Coolier - 新生・東方創想話

星熊勇儀と漢のつまみ

2009/09/23 21:09:48
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 とくとくとく――。
 星熊勇儀は杯に酒を満たした。
 今夜の相棒は越乃寒梅。言わずと知れた名酒である。
 勇儀は杯を唇に近づける。

「……おっと」

 勇儀は何かを思い出したのか、杯を置いた。

「いけないいけない。つまみを忘れていた」

 そう言うと、勇儀は台所へ向かっていった。













 台所へとやってきた勇儀は、人差し指をあごに当て、むう、と悩んでいた。

「何もないねえ」
 
 つまみがない。これは由々しき事態である。
 勇儀は、別につまみなどなくとも酒は飲める。しかし、じっくりと時間をかけて酒を飲みたいとなれば話は別だ。
 今夜はゆっくりと飲みたい。今夜は、秋を感じさせるこの風に吹かれながら、ちびちびと酒を飲みながら、夏に別れを告げたいのだ。

「んー……」

 出来上がっているものや、乾物はなくても、日々生活していくだけの食料はある。これで何か作れないということもない。
 ふむ……。

「しょうがない。何か作るか!」

 少し面倒だが、秋の夜長を有意義に過ごすためだ。やってやろうじゃないかい。
 そう思い、勇儀は、ぱしっ、と手のひらと拳を合わせ、気合を入れた。衝撃波で家が揺れたのは言うまでもない。







「とは言え……」

 勇儀は、備えの食料を見渡し、溜め息を吐いた。

「大したものはないねえ」

 あるのは、キャベツ、豆腐、椎茸、長ネギ、宴会で残った叉焼、あとは……調味料くらいか。
 まあ、なんとかなるだろう。

「さて、始めるとしますか」

 まず、鍋に水と醤油を入れ、火にかける。待っている間に、椎茸の石突きを鋏で切り取っておこう。
 ぎゅむっ、ぎゅむっ、ぎゅむっ――。
 鋏越しに感じる椎茸の独特の弾力が楽しい。
 鍋が温まったところで、砂糖を入れ、溶かし、椎茸も入れる。みりんも入れた方がまろやかになるかね?
 さて、椎茸を煮込んでいる間にキャベツでもう一品作ってしまうか。
 フライパンに胡麻油を敷き、キャベツを丁度いい大きさにざくざくと切る。四分の一玉分程切って、フライパンに入れる。少し水分が出て、フライパンが振りやすくなったところで、塩、味の素、鷹の爪を入れる。
 ザッ、ザッ、ザッ――。
 調味料が行き届いたくらいで火を止める。キャベツなんて生でも食えるんだよ。
 出来た料理を皿に移す。
 適当に作ってみたけど、名前がないと寂しいよねえ。うーん……よし、キャベツのピリ辛ゴマ炒めだ!
 おっと、いけないいけない。もうちょっとで椎茸ができるから、今の内に他のを片付けないと。
 長ネギを中指程の長さに切り揃え、中央を縦に切り、開いて千切りにしていく。くそう、なんかぬるっとしたとこは切りづらいんだよ……。
 余った叉焼も、白髪ネギと上手く絡むように、同じような細さに切る。切り終えたら、二つを混ぜて、醤油、ラー油、豆板醤、煎り胡麻を入れて、ぱちぱちと音が鳴るまで熱した油をかける。じゅわっという音と共に、焦げた醤油とネギのいい匂いが立ち昇ってくる。ああ、腹減った……。よし、これを豆腐に乗せて――、中華風冷奴の完成だ!
 さぁて最後は椎茸ちゃんだ。
 酒を入れ、塩、胡椒で味を整える。えらい手抜きだけど、まあいいだろう。えーと、椎茸の醤油煮込みが出来た!

