そろそろ昼時かという頃。
壷に座って本を読んでいた主が立ち上がって言った。
「何か作るぜ。香霖も食べるか?」
「ん、ああ。頂くよ」
僕は食事を食べる必要は余り無いのだが、味を楽しむという嗜好はある。彼女はこれで案外料理が上手いのだ。
「私も貰うわ」
もう一人、店のものを眺めていた少女がそんな事を言う。
「あー? まあいいや。二人分も三人分も一緒だしな」
「お願いするわね」
材料は僕の家のものを使われるのだが、そんな事は全く考慮されていないだろう。
「魔理沙。あんまり気合を入れなくていいからな。霊夢も別にお腹が空いてなかったら食べなくていいよ」
苦笑しながらそう言うと二人は答えた。
「せっかくだから腕によりをかけて作らせて貰うぜ」
「ああ、そういえば採れたての野菜があったみたいよ。あれが食べたいわ」
僕の意見を取り入れるという発想は無いようである。
「んー。それにしてもろくなものが無いわね」
魔理沙が台所へ向かい、再び店の品を眺めだした霊夢がそんな事を言った。
「霊夢はここにあるものの価値がわからないんだよ」
一見ただ古臭いだけのものでも、ちゃんとそれなり品なのだ。
「そうなの? 拾ってきたそのへんのゴミを売ってるのかと思ってたわ」
「流石にゴミじゃ売れないよ」
「大体この店で何かが売れているのを見たのなんて、数えるほどしかないわよ」
それに対しては全く反論できないのが悲しいところだ。
残念な事にこの店の品物の価値がわかる者がほとんど来ないのである。
来るのは魔理沙や霊夢のように冷やかしですらない者ばかり。
「……まあ、せっかくだから何かひとつ説明してあげよう」
説明したところで彼女らが何かを買うという事は無いのだが、品物をゴミ扱いされたままというのも気分が宜しくない。
「霖之助さんって説明とか薀蓄語るの好きよね」
「商売柄かな」
道具の由来や効果を説明する事は、すなわち相手の購買欲を刺激する事にも繋がる。
「じゃあこれは?」
霊夢は棚に飾ってあった扇を取ってみせた。
何気なく取ったんだろうが、いきなりそれを取れる辺りが凄い。
「こんな穴の開いた扇子が価値あるものなの?」
開いてみせると扇の真ん中に日の丸だったであろう赤の色があり、中央にはぽっかり穴が開いている。
「あるとも。外の世界では昔、源氏と平氏という武家が争いあった事があるんだ」
「ふーん。それで?」
霊夢はまるで興味がなさそうであるが、構わず説明を続ける。
「その戦の最中、平氏が船の先端にひとつの扇を立てて見せた。撃てるものなら撃ってみろと」
「へえ」
「揺れる船の上の不安定な的。距離もかなりのものだった。しかし弓の名手であると言われる那須与一は見事にそれを射抜いてみせた」
「じゃあ、この扇がそのものなの?」
「多分ね。そのものなんじゃないかと僕は考えている」
僕の能力では流石にこれがそのものであるとはわからない。道具の名前と用途が判るだけだ。
そのものであったとしてもこの扇に「那須与一に射抜かれた扇」なんて名前がついているわけがない。
「なんだ。何か確証があるわけじゃないのね」
霊夢はひらひらと扇を振ってみせた。
「幻想郷は外で幻想となったものが流れ着く場所だよ。その後の戦いで平氏は散り、幻と消えた。だからその頃にあった扇がここにあってもおかしくはないさ」
これは単なる推測ではなく具体例があるのだ。
「おーい香霖。この包丁全然切れないんだけどさぁ。他に切れるものないか?」
台所から魔理沙の声が聞こえる。
僕は慌てて台所へ向かった。
「この研ぎ石で研げば切れるようになるさ」
「んー? そうか? なんか前に私が拾ってきた剣とかでどうだ?」
内心少しどきりとした。魔理沙はあれが何であるかを知らないのだ。
