私は目が覚めた。
ここは暗い。
頭が痛い。何も思い出せない。
私は一体何者だ?そしてここはどこだ?
思い出せない。何も思い出せない。
ここに居ても何も始まらない。散策してみようと思う。
どうやら私はベットの上で眠っていたようだ。
ベットのある部屋この部屋の大きさはそれなりに広いといったところか。
棚の上に写真が飾ってある。「私」ともう1人が写真の中に写っていた。
私?
そうだ、思い出した。1つだけ思い出した。
私の名前は「レミリア・スカーレット」という。
私は「吸血鬼」だ。
ただ、もう1人の姿を見ても何も思い出せない。とても大事な人物だと、体が、思考が、そう認識しているのに。
なぜだろう、切なくなってきた。
もうこの写真を見るのはやめておこう。
さて、篭ってばかりいても何も分からない。部屋を出てみよう。
時間は外が夜だということ意外何も分からなかった。
外の月は十六夜の月だった。
そして、私は廊下に出た。
廊下はずっと先まで見えないぐらいに長く、広い。ここは・・・館か何かなのか?
ズキンッ!
まだ頭が痛むようだ。しかし、おかげでもうひとつ思い出せた。ここは紅魔館という私の館だ。
この廊下は私の部屋から出てすぐTの字のように分かれている。
最初は左に行ってみよう。
「お嬢様、では行ってきますね。」
「ええ、気をつけていってらっしゃい。」
どうやら咲夜は体の調子が悪いようだった。
最近の咲夜は紅茶を落としてしまったり、掃除の時に食器を割ってしまったりと今の今まで起こすことの無いミスばかりをしていた。
そしてとうとう倒れた。
咲夜は「心配しなくても大丈夫です。」と言っていたが、私が無理に幻想郷の医者、八意 永琳の元を行って診てきてもらうように促した。
咲夜は大丈夫だろうか?何かの病気にかかっているのだろうか?とても心配だ。
しかし、心配していても何も始まらない。
今日は咲夜が居ないのでパチェの所に行こうと思う。
「パチェ、居る?」
「ええ、居るわよ。」
パチェは相変わらず本に読みふけっていた。
「あなたもそんな本ばかり読んでよく飽きないわね。」
「あなたもこんな所に来て暇を潰そうだなんて人の事を言えないわよ、レミィ。」
「あら、よく分かったわね。」
「咲夜が永琳の所に行ったとなると、あなたは暇つぶしができなくなるでしょ。なら必然的にここに来る事になるじゃない。」
「まぁね。」
私とパチェはとても仲のよい親友同士だ。
しかし今日は遊びに来たのではない。
パチェの居る(住んでいる)この図書館は幻想郷1と言ってもいいぐらい本の量がある。
長い時間を生きたパチェでも未だに読んでいない本の方が読み終わった本より多い。
今日はこの本の山から少し探したい本があった。
「ちなみに医学に関する本はあそこの棚の上から25段目の列に大体そろってるわ。他の棚にも医学の本はあると思うけど、私は分からないからそれに関しては自分で探してね。」
「ギクッ!な、何で探そうと思っていた本が分かったの?」
「だってレミィソワソワしているんですもの。それにじっとしているのはレミィの性分に合わないわ。」
「まったく、こんな事に関してはパチェには敵わないわね。」
私は自嘲気味に笑いパチェに教えられた本の列に向かおうとした。
「あ、小悪魔!」
「はい、何でしょうか?」
「レミィの手伝いをしてあげて、きっと持てないぐらいに本を持とうとするから。」
「はい、分かりました。」
まったく・・・。パチェには本当に敵わない。
私はそんな日常に安心しながら本の列に向かった。
私は左に曲がった後、まっすぐ進んだ。
そうすると廊下に比例する大きさのある扉の前で止まった。
私はその大きな扉を開き進んだ。
そこには数多くの木の屑と焼き後が残る大きな空間に出た。
その木の屑の中にいくらか原型をとどめている物があった。
これは・・・。本棚?そこにはちゃんと本も置いてあった。
もはや残骸としか言えようの無い木の屑はこの本棚だったのか。
規模と木の屑の量から言って図書館だったのではないか?
ふと、残骸の中に光る物を見つけた。
それを広いあげてみる。
これはナイフ?かなりの埃を被っていたが未だナイフの刃の部分は光を失わない。
どうやら銀のナイフのようだった。
そのナイフの隣に赤い染みの付いたとても大きな本を見つけた。
魔道書という名が手書きで書かれている。
ズキンッ!
また頭痛がした。
また一つ思い出した。
私には親友が居た。名前は「パチュリー・ノーレッジ」。魔法を使う。そして、この紅魔館の図書館に住んでいた。
お互いの事をあだ名で呼び合うぐらい仲の良い間柄だった。
そしてパチェには子悪魔という助手的な者もいた。
ここで疑問が出てくる。
パチェは?小悪魔は?そしてこの残骸の意味は?