「ふいー」

 作った料理を並べてみる。うんうん、なかなかいい感じのつまみができたじゃないか。
 さあ、酒を飲もう。

「――と」

 そうだ。そういえば古明地のさとり嬢がデザートを作ってくれたんだっけ。あれも一緒に食べよう。
 酒飲みが甘いものを食えない? そんなん誰が決めた。真の酒飲みは美味いものでならなんでも酒が飲めるんだよ。
 そうだ。どうせなら縁側で飲もう。
 勇儀はそう思い、料理と酒を縁側へ運んでいった。













 縁側へ腰掛ける。うむ、やはり独り酒はここでだな。

「さて。じゃあ、いただきます」

 勇儀はまず、キャベツに手をつけた。箸で掴めるだけ掴む。鬼は何をするにも豪快なのだ。
 口に入れた瞬間に胡麻油の風味が鼻から突き抜けて、あとからじわっと塩の味が広がる。旨味成分との割り合いもばっちりだ。……いや、ちょっとしょっぱかったかな。まあいい、気分気分。
 しゃきしゃきとしたキャベツの歯ごたえを楽しんでいると、キャベツの甘みと、鷹の爪の辛みが塩の味に追いついてきて、絶妙な融合をしてみせた。
 
「うん、美味い」

 酒を飲む。
 濃い目の味付けだったが、越乃寒梅のぴりっとした、口の中を洗い流してくれるような口当たりを考えると、割と合っていたのかもしれない。
 次に、冷奴に箸を伸ばす。
 ぷるんとした豆腐の上に、具をたっぷりと乗せて口に運ぶ。豆腐は口の中ですぐに崩れた。じゅくじゅくと、ネギと叉焼を噛み締める。噛み締める。噛み締める…………。

「――ッ!?」

 勇儀の額に玉のような汗が浮き出た。

「か、辛いッ!!」

 ラー油と豆板醤を入れすぎた。ぐうう、失敗失敗。ラー油だけでよかったかもしれない。しかし、焦がし醤油の風味は良い。味はいいんだけどね。

「豆腐はまだあるし、豆腐を多めにして食べきろう……」

 酒を飲む。
 相棒は、火照った口の中をひやりと冷やしてくれた。
 椎茸を掴み、口に持っていく。途中、ぽたりと汁が垂れてしまった。

「あっちゃー。……体操服着といてよかった」

 特に気にせず、椎茸を口に放り込む。
 ――瞬間、耳の付け根らへんに強烈な感覚が襲ってきた。

「しょっっっぱぁい!」

 いかん。これはしょっぱすぎる。醤油を入れすぎたか、煮込みすぎたか。
 ――だめだ。これはとてもじゃないけどこのままじゃ食えん。今度ご飯と一緒に食べよう。
 慌てて酒を飲む。
 清涼感のある味わいが心を落ち着かせてくれる。

「ふう……」
 
 流れる風が、スカートをひらひらと揺らす。風に乗って、遠くから宴会の喧騒が聞こえてくる。
 地底の奴らは年がら年中お祭り騒ぎだ。

「全く、たまには静かに飲むってことができないのかねえ」

 勇儀は苦笑混じりに呟いた。
 ――尤も、明日からはまた、自分もあそこに混じっているのだろうけれど。

「そうだ、デザート」

 さとり嬢がせっかく作ってくれたのだ。美味しい内に食べないと失礼ってもんだよね。
 ピンク色のキレイな小粒がシロップに漬かっている。なんだろう、サクランボかね。
 ひょいっ、と指で摘み、口に放り込む。

「ん~、あまぁい」

 口に入れた瞬間、シロップの甘みがじわりと口いっぱいに広がる。出来合いのシロップじゃないね。蜂蜜と、レモンと……よくわかんないや。とにかく美味い。歯を突きたてたら、ぷちゅっ、と勢いよく中から汁が飛び出してきた。サクランボじゃなかったのかい? むぐむぐと注意深く、味、歯ごたえを確かめていると、若干の酸味があることに気づいた。加えて、小さな種がいくつもある。これは……。

「トマトかぁ~」

 なるほど、器用なことをするもんだ。これなら、甘いものが好きな人も十分満足させられるし、苦手な人でも食べられそうだ。
 恐らく、さとり嬢は私のことを気遣ってくれたんだね。

「うん。美味い美味い」

 ひょいひょいと口の中に放り込む。止まらないんだってこれ。
 食べては、飲む。食べては、飲む。
 相棒は甘くなった口を瞬時に洗い流してくれて、次に口に含む時には変わらない味わいを与えてくれる。
 酒と甘味ってのも合うもんだねえ。……いや、知ってたけどね?







