Coolier - 新生・東方創想話

霊夢の賽銭☆増幅計画

2009/09/18 20:17:18
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「このままじゃ駄目だと思うのよ」

 仰ぎ見れば雲ひとつない快晴の下、今日も今日とて縁側で茶を啜りつつ、博麗霊夢は突拍子もなくそんなことを言い出した。

「はぁ……? いきなりなんだ? なにが駄目だっていうんだ?」

 同じく隣でこの晴天で何故こんなくそ熱い茶なんだ、と心の中でぼやきながらもそれを飲んでいた霧雨魔理沙は、唐突すぎる霊夢の発言に首を傾げずにはいられなかった。
 まぁ霊夢が突然何かを言い出すのは今に始まったことではないので、素直に聞き返してやる。流石はこのお気楽巫女の相方、手慣れたものだ。

「いや、どう考えても駄目でしょ。うん、駄目ね。早急に何か対策を練るべきだわ」
「おーい、自己完結してないで私にも教えてくれないか。何が駄目なんだ?」
「お賽銭」

 何を今更、としか言いようが無かった。

「ほら、ここのところウチの賽銭が全く入ってないじゃない?」
「ここのところ、というかいつもな。軽く現実逃避してないかお前」
「で、お賽銭が増える何かいい案がないか探してるワケよ」

 一つ溜息を吐いて考えに耽る霊夢。一見すれば惚れる者が続出するかもしれないほど、憂いを帯びた美少女に見えなくもないが、考えているのはひたすらに金のことである。流石守銭奴巫女。百年の恋も瞬時にパーフェクトフリーズする程度の能力はデフォで装備済みか。
 まぁ、そもそも博麗の巫女に惚れるような物好きな人間なんて居やしないだろうから、構わず魔理沙は問いかける。

「それで、何か妙案は見つかったのか?」
「うーん、まぁ一つ二つくらいは」
「ほぅ、どんな?」
「まずお賽銭に来た人がいるとするじゃない?」

 既に色々とすっ飛ばしている気がするが、初っ端から否定していたら話が進まないので、寛大な心を持ってこれを流していただきたい。

「すると、お賽銭を入れるわけだから財布を取り出すでしょ?」
「まぁ、当然だな」
「そこで萃香を賽銭箱に潜ませておいて萃める能力で―――」
「ちょっと待て」

 何よ、と表情を変えずに言ってのける霊夢。その様子から冗談で言っているわけではないことが分かって心が折れそうになるが、霊夢を真っ当な道に戻せるのは自分しかいないのだ、と自身を奮い立たせる義理堅い相方。

「世間ではそれをなんと言うか知っているか?」
「蒐集?」
「窃盗だ。私のやっていることを犯罪と一緒にするんじゃない」

 いやどこが違うのよ、とどこぞの魔女のぼやきが聞こえてきそうだったが、残念ながら彼女の耳に届くことは未来永劫ないだろう。哀れパチュリー。

「大丈夫よ、取るのは財布ごとじゃなくてお金だけだから。萃香には回収後に霧になってもらえばまずバレないし」
「どこまで完全犯罪を極めようとしてんだお前。というか、なんでそれならいいみたいに言ってんだよ。大切なのは見た目じゃなくて中身なのは人も財布も同じことだろ」
「だけどこの案、成功すれば数十、数百回分のお賽銭が一度で手に入るのよ? 良くない?」
「その代わり人として大切なものを失ってる気がしないか?」
「いいのよ、実際に手を汚すのは萃香だもの。私は何も失わないわ」
「清々しいほどの外道っぷりにビックリだ私」

 守銭奴とは金に関することとなるとこうまで見境がなくなるものなのか。しかと覚えておこうと魔理沙は心に誓うのだった。

「流石に犯罪はマズいだろう。ほかの案はないのか?」
「もう、しょうがないわね」

 本当にしょうがないのはお前の頭だ、とツッこみたかったが、言ってしまうと何かが終わってしまいそうだったので必死に堪える魔理沙。健気すぎる。

「じゃあこんなのはどう?」





 後に神社を訪れる一つの人影があった。人形を携えて鳥居をくぐったのはご存知アリス・マーガトロイドだ。

「全く魔理沙ったら…用事があるなら家が近いんだし森の方でいいでしょうに…」

 というのも、先ほど魔理沙が家を訪ねてきて「神社にくるといいことあるかもだぜ」とだけ言って去っていったのだ。全く以て意味不明な上に、できることなら面倒事は避けたいアリスだったが、それでも来てしまったのは他ならぬ魔理沙の言葉であるからして。

「大体、神社に何があるって…?」

 と、そこで違和感に気付くアリス。いつもならちょうど賽銭箱が置いてある位置に『あなたの求めるもの、この先にあります』とデカい矢印と共に書かれた看板が置いてあったのだ。
 まさかいいことってコレ?と怪訝に思うアリスだったが、とりあえずは騙されたと思って示された方向に進んでいく。普段からこれだけ素直なら色々と違ってくるだろうに。
 博麗神社周辺の森林の中を五分ほど歩くと、やがて見えてきたのはまたもや看板。半ば呆れつつも覗き込んでみると、今度は『はい、ここで方向転換です』と矢印が書かれていた。早くも嵌められた感バリバリな状況に不信感を抱かずにはいられない。
 だが、スタートしてしまった以上は行ける所まで行ってみよう、という好奇心にも似た気持ちに圧され、再び足を進め始める。
 後にその判断は、かなり散々な結果を生み出すことになるのだが。
 それからというもの、この矢印探検劇はアリスの想像を遙かに上回る全貌を明らかにしていき、人間の里、紅魔館はおろか、向日葵畑から妖怪の山まで、それこそ幻想郷の名所と言えるような場所はほとんど廻ってしまったほど続くこととなった。しかも矢印の台詞は先に進むごとに『こっちこっち』だの『もうちょい』だの『残念、ハズレ⑨』だのと、客観的に見てもハッキリとやる気が無くなってきているのが分かる内容へ成り下がっていったため、腹立たしさは三割増。
 勿論、この探検劇はゴールしないと死ぬとかいうデッドオアアライブな条件は存在しないので、途中でリタイアすればよかった話ではあるが、ここまでコケにされて今更止められるもんですか、とアリスに変なスイッチが入ってしまったため継続。負けず嫌いもここまでくると尊敬すら覚える。実際にこうなりたいとは欠片も思わないが。
 そうして、長かったこの旅にも終わりが見えようとしていた。