なぜだかとても気分が悪くなってきた。寂寥感が胸からこみ上げてくる。
ここはもう出よう。この大空間の奥に扉がある。
そこから出る事にした。
ここを出る際、さっき見つけた銀のナイフはもって行く事にした。
このナイフはとても大事な何か、と感じたから。
「ふぁー疲れた。」
「疲れるの、早すぎるわよ。」
「パチェは慣れてるかもしれないけど、私は慣れないのよ。そもそも字が細かすぎ!」
「なら庭にでも出て気晴らしでもしてきたら?天候は私が紅魔館一体を曇りにして太陽を遮ってあげるから。」
「ん、ならお言葉に甘えてそうするかな。」
「行ってらっしゃい。あそこの扉を出るころにはもう外は曇りになってるわ。」
そう言って、本棚の奥にある扉を指す。
「ありがとう。それじゃまたねパチェ。」
「ええ、またね。」
そうして私はパチェに別れを告げ、その扉から庭へと出る。
紅魔館の庭には限られた花しか咲いていないが、数多くの花々達が自分が最も美しいと主張するかの如く咲いていた。自分の身のためとはいえ、天候が曇りなのは少々残念だが。
これらの花は全て、門番である紅 美鈴が管理していた。
門番は門番らしくしていればいいのに、門番の仕事をそっちのけで花の世話をしている。
しかし、1人でこれだけの数の花を文句の付けようが無いくらいに咲かせているので、館の主である私もあまりものを言えない。
代わりに咲夜が注意するのだが。
「あ、お嬢様!」
「あら、美鈴。」
今日の美鈴も花に水をやっていた。
「門番の仕事をしていないと咲夜に怒られるわよ。」
「実はついさっき見つかってしまい怒られてしまいました・・・。」
「まったく・・・。」
「あ!あの・・・、お嬢様。」
「なに?美鈴。」
「またこうやってしていた事は咲夜さんに内緒にしてもらえませんか?」
私は咲夜に言おうと思っていたが、この花たちを見ていたらその気が失せてしまった。
「そうね・・・。咲夜には内緒にしておくわ。」
「あ、ありがとうございます!お嬢様!」
「ただし、ちゃんと本職もやりなさいよ。」
「う、わ、分かりました。」
「それじゃ私は戻るわね。」
「はい、分かりました。お嬢様。」
そう言って私は紅魔館の正規の入り口に行く形で歩みを進めるのだった。
私の妹に言っておかなければならない事があったからだ。
この日常。私にとってそれはとても大切なものだった。
扉を開くとそこは静寂が支配する広い庭があった。
空には美しい十六夜の月が輝いていた。が、地上の、この広い庭には数多くの花が枯れていた。
私は悲しくなった。
きっと美しい、それはそれは美しい花たちだった、と。
別にそう思った理由は無い。自分の感覚がそう訴えていたからだ。
私は歩みを進めた。
この館、紅魔館には心が痛くなったり、悲しくなったりする場所が多すぎる。
そうして私は紅魔館の正規の門まで辿りついた。
この門。
ズキンっ!
また頭痛だ。この痛みはどうにかならないのだろうか。
しかし再び思い出した事がある。
紅魔館には門番が居た。
名前を「紅 美鈴」という。この紅魔館の門番だ。とても人間染みた妖怪だ。
だけど、いや、だから美鈴はとても優しかった。
先ほどの枯れた花も全ては美鈴が1人で全部咲かした花である。
枯れてしまっている今になんだが、きっと私の記憶にあるあの美しい、
綺麗な花々は美鈴が自分の心を込めて、自分の愛情を精一杯に捧げて咲かした花々なのだろう。
そう思うと、さらに悲しくなった。
もうここに居るのは止めよう。
考えたくない事まで考えてしまう。
そうして私は紅魔館の入り口へと向かった。
紅魔館の大きさに見合う、その大きな扉を開くとそこは紅魔館のロビーだった。
ここから地下へと向かう階段。
2階へと向かう階段。
そして1階は左右と真っ直ぐに進める。
私は何につられてか、地下に向かうことにする。
この嫌な感じは何だろう。そう思っても足が勝手に地下へ進んだ。
私は、ここ最近紅魔館の中を出歩っているフランの元へ歩みを進めた。
どこに居るのだろう?
