋を出て輝夜の部屋に向かった。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
輝夜は最近、将棋にハマっている。
どうやら人里のハウタクからその存在を知ったようで、同じようにハクタクから知った妹紅と対戦するのが一番の楽しみらしい。週に一度程度の頻度で対戦しては勝った負けたと嬉しそうに永琳に報告する。
「でね、でね!アイツの飛車を取ってやったときの悔しがりようったらもう!」
「はいはい、それで逆に角を取られてしまったんでしょう?昨日も聞きましたよ。」
永琳としては、それのおかげで最近は殺し合いの頻度が下がっているので、将棋を教えたあのハクタクに拍手を送りたい気分であった。
そして永琳はたまに、輝夜に対して将棋の手ほどきをする。天才の永琳からすれば輝夜の打つ将棋はまだまだスキだからけで簡単に勝ててしまうのだが、そこはあえて手加減し、輝夜がより打ちやすいように誘導する。
「う~ん……ここは……」
「姫様、持ち駒を有効活用するのです。例えばこの角の道をふさぐことで……」
手ほどきをしながら、永琳は今後すべきことについて考えを巡らせていた。
てゐと話し合いをしたのが午後の一時半。輝夜の部屋に来たのが二時。
そして現在は3時。4時頃に切り上げるようにすればいいだろう。
「ねぇ永琳。」
そちらの考えに集中していたら輝夜が話しかけてきた。
しまった、少し将棋をおろそかにし過ぎたか。
永琳は輝夜の機嫌が損なわれたかと心配したが、そのようなことは無かった。
「どうしました?姫。」
「思うんだけど、私って妹紅か永琳としか対局したことないじゃない?」
「そうですね。そもそも将棋を知っている者も少ないですし。」
「たまには他の人と対戦して腕を確かめたいわね~。誰かいないかしら?」
「そうですね……うどんげは多少は出来るようですが。」
「いいわね!じゃあちょっと、呼んできてくれる?」
永琳は内心困ったと感じていた。
今こうして輝夜と一緒にいることには意味がある。ここで自分が場所を離れては計画が崩れてしまう。意味が無いのだ。
「ふ~んふふ~ん♪」
とそこに、庭を散歩しているイナバを見つけた。
彼女はてゐやうどんげとは違って、まだ名無しの下っ端イナバだったはずである。
「ちょっと、そこのイナバ!」
「あ、永琳さまに輝夜さま!どうしましたか?」
「ちょっと、うどんげ……鈴仙をここに呼んできてくれないかしら?」
「鈴仙さまですか?分かりましたけど、今どこにいるでしょうか……」
「この時間だから、多分厨房で食事を作っていると思うわ。お願いね。」
「わかりました!」
とてとてと名無しのイナバは走り出した。
ふぅと一息ついて輝夜を見ると、何やら不思議そうな顔をしていた。
「どうかなさいました?」
「いえ、珍しいなと思って。あなたはあんまりこういう使い走りみたいなことしないから。」
「あらそうかしら?私、結構横着なところあるのですよ。」
「まぁいいわ。で、へにょりイナバってどんぐらい強いのかしら?」
「えっとですね……」
輝夜と会話しながらも、なんとか部屋を出ずに済んだことに永琳は安堵していた。
ここにうどんげが来れば、後々の証人が3人になる。結果的にはよりよい方向に進んだと言えるだろう。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
鈴仙は、昼間に人里に買い物に行って帰ってきた後、そのまま夕食作りに取り掛かっていた。今日はたまたま調味料が安く売っていたので、切れかかっていた調味料を安く仕入れることが出来、鈴仙はご機嫌であった。
「ふーんふふーん♪」
鼻歌を歌いながら作っているのは、シチューである。機嫌も良かったこともあり、永遠亭のウサギ達の大好物であるメニューにしたのだ。もちろん、にんじんは一般家庭で作られるシチューに比べ3割増である。あらかたの調理は終わり、後は煮込むだけ。現在の時刻は三時半。夕食の頃にはおいしいシチューの出来あがりであろう。
「鈴仙さまー!」
「あら、どうしたの?」
名無しのイナバが厨房に入ってきた。先程永琳に言付けを頼まれたイナバである。
「永琳さまと輝夜さまがお呼びですー。輝夜さまの部屋にー。」
「えー、今料理中なんだけどなー。」
それにどうも嫌な予感もする。師匠である永琳が呼ぶ場合は医療関係の用事がほとんどだが、そこに姫でありここの主人である輝夜が加わるとなると、十中八九自分がからかわれることになるのだ。しかし呼ばれたからにはいかなくてはいけないと感じていた。彼女は真面目なのだ。
「まぁ、料理もあとは煮込むだけだし、行くか。ありがとね。」
名無しのイナバの頭をなでてやり、若干気が重くなりながらも鈴仙は輝夜の部屋へと向かった。
――キラーン☆
後ろに潜む何かには気付かずに。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
輝夜の部屋に呼ばれた鈴仙は、そのまま輝夜と将棋の対局をさせられることとなった。
「でもあなたが将棋できるなんて意外だったわー。」
「イナバ達の間では結構流行っているんですよ?よく相手をさせられるので覚えました。
イナバ達よりはそこそこ出来ますけど、てゐには勝てる気しませんねー。」
「へぇ、あのイナバも強いのね。今度やってみたいわ。」
実力的には拮抗している二人。端から見ているとよい勝負である。
二人も将棋に集中し始めているし、今の時間は3時50分。切り出すなら今しかないと思い、永琳は輝夜に話しかけた。
「姫様、よいですか?」
「ん?何?」
「私はこの後薬の整理をしないといけないので、この辺で……」
「ああいいわよ、付き合ってくれてありがとね。また手ほどき頼むわよ。」
「はい、失礼します。うどんげ、姫様の相手、よろしくね。」
「むむむむ……あ、はい、わかりました。」
永琳は輝夜の部屋を後にすると、そのまま先程てゐと話し合った部屋へと向かった。
部屋と部屋との距離はかなり離れていて、歩きで5分ほどかかる。
部屋に入る頃には丁度4時になっていた。ここまでは完全に計画通りだ。
「遅いウサよ、待ちくたびれたウサ。」
「ごめんなさいね、じゃあ続きを始めましょうか。」
そう言いつつ、永琳はポケットの中から注射器を二つ取り出した。
そしててゐの腕を掴み、自分の近くへと引き寄せる!
