Coolier - 新生・東方創想話

アリスVSレミリア 前編

2009/09/27 16:04:23
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夕闇が瓦礫の山を薄く包み込む。
彼女は山の頂に片膝を立てて、笑みを作り牙を覗かせていた。
背中に蝙蝠の羽を生やして全身を夕闇で暁色に染めた少女は告げる。

「私の負けだ。凄いな、お前。今まで魔法使いと名乗る奴と戦った事はあったけど人も殺せないような弱い炎しか生み出せなかった。侮ってたよ。いえ、勘違いだ。そう、勘違いをしていと言うべきなのか?我が友、七曜の魔女」

「……友?」

枯れ果てた声で七曜の魔女は疑問で返した。
今さっきまで闘っていた吸血鬼は私の事を友と呼んだ。今までそんな者が居なかったので、本の中の話でしか知らない言葉だった。

「ああ、そうだ。私はお前の事を知りたい。例えば、私が話をしてお前の考えを聞いて見たい。偶にこんな潰し合いもしたい。私が笑って人間共を殺戮していくからお前はその無表情のままに人間共を魔法で吹っ飛ばしてやれ。そんな風に行動を共にして欲しい。―――私はお前を知りたい。だから、友だ」

ふむ、と思案して魔女は言葉を紡いだ。


「……私は別に貴女の事なんて興味ないわ」
「はっ?」

冷たく答えたら、少女の眼が丸くなって次に大きく口を開けて笑い声を上げた。

「あはははははははっ!!ひゃはははははあはははっははははははははははは!!」

叫ぶような笑い声は留まる所を忘れたまま、少女は笑い続ける。
腹を抱え、足をジタバタと忙しなく動かして足場である瓦礫を蹴とばした。
少女よりも大きな瓦礫が吹き飛んだ――、ぐらり。と瓦礫の山が大きく傾いて、雪崩のように崩れてきた。

「くっふふふあははっっ!!うふふふうっはっはっはははははははははははああははははあははっはあ面白ーい!!あははははははははははははっはは!!」

崩れた足場に頓着しないまま文字通り、少女は七曜の魔女の元にまで笑い転げて行く。

「はーはーはーっぷっ!くすくす、あははは……。はー、楽しい」

地面に大の字に体を預け、少女は魔女を見上げていた。
嬉しそうな笑みを浮かべ、何かを期待した眼差しで見つめる。

魔女は冷たい視線をただ少女に向け、―――鳥のさえずる声よりも小さく呟いた。

「……名前」
「ん?」
「友なら名前ぐらい知ってるのが普通なのよ」

にんまりと笑みを作り少女は手を伸ばした。

「レミリア・スカーレットだ」

魔女は伸ばされた手を取って、膝を屈める。

「パチュリー・ノーレッジよ」

パリュリー・ノーレッジの初めての友達は吸血鬼だった。

彼女の名前はレミリア・スカーレット。そして妹が居るらしい。


しばらくして、パチュリーはレミリアの館に招待され、そこで初めてフランドールと対峙した。

レミリアの妹フランドールはパチュリーと出会う前から破たんしていた。
姉であるレミリアは多くは語らなかったけど。

ただ、彼女たち姉妹がこんな話をしていた。

「お姉さまばっかり友達持ってズルいわぁ」

甘く爛れた声でフランドールはレミリアの首に手を回した。

「ズルいってなんだよ。お前だって友達作ればいい。壊さなければ、の話だがな」
「じゃあお姉さまと戦ってパチュリーって壊れなかったの?お姉さまみたいに強いの?」
「……パチュは強いよ。だけど、お前。パチュに手を出すなよ」
「はーい、わかったよー」

その会話を聞いた時、パチュリーは確信していた。

それはきっと、人間でもよくある光景だと思った。
兄弟、もしくは姉妹でいつだって弟と妹は兄と姉の”何か”を羨ましがって手に入れようとするのだから。

―――フランドールが襲ってくる事を。

二日後。

パチュリーの予想通り。
フランドールとパチュリーは潰し合いを行ったのだった。
結果、パチュリーはなんとかフランドールを押し込むことに成功。辛くも勝利した。

その時、パチュリーは背筋が寒くなるような事を耳にする。
フランドールが小さく呟いた。

「ちえっ、壊せなかった。アイツに友達なんて許したくないのに」

パチュリーはフランドールの酷く冷たい表情をただ呆然として見つめていた。












始まりは魔理沙の一言だった。

いつのまにか晩餐会に魔理沙が紛れ込んでおり、ボソッと呟いた言葉をレミリアが拾い上げたのだ。

「あの人形遣いが強いなんて、は!魔理沙も変わってるね、確かに器用だよ?それに魔術の繊細さはパチェよりも上だ。しかし、魔法の威力じゃ魔理沙にも劣り、パチェのような多種多様な魔法を行使さえしない。あげくにはいつも手を抜いている臆病者をどうしてそんなに持ち上げられるというの?」

明らかに見下した口調だった。何故かアリスの事を馬鹿にされているはずなのに魔理沙は内心自分の事の様に悔しかった。
レミリアは魔術の研究や身体を鍛えたりしないでも十二分に強いからそんなことが言えるんだ。
それでも今までレミリアがこんなことを言わなかったのはパチェが書物を読んで知識を蓄えているのも然り、私が常に研究と実験をしているのを知っているからだろう。
しかし、レミリアはアリスの事を臆病者だと言った。


「ははっ、レミリアは厳しいな」

それだけ言って笑うのが精一杯だった。後の事なんて覚えても居ない。
夜風を切り裂いて、私は迷いの森へ向かう。
そして、見知った家。こんな森に住まいを構える者なんて私を除いて一人しかいない。

扉を蹴破る。
「おい!起きろよ!」

既に消灯されていた部屋は真っ暗だった。
棚に飾られている人形たちの眼が不気味にも月夜の光を反射して私を見つめていた。
それが返って逆に頼もしかった。

今日は恐らく自分でもおかしいのだと薄々感づいていた。
だけど自覚していても抑えきれないものは仕方ないじゃないか!

勝手知ったる人の家。
これだけ叫んでも答えは返ってこない。
アリスの寝室を開け放ち、灯りをつける。しかし、アリスの姿はない。

「アリス!」

しばらく家内を探し回るも人の気配も無かった。
ふと、居間のテーブルの上に一枚の書置きがあった。

「魔理沙、パチュリーへ。実験の為、しばらく魔界へ行ってきます」

「なっ―――ちっ、くそがぁぁぁあああ!!」

あああああああああああ!!
このもどかしさを何とかしてくれ!!
悶える様に魔理沙は地団駄を踏んで、床を踏み抜かんとばかりに暴れる。ただただ暴れる。
まるで子供の癇癪のように。

「……誰だ!?」

玄関から声がした。アリスなのか!?
しかし、月明かりに照らされたのはあの絹のように滑らかな金髪ではない。紫色の霞んだような髪、パチュリーだった。






始まりは魔理沙の一言だった。

いつのまにか晩餐会に魔理沙が紛れ込んでおり、ボソッと呟いた言葉をレミィが拾い上げたのだ。

「あの人形遣いが強いなんて、は!魔理沙も変わってるね、確かに器用だよ?それに魔術の繊細さはパチェよりも上だ。しかし、魔法の威力じゃ魔理沙にも劣り、パチェのような多種多様な魔法を行使さえしない。あげくにはいつも手を抜いている臆病者をどうしてそんなに持ち上げられるというの?」

