季節は秋。妖怪の山の木々は紅葉に色づき、優雅な空気をまとってそびえ立っている。
今頃、秋の象徴である姉妹が喜びに打ち震えて踊りまわっていることだろう。
そんな妖怪の山の頂上に建つ守矢神社。ここには神である二柱と彼女達を敬う風祝が住んでおり、その風祝が縁側でのんびりとお茶を嗜んでいた。
「夏が終わり、季節は巡って紅葉の季節。外の世界じゃ、これほど見事な紅葉は中々見れないものでしたが」
壮観ですねぇと彼女、守矢神社の風祝、東風谷早苗は眼前に広がる光景にうっとりと目を細める。
守矢神社は高台に位置する関係上、幻想郷全体を見渡すことが出来るため、この場所から見通す景色はとても美しかった。
これだけでも、幻想郷に来てよかったと素直に思える。
鮮やかな紅色に衣替えした幻想郷は、何物にも変えがたい神秘的な美しさを兼ね備えているように思えて、早苗はその光景を視界に焼き付けていた。
と、そんな時である。ふわふわと見覚えのあるシルエットが、ゆっくりと守矢神社に降下してくるのが見えたのは。
早苗はその姿を見て苦笑すると、あらかじめ用意していた湯飲みにこぽこぽとお茶を注ぐ。
ここ最近、すっかりと習慣になってしまったその行為にも慣れたもので、程なくして二人目のお茶が用意された。
「いらっしゃい、小傘さん」
「はうっ!? 驚かそうと思ったのに先制された!!?」
「目の前で堂々と降りてきて何を言ってるんですか」
あっさりとした様子の早苗に、なんだか悔しそうに「うぅ~」と唸る小傘。
ここ最近はすっかりお馴染みになった光景であり、小傘もなれたもので不機嫌そうな表情を隠さないまま、お化け傘をたたみながら早苗の隣に座った。
「はい、お茶をどうぞ」
「ん、ありがと」
そうして先ほど用意したお茶を手渡すと、小傘も少し機嫌を直した様子でお茶を受け取ると、ふーふーと息を吹いてお茶を冷まそうと奮闘する。
どうやら猫舌らしい。その様子を微笑ましく眺めながら、早苗も自身のお茶を一口含んだ。
からかさお化けの妖怪、多々良小傘は東風谷早苗のお気に入りである。
ことの始まりは先日の宝船騒動のときに、早苗が初めて異変解決に乗り出した際に出会った妖怪の一人が小傘である。
その時、妖怪退治の楽しさを身を持って体感した早苗なのだが、特に小傘はその中でも彼女の心を掴んで離さなかった。
なんと言えばいいのだろう。打てば打つほど、それに見合った甘美な音が響くとでも言えばいいのか。
その音がたまらなくて、ついつい癖になって夢中になってしまったのである。主に響くのは小傘の悲鳴だが。
「ねぇ、早苗」
「なんですか、小傘さん?」
相変わらずお茶を冷ましながら、小傘が早苗に声を掛ける。
彼女の声に返答しながら、早苗は目の前の景色に視線を向けたままお茶を含む。
そんな早苗を視界に納めた小傘は、真剣なまなざしを向けて、そして一言。
「私、妊娠しちゃった」
「ぶふぉぉぉおっ!!?」
おぉっと、てやんでぃ!! 吹き出すティーがレインボゥ☆
などと脳内でボケる暇も有らばこそ、早苗はお茶を盛大に吹き出してしまい、咽返って俯いてしまった。
そんな彼女の隣で小傘が「あ、虹が綺麗」などと呟きつつ、風祝を驚かしたことによる満腹感でご満悦であった。
一方、早苗の方はと言うとそれどころではない。小傘のあまりの爆弾発言に脳内が乱雑な思考でグルグルと大混乱。
(妊娠? 誰が? 小傘さんが? 誰と!!? あぁ、かわいそうな小傘さん、きっと驚かそうとした人間にその可愛さゆえにひどい事をされたんですね!!?
