※ 注意! キャラ設定をかなり勝手にいじってます。
東方キャラが死ぬ描写があります。
『怪物との戦いを避けよ。さもなくば自分もまた怪物となる。
お前が深淵を見つめる時、深淵もまたお前を見つめているのだ』
フリードリヒ・ヴィルヘルム・ニーチェ
《センセイノハナシ》
夕陽が沈みかけていた。
今夜は満月だ。
早めに話を切り上げなくては。
今日はまだ、食べるには早い。
はずだ。
「久しぶりだな、霧雨魔理沙」
机を挟む、傷だらけ痣だらけの魔法使いをじっと見据えながら。
私は、上白沢慧音はまず、そう言った。
「……私は魔法使いだぜ。そんな人間みたいに呼ばないでくれ」
霧雨魔理沙は不敵に笑う。
いや、不適に、か。
かつての、好奇心と冒険心に満ちた彼女はそこにいない。
今の彼女の目は虚ろと呼ぶのもおこがましい、節穴というにはあまりに大きい。
穴、だ。
しかし目をそらしてはならない。
生家での粗悪な生育環境。
周囲と調和性のない性格。
既知の外への努力と才能。
力を得てからは素行悪化。
陽気の仮面と孤独な生活。
人の友を持たぬ人外の域。
どれも、霧雨魔理沙が霧雨魔理沙に至る理由ではあったが。
今の彼女に至る理由ではない。
私はそれを、知らなくてはいけない。
彼女を抉ったのものの中には、きっと私もいるのだろうから。
「……随分と変わったな、魔理沙」
「魔理沙はもういない。ここにいるのは魔法使いなんだぜ」
「お前が不断の努力と、天性の才能で魔法使いになったことは知っている。しかしお前という存在の本質は――」
「…………」
かつての彼女は、私の理屈っぽい説教にすぐ激昂した。そして音高く机を叩いたろう。あるいは魔法を得た彼女なら、私を光線で焼こうとしたかもしれない。
だが、今。
彼女はただ静かに、侮蔑と、明らかな哀れみを目に浮かべて見せた。
私がたじろぎ狼狽したことは否定しない。
私は、私が間違っていないという確信を己に課すことで我を保つ人間だから。人からの評価で成り立つ人間だから。
だから。
私が続けて言った言葉が、いささか無防備だったことは否定しない。
「お前に危害を加えたいわけじゃない。むしろお前の歴史を読み解き、お前が無駄に悪意を受ける事がないようしたいと思っている。私はお前の味方だ。お前のために言ってるんだ。私の言葉がわかるだろう?」
「ああ。わかるとも。先生は相変わらずの嘘つきだな」
「……私のどこが嘘つきだと言うんだ?」
「私はお前のトロフィーじゃないんだぜ?」
「……どういう意味だ?」
平静を保つことはまた、失敗した。
「自分探しの旅に出ることを勧めるな、先生。かつての生徒に教えてもらわなきゃいけないのか? 先生は、私を更生させたいんだろう? 頭のおかしい、いかれたヤツを、見事に救って見せて、周りの連中に喝采を浴びたいんだろう? 昔からずっと、先生はそればっかりだもんな?」
「私は――」
「善人なんだろう? 閻魔様にも極楽へ行かせてもらえる、スバラシイ善人だって自分を思ってるんだろう? 私の知ってる閻魔様の判決は、そんな簡単なシロモノじゃないぜ?」
「……私に、質問する立場じゃない、だろう」
「そうだったな、先生。取り押さえられた頭のおかしい魔法使いに何を聞きたいんだ?」
ああ。
霧雨魔理沙は取り押さえられたのだ。
彼女の体にある傷、痣を見てやっと思い出す。
取り押さえられた彼女に、上白沢慧音は会いに来たのだ。
博麗の巫女、七色の人形遣い、四季のフラワーマスター。
多くが心身を傷つけて取り押さえた魔法使い。
多くの罪を犯した魔法使い、霧雨魔理沙。
深呼吸しなくては。
落ち着かなくては。
黒い心、負の連鎖を作ってはいけない。
私は、霧雨魔理沙を「許す」義務がある。
魔法使いが殺した子らのためにも。
魔法使いが壊した幸せのためにも。
魔法使いを放置した己のためにも。
「私はお前の歴史を読み解いて、お前の歪みを治したいんだ。お前に何があったのか、教えてくれないか」
「魔法使いに起きるのは魔法だけだぜ」
「霧雨魔理沙はどうしていなくなった? どうして魔法使いになったんだ?」
「ああ、そんな質問があるから、魔法使いになったんだよ」
彼女の態度に反抗心は見られない。