 星熊勇儀は酒を飲む。料理を食べる。風を感じる。
 そうしていく内に、随分と時間が経っていた。
 喧騒はまだ聞こえる。

 別に、寂しくはないさ。今日は独りで飲むと自分で決めたんだからね。

 そう、心の中で思ったのは、強がりだったのかもしれない。そうではないのかもしれない。しかし、いずれにせよ、鬼だってお祭り騒ぎが大好きだということは間違いなかった。

 ――カサ。
 足音が聞こえた。
 勇儀は足音の方に向かって言う。

「誰か、いるのかい? ここには独りで飲んでるつまらない鬼しかいないよ」

 相手も、別に隠れていたわけではないらしく、そのままの足取りで向かって来て、言った。

「だから来たのよ。大勢で飲むのは、私の趣味じゃないわ」
「おや、こいつは珍しい。お前さんの方から来てくれるなんて」

 柱の影からやってきた人物は、波がかった金色の髪をさらりと揺らし、気だるそうな緑の瞳で勇儀を見やる。ぴこっと尖った耳が愛らしい。
 水橋パルスィは、別に、と呟き、勇儀の隣に腰掛けた。

「疲れちゃったから。あいつら元気ありすぎんのよ。妬ましい」
「はは、確かに」

 勇儀は、今もまだ続いているであろう遠くの宴会を想像し、苦笑混じりに頷いた。

「それと……」
「ん?」
「あんたが寂しがってるんじゃないかと思って、ね」
「――――」

 い、いや。そんなことは……。そこまで言って、思い直した。

「……あるかもねえ」
「あら、余裕ね。妬ましいわ」
「鬼は嘘吐かないからね。でも、なんでそう思ったんだい?」
「だって、いつもはあんたが一番騒いでるもの」
「そうだったかね」
「そうよ」
「そうか」
「うん」

 風が、流れる。

「飲むかい?」
「いただくわ」

 パルスィは、杯を受け取り、くーっ、と中の酒を飲み干した。

「――ふう。いいお酒ね」
「だろう? とっておきさ」
「それ、あんたが作ったの? 食べていい?」
「あ、あー。あー……」
「何よ?」
「豆腐と椎茸は止めておいた方がいいかも。ちょっと、失敗しちゃって……。キャベツとトマトはいけるから食べなよ」
「へー。これ、トマトなんだ? でも、いいの? あんたの食べるものが無くなっちゃうけど」
「ああ、いいんだ」

 勇儀は、パルスィに向かって、屈託のない笑顔で言った。

「何せ、最高のつまみがやってきてくれたからね」
「……甘」
「ああ、古明地のさとり嬢が作ってくれたんだ。いけるだろう?」
「そっちじゃないわよ。ばか」
「ほえ?」
「なんでもない」

 秋の夜長の、小さな小さな宴会は、冷たくなってきた風に吹かれながら、心に暖かいものを残していった。
 それは、勇儀の心にか、パルスィの心にか、はたまた――









こんばんわ。葉月ヴァンホーテンです。
今回で七作目になります。

現在作っているシリアスものが行き詰まり、料理に逃げたという始末。
丁度いい気分転換になったので、がーっと仕上げられたらいいなあ。
バトルものなんかもいずれ書いてみたいですね。
なんだか「いずれ」がどんどんたまっていきそうな予感がします。怖い。

一般的に、勇×パルが流行っているみたいなので、あえて逆にしてみたんですが、結局どうなんだこれ。

誤字脱字、面白かったとこ、つまらなかったとこなど、何でも結構ですので、アドバイス下されば次に活かしたいと思います。


■追記、というか質問。
やっぱり、作者でもコメント欄でコメントを返すのはまずいのでしょうか?
僕としては、コメントしてくれた人たちに一人一人返したい。だって嬉しいんだもん。
あとがき欄に書くと、見づらいような気がして嫌なんですよね。
どうなんでしょ?
葉月ヴァンホーテン
http://hadukian.web.fc2.com/index.html
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コメント



