カランカラン。
店の入り口から来客の来る事を示す音が響く。それから後に声が聞こえた。
「霖之助さん、いるかしら」
残念ながらお客ではなかったようだ。
「いないよ」
僕は答えた。
「何がいないよ、よ」
彼女は僕がどう答えようが店に入ってきただろう。だから言葉は何でもよかったのだ。
「たまには新しい挨拶もいいかなと思って」
「客に対して失礼にも程があるわね」
「おや霊夢。今日『は』お客さんなのかい」
僕は苦笑しながら言った。
確かに彼女が客として僕に何かを頼む事はある。しかし、代金を貰った事は一度もない。
霊夢曰くツケにしてあるとの事なのだが、払われる事なんかこの先無い気がする。
「ええ。折れちゃったのこれ」
そう言って彼女は真っ二つに折れたお払い棒を僕に見せた。
「毎度思うんだけど、これは折れても大丈夫なものなのかい?」
お払い棒、正式な名前は大麻(おおぬさ)といい穢(けが)れを払う道具である。
儀式的なものに使うのが主な用途であるが、霊夢の場合はもっぱら妖怪退治にこれを使っている。
「違うわよ。役目を終えたから折れたの」
「そうなのかい?」
「祓(はらえ)に使い続けるとお払い棒自身に穢れが溜まっちゃうのよ。そのままだと穢れそのものになっちゃうでしょ? だから折れるの」
「なるほど。確かにずっと使い続けるものではないのかもしれないな」
穢れを払う道具がそのものになってしまっては本末転倒である。
「もちろん折れた後はちゃんと清めるためにお払いするのよ」
「それでその為には新しいお払い棒がいると」
「ええ。妖怪退治にも無いと困っちゃうし」
「わかった。すぐ用意するよ」
僕は何度か霊夢に新しいものを――正確にはお払い棒を作る材料を提供している。
「これでいいかな」
用意したのは幾枚もの和紙と麻の糸。
霊夢は一枚の和紙を手にとってすかしてみた。
「ええ。この質なら十分よ。お願いできるかしら」
「霊夢が作ればいいと思うんだけどな」
こういうのは巫女が作らなければ神聖が薄れてしまうと思うのだが。
「作るのは誰でもいいのよ。仕上げさえ私がやれば」
それならなおさら霊夢がと言おうと思ったが止めた。そう言ってわかりましたというような性質ではないからだ。
「お茶を入れてくるわね」
霊夢は立ち上がって勝手のほうに向かっていった。
まるで自分の家のような傍若無人ぶりである。
「はぁ」
このまま霊夢に居座られたら僕の家のお茶がどんどん無くなってしまう。
さっさと作り上げてしまおう。
僕は和紙を折って切れ目を入れ始めた。
「はいどうぞ」
「そこに置いといてくれ」
霊夢がお茶を持って戻ってくる。
「霖之助さん。煎餅がどこにも無かったんだけど」
「ああ、丁度今切らしてるんだ」
ついこの間霊夢に全部食べられてしまったせいで。
「せっかく優雅な時間を過ごせると思ったのに」
「人に仕事を押し付けておいて自分は休憩かい」
「ああ、でもお茶がとっても美味しいわ」
相変わらず霊夢は人の話を聞かない。
僕はもう諦めて黙々と手を動かし続ける事にした。
単純な作業なのでただそれを続けるのは面倒である。
こういう時は手を動かしながら別の事を考えるのだ。
例えばそう、その煎餅の事でも考えようか。
幻想郷でいうと一番基本的なものは米を主体として作られた、塩か醤油味の薄っぺらくて固いものである。
他にも小麦粉やでん粉などを材料で作ったものがある。甘いものなんかもあったりしてなかなか面白い。
僕の店にあるのは大抵は醤油煎餅だが、僕が奥の棚に仕舞っておくとしょっちゅう霊夢はそれを取り出して食べてしまう。
どんなに隠しても霊夢はそれを見つけ出してしまうのだ。
その上、安物と高いのを用意しておくと霊夢は必ず高いほうを取る。
それは霊夢の強運のなせる業なのだ。
さすがに煎餅が無いという状態では霊夢もどうにもならなかったようだけれど。
「ねえ、煎餅は作れないのかしら」
すると霊夢がそんな事を言った。
まるで僕の思考を呼んだかのようなタイミングだったので、ちょっとびっくりした。
「またずいぶんと唐突だね」
しかしそれを口に出す事はしない。言うと霊夢は調子に乗るからだ。
「霖之助さんなら器用だからそれくらい出来るんじゃないかと思って」
「煎餅の焼き方には技術がいるんだよ。そもそも土台を作るのに一ヶ月は乾燥させないといけない」
「面倒なのね。短縮できないの?」
