空は、朝からどんよりと曇っていた。
長い経験から予想されるのは昼過ぎからの雨だ。
久し振りに釣りでも、と考えていたが、どうやらそうもいかないらしい。
早めに畑の手入れを済まし、さっさと家に籠もる事に決めた。
昼下がり、予想通りに雨音が屋根を叩く。
大して強くはないが、長引きそうな感じだった。
「やれやれ……」
慧音や永遠亭の薬師と違って、私はおおよそ勉学というものに興味がない。
だから、うまい具合に晴耕雨読、というわけにはいかない。
そこで私が目を付けたのが、竹細工だ。
原材料は無尽蔵だし、何より造形には限界が存在しないから、かれこれ150年程続いている私の趣味だ。
物置にある竹を取りにいく途中、慧音が花入れを造ってほしいと、言っていたのを思い出した。
「よっしゃ、一肌脱ぐとするかな」
こきこき、と指を鳴らし、私は竹を手に取った。
細く割った竹を、網代編みで丁寧に編み込んでいく。
少しでも隙間が出来ると水が洩れてしまうため、この作業は簡単そうに見えてかなり集中力がいる。
未熟だった頃は、よく失敗して床を濡らしたものだ。
「ふう……」
随分長いことやっているからか、腕はかなり上がった。
慧音曰く『人間国宝級』らしいが、幻想郷に国家は存在しないから、果たしてそれにはなれそうもない。
まあ、誰かに誉められるためにやっているんじゃあないから、一向に構わないのだが。
さあ、もう一息だ。仕上げこそ、一番気を抜いちゃあいけない。
画竜点睛、という言葉の……
――ん……?
「……誰だ」
戸の前に、気配が一つ。知らない気配だ。 ……強い。それも格別に。
ただ、強いのに、何処か弱々しい。何と言うか、不安が滲み出ている、といった感じがした。
「出て来い」
………。反応はない。
どうやら、襲ってくるつもりはないらしい。
というより、まず動くつもりがないように見える。
――待ち伏せ?
いや、これだけの力を持った奴なら、小細工は必要ない筈だ。
「………」
警戒は弛めず、私は戸に歩み寄る。
わざと聞こえる様に足音を強めても、やはり戸の外の人物は動く素振りを見せない。
「……?」
と、そこで私はあることに気が付いた。
――この気配……確か……
先程ははっきりしなかったが、近づくにつれてそれは覚えのある気配に変わった。
忘れもしない。あの夜、ナイフをぶん回すメイドを引き連れて私をこてんぱんにのしてくれた――
「レプリカか!?」
がたん、と勢い良く戸を開く。
「あ……?」
レプリカはいなかった。
代わりにそこには、煌びやかな七色の翼を持った少女が、力なく横たわっていた。
ふらんふらんでもっこもこ
目を覚ますと、そこは初めて見る部屋だった。
「ここは……」
「よ。目ぇ覚めたか?」
「……!」
初めて見る人。白くて綺麗な長い髪。大きな胸。
「ここ、どこ? あなたは?」
「私は妹紅。藤原妹紅。そんでもってここは私の家さ。」
「もこ……?」
「もこうだ。も・こ・う」
「もこう」
「そうそう。さ、次は私の番だな。名前と、どこから来たかを教えてくれ」
言いたくなかった。
言ったら、きっと妹紅を恐がらせてしまう。
「………」
「何だ何だ、私だけ名乗らせといて自分は名乗らないのか?」
私は、嫌われ者。
何処に行っても、受け入れてなんて貰える筈がない。
「ふう、参ったねえ。吸血鬼ってのはどいつもこいつも礼儀知らずらしい」
「え……?」
何故かはわからない。でも、妹紅は私が吸血鬼だと見抜いていた。
驚く私に、妹紅は続ける。
「何でお前さんが吸血鬼だって事が分かったかって? 似たような奴と会ったことがあるからさ」
「似たような奴? それって……」
私と似たような吸血鬼。そんな吸血鬼は、一人しかいない。
そう……
「レプリカ。レプリカ・ブルーレットだったかな」
「レミリア! レミリア・スカーレット! 間違えすぎよ!」
ひどい間違われ方だけど、確かに妹紅が会ったというのはお姉様だ。
「ああ、そう言われれば。でも、なんであんたあいつの事知ってんの? 知り合い?」