「あんな古いもので切ったら何が起こるかわからないよ」
「あー。そうだな。そんなので腹壊してもつまらないし」
魔理沙が納得したようなので一安心する。
あの扇を那須与一の射抜いたものだと考えたのは、魔理沙の拾ってきた剣があるためである。
仮に霧雨の剣と呼んでいるが、実は天下を取る程度の能力があると言われる草薙の剣なのだ。
僕の能力で見たものなので、本物である事は間違いない。
外の世界の伝承では、草薙の剣は源平の決戦で負けることを悟った平家の二位の尼が、その当時の天皇と八尺瓊勾玉と共に入水し、海に消えたという。
それが外の世界に伝わる草薙の剣の最後なのだ。
その海に消えた草薙の剣が幻想郷の、この店に存在している。
だから同じ時期の歴史ある品がここにあったとしても、何ら不思議ではないのだ。
「慌ててどうしたのよ霖之助さん」
戻ると霊夢がきょとんとしていた。
「いや、変なもので材料を切られたら困るからね」
「確かにそうね」
霊夢は興味の無い事はとことん興味を持たないので、こういう時はとてもありがたい。
「それでさっきの話だけど。実際これが本当にその那須与一の射抜いたものだとしても、私にはあんまり価値がわからないわ」
「歴史の中で重要な鍵となった品はそれだけで価値があるものになるんだよ」
「そういうものなのかしらねぇ」
彼女にとってはただ穴の開いた扇にしか過ぎないのだろう。
物の価値は何に焦点を置くかで変わる。
歴史に深い知識と意味を感じる相手なら、僕の話に深く理解を示してくれるだろうに。
「興味が持てなかったかな。じゃあ元の場所に戻しておいてくれよ」
「そうするわ」
しかし興味を持たれないおかげで、こういう歴史的価値のあるものがこの店にずっと残っているわけである。
喜んでいいのかよくないのかは正直わからない。
「出来たぜー。霧雨魔理沙特製の野菜鍋だ」
台所から魔理沙の声が聞こえた。
「だって。行きましょう、霖之助さん」
「そうだね」
彼女たちにとっては花より団子のようだ。
「あら、美味しそうね」
「そうじゃなくて美味いぞ。食べてみな」
魔理沙は僕に汁をたっぷりよそったお椀を差し出した。
「ありがとう」
飲んでみると確かに自慢げに言うだけあって美味い。
「これはいけるな」
正直に感想を言うと、魔理沙は当然だろうという顔をしていた。
「おかわりもあるからどんどん食べてくれ」
「魔理沙、おかわり」
「へいへーい」
こういう時の霊夢は実に手が早い。
「そういえばさっき霖之助さんがね……」
霊夢は僕の話した事をかいつまんで説明していた。
「あー、香霖のいう物の価値はよくわからんけどさ。香霖が価値があるっていうんだからそれでいいんじゃないか?」
確かにこういうのはある意味自己満足の世界だ。
周りがどう言おうと、本人が満足ならいいのかもしれない。
ただ、それを他人が評価してくれればもっと素晴らしいものになる。
「私は香霖とこの店を高く評価しているぜ」
「そりゃどうも」
魔理沙の口からそんな言葉が出てくるのはちょっと意外だった。
「こういう事の出来る場所を提供してくれるんだからさ」
そういう評価はあまり嬉しくない。
だいたい勝手に使われている事のほうが多いのだ。
「そうね。それは高く評価するべきだわ。流石は霖之助さんね」
「流石は香霖だよな」
褒められてるというか、半分馬鹿にされているような気もしなくもない。
しかしだからと言って文句を言うのも止めた。そんな側面もあるのも事実である。
「まあ、それもまたひとつの物の価値だよ」
どうあろうと、香霖堂が価値ある場所だと言われるのは僕にとっては喜ぶべき事なのだ。
壷に座って本を読んでいた主が立ち上がって言った。