むしろ、私への侮蔑と哀れみを深めただけのようだった。
「具体的には教えてもらえないのか?」
「そしてみんなに聞かせてやるのか。きっと先生は注目のまとだな。そして、私は哀れまれながら火あぶりか?」
「そんなことはしない。お前には地底に行ってもらうつもりだ」
そして、地上でのお前の歴史を喰っておく。
お前をよく知る者たちが、悲しまないように。
「そうか。地底のことを、先生が覚えてるとはな。いいぜ。望みどおり、魔法使いの話をしてやる――」
《マホウツカイノハナシ》
霧雨魔理沙には師匠がいた。
魔法、人間の域を超えること、全て魔理沙は「彼女」から教わった。
「彼女」にしてみれば、それはただの気まぐれだったのかもしれない。
けれど、霧雨魔理沙にとって、「彼女」は絶対の目標であり、眩いばかりの存在。そして何より、唯一、魔理沙に愛情を注いでくれる存在だった。
「彼女」は明らかに人間じゃなかったが、魔理沙にとって唯一の信じられる「ひと」だった。
魔法を見せてもらい。
仲良く話をして。
それだけで参っちまったんだ。
霧雨魔理沙は、ほんの小娘だったってことだ。
師匠の魔法に酔って、賞賛の言葉をまくしたてた。
師匠もまんざらでもなさそうだった。
ついには家でいる間は師匠に会えないのが嫌だからって。家出までしちまったんだ。笑えるだろ?
先生は覚えてるよな?
あの時、先生も森まで来ていろいろ言ってたもんな? 今と同じ通りいっぺんのこと言ってたんだ。本当に変わらないよな、先生。
私は随分と変わったんだ。
まあ、いいさ。
実家や香霖や先生が、通り一遍のことしか言わない中で。
師匠は笑って言ったんだ。
「そうかい。魔理沙、お前はいい子だからあたしの弟子にしてやるよ。力を少し分けてやろう」
そう言われた時は本当に浮ついて、手放しで喜んだ。
師匠が力を貸してくれた。私にも魔法が使えるようにしてくれたんだ。
嬉しくて嬉しくて、師匠のためにがんばった。
よくおぼえていないけど。
とても、本当にとてもがんばったんだぜ。
けれど、力及ばなくて、師匠がやろうとしてたことは失敗した。
魔理沙は、泣いて謝った。
土下座だってした。
ポーズじゃないんだ。本当に心から申し訳なくてしたんだぜ。
自分が情けなくって許せなかったんだ。
「魔理沙、お前が気にすることじゃないさ。あたしだって実力不足だったんだよ」
師匠は失敗しても何も諦めてなかった。
だから、力を貸してもらわなくても、師匠の役に立てるように、魔理沙はがんばったんだ。
よくわからないこと、よくわからないものを、さんざん試して。
師匠の力を借りなくても魔法を使えるようになったのさ。
それからは夢みたいだったさ。
師匠と肩を並べて戦うこともできたんだから。
ついに、知る中の師匠に比肩する力を手に入れる目算が立った。
霧雨魔理沙は嘘が下手だったんだ。
「どうした。ずいぶんと嬉しそうじゃないかい」
師匠はすぐに見破って、嬉しそうに言ってくれた。
「そろそろ、何かでかいことをしようかね?」
巫女相手に一つやらかそうって魂胆だったんだろうな。
魔理沙も、活躍の機会が来たって思ったね。
魔理沙は有頂天だった。
師匠をおどかそうとしたんだろうな。
その時は笑ってごまかして、それを手に入れるまで、今もいるボロ屋でこもりきりになったんだ。
ああ、なんで忘れてたんだろうな。
すごく後悔したんだぜ。
何度泣いたかわからないくらい、どれだけ笑ってごまかしてきたかわからないくらい、な。
ああ、それを忘れてたこと自体許せないけど。
忘れさせたやつはもっと、許せないよな。
そうだ、師匠の話だったな。
ついにある満月の夜。
魔理沙は、力を手に入れた。
意気揚々と師匠に会いに行ったんだ。
「彼女」には決まった居場所なんてなかったんだがな。その時には、「彼女」がどこにいるか、感じ取って会いにいけた。
ところが、その日に限って「彼女」の居場所が曖昧なんだ。
まるで気配を消してるみたいで。
魔理沙は思ったさ。
ははぁん、さすが師匠だ。弟子のすることなんて、すっかりお見通しらしい。隠れて私がどれだけ力を付けたか見ようって言うんだな。隠れてるから見つけてみろってことか。
かわいいだろう?