「はぁ…はぁっ……なん、で…こんなに苦労してたどり着いたのが…」

 息も絶え絶えにおぼつかない足取りで、ついにアリスがゴール地点へ姿を現す。何故ところどころボロボロなのかというと、紅魔館で吸血鬼の暇つぶしに付き合わされたり、向日葵畑で幻想郷最凶と言っても差し支えないアルティメット・サディスティック・クリーチャーに発見されたり、妖怪の山で天狗に通行止めくらったりしたからである。
 そして、そんな寿命が三日は縮みそうな苦労をしてたどり着いたのが、

「なんで博麗神社の裏手なのよぉぉおおぉぉぉぉぉぉぉぉーっ!!」

 そう、スタート地点から僅か数十メートル。歩数にしておよそ百歩の位置にそのゴールはあったのだ。そりゃ叫びたくなるのも無理はない。
 そこには『ゴールここ、おめ』というふざけた看板がぶら下げられていて、何故かその下には最初の看板の位置に置いてあるはずである賽銭箱が鎮座していた。
 何コレ? 要するにコレ徹底的に破壊して憂さ晴らししろってこと?とアリスは怒気に満ち溢れた目で賽銭箱を睨みつける。それこそ、かの狂気の瞳をお持ちのウサミミ娘が太鼓判を押してくれそうなほどだ。今の彼女なら本当に憎しみで人が殺せるかもしれない。
 と、そこで賽銭箱の前には、もはやこの数時間で見慣れてしまった看板が立て掛けられていることに気が付いた。
 大きく溜め息を吐いて、もう何も言わずに看板を覗き込む。そこにはこう記されていた。

『おめでとうございます。よくここまでたどり着きました。ここまで来るのに苦しかったでしょう、辛かったでしょう。ですが、それはあなたの願いを叶える為に必要な試練だったのです。
この賽銭箱はその昔、一人の神主が自らの命を賭して作り上げた魔法の賽銭箱なのです。この賽銭箱は賽銭を入れた人物が試練を乗り越えてきたか否かをその金銭から悟り、乗り越えていたのなら瞬時にあなたの願いを叶えるための大魔法を発動させるのです。すなわち、導かれるままにこの場所へたどり着いたあなたは、願いを告げながらこの賽銭箱に賽銭を投げ入れるだけでその願いが現実のものとなるのです。
 さぁ、試練を乗り越えたあなた、この賽銭箱に今すぐ賽銭を。必ずその願いは叶います。

 P.S.最も効果があるのは恋の願いです。意中の相手の名前を叫びながら投げ入れましょう。尚、賽銭は多ければ多いほど効果が増します。多ければ多いほど、です。大事なことなので二回言いました』

 アリスは黙ってそれを読み終えた。その瞳からは怒気がさっぱり無くなっており、代わりにあったのは心底呆れた表情だった。

「馬鹿馬鹿しい。いまどきこんなのに引っ掛かる輩がいると思ってるのかしら。全くとんだ茶番ね」

 と、言いながら財布を取り出すアリス。

「大体、コレただの賽銭箱じゃない。魔力なんて砂粒ほども感じられないし、全く、魔法使いである私をなめているのかしら」

 と、言いながら硬貨をひん掴むアリス。

「マリs――」
「なんでだよォォォォォォォォォォォォォッ!!」

 と、硬貨を握った手を振りかぶったところで、アリスは飛び出してきた魔理沙の箒に轢かれて吹き飛んでしまったため、すんでのところで賽銭が入れられることはなかった。

「何してんのよ魔理沙! もう少しで上手くいくところだったのに!」

 魔理沙と共に近くの茂みで成り行きを見守っていた霊夢が非難の声を上げる。どうでもいいが、その後ろに見えるちゃぶ台と座布団と湯呑みとお茶請けは何だ。どんだけくつろいでんだご両人。
 まぁ察しのよい方はお気付きだとは思うが、アリスが何故魔理沙に誘導されたかというと、霊夢の賽銭増幅☆大作戦の実験台になったの一言に尽きる。
 本来なら魔理沙がその役に当てはまる筈だったのだが、魔理沙がそれを拒むと霊夢に「じゃあ代わりに誰か連れて来い」と、とてもいい笑顔で言われた(脅された)ので、渋々代役を探しに行った結果、思い至ったのがアリスなわけである。
 そうしてアリスは魔理沙の代わりに実験台(生贄)になった、ということだ。嗚呼、美しき魔法使いの友情。

「こんなんで上手くいくのコイツぐらいだわ!! というかなんで引っかかってんだよコイツ! さっき自分でただの賽銭箱って言ってたろうがよ! なんだよ何を信じたんだよお前! 神か? 神でも信じたのか魔法使い!!」

 その都合よく身代りにされたアリスに怒涛のツッコミが襲う。ちなみに当のアリスは既に先ほどの箒タックルで意識を失っているため、魔理沙の叫びはまるで聞こえていない。ついでに言えば、ほぼ暴露同然だった想いの打ち明けも魔理沙の耳には届いていなかった。踏んだり蹴ったりにも程がある。

「いいじゃない、誰だろうと神を信じても。神は信仰ある者には等しく救いを与えてくれる、って山の巫女が言ってたわよ」
「“魔法”の賽銭箱って書いてあったろうが! その時点でもう神とか関係無いわ! つーか受け売りかよ!」
「神? あぁ、頭に生えてるものですね、分かります」
「とても巫女とは思えない台詞!?」
「というか魔理沙、一方的に否定してるけど、あれ本当にただの賽銭箱じゃないわよ」
「へ……?」

 霊夢の意外な一言に魔理沙はキョトンとして目を瞬かせる。まさか本当に魔法の賽銭箱だとでもいうのだろうか。

「あれはその昔、一人の神主が女子に恋をした際、その恋が叶うようにと、来る日も来る日も賽銭を入れ、祈りを捧げた賽銭箱なの。まぁ、結果としてその男の願いは叶うことなくその一生を終えたんだけど(笑)」
「(笑)!?」
「まぁそんなワケで、なんかその念が籠もっちゃってて、恋の願いに関してはどう気持ちが噛み合わなかろうが、何が何でもその人物に意中の人物をベタ惚れさせる」
「オイイィィィィィィッ!! ただの呪いじゃないかソレ!? なんかヤンでる人が見えるんだけど!? 余計叶っちゃいけない気がするんだけど!?」
「という設定(笑)」
「つくづく最ッ低だなお前っ!!!」