「な、何するウサ!」
二つのうちの片方を素早くてゐの腕に注射した。
みるみるうちにてゐの身体から汗が吹き出ていく。
「あ、熱い!熱いウサ!」
そしてもう片方の注射器も先程と同様に注射する。こちらは完全に毒物である。
体内に入ったら最後、命は無い。
「え……えい……りん……」
そしててゐは最後に永琳の名前をつぶやき、そのまま事切れた。
素早く永琳は彼女の脈を取り、完全にてゐが死んだことを確認する。
彼女の身体の汗を拭き取り、片方の注射器、毒物が入っていた方をてゐの右手に握らせた。
もちろん、指紋は全て拭き取った上での行動である。
永琳の中に罪悪感は無かった。あったのはある種の達成感と、もうあの憎たらしい口調が聞けなくなるという寂しさ。
自分で殺しておいて寂しさを感じるなど滑稽だと感じたが、殺人者とは案外こういうものなのだろうなと納得した。
「さようなら、罪深きウサギさん。」
最後に永琳はてゐに語りかけ、そのまま部屋を後にした。
その呟きに返事が返ってくることは、もう、無い。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
てゐ殺害を完了した永琳は、輝夜達に言っておいた用事が嘘にならないように自室に戻り薬の整理を始めた。たった今ずっと一緒に住んでいた家族にも近い存在を殺したばかりだというのに、心は既に平静を取り戻していた。そんな自分はやはり、普通の人間とは違う存在なのだなと改めて感じた。
「し、師匠!」
30分ぐらいした後だろうか、鈴仙が慌てた様子で部屋に入ってきた。
「あらうどんげ、もう姫様の相手は終わったの?」
「は、はい。でもそれは別にお伝えすることがありまして……」
「何かしら?」
「診てほしいと永遠亭を訪れている人が居まして。」
「急患ね、すぐ連れてきて。」
「はい。でも、それがあの、普通の人じゃないというか。」
「普通の人間じゃなくても患者は患者よ。すぐ連れてきなさい。」
「そ、それが……」
しどろもどろな様子の鈴仙。
はて、彼女はもともとオロオロしやすい性質だが、やたらとオロオロ度が高い気がする。
とそこに……
「ど~も~、失礼します~。」
鈴仙の後ろからもう一人の人物が顔を出してきた。
この顔は確か見覚えがあった。地底に住む妖怪達をまとめている主であった。
名前は確か……
「古明地さとりです。始めまして、八意永琳さん。」
「知っているわ。確か地霊殿の主だったわね。あなたが患者かしら?」
そう古明地さとりだ。心を読む妖怪と聞いている。
私は瞬時に、自分の思考の中にもう一つの思考ルーチンを増やす。
こちらの思考ではひたすら複雑な計算式を解き続け、これで心を読もうとしても混ざりあい私の思考を読むことは出来ないはず。天才と呼ばれる私にしか出来ないことだ。
「いえー、診てほしいのはこの娘でして。お燐、お空!来なさい!」
さとりが呼ぶと、猫耳がついたゴスロリ娘と、やたら大きな羽を背負った黒髪の少女が現れた。猫耳の少女はしっかりとした感じであるが、黒髪の少女はなんというかぽややんとしていて、なんというかあの氷の妖精に近い雰囲気を出していた。
二人を観察している永琳に対し、さとりが切り出した。
「えー、診てほしいのは空の方でして……あ、羽がある方です。」
「黒髪の方ね。どこが悪いのかしら?見た感じあんまり急を要するといった様子ではないけれども。」
「えーですね、頭の方が……」
「頭?頭痛がするのかしら。」
「いえそうではなくてですね、お空、何故か猛烈に記憶力が無いのですよ。
私の言付けを一時間も覚えていればいい方で、酷い時には3歩歩けば忘れると言ったレベルです。
これはもはや、なんらかの病気ではないかと思い伺ったのですが……」
「えーと……まぁ一応診ましょうか。」
「分かりましたお願いしますー。空!いらっしゃい!」
さとりに呼ばれた空は、うにゅーと呟きながら永琳のイスにすわり、そして一言。
「さとり様―、なんで私ここに居るんですかー?」
ペチン!
さとりは空のオデコを手ではたいた。
「うにゅー。」
「さっき説明したでしょう。彼女は八意永琳。ここのお医者様よ。」
「私元気ですよー?」
「まぁいいから。えー先生、よろしいですかー?」
「いいわよ。じゃあ診ましょうか。」
そして彼女は空の診療を始めた。彼女の行った診療は、一般に病院で行われる診療とほぼ同じ物であったので割愛する。一つだけ言えることは、彼女の身体に異常は見られなかったということだ。
「えー、どうでしたー?」
さとりが永琳に尋ねる。永琳は軽くため息を吐きながら結果を伝えた。
「……完全な健康体。ここまで健康な身体もまず無いわね。
薬を処方する必要も無いでしょう。このまま健やかに育ててください。」
「えー、では頭の方は?」
「諦めてください。」
さとりは軽く頭を抱えた。しかしこればかりは病気では無いのでどうしようもない。
彼女はあの氷の妖精と同じ星の下に生まれたのだ。第⑨惑星とでも命名しようか。
「だから言ったじゃないですか!お空のこれは素だって!