カチリ、とパチュリーは頭の中で歯車が噛み合った音がした。

レミィにはアリスが臆病者に見えるの?私にはそうは見えない。アリスはいつも人の本質を見抜こうと努力している。そして、いつも相手が全力で戦えるように合わせていることに気が付いていないのか?そんな事にさえ気づかずにレミィは愚かな戯言をほざいたものね。私は知っている。アリスは妖怪ではなく、魔界人ということを。それも魔理沙からの又聞きというのが悔しいけれど、本人の口から語ってほしいけれど、今はそんなことは関係ない。単純に魔界人としてのアリスと魔女としてのアリスでは方向性がまるで違う事を。あの魔術書・グリモワールを十字に装飾している飾りは封印具。一度中を見ては見たい、知識欲が溢れ出そうになる。なぜなら曰く、究極の魔法さえを記してあるというのだから。アリスがつまらない魔法よ、と語っていた。唯一つ風見 幽香が究極の魔法を手に入れたと聞いたことがある。しかし、あの幽香でさえ、私には扱えない魔法ね。だけど、凄いのは確かと言わしめた程の魔法。そして、そんな魔法が記されているという魔術書なら、魔力の媒体として使用すれば強力な魔法も使える筈。恐らくは八卦炉よりも強力な媒体になるのだろう。だけど、アリスは魔法を使わない。あくまで人形師としての魔術を使う。何故なのか?尋ねたことがある。そしたら、案の定。グリモワールを差して、究極の魔法を使う為の修行のようなものね、と告げたのだった。加え、相手に合わせてでの戦闘行為は恐らくその修行の一端なんだろう。それなのにレミィは臆病者とほざいた。アリスが常に課している修行の全容も知らず。よくもまぁ言えたものね。直々に私からレミィに語ってあげましょうか?いえいえ、それよりも実際に全力のアリスと戦ってもらえば分かるはず。そもそもアリスはレミィにさえも合わせて闘っていることに気付いているのかしら?もし気づいていないのならば、それはそれはなんと私の親友はとんだ節穴を顔に付けているのかしら?あらあらかしこ――(以下略。


その後はもう駄目だった。
憤りだけが頭の中を駆け巡って口を固く閉ざしていないと勝手に罵詈雑言が飛び出してしまいそうだった。

晩餐も終わり、図書館へ向かう足取りがいつのまにか玄関へ。

「あれ?パチュリー様珍しいですね、夜にお出かけなんて」

「………」

背中に鴉天狗を模した風の翼を形成し、私は飛び立った。
瞬間、誰かが「うあわっ、ぎゃ!?」とか悲鳴が鼓膜を掠めたけども気にもならなかった。
いや気が気ではないのだから気にするという行為自体が無駄なのだろう。

ふと、迷いの森に辿り着き、アリスの家の前に辿り着くと灯りが。
こんな夜遅くまで。やっぱりアリスは大したものだわ、と内心思いつつも異様な叫び声が聞こえてきて、アリスの不在を語る。
アリスはこんな無様な声をあげはしない。そして、アリスがそんな人物を夜中に家に上げるわけがなかった。
ならば、賊だろう。
ふふ、こんな私の機嫌が悪い日になんて運の悪い。一切合財の言い訳を聞かずして磔にして焼き殺してあげましょうか。

そうして身構えて家に入り込むと、そこには魔理沙が顔を真っ赤にして私をキョトンと見つめたのだった。






夜が明ける頃合い、しかし未だ薄暗い闇が漂っている時刻。
家に戻ろうと、しかし我が家に灯りが付いていることに驚いてしまう。
…灯りは消して来たはず。
考えられるのは魔理沙かパチュリーだ。しかし、それは考え難い。
何故なら私の留守を見つけたのならさっさと欲しいものを奪って帰って行くだろうから。
ならば、盗賊?いや、いつかの三妖精かもしれない。
いずれにしろ、勝手に我が家に入り込み、夜明けを無傷で過ごせると本気で思っているのか?

玄関が開け放たれている。しかし、扉は玄関の向こう、廊下で寝転がっていた。
いつのまに我が家はこんなに寝ぞうの悪い家になったのかしら?

上がりこむと、ふと嗅ぎ慣れてはいるが決して昨日までは感じられなかった異臭に満ちていた。
そう、これはまるで伊吹  萃香のような匂いだった。つまりは酒の匂い。
家の中を酒びたしにでもしなけばこんな在り様にはならないだろう。
そして、恐らくは元凶のいる居間へと歩んでいく。
急にツンと鼻の奥を刺激するアルコール臭。そしてへべれけのごとく、真っ赤な顔をして人ん家で勝手に蕩けている魔女が二人。

「よぉぉお~?アリス―?どーうしてぇぇアリスはアリスなんだい~?」
「それはねぇ、アレよほらあれ。アリスはあれだからアリスなのよねぇ、そこが一番良いところなのよネぇ」
「そうすおそうそうっす…?まー、しかしあれだなぁ」
「あれよねぇー。本当にあれでレミぃもあれよねぇ」
「あれだねぇ」
「あそうそすそうあれよね」

…………絶句に値する光景が広がっていた。
彼女たちの会話の具合からどれだけ酔っ払っているのかが分かった。
私のアレってなんなのよ?ちょっとだけ気になるじゃない。

「ちょっと貴女達、大丈夫なの?いつから呑んでいるのよ。ったく」

酒ビンがゴロゴロそこいら中に転がって足の踏み場もない。

「っていうか、よく見れば全部私のお酒じゃないの!?」

「おおー?ああ、悪ぃぃよなぁ、だけど勝手に宜しくーー、…ぐー。やってたぜぇえい」

いつのまにかパチュリーも自分の腕を枕にして突っ伏して眠っていた。
魔理沙も眠いのか、蕩けた眼を閉じてケラケラ笑い始めた。

「はん、ざまぁみやがれぇ」

カチン、と来た。
今ここで火を魔理沙の体に付けて摂取したアルコールに引火してあげましょうかと脳裏を過ぎる。
だけど、魔理沙は私に対して言ったわけじゃない事を知る。

「レミリアの、……ばーか」

ぐー、すー。
と、子供のようにあどけない顔つきを晒して魔理沙も眠る。

「……私はどうすれば良いのよ」

仕方ない。
私は何故私がという疑問を胸の奥に閉じ込めて、片づけに執心するハメになった。











ことことことこと、と高速で何かが接触しあう音が耳に届く。
眼を開くと、白い光が眼球を通して頭の中にまで突き刺さるような刺激が走った。

「うっ!?つっー……あー、頭が…割れる」

頭ん中で鍋をトンカチで叩いているような感覚だった。
眼を開けるのもままならず、自分の声にさえ頭痛がして喋ることも叶わない。
そのまま眠る事にして―――?
頭の下にある柔らかいもの、それを触りながらゆっくりと目を開く。
それはフリルのついたアリスがいつも使っているはずの枕。
周囲を見渡し、ここはベッドで隣にパチュリーが「持ってかないでー」と眉を沿えて唸っている。