ちくしょう、犯人は誰ですか!!? 私のお気に入りに手を出したこと、地獄の釜の中で後悔させてあげます!!)
そして凄まじい妄想の中で怒りに燃える風祝。彼女の妄想の中ではとても健全な場所では言葉に出来ない惨事が小傘を襲っていたりする。
こうしてはいられないと、早苗は思考を切り替えて小傘に視線を向け、彼女の肩を鬼気迫る表情で掴んだ。
そして案の定、小傘から「ひぃ!!?」なんて情けない悲鳴が上がったのだが、今はそんなことを気にしている暇のない早苗である。
「小傘さん、一体誰が小傘さんを傷物にしたんですか!?」
早苗の言葉に、小傘は気まずそうに顔を背ける。
顔を赤らめて、少しの間俯いた後、小傘は意を決したように顔を上げて、言葉を紡ぎだした。
「……早苗だよ」
……なん……だと?
一瞬、早苗の思考がフリーズ。イヤだって、小傘を妊娠させた相手を問いただそうとしているのに、同性の自分の名前が出てくるのが意味わからない。
第一、そういったナニな行動はさすがに早苗だってやったことなどないのだ。原因がさっぱりわからないのだから、混乱が余計にひどくなる。
そんな風に早苗が呆けていると、「女」特有の妖艶な笑みを浮かべた小傘が、クスリと哂った。
自分の知らない小傘の顔。その表情に、早苗は頭がくらくらするような錯覚を覚えて、ごくりと生唾を飲み込んでしまう。
「私は妖怪なんだよ? 人間と妖怪は別物。妖怪が他の方法で妊娠するとは思わなかったの?」
指であごを持ち上げるようにして、小傘は自分の視線に早苗の視界を合わせる。
自分の知らない表情。自分の知らない声で、甘く、囁くように小傘が問いかけた。
そこには、いつものように早苗に弄られる情けない妖怪の姿はなく、まるで獲物を逃さんとする妖怪の姿がある。
なんと、言葉を発せばいいのだろう。小傘の変貌が余りにも突然で、まるで小傘の皮をかぶった誰かなのではないかと錯覚してしまう。
でも、彼女の声も、匂いも、何もかもが早苗の記憶にある小傘のままで。
そして何より、早苗を覗き込む蒼赤のオッドアイから目が離せないでいた。
「嘘、ですよね?」
ようやく、喉から搾り出せたのはそんなか細い言葉だった。
うまく頭が回らない中、早苗にしてみればそれは精一杯の言葉だったのだろう。
そんな彼女の心情を察してか、小傘はクスリと妖艶に笑ってみせる。早苗の頬に手を当てて、そして一言。
「うん、嘘だよ!!」
▼
「……ぃ。おーい、早苗?」
「はっ!!?」
一体いつの間に呆けていたのやら、聞きなれた家族の声で早苗は現実に帰ってきた。
彼女が声のほうに視線を向ければ、家族であり彼女が敬う神が一柱、洩矢諏訪子が呆れたように早苗に視線を向けていたのである。
確か、いつものようにふらっと出かけていたはずなのだけれど、いつの間にか帰ってきていたらしい。
どうして気がつかなかったのだろうかと疑問に思ったが、早苗は体に感じる違和感そっちのけで諏訪子に笑顔を浮かべて声を発した。
「お帰りなさい諏訪子様」
「うん、ただいま……って、いやいやそうじゃなくてさ、その子死んじゃうよ?」
冷や汗を流した諏訪子の指摘に、「はて?」と首をかしげる早苗。そんな彼女の様子に、諏訪子が盛大なため息を一つつき、早苗の下を指差した。
下を見てみろ、という事なのだろう。その仕草にしたがって、早苗は下を向いて―――
「って、小傘さん!!?」
早苗からキャメルクラッチをかけられ、泡をぶくぶく吹いて気絶している小傘の姿があったのである。
諏訪子の目から見て、そりゃあ小傘の様子はやばかった。
何しろ、背中がほぼ直角90度にひん曲がり、手足がブラーンとだらしなく投げ出されている有様である。
時折、ビクンビクンと痙攣しているのがまた事態の深刻さってもんを語っていたりするのであった。
無論、正気に返った早苗にはそれ所ではなかったが。
「小傘さん、しっかり!!」
慌てて技を解き、彼女を抱き起こしてガクガク揺さぶりながら叫ぶ早苗。
そんな彼女の様子を見て、いや……それじゃ腰に負担が掛かる分、尚の事不味いんじゃないかなぁーと諏訪子は思ったが、聞こえそうにないんで心の中にしまっておく。