お医者さんだって迷惑ですよ!」
「んーでも希望が持ちたかったじゃないですかー。少しはコレもマシになるかもって。」
「もうアレはどうしうようもないです。一緒に頑張っていきましょうさとり様!」
燐とさとりが励ましあっている中で、相変わらず空はうにゅーっとしている。
アレとかコレとか酷い言いぐさをされているのに、のん気なものである。
――キャアアアアアアア!!!
とそこに、大きな悲鳴が響き渡った。
「な、何ですか今の悲鳴は!」
「うにゅっ!びっくりしたー!」
「し、師匠!」
「声はあっちの方からしたわね……行きましょう!」
慌てふためく面々を見ながら永琳は予想していたよりもはるかに落ち着いていた。
思ったよりも早かったな、と。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
悲鳴をあげたのは、先程の名無しのイナバだった。
掃除当番だった彼女は、普段はあき部屋になっているこの部屋を掃除しようとした。
そして、死んでいるてゐを発見したのである。
「てゐ!てゐ!!」
鈴仙が叫ぶ。身体を持ち上げ揺するが反応は無い。
「……」
永琳が彼女の脈を取った。そして、静かに首を振る。
「そんな……そんな……嘘でしょ?てゐ……てゐ!!」
鈴仙は事切れた彼女の身体を抱きしめながら泣き叫んでいた。
それを見て永琳の心に始めて少しだけ罪悪感が生まれた。てゐを殺したことに対してではなく、愛する弟子をこんなにも悲しませてしまったことに。
「えー、お亡くなりに?」
「……そうね、死んでいるわ。」
「ご冥福をお祈りします……ところで、死因は?」
「これから調べてみないと分からないけど……この死体の様子から見ると、毒物による理中毒死の可能性が高いわね……」
「そうですか……おや?これは……」
さとりはてゐの右手に注目した。彼女の右手には注射器が握られている。
「永琳さん!これは……」
「……注射器ね。」
永琳は注射器を手に取った。中にはまだ液体が残っている。
「……間違い無いわ。この中に毒物が入っていた。彼女がこれを握っていたということは、
自分で自分に毒物を注射したと考えるのが自然ね。」
「自殺、ですか……」
「恐らくは……まだ確証は無いけどね。」
「えー、永琳さん、検死の方は……」
「出来るわ。」
「ではお願いしてもよろしいですかー?正確な死亡推定時刻を知りたいのです。」
「ええ、するつもりよ。……ってちょっと待って。」
永琳は我に返ったように、さとりにツッコミを入れた。
「なんであなたが仕切っているのかしら?」
「あ、でしゃばった真似をしてすいませーん。しかし、お身内が亡くなられたのに冷静でいるのは難しいと思いまして。ならば私が、と。……ご迷惑でしたか?」
「……いいえ。助かるわ。」
内心では迷惑極まりないと思っていたが黙っていた。
現在でもダミーの計算思考は続けている、彼女に心を読まれることは無い。
出ていけと言う気持ちを押し殺しつつ、さとりに告げた。
「じゃあ少し時間を頂けるかしら?少し後ろで待っててくださいな。
うどんげ、辛いのはわかるけども手伝ってもらってもいいかしら?」
「ぐすっ……はい、わかりました……」
「では、お願いしますー。」
さとりはペット達のいる廊下へと下がって行った
古明地さとり……嫌らしい相手だと永琳は感じていた。
彼女が嫌われているのは何も心が読めるからでは無く単純にその性格の悪さが起因しているのではないか?と疑ってしまうほどだ。
心が読まれることは無いとは言え、警戒はしておく必要はあると強く感じていた。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「ふぅー……」
「大変なことになってしまいましたね、さとり様。」
一息ついたさとりに対して、燐が声をかける。
「うにゅー、なんであのウサギさん死んじゃったんだろう。」
「永琳さんは自殺の可能性が高いって言ってたけどね。
でもあたいはあの人が自分で死ぬような人には見えないなー。
地上に出て遊んでた時に会ったんだけどね、自殺するような人じゃないよ。」
「そうですね……まだわかりませんが、一つだけ言えることがあります。
……八意永琳。彼女は要注意です。」
「あのお医者さんですか?」
首をかしげる燐に対して、さとりは頷いた。
「何か、心が読めたんですか?」
「逆ですよ。まったく心が読めなかった。恐らく心の中に複数の思考回路を用意して、
私に読まれないようにしているのでしょう。」
「へー、すごいなあ。そんなこと出来るんですね。あたいには出来る気がしないや。」
「もちろん、こんなことが出来るのは天才と呼ばれる彼女だけです。
しかし彼女は私に会った途端にこちらの能力を封じてきた。
何かやましいことがある証拠です。」
「うーん、でもただ単に読まれたくなったってことも考えられませんか?」
「そうですね。まだこれだけではなんとも言えません。
しかし、ただの自殺で済ませてはいけないと思います。
恐らくこのまま彼女が取りしきって事を済ませようとするでしょう。
それを防ぐためにも、私たちの存在は必要なんです。」
「うにゅー、さとり様、難しくてわかんないですー。」
ペチン!
「うにゅー!」
「とにかく、あの永琳には要注意ということで。わかりましたね?」
「はい。」
「うにゅー……」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
――コンコン
永琳の診療室のドアをノックする音がした。
誰だろう、うどんげだろうか。永琳は訝しげながらも返事をした。
「どうぞー。」
「はいー、失礼しますー。」
……来た。永琳は内心げっそりとした。
もしやもう帰ってくれたかと期待していたが、そう甘くは無かったようだ。
「えー検死の結果をお聞きしたいなと思いまして。」
「一応結果は出たわ。だけどそれをあなたに教えてどうするの?