「あー…パチュリーがなんで私の家?あー…?アリスの家、か」

宙を忙しなく人形たちが働いている光景はアリスの家ならではだ。
そして窓際にある足踏みミシンに座り、ことことことことこと、と小さくてリズミカルな音が心地よく頭に響いていた。

「アリス……なのか?」
「ん。起きたのね…、もう三時になるわよ。よく寝たものね、いえよく呑んだものねというべきかしら」
ミシンの椅子をくるりと回してアリスはこっちを向いた。

「聞きたいのだけど、貴女達はなんで私の家に居たのよ」

………だめだ。頭が働かない。
つーか、頭痛すぎ。アリスの声が響いて痛い。

「悪ぃ、まだ喋らないでくれぇ。ぐぇぇー」

ふぅ、とアリスが立ち上がって部屋を出て行こうとした。

「待ってくれ」
「安静にしてた方がいいでしょう?」
「いや、……ミシンの音、アリスのミシンの音が気持ち良いんだ。作業を続けてくれると、……助かる」

そのまま何も言わずにアリスは再び、ミシンに向かい、布を縫い始める。

ことことことことこと、と暖かい日差しのような心地よさが私をまた睡眠へと誘っていったのだ。










結局、魔理沙とパチュリーが回復して動けるようになったのは夜になってからだった。

「でさー、にとりがアームでチルノをさ、服を剥いでは池に投げ、ついでにリグルの触覚をもぐような勢いでリグルの頭を掠めたんだ」

器に並々と盛られたミネストローネをスプーンで一匙すくいあげて魔理沙は軽快に口から言葉を滑らせながらもスプーンを口に運んだ。
魔理沙の行儀が悪いと思いつつも自分ではパンを千切り、暖めた蜂蜜に溶かしたバターの混じったシロップをスプーンでかけながら本を読んでいるのでパチュリーはそのことについては指して口も出さなかった。
お互いにお互いのパーソナルスペースを確保した食事の中、アリスの眼つきが野生の狼のように鋭くなった。

「あんた達ねぇー。河童の奇行について語るのか食事に専念するのか本を読むのか、どれか一つにしなさいよ」
「いやいや?楽しい食事に楽しい話は付き物だろ?アリスは私たちと談笑しながら食事するのは嫌なのか?」

魔理沙がさりげなく自分たちの存在をアピールする。
パチュリーは回想する。昨日の酒を飲み、魔理沙と語り合った事を。
アリスはもっと他人に執着するべきだ、と。来るもの拒まず、去る者もまた拒まず。そんなスタイルが格好良いと思っているのは都会派魔女だけだから。
故にこの幻想郷でもアリスだけは孤立している気がした。
どこの妖怪に依存するでもなく、ただ唯一の自分しか必要として居ない。私は違う。レミィの館に厄介になっているのは少なからずもレミィという存在が必要だから。詳しく言えば彼女を主とする紅魔館の住人全てが私の日常に必要不可欠なのだ。
魔理沙は色々な場所を転々と動き回っている。必要があるのなら魔理沙はすぐに他人を必要とし、それまでの行いで魔理沙を易々と受け入れる基盤が出来ているから霊夢もレミィも魔理沙を邪険にしつつも認めている。

しかし、アリスは違う。
あくまで私たちから見た印象の話だけども。すくなくとも今の魔理沙の言葉はアリスの内心を引き出せるはずだ。

「嫌ね。私、食事は静かにゆっくりとするタイプなのよ」

この回答にパチュリーは内心がっくりとするも、魔理沙はめげなかった。

「そうかい?私は食事を人の家で済ませるタイプだぜ」

テーブルに肘を付いて手の甲に顎を乗せてアリスがニッコリ笑って言った。

「それでいつも霊夢に追い出されて弾幕ごっこで勝負を挑んで負けて家で泣きながら台所の隅でチーズを齧るのよね?」
「ふ、まだまだだな。私はいつも隅っこに生えてる虹色の綺麗なキノコを齧るんだぜ?」
「やっぱり魔理沙は黒くて大きいアレね」

台所に現れてはカサカサと素早い動きのアレ。アレも勝手に食料を齧っていくらしい、と咲夜が言ってた。

「あ、このまえ魔理沙の家に列を成して動いてるの見たわ」
「虹色のキノコは無視?ねぇ無視かよ?無視ですかー?」
「あーもー、うるさいわね。そんなに自慢したいなら今度持ってきなさい。見るだけ見てあげるから」

そう言うと魔理沙がぱぁぁっと眼を輝かせ笑みを作って、アリスの両手を右手で掴んで「ありがとう!さすがアリスだぜ!」と接近した。

「っっな、そんな別に大したことじゃないわ、……よ?」

アリスの照れ交じりの言葉が途中で疑問口調に変わった。
何故なら、ポチャンとアリスのスープに件の虹色の綺麗なキノコが丸々浸かったからだ。
スープの上で開いた左手を魔理沙はさりげなく、自分のポケットに突っ込み、そこからまたキノコを取り出す。
それも蛍光色の強い緑一色の見るからにヤバそうなキノコを。

「サービスだぜ?」

ポチャン。
再度、アリスのスープに。キノコがダイブ。
見る見る内にミネストローネが真っ青の決して口にしてはいけない色に変わっていった。


魔理沙がにこやかにとてつもなく良い笑顔をアリスに向けた。


アリスも魔理沙に倣って里の子供のように無邪気な笑みを浮かべた。


ついでに時間が止まった。まるでせき止められているかのように。

そして、せき止めているモノが決壊すれば止めていた分の時間が勢いよく一気に流れるのは自然。
そこからは高速だった。
――――アリスの右手が青色スープの器に延びる。
ガッと魔理沙がアリスの腕を左手で掴んで阻止する。
そして魔理沙の右手はアリスの頬を思いっきりつかみ、しかしアリスは迷うことなく左手でスープの皿を掴み、魔理沙の口、目掛けて突き出す―――。

決着は着いた。
魔理沙の苦しみ蠢く姿が目に浮かぶ。

―――が、さすが百戦錬磨の魔女。パチュリーの予想を覆したのだった。

魔理沙は突き出された皿を歯で噛み、アリスの猛攻を受け止めたのだ!