「知り合いも何も、私のお姉様よ」
「へぇ、あいつ、妹なんていたんだねえ。初耳だ」
けらけらと笑っている妹紅は、余り私を恐がっているようには見えない。
きっと無理をさせてしまっているんだ。
「そう、妹のフランドールよ。……隠そうとしてごめんなさい」
「え? あ、ああ、別に怒っちゃいないから気にしなさんな。……ん? どこ行くんだよ?」
「わかんない。けど、ここにいたら迷惑でしょ?」
「私は迷惑だなんて一言も言ってないぞ」
「無理しなくて、いいよ」
「無理してんのはお前だろ。吸血鬼が雨に弱い事くらい、私も知ってる」
妹紅の目は真剣だった。
恐れるどころか気遣うようなその視線に、私は思わず目を背ける。
「それに、行きたくない、って顔に書いてある。いたいんなら、いればいいじゃないか」
「でも、私は吸血鬼よ? 妹紅は私の事が恐くないの?」
「恐くないよ。伊達に千年生きちゃいないさ」
「千年……?」
「ワケ有りでね。どっちかって言ったら私もあんた達寄りだ、って事さ」
「そう、なんだ」
「じゃあ逆に聞くけど、あんたは私が恐い?」
「ううん、恐くない」
「なら、いいじゃないか。ほれ、寝た寝た! 今お粥作ってるから、取り敢えず食っていきなよ」
そう言って、妹紅はにかっと笑った。
嬉しかった。
私は、嫌われ者。何処に行っても、受け入れてなんて貰えないと思っていた。
だからこの時の妹紅の笑顔は、心の底が震える程、嬉しかった。
「………」
あんまり嬉しくて、零れた。
「お、おい、フランドール」
「あり、がとう……」
一瞬、目の前が真っ暗になった。
「……ったく」
次の瞬間、私の顔に柔らかい胸の感触が覆いかぶさってきた。
「湿っぽいのは苦手だ。だから泣くな。わかった?」
「うん……!」
◆
フランドールという子の事を一言で表すと、『凄くいい子』だ。
まだ幼いのに(本人曰く500歳オーバーらしいが)しっかりしてるし、何より控え目な所なんか素晴らしい。……あの傲慢不遜な姉貴とは大違いだ。
「ねえ妹紅、こんな感じでいいかな?」
「おー、上出来上出来。やっぱフラン才能あるよ!」
「そ、そうかな? へへ……」
今私達は、一緒に竹細工をしている。
お粥を食べた後、すぐに元気になったフランドールが暇そうにしていたので、私が誘ったのだ。
呑み込みが早い、向上心がある、手先が器用、と三拍子揃ったフランドール。これ程教え甲斐がある子は滅多にいない。
「出来たっ!」
「どれどれ……」
竹を初めて見る、というこの子の言葉が嘘にしか思えないような、六つ目編みの見事な九寸皿が出来上がっていた。
「大したもんだよ! この出来ならすぐにでも使えそうだ」
「ほんと!? でも、妹紅のやつと比べると……」
「ははは、そりゃあそうさ! 私はキャリア150年の『超芸術家』だよ? 竹を触るのも初めてのフランにいきなり抜かれたら立場ないって」
「ふふっ、確かに」
こりゃあ十年で並ばれるな、と思ったけど、口に出すのはやめておいた。
「よし、じゃあ早速使ってみるか」
「あ、待って。このお皿、貰って帰ってもいい?」
「ん? ああ、いいよ。ていうかフランが作ったんだから、煮るなり焼くなり好きにしな」
「や、焼いたりなんてしないよ!」
あたふたと狼狽えるフランドール。
うん、可愛い。思わず頭をわしゃわしゃしたくなる。
「ははは、こやつめ!」
「な、何すんのさー!」
有言実行。言っちゃいないが、細かいことは気にしない。
「もう! 髪の毛くしゃくしゃになっちゃったじゃない!」
「やあ、悪い悪い。それよりさ、この後はどうするつもりなんだ?」
外はまだ雨が降っていて、どの道ここを動けない事を知りつつ、私はフランドールに聞く。
泊まってくか? とストレートに言ってもよかったけど、何だか照れ臭いからフランドールに言わせる形にしたのだ。
「えと、妹紅……?」
「んー?」
「今日、泊まっても……いいかな?」
期待を少しも裏切らないフランドールの照れ臭そうな仕草。
無意識に体がぷるぷる震えた。
「駄目、かな……?」