「時間をかけないとちゃんと固くならずにぐにゃぐにゃの煎餅になってしまうんだ」
「ふーん。じゃあ時間をかければ作れるのね?」
僕はマジックアイテムに関しては作るのにはちょっと自信がある。
今作っているこの霊夢のお払い棒もそうだけれど、着物だってそうだし、他の知り合いにマジックアイテムを手渡した事もある。
「まあ、挑戦してみるのは面白いかもしれないな」
自分で作れるようになれば、買ってくるよりは被害が少ないだろうし。
「期待しているわ」
「気が向いたらね」
しかしこれを本当にやったらまた霊夢に作らされるものが増えてしまう。
あくまで気が向いたらにしておこう。
「作るまでは私のために煎餅を欠かさないようにね」
「どうして霊夢に食べさせるために買わないといけないんだい」
「あら、違ったの?」
あくまであれはお客さんの為のものだ。出した事は一度も無いが。
「……とにかく、ほら。出来たよ」
和紙を綺麗に切り折した幾数十枚を連ねたもの。
互い違いにしたり、変に重ならないようにしたりする必要があり結構手間のかかるものである。
これを麻の糸で木の棒に取り付けるのだ。
「ありがとう。これを神社の枝に取り付けてちょちょいと作っちゃうわ」
霊夢が僕の手からさっとそれらを取ってしまった。
「お代はツケでね」
「せめて先に煎餅代くらいは欲しいもんだなぁ」
手間を考えたらもっと貰ったっていいくらいだ。感謝の言葉だけではとても足りやしない。
「煎餅ねえ。ああ、煎餅食べたかったわ」
代金を先に払うという考えは霊夢には完全に無いようだった。
「おーい、香霖ー」
店の入り口から声が聞こえる。そして次の言葉は帰るはずだった霊夢をさらに居座らせる事になったのである。
「旨い煎餅貰って来たぞー。食べようぜー」
つくづく彼女は強運の元に生まれているらしい。
僕が霊夢の顔を見ると霊夢は笑って言った。
「お茶、また入れてくるわね」
店の入り口から来客の来る事を示す音が響く。それから後に声が聞こえた。
「霖之助さん、いるかしら」
残念ながらお客ではなかったようだ。
「いないよ」
僕は答えた。
「何がいないよ、よ」
彼女は僕がどう答えようが店に入ってきただろう。だから言葉は何でもよかったのだ。
「たまには新しい挨拶もいいかなと思って」
「客に対して失礼にも程があるわね」
「おや霊夢。今日『は』お客さんなのかい」
僕は苦笑しながら言った。
確かに彼女が客として僕に何かを頼む事はある。しかし、代金を貰った事は一度もない。
霊夢曰くツケにしてあるとの事なのだが、払われる事なんかこの先無い気がする。
「ええ。折れちゃったのこれ」
そう言って彼女は真っ二つに折れたお払い棒を僕に見せた。
「毎度思うんだけど、これは折れても大丈夫なものなのかい?」
お払い棒、正式な名前は大麻(おおぬさ)といい穢(けが)れを払う道具である。
儀式的なものに使うのが主な用途であるが、霊夢の場合はもっぱら妖怪退治にこれを使っている。
「違うわよ。役目を終えたから折れたの」
「そうなのかい?」
「祓(はらえ)に使い続けるとお払い棒自身に穢れが溜まっちゃうのよ。そのままだと穢れそのものになっちゃうでしょ? だから折れるの」
「なるほど。確かにずっと使い続けるものではないのかもしれないな」
穢れを払う道具がそのものになってしまっては本末転倒である。
「もちろん折れた後はちゃんと清めるためにお払いするのよ」
「それでその為には新しいお払い棒がいると」
「ええ。妖怪退治にも無いと困っちゃうし」
「わかった。すぐ用意するよ」
僕は何度か霊夢に新しいものを――正確にはお払い棒を作る材料を提供している。
「これでいいかな」
用意したのは幾枚もの和紙と麻の糸。
霊夢は一枚の和紙を手にとってすかしてみた。
「ええ。この質なら十分よ。お願いできるかしら」
「霊夢が作ればいいと思うんだけどな」
こういうのは巫女が作らなければ神聖が薄れてしまうと思うのだが。
「作るのは誰でもいいのよ。仕上げさえ私がやれば」
それならなおさら霊夢がと言おうと思ったが止めた。そう言ってわかりましたというような性質ではないからだ。
「お茶を入れてくるわね」
霊夢は立ち上がって勝手のほうに向かっていった。
まるで自分の家のような傍若無人ぶりである。
「はぁ」
このまま霊夢に居座られたら僕の家のお茶がどんどん無くなってしまう。