ぐぐ、とアリスの左手が無情にも上に持ち上がっていくが、魔理沙は必死に皿を固定する。
しかし、歯よりも腕の方が力の方向性を自由に変えられる。
タイミングは同時だった。

ガッ、と椅子を跳ねのけ二人は同時に立ちあがったのだ。

もし、どちらかでもタイミングが合わなければ魔理沙はその青色のいよいよ謎の湯気を出し始めたスープを顔に受けなければいけなかった。
アリスだったらその左腕を、綺麗に装飾された袖を奇妙な合成色で染め上げなければいけなかった。
そんな剣術の達人が間合いを探りあうようなレベルの攻防が今、パチュリーの眼前で繰り広げられたのだ。

阿吽の呼吸で二人はせめぎ合う、恐らく数秒後に立っている者は一人。

ごくりとパチュリーは喉を鳴らし、拮抗した時間をゆっくりと吟味するかのように視線を注ぐ。

勝者の予想がつかないのだ。こんな緊張感は久しぶりだったのだ。


しかし、決着は意外な形で終わりを迎えたのだった。


皿の真ん中から青い液体がボチャリと床に落ちたのだ。そして、床をじゅわぁぁ、と融解させながら湯気を立ち上らせた。
アリスは一歩退き、魔理沙も口をあけ皿を離す。
カタン、と穴があいた皿は湯気の中心に落ち、まるでそこに沼があるかのように斜めに突き刺さったのだ。
ゆっくりと皿は沈んでいき、やがては完全に青い液体にその体を飲み込ませたのだった。

「………な」

魔理沙がアリスの胸元をつかみ寄せた。
噛みつく様にアリスも眼を尖らせた。

「なんなんだよこれ!?私を殺すつもりかこの野郎!?」
「知らないわよ!?魔理沙の持ってきたキノコじゃないの!?私が知るわけないでしょうが!!」
「ふざけんな、知らないで人を殺したら自警団も探偵もいらねぇんだよ!!大体か弱い人間の私に劇物飲ませようって考えるその思考がおかしいんだよ!」
「人の食べ物を劇物に変えておいてよくそんな寝言が言えるわね!根本的に頭がおかしいんじゃない!?っていうか家でそんな正体不明なキノコばっかり食ってるからこんな狂人じみたことも平然とできるのよ!!」
「はぁー!?アリスだってよく食ってるだろうが!?」
「知らないわよ!キノコなんて食う筈がないじゃない」
「へー、そう?ふーん、そうか残念だなぁ。アリスなら分かっていながら食べてくれてると思ったのになぁ…」

「え…?」

人形のように綺麗な青い瞳が固まった。アリスは言葉を詰まらせ、しかし恐る恐る知りたくもない真実に向き合う。

「ねぇ、魔理沙この前貴女の家に行った時に出たあの不思議な味のサンドイッチってまさか…」

うんうん、と腕を組み魔理沙は自慢げに頷いた。

「そう、これだぜ!」

ポケットから更に毒々しいキノコを取り出した。

表面に細長いぶつぶつが数えきれない程伸びていて人の内臓のような赤紫の入り混じった怪奇なキノコだった。
まるで人間の心臓を模したようだった。

見るに耐えられないキノコを魔理沙は信じられない事にサンドイッチにしてアリスに食べさせたのだと言った。

「~~~~~~っっ!」

瞬間、アリスの声にならない声が食卓に響いたのだった。




アリスの寝室のベッドの隅っこ。
そこで背中に影を落とし、膝を抱えてアリスは魔理沙に背を向けていた。

「だーかーらー、ごめんってさ。ほら、悪かったって。そもそもあんなに気持ち悪いキノコ私でも食う筈がないだろう?」
「でも、私には食わせたんでしょ……?」

体を半分振り返らせてアリスは涙目で聞いた。
魔理沙は頭を掻きながら、言葉を紡ぐ。

「あー、うん。まぁ…。食わせたぜっ!」

……なんで魔理沙はあんなにはっきりと自信満々な笑みで断言できるんだろう?
パチュリーには不思議でしょうがなかった。もし、自分が食べさせられていたのなら怒り狂うのに。

「それって何日前の話だっけ…?」
「は?ああ、確かあれは―――」

怪訝そうにもだけど魔理沙は問いかけに答えようと考える。
なんでそんなことを聞くのかしら?

「――三日前の話だぜ。ほら、にとりに会いに行こうって話をした時」
「そう、じゃあ良いわね」

あっさりとさっきまでの陰湿な態度を改めてアリスは立ち上がり、魔理沙の横を通り過ぎる。
しかし、魔理沙が通り過ぎたアリスの肩を掴んで無理やりに振り向かせた。

「っ痛いわ。なにするのよ?」
「……怒らないのか?」

魔理沙が真剣な表情で呟いた。
そこでふと、パチュリーは気が付いた。さっきまでの一連の行動は全てアリスを怒らせる為だったことに。


「もう、済んだことじゃないの。今さら文句言っても仕方ないでしょ?違うかしら?」
「ああ、違うね!!」
「っ?」

アリスは魔理沙の突然の言葉の意味を考えている。

「なに言ってるのよ魔理沙?今日の貴女、少しおかしいわよ」
「……ああ、そうだな。いきなり怒鳴って悪かったな」

魔理沙は黒い帽子の唾をグイ、と目元にまで引き下げて、早足で部屋から出ていこうとする。

「ちょっと、待ちなさいよ」

アリスの伸ばした手は魔理沙の帽子の先端を掴み、それでも魔理沙が強引に突き進むものだから帽子がアリスの手に残った。

バッっと魔理沙は振り返り、引っ手繰るように帽子を取り返してすぐに部屋から出て行って、玄関の大きな鐘が鳴って魔理沙がこの家から出ていった事を悟る。

「ねぇパチュリー。今。魔理沙、泣きそうな顔してたように見えたんだけど」
「きっと悔しかったのよ」
「悔しかった?私が怒らない事が?」

事の顛末を見ていたパチュリーは一つ頷いた。

「昨日、紅魔館でこんな事があったのよ――――」

アリスはとりあえず、魔理沙のことは置いといてパチュリーの話に耳を傾けることにしたのだった。





自分の部屋の机の上に魔理沙は突っ伏した。
馬っ鹿だなぁ、私は。

アリスにはなにも悪くないのに、半ばまるでアリスが悪いかのように言ってしまったこと。
魔理沙が自己嫌悪に陥るのに十分な理由だった。


紅魔館の時からずっと、焦っていた。

本当ならあの晩餐の時にレミリアを魔砲で吹き飛ばしてやりたかった。
だけどもそんなことをしたら、アリスはきっと嫌そうな顔しかしない。「なんでそんなことしたの?」そう、軽蔑されそうな気がした。

いや、されても良かった。
だけど、結局はアリスにそんなことを言われたくないからと言い訳をして私はあの場で何もしなかった。
挙句の果てにはアリスのいつも通りの仏頂面を見ている内にレミリアへの憤りがアリスへと矛先を変えていた。
これじゃあ本末転倒過ぎる!
なんて、私は馬鹿なんだ!
アリスが強いのは私がよく知っているんだ!
それなのにレミリアは馬鹿にした!
さらに自分の感情を通すよりも他人に合わせてその場凌ぎのようなことを私はした!

だからアリスが臆病者じゃないと証明する為に、同時にそんな自分を戒める為にアリスを怒らせて、アリスの本気を引き出そうとしていたのに!

「それなのに、……私は私の言葉が届かないからって勝手に怒った……」

もっといつだって私は上手くできないの?