「さすがだね、早苗。妖怪をプロレス技で倒すなんて」
「さも人が昔からプロレスやってましたみたいな言い方やめてもらえませんか!!?」
「いやいや、だって早苗が五歳の頃に『私、将来風祝じゃなくてプロレスラーになりたい』とか言って神奈子と喧嘩して、アルゼンチンバックブリーカーで神奈子の背骨圧し折ったじゃん」
「何があったの五歳の私ッ!!?」
驚きの新事実である。実際、早苗の記憶にはまるで覚えがないのだから、早苗の驚きももっともだったことだろう。
はたして、自分が五歳の頃に何があったというのか。ほとほと疑問であった。
「うぅ……、あれ、早苗?」
「小傘さん、気がつきましたか!!? ごめんなさい、やりすぎました!!」
薄っすらと目を開けた小傘が、ぼんやりとした様子で言葉を零すと、早苗が申し訳なさそうに謝っていた。
さすがに今回ばかりは悪かったという自覚があったらしい。心配そうに覗き込む早苗に、小傘は力なく微笑んだ。
「大丈夫だよ、早苗。それだけ驚いてくれたって事だから、私も嬉しいよ。でも変だなぁ、さっきまで目の前で死神が昼寝してたんだけど、あれはなんだったのかな?」
ナイス、ナイス小町さん!! 小町さんがサボリ魔で本当によかった!!
グッグッと二回ほどガッツポーズをとる早苗。
一歩間違えればもれなく三途の川を越えていたところであったが、知り合いの死神がサボリ魔であったおかげで小傘が難を逃れることが出来た。
ありがとう。と、早苗は今は仕事場にいるだろう小野塚小町にお礼を述べる。
ふと彼女の姿を幻視したが、閻魔に怒られて正座させられているので全力で知らん振りをすることにした。
「まったく、大丈夫かい、小傘ちゃん?」
「あ、うん。もう大丈夫」
諏訪子が覗き込むように声を掛けると、ゆっくりと身を起こしながら小傘が返答する。
さすがは妖怪と言うべきなのか、怪我のほうはもうなんともないらしい。呆れた回復力だ。
再びゆっくりと腰を気遣いながら縁側に座る小傘の様子に、ようやく早苗もほっと一息。
「小傘さん、一体誰にあんな驚かし方を教えてもらったんですか? 正直、寿命が縮むんで絶対にやらないでくださいね?」
「えっとね、名前は聞かなかったけど天使みたいな姿した人だったよ。それに、さっきのは早苗にしか出来ないし、もうやらないよ。とにかく、念願の早苗を驚かすって事には成功したからね!」
グッとガッツポーズをとる小傘。先ほどの惨事のことももはや頭にはないらしい。
一方、早苗はと言うと幻想郷にも天使が居たんですねぇと思いつつ、天使ってそんな洒落にならない知恵を授けるんですねと、また一つ常識を投げ捨てているところであった。
実際、小傘の言う天使みたいな人というのは外見だけで、中身は正真正銘の悪魔と言う詐欺の塊のような存在だったりするのだから、常識の捨て損である。
「あ、そうだ! ねぇ早苗、その天使さんからもう一つ驚かし方を習ったんだけど、ちょっと見てくれない?」
「……小傘さん、事前に言ってたら意味が無いと思うんですが」
「まぁいいじゃん早苗。あ、私も見せてもらっていいかな?」
笑顔を浮かべる小傘の言葉に、早苗が呆れたような表情を浮かべてそんな言葉を紡ぐ。
そんな彼女を言葉で制して、諏訪子が小傘に問いかけると彼女は満面の笑みで頷いてみせる。
ま、いいか。とその笑顔を見て苦笑を零して、早苗は思う。
小傘は立ち上がると、くるりと翻りながら早苗たちの正面に立つ。それから両手を軽く握り、顔と肩それぞれの高さに持って行くと、舌をぺロッと出してウインク付きで一言。
「うらめしニャン☆」
二人の鼻から信仰心という名の鼻血が噴出していた。
「って、ちょっと大丈夫なの二人とも!!?」
「オーケーオーケー!! 大丈夫ですからちょっと待っててください!!」
その信仰心の吹き出し方の勢いが凄まじかったからか、逆に小傘が驚いたように言葉をかけたが、早苗がそういうと二人とも小傘の方とは反対の方向に向いて鼻を押さえるのであった。
(早苗ぇぇぇぇぇ! なんなのあの子、ヤバイヤバイマジヤバイよ!! まじで可愛いんだけど!!? うらめしニャン☆って、……くぅ、思い出したらまた鼻血が!)