霧雨魔理沙は、魔法が使えても本当に普通の少女だったんだぜ。
師匠を探して魔理沙は駆け回ったんだ。
早く見つけないと。
せっかく手に入れた力を、まだまだ半人前だって言われるかもしれないからな。
焦って探したよ。
そしたら、さ。
獣が何か喰ってるところに通りがかったのさ。
師匠の気配を探してたら、ね。
こいつは師匠の新しい手下かな、って思ってその辺りを探したよ。
けど、師匠はいないんだ。
探したよ。
探したんだ。
だから。
見つかったよ。
師匠の残りが、まだ少しだけあった。
目を閉じて。
目を開いた。
そしたら、霧雨魔理沙は消えたんだ。
師匠も消えちまった。
それからはずっと私。
魔法使いが魔法を使ってきたんだよ。
《マタ、センセイノハナシ》
「…………」
「どうした? 望みの話に感想の一つも言ってくれよ、先生。」
何を言えというのだろう。
「……それで。どうして今になって人里に魔法を打ったんだ? 死人も出たんだぞ」
「師匠の言葉だよ。全人類に復讐、さ。正直、師匠の題目なんてどうでもよかったのにな。師匠が好きだっただけで。でも、ふしぎなものでな。今じゃそれが、すごくよくわかるんだぜ」
「……どうして、今なんだ?」
「先生はたいしたもんだぜ。つまらん偽善者だと思ってたらいっぱい食わされた。札付きの偽善者さ。愛の力とか想いの力なんてもんじゃ、まるで思い出せなかった」
「師匠のことを、か?」
「師匠は何か、霊的なモノだったんだな。歴史を、存在していた時間、周囲の記憶を食われたら存在自体消えちまったんだ。この間の異変とは違うよな、里のことは隠しただけだったのに、師匠のことは食っちまった。消しちまったんだ」
「……何の話をしている」
「本当に嘘が得意だな。泥棒が顔負けしてるんだぜ。現代進行形でな」
「…………」
「先生が気に食わなかったのは、ずっと前から、家出する前のいやな思い出からだと思ってたよ。実家と仲が悪いのも単に私が意地っ張りなだけだろう、ってな」
「嫌われたものだな」
「そりゃ嫌うぜ。嫌われないわけがないんだぜ。それとも、面と向かって嫌ってきたヤツの歴史も全部喰ってきたのか?」
「っ! そんなことはしていない!」
もう動揺はまるで隠せなかった。
「そうか。そう言うならいいさ。師匠について思い出せたのは、この間、永遠亭に殴り込んだ後のこと。先生と弾幕でやりあった後のことさ」
「…………」
あの後? 何があったというのだ。
「目の色が変わったな。私も霊夢も、他の何人かも、何か抜け落ちてるって感覚はあったんだぜ。けど、先生とやりあって、あの亡霊の言葉を盗み聞きしたのがきっかけさ」
「亡霊? 西行寺幽々子のことか」
「そうさ。あの、お嬢様さ。先生のことを、あいつは随分怖がってた。やりあった時は平気なそぶりでいたかもしれないけどな」
「…………」
「先生、歴史を喰うんだろう?」
「…………」
「肉体のない、記憶と想いでできた亡霊は、歴史を喰われたら消えちまうんだとさ。私たちなら、単に記憶喪失で済むことも、あいつらにとっちゃ手がなくなり足がなくなり、残らず消えちまうかもしれないんだとさ」
「…………」
「わかるか? 消えるんだぜ。ロストしちまうんだ。しかも、最初からいないってことになって、誰の記憶からもなくなる。ひでぇ話だよな。非人道の極みってもんだぜ」
「……それで?」
「私の中には何か足りない、大事なものが抜けてるんだぜ。心がスカスカなのを、意地張ってがんばるんだ、並みのつらさじゃなかった」
「そうか。よくがんばったな」
「あの夜は長かったし、ちょっと気弱になるところもあったからな。組んでたアリスにその話をしたんだぜ。そしたら、あいつも言うんだよ。生まれ故郷に帰らなくちゃいけないはずなのに、その手段が失われて、どこが故郷かもわからなくなってる、って」
「奇遇なことだな」
「で、先生の後に出会った霊夢のやつにも、ちらっと聞いてみた。似たような言葉が返ってきたんだぜ。昔のことがよくわからないって、な」
「あの巫女のことだ、忘れてしまったのだろう」
「そうかもしれないな。先日花がやたらと咲いたろう。その時、花畑の妖怪とも話をしたんだぜ。どこかにこの話題を一番に話す相手がいるはずなのに、ってな。花満開の中なのに、随分とイライラしてやがった」
「あいつの心を理解できるやつなぞいるまい」
「……いい加減、はぐらかすなよ」
「はぐらかしてなどいない」
「何もかもが先生、あんたの仕業なんだろう?」
「私はいつでも、里の安全を第一に考えている」
「だから師匠を喰って消したのか? 師匠は人間が嫌いだったらしいもんな」