0.2320簡易評価
18.90名前が無い程度の能力削除
…甘い

勇儀の料理が生活観溢れていて共感してしまった
腹減った>でも手の込んだものは作りたくない
っていう時の気分が滲み出ているようなレシピだ…w
19.100カギ削除
微妙に腹減ってきてしまったじゃないか。何か買いに行くか
酒に甘味は合わないかと思ったんだがそうでもないのかな? 機会があったら試してみよう。
ごちそうさまです
20.90名前が無い程度の能力削除
体操服ww

姐さんの部屋は男の一人暮らしの様な感じに思えるwww
21.80名前が無い程度の能力削除
酒飲みながら読み返したいSSだなあ。
22.100名前が無い程度の能力削除
甘い…

勇儀さん料理得意なのか!と思ったけどそんなことなかったぜ!
24.100名前が無い程度の能力削除
甘く味付けしたトマト…分かってらっしゃるww
単純に砂糖かけるだけでもイケるんですよね~♪
26.90名前が無い程度の能力削除
ストレートではなく割ったようなまったりとした甘さでした
お酒飲めないからよく分からないんですけどねw
30.無評価名前が無い程度の能力削除
男料理だこれw
しいたけは酒を垂らして網焼きに
仕上げの醤油をかけ過ぎると泣ける
35.100名前が無い程度の能力削除
24を見て思った。トマトに砂糖とな
今まで塩かけたりしかしてなかったから、ちょっとびっくりした
トマト苦手だけど試してみよう

姉さんLove
36.100名前が無い程度の能力削除
うん、なんかもうこの雰囲気は素晴らしい
37.無評価葉月ヴァンホーテン削除
>18
星熊勇儀(28歳男性 サラリーマン)
なんというか、こんな感じでも違和感ないですよね、この人。この鬼。
そんな勇儀姉さんが大好きです。

>カギさん
僕が甘いものでもいけるってだけだから、あまり当てにしない方が吉、かもしれません。

>20
散らかっているわけでもないけど、きちんと整理整頓されているわけでもなく……小ざっぱりとしたイメージがあります。なんというか、自然体?

>21
最近では越乃寒梅も随分と安くなっています。お近くの酒屋でどうぞ。

>22
そんなことないぜ! 最初はきちんと作らせようと思ってたんですけどねー。
こっちの方が勇儀っぽいかな? と思いまして。

>24
パウダーシュガーかけて食べるとほんとにスイーツ。
作中のは、プチトマトをさっと湯通しして、皮を剥いてあるという設定です。

>26
お酒は酔いつぶれない程度に。そんなイメージが伝わったのであれば、幸いです。

>30
大江山醤油嵐ー!的な失敗料理。
だって漢だもの。

>35
トマトのシロップ漬け、とかで検索するとそれっぽいのがいくつか出てくるので、それっぽくそれしたらいいと思います。おいしいですよ。

>36
ありがとうございます。
登場予定のなかったパルスィに感謝。
プロットなんてものは、余り役に立ちませんね。とか言ったら色んな人に怒られそう。ごめんなさい。
40.100masas削除
何だかリアルな料理風景に自分でも同じ結末に陥るだろうなとふと思ってしまったり・・・ 何気にパルスィはいつ登場するのかドキドキでした、もぅパルスィが作って上げたらいいと思いました(^w^)
42.80名前が無い程度の能力削除
>「あっちゃー。……体操服着といてよかった」
勇儀姐さん可愛いww

パル勇もいいもんですねぇ
44.無評価葉月ヴァンホーテン削除
>masasさん
パルスィは京都人だから、懐石料理なんか作らせたらいいかも?
懐石料理、勉強しなきゃ……。

>42
誰がなんと言おうと、あれは体操服なんです。
人とは違った組み合わせの作品を作っていきたいなーと思っています。
51.100勿忘草削除
勇儀姐さんが良いな~
勇儀さんの料理風景がなんとなく浮かんできました。
トマトがとても美味しそう。
52.無評価葉月ヴァンホーテン削除
>勿忘草さん
私がトマト好きなので、どうしてもちょくちょく使ってしまいますw
57.100名前が無い程度の能力削除
食べたばっかりなのに、何か食べたくなるじゃないかぁ~!w
勇儀っぽい料理で、読んでるだけで食べたく… やはり遠慮させてくださいw