(ふ、ふふ……誰か知りませんがこれを吹き込んだ天使さん、マジでグッジョブです!! いいでしょう、諏訪子様。絶対あげませんよ?)
二人で信仰心垂れ流しながらアイコンタクト。色々駄目な風祝と祟り神であった。
▼
あの一騒動が起こった後、買出しに出かけることになった早苗に小傘がついて行くこととなり、二人は妖怪の山のとある場所に足を運んでいた。
その場所と言うのが、白狼天狗が見張りをしている滝付近である。
「と、言うわけで人里にいってきますのでよろしくお願いします、椛さん」
「ん、わかりました。今日は一日私なんで、遠慮無く買い物に行ってきてください。……ところで、何かあったんですか? 鼻にティッシュなんか詰めて」
「ふふ、恐ろしい相手でした」
遠い目をしながら語る早苗の様子に、椛は小傘の方に視線を向けるが、彼女も首を傾げるばかりである。
まぁ、なんかまた新しい病気だろうと適当にあたりを付けて、椛は追求を諦めた。
彼女達がここを訪れたのには理由がある。というのも、早苗の住居はここよりも上であり、どうしても哨戒役の天狗に眼が触れる。
そのため、侵入者と間違われないためにあらかじめこうやって連絡を入れておき、スムーズに人里との行き来が出来るようにしているのだ。
天狗としても、侵入者と間違って迎撃に出ては疲れ損のくたびれもうけと言う奴なので、彼女のこの自己申告には白狼天狗一同、大いに助かっていた。
そんなわけで、こうやって自己申告もしていれば自然と会話も増えるわけで、早苗はわりかし白狼天狗の面々とは仲がよかったりする。
と、そんなときである。遠方から凄まじい風きり音が聞こえてきたのは。
「椛ぃぃぃぃぃぃぃ、もふもふさせろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
聞こえてきた声は早苗のよく知る鴉天狗、射命丸文の声。
彼女はあろうことか音速を余裕でブッチ切った速度でこちらに飛来し、発生したソニックブームが辺りの木々を薙ぎ払う。
まるで戦闘機の如きその速度に早苗と小傘がぎょっとした表情を浮かべるが、対して椛はと言うと心底疲れきったため息を零すのみ。
あわや着弾か!? と誰もが危惧したその刹那、椛が動く。
音速を超えて飛来する彼女の脇に、華麗な足取りでするりと滑り込み、真横から文の腰を抱えるように引っつかむ。
そしてそのまま勢いを味方につけ、椛が全力で後ろに跳び。
「ウゼェ!!」
「きゃぼぅっ!!?」
見事なジャンピングジャーマンスープレックスを上司に叩き込んでいたのであった。
悲鳴も上半身が土に埋もれたことで半ばで聞こえなくなり、鴉天狗の陸上版犬神家が誕生した瞬間である。
その余りにも手馴れた行動に、ぽかんとした表情を浮かべる早苗と小傘。
そんな彼女達には目もくれずぱんぱんと手を払うと、椛はあらためて二人に向き直った。
「さ、こっちは大丈夫ですんで、ゆっくりと買い物を楽しんできてください」
「え、あの……いいんですか? 文さん、上半身が埋まってますけど」
「あぁ、いつものことなんで大丈夫です」
あっさりと言葉にする椛に、思わず絶句する早苗。
はたしてそれは大丈夫なんですか? と言うツッコミが喉までせりあがってきたが、辛うじて飲み込むことに成功する。
頑張れ、超頑張ってください文さん。と心の中でエールを送った早苗は、「それじゃ、行ってきます」と先ほどの光景を記憶から綺麗に抹消して、小傘と共に山を降りていくのであった。