 もはや悪魔のような霊夢の横暴さに堪え切れず飛び出す魔理沙の叫び。それを受けて尚、涼しい顔をしていられるのだから、本当にいい性格していると思う。

「まぁ、とりあえずこの案は成功かしら?」
「いやいやいや視力大丈夫? どこをどう見ても失敗なんですが?」

 ちなみに周辺を見渡してみれば、あるのは賽銭箱とくつろぎセットと屍状態のアリスである。なんだろうこのカオス。

「でも、現にアリスは魔理沙が止めさえしなきゃ賽銭を入れてたでしょ?」
「……否定出来ないのが怖いところだが、そもそもの問題としてコースが悪いと思うんだ」
「というと?」
「普通の人間が紅魔館や妖怪の山なんかに行って、無事に帰ってこれるわけがない」
「だからこそ試練になるんじゃない。そうまでして帰ってきたからこそ、魔法の賽銭箱の信憑性が上がるってものよ」
「試練キツすぎるわ! アリスですらコレなのにただの人間がチャレンジしたら最悪天に召されるわ!」
「スリル満点じゃない」
「なんで賽銭にスリル!? しかもコレ途中で倒れられたら賽銭貰えないじゃないか! というか、仮に妖怪とかは面白半分で賽銭に来たとしても、これじゃ逆に一般の参拝客は激減するだろ!」
「そんなもん元からいないから大丈夫よ」
「威張るな、泣けてくるだろ!」

 不覚にも少し熱くなった目頭を押さえる魔理沙。というか霊夢よ、賽銭を増やす気はあっても参拝客を増やす気はないのか。賽銭は一体どこから出てくると思っているのか一度問いただしたい。

「とにかく、常識で考えてこれは無理だ。他のにしよう」
「もう、めんどうねぇ」

 一抜けしていいかな私、と本気で思い始める魔理沙。

「じゃあ、これかな?」





「霊夢ー? いるかー?」

 本日二人目の実験台(犠牲者とも言う)は向こうからやってきた。私用で神社を訪ねてきたのは寺子屋の主、上白沢慧音だ。
 鳥居を抜けて霊夢の姿を発見すると、そちらにむかって歩を進めていく。

「霊夢、少し次回の例大祭について聞きたいことが――」
「キャアアァァァアァァァァァッ!」

 近寄った途端、絹を引き裂くような叫び声を上げる霊夢。何事かと困惑する慧音だったが、霊夢がある一定の方向を見ていることに気付き、それにならって顔を向けた。

 そこにはなんというか――変態がいた。

「ハァッハッハッ! 博麗の巫女よ、宣告通りこのなんかやたらしけったせんべいは私が頂いたぁ!」

 いつものとんがり帽ではなく、頭にはスペードを伸ばしたような角がにょきっと二本。上は肩出しへそ出しルックに下はこれでもかとまでに短くしてあるミニスカ、さらに背には小さな羽があり、尻からは頭と同じ様な尻尾が生えていたりしていた。勿論色彩は全て黒。
 と、前記の衣装に身を包んだ霧雨魔理沙が一本の木の枝の上に立っていた。
 唖然と輝きの無い目でそれを見る慧音。真っ赤になった顔を逸らす魔理沙。

「……何をやってるんだ霧雨の」
「NO! 私は断じて霧雨魔理沙などという普通の魔法使いではない! そういうことにしておいてマジで頼むからホントお願い!!」
「……分かった」

 日々教師という立場である故に苦労人である慧音は、瞬時に魔理沙の苦労も悟って頷いた。今日ほど二人の心が極限まで近付いた日はないだろう。

「E・怪盗マリサースパークマン! 私の…私のすごくしけったせんべい略してすけせんを返して! じゃないと…じゃないとウチの家計が火の車に…!」

 それにしてもこの博麗霊夢、ノリノリである。だが、その色々とごちゃ混ぜなそのネーミングセンスはいかがなものか。仮にも少女に対してマンはないだろうマンは。いや、口調は確かにアレであるが。というか、どんだけ切羽詰まってるんだ家計。
 さて、件のマリサースパークマンはというと、もはやぶっ倒れそうなほど顔に血が集中していて首筋まで真っ赤である。台詞の完璧さからノッているのかと思われるかもしれないが、その実はさっさと終わってほしいという切なる願い故だ。
 ちなみに台本(霊夢作)は先程十秒パラ見しただけである。人間やろうと思えばなんでもできると変な所で実感した瞬間であった。

「ハッ、貴様の事情など知ったことではないわ! それに私はただ摂理に従ったまでよ……そう、このせんべいは私の手の中に収まる運命だったのだ!」
「ちょっと魔理沙、台詞違う! せんべい、じゃなくてすごくしけったせんべい略してすけせんでしょうが!」

 まさかのダメ出し。
 そりゃいくら魔理沙が本気になろうと、十秒で内容を完璧に覚えろなんてのは無理な話だった。というか、隣にいる参拝客(?)のことを完全に忘れ去っていますねこの監督さんは。

「どっっちだっていいだろそんなの!」
「よくないわよ! 今のアンタの間違いはゴルゴの13と松本を間違えるぐらい失礼よ! ハードボイルドさがまるで違うじゃない!」
「お前も相当失礼なこと言ってるからなっ!」

 などと言いながらも指示に従う魔理沙。言いたいことは多々あったのだが、そろそろ恥ずかしさが臨界点を突破してどうにかなりそうだったので、演技の方に集中することにした。ちなみに慧音は、C級映画以下の惨劇を目の当たりにして目が虚ろになっていた。

「ハッ、貴様の事情など知ったことではないわ! それに私はただ摂理に従ったまでよ……そう、このすごくしけったせんべい略してすけせんは私の手の中に収まる運命だったのだ!」
「そ、そんな……っ」

 へなへなとその場にへたり込む霊夢。本当にどうでもいいところで演技が上手い。

「フハハハハハッ! では、さらばだっ!」

 その場から立ち去ろうと、魔理沙は背を向けて箒にまたがった。そのまま飛び立つ――のかと思いきや、いつまでたっても去る様子を見せない。

「ちょっと、なにやってるのよ魔理沙っ。次ホラ、台詞台詞」

 ついに耐えられなくなったのか、霊夢監督の催促が飛ぶ。魔理沙は一旦顔だけを霊夢の方に振り向かせる。その顔は頭にトマトが連想されそうなほどまさに赤一色で、羞恥からか少し瞳が潤んでいるようにさえ見えた。

「なぁ、これホントに言わなきゃダメか…?」
「ダメ」

 0.3秒。返答までの所要時間である。その表情は弾幕ごっこの時なんかよりずっと真剣だったそうな。

「うぅ……ま……ま…」

 観念して言葉を紡ごうとする魔理沙。しかし躊躇いからか、うまく言葉にすることができず、金魚のように口をパクパクさせている。
 そして数秒後。

「ま……まーみむーめもーっ!!」

 最後にそんなことを叫びながら、箒にまたがって空高く飛んで行きましたとさ、まる。あれ、雨……?