「……そんなことはしていない」
ああ、嘘をついている。
しかし、あれは悪だった。
間違いなく害悪だったんだ。
私のしたことに間違いはない。
「嘘だな。嘘つきもいい加減にしろよ、先生」
「……嘘などついていない」
嘘を重ねる。
しか。
ない。
「嘘だろうが! お前が師匠を! あ――あ――うぁ――ぐ、あの、人を、食ったんだろう!!!」
ついに魔法使いは机を叩いた。
魔法使いは泣いていた。
呼びたいのに、その名前が出てこないのだ。
そうだ、私が食べたのだから。
「だから、お前は死ぬべきなんだよ――!」
魔法使いの言葉の槍。
魔法の槍が、私を貫く。
さらに壁を貫いて。
背後からも、槍が。
魔法の槍。
人形の槍。
日傘の槍。
陰陽の槍。
四つの槍が、私を、貫いて。
「返せよ! 師匠を返せ!」
魔法使いが叫ぶ。
私は引き裂かれる。
ああ、ああ。
満月が照らす。
獣が、獣が――私の中から――。
「満月を選んだのよ。食べたものを返してもらうために」
紅白巫女。
「さあ、返して。魔界に帰らなくちゃいけないの」
人形遣い。
「返して。館に帰りたいのだから」
花の妖怪。
「二度と、師匠は消させない。さんざん泣いた体を、師匠のものに、するんだ!」
魔法使い。
ああ。
歴史が。
喰らい消した歴史が。
溢れ。
体が、からだが――
「やっと、思い出せたぜ……魅魔様……」
《マホウツカイノマツロ》
巫女と妖怪はさっさと帰った。
それぞれに思うところあったのだろう。
残ったのは、緑の髪の悪霊と。
見知らぬ人形遣いの娘。
「……そんなことになってたのかい」
「ええ。お互い、いろいろなくしてたのよ。私もやっと、里帰りができるわ」
ああ、あの娘か、と合点する。
育ったものだ。
――育つほど、消えていたのか。
「あたしゃ、どこに帰ればいいんだろうね」
「魅魔、今のあなたは魔理沙でもあるのよ。体だってあるんでしょう? 彼女に関わりあるみんなに挨拶くらいしてきなさい」
「へいへい。弟子の尻拭いってのも大変だねぇ」
「…………」
「何泣いてんだい」
「……魔理沙は本当に嘘つきだったってわかっただけよ」
「あの子は、あたしの知ってる中じゃ一番の正直者だったけどね」
「魔理沙が泣いてたこと、誰も気づかなかったのよ。今回のことを持ちかけられるまで」
「泣いてなかったんじゃないかい。変な勘ぐり方すると、魔理沙も怒るだろうさ」
「あんたも、似たり寄ったりの嘘つきね。いいえ、あんたの中の魔理沙が嘘つきなのかしら」
「……早く、母親に顔見せてきなよ。幽香のやつはさっさと帰ったんだろ?」
「……ええ。でも、すぐに戻ってくるわ。私も。もう、あれからの間にも、いろんなつながりが生まれているんだから」
「そうみたいだね」
「上白沢慧音の歴史は消えていないわ。彼女は高い人望を持ってる。さっさと姿を消した方がいいわよ」
人形遣いはそう言って消えた。
「相変わらずせっかちな子だね。けどまあ、魔理沙。やっちまったことから逃げるお前さんじゃないだろ? せいぜい来たやつに見栄を張って見せようじゃないのさ」
肉片になった歴史喰いの獣を見る。
最後の足掻きか、魔理沙の望みか。
魔理沙は体を、あたしに渡してくれやがった。
白黒の帽子。
悪霊は帽子を脱ぎ。
魔法使いの帽子をかぶる。
帽子をそろりとひと撫でした。
「さあ、始めようか魔理沙。あたしゃ、ここにいるよ」
「おかえりなさい、魅魔様」
「…………」
「…………」
「はは……ははは…………バカが。バカ弟子が」
二り言にはならなかった。
独り言、だ。
外が、騒がしい。
「やってやろうじゃないのさ、人間ども。久々に、大悪霊の力を見せてやる」
遠慮はしない。
してやらない。
八つ当たりは百も承知しているが。
それでも、許せないことはあるのだから。
東方キャラが死ぬ描写があります。
『怪物との戦いを避けよ。さもなくば自分もまた怪物となる。
お前が深淵を見つめる時、深淵もまたお前を見つめているのだ』
フリードリヒ・ヴィルヘルム・ニーチェ
《センセイノハナシ》
夕陽が沈みかけていた。
今夜は満月だ。
早めに話を切り上げなくては。
今日はまだ、食べるには早い。
はずだ。
「久しぶりだな、霧雨魔理沙」
机を挟む、傷だらけ痣だらけの魔法使いをじっと見据えながら。
私は、上白沢慧音はまず、そう言った。
「……私は魔法使いだぜ。そんな人間みたいに呼ばないでくれ」
霧雨魔理沙は不敵に笑う。
いや、不適に、か。
かつての、好奇心と冒険心に満ちた彼女はそこにいない。
今の彼女の目は虚ろと呼ぶのもおこがましい、節穴というにはあまりに大きい。
穴、だ。
しかし目をそらしてはならない。