「何か作るぜ。香霖も食べるか?」
「ん、ああ。頂くよ」
僕は食事を食べる必要は余り無いのだが、味を楽しむという嗜好はある。彼女はこれで案外料理が上手いのだ。
「私も貰うわ」
もう一人、店のものを眺めていた少女がそんな事を言う。
「あー? まあいいや。二人分も三人分も一緒だしな」
「お願いするわね」
材料は僕の家のものを使われるのだが、そんな事は全く考慮されていないだろう。
「魔理沙。あんまり気合を入れなくていいからな。霊夢も別にお腹が空いてなかったら食べなくていいよ」
苦笑しながらそう言うと二人は答えた。
「せっかくだから腕によりをかけて作らせて貰うぜ」
「ああ、そういえば採れたての野菜があったみたいよ。あれが食べたいわ」
僕の意見を取り入れるという発想は無いようである。
「んー。それにしてもろくなものが無いわね」
魔理沙が台所へ向かい、再び店の品を眺めだした霊夢がそんな事を言った。
「霊夢はここにあるものの価値がわからないんだよ」
一見ただ古臭いだけのものでも、ちゃんとそれなり品なのだ。
「そうなの? 拾ってきたそのへんのゴミを売ってるのかと思ってたわ」
「流石にゴミじゃ売れないよ」
「大体この店で何かが売れているのを見たのなんて、数えるほどしかないわよ」
それに対しては全く反論できないのが悲しいところだ。
残念な事にこの店の品物の価値がわかる者がほとんど来ないのである。
来るのは魔理沙や霊夢のように冷やかしですらない者ばかり。
「……まあ、せっかくだから何かひとつ説明してあげよう」
説明したところで彼女らが何かを買うという事は無いのだが、品物をゴミ扱いされたままというのも気分が宜しくない。
「霖之助さんって説明とか薀蓄語るの好きよね」
「商売柄かな」
道具の由来や効果を説明する事は、すなわち相手の購買欲を刺激する事にも繋がる。
「じゃあこれは?」
霊夢は棚に飾ってあった扇を取ってみせた。
何気なく取ったんだろうが、いきなりそれを取れる辺りが凄い。
「こんな穴の開いた扇子が価値あるものなの?」
開いてみせると扇の真ん中に日の丸だったであろう赤の色があり、中央にはぽっかり穴が開いている。
「あるとも。外の世界では昔、源氏と平氏という武家が争いあった事があるんだ」
「ふーん。それで?」
霊夢はまるで興味がなさそうであるが、構わず説明を続ける。
「その戦の最中、平氏が船の先端にひとつの扇を立てて見せた。撃てるものなら撃ってみろと」
「へえ」
「揺れる船の上の不安定な的。距離もかなりのものだった。しかし弓の名手であると言われる那須与一は見事にそれを射抜いてみせた」
「じゃあ、この扇がそのものなの?」
「多分ね。そのものなんじゃないかと僕は考えている」
僕の能力では流石にこれがそのものであるとはわからない。道具の名前と用途が判るだけだ。
そのものであったとしてもこの扇に「那須与一に射抜かれた扇」なんて名前がついているわけがない。
「なんだ。何か確証があるわけじゃないのね」
霊夢はひらひらと扇を振ってみせた。
「幻想郷は外で幻想となったものが流れ着く場所だよ。その後の戦いで平氏は散り、幻と消えた。だからその頃にあった扇がここにあってもおかしくはないさ」
これは単なる推測ではなく具体例があるのだ。
「おーい香霖。この包丁全然切れないんだけどさぁ。他に切れるものないか?」
台所から魔理沙の声が聞こえる。
僕は慌てて台所へ向かった。
「この研ぎ石で研げば切れるようになるさ」
「んー? そうか? なんか前に私が拾ってきた剣とかでどうだ?」
内心少しどきりとした。魔理沙はあれが何であるかを知らないのだ。
「あんな古いもので切ったら何が起こるかわからないよ」