あまり巻き込みたくないのよ。」
「お気遣いありがとうございます。しかしですね、あの場に居合わせたのも何かの運命
この事件がなんらかの形でケリがつくまで私なりに調べようかな、と。」
勘弁してほしい。全力でお帰り頂きたかった。
しかしここで断るのも怪しまれてしまう。それにこの第三者を騙しきることが出来れば、
計画は完全なものとなる。ある種の賭けだが、永琳はさとりを動かす方に賭けた。
「……死後硬直の様子から見て、死んだのは午後3時頃ね。死因はやはり毒物。
体内に混入したことによる中毒死ね。」
「午後3時ですか……自殺の可能性は?」
「高いわね。」
「では参考程度に聞きます。あなたは午後3時頃どこにいらっしゃいましたか?」
永琳はあまりに唐突に聞かれ驚いた。何故この流れで自分のアリバイを問われるのだ。
「ちょっと待って。自殺の可能性が高いと言ったでしょう。
どうして私がアリバイを聞かれなければいけないのかしら?」
「えー、ですから参考程度です。午後3時頃、どこにいらっしゃいましたか?」
「……その頃は姫と将棋を打っていたわ。」
「姫、というのは蓬莱山輝夜さんのことですね?」
「ええ。2時から4時前までずっと。」
「えー、輝夜さんにもお会いしたいのですがよろしいですか?」
「多分大丈夫よ。姫はフランクな方だから。この廊下の突き当たりにあるから。
……言っておくけど、姫に何かしたら地霊殿の未来は無いと思った方がいいわよ。」
「肝に命じておきますー。それでは失礼します。」
さとりはニヤニヤと笑いながら部屋を去って行った。
ふぅ……どっと疲れた気がする。永琳はイスに持たれかかって一息ついた。
さとりを動かしたのは大きな賭けだが、果たしてどうなるか。
大丈夫、アリバイのトリックも完璧だ。しかし、微かに感じる不安は否定できなかった。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「そう、あのイナバは死んでしまったの……」
そう呟くのは輝夜。流石に鈴仙のように泣き叫びはしないが、その声からはいくぶんかの悲しみが感じ取れた。
「えー、お察しします。」
「残念ね。私はあのイナバのずる賢さが好きだったんだけど。
せっかく今度将棋で対戦しようと思っていたのに。」
「そのことなんですが、今日永琳さんとここで将棋を打っていたというのは本当ですか?」
さとりが尋ねると、輝夜は頷きながら即答した。
「そうよ。今日の2時から……4時ぐらいだったかしらね。ずっと私と一緒に居たわよ。
途中からへにょりイナバも混じってね。」
「へにょりと言うと……鈴仙さんですか?」
「そうそれ。言っておくけど嘘はついてないわよ?
心を読んでもらっても構わないわ。」
「それはもうしてます。」
「あらら……用意周到ねぇ。」
輝夜はケラケラと笑う。心を読まれてると聞いてもまったく動じないあたりは、
流石は組織の主と言ったところだろうか。普段は子供っぽい部分も多い彼女だが、
この余裕は誰にでも出来るものではないだろう。
「そういうことを聞くってことは、永琳を疑っているってわけね。」
「ええと……んふふふ……」
「あら、私の心は読んでおいて自分は秘密ってのはどうなのかしら?」
「それもそうですね。はい、まだうっすらとですが。」
「でもこれで永琳には無理だってことがはっきりしたわね。
イナバが死んだのは午後3時でしょう?完全にアリバイがある。私が証言するわ。」
「んー……」
「あら、納得が言ってないって顔ね。」
「今まで永遠亭に住むあらゆる人物の心をこっそりと読みましたが、
誰もてゐさんを殺したという思考を持った方が居ませんでした。
ただ永琳さんだけが、未だに心を隠し続けているんです。」
「永琳が自分の心を見せないのはいつものことよ。私にだってわからないわ。
それに自殺の可能性だってあるし、外部の可能性もある。
そして……」
「そして?」
さとりが聞き返すと、輝夜は得意げに返した。
「永琳にはてゐを殺す動機が無い。」
「えー……そこなんですよね。」
「正直言って、主人と従者である私や師匠と弟子であるへにょりイナバとは違って、
永琳とてゐというのはあまり接点は無いわ。
実質イナバ達のリーダーだけど、それで永琳と絡むということもあんまり無いし。」
「確かに……」
「まずそこから調べてみるべきじゃない?」
「それもそうですね、失礼しました。」
「あら、もう帰るの?頑張ってね、楽しみにしてるわ。」
さとりは輝夜の部屋を後にする。
外の廊下では、お空とお燐が待機して待っていた。
「燐、頼みたいことがあるんですけどいいですか?」
「なんでしょう?」
「ちょっと近くの人里まで行って、てゐという兎が人里で何をしていたのか調べてほしいの。
特に、何か詐欺やイタズラのようなことをしていなかったか……」
「……わかりました!行ってきます!」
お燐はそう言うと猫型に変身して、永遠亭の外へと駆け出して行った。
このスピードなら、早いうちに有益な情報を持って帰ってきてくれることだろう。
「さて、次は鈴仙さんのところね。空、行きますよ。」
「はい!」
さとりは呟きながら、お空を連れて鈴仙の元へと向かった。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
鈴仙は一人自分の部屋に居た。
ようやく気持ちも落ち着いたが、もうてゐがいないと考えるとまた悲しみが襲ってくる。