「…………」

 何も言えずに魔理沙の飛び去った方向を見つめる慧音。全く常識外の出来事に遭遇してしまったためか、頭が完全にフリーズしてしまっていた。

「あぁ……我が家の最後の食料が……」

 ガクリ、と霊夢はへたり込んだまま肩を落とす。

「これから私はどうやって暮らしていけば……貯金もないし……あぁ、こんな時にお賽銭があれば……」

 とある一部分を強調して、チラッと慧音の方へ視線を向ける霊夢。とある一部分については言わずもがな。

「お賽銭があれば……」

 いつまでも硬直して動かない慧音に痺れを切らしたのか、さらに強調してチラ見。というか、もうコレ強調とかいうレベルじゃないよ直球だよ。

「…………」

 慧音は黙しておもむろに歩き出すと、賽銭箱に硬貨を数枚投げ入れて手を合わせた。本来なら、人が何を願っているのかなど分からないが、最後に魔理沙の飛び去った方向を潤んだ瞳で見ていたところから、大体の察しはついたかもしれない。
 訪ねてきた用も終えていないはずなのに何も言うまい、という顔で首を振り帰っていく慧音の背中を見送って霊夢は一言。

「やったわ! 成功よ!」
「茶番だぁああぁぁぁぁぁああぁぁぁぁぁぁぁぁーっ!!」

 突如、凄まじい勢いで彼方より飛来した箒が霊夢の眉間に突き刺さろうかという直前。
 常人ならば視認することすら叶わぬ速度のそれを、霊夢はまるでものともせず即座に身を捻って直撃を避けると、その箒を操作している本体、すなわち魔理沙の顎に掌底を叩き込んだ。箒を手放して浮遊手段を失うも一瞬宙に浮く魔理沙。だが当然そこからは重力に従って背中から着地する。

「何するのよ魔理沙。危ないじゃない」

 背から伝わった衝撃が肺にまで達してむせ返りつつ、じんじん痛む顎を押えて悶えている魔理沙を見下ろして一言。惨い。

「おまっ……どんな動体視力してっ……」
「それより魔理沙聞いて! 成功よ! 成功したのよ!」

 切に願う。人の話を聞いてほしい。割と必死だからこっち。必死に声振り絞ってるからこっち。

「これで二つ目の案も見事成功したわね。やっぱり私の考えに狂いはなかったわ」
「いや……明らかに…無理があるだろ…」

 ようやく肺圧迫の呪縛から解き放たれた魔理沙から、早速飛び出す否定の声。ちなみに顎はまだ押えたままである。超スピード突進+進行方向真逆からの掌底=超痛い。

「えー、なんでよ?」
「いや、普通なら最後まで見ないとか、この三文芝居でそこまで心動かされるヤツそうそういないとか、言いたいことは山ほどあるが、そんなことよりも第一に考えなければならない問題がひとつある」
「なによ?」
「……私の精神力がもたない」

 先の自分の姿を思い返して、真っ赤に染まる魔理沙。ちなみに未だに衣装はそのままである。
 ついでに言っておくとこの衣装、先に説明した通りスカートの短さは限界を極めているので、毎度毎度木に登っていると当然参拝客は下から見上げる形になるわけで。そうすると必然的に普段見えてはいけない部分が見えてしまうわけであるからして。男性の参拝客なんかが来た際にはいくら魔理沙が未発達な身体をしているとはいえ、それはそれは気まずい空気になること請け合いである。

「だらしないわねぇ。この程度の演技でへばっていたらプロなんか夢のまた夢よ?」
「誰が! いつ! プロなんか目指すって言った!? つーかそういう台詞は役変わってみてから言ってくれる!?」
「私は無理よ。紅いもの」
「意味分かんないんだけど!? 意味分かんないんだけどっ!?」
「精々いけてド○ンちゃんかしらね……まぁ、やるとしてもこのままでいっか。似てるし」
「なにこの待遇の違い? 差別ってよくないと思うんだ私」
「まぁどうせ必要無い役だし、このままでいっか。いけたし」
「無視っていじめに繋がるんだぜ? つーかもたないって言わなかったっけ私? いい加減人の話聞いてくれない?」
「とりあえず、成功したしこの案で続けていきましょうか」
「ホント清々しい程全部聞いてなかったな。というかもうキレていい? キレていいよねコレ?」

 完全に耳を貸す気のない霊夢に堪忍袋の緒が切れかかる魔理沙。本当によくもまぁここまで切れずにもっている。だがその手には無意識のうちに八卦炉が握られていたりするので注意。

「というわけで魔理沙、次の参拝客が来るまでその辺で待機してて」
「私の話を聞けえええぇぇぇぇぇっ!」
「うわっ、何よいきなりそんなタイガー&ドラ――」
「待てぇ! 色んな意味で待てぇ!」
「じゃあマクロ――」
「いいからっ! そんな素でボケのグレイズ極めなくていいからっ!」
「で、何よ?」
「だからね? 他の案はないのかと、そういうわけですよ」
「そりゃ無いことはないけど……」
「よーしっじゃあどうせだからいろいろ試してみようぜっ! 何か新たな発見があるかもしれないし、な!?」
「え、でもこの案は成功してるし切り替える必要性は……」
「よく考えろ霊夢、この案だけで進行した場合何らかの障害が発生したとき(主に魔理沙が精神的限界にきて倒れるとか)、それ以外の成功例が得られていない以上、また一からのやり直しになってしまうじゃないか。だが、今のうちに色々試しておけば後々に役立つ経験になるかもしれないだろう?」
「む、言われてみれば……」
「というわけで次の案、いってみようぜーっ!」
「……そうね、せっかくだし試してみようかしら」

 いよっしゃあぁぁぁぁぁーっ、と魔理沙は心の中で盛大にガッツポーズ。それは剣道でやれば余裕で一本取り消されそうなくらい見事なガッツポーズだった。

「……なんか魔理沙、急に積極的になってな――」
「私はいつだって積極的だぜ!」

 いやそれもどうなのよ、と思わず霊夢がツッこんでしまう珍しい映像。対する魔理沙は、まるで紅魔郷でEXノーミスクリアしたかのような非常に爽やかな笑顔を浮かべていた。
 魔理沙の笑顔の意味が全く分からず、霊夢は首を傾げる他なかったが、別段気にせず新たな作業に取り掛かる。同じように何故か急いてそれを手伝おうとする魔理沙を見て、霊夢はふと思い出したかのように言った。