「あー。そうだな。そんなので腹壊してもつまらないし」
魔理沙が納得したようなので一安心する。
あの扇を那須与一の射抜いたものだと考えたのは、魔理沙の拾ってきた剣があるためである。
仮に霧雨の剣と呼んでいるが、実は天下を取る程度の能力があると言われる草薙の剣なのだ。
僕の能力で見たものなので、本物である事は間違いない。
外の世界の伝承では、草薙の剣は源平の決戦で負けることを悟った平家の二位の尼が、その当時の天皇と八尺瓊勾玉と共に入水し、海に消えたという。
それが外の世界に伝わる草薙の剣の最後なのだ。
その海に消えた草薙の剣が幻想郷の、この店に存在している。
だから同じ時期の歴史ある品がここにあったとしても、何ら不思議ではないのだ。
「慌ててどうしたのよ霖之助さん」
戻ると霊夢がきょとんとしていた。
「いや、変なもので材料を切られたら困るからね」
「確かにそうね」
霊夢は興味の無い事はとことん興味を持たないので、こういう時はとてもありがたい。
「それでさっきの話だけど。実際これが本当にその那須与一の射抜いたものだとしても、私にはあんまり価値がわからないわ」
「歴史の中で重要な鍵となった品はそれだけで価値があるものになるんだよ」
「そういうものなのかしらねぇ」
彼女にとってはただ穴の開いた扇にしか過ぎないのだろう。
物の価値は何に焦点を置くかで変わる。
歴史に深い知識と意味を感じる相手なら、僕の話に深く理解を示してくれるだろうに。
「興味が持てなかったかな。じゃあ元の場所に戻しておいてくれよ」
「そうするわ」
しかし興味を持たれないおかげで、こういう歴史的価値のあるものがこの店にずっと残っているわけである。
喜んでいいのかよくないのかは正直わからない。
「出来たぜー。霧雨魔理沙特製の野菜鍋だ」
台所から魔理沙の声が聞こえた。
「だって。行きましょう、霖之助さん」
「そうだね」
彼女たちにとっては花より団子のようだ。
「あら、美味しそうね」
「そうじゃなくて美味いぞ。食べてみな」
魔理沙は僕に汁をたっぷりよそったお椀を差し出した。
「ありがとう」
飲んでみると確かに自慢げに言うだけあって美味い。
「これはいけるな」
正直に感想を言うと、魔理沙は当然だろうという顔をしていた。
「おかわりもあるからどんどん食べてくれ」
「魔理沙、おかわり」
「へいへーい」
こういう時の霊夢は実に手が早い。
「そういえばさっき霖之助さんがね……」
霊夢は僕の話した事をかいつまんで説明していた。
「あー、香霖のいう物の価値はよくわからんけどさ。香霖が価値があるっていうんだからそれでいいんじゃないか?」
確かにこういうのはある意味自己満足の世界だ。
周りがどう言おうと、本人が満足ならいいのかもしれない。
ただ、それを他人が評価してくれればもっと素晴らしいものになる。
「私は香霖とこの店を高く評価しているぜ」
「そりゃどうも」
魔理沙の口からそんな言葉が出てくるのはちょっと意外だった。
「こういう事の出来る場所を提供してくれるんだからさ」
そういう評価はあまり嬉しくない。
だいたい勝手に使われている事のほうが多いのだ。
「そうね。それは高く評価するべきだわ。流石は霖之助さんね」
「流石は香霖だよな」
褒められてるというか、半分馬鹿にされているような気もしなくもない。
しかしだからと言って文句を言うのも止めた。そんな側面もあるのも事実である。
「まあ、それもまたひとつの物の価値だよ」
どうあろうと、香霖堂が価値ある場所だと言われるのは僕にとっては喜ぶべき事なのだ。
そしてその扇は早くどこぞの博物館にでも持って行くんだ。
と思った俺は…
いやでも楽しめました