生家での粗悪な生育環境。
周囲と調和性のない性格。
既知の外への努力と才能。
力を得てからは素行悪化。
陽気の仮面と孤独な生活。
人の友を持たぬ人外の域。
どれも、霧雨魔理沙が霧雨魔理沙に至る理由ではあったが。
今の彼女に至る理由ではない。
私はそれを、知らなくてはいけない。
彼女を抉ったのものの中には、きっと私もいるのだろうから。
「……随分と変わったな、魔理沙」
「魔理沙はもういない。ここにいるのは魔法使いなんだぜ」
「お前が不断の努力と、天性の才能で魔法使いになったことは知っている。しかしお前という存在の本質は――」
「…………」
かつての彼女は、私の理屈っぽい説教にすぐ激昂した。そして音高く机を叩いたろう。あるいは魔法を得た彼女なら、私を光線で焼こうとしたかもしれない。
だが、今。
彼女はただ静かに、侮蔑と、明らかな哀れみを目に浮かべて見せた。
私がたじろぎ狼狽したことは否定しない。
私は、私が間違っていないという確信を己に課すことで我を保つ人間だから。人からの評価で成り立つ人間だから。
だから。
私が続けて言った言葉が、いささか無防備だったことは否定しない。
「お前に危害を加えたいわけじゃない。むしろお前の歴史を読み解き、お前が無駄に悪意を受ける事がないようしたいと思っている。私はお前の味方だ。お前のために言ってるんだ。私の言葉がわかるだろう?」
「ああ。わかるとも。先生は相変わらずの嘘つきだな」
「……私のどこが嘘つきだと言うんだ?」
「私はお前のトロフィーじゃないんだぜ?」
「……どういう意味だ?」
平静を保つことはまた、失敗した。
「自分探しの旅に出ることを勧めるな、先生。かつての生徒に教えてもらわなきゃいけないのか? 先生は、私を更生させたいんだろう? 頭のおかしい、いかれたヤツを、見事に救って見せて、周りの連中に喝采を浴びたいんだろう? 昔からずっと、先生はそればっかりだもんな?」
「私は――」
「善人なんだろう? 閻魔様にも極楽へ行かせてもらえる、スバラシイ善人だって自分を思ってるんだろう? 私の知ってる閻魔様の判決は、そんな簡単なシロモノじゃないぜ?」
「……私に、質問する立場じゃない、だろう」
「そうだったな、先生。取り押さえられた頭のおかしい魔法使いに何を聞きたいんだ?」
ああ。
霧雨魔理沙は取り押さえられたのだ。
彼女の体にある傷、痣を見てやっと思い出す。
取り押さえられた彼女に、上白沢慧音は会いに来たのだ。
博麗の巫女、七色の人形遣い、四季のフラワーマスター。
多くが心身を傷つけて取り押さえた魔法使い。
多くの罪を犯した魔法使い、霧雨魔理沙。
深呼吸しなくては。
落ち着かなくては。
黒い心、負の連鎖を作ってはいけない。
私は、霧雨魔理沙を「許す」義務がある。
魔法使いが殺した子らのためにも。
魔法使いが壊した幸せのためにも。
魔法使いを放置した己のためにも。
「私はお前の歴史を読み解いて、お前の歪みを治したいんだ。お前に何があったのか、教えてくれないか」
「魔法使いに起きるのは魔法だけだぜ」
「霧雨魔理沙はどうしていなくなった? どうして魔法使いになったんだ?」
「ああ、そんな質問があるから、魔法使いになったんだよ」
彼女の態度に反抗心は見られない。
むしろ、私への侮蔑と哀れみを深めただけのようだった。
「具体的には教えてもらえないのか?」
「そしてみんなに聞かせてやるのか。きっと先生は注目のまとだな。そして、私は哀れまれながら火あぶりか?」
「そんなことはしない。お前には地底に行ってもらうつもりだ」
そして、地上でのお前の歴史を喰っておく。
お前をよく知る者たちが、悲しまないように。
「そうか。地底のことを、先生が覚えてるとはな。いいぜ。望みどおり、魔法使いの話をしてやる――」
《マホウツカイノハナシ》
霧雨魔理沙には師匠がいた。
魔法、人間の域を超えること、全て魔理沙は「彼女」から教わった。
「彼女」にしてみれば、それはただの気まぐれだったのかもしれない。
けれど、霧雨魔理沙にとって、「彼女」は絶対の目標であり、眩いばかりの存在。そして何より、唯一、魔理沙に愛情を注いでくれる存在だった。
「彼女」は明らかに人間じゃなかったが、魔理沙にとって唯一の信じられる「ひと」だった。
魔法を見せてもらい。
仲良く話をして。
それだけで参っちまったんだ。
霧雨魔理沙は、ほんの小娘だったってことだ。
師匠の魔法に酔って、賞賛の言葉をまくしたてた。
師匠もまんざらでもなさそうだった。
ついには家でいる間は師匠に会えないのが嫌だからって。家出までしちまったんだ。笑えるだろ?