「ところで魔理沙」
「なんだ今更取り消しとか無しだぜ早く次のヤツ試しにかかろうぜ!」
「いやそれはいいんだけど……それ、気に入ったの?」
「……あっ!」

 とにかくこの場を凌ごうと必死になっていた魔理沙は、霊夢の発言で自身の格好と当初の目的を思い出し、慌てて着替えに向かったのだった。





「霊夢さーん」

 間延びした声が境内に届く。空から舞い降りた本日三人目の来訪客(実験台)は東風谷早苗となった。

「あら早苗、どうしたの?」
「ちょっとしたおすそわけです。それと…」

 何気なく会話をしていた早苗の視界の隅に飛び込んできた光景。それを視認すると同時に違和感を覚えたのは必然だったろう。
 霊夢の後ろに置いてある賽銭箱。それには本来あるはずのないものが装着されていた。

「…………」
「ん? どしたの早苗?」
「いえ、こっちがどうしたのと聞きたい気分なんですが…なんですかその賽銭箱?」
「ふふ、よくぞ聞いてくれたわね…」
「あ、触れてほしかったんですか……」

 てっきり何らかの異変の影響でこうなって、聞いたら事情と愚痴を聞かされるんじゃないかと思っていた早苗の予想は大きく外れることとなった。
 そんな早苗の内心など知る由もなく、霊夢はやたら得意げな顔をして告げる。

「何を隠そうこの賽銭箱こそ、くじ引き付き運試し賽銭箱“博麗アミュルーレット”なのよ!」
「…………はい?」

 唖然。呆れて言葉も出ない様子であり今の早苗の状態である。

「どう、驚いた?」
「えぇまぁその限りなく底を行っているネーミングセンスには少なからず驚きましたが…」
「言ってやらないでくれ。あれでも本人は上手いこと言ったつもりなんだ」
「あ、魔理沙さんもいたんですか」
「あぁ、ちょっと着替えをな……」
「?」

 理解できずに首を傾げる早苗に対して、魔理沙は先ほどの自分を思い出して、頬を赤く染め深く溜め息を吐いた。溜め息が幸せを逃がすというのなら、今日一日で彼女の幸福はルパンもビックリの大脱走を遂げたことだろう。

「で、この福引もどきは何なんですか?」
「博麗アミュルーレット」
「……博麗アミュルーレットは何なんですか?」
「もうしょうがないわねぇ、そんなに聞きたいなら教えてあげなくもないわよ」

 先生、めんどくさいです。すごくめんどくさい人がいます。

「まず賽銭箱の上に博麗アミュルーレットが三つ取り付けられてるじゃない?」
「そーですねー」
「そして一回の賽銭の金額に応じて三つのアミュルーレットの中から一つを回してもらって、出たナンバーの景品をプレゼント、っていう仕組みなワケ」
「そーなのかー」
「ちょっと、ちゃんと聞いてるの!? ここから重要なんだからね! 聞き逃したら大変なことになるんだからね!」
「はいはい聞いてます聞いてます」
「返事は一回!」

 これは相槌って言うんです。

「それで――」

 はなから聞き流す体勢の早苗他一名に対して、霊夢の説明は二人のテンションとは対をなして徐々にヒートアップしていき、聞き続けること五分弱。

「――というわけで、この博麗アミュルーレットは、祭りの定番くじ引きと金額の大小にこだわらず廻せるという利点を兼ね備えた参拝客上昇装置なの。分かった?」

 もはや完全に校長先生のお話と化していただけに周りの空気もグダグダである。魔理沙なんかは半分うたた寝状態で「あ、終わった?」などと呟いている。しかし霊夢だけは説明できただけで満足なのか、上機嫌で笑みを浮かべていた。

「それじゃ早苗、早速やってみましょうか」
「えぇ、私ですか…?」

 これは訪ねるタイミングを間違えたかな、と思いつつも後悔先に立たず。断ったら断ったで後が怖そうなので、とりあえずは渋々ながらも従っておく早苗。ちなみにその後ろで魔理沙がホッ、と自分に被害がなかったことに胸をなでおろしていたのは言わなくてもいいことである。言ってるじゃん、とかいうツッコミは受け付けません。

「じゃあ賽銭の基本、ご縁があるようにとのことで五円玉を」
「チッ」
「参拝客に対してなんて態度ですかこの神社」
「はいはい、じゃあ廻すのは左のヤツね~」

 開始早々にやる気が下降線を描きだしている霊夢に呆れと諦めの感情を胸にしつつも、早苗は五円玉を投げ入れ、律儀に二礼二拍手一礼までしてから福引もどきを廻し始めた。
 カラカラ玉が回る音に、商店街の福引きは買い物帰りに何回もやったけど、当たった試しがなかったなぁ、と向こうの世界の思い出に思い馳せながら、やがて出てきた玉の色は白。

「ハイ、残念賞~」
「ここまで予想通りだと、いっそ心が穏やかになれますね」
「というわけで魔理沙、アレ」
「はいはい」

 霊夢の声に、魔理沙は賽銭箱の傍らに置いてある巨大な布袋を漁りだした。その姿はサンタクロースを彷彿とさせるが、生憎と真っ黒だ。というか、蒐集が趣味の魔法使いにサンタのイメージはどうあっても結びつかない。某サークルさんは除くが。

「ほい、残念賞」

 そう言って魔理沙が早苗に手渡したのは、光沢のある黒で塗りつぶされたカラー、形状は横に長い楕円形。そして何やら○×△□とか付いている…。

「PSP!?」

 それはまぎれもなくPSPでした。

「何よ、大声あげて。そのガラクタがどうかしたの?」
「これガラクタとか言える人初めて見ましたよ!! うっわしかもコレ3000じゃないですか! ワンセグチューナーまで付いてるし! 要りませんけど!」
「何、そのPSPってのそんなに凄いの?」
「これが残念賞だっていうんなら全国の子供たちは屋台のくじ引きなんかそっちのけでこの神社に殺到しますよ!!」
「へぇー。なんか紫が拾ってきてはポイポイ家に放っていくもんだからゴミかと思ってたわ。そんなんだったらこの通り山のようにあるけど?」
「スゴッ!? うわスゴッ!? 1000~3000まで全色あるじゃないですか……ってこれGo!? なんで!? まだ発売先でしょうに!? 一体どっから拾ってきてんですかあのスキマ妖怪さんは!!」

 大興奮の早苗に対して首を傾げっぱなしの二人。そりゃあ幻想郷生まれ幻想郷育ちの二人に、外の世界の技術レベルの高さなんて分かろうはずがなかった。というか、まず電気が通ってないのだから充電できるはずもなく、とすれば電源も点かないわけで……なるほど、確かにこの二人がガラクタと言うのも無理はない気がしないでもない。もっとも、これ本来の価値を知っている者ならば口が裂けてもそんなことは言えないだろうが。