そして、とどめとしか思えない必殺の上目遣い。
私の理性の箍が、ぽこんと間抜けな音をして外れた。
「いいに決まってるじゃんか! ははは、こやつめ!」
「な、何すんのさー!」
◆
朝が来た。
昨日の雨は上がっているみたいで、外からは元気な鳥の鳴く声が聞こえる。
「お? ようやくお目覚めか」
隣の部屋から、エプロン姿の妹紅が顔を出す。
あんまり似合ってない、と思ったけど、口には出さないでおいた。
「よく眠れたか?」
「うん。おかげさまでね」
昨日は、あの後妹紅と一緒の布団で寝た。
誰かと一緒に寝るのは本当に久し振りだったけど、何故かちっとも違和感を覚えなかった。
布団の中で、色んな事を話した。お姉様の事、紅魔館のみんなの事、そして、私の事。
妹紅も色んな事を話してくれた。ただ、私はいつの間にか寝てしまったらしくて、途中で記憶が途切れている。
「昨日、寝ちゃってごめんね」
「ま、気にすんな。布団畳んで、そこの棚にしまってくれたら許すよ」
「えー……」
頭を、ぽん、と軽く小突かれる。
「ほら、ちゃっちゃとやる。働かざる者食うべからず、ってやつさ」
「むー……」
「返事は?」
「はーい」
私は渋々布団を畳みながら、昨日妹紅がしてくれた話を思い出していた。
最初は人間関係。次は笑い話や失敗談。それで、私の記憶が途切れる間際……
――私はさ、ずっと、生きてるのがつまらない、って思ってたんだ
そう、確かに妹紅はそう言った。
「おーい、早くしまっちゃいな。朝飯冷めちまうぞー」
妹紅が私に初めて見せた、少し悲しげな顔。
眠気で薄れた記憶でも、その言葉とその表情は、私の脳裏に鮮明に焼き付いていた。
「フランドールさーん、聞こえてますかー」
妹紅はあの後、何を言おうとしたんだろう。
気になる。でも、軽々しく聞いていい事じゃない、そんな気がする。
そう、妹紅にとって忘れたくても忘れられないような、そんな……
「こら」
「ひゃあぁ!?」
「なーにをボサッとつっ立ってんだねあんたは。朝飯いらないの? ん?」
……背後から脇をくすぐられた。因みに、こんなことをされたのは生まれて初めてだ。
「いる……」
「だったらさっさとしまう。わかった?」
「はーい……」
そんなこんなでようやく布団をしまい、私は妹紅が待つ食卓に腰を下ろした。
「おー、美味しそう」
白いご飯に、いい香りがするスープ、メインは焼き魚だ。
家事が得意そうには見えないけど、流石に長い事一人で生活してるだけあるな、と思った。
「美味しそう、じゃない。美味しい、んだ。さ、食わざあ食わざあ」
「あらら。いただきます、くらいは言いなよ」
「ひひゃひゃひはふ!」
「うわあ……」
取り敢えず私もお腹が空いていたから、頂く事にした。
◆
朝飯を誰かと食うのは久し振りだ。たまには悪くない。
「ほんとだ……美味しい!」
「だから言ったろ? さ、食え食え」
「うん。ねぇ妹紅、このスープ美味しいね。何のスープ?」
「これか? ミソスープってやつさ。味噌汁、って憶えときな」
「みそしる?」
「そう。家帰ったらあのメイドに教えてやるといいよ」
頷いて、フランドールはまた味噌汁を飲んでいる。 さっきからたまに視線を向けてくるのは、多分昨日の夜の事だと思った。
フランドールは、自分のことを色々と私に話してくれた。
生まれ持った危険な力の話。それが原因で外に出られなかったという話。ここには、家を飛び出してきた、という話。
ただ、何故家を飛び出したのか、という話は、フランドールがあからさまに話したくなさそうだったから聞なかった。
余程話したくない事情があるんだろう。無理に聞こうとも思わなかった。
「……!」
「ん? どうした?」
「ほ、骨が喉に……」
「はっはっはっは!」
「わ、笑うなー!」
この子が生きてきた、筆舌に尽くしがたい生涯。ここまで聞かされたら、私も話さなければならないと思った。
誰にもすまいと思っていた、昔の話だ。
ただ、タイミングが良かったのか悪かったのか、フランドールは話そうとした矢先に寝てしまった。それも、話始めだけ聞いての寝落ちだったらしい。