どうして自殺なんかしたのか、私じゃ相談相手になれなかったのか。
悪い方へ悪い方へと考えてしまう。自分の悪い癖だと分かっているのに。
――コンコン
ドアのノックの音がした。誰だろうか、師匠だろうか?鈴仙はドアを開けた。
「どうも、今よろしいですか?」
古明地さとりだった。正直少し苦手なタイプの人だったが、
今は人と話して気持ちを紛らわせたいという思いもあり、了承した。
「どうぞ、入ってください。あ、そこの椅子使ってください。」
「では、失礼します。」
椅子に腰掛けるさとり。鈴仙と向き合う形になった。
「えー……お気持ちお察しします。」
「……てゐは、私の始めての友人だったんです。
自殺なんかするような人じゃない……」
「それでですね、お聞きしたいことがあるのですが……」
「私に答えられることなら、なんでも。」
鈴仙はさとりに協力する姿勢を見せた。
もしこれでてゐの死の謎が解けるならば、それがてゐの供養にもつながると思ったからである。
「検死の結果ですが、間違いはありませんか?」
「てゐのですか?はい……間違い無く午後3時頃です。
あの時は気持ちも動揺してたけど、この結果に間違いは無いです。」
「どのような点から、午後3時だと断定されたのですか?」
「死後硬直です。ご存知ですよね?死体は時間がたつにつれて硬直します。
その硬直の具合によって死亡推定時刻がわかるんです。
あの時死体を発見したのは午後5時頃でしたけど、明らかに2時間は経っている硬直具合でした。」
「ということはですね、例えば4時に死んだなんてことは……」
「ありえません。1時間じゃまだ硬直もまともに始まってないですから。」
でも、例外もあるけど……
「『例外もある』ですか。教えてもらってもいいですか?」
「……心を読んだんですね。あなたの前じゃ隠し事できないってのは本当だったんだ。」
「んふふふ……すいません、こういう妖怪なもので。それで、例外というのは……」
「例えば、死ぬ直前に大量に汗をかいたりした場合では、死後硬直は遅れます。
でも、てゐが大量に汗をかくなんて見たことないけど……」
「仮にですよ?仮に、大量に発汗させるような薬があるとすれば……ありますか?」
「私には分かりません。でも……」
「でも?」
「師匠なら、分かるかもしれませんし、作れるかもしれません。
師匠は天才ですから、自分で薬を作ってしまうくらい朝飯前だと思います。」
「なるほど……」
頷きながらメモを取るさとり。鈴仙は不安げにその様子を見つめていた。
――コンコン
と、そこにまたドアのノックの音がした。
「あ、すいません、多分私のペットです。よろしいですか?」
「はい、どうぞ……」
鈴仙の声を聞いて入ってきたのは燐であった。
彼女の心からは喜びの感情が読み取れ、有益な情報が得られたと見える。
「何か分かった?」
「はい!てゐさん、最近は永遠亭出張サービスと名乗って薬を売っていたらしいですよ!
それも結構な高額で!賽銭詐欺が通用しなくなって手口を変えたようです。」
「なるほどなるほど……」
「てゐったら最後までそんなことを……」
頷くさとりと呆れる鈴仙。
興奮した面持で、燐は続ける。
「それで慧音さんが一昨日、永琳さんに相談したそうで。」
「師匠に?」
「なるほど……だとすればこれで動機は……」
―――うにゅううううううううう!!!!
「な!い、今のはどう聞いても……」
「空の声ですね……あのばか……」
「い、行ってみましょう!」
さとり、燐、鈴仙の3人は急いで声のした方向へと走った。
空はあっさりと見つかった。そこは鈴仙がシチューを作っていた、食堂であった。
「あ!そうだシチュー作ってたの忘れてた!」
頭を抱える鈴仙。既に作ってから3時間は経っている。
大きな鍋に入ったシチューもすっかり冷えきってしまった。
そして肝心の空はと言うと、口を押さえながら転げまわっている。
「お空!お空!どうしたの!?」
「か、からい、からいよぉ……」
「辛い?」
鈴仙が首を傾げる。恐らく彼女はシチューをつまみ食いしたと考えられるが、
自分が作ったシチューはにんじんたっぷり野菜シチュー、辛いわけがない。
彼女の味覚がおかしいのかな?と思いつつ、シチューを口にしてみると……
「か、辛っ!なにこれ!」
「えー、このシチューそんなに辛くしたんですか?」
「してないですよ!私は普通に!み、みず……!」
さとりは部屋を見渡した。
棚の中には調理道具が並んでいる。冷蔵庫を開けると、大量に調味料が並んでいた。
「鈴仙さん鈴仙さん。」
「な、なんですか?」
辛さで涙目になりながら鈴仙は答えた。
「この調味料、買ったのは何時なんですか?」
「ああ、これは今日の昼ですよ。安売りしてたんで、いっぱい買っちゃったんです。」
「では……これも?」
さとりは、中身が半分ぐらいになっているタバスコを見せた。
「はい、それも今日買いました。」
「えー、ありがとうございます。」
そしてさとりは、一心に水を飲んでいる空に近づき、頭を撫でた。
「空……お手柄ですよ。」
「うにゅ?」
「えーやはり犯人は八意永琳でした。
彼女は天才と呼ばれた頭脳で殺人の計画を立て、実行に移しました。
その方法も流石は医学の天才と言ったところでしょうか。
トリックにまで自らの知識をフル活用しています。完全犯罪も目の前でした。
しかし彼女の犯罪はあと一歩のところで完全犯罪には及びませんでした。
彼女の犯行をどのように立証することが出来るのか?