「はぁ…今ほど向こうとこっちとのカルチャーショックを感じた瞬間はないです…」
「外では変なものが売れてるのね」
「あんなものより私は断然魔導書の方が欲しいぜ」
「向こうではコレ一個買うお金で本数冊は余裕で買えますけどね……」
「そういえば、当たりとしてこんなものも用意してるんだけど、まさかこれも外の世界では売れてたりするの?」

 霊夢が別の袋から取り出したのは、掌に収まるほど小さく、中に円形のディスクが入っており、それを守るかのようにプラスチックで出来たケースが覆っている物。

「ってUMDまであるんですか…」
「何、やっぱ売れてるの? 紫が一緒に置いてったから関係あるのかと思ったんだけど」
「その通りです。この機械と一緒に使うものですよ。ちなみにコレタイトルは…」

 『モン○ターハンター Portable 3rd』

「3rdオオォォォォォォォォォォォォォッ!?」
「サド?」
「幽香のことか」

 同じものを話題にしているはずなのにこうも話が通じ合わない光景も珍しい。

「ちょっ、コレ、あの人は時空でも越えちゃったんですか!? それとも私がこっちに来てからカプ○ン頑張りすぎちゃったですか!?」
「紫が時空越え……咲夜の能力足した感じかしら?」
「無敵だなソレ」
「それで、それもそんなに凄いものなの? 最初、新種のお煎餅かと思ったんだけど」
「似ても似つきませんよっ!? というか、向こうの世界で今これが未発売のものならこの一枚を巡って大オークションが勃発すること間違いなしですよっ!!」
「へぇー、それキラキラしててPSPとかいうのより軽くて投げやすかったから、輪投げかなんかの輪なんじゃないかとも思ってたんだけど」
「あぁ、そういや投げまくってたなお前。たまに札にまぎれて飛んできてたし。いきなり出てくるからビックリするんだよなアレ」
「S○NYに土下座してくださいっ!!」

 なんという使用方法だろう。未だかつてUMDを弾幕ごっこの道具として使った者がいたであろうか。いや、いない。こんな使い方するのは後にも先にも霊夢だけだろう。

「とまぁ五円~ランクはこんな景品なんだけど、次のランクのヤツも廻してみる?」
「現ランクのものだけで外の世界では集客率として申し分ない気がしますが……このランクを越える景品というのが一体どのようなものを用意しているのかちょっと気になってきました」
「ちなみに次のランクは百円からね」
「それくらいなら…」

 百円玉を取り出し、投下。何か上手い具合に向こうのペースになっている気がしないでもないが、気にしない方向でいく。霊夢がすごい三日月形の口になって笑顔を浮かべている気がするのもきっと気のせい気のせい。魔理沙がその後ろでちょっと目を拭うような動作を見せているのも気のせい気のせい。
 と、早苗がそんなことを思っている間に出てきたのは八と書かれた玉。先程の玉にはそんなもの表記されていなかったから、今度のは数字で景品が決定するようだ。

「お、八番なんて中々いいところを引いたじゃない」
「PSPよりいい景品っていうのもイマイチ思い浮かびませんがね……」
「そんなわけで、八番の景品は……ハイ、コレ」
「何ですか、このアルバムみたいな本?」
「魔理沙の寝顔写真集」
「へぇーそんなものあったんですか」
「……なんっじゃそりゃああああぁぁぁぁああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 まさかここで不意打ちが来るとは思っていなかったのか、一瞬遅れて魔理沙の絶叫が木霊する。早苗だけかと思えば、魔理沙もつくづく霊夢の標的から外れない運命にあるようだ。ちなみにこの場合の標的は弄り対象と読みます。勉強になりますね。

「どう?」
「とりあえずこの厚さにビックリですねぇ」
「そりゃあ毎晩ブン屋に頼んでればそのぐらい当然ね」
「普通に話進めるなぁっ!! つーかそんなことしてたのかよっ! ちょっ、おまっ、それ渡せっ! 燃やすっ! 絶対燃やすっ!!」
「まぁまぁ落ち着きなさいな」

 写真集をふんだくろうとする魔理沙を瞬時に羽交い絞める霊夢。霊力で強化しているのか、魔理沙はじたばたもがくも全く動けない。

「それで、中身の方はどう?」
「読みふけるなぁっ!」
「うわぁ……可愛い……」
「可愛いとか言うなぁっ!!」

 真っ赤になって必死にもがく魔理沙。それを押さえる霊夢の表情はとてもとても加虐的な笑みに満ち満ちていた。魔理沙頑張れ、超頑張れ。

「何を必死になってるのよ魔理沙。あなたらしくないわよ? ここはクールにハハッ、私の寝顔程度が可愛いというなら君の寝顔は女神のようにでもなるんじゃないのかい、とでも返しておけばいいじゃない」
「そういうことはお前もこういうことされてから言ってくれないか!? つーか誰だよソイツ! 明らかに私じゃねぇよソレ!」
「わーよだれ垂らして寝てるー。子どもみたいで可愛い…くすくす」
「あ゛ああぁぁぁぁぁあああぁぁぁぁぁぁーっ!!」

 ――突然だが、人間の身体について少し説明しようと思う。
 人間は大声をあげたり緊張や恐怖に陥ると、副腎髄質よりアドレナリンを分泌する。このアドレナリンの作用は交感神経が興奮した状態、端的に言って心筋収縮力の上昇、すなわち筋力がアップするということだ。火事場の馬鹿力を思い浮かべてもらえば分かるだろうか。適度に緊張している時は、人間誰しも集中力が増して、通常時よりも大きな力が出せるものだ。
 さて、恥ずかしさの限界を迎えたのか、絶叫をあげた魔理沙であったが、よもやこれが違う限界をも引き出すことになろうとは思ってもみなかっただろう。

「っ!?」

 ガッチリ締まっていた霊夢の腕を力ずくでこじ開けて、拘束から抜け出すと大きく一歩後退する魔理沙。まさか抜けられまい、と思っていただけに、霊夢の驚きは小さなものではなかったろう。
 ――その一瞬の硬直を、魔理沙は見逃さない。
 踏み込み、跳躍したと同時に懐から八卦炉を取り出し、着地後には既に自分の恥辱に塗れた忌々しき写真集へと構えを取っていた。霊夢の拘束を抜けただけでなく、追撃の間を与えずに撃てる準備を整えた瞬時の判断力。これが霧雨魔理沙の真の力か。

「もういいっ! そのふざけた本、塵も残さず消滅させてやるっ!!」

 魔理沙の魔力に呼応するかのように、八卦炉に光が集束していく。その光は弾幕ごっこの比ではない。全力全開なんとやらだ。何もこんなところで限界引き出さんでもとは思うが。