きっと、申し訳なく思いつつ、気になって仕方ない筈だ。
「はー、食った食った」
「早っ!」
「フランが遅いんだよ。まだ半分くらいしか食ってないじゃんか」
「むー……」
聞かれたら、話すべきなんだろう。
ただ何というか、一度話しそびれると言いたくなくなる、というか。
私はどちらかというと天邪鬼な性格だから、聞かせて欲しそうにされると逆に言いたくなくなる、というか。
とにかく、あまり喋りたくないのだ。
「いっそーげ、そーれいっそーげ」
「もう! ご飯くらいゆっくり食べさせてよ!」
「十……九……八……」
「うるさーい!」
更に言うと、話したら確実に場が暗くなる。
それに、進んで話そうと思うような、気持ちのいい話でもない。
つまり、互いに何一ついい事はないのだ。
「ごちそうさま、美味しかったよ。ちょっとうるさかったけど」
「そりゃよかった。ほい、お茶でもどうぞ」
「ありがと。……苦っ」
まあ、いいや。聞かれた時に考えよう。
片付けを終えた後、私達は外に出た。
フランドールは吸血鬼の性質上、直接日光を浴びられない(伝説のように灰になったりはしないらしいが、すこぶる気分が悪い、との事)ので、私が前に作った三度笠を貸してやった。
慣れない三度笠にフランドールは戸惑っていたけど、そのうち気に入ったらしく、今は上機嫌にそこらを飛び回っている。
因みに笠は私に合わせて作った物だから確実に大きすぎているけど、これならまず日に当たる事はないから逆に良かったのかもしれない。
「外だ外だ外だー!」
「おーい、あんまりはしゃぎすぎると笠がずれるぞー」
「大丈夫よ! これ、大っきいもん!」
余程嬉しいのだろう。フランドールは昨日の悲しげな顔が嘘のような笑顔をしている。
でも、その気持ちはわかる。
――私ね、495年間、一回も部屋から出た事なかったの――
昨晩、フランドールはそう言っていた。
なら、はしゃぎまわるのも仕方のない事だろう。
「………」
495年。途方も無い時間だ。経験した身だからこそ、その時間の重さが分かる。
私の場合はフランドールと逆で、様々な土地を放浪していた。
移り変わる景色と、すれ違う旅人との何気ない会話。これらがある意味、心の支えだった。
でも、この子は違う。
「すごーい! この竹林、向こう側が見えなーい!」
変わらない景色。来る事のない人。そんな中で、長い長い時間を過ごしてきた。
はっきり言って、想像がつかない。もし私が同じ境遇に置かれたなら、恐らく狂ってしまうだろう。
更に、だ。
――お姉様に迷惑掛けるの嫌だから、自分で部屋に籠もったの。凄く反対されたけどね――
この子は、自分から誰かの為に不幸になる事を選んだんだ。
この子は、強いな。それに優しい。
今だから分かるけど、目を覚ました時すぐに立ち去ろうとしたのはきっと私に気を遣っての事だろう。
じゃなかったら、雨にも関わらず外に出ようとする訳がない。
自己犠牲の精神ってやつが、根っから染み付いてるんだな。この子は。
まったく……こんな妹を持ったレミリアは、きっと大変だろうな。それにしては少し傲慢不遜過ぎる気もするけど。
「ねぇ、どうしたの妹紅? 考え事?」
おっと……心配させちゃったか。つくづく優しい子だな、この子は。
自分は楽しくても他の誰かが楽しくなさそうだったら楽しくない、っていう事だろう。
だったら……
「ん、ああ、昼飯なんにしようか考えてたんだ」
「さっき朝ご飯食べたばっかじゃん!」
「智者は常に凡夫の一手先を見ているのだよ、フランドール君」
「何それ? かっこつけちゃって。……ふふっ」
「くくく……」
「「あははははははははは!」」
だったら、私も一緒に楽しんじまえばいいんだ。
私が笑えば、この子も笑う。何だ、簡単じゃないか。
「よーしフラン、あそこのでっかい木まで競争だ! 負けた方は昼飯の後片付け! 受けるか!?」
「受ける! 手加減なしだよ!?」
「当然! じゃあ行くか! 用意……」
「「ドンっ!!」」
………!
