その日も、パチュリー・ノーレッジは寝床から抜け出すことはなかった。
昨日までは、無理に起きようと思えば上半身を起こすことくらいはできた。でも、今日は無理。
元々か細い声の持ち主ではあったパチュリーの、
「もう長くはないわね」
自嘲気味に漏らすそんな声も、もはや聞き取れないほどの大きさしか発すことができない。
「そんな、病気は気からですよ! 強気になれば何でもできるようになりますよ!」
半ばやけくそでパチュリーの手首を握る門番の無理矢理な笑顔は、だがしかし、寝ずの看病続きで確実に憔悴しきっている。
今の紅魔館は、いつもよりも幾分無防備になっていたが、住人の中で誰も門番を責める者は居なかった。
「そうだぜ、パチュリーが死んじまったら、私はどこに本を返せばいいんだよ!」
主な侵入者白黒の魔法使いも、パチェリーが倒れてから一週間、本を無断で借りていくのを止めていた。
代わりに、パチェリーの寝室に毎日顔を出すようになった。
「あら……盗んでいったのじゃなかったのかしら?」
「人間の私が死んだらみんな返すつもりだったんだぜ! なのに魔女のお前が先に死ぬなんて洒落にもならないぜ!」
「ふふふ……これに懲りたら、アリスやにとりから借りた物も、ちゃんと返しなさいよ……?」
白黒が涙ながらにうんうんとうなずく。
ここ一週間というもの、パチュリーは魔理沙のこの表情しか見ることができていない。
決して狭いとはいえないパチュリーの寝室も、パチュリーはいつもより狭く感じていた。
館の主やその妹様、メイド長などが入れ替わり立ち替わり訪れるせいか。
「お嬢様、貴方の能力でも……」
「ええ、パチェが死ぬのを止めることはできないわ」
室内というのに日傘を差したレミリアが、ためらいもなく言い切った。
「悪魔との契約という物はそんなに強力なのですか?」
「ええ、悔しいことにね。今度ばっかりは自分の無力さを呪うわ」
沈んだ声の咲夜と、無表情ながら手が真っ白になるまで傘を握りしめたレミリア。
そんな二人を見て、パチュリーは奇妙に冷静に、心が安まるのを感じた。
妹様が、涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった顔をすすり上げながら憤った。
「パチュリーがこんななのに、小悪魔はどこほっつき歩いてるのよ。許せない。今度あったら壊しちゃうんだから!」
「それは止めてあげて。私の従者よ。それにありがとう、みんな。私は今とても安らいでいるわ」
所変わって博麗神社。
境内には、いつもと同じように、神社の掃き掃除が終わった霊夢がお茶をすすっていた。
「で、あんたはいつまでここに居るつもり?」
正確には、境内でお茶をすすっている者はもう一人いる。
隣に座っていた小悪魔は、
「紅魔館に居たら、パチュリー様を余計に苦しめるだけですから」
捨食と捨虫を会得しているパチュリーに、本来は寿命はない。
だが、悪魔と契約をすると事情が変わってくる。
小悪魔と結んだ契約は、静かに、だが確実に彼女の命をむしばんでいた。
もはや死期が極まった今、契約の確たる証拠である小悪魔がパチュリーの近くにいることは、彼女の数少ない寿命をさらに短くしてしまうだけの結果となってしまっていたのだった。
「分からないのよね」
霊夢がぼやく。
「あれだけ博識で、ものすごい魔法を使えるパチュリーが、何で悪魔の契約なんか結んだのかしら」
じろりと小悪魔を眺め回す。
「あんたが、自分の寿命を縮めてまで従者にしたいような、能力のある悪魔とはとても思えないし」