「魔理沙っ! 止めてっ!」

 霊夢が珍しく焦った様子で声をあげる。が、魔理沙は聞く耳もたない。そりゃああれだけ無視され続ければ当然と言えば当然だが。

「ハッ、今更遅いぜっ! 早苗っ、巻き添え喰らいたくなかったらさっさとその本を投げ捨てろよっ! いくぜファイナル――」

 ――だが、霊夢の台詞には続きがあった。

「――そんな無駄なこと! あの本のストックまだどっさりあるどころか他にも日常編、夏服編、ローアングル編もあるから!」
「くたばれこの鬼巫女おおおぉぉおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉーっ!!」

 本へと向いていた矛先は大きく軌道修正。いつの間にか魔理沙の側面に回り込んでいた霊夢へ閃光が駆け抜ける。その巨大さもさることながら速度も申し分ない。通常ならば避ける術なく、消し炭となる運命を待つばかりだろう。
 ――だが、そこに立つは博麗の巫女である。
 直撃する刹那、霊夢の姿が霧のようにかき消えた。
 閃光は本来の標的であった存在を消滅させることなく、代わりとして数十本の木々を跡形もなく消し去り、その努めを終えた。

「はぁ…はぁ……やり過ぎたか…?」

 呼吸が乱れるほどに魔力を放出した魔理沙が自分のしでかした惨状を見て一言。そりゃ人間が受ければ途端に死体も残らないようなものを放てばそう思うのも無理はない。というか、普通だったら霊夢はもうこの世には存在していないだろう。
 まぁ、そんな心配は杞憂に終わるわけだが。

「イ・ナ・ズ・マキィーック!」
「のり子っ!?」

 上空から舞い降りた霊夢の蹴りが魔理沙の頭に炸裂する。その威力たるや、緋想天wikiを見てもらえば分かるであろう。

「上方不注意よ」

 聞いたことがない。前方不注意ならともかく。

「なるほど。わざわざ移動したのは、自分に矛先を向けた際に神社への被害を無くすためだったんですね」

 二人の下に歩み寄ってきた早苗が冷静に分析して納得したかのように頷く。ちなみに手元には写真集が握られたままである。無論、魔砲が放たれる直前も。この娘も肝が据わっているというかなんというか。

「魔理沙のアレを防ぎきるのは流石にしんどいからね。避けに徹した方が楽なのよ。というか魔理沙、なんてもん撃ってくれんのよ。私じゃなきゃ死んでたわよ今の」
「そうですよ魔理沙さん。いくらなんでも今のは酷いです」
「……そういうことはまず霊夢はこの足をどけてから、早苗はその写真集を手放してから言ってくれないか?」

 地に伏した魔理沙の頭の上には霊夢の足が乗っかっていた。「あ、ゴメス」と全く悪びれた様子もなく言ってその場から降りる霊夢。写真集を袖の中に入れて「はい、手放しましたー」とか言う早苗。この状況を見て謝罪の対象が魔理沙以外にいると思える人がいるのなら、是非眼科か精神科へ行くことをお勧めする。

「というわけで魔理沙、謝罪の言葉」
「謝りましょう」
「いや、あのなぁ」
「謝れ」
「謝ってください」
「…………ごめんなさい」

 色々と腑に落ちない点はあったが、さすがに先程のは自分でもやりすぎだったと反省している面もあるため、謝罪はしておく。迫力に負けた、というのも無きにしも非ずだが。

「よし、じゃあ許してあげるから写真集の件はスルーしてもらうわね☆」
「ですね☆」
「うおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉやっぱりそういうことになるのかよぉぉぉぉっ!!」

 人の罪悪感につけ込む悪魔が二人います。誰か早急に退治お願いします。

「さて、じゃあこの話も片付いたところで、最後のルーレット、いっちゃいますかー☆」
「いっちゃいましょー☆」
「なんだよその団結力! いつからそんな仲良くなったんだよお前ら!」

 魔理沙のツッコミなど聞きもせず、さっさとラストルーレットを廻しにかかる悪魔二人。

「あ、ちなみにこのクラスは五百円からだから☆」

 訂正。真の悪魔は一人でした。
 きっちり代金は払って(払わされて)から、早苗は三つ目のルーレットを廻す。その間早苗の後ろでは、魔理沙が写真集を焼き払おうと再び八卦炉を取り出したりしていたのだが、先の魔砲のせいでレーザーの一本も出せなくなっていたので、手近にあったPSPを使った弾幕ごっこが行われていた。精密機械をなんだと思ってる。
 そんなことはいざ知らず、カツンッと音を立てて早苗の前に姿を現したのは、金色で壱と表記された玉。

「そっ、その玉はっ!」
「うわっ、なんですかっ?」

 普段のアミュレットの代わりにPSPを取り巻いて弾幕ごっこに興じていた霊夢が、突然驚愕に満ちた表情で降りてきた。そうしている間にも、PSPのスロットからはすごい勢いでUMDが飛んで行っている。何この新スペル。

「な、なんてこと……まさか真っ先にその玉が出てくるなんて……これがアンタの奇跡を起こす程度の能力ってヤツの真髄なのかしら……」
「なんか私の能力すごくちっぽけなものにされた気がしたんですが……これ当たりなんですか?」
「当たりも当たり大当たりよ……この中に一つしか入っていないはずなのに……それを引き当てるなんて……早苗、アンタもしかしてどっかの王様や社長みたいに触れた瞬間に次に引く物が分かるような能力を」
「持ってませんからそういう発言は控えた方がいいと思いますよ」

 正直早苗はいまいちしっくりきていないのだが、霊夢の驚きようからして本当に大当たりのようだ。ちなみに奥では、魔理沙もとんでもない数のUMDに大当たりされていた。S○NY結界とでも名づけておこうか。

「くっ、けど出てしまったことは事実……大人しく景品を渡しましょう」

 霊夢の悔しがりようから、そんなに凄いものなのかと自然に高まる早苗の期待感。

「ええい、持ってけ泥棒!」

 そう言って霊夢が涙ながらに投げ渡してきた物を受け取る早苗。その手の中にある物を見た時、早苗は。

「…………」
「感動のあまり声も出ないのね……気持ちは分かるわ」
「あの、霊夢さん」
「なに? 感謝なんていいのよ、アンタが自力で手に入れたものなんだから」
「いえ、そうではなくてですね」
「あぁ、いつかは手放す時が来ると思ってけど、こんなに早くこの手を去る時が来るなんて……」
「もしもーし? 一つ聞きたいんですけどー?」
「もうっ、なによ? 今とんでもない喪失感に苛まれてるっていうのに」
「…………なんですか、コレ?」