そのヒントは…………『辛くなったシチュー』。
皆さんもよかったら是非読み返して考えてみてください。
古明地さと三郎でした。」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
―――コンコン
永琳の部屋のドアがノックされた。
姫様や鈴仙の可能性もあるが、永琳は確信していた。
このドアに向こうにいるのは……
「どうぞ。」
「失礼しますー。」
古明地さとりであると。
「何かしら、捜査に進展があったのかしら?」
「ええ。まず始めに、やはりてゐさんは自殺ではありませんでした。」
「へえ、ということは、誰かに殺されたと?」
「ええ、あーなーたーに。ふふふ……」
本人の目の前で断言するさとり。一方の永琳も、余裕の表情は崩さない。
「なるほど。それがあなたの出した結論なの。
はっきり言って、面白くない冗談ね。」
「えー冗談ではありません。あなたがてゐさんを殺したのです。
あなたは、てゐさんが人里で自分の薬を使って詐欺をしていることを知った。
そしてそれが許せなかった。だから今回の殺人を計画した。」
「なるほど、もうそれは知ってるわけね。
確かにてゐは私の薬を使って人里で詐欺をしていたわ。
私にとっては十分殺す動機になりえるわ。それは認めましょう。
でもね古明地さん……私には殺せない。」
永琳はさとりを睨みながら断言する。
しかしさとりは未だに笑みを崩すことは無い
「言っておくけど、私にはアリバイがあるわよ?
てゐが死んだのは午後3時頃。私は2時から4時まで姫様と共に居た。
どうやって彼女を殺せると言うの。」
「はい。確かに死亡推定時刻は午後3時でした。
鈴仙さんも死後硬直の結果からそう判断しています。
しかし例外もあるようで、例えば死ぬ直前に大量に発汗した場合、
死体の硬直が遅れるとかなんとか…この方法を使えば午後4時に殺したものを
午後3時頃に見せかけることは十分に可能です。」
「つまり運動させてから殺したということ?
言っておくけどてゐは私に言われてはいそうですかと汗をかくような兎じゃないわよ?」
「ええ、ですから薬を使ったんです。あなたは毒物を注射する前に、大量の発汗を促す別の薬物を注射した!えー先程死体を調べたら確かにありました!
毒物を入れたと思われる注射痕のほかに別の注射痕が!」
「なるほどね……」
永琳は内心では焦っていた。まさか古明地さとりがここまで言い当てるとは。
しかし、まだ大丈夫だという余裕もあった。何故ならば……
「確かに私ならばその方法は可能でしょうね。薬だって作れるわ。
でもね。大事なものを忘れてるわよ古明地さん。それは……証拠。」
そう、証拠である。それが無ければ古明地さとりの推理は推論でしかなくなる。
心を読まれることも防いでいる以上、弾幕で再現することも不可能だ。
そして永琳には絶対の自信があった。自分は証拠など何一つ残していないという自信が。
「えー証拠ならあります。」
しかしさとりは言い切った。自信満々の笑みを浮かべながら。
「さとり様ぁ!持ってきました!」
「さあ来ましたよ、私の可愛いペット達が、あなたの犯罪を立証する証拠を持ってきました。」
「よっと……さとり様、これで全部です。」
お燐が持ってきたものは、大量の調味料。
今日鈴仙が人里で買ってきたというもの全てである。
「よいしょっ!うにゅー重かったよぉ。」
そして空が持ってきたものは、鈴仙が作っていたシチューが入った鍋である。
「……馬鹿馬鹿しい。こんなもので何を証明しようと言うの。」
「えーそれが出来るんですよー。」
さとりはそう言うと、スプーンでシチューをすくい、永琳の前に差し出した。
「まぁどうぞ一口。」
「何がしたいの。ふざけているの?」
「食べてみればわかります。ご安心を、毒なんて入れていませんから。」
「……」
しぶしぶさとりからスプーンを受け取り、シチューを食べ、そして顔をゆがめた。
「何よこのシチューは。こんな辛さのシチュー始めて食べたわ。」
「はい!そうなんです辛いんですよこのシチューは。
鈴仙さんが作ろうとしていたのは野菜たっぷりにんじんシチュー。
本人も実に不思議がっていました。何故こんな辛さのシチューが出来てしまったのかと!
そこで!次はこちらを見て頂きたいのですが……」
さとりが指差したのはお燐が持ってきた大量の調味料。
醤油やお酢など様々な調味料が並んでいる。
「えー、これ全部今日鈴仙さんが人里で買ってきたものです。
どうやら安売りしていたようでつい買いすぎてしまったらしいですよ。
それでこれらをずらーっと見て……何か気が付きませんか?」
「……さあ、特に感じないけど。」
「えー、当然のことながら今日買ったものなので中身は全てほぼ満タンです。
しかしこの中で一つだけ、何故か半分近く減っているものがありまして……
はい、コレです。」
さとりは調味料の中から、タバスコを手に取った。
確かにコレだけは、既に半分近く減っている。
「えー何故このようなことが起きているのか、もうおわかりですねー?
そう!このシチューの中にタバスコを入れた人物が居るんですよ!
鈴仙さんがあなたと輝夜さんに呼ばれて厨房を後にしました。
その後厨房に忍び込んで、シチューにタバスコを入れるというイタズラを決行した人物がいるんです!
そんなことをするのは永遠亭に一人しかいない!そう、てゐさんです。」
「……そうとは限らないわ。」
「限るんですよ。先程河童を呼び出して指紋を取りましたところ、
てゐさんの指紋がこのタバスコのボトルから検出されました!
えー鈴仙さんは昼に買い物をすませたあと、そのまま調理をしています。
てゐさんがこのタバスコに触れることが出来たのは鈴仙さんが厨房を離れた3時半以降しかありえません!」
さとりはタバスコを机に置いて、更に続ける。
「えーあなたの最大のミスは2時から4時の間てゐさんの行動を封じなかったことでした!