「ひどいことを、なにげにさらっと言いますね」
小悪魔が自嘲気味に微笑む。
「で、なんでパチュリーはあなたと契約したの?」
小悪魔は一瞬躊躇をしたような表情をした。
そのとき、
「その質問には、私が答えて差し上げましょう」
何もない空間の歪みからスキマが現れ、八雲紫が顔を出したのだった。
「初耳よ、パチュリーが博麗大結界に関わっていたなんて」
「ええ、私も話した覚えは無くてよ」
すまし顔でお茶会に参加する紫は、あくまでも飄々とした物だった。
「あのねえ、私はあの結界の管理者なのよ?」
「あら、別に話さなくても今まで問題は無かったでしょ?」
「それはそうだけど……」
釈然としない顔の霊夢の髪を、梳かすようになでる紫は、
「それに、パチュリーは、そういうことをほかの人に話すのをとても嫌がったのよ」
「私も口止めされてました。お嬢様にも決して話すなって」
不意に、八雲紫は遠い目をする。
「あの時、外界と幻想郷を論理的に分離しようとしたとき、私の霊力には自信があった。でも、その術の組み立て方に不安があったの。
私と藍が二人がかりで組み立てても、どうしても穴のある術式しか組み上がらなかったのよ」
「へえ、あんたでもそういう失敗があるのね」
「ええ。そのとき、結界の設立に、熱心に賛同してくれている妖怪の中に、まだ幼い魔女がいてね。
今となってはどういうつもりで賛成してくれていたのかは分からずじまいだけど、結局、その魔女が悪魔の知恵を借りてくれたおかげで、完璧な結界をくむことができた」
「その魔女ってのが、パチュリー?」
「ええ、そうよ」
「へえ、そんなことがあったんだ」
ふと、小悪魔が立ち上がった。
「もう、いかないと。私、パチュリー様を迎えに行きます」
あれ、と霊夢は首をかしげた。
「紅魔館には帰れないんじゃなかったの?」
紫が言う。
「パチュリーは、今、死んだのね」
「ええ、私はあの方の魂を悪魔の世界にお連れしなくてはなりません。それが悪魔の掟ですから」
そういって、小悪魔はぺこりと頭を下げた後、どこかへと飛び去っていった。
ふと、体が軽くなった。
いや、軽くなったと言うより、まるきり重力を感じなくなってしまった。
それに、漆黒の闇へと今にも消えそうな、自分の存在感。なのに孤独感はこんなにもはっきりと、強烈に。
これが、死ね。
パチュリーは、そう、意識を形作った。
周りに気配はなく、そこら中は全て闇。
いや、前方に、一つだけ、覚えのある命の暖かさがあった。
(パチュリーさま、お待ちしていました)
もしパチュリーが生きていたら、きっとため息をついていたであろう。
(小悪魔、もう貴方は私の従者ではないのよ。もう、様付けはしなくていいんじゃない?)
(えへへ。つい癖で。申し訳ありません)
(これから私を悪魔の世界に連れて行く者のセリフとは思えないわね)
(……ごめんなさい)
沈黙。
(で? 私はこれからどうなるの?)
(パチュリー様……あなたをこれから私たちの神のもとにお連れします。あなたの魂は神のコレクションの一つとなるのです)
(そうだったわね)
(ええ……それからは神の思うがまま。どんなにひどい事でも拒否することはできません。本当にこれで良かったんですか?)
(あら? 今からでもリコールは効くのかしら?)
(……ごめんなさい…………)
(で、貴方はどうするつもり、小悪魔?)
(私は、紅魔館で司書を続けます)
(どうして? 私も居ないし、何より貴方は既に私の従者ではないわ)
(私の居ない紅魔館で、魔理沙さんに気づかれずに本の貸し出しリストを作れる人はいますか?)
