「実験を中止しろだあ!? いったいどういうことだよ」
「あなたのやろうとしていることは幻想郷のためにならない、そう言っているのよ」
博麗神社の縁側
魔理沙と紫が険悪な様子でにらみ合っている。
もちろん霊夢もそこにいるが、われ関せず、といったように茶をすすっているだけだ。
そもそもの始まりは、魔理沙が上機嫌で博麗神社に遊びに来たことだった。
なんでも外の本から新しい魔法のアイデアを仕入れたらしく、
茶をすする霊夢に向けて、新しい実験の話を振ったのだ。
最初は霊夢もそれなりに話を聞いてやっていたのだが、それに気をよくした魔理沙が
専門用語の羅列をし始めたあたりでめんどくさくなり、最後にはもうほとんど聞き流してしまっていた。
魔理沙はある程度話したところで満足したらしく、帰って研究の続きをしようと、腰を上げたその瞬間、
目前にスキマを開いて顔を出した紫が言ったのだ。
その実験、やめてもらえないかしら、と。
「納得がいかん。私はただ新しい魔法を試そうとしているだけだぜ?
それのどこが幻想郷に悪影響を及ぼすって言うんだ」
「外の技術を模倣した、新しい魔法なのよね。
さっきの話を聞く限り、大規模な空間操作と大出力の魔力を使った実験なんでしょう?
博麗大結界は、外の技術との相性がとても悪いの。
そんな大規模な実験をしたら、結界が揺らぎかねないわ」
紫は鋭い目で魔理沙に相対する。
「博麗大結界に守られた幻想郷は、私たち妖怪にとって最後の安住の地。
ここにたどり着くまでに多くの妖怪が存在を忘れ去られて姿を消していったわ。
私はもうあんな思いは繰り返したくない。ここを守るためなら私は何でもするわ」
紫は普段のようなうさんくささを微塵も感じさせない、真剣な態度でそう言った。
流石に魔理沙もそれに気押されたのか、すぐに反論するようなことはなく、じっくり考えている。
霊夢もそれを見て口を開いた。
「魔理沙、結界の維持に影響が出るなら私も反対よ。
もし強行するなら、私と紫を同時に相手にする気できなさい」
結局魔理沙は実験の中止を受け入れた。
悔しそうな様子で魔理沙が帰っていくのを見送った紫は、ふと、つぶやくように言った。
「いつか、魔理沙は幻想郷を出て行くかもしれないわね」
「え?」
「私は幻想郷を愛しているわ。そこに生きるすべてのものを大事に思っている。でも」
紫は自嘲するように続ける。
「幻想郷は決して大きくはない。
狭苦しい中で、気を使いながら皆が生きている、というのも本当のことよ。
だから、彼女のような向上心を持つ者にとっては、幻想郷が足かせになるのかもしれないわ」
さびしそうに笑う紫に、霊夢ははっきりと言った。
「馬鹿ね」
傷ついたようにこちらをみる紫に、なんでもないことのように霊夢は続けた。
「結構長い間あいつと付き合ってきたけど、あの馬鹿ならそんな風には考えないわ。
壁があるなら殴って壊す。じゃあ殴れない壁なら?」
ん?と霊夢は紫に問うが、紫は首を振ってわからない、と答える。
それをみて霊夢はもったいぶるように言った。
「なんとかするのよ」
「なんとかって、それ答えになってないじゃない」
「それでいいの。あいつ筋金入りの馬鹿だから、できなかったことは死んでも忘れないし、
できなかったことは、いつかできるようになるわ。
幻想郷を幻想国に、幻想国を幻想大陸に、幻想大陸を幻想星に、
幻想星を幻想星系に、幻想銀河を、幻想宇宙に。
もし、狭くなったならあいつは自分で幻想郷を広げるまでよ。
あいつもあいつなりにちゃんと幻想郷が好きなんだから」
そう言って霊夢はどこからか取り出した杯を紫に無理やり握らせ、
酒を注ぎながら続けた。
「今日のところは事前に異変を予防したってことで、
二人で飲むくらいがちょうどいいんじゃない?だからほら、ぐぐーっといきなさい」
幸せな気持ちになりました。ありがとう!
それは原作の紫は「幻想郷は全てを受け入れるのよ。『それはそれは残酷な話ですわ。』」と言うセリフを神主からあてがわれたキャラクターだということです。
前半部分のセリフを反映させた作品はよくある反面、後半部分のセリフを汲み取って前半と合わせて紫を描く作品は少ないと感じます。
儚月抄でも、紫というキャラクターを通し、神主は『幻想郷の人間妖怪双方は自由を謳歌するため最低限の不自由を受け入れている』と語っています。
紫というキャラクターは神主にとって上記のことを代弁させうるキャラクターなのでしょう。
作品を見てみて思ったのは作者さんは紫のセリフの前半部分を作品に取り込む反面、後半部分は置き去りにされてしまったかのように感じました。
もう一歩踏み込んで、後半部分のセリフを絡めた紫の内心の葛藤があったならと思いました。
この作品の紫はセリフの前半部分のみで描かれたキャラクターと感じ、もしかしたらそれは作者さんの狙い通りなのかもしれません。
でも本当に個人的感想で申し訳ないのですが、出来れば、幻想郷が全てを受け入れることを残酷な話といい切れるパーソナリティを持つ一次の紫を、作者さんなりに消化して、作品の魔理沙に対してどう感じるかとぶつけて欲しかったです。
「幻想郷は全てを受け入れるのよ。『それはそれは残酷な話ですわ。』」の前半部の強調はご指摘の通りです。その理由は、これはaho氏の「Nowhere」に影響を受けた作品だからです。氏の作品が紫の台詞をよく消化したすばらしい話であっただけに、氏の主張とはまた一味違った自分の幻想郷観を書きたかった、というのが、今回のssを書くきっかけになりました。台詞の後半部を強調した作品は、プチ46「紫は無慈悲な郷のお母さん」で書いていますので、よろしかったらどうぞ。
「早々に酔いつぶれてしまった」のも、いつかそうせざるを得なくなる可能性にやるせなさを感じたせいなのかも……。
紫という幻想郷を体現するキャラを扱うときの作者読者の真剣さはハンパじゃないな。
紫が最後に酔いつぶれるのが、絶妙の余韻を生み出していて素敵。