先生は覚えてるよな?
あの時、先生も森まで来ていろいろ言ってたもんな? 今と同じ通りいっぺんのこと言ってたんだ。本当に変わらないよな、先生。
私は随分と変わったんだ。
まあ、いいさ。
実家や香霖や先生が、通り一遍のことしか言わない中で。
師匠は笑って言ったんだ。
「そうかい。魔理沙、お前はいい子だからあたしの弟子にしてやるよ。力を少し分けてやろう」
そう言われた時は本当に浮ついて、手放しで喜んだ。
師匠が力を貸してくれた。私にも魔法が使えるようにしてくれたんだ。
嬉しくて嬉しくて、師匠のためにがんばった。
よくおぼえていないけど。
とても、本当にとてもがんばったんだぜ。
けれど、力及ばなくて、師匠がやろうとしてたことは失敗した。
魔理沙は、泣いて謝った。
土下座だってした。
ポーズじゃないんだ。本当に心から申し訳なくてしたんだぜ。
自分が情けなくって許せなかったんだ。
「魔理沙、お前が気にすることじゃないさ。あたしだって実力不足だったんだよ」
師匠は失敗しても何も諦めてなかった。
だから、力を貸してもらわなくても、師匠の役に立てるように、魔理沙はがんばったんだ。
よくわからないこと、よくわからないものを、さんざん試して。
師匠の力を借りなくても魔法を使えるようになったのさ。
それからは夢みたいだったさ。
師匠と肩を並べて戦うこともできたんだから。
ついに、知る中の師匠に比肩する力を手に入れる目算が立った。
霧雨魔理沙は嘘が下手だったんだ。
「どうした。ずいぶんと嬉しそうじゃないかい」
師匠はすぐに見破って、嬉しそうに言ってくれた。
「そろそろ、何かでかいことをしようかね?」
巫女相手に一つやらかそうって魂胆だったんだろうな。
魔理沙も、活躍の機会が来たって思ったね。
魔理沙は有頂天だった。
師匠をおどかそうとしたんだろうな。
その時は笑ってごまかして、それを手に入れるまで、今もいるボロ屋でこもりきりになったんだ。
ああ、なんで忘れてたんだろうな。
すごく後悔したんだぜ。
何度泣いたかわからないくらい、どれだけ笑ってごまかしてきたかわからないくらい、な。
ああ、それを忘れてたこと自体許せないけど。
忘れさせたやつはもっと、許せないよな。
そうだ、師匠の話だったな。
ついにある満月の夜。
魔理沙は、力を手に入れた。
意気揚々と師匠に会いに行ったんだ。
「彼女」には決まった居場所なんてなかったんだがな。その時には、「彼女」がどこにいるか、感じ取って会いにいけた。
ところが、その日に限って「彼女」の居場所が曖昧なんだ。
まるで気配を消してるみたいで。
魔理沙は思ったさ。
ははぁん、さすが師匠だ。弟子のすることなんて、すっかりお見通しらしい。隠れて私がどれだけ力を付けたか見ようって言うんだな。隠れてるから見つけてみろってことか。
かわいいだろう?