(そうね……)
(それに、あの図書館に居たいんです。私が)
(そう……よろしく……)
(そろそろお別れです。パチュリー様。変な話かもしれませんが……今まで、ありがとうございました)
(あなたもよ。ありがとう、そしてさようなら)
パチュリーの意識は、小悪魔のそれをおいて、独り堕ちていった。
「あなたはパチュリーちゃんっていうの? きゃあ、かっわいぃー! そうだ! 新しく肉体作ってあげるから、幻想郷って所へ行って、アリスちゃんのお友達になってくれない?」
昨日までは、無理に起きようと思えば上半身を起こすことくらいはできた。でも、今日は無理。
元々か細い声の持ち主ではあったパチュリーの、
「もう長くはないわね」
自嘲気味に漏らすそんな声も、もはや聞き取れないほどの大きさしか発すことができない。
「そんな、病気は気からですよ! 強気になれば何でもできるようになりますよ!」
半ばやけくそでパチュリーの手首を握る門番の無理矢理な笑顔は、だがしかし、寝ずの看病続きで確実に憔悴しきっている。
今の紅魔館は、いつもよりも幾分無防備になっていたが、住人の中で誰も門番を責める者は居なかった。
「そうだぜ、パチュリーが死んじまったら、私はどこに本を返せばいいんだよ!」
主な侵入者白黒の魔法使いも、パチェリーが倒れてから一週間、本を無断で借りていくのを止めていた。
代わりに、パチェリーの寝室に毎日顔を出すようになった。
「あら……盗んでいったのじゃなかったのかしら?」
「人間の私が死んだらみんな返すつもりだったんだぜ! なのに魔女のお前が先に死ぬなんて洒落にもならないぜ!」
「ふふふ……これに懲りたら、アリスやにとりから借りた物も、ちゃんと返しなさいよ……?」
白黒が涙ながらにうんうんとうなずく。
ここ一週間というもの、パチュリーは魔理沙のこの表情しか見ることができていない。
決して狭いとはいえないパチュリーの寝室も、パチュリーはいつもより狭く感じていた。
館の主やその妹様、メイド長などが入れ替わり立ち替わり訪れるせいか。
「お嬢様、貴方の能力でも……」
「ええ、パチェが死ぬのを止めることはできないわ」
室内というのに日傘を差したレミリアが、ためらいもなく言い切った。
「悪魔との契約という物はそんなに強力なのですか?」
「ええ、悔しいことにね。今度ばっかりは自分の無力さを呪うわ」
沈んだ声の咲夜と、無表情ながら手が真っ白になるまで傘を握りしめたレミリア。
そんな二人を見て、パチュリーは奇妙に冷静に、心が安まるのを感じた。
妹様が、涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった顔をすすり上げながら憤った。
「パチュリーがこんななのに、小悪魔はどこほっつき歩いてるのよ。許せない。今度あったら壊しちゃうんだから!」
「それは止めてあげて。私の従者よ。それにありがとう、みんな。私は今とても安らいでいるわ」
所変わって博麗神社。
境内には、いつもと同じように、神社の掃き掃除が終わった霊夢がお茶をすすっていた。
「で、あんたはいつまでここに居るつもり?」
正確には、境内でお茶をすすっている者はもう一人いる。
隣に座っていた小悪魔は、
「紅魔館に居たら、パチュリー様を余計に苦しめるだけですから」
捨食と捨虫を会得しているパチュリーに、本来は寿命はない。
だが、悪魔と契約をすると事情が変わってくる。
小悪魔と結んだ契約は、静かに、だが確実に彼女の命をむしばんでいた。
もはや死期が極まった今、契約の確たる証拠である小悪魔がパチュリーの近くにいることは、彼女の数少ない寿命をさらに短くしてしまうだけの結果となってしまっていたのだった。
「分からないのよね」
霊夢がぼやく。
「あれだけ博識で、ものすごい魔法を使えるパチュリーが、何で悪魔の契約なんか結んだのかしら」
じろりと小悪魔を眺め回す。
「あんたが、自分の寿命を縮めてまで従者にしたいような、能力のある悪魔とはとても思えないし」
「ひどいことを、なにげにさらっと言いますね」
小悪魔が自嘲気味に微笑む。
「で、なんでパチュリーはあなたと契約したの?」
小悪魔は一瞬躊躇をしたような表情をした。
そのとき、
「その質問には、私が答えて差し上げましょう」
何もない空間の歪みからスキマが現れ、八雲紫が顔を出したのだった。
「初耳よ、パチュリーが博麗大結界に関わっていたなんて」
「ええ、私も話した覚えは無くてよ」
すまし顔でお茶会に参加する紫は、あくまでも飄々とした物だった。
「あのねえ、私はあの結界の管理者なのよ?」
「あら、別に話さなくても今まで問題は無かったでしょ?」
「それはそうだけど……」
釈然としない顔の霊夢の髪を、梳かすようになでる紫は、