こりゃ参った。フランの奴、マジで速いわ……
◆
競争から始まって、竹林の散歩、畑仕事のお手伝い、釣り、どれもこれも初めての体験だった。
でも、楽しい時間はあっという間で、もう日が暮れかかっている。
妹紅と私の笑い声は、一日中絶えることがなかった。今日という日は、私が生きてきた中で一番笑った日だとさえ思う。
凄く、楽しかった。時間を忘れてしまうくらい。
凄く、嬉しかった。ずっとここにいたいと思ってしまうくらい。
「ねえ、妹紅」
「おー? 呼んだかー?」
でも、きっと紅魔館の皆は心配してる。
咲夜や美鈴、メイドの皆なんかは私を探して色んな所を飛び回っているかもしれない。
パチュリーやこあちゃんも、魔法で私を探しているかもしれない。
そして、お姉様も……
「今日ね、本当に楽しかったよ」
「私も同じさ。楽しませてもらったよ」
妹紅といるのは楽しいけど、館の皆にこれ以上心配をさせたくない。
だから……
「それでね、私……」
「ああ、わかってる。帰る、ってんだろ?」
「え……? う、うん」
「だと思った。でも、夕飯は食ってくだろ?」
「え、いいの……?」
「今さら遠慮すんなって! 食ってくだろ?」
「……うん!」
妹紅は相変わらず似合っていないエプロン姿で、にかっと笑った。私も、釣られて笑った。
夕ご飯は、白いご飯とお味噌汁、それに今日釣った魚と畑で取れた野菜。
「いただきまーす」
「いっただきィー」
やっぱり、妹紅の料理は美味しい。普段は少食な私も自然と手が進む。
ただ、会話は進まなかった。
朝ご飯の時や昼ご飯の時は、何も考えなくても自然と話をしていたのに、何故か今はそれが出来ない。
「………」
この後私は、ここを去る。その事を考えたら、何を喋ったらいいか分からなくなってしまったのだ。
「ん? 口に合わなかったか?」
「ううん、違うの。美味しいよ」
――私は、何をやってるんだろう……? 妹紅と食べる最後のご飯なのに、私がこんな調子じゃ……
「………」
気持ちが、沈んだ。
美味しい筈の料理の味が、分からなくなる。
妹紅と会えなくなる訳じゃない、またいつか会える、それは分かっている。
でも、悲しくなった。淋しくなった。どうしようもなく。
「……そうだ、フラン、ちょっと借りるよ」
俯く私の、帽子。妹紅はそれをひょいと取った。
そして、綺麗な長い髪を留めていた大きなリボンをおもむろに外した。
「ここをこうして……」
「……?」
「これでよし……と。ほら」
「あ……」
帽子には、妹紅のリボンが巻かれていた。
「うんうん、いいじゃないか」
「妹紅、それ……」
「ああ、先に言っとくけど、こいつは私のお気に入りのリボンなんだ。あげるわけじゃなくて、貸すだけだからな?」
妹紅はにかっと笑って、ぽんと私の頭に帽子を戻した。
「だから、返しに来るんだ」
「わ……!」
そして、私の頭をくしゃくしゃと乱暴に撫でた。
「いつになってもいい、私はここにいるからさ。約束だぞ?」
「妹……紅……」
「それと、あんまり来るのが遅かったら姉貴んとこに文句言いに行くから覚悟しとけよ!」
「うん……!」
「だーっ、泣くな泣くな! ほら、まだ全然食ってないじゃんか。残したらケツひっぱたくぞ!」
「うん……! うん……!」
はっきり言って、妹紅は見ていて恥ずかしくなるくらい、芝居がクサかった。
でも、そんなこと以上に、私は嬉しさでいっぱいだった。
そして、涙を拭って食べた妹紅の料理は、やっぱり美味しかった。
私が作った竹のお皿と、お土産だと言って渡された三度笠。しっかり持って、私は一日半ぶりに紅魔館へ帰ってきた。
門の前にはいつも通り美鈴がいて、私に気付いたのかブンブンと手を振っている。
その瞬間――
「あ……!」
いきなり館から飛び出してきた、お姉様、咲夜、こあちゃん。少し遅れてパチュリーも。
更に遅れて、妖精メイドの皆がぞろぞろと出て来たのだけど……
何というか、様子がおかしい。
「何やってんだろ……?」
メイド達が全員門の左側に寄って固まって、その前方にお姉様達が一列に並んで……それで咲夜が右手を上げたらメイド達が一斉に横に広がって……
「ん……? ご、め、ん、ね、フ、ラ、ン……」
『ごめんねフラン byレミリア』
まさかの、横断幕。
それと同時に、パチュリーが空に向かって魔法を放ち、ドーンと夜の空にカラフルな花が咲いた。
「………」