「………駄目だ。今日はもう寝て過ごそう、アリスに謝るのは今日は無理そうだから…、っ!?な、」

俯いていた顔をあげ、魔理沙は振り返って、いつのまにかアリスとパチュリーが居た事に驚いた。

「なによ、馬鹿にされた張本人より魔理沙が怒ってどうするの。これじゃあ私の怒る余地がないじゃない」

嬉しそうな笑みを浮かべ、アリスは魔理沙の手を取った。
パチュリーが静かに告げた。

「さぁ泣いてる暇はない。今、レミィはきっと起きている時間。レミィにアリスを臆病者だと言った事を後悔させるまで時間は一晩しかないわ」

三人の魔女はこうして紅魔館に物騒な目的を心に向かっていくのだった。










カチャカチャと、ルービックキューブを弄っていた妹紅の耳にふと、唸り声が聞こえた気がした。
こたつを挟んで向かい合って漫画を読んでいた輝夜は妹紅の訝しげな表情に声をかけた。

「なに?催しちゃったの?」

ニヤニヤと輝夜の忌々しい顔に妹紅はルービックキューブを投げつけた。
カツン、とルービックキューブの角が見事、輝夜の額に当たって床に落ちた。

「う~!地味に痛いわー」
「馬鹿な事言うからだ。なんか誰かが苦しんでるような声がしてな」
「それは私の音なき声よ!そう、モコたんを求める私の心!」
「……はぁ」

妹紅は溜息を付きながらこたつの中心に置いてある籠の中のミカンを投げつけようと右手を振りかざした。
ただ、結局ミカンが宙を駆ける事はなかった。
輝夜が嬉しそうに口を開けて待っていたからだ。まるで雛鳥のようだった。まぁ、そんな可愛らしい生き物じゃないけどさ。

妹紅は仕方ないと、ミカンをコタツの上に置き、丁寧に皮を剥いでいく。
そして、実を一つ摘み、輝夜の口に入れようと手を伸ばす。

「うん、美味い」

輝夜の眼がミカンに舌鼓を打って眼を細める。子供のように嬉しそうな笑顔。
妹紅は器用に掌で覆い隠していたミカンの皮を指で取り、輝夜の眼前で潰した。

「ら眼ぇっ!?」

嬉しそうな笑顔は一瞬で歪んで消え失せた。
ミカンの皮の油を眼球に受け、輝夜は苦しみ悶え、上半身を激しく揺らしていた。

「次、気色悪い事とモコたんって言ったら火薬腹に詰めて花火みたいに人里の上空で散らしてやる」

淡々とした口調で忠告し、妹紅は剥いたミカンを一つ口に入れた。

「あ、ホントだ。これ確かに甘くて美味いな、輝夜」
「うん、そうね。って頷いてあげたいけど、ちょっと待って。本気で眼が痛すぎて開けられないんだけど」
「……んぐ。っん、そりゃ大変。眼ン玉舐めてやろうか?」

ミカンを飲み込み、さらにミカンを一つ食べながら妹紅は平然とそんな事と告げた。

「良いわ、遠慮しとく。だって妹紅、今ミカン食べてるじゃない?気遣い嬉しいんだけどミカンの汁ってベトつくからねー」
「そっか。あ、お茶飲む?」
「うん。ちょうだい」

勝手知ったる輝夜の部屋。
妹紅は迷いなく、茶箪笥の小さな扉をあけ、開け口が丸まって閉じてある袋を広げ、中からお茶っぱを急須にいれる。
銀色の器に水を入れ、右手に乗せて炎で器を包む。
そのまま妹紅は立ち尽くし、輝夜はごしごしと目を擦っていた。

「で、ホントの所はあの兎が体調悪いのか?」

妹紅は屋敷に上がってから鈴仙の姿を一度も見てはいなかった。
また永琳の実験に付き合わされたんだろう。

「んー、それがおかしな話なのよ。今日の朝から急に頭が痛いなんて言い出してね。永琳が慌てて外に行っちゃった。なんか面白そうな事が起きてるんじゃないかって私は睨んでるわ」
「面白そうなこと、ねぇ。そういや夜明け前に人里外れた小さな洞窟から人形遣いが出てくるの見たなぁ」
「小さな洞窟?そんなのあったの?見覚えないわよ」
「そうなんだよ。アリスが洞窟から出ていったあと、もう一度その洞窟を見に行ったら見つけられなくてさ。魔法かなんかで隠されちゃってどうしようもなかった」
「妹紅でも見破れない魔法ね。そういえばあの人形遣いって凄いのよねぇ」
「凄いってあの人形を操る器用さが?」
「いえ、永夜の異変の時、初対面の永琳に恐怖を抱いたのよ。他のどの妖怪も動じなかったのに」
「それって凄いのか?八雲 紫とか幽々子とかレミリアに比べて弱いってことだろう?おっ」

ぐつぐつと、沸騰した湯を急須に注ぎ、湯呑を二つ手にして妹紅はコタツに戻る。

「それのどこが凄いんだ?」
「うふふ。違うのよ、動じなかったのは気付かなかったから。永琳が待ち受けていた場所は永琳の作った世界、まさしく世界が永琳の為にあるような場所で、永琳が強いのは当然の事。だから、あの三人の妖怪は永琳という存在を戸惑いなく受け入れた。だけどアリスは”付加価値”が付いた永琳を見て「なんて力なの」と言ったのよ。永琳の力量を一目で見抜いたの」
ふーん、と妹紅は急須を傾け、湯呑に緑茶を注いでいく。

「ありがと」

妹紅に手渡された湯呑に口をつけ、輝夜は楽しそうに真っ赤な目を見開かせて言う。

「あの人形遣いのいつも持っている本知ってる?永琳がね、言ってたの。『アリス・マーガトロイドと闘っても良いけど、それはあくまで人形を操っている時だけ。決してあの本を開かせてはいけない。輝夜では決して手に負えなくなるから』って」
「なるほど。つまり永琳はお前にアリスと戦ってこいって言ったんだな」
「ええ、そうね。すっかり私も外出しなくなっちゃったから。たまには運動もしないとねー…?」

静かなはずの永遠亭に突然、誰かが駆け回っているかのような足音が響き始めた。
段々とその音は大きくなり、輝夜と妹紅は近寄ってくる気配に鋭敏な感覚を向ける。
軽い破裂音が響き、輝夜の部屋の襖が大きく開け放たれた。

「永琳はいないの!?」

珍しい顔、と輝夜が呟く。
十六夜 咲夜が青い顔で部屋の隅から端まで視線を彷徨わせる。

「永琳ならどっか行っちゃったわ。どうかしたの?」

ごくり、と咲夜は大きく喉を鳴らし深々とした溜息を吐いて、言葉を紡いだ。

「――――アリスが、死んだわ」

今さっきまでの話題の人は唐突にこの世を去っていた。










魔理沙とパチュリーは別の廊下を行った。

扉は開かれ、レミリアの待つ広場にアリスは進んでいく。
対峙するのは自分よりも背丈の低い見た目少女。中身は五百歳の吸血鬼。
吸血鬼の少女は不釣り合いな口の端を吊り上げた獰猛な笑みを浮かべ、両手を広げてアリスを讃えた。