さっさと作り上げてしまおう。
僕は和紙を折って切れ目を入れ始めた。
「はいどうぞ」
「そこに置いといてくれ」
霊夢がお茶を持って戻ってくる。
「霖之助さん。煎餅がどこにも無かったんだけど」
「ああ、丁度今切らしてるんだ」
ついこの間霊夢に全部食べられてしまったせいで。
「せっかく優雅な時間を過ごせると思ったのに」
「人に仕事を押し付けておいて自分は休憩かい」
「ああ、でもお茶がとっても美味しいわ」
相変わらず霊夢は人の話を聞かない。
僕はもう諦めて黙々と手を動かし続ける事にした。
単純な作業なのでただそれを続けるのは面倒である。
こういう時は手を動かしながら別の事を考えるのだ。
例えばそう、その煎餅の事でも考えようか。
幻想郷でいうと一番基本的なものは米を主体として作られた、塩か醤油味の薄っぺらくて固いものである。
他にも小麦粉やでん粉などを材料で作ったものがある。甘いものなんかもあったりしてなかなか面白い。
僕の店にあるのは大抵は醤油煎餅だが、僕が奥の棚に仕舞っておくとしょっちゅう霊夢はそれを取り出して食べてしまう。
どんなに隠しても霊夢はそれを見つけ出してしまうのだ。
その上、安物と高いのを用意しておくと霊夢は必ず高いほうを取る。
それは霊夢の強運のなせる業なのだ。
さすがに煎餅が無いという状態では霊夢もどうにもならなかったようだけれど。
「ねえ、煎餅は作れないのかしら」
すると霊夢がそんな事を言った。
まるで僕の思考を呼んだかのようなタイミングだったので、ちょっとびっくりした。
「またずいぶんと唐突だね」
しかしそれを口に出す事はしない。言うと霊夢は調子に乗るからだ。
「霖之助さんなら器用だからそれくらい出来るんじゃないかと思って」
「煎餅の焼き方には技術がいるんだよ。そもそも土台を作るのに一ヶ月は乾燥させないといけない」
「面倒なのね。短縮できないの?」
「時間をかけないとちゃんと固くならずにぐにゃぐにゃの煎餅になってしまうんだ」
「ふーん。じゃあ時間をかければ作れるのね?」
僕はマジックアイテムに関しては作るのにはちょっと自信がある。
今作っているこの霊夢のお払い棒もそうだけれど、着物だってそうだし、他の知り合いにマジックアイテムを手渡した事もある。
「まあ、挑戦してみるのは面白いかもしれないな」
自分で作れるようになれば、買ってくるよりは被害が少ないだろうし。
「期待しているわ」
「気が向いたらね」
しかしこれを本当にやったらまた霊夢に作らされるものが増えてしまう。
あくまで気が向いたらにしておこう。
「作るまでは私のために煎餅を欠かさないようにね」
「どうして霊夢に食べさせるために買わないといけないんだい」
「あら、違ったの?」
あくまであれはお客さんの為のものだ。出した事は一度も無いが。
「……とにかく、ほら。出来たよ」
和紙を綺麗に切り折した幾数十枚を連ねたもの。
互い違いにしたり、変に重ならないようにしたりする必要があり結構手間のかかるものである。
これを麻の糸で木の棒に取り付けるのだ。
「ありがとう。これを神社の枝に取り付けてちょちょいと作っちゃうわ」
霊夢が僕の手からさっとそれらを取ってしまった。
「お代はツケでね」
「せめて先に煎餅代くらいは欲しいもんだなぁ」
手間を考えたらもっと貰ったっていいくらいだ。感謝の言葉だけではとても足りやしない。
「煎餅ねえ。ああ、煎餅食べたかったわ」
代金を先に払うという考えは霊夢には完全に無いようだった。
「おーい、香霖ー」
店の入り口から声が聞こえる。そして次の言葉は帰るはずだった霊夢をさらに居座らせる事になったのである。
「旨い煎餅貰って来たぞー。食べようぜー」
つくづく彼女は強運の元に生まれているらしい。
僕が霊夢の顔を見ると霊夢は笑って言った。
「お茶、また入れてくるわね」
霊夢の傍若無人さがよく出てると思います。
これからも期待してます。
雰囲気も良くとても和ませていただきました。
こういった投稿サイトに投稿するのも初めての経験なのですが
色々と新鮮でよいですね。
東方SSは今までやってたのとは違う新しいジャンルなのですが
わたしの名前を知っておられる方がいて感動しました。
ありがとうございます。
こういった日常を描くのはとても好きなのでちょくちょく投稿できたらなと
思います。