▼
小傘と共に人里に赴いた早苗は、布教活動も織り交ぜながら夕飯の買出しを終える。
それでも時間があったので、小傘をカフェでご馳走したり、アクセサリー店に入ったりと人里の中を案内していた。
早苗にしてみれば、まさか小傘に驚かされるとは夢にも思わなかったわけで、今回の人里めぐりは早苗なりの小傘に対するご褒美である。
半分ぐらい、この悔しさを忘れないための戒めでもあったのだが、小傘の一喜一憂する様を見ているとついつい和んでしまう。
妹がいたらこうだったのかな? と早苗は思ったが、それもおかしな話かと苦笑する。
小傘は早苗よりも少し背が低いくらいで、スレンダーながらも出るところは出て引っ込むところは引っ込むスタイルのよさがある。
だから、早苗とほとんど同年代にしか見えないのだが、その仕草や表情の移り変わりが彼女を一層幼く見せているのかもしれない。
簡潔に表せば、小動物という表現がしっくり来る。それが、早苗の持つ小傘の印象であった。
楽しかった時間はあっという間に過ぎていき、すっかり日が暮れる黄昏時になっていた。
二人とも今までの時間が楽しかったものだから、少し名残惜しく思ったが仕方がない。
今日はここまでと別れようと、そう切り出したところでポツポツと空から雫が振ってくる。
やがてそれはあっという間に豪雨となって、二人に降り注ぐことになったのであった。
「あちゃあ、降ってきましたねぇ」
困ったように早苗が呟きながら空を見上げる。
よくよく見れば曇り空が広がっており、しばらく降り止みそうも無い雨量が降り注いでいる。
小さくため息をついて、どうしようかと考えたところで……ふと、彼女に降り注ぐ雫が途端に途絶えた。
思わず、下げていた視界を戻すと、小傘が早苗が雨に濡れないよう傘の中に入るように移動していたのである。
きょとんとする早苗に、小傘は気難しそうな表情を浮かべた後、小さく言葉にする。
「早苗は嫌だろうけど、今日は色々奢ってもらったし、その……神社まで送っていってあげる」
まるで親の機嫌を伺うような子供のように、上目遣いでちらちらと見ながら小傘は言う。
それで、そういえば前に「その傘に入るぐらいなら、雨に濡れてでも走って行く」なんて彼女に言ったことを思い出した。
恐らくは、その事を気にしているのだろう。彼女は元々、捨てられた傘が誰にも拾ってもらえずに、雨風に打たれているうちに妖怪化した存在だ。
だからこそ、彼女はここで断られてしまうことを恐れている。道具としての価値を否定されることを、本能的に恐れているのかもしれない。
無論、それは早苗の考えであって、本当は違うのかもしれない。
けれど、今にして思えば、あの時はひどいことを言ったものだと、小さくため息をついた。
それから、彼女は微笑んだ。にっこりと、まるで優しい姉のように。
「それじゃ、お願いしていいですか? 小傘さん」
自分にしては、随分と優しい声色だったと思う。早苗はそう思いながら小傘に視線を向けると、彼女は一瞬ぱちくりと目を瞬かせ、やがて満面の笑顔で頷いた。
そうして、彼女達は帰路に付く。
ザーザーと降り注ぐ雨の中を、一つの傘に二人の体を押し込めて、他愛も無い会話を交えながら人里を抜け、獣道を通り、妖怪の山を登っていく。
「こうしてるとさ、私ってやっぱり傘なんだって、実感できるよ」
「そうですか?」