「はっはは!吸血鬼と知ってなお夜に戦いを挑んでくる愚か者はお前で四人目だ」
「それって結構多くない?大丈夫なの?吸血鬼的に」

アリスの皮肉をレミリアはただ歯を剥いて笑って聞いた。

「それで私の居ない所で好き勝手言ってくれたんだって?聞いたわ」
「ふん、パチュか。魔理沙もそうだが、あの二人は自分に無い物をお前に求め過ぎている。魔理沙は多種類の魔法が使えることに。パチュは魔法の実験を繰り返し行っての研鑽を。だからお前の事を認めていると勘違いしているんだ」
「それで優しい優しい吸血鬼は親友の魔女の勘違いを正してあげるの?はっ、吸血鬼って幸せな生き物なのね」
「ああ―――」

レミリアがスッと指の爪をナイフのように鋭利な形に伸ばした。

「それだけ吠えられれば上等、確かにお前は臆病者じゃなかったよ」

レミリアの姿が霞んだ。
二階から様子を見ていた魔理沙とパチュリーにはレミリアの姿が捉えなくなった。

「っっっ!!!」

アリスの姿も消えた。―――数瞬後、広場の端の壁にアリスが背中から激突した。

「お前は、―――ただの馬鹿だ」

呻きを漏らす時間さえ与えず、アリスの眼前にレミリアが眼にも映らぬ速さで移動して来た。
ミチリ、と長い爪をアリスの右腕に喰い込ませ、まるでボールを投げるかのように降り被った。ただし、手は外さずに。
アリスが弧を描き、床に叩きつけられた。
結果、ガツンッ!と酷い音が響いた。
あまりに一方的だった。
魔理沙が身を乗り出し、飛び出そうとするがパチュリーは手をかざして無言で制止させた。
その背後、様子を見ていた咲夜には当然の結末と伺えた。
何故ならアリスの眼前に居るのはあの吸血鬼、レミリア・スカーレットだから。
弾幕ごっこならともかく、ただの戦闘でレミリアに勝てる者は居ないと咲夜は思っていた。

「ほら、立てよ」

頬に返り血を滴らせながら、レミリアは地面に顔面から蹲っているアリスを見下していた。

「こんなものか。同じ魔女のパチュとの戦闘はもっと過激だったぞ。同じ魔女の魔理沙との弾幕ごっこはもっと狡猾で危険なものだったぞ。さぁ、立て。私はまだお前に何も見せてもらってないんだよ」

生まれたての小鹿のように震える右手を支えにアリスは立ち上がろうとする。
レミリアは何をするでもなく腕を組んで待っている。
アリスは立ち上がり、レミリアの横をゆっくりと通り過ぎてふらふら、と足取りも危うく広場の真ん中にまで歩いて行く。

魔理沙はアリスが大丈夫なのかと、必死に目を凝らす。
ふぅ、とアリスはため息を吐いて面を上げる。その時、アリスは魔理沙の視線と交差した。

「……なんて顔してんのよ」

アリスはボソッと呟いた。
ああ、まただ。
また魔理沙が泣きそうな顔をしてる。今日で二回も見てしまったわ。そういえば今まで見たことあった?
確か霊夢に負けた時、八雲 紫に研究成果を論破された時。
魔理沙はいつだって、その場は笑って過ごし、一人陰で悔やんでいた。あれ、……私、なんでそんなに魔理沙の泣きそうな場面を知ってるのかしら?
その答えは既に胸の中にあった。
私だって魔理沙とパチュリーの事は認めているということ。だから知っている。
彼女たちの苦悩は私の苦悩に近い。
共有出来るモノは共有し、共感できる事は共感する。共有できないものは互いに切磋琢磨して積み重ね、共感できない事は自分の思想を言葉にして語りつくす。

そして、だけど私たちは『とっておき』を決して見せない。

「レミリア・スカーレット。今日は人形もお気に入りの本も持ってはいない。だけど、覚悟をしなさい」

悠然とレミリアが近寄って行く。
またレミリアの得意とする間合いだというのに頓着しないまま、アリスはさらに言葉を紡ぐ。

「”召喚”ダンタリオンの書庫」

アリスの足元から魔法陣が広がり、辺りを赤い光が包み込む。
特に変哲のないままに、ふとレミリアが鋭く空を裂き、何かを掴んだ。
レミリアの掴んだモノ。
それは古臭い紙によく分からない文字らしき模様が記されている。

レミリアが気づけば、アリスの周囲を顕現していく紙が渦巻く様に取り巻いていた。

「くふっ、良いねぇ…。さぁ、私に何を見せる!!」

アリスは舞うように回りながら無数の紙を両手でつかみ取り、叫んだ。

「緑珠の魔法」

緑の球体が地面から草木の様に生えて、宙に浮かんで行く。
その数が数秒も経たずに百を超え、アリスの掴んだ紙が真っ黒に燃える。

対してレミリアは一歩、大きく後退して着地。膝を曲げて倒れていく程の前掲姿勢を取った。
右手を引いて構え、レミリアの足が地面を踏み割った。同時にレミリアの姿も消える。
アリスのすぐ前にレミリアが―――。
引き裂く爪がアリスに触れる。

「っな!?」

辺りを漂う紙が青白い稲妻を発し、レミリアの突きを食いとめた。
伝染するかのように辺りに浮いた緑の球体が一斉に青白い炎に包まれる。
それでも結界ごと引き裂こうとレミリアが地面の蹴り足に力を入れようとした時。
アリスは忠告をした。

「そこに居ると死ぬわよ」

まるで背景を見るかのような、レミリアを一部の景色としか見ていないような眼が吸血鬼の心を貫く。
言われたままにレミリアは爪を止め、逃げようと足に力を入れた。

レミリアがどうしようと今のアリスには関係ない。眼を閉じて、口を開ける。

「紅蓮の魔法」

青白い炎に包まれていた球体がゆっくりと、まるで蓮の花のように開いた。

瞬間。

全てが紅色の暴力に染まった。
逃げて後退したレミリアも雪崩のように包み込み―――、想像以上の轟音が館内から貫いた。

広場の床は炎上し、ただぐるぐると回り続ける紙に守られたアリスが居るだけだった。


「なっ、これが魔法!?ただの爆弾じゃないの!」
咲夜が驚き、叫んだ。
魔理沙もパチュリーもただ呆然と眼下の光景に眼を疑っていた。
魔法を知っている者からしてみれば咲夜以上に驚いていた。声を出さなかったのは単純に絶句したからだ。

精霊魔法でも星魔法でも魔術でもない。

何を応用して、そんな魔法を行使できたのか。二人の魔女には一見しただけでは理解できなかったのだ。


「……?」

アリスの視界に広がる炎の海がゆらり、と全体的に大きく揺れた気がした。
理由を強いてあげるなら、『なんとなく』アリスは右に二歩移動した。

炎よりも紅い槍が―――。

「”神槍”スピア・ザ・グングニル」

炎を貫いてアリスの今、居た場所を過ぎ去っていった。

「奇襲の次は闇討ち?つくづく、夜の王の凄さに頭が下がるわね」
「それって誉めてるの?」

紅蓮の海を黒い影が歩いてきた。
洋服が所々、ボロボロに焦げて穴が開いているというのにレミリアは右腕の表面を真っ黒に焦がしただけだった。
楽しそうに、顔に亀裂が入って割れたような笑みを貼り付けてレミリアはアリスの顔がはっきりと見える位置で止まった。