霧雨魔理沙は、魔法が使えても本当に普通の少女だったんだぜ。
師匠を探して魔理沙は駆け回ったんだ。
早く見つけないと。
せっかく手に入れた力を、まだまだ半人前だって言われるかもしれないからな。
焦って探したよ。
そしたら、さ。
獣が何か喰ってるところに通りがかったのさ。
師匠の気配を探してたら、ね。
こいつは師匠の新しい手下かな、って思ってその辺りを探したよ。
けど、師匠はいないんだ。
探したよ。
探したんだ。
だから。
見つかったよ。
師匠の残りが、まだ少しだけあった。
目を閉じて。
目を開いた。
そしたら、霧雨魔理沙は消えたんだ。
師匠も消えちまった。
それからはずっと私。
魔法使いが魔法を使ってきたんだよ。
《マタ、センセイノハナシ》
「…………」
「どうした? 望みの話に感想の一つも言ってくれよ、先生。」
何を言えというのだろう。
「……それで。どうして今になって人里に魔法を打ったんだ? 死人も出たんだぞ」
「師匠の言葉だよ。全人類に復讐、さ。正直、師匠の題目なんてどうでもよかったのにな。師匠が好きだっただけで。でも、ふしぎなものでな。今じゃそれが、すごくよくわかるんだぜ」
「……どうして、今なんだ?」
「先生はたいしたもんだぜ。つまらん偽善者だと思ってたらいっぱい食わされた。札付きの偽善者さ。愛の力とか想いの力なんてもんじゃ、まるで思い出せなかった」
「師匠のことを、か?」
「師匠は何か、霊的なモノだったんだな。歴史を、存在していた時間、周囲の記憶を食われたら存在自体消えちまったんだ。この間の異変とは違うよな、里のことは隠しただけだったのに、師匠のことは食っちまった。消しちまったんだ」
「……何の話をしている」
「本当に嘘が得意だな。泥棒が顔負けしてるんだぜ。現代進行形でな」
「…………」
「先生が気に食わなかったのは、ずっと前から、家出する前のいやな思い出からだと思ってたよ。実家と仲が悪いのも単に私が意地っ張りなだけだろう、ってな」
「嫌われたものだな」
「そりゃ嫌うぜ。嫌われないわけがないんだぜ。それとも、面と向かって嫌ってきたヤツの歴史も全部喰ってきたのか?」
「っ! そんなことはしていない!」
もう動揺はまるで隠せなかった。
「そうか。そう言うならいいさ。師匠について思い出せたのは、この間、永遠亭に殴り込んだ後のこと。先生と弾幕でやりあった後のことさ」
「…………」
あの後? 何があったというのだ。
「目の色が変わったな。私も霊夢も、他の何人かも、何か抜け落ちてるって感覚はあったんだぜ。けど、先生とやりあって、あの亡霊の言葉を盗み聞きしたのがきっかけさ」
「亡霊? 西行寺幽々子のことか」
「そうさ。あの、お嬢様さ。先生のことを、あいつは随分怖がってた。やりあった時は平気なそぶりでいたかもしれないけどな」
「…………」
「先生、歴史を喰うんだろう?」
「…………」
「肉体のない、記憶と想いでできた亡霊は、歴史を喰われたら消えちまうんだとさ。私たちなら、単に記憶喪失で済むことも、あいつらにとっちゃ手がなくなり足がなくなり、残らず消えちまうかもしれないんだとさ」
「…………」
「わかるか? 消えるんだぜ。ロストしちまうんだ。しかも、最初からいないってことになって、誰の記憶からもなくなる。ひでぇ話だよな。非人道の極みってもんだぜ」
「……それで?」
「私の中には何か足りない、大事なものが抜けてるんだぜ。心がスカスカなのを、意地張ってがんばるんだ、並みのつらさじゃなかった」
「そうか。よくがんばったな」
「あの夜は長かったし、ちょっと気弱になるところもあったからな。組んでたアリスにその話をしたんだぜ。そしたら、あいつも言うんだよ。生まれ故郷に帰らなくちゃいけないはずなのに、その手段が失われて、どこが故郷かもわからなくなってる、って」
「奇遇なことだな」
「で、先生の後に出会った霊夢のやつにも、ちらっと聞いてみた。似たような言葉が返ってきたんだぜ。昔のことがよくわからないって、な」
「あの巫女のことだ、忘れてしまったのだろう」
「そうかもしれないな。先日花がやたらと咲いたろう。その時、花畑の妖怪とも話をしたんだぜ。どこかにこの話題を一番に話す相手がいるはずなのに、ってな。花満開の中なのに、随分とイライラしてやがった」
「あいつの心を理解できるやつなぞいるまい」
「……いい加減、はぐらかすなよ」
「はぐらかしてなどいない」
「何もかもが先生、あんたの仕業なんだろう?」