 そう尋ねられた霊夢は、え、嘘? 見て分かんないの?みたいな顔をして一言。


「すけせん」
「「なんでだよおおおおぉぉぉぉおおぉぉおおぉぉぉーっ!!」」


 向こうでUMDと格闘していた魔理沙までツッコミに来るほど、それはツッこまずにはいられない事態だったそうな。
 早苗の手の中には、確かにすごくしけったせんべい略してすけせんが握られていた。そのしけり具合たるや、半端ではない。三日間雨が降り続いた縁側に放置しておいたとしても、ここまでしけったりはしないだろう。すけせんの名はこのせんべいにこそ相応しい。
 あえて言おう。だからなんだ。

「え、何? まさか不満?」
「むしろこれで不満抱かないと思うことが分かりませんっ! どうしてくれるんですか私の期待感っ!」
「え、これ以上の景品とか考えられなくない?」
「むしろお前の考えが考えられんわっ! どこをどうやったらこれが最高クラスの景品になるんだよ! ナイスガッカリにも程があるわ!」
「だって、PSP・魔理沙写真集=タダ、すけせん=買ってきた物、じゃない」
「「って景品判断基準も一番に金かいぃぃぃぃぃっ!!」」

 二人のツッコミが見事に重なり、天高く響き渡る。かくして、精密機械、写真集を退けぞいて一枚のせんべいが最高級の景品になるのだった。
 とりあえず霊夢、S○NYには土下座しといた方が良いと思う。





「あ゛~……疲れた……」

 時刻はすっかり日の暮れた夕刻。魔理沙は縁側で赤く染まる世界を見ながら、大きく息を吐いた。
 あの後も幾度となく、霊夢の提案に基づいた賽銭増幅計画は実行され、その度に必然のように魔理沙は様々なことに駆り出されて、今やその疲労感はもうここから一歩も動きたくないと思うほどに増大していた。

「お疲れさま、魔理沙」

 その隣に、湯呑を乗せたお盆を持った霊夢が座り込んだ。魔理沙は一言礼を言って、差し出された湯呑を受け取ると、そのまま冷ますこともせずに熱湯のごときソレを口内に流し込む。ずっと動き回っていたせいで喉がカラカラなのだ。この際どんな液体であろうと喉を潤せるものであればそれでいい、とばかりに相も変わらずくそ熱い茶を嚥下していく。
 プハァッ、と一気に飲み下すと、お茶ってこんなに美味しかったんだ、という大発見と人類の味覚という機能に少しばかり感激を覚えた。

「あら、私の淹れたお茶そんなに美味しかった?」
「あぁ、美味すぎて喉が焼けるくらいに」
「舌火傷してない?」
「気のせいひゃぜ」
「はい、こんなこともあろうかと用意しておいたお冷」

 そんなもんがあるなら早く出せ、と上手く回らない舌で言ってコップをぶんどる魔理沙。そんな魔理沙を見て、霊夢はどこか楽しげに微笑むのだった。

「それで――どう、少しは気分転換できた?」
「……へ?」

 お冷を飲み干してようやく一息吐けた魔理沙に突然そう言ってきた霊夢。その発言に魔理沙は疑問符を浮かべずにはいられなかった。一体この巫女は何を言っている、と。
 あるいは――何故そのようなことが言えている、と。

「な、にを…」
「なにをって、あなた今日ちょっと気分が落ち込んでいたでしょう。大方、ここ最近魔法の実験結果があまり芳しくなかったりしたんじゃない?」

 ギクリ、と魔理沙は一瞬身体を強張らせた。図星だったからだ。
 確かに魔理沙の近頃の実験の成功率の低さは異常な数値だった。普段なら化け物茸の調合に三日とかけないところをほぼ一週間も費やし、ようやく出来た固形物も全てが全て大した実験結果を得られなかったのだ。それが一度や二度ならまだいい。しかしもう既に一ヶ月ほどこの状態が続いている。いくら魔理沙が地道な努力を重ねる魔法使いだったとしてもまだまだ精神の熟していない少女、流石に全く堪えないはずがない。
 ただ、霧雨魔理沙という少女は決して人前ではそのような感情を見せない人物だった。自分が影で努力しているということを知られるのが嫌なのか、単なる意地か、はたまた別の理由か。とにかく少なくとも他人に気付かれないようには抑え込んでいたつもりだった。
 それが、一瞬で看破されていたということに驚きを感じないはずがない。
 何故分かった、そう尋ねようとした魔理沙に対して。

「分かるわよ、アンタとはなんだかんだ付き合い長いしね。行動パターンや思考回路の一つくらい自然と覚えるわよ」

 自分が口を開く前にそう言われて、魔理沙は自身の顔に血が集中するのを感じた。
 ぶっきらぼうに言いつつも微笑む霊夢の笑顔は、あまりにも慈愛に満ちていて、そして綺麗すぎるように見えたから。

「まさか……今日突然賽銭がどうこう言いだしたのって…」
「ん? ふふっ、さぁて……どうかしらね?」

 唇に指を立てて悪戯っぽく微笑む霊夢から目を逸らし、赤くなった顔を見られないように深く帽子を被った。
 弾幕ごっこで何度も思い知らされた感情がここでも生まれる。
 ――あぁ、コイツには敵わないな、と。
霊夢「今日だけでお賽銭が……ふふっ」
魔理沙「畜生私の感動返せ」
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コメント



0.1760簡易評価
11.100名前が無い程度の能力削除
「すけせん」
「なんでだよぉぉ(ry!!!」
思っクソ笑ったwwwwwwww

いやあ、笑わせて頂きました。オチも素晴らしいものでした。オチのオチは兎に角としてw
これは100点評価せざるを得ない。お手上げだ!
15.100名前が無い程度の能力削除
素晴らしいwwwなんか色々ぶっとび方が素晴らしいwww
もう魔理沙が可愛いすぎてもうね。写真集ください。
16.80名前が無い程度の能力削除
ギャグがパワフル過ぎて途中からついていけなくなった。
霊夢が激しすぎる。魔理沙ツッコミお疲れ様としか。
尻尾までネタを詰めつつオチでいい話に持っていくんじゃねえー!w
18.100名前が無い程度の能力削除
何故か
というと?
に噴いたww
それ以外も面白かったぜ!文句なしにこの点数だ!
26.100名前が無い程度の能力削除
取り敢えず百円博麗アミュルーレットやってくる
29.80名前が無い程度の能力削除
なに最後良い話みたいにしてんだwww
33.70名前が無い程度の能力削除
PSPの価値の差と魔理沙のリアクションがいい。
41.無評価名前が無い程度の能力削除
S○NYwwwwww
隠れて無いwwww