「馬鹿にしてるのよ。怒った?」
「いーや、全然だね。むしろお前には、アリスには感謝してるよ。とんだ伏兵だった。なんだよなんだよなんなんだよ、一体全体よーやく分かったよ。いつも使っている人形はフィルターか。くそ、ああ、なんて楽しいんだ。もっと、だ。もっと私の心臓が凍りつくようなモノを見せてみな!」

アリスは一枚の紙を手に取り、姿を真っ赤な炎に姿を変えていき、やがては細長い槍のような物に変化した。
代わりに炎が沈下していく。

「……完全にスイッチ入っちゃってるわね。はいはい、今すぐに殺してあげるわ、ね!」

真っ赤で槍のような物を地面に突き刺す。。
広場の床のありとあらゆる場所から同じ細長い槍のようなモノが一斉に突き出した。
急激な攻撃にレミリアはまともに槍のような物に全身を突き貫かれ、宙に晒される。

「っっがっっ」

手の甲から額に右目の瞳孔に胸の中からアバラ骨の隙間に全身の至る所をグズグズになるぐらいの槍のようなモノが大量にレミリアを突き上げていた。
レミリアの口からごぽり、と沼の底から気泡が浮かんできたような音が発せられ、大量の血が溢れ出した。
最早、声ですらなく、呼吸音ですらなかった。

「吸血鬼は心臓を杭で貫かれると死ぬ。じゃあレミリアはどうなの?」

アリスが誰にでもなく尋ねた。
返ってくる言葉はなかった。しかし、返答はあった。ただ血をこぼし続けていた口が笑みの形を作り、レミリアの姿は無数の蝙蝠の姿を変えて上空に昇って行った。

「確かに死ぬ。だけど、死んだあとに蘇生もできるんだよ。夜だからな」

蝙蝠の群れは一か所に集まり、黒い影となって黒い塊となって、やがて泥を落とすかのように黒い影が落ちていく。
洋服までもが綺麗に再生し、レミリアの姿は一切変わらないまま現れた。

「はぁ、なるほど。つまり朝まで殺し続ければ良いだけの話ね」
「きゃは♪そーゆうこと!頼むよ、私の可愛いアリス!」

上空から一気に下降してアリス目掛け、突撃した。

まるで少女のようにレミリアが笑った。
さっきまでの不気味な笑みは微塵もなかった。ただ単純に面白いとレミリアは笑ったのだ。

「なんでなの」

だからこそ、アリスには恐ろしく感じた。
今、レミリアは初めての殺され方に次は何が来るのか、と待ちわびているように見えた。
いくら、吸血鬼で夜は不死身だからとはいえ。

「貴方、痛くないの?」
「ああ!痛くて楽しいね!」

アリスの周囲に黄色いのとぐろを巻く線がうねって首をもたげる。
黄色の蛇を模した弾幕はレミリアに高速で被弾していく。

「”天罰”スターオブダビデ」

が、物ともせずにレミリアはアリスの結界に衝突し、青白い稲妻が生まれるより速く赤い弾幕がアリスを一気に吹っ飛ばす。
足もとから浮かせられるように宙空に体を投げ出されたアリスにレミリアが逸るように叫んだ。

「これはどうやって防ぐ!?”夜王”ドラキュラクレイドル」

赤色の嵐の魔力を全身から発してレミリアは膝を屈める。
やばい―――。
アレは今までの攻撃の中で”突きぬけた”スペルとアリスは直感した。
周囲を取り巻く紙はあくまで攻撃を補助するものと攻撃を記してあるものだった。
決して防御専門ではなく、目前の暴力に耐えられるとは思わなかった。
だから、アリスは―――。


地上から突き上げる軌跡。
レミリアが神速でアリスを突き貫く。
跳ね飛ばされ、上空で高速回転しているアリスから沢山の赤い”糸”が垂れて一緒に回り始める。

「んっ?」

レミリアが訝しげに眼を凝らした。
アリスの体は今さっき突き貫き飛ばした以上の速度で回り始めたからだ。

”糸”は広場の端を全て覆うかのように繋がられ、赤いドームが天蓋を見えなくした。
ピタッと回転が急停止したドームの中心。ぶら下がったアリスが見ていた。

人形のような無機質で綺麗な瞳がしっかりとレミリアだけをとらえていた。

周囲を取り巻いていた紙が辺りに舞って雪のようにゆっくりと降下していく。
雪のような紙は一斉に青白い炎で燃え始めた。

「―――収束―――」

アリスの呟きがきっかけだった。
レミリアがひきつった様にかろうじて笑みと分かる表情を浮かべた。

それは嵐だった。

青白い炎からは―――。

「ははっ!これは良い、とても良いわ!悪魔に相応しい攻撃ね」

黒々とした歪んだナイフから赤い球体で歯を持った何かに銀色の光に闇の様にぼんやりとした塊から伸びた骨だけの手に緑色の勾玉から発せられる光線と矢に触れれば溶ける雨に真っ青とした小さな空の塊に暖色の爆炎に白い靄のような固い岩に雪が雪崩のような量で降り出し虹色の炎に夜色の大剣が地面を切り裂き黄色く眩い泉が湧き出し周囲の景色を消して透明な何かが突きっ刺さっていき生ぬるい風が自由に駆け巡り壁を削り喰らって白い花が赤い触手を伸ばし鞭のように振り回して木箱がパカリと蓋をあけ中からマグマが飛び出し錆びついた王冠についた紅玉が光を発しレーザーをばら撒き黒い海が生まれ全身に口と目を持った魚が降り注ぎ黄色い砂が象った骸骨が鎌を振りかざし白い像が泣きながら衝撃波を放ち血で染まった杖が回転して巨大な炎玉を打ち出し水没し寂れた船がどす黒い水を吐きながら落ちて白い皿のような何かが高速で空を咲き影色の紙が立ち上がり身を引き裂いて呪いをかけ蓮の花が無数の弾幕を放って回り青白い雷が轟き白い蛇が口から赤黒い蛙を吐き出して炎をこぼして隙間なく訳の分からない攻撃が降り注いだのだった。

「”紅符”不夜城レッドッッ!」

赤い十字架を模した魔力がレミリアに触れようとする全てを焼き払っていく。
そしてアリスは再び回り始めた。
赤い糸で出来た赤いドームは床を這い吊り、レミリアの周囲にまで迫ってやがては糸を発した右腕に昇り始める。

今さっきの猛攻さえも収束された糸の中に飲み込まれていく。
アリスの右腕にはこの広場に居る誰もが見たことのある物に変わっていた。
赤色に染まっているとはいえ、それは霊烏路 空の”第三の足”。