クサい。さっきの妹紅のそれとは比べものにならないくらい、取り敢えずクサい。
しかも、お姉様の自信満々なあの顔。全身に鳥肌が立つくらい、私は恥ずかしくなった。
でも……
「みんなー! ありがとー! ただいまー!」
やっぱり、涙が出るくらい嬉しかった。
「「「「「おかえりなさーい!!」」」」」
メイド一同「おかえりなさいませー!!」
後日談
「手紙? 私にか?」
「ええ。手紙ですよ」
「ふぅん、ありがと。ていうかあんた、いつブン屋から運び屋に鞍替えしたんだ?」
「あややや、違いますよ! 私は生涯一ブン屋です! 今回はあのメイドさんにパシられただけです!」
「そりゃ大変だ。取り敢えずご苦労さん」
「……派手に花火上げてたからお祭りだと思って駆け付けた結果がこれだよ……ブツブツ……」
「はぁ?」
「ああ、ただの独り言ですから気にしないで下さい。じゃ、確かに届けましたよ。では、また」
「確かに受け取ったよ。お疲れさん」
手紙、か。しかも四通も。何々……
『フランをたすけてくれたことをかんしゃするわ。いつでもこうまかんにあそびにきなさい。かんげいはしないけど、こうちゃのいっぱいくらいのませてあげてもよくってよ。 レミリア・スカーレット』
はー……まさかあいつがねえ。こりゃ意外だ。てか、漢字使えないのか、あいつ。
てことは、他のも……
『こうしてやり取りするような知己ではないけれど、取り敢えず私からもお礼を言います。有難う。フランドールの事、これからも宜しく頼むわ。 パチュリー・ノーレッジ』
おお、これが慧音が言ってた知識人。なんだ、話に聞くよりずっとまともな奴じゃないか。
ん? 二枚目があるな。どれどれ……
『なお、この手紙は開封から三十秒後に自動的に消滅する魔法が――』
「うわっ!!?」
くそっ、前言撤回だ……! 手紙を閃光弾にする奴が、まともなもんか! わざわざ二枚に分けたのはこの為か……!
ちっ……次もこんななら、最後の一通は読まずに捨ててやる。
『フランドール様は凄く嬉しそうでした。本当にありがとうございました。今後ともよろしくお願いします。 紅美鈴』
ふうん、まともだな。それよりこの名前、なんて読むんだ? くれないみすず?
……ん? これも二枚目がある。まさかまたさっきみたいな……
『ハイどうもー! 楽園の素敵な司書、「こあ」こと小悪魔です! 突然ですが、くれないみすず、と読んでしまったそこのあなた! あなたは間違っていません! それでいいのです! それでは、お粗末様でしたー!』
何だ、こりゃあ……。
まあ、何だ、紅魔館は基本的にまともな奴がいないらしい。ていうか、もしかしたらフランドールが一番まともなんじゃないか?
まあいいや。さて、最後だ。くれないさんのまともさに免じて、読んでやるとするか。
『先日はフランドール様の件、心より感謝致します。付きましては、近日中にフランドール様が再度お世話になる事と思われますので、引き続き宜しくお願い申し上げます。 十六夜咲夜』
何だって?
近日中に再度お世話になる、って……
ん? ……こっちに近づいてくる気配が、一つ。
「やれやれ……」
私の都合は一切無視ってわけか。揃いも揃って仕方のない連中だ。
それにしても……
「来るの早いよ。いつでもいいから、なんて言った私が何だか馬鹿みたいじゃないか!」
おしまい
ははは、こやつめ!
二人の雰囲気がとても良かったです。
フランが飛び出した理由にノータッチなのが気になる…
ちょ、素敵な司書w
……はっ。これは後のスピンオフ(って言うのかな)フラグですね、わかります。
しかしフランともこの組み合わせがこんなにマッチするとは新境地。
フラもこは好きな組み合わせなのに少ないのでタグ見てからクリック余裕でした。能力故他人と関われないフランとそれに臆せずつき合える妹紅。二人の関係は見ていて暖かい気持ちになれますね。
素敵なお話ありがとうございました。
お話自体ほのぼのとしていて,非常に楽しく読ませていただきました。
ははは、こやつめ!
しかしパチュリーの二枚目の手紙が気になるな
ぶつけるフランに受け止める妹紅、もっと色々みてみたい
>一時期何を書いてもつまらなく感じるという状態でした
それ、凄く分かります。
よいお話をありがとう
明かされてない部分を伏線と見て、続編もしくは関連作に期待!
レプリカじゃないブルーレットなんてあんの?
ははは、こやつめ