あなたはずっと部屋で待ってるように言い聞かせたつもりだったと思いますが、
実は待ちきれずに外に出てしまったんです!そしてイタズラを決行した!
てゐさんは少なくとも3時半の時点では生きていたんです!
このシチューがそれを証明しています!
では検死が間違っていたのか?いいえそれは鈴仙さんも一緒に検死していたから違います。
だとすると、死後硬直を操作して死亡推定時刻をズラしたとしか考えられない!
そしてそんなことが出来るのはこの永遠亭で……あなただけです。
えー……以上です。」
永琳はさとりの推理をただ黙って聞いていた。
そして呟く。
「……完璧ね。」
「えー、つまりお認めになると?」
「ええ、私が殺したわ。」
永琳は椅子に寄りかかり、宙を仰いだ。
「参ったわね……やはりあなたを動かしたのは失敗だったかしら。」
「えーあそこで断られていたら、私としてもどうしようも無かったですね。」
「ふふ、失敗だわ……」
「しかし永琳さん……」
さとりがおずおずと切り出す。
永琳も、何を言うつもりなのかは予想がついていた。
「私の推理、一つだけ穴があることに、あなたも気付いていたでしょう。」
「……ええ、そうね。気付いていたわ。」
「あなたはそれを使って逃げることも出来た。」
「……何も永遠亭で死亡時刻をズラせるのは私だけじゃない。
姫様の能力を使えば、それもまた可能、ってね。」
「えー……どうしてそれを使わなかったんですか?」
「決まっているじゃない。姫様に罪を着せて逃げるなんて、出来るわけがないわ。
……私は医者である前に、姫様の従者なのだから。」
「私のペット達にも見習わせたいですね。」
――バタン!
「師匠!」
「……」
と、そこに慌てた様子で鈴仙が入ってきた。
後ろには、輝夜も立っている。
「……やっぱり、あなただったのね。」
「はい。姫様、申し訳ありません。」
「いいのよ。さっさと閻魔のとこに行って、裁かれて帰ってきなさい。
まだこの永遠亭にはあなたが必要なんだから。」
「……ありがとうございます。」
そして永琳は、泣いている鈴仙の前に立った。
「鈴仙……ごめんなさいね。あなたの友人を殺してしまった。」
「ししょお……」
「泣いているあなたの姿を見た時、私は始めて罪悪感を感じたわ。
この罪は必ずあなたに償うわ。戻って来るから、少しの間、我慢しててね。」
「……はい。」
永琳は穏やかな笑みを浮かべ、鈴仙の頭を撫でた。
そして振り返り、さとりの顔を見る。
「……もうよろしいのですか?」
さとりは永琳に尋ねる。永琳は静かに頷いた。
「では、行きましょう。」
そして、さとりが手を取った。
「ええ、閻魔様のもとへ。」
天才と呼ばれた永遠亭の医者は、本来ならば決して行くことの無い閻魔が居る彼岸へと
さとりに連れられ、自ら一歩を踏み出した。
了
いろいろ突っ込みどころはあるけれど、それをはねのけるぐらい面白かった
それと一箇所、いきなり三人称が一人称に切り替わっている箇所があります。三人称の地文の中に一人称を混ぜる技法はありますが、そういった書き方にはそれなりの工夫がしてあるもので、これはちょっと違いますね。お気を付けを。
推理や登場人物の行動については――正直ボコボコに穴だらけで矛盾点ばかりなのですが、「なあなあに」とのことなので言わないでおきますね。
ただのパロネタかと思いきやちゃんとミステリーしてて意外でした
よかったです。今度は別の人と対戦してほしいな。レミリアとかゆかりんとか
他のキャラとの対戦も見たいですね。
多分人によって大きく評価分かれる作品だと思いますが、
自分的には「アリ」なので満点あげます
確かにさとりんと古畑は性格似てるような気もしなくもない
--キラーン☆のところ。よくできてます。
ミステリーが少ないそそわではこういう作品は貴重ですね。
読み応えある作品でした
冒頭で『東方キャラがドラマを演じている』とあるけどまさにそれだ。ミステリとしては微妙だけれど、東方キャラの演劇として読めて面白かった。
ただ内容に関わることでどーしても突っ込みたいことが1つ。
汗をかいたら死後硬直が「早まる」のでは…?
それにしてもある意味古畑自身の思考を読んでみたい気が。
地の人らはまんま古畑の役柄にあいますねw
ただオチの閻魔の裁きとかはちょっと唐突だったと思います。
「古畑に似たさとり」ではなく「さとりの格好をした古畑」にしか見えなかったのは俺だけではないはず!
推理劇につっこんではイケナイ、というのは原作と同様ですねwww
将棋は「打つ」ではなく「指す」とだけ、重箱の隅を。
リスペクト先もけっこう突っ込みどころが多かったり、イマイチな部分もありますが、その分他の部分で「ドラマ」を厚く展開させているところが魅力なのだと思います。
が、それがこの作品からはあまり感じられなかったので、この点数で。
以下、作品中の気になった表現や誤字らしきモノを報告させて頂きます。ご確認をよろしくお願いします。
>「売り付けるとか言い方が悪いウサ。~感謝されこそ咎められることは無いよ。」
→『~感謝されこそすれ、咎められることは~』という脱字ではないでしょうか?