「私はいつでも、里の安全を第一に考えている」
「だから師匠を喰って消したのか? 師匠は人間が嫌いだったらしいもんな」
「……そんなことはしていない」
ああ、嘘をついている。
しかし、あれは悪だった。
間違いなく害悪だったんだ。
私のしたことに間違いはない。
「嘘だな。嘘つきもいい加減にしろよ、先生」
「……嘘などついていない」
嘘を重ねる。
しか。
ない。
「嘘だろうが! お前が師匠を! あ――あ――うぁ――ぐ、あの、人を、食ったんだろう!!!」
ついに魔法使いは机を叩いた。
魔法使いは泣いていた。
呼びたいのに、その名前が出てこないのだ。
そうだ、私が食べたのだから。
「だから、お前は死ぬべきなんだよ――!」
魔法使いの言葉の槍。
魔法の槍が、私を貫く。
さらに壁を貫いて。
背後からも、槍が。
魔法の槍。
人形の槍。
日傘の槍。
陰陽の槍。
四つの槍が、私を、貫いて。
「返せよ! 師匠を返せ!」
魔法使いが叫ぶ。
私は引き裂かれる。
ああ、ああ。
満月が照らす。
獣が、獣が――私の中から――。
「満月を選んだのよ。食べたものを返してもらうために」
紅白巫女。
「さあ、返して。魔界に帰らなくちゃいけないの」
人形遣い。
「返して。館に帰りたいのだから」
花の妖怪。
「二度と、師匠は消させない。さんざん泣いた体を、師匠のものに、するんだ!」
魔法使い。
ああ。
歴史が。
喰らい消した歴史が。
溢れ。
体が、からだが――
「やっと、思い出せたぜ……魅魔様……」
《マホウツカイノマツロ》
巫女と妖怪はさっさと帰った。
それぞれに思うところあったのだろう。
残ったのは、緑の髪の悪霊と。
見知らぬ人形遣いの娘。
「……そんなことになってたのかい」
「ええ。お互い、いろいろなくしてたのよ。私もやっと、里帰りができるわ」
ああ、あの娘か、と合点する。
育ったものだ。
――育つほど、消えていたのか。
「あたしゃ、どこに帰ればいいんだろうね」
「魅魔、今のあなたは魔理沙でもあるのよ。体だってあるんでしょう? 彼女に関わりあるみんなに挨拶くらいしてきなさい」
「へいへい。弟子の尻拭いってのも大変だねぇ」
「…………」
「何泣いてんだい」
「……魔理沙は本当に嘘つきだったってわかっただけよ」
「あの子は、あたしの知ってる中じゃ一番の正直者だったけどね」
「魔理沙が泣いてたこと、誰も気づかなかったのよ。今回のことを持ちかけられるまで」
「泣いてなかったんじゃないかい。変な勘ぐり方すると、魔理沙も怒るだろうさ」
「あんたも、似たり寄ったりの嘘つきね。いいえ、あんたの中の魔理沙が嘘つきなのかしら」
「……早く、母親に顔見せてきなよ。幽香のやつはさっさと帰ったんだろ?」
「……ええ。でも、すぐに戻ってくるわ。私も。もう、あれからの間にも、いろんなつながりが生まれているんだから」
「そうみたいだね」
「上白沢慧音の歴史は消えていないわ。彼女は高い人望を持ってる。さっさと姿を消した方がいいわよ」
人形遣いはそう言って消えた。
「相変わらずせっかちな子だね。けどまあ、魔理沙。やっちまったことから逃げるお前さんじゃないだろ? せいぜい来たやつに見栄を張って見せようじゃないのさ」
肉片になった歴史喰いの獣を見る。
最後の足掻きか、魔理沙の望みか。
魔理沙は体を、あたしに渡してくれやがった。
白黒の帽子。
悪霊は帽子を脱ぎ。
魔法使いの帽子をかぶる。
帽子をそろりとひと撫でした。
「さあ、始めようか魔理沙。あたしゃ、ここにいるよ」
「おかえりなさい、魅魔様」
「…………」
「…………」
「はは……ははは…………バカが。バカ弟子が」
二り言にはならなかった。
独り言、だ。
外が、騒がしい。
「やってやろうじゃないのさ、人間ども。久々に、大悪霊の力を見せてやる」
遠慮はしない。
してやらない。
八つ当たりは百も承知しているが。
それでも、許せないことはあるのだから。
オリエント急行殺人事件を思い出した
丁度見た後だったので何だか魔理沙の声がロールシャッハで再生された…
慧音の暴走、魔理沙の自暴自棄、魅魔の再燃する憎悪、おまけ扱いの他三名の凶行
そこに至るまでの経緯が軽い台詞(他三名はほぼ一言)でしか説明されていないので
いまいち説得力に欠けているように感じられました
まるで、物語の途中をすっ飛ばしてエピローグだけを読んでしまったような感覚です
キャラクターを原作からここまで変質させるのなら
歪んでいく心理や実際の犯行もネチネチと描写してほしかったです