「それに、パチュリーは、そういうことをほかの人に話すのをとても嫌がったのよ」
「私も口止めされてました。お嬢様にも決して話すなって」
不意に、八雲紫は遠い目をする。
「あの時、外界と幻想郷を論理的に分離しようとしたとき、私の霊力には自信があった。でも、その術の組み立て方に不安があったの。
私と藍が二人がかりで組み立てても、どうしても穴のある術式しか組み上がらなかったのよ」
「へえ、あんたでもそういう失敗があるのね」
「ええ。そのとき、結界の設立に、熱心に賛同してくれている妖怪の中に、まだ幼い魔女がいてね。
今となってはどういうつもりで賛成してくれていたのかは分からずじまいだけど、結局、その魔女が悪魔の知恵を借りてくれたおかげで、完璧な結界をくむことができた」
「その魔女ってのが、パチュリー?」
「ええ、そうよ」
「へえ、そんなことがあったんだ」
ふと、小悪魔が立ち上がった。
「もう、いかないと。私、パチュリー様を迎えに行きます」
あれ、と霊夢は首をかしげた。
「紅魔館には帰れないんじゃなかったの?」
紫が言う。
「パチュリーは、今、死んだのね」
「ええ、私はあの方の魂を悪魔の世界にお連れしなくてはなりません。それが悪魔の掟ですから」
そういって、小悪魔はぺこりと頭を下げた後、どこかへと飛び去っていった。
ふと、体が軽くなった。
いや、軽くなったと言うより、まるきり重力を感じなくなってしまった。
それに、漆黒の闇へと今にも消えそうな、自分の存在感。なのに孤独感はこんなにもはっきりと、強烈に。
これが、死ね。
パチュリーは、そう、意識を形作った。
周りに気配はなく、そこら中は全て闇。
いや、前方に、一つだけ、覚えのある命の暖かさがあった。
(パチュリーさま、お待ちしていました)
もしパチュリーが生きていたら、きっとため息をついていたであろう。
(小悪魔、もう貴方は私の従者ではないのよ。もう、様付けはしなくていいんじゃない?)
(えへへ。つい癖で。申し訳ありません)
(これから私を悪魔の世界に連れて行く者のセリフとは思えないわね)
(……ごめんなさい)
沈黙。
(で? 私はこれからどうなるの?)
(パチュリー様……あなたをこれから私たちの神のもとにお連れします。あなたの魂は神のコレクションの一つとなるのです)
(そうだったわね)
(ええ……それからは神の思うがまま。どんなにひどい事でも拒否することはできません。本当にこれで良かったんですか?)
(あら? 今からでもリコールは効くのかしら?)
(……ごめんなさい…………)
(で、貴方はどうするつもり、小悪魔?)
(私は、紅魔館で司書を続けます)
(どうして? 私も居ないし、何より貴方は既に私の従者ではないわ)
(私の居ない紅魔館で、魔理沙さんに気づかれずに本の貸し出しリストを作れる人はいますか?)
(そうね……)
(それに、あの図書館に居たいんです。私が)
(そう……よろしく……)
(そろそろお別れです。パチュリー様。変な話かもしれませんが……今まで、ありがとうございました)
(あなたもよ。ありがとう、そしてさようなら)
パチュリーの意識は、小悪魔のそれをおいて、独り堕ちていった。
「あなたはパチュリーちゃんっていうの? きゃあ、かっわいぃー! そうだ! 新しく肉体作ってあげるから、幻想郷って所へ行って、アリスちゃんのお友達になってくれない?」
脱力して崩れ落ちるとこだったわ
確かに魔界が小悪魔の出身地って設定ならこの解釈はありますが、
それにしても神綺様たらマイペースにもほどがあるw
×博霊大結界
○博麗大結界
オチww
良かったねぱっちぇさん!
神綺さまは空気読めるお方!
ってフレーズが浮かんじゃったじゃないかどうしてくれるwww
つまり、パチュリーは(肉体的には)アリスの妹って事になるわけですね。
無限ループ怖いwww
神綺様最高!www
でも最後まで読んだら何故か100点をつけていた。
個人的な質問なんですが、続いたりするんですかね?
妹という超設(ry
これはwwww
救われてるからもうどうでもいいやwwwww
さんざん引っ張ってのギャグを久しぶりに見たw
オチに敬意を表し、この点数で。
最後の1行に更に+100点したいwww
忘れてたぜ魔界神www
>どんなにひどい事でも拒否することはできません。
ある意味 こwれwはwひwどwいw
なんというオチの一人勝ちでしたGJ
神綺様GJ!!!!
だから100点で
オチが秀逸でした。
なんという・・・・・・wwwww
いいぞもっとやれ!!
アルェー?
神綺さまぱねぇwwww
幻想郷住人「涙を返せぇぇぇ!」
ちくしょう吹いたwwwwww
いや、ほんと凄いわ。
素直に感激した!