「うん、なんだか懐かしい気がするの。早苗とこうしていられて、私は間違いなく喜んでる」
まるで何かを諦めてしまったように、どこか遠い目をしながら、小傘は言葉にする。
雨音がどこか遠くに聞こえているような気がして、早苗はただ彼女の声に耳を傾けている。
楽しかったこと、辛かったこと。きっと、彼女にも様々な思い出があって、今の彼女がここにあるのだ。
忘れられる。忘れ去られる。それは、どれほど苦しいことなのだろう。
早苗にとっても、それは他人事ではない。きっと今頃、早苗が居た外の世界では、幻想入りした影響で早苗が居たという記憶が人々から忘れ去られていることだろう。
だけど、早苗にはそれを実感するすべが無い。想像することと、現実を目の当たりにするという事は、大きく違う。
だから、早苗には想像することしか出来ない。それが、酷く歯がゆい。
「小傘さん」
「ん、何?」
早苗が言葉にして、小傘はふと彼女に視線を向ける。
どこか遠くを見つめているようで、何かを考えているような表情。
その事を不思議に思いながら、小傘はひたすら早苗の次の言葉を待っていた。
傘を打つ雨の音が、やけに大きくて耳に残る。辺りはすっかり暗くなって闇の中を歩き続けて、随分たつ。
そして、早苗がゆっくりと噛み締めるように言葉にする。
「小傘さんさえよければ、私の傘になりませんか?」
その言葉に小傘は一瞬、言われたことの意味がわからず眼をぱちくりと瞬かせる。
早苗自身、随分と小傘に入れ込んでるなという自覚があった。
けれど、先ほどの小傘の表情が忘れられない。遠くを見つめて、何かを諦めてしまったその表情が、瞳に焼き付いて離れないのだ。
そんな早苗の心情を知ってか知らずか、小傘はくすくすと苦笑した。
「なんだかその言い方だと、私告白されたみたいなんだけど」
「む、それもそうですね」
その表情に安堵して、早苗も苦笑した。
もう、小傘には先ほどの表情は無い。
いつものように、情けなくて、マヌケで、でも一生懸命な小傘の笑顔が、そこにある。
「それじゃ、今日から私はあなたの小傘です。なんて、気軽には言えないよね。その答えは、また保留って事で一つ」
「そうですね、気長に待っています」
お互いに笑いあって、二人は山を登っていく。
今は、それで十分。二人の中にあった陰鬱な気分も、たったそれだけのことで吹き飛んでくれた。
きっと、これからも自分達はこんな関係であり続けるのだろう。でも、それでもいいかと、早苗は思う。
そうして、二人は帰路に着く。
雨の音も、暗闇も、鴉天狗の犬神家も気にせず、二人は神社への道を登り、いつまでも笑いあっていた。
良いこがさなでした
『うらめしニャン☆』のポーズをする小傘の可愛さに鼻血を噴出した
早苗と諏訪子の姿にニヤニヤしました。
面白いし好みの作品でしたが、あややともみじのあたりは蛇足だった気がするので、この点数で。
ギャグとシリアス?がうまく混ざっていたと思います。
生真面目で さですと って分裂しちゃうんだよね
タイトルのリズム感が個人的に好きです。
私は傘であなたの小傘
いいですね!
いやいや、椛!!抜いてやれってヴぁ!!!wwww
最高じゃ
小傘にしてやられる早苗いいなw
色々とナイスでした(^-^)/
意外とあっさり楽しめました
小傘をご馳走しちゃらめぇぇぇっ
幻月ナイス!
文がウザかわいいwwもっとやれwww
こがさなはやはり良い
S苗さんと小傘の絡みっていいよねー