この形で使うこともあるのかも知れませんが、私の知るかぎり、こういう局面では『こそすれ』という形で用いられることが多いので、一応報告を。
>「別にあなたが~何の知識の無いあなたが扱っていい物じゃないのよ。」
→『何の知識も無い』のタイプミスだと思います。
………MとNの位置って、なんか嫌らしいですよね。
>てゐと話し合いをしたのが午後の一時半。輝夜の部屋に来たのが二時。
そして現在は3時。4時頃に切り上げるようにすればいいだろう。
>調理は終わり、後は煮込むだけ。現在の時刻は三時半。
→漢数字とアラビア数字は、きちんと使い分けた方が読み易いと思います。私が確認した他の場所では(時刻に関しては)アラビア数字用いられていたので、そちらに統一してしまうのが良いかと。
>「は、はい。でもそれは別にお伝えすることがありまして……」
→『それとは』とした方が、意味を取り易いと思うのですが、いかがでしょう?
>しっかりとした感じであるが、黒髪の少女はなんというかぽややんとしていて、なんというかあの氷の妖精に近い雰囲気を出していた。
→『なんというか』は、一つで十分なのではないでしょうか?
>「これから調べてみないと分からないけど……この死体の様子から見ると、毒物による理中毒死の可能性が高いわね……」
『理』が余計なのではないかと思います。
>心が読まれることは無いとは言え、警戒はしておく必要はあると強く感じていた。
→『心を読まれることが無いとは言え、警戒はしておく必要があると強く感じていた。』など、少し文を弄って『は』の数を減らした方が主語や文意をとり易いと思います。
>「多分大丈夫よ。姫はフランクな方だから。この廊下の突き当たりにあるから。~」
→『この廊下の突き当たりにあるのが姫の部屋だから。~』と言葉を補わないと、文の構造が少し見え難いです。
>ふぅ……どっと疲れた気がする。永琳はイスに持たれかかって一息ついた。
漢字を当てるなら『凭れ掛かる』ではないでしょうか?
「例えば、死ぬ直前に大量に汗をかいたりした場合では、死後硬直は遅れます。
でも、てゐが大量に汗をかくなんて見たことないけど……」
「はい。確かに死亡推定時刻は午後3時でした。
鈴仙さんも死後硬直の結果からそう判断しています。
しかし例外もあるようで、例えば死ぬ直前に大量に発汗した場合、
死体の硬直が遅れるとかなんとか…この方法を使えば午後4時に殺したものを
午後3時頃に見せかけることは十分に可能です。」
他の方からも指摘がありましたが、この理論でいくと死亡推定時刻はさらに後ろにずれ込んで、アリバイ工作の意味が無くなってしまうのではないでしょうか?
推理の核となる部分なので、蛇足とは思いましたがここはあえて突っ込ませて頂きます。
長々と失礼しました。「ミステリー」は(特に東方二次創作では)作り難いと思います。
が、この作品は結構楽しめたのでもっと続きを読みたいとも思いました。
さとりは名の知れた探偵ではなく、ただの患者の家族。身内に死人が出た家でうろうろ出切る時点でおかしい。普通に「帰れ」の一言だろう。
②>永遠亭の中で永琳だけが心を読ませないのであやしい。
傍に寄るだけで頭の中を覗いてくる人物が居て、そうさせない手段を持っているなら、読ませないようにするのが当たり前。
そもそも最初から外部犯の可能性を無視している。動機の点ではむしろ、詐欺の被害者を無視するのはおかしい。
③>アリバイ崩し。
アリバイが崩れただけで、永琳の犯行だと断ずる証拠は何も出ていない。なんで自白するん?
④>殺害方法
「薬の知識が無い」とされている人物が、注射器を使って毒自殺。誰もつっこまないの? 注射の針を血管に入れるのって、かなり練習が必要だよ? それとも皮下注射? それなら服毒でもいいんじゃない? てゆーか「注射」「毒」って、わざわざ自分がやりました的な殺害方法を選ぶ永琳は狂ってるの? あ、愛弟子といちゃいちゃしすぎて狂気の瞳に……
⑤>閻魔の裁き
ヤマザナドゥが生者の司法裁判までやっているとは知らなんだ。てゆー事は、辻斬りをした妖夢や押し込み強盗の常習犯である魔理沙も捕まったり裁かれたりしているのか。
ここまで東方の設定を無視して古畑をやるとなると、そもそも東方SSではないような気がする。
ほかにも色々あるけど、とりあえず目についたがこんなところ。
どーでもいいけど、確かにこのてゐには罪悪感わかない
つっこみどころはあったけど全体的には楽しめたぜ
全体的に良いパロディだったかと。出来れば少し動機や殺害方法を練ると面白くなるかな。
でも死後硬直云々が気になった
まあ、こまけえことはいいだよってことで……純粋に面白かったです。
面白かった、個人的には是非シリーズ化して欲しい。
しかし「なあなあで~」は前書きに書いておくべきだと思うので、20点減点。
ここのレス番が歯抜けまくりにならないか心配だぜ…
シリーズ化希望
うにゅ泉空太郎
西園寺燐
ですね
さとり「あなたの名前なんでしたっけ?」
鈴仙「鈴仙・優曇華院・イナバです。」
さとり「んー、覚えられませんね」
パロならパロに特化するとかした方がいいんじゃないでしょうか?
あまりにも浅い事件?の顛末と終結への道筋は読んだ後、私の中に何も残しませんでした
何もかもが中途半端というかお粗末過ぎます
推理物としては多少展開が読めていた感もありましたが、個人的には作品として十分楽しめましたし、短編であまり完璧を求めるのも無粋かと。
あと長文で批判?してる方に一言
肯定意見も多い中で"落とすだけ"ってのはやめませんか?
褒めるべき点がないと感じたなら評価だけすれば十分な訳ですし、自由にコメントする中にも最低限の良識や気遣いはあってもいいように感じます。
書いてみたら一言ってレベルじゃないですね 長文失礼
閻魔の裁きとはつまり警察・裁判を表現するもの。
変に突き詰めるのはナンセンスに思う。
とまあ、それはともかく楽しめました。
この際色々と言いたいところはありますが純粋に面白いですね。