赤い十字架を発していたレミリアは身動きができなかった。
だから、眺めていることしかできなかった。


「――――黒の魔法」


レミリアの頭上に。
アリスは影よりも闇よりも深遠の崖の底よりも暗い”黒”の炎を打ち出した。

「そんな、馬鹿な」

まるで真っ黒の水の奔流のような炎がレミリアと不夜城レッドまでも飲み込んだのだった。

数秒ではなかった。
一分、二分。黒い炎が放出しきるまでの時間は長く感じられた。
打ち終わり、アリスが逆さまの状態から地に足を付いた時には広場に巨大な穴がぽっかりと口を開けていた。

二階で見ていた三人それぞれが言葉もなく、ただ呆然と立ち尽くしていた。
パチュリーと咲夜は人形を通してじゃなく、アリス自身が使う魔法を初めて見た。
その初めてが夜の王を名乗るレミリアを相手に打ち勝ってしまうほどの魔法。

昨日の晩餐でアリスが強いとその強さを保証した魔理沙自身も予想外だった。

ふと、ぽっかり空いた穴から一匹の蝙蝠が飛んできた。

蝙蝠はゆらゆらと力なく飛んで、爆発して沢山の白い煙を発した。

「……」

アリスは白い煙に右腕の筒を向ける。
白い煙からレミリアの鋭い爪がついた手が振りかざされ、白い煙を引き裂いた。
風圧で煙は蝋燭の火を吹き消すように掻き消え、レミリアが現れる。

そして、レミリアは片手をあげ、ニヤリと笑った。

「私の負けだ。久しぶりに死ぬかと思った」

アリスの右手の筒が薄く赤色に発光して無数の糸に解けて消える。

「はぁ~、疲れたー」

ドッとアリスが尻もちを着いて床に座り込んだ。
レミリアの眼が点になって「なんだ」と呟いた。

「アリスもう限界だったのか」
「限界よ。マトモにレミリアの攻撃を二回も受けてるのよ。後一回良いの貰ったら私が負けていたわ。だから、一気に攻めることにしたのよ」
「一気にってあんな猛攻私は初めてだったけどね。流石に不死身に近いとはいえ消滅させられたら敵わないからなぁ」

レミリアもアリスに向かい合うように座り込む。

「ああ、それとな。今まで侮っていて悪かった。まさか、これだけの魔法が使えると思ってもなかった。なんでいつも人形なんだ?――人が悪いよ、お前」

レミリアが子供のように口を尖らせ文句を口にした。
騙していたつもりはなかったけど、確かに幻想郷では自分自身の魔法を使った事はなかった。使う必要もなかったから。
くすり、とアリスは微笑んだ。
今まで人形で十分だった―――、なんて言ったら目の前の誇り高い吸血鬼は怒るだろうか?

「人の顔見て笑うな。なんだか馬鹿にされてる気がするぞ」
「いえ、ごめんなさい。だってレミリア、子供みたいで可愛いんだもの」

きょとん、とレミリアは眼を大きく開いて、何を思ったのか腰に手を当てポーズを取った。

「そう、これが吸血鬼の色香!」
「ないない、そんなもの欠片もないわよ」

手を振りアリスは吸血鬼の微塵も感じられない色香を笑いながら否定する。
はンっ、とレミリアも笑みを浮かべ、お互いに笑い合う。

「やれやれ、久しぶりに戦った。やっぱり魔法使いって一気に殺らないとダメだね。魔法を撃たせると不味いよな」
「何言ってるの?魔法を撃つために私には人形が居るじゃない」
「あれ、もしかして人形で戦っていたのってそういう理由だったの?うわぁ、それじゃ今までアリス出し惜しみして負けてきたんだ。悔しくないの?」
「出し惜しみって、そんなつもりはないけどね。まぁ、他にも理由はあるけど大きな要因の一つとしてはそんな理由になるわね」
「他の理由?まだ何かタネ隠し持ってるの?あはは、次が楽しみ」
「え、また戦わないといけないの!?」
「あはは、そういう運命にしてあげる」
「ええー、いいわよ遠慮しとく。だってレミリアの相手辛いのよ」
「あはは、一割冗談だから!」
「それってほぼ本気じゃないの…」
「そうとも言うな。それで、――――」

レミリアの顔色が変わった。
アリスは尋ねる。

「どうかしたの?」

レミリアが唐突にアリスに叫んだ。

「待てっ!!」

いや、レミリアの視線がアリスの背後に向けられている事に気づき、アリスは振り向く。


「――――――」


紅色しかなかった。アリスはそれだけしか思わなかった。
ソレがなんなのか分からなかった。
ソレは形容するならば、全てを壊す大きな大きな紅い剣。

「きゃは♪壊れちゃえ」

楽しそうな笑い声を最後に耳にして。
アリスの意識は唐突に断絶して消えた。
伏線回収は後編で。
前編は完全にバトルオンリーで。
とりあえず、後書きと言うかまだ中書きなのでこれだけ。
最後まで読んでいただければ幸いです。
設楽秋
[email protected]
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コメント



0.2360簡易評価
2.70名前が無い程度の能力削除
少しレミリアの口調に違和感がありますね。あとパチュではなくパチェと呼ばせた方がいいかも。
あと全体的に文章が粗っぽいのでもう少し整えた方が読む人に伝わり易い気がします。
幻視力の高さに言及したのは良かったと思いました。
ただあくまでも個人的な意見ですが、レミリアとアリスの間にはもっとこう、濃いネタがいくつかありますのでそれを生かして欲しかったなぁと。
しかしそれはあくまでも私個人の嗜好によるところが大きいですので、お気に為さらないよう。
3.無評価名前が無い程度の能力削除
こういうのに何故レミリアは引き出されやすいのか……

立ってないなあキャラ
15.無評価名前が無い程度の能力削除
レミリアって踏み台にしやすいのかなあ
18.無評価設楽秋削除
話の流れ上、レミリアには負けて貰う必要があったので。
踏み台じゃなく、そういう役割で書きました。
そもそもレミリアには絶対に勝たなければいけない理由が無い。むしろ、レミリアには勝ち負けより、アリスの魔法に興味があった。だから自然体で勝負して負けた。
蛇足になりますけどね。長く生きてる妖怪なんてそんなものだと私は思いますし、そう書きました。
20.90名前が無い程度の能力削除
ちょっと読みづらい所はありましたけど
個人的に凄く好きな感じの作品ですね~!

後編、楽しみにしてますw
21.90アリス最高!削除
続きを求むw
29.100名前が無い程度の能力削除
バトルモノ最高。
超応援してます。
33.80名前が無い程度の能力削除
後編楽しみすぐる。
36.60名前が無い程度の能力削除
輝夜と妹紅の会話のところで
アリス・マーガトロイになってますぜ
37.無評価設楽秋削除
了解しました。
いや、ありがとうございます。
40.100名前が無い程度の能力削除
続き楽しみすぎる
43.90名前が無い程度の能力削除
後編も期待!!
45.10名前が無い程度の能力削除
アリスのこういうU-1ネタだけは尽きることなく出てくるなぁ。
アリスの登場から全部流れが読めてしまうのがなんとも。
49.60名前が無い程度の能力削除
ダンタリオンをぱくるなw
50.90名前が無い程度の能力削除
バトルはいいですね