とりあえずフランの部屋に向かうことにした。
フランの部屋は地下にある。
元々はフランが持っている能力。
あらゆる物を破壊する程度の能力の対策で地下に閉じ込めていたのだが、ここ最近はその必要が無くなった。
必要が無くなった。と言っても館の中だけを自由に回る程度の制限があるが。
外に出すにはまだ無理だった。
フランに部屋を地下から2階へと移すと提案したのだが、フラン自身が住みなれたここの方が良いと言ったのでそのままにしてある。
そんなこんなでフランの部屋の前に着いた。
「フラン。居るー?」
「んー?何お姉ちゃん?」
居た。こうもあっさり見つかってしまうと拍子抜けしてしまう。
まぁ早く見つかったほうが苦労しなくてすむのだが。
フランの部屋に入る。特に物は無く殺風景だ。
ベットと寝巻きやら服やらをしまうタンスぐらいがこの部屋における置物だ。
「フラン。咲夜が最近疲れてるみたいで、医者の所に行ったからここ数日は咲夜に無理をかけないでね?」
「えー、という事は今は咲夜居ないの?」
「そうなるわね。」
「んー。」
何か思案しているフラン。何か良からぬ事でも思い浮かばなければいいが。
「そうだなぁ、めーりんの所に行って一緒に食べようと思ったんだけど。」
「ん、何を食べるの?」
「お菓子!でも、咲夜がいないとお菓子のある場所が分からないからなぁ。しょうがないからめーりんと遊ぶだけにするかぁ。」
ホッと胸を撫で下ろす私。
運が悪いときは弾幕ごっこをやろうと言われる。
フランの気分次第なのだが、実質私よりフランの方が強い。結果は私が勝つのだが、それ相応の疲労と怪我がつくので私としても弾幕ごっこはあまりやりたくない。
これでは姉としての威厳がたたないが、フラン自体は私の事をし慕っているので問題は無い。
それに外に出るようになってからは、よく美鈴と居る事が多い。
美鈴とフランは今まで1度もあった事が無かったが、美鈴の方はフランがこの館のどこかに居る、程度ぐらいは知っていた。
今まで1度もあった事の無い2人が、こう仲良くしている。
きっとそれは美鈴の人柄と性格がフランをそうさせているのだと思う。
フランもめーりんも互いの事を慕っているようでとても仲がいい。
「ねぇお姉ちゃん。めーりんはどこに居る?」
「そうね、さっきは庭に居たわ。」
「そっか。ありがとー。それじゃ私はめーりんの所にいくねー」
「ねぇフラン?」
「ん?何お姉ちゃん。」
「美鈴は優しい?美鈴と遊ぶのは楽しい?美鈴の事は好き?」
「優しいし、楽しいし、大好きだよー!」
「そっか。うん。よかった。それじゃ美鈴と遊んできてらっしゃい。」
「うんっ!それじゃまたねー!」
「ええ。」
なぜあんな事を聞いたんだろう。
それは、今まで閉じ込めていた申し訳なさから来ているのか?
それは、姉としての気持ちから来たものなのか?
それは、これからの事が分かっていたからなのか?
この時の私には分からなかった。
長いとも、短いとも分からない地下へと向かう階段を下っていた。
夜という事もあるのか。辺りは暗く、とても不気味な感じを醸し出していた。
しかし、吸血鬼の私は暗闇などまったく持って無意味だった。
不気味な感じも吸血鬼の私が周りから見れば逆に不気味なものだ。怖くは無い。
そうして最終地点まで着いた。
そこには今までよりは小さい扉があった。
しかし、私が最初に寝ていた部屋の扉の大きさと同じくらいなのでこれでも大きいと言えるだろう。
そうして私はその扉を開いた。
瞬間、眩暈と同時に私の妹との記憶がフラッシュバックしてきた。
私の妹。「フランドール・スカーレット」。私が入った部屋はフランの部屋である。
フランは美鈴と仲が良かった。
それは、愛し合っているという人間染みた言葉で表しても問題は無かったと思う。
私は長い間フランを地下の部屋に閉じ込めていた。
それは過去の話だが、姉としては辛いものがあった。
やっと眩暈が治ってきた。
視界が定まっていく。
改めてフランの部屋を見て行く。
そこは台風が通り過ぎていったのは無いかと思うぐらいに荒れていた。
私の記憶にある、ベットとタンスの配置にはすでにその物は無く、木の屑が散らばっているだけだった。
それと壁や床が何箇所か抉られたような跡がある。
そして、錆びたナイフが何本か転がっていた。
この錆びたナイフはきっと図書館で私が拾った物と同じだろう。
分からない。何故ナイフがある?
そう、何か大事な事を忘れている。
私は確信した。
この大事な何かを思い出せば全ての謎は解ける、と。
そう思ったら、また再びズキン!と頭痛が来た。
やはり頭痛で記憶が戻るのか。と思いながらも大事な事に関する事意外は全てをこの瞬間に思い出した。
その思い出した記憶の中に、紅魔館の位置取りがあった。
これで迷わず進む事ができる。
私は玉座へ行こうと思った。
そこに全ての謎の意味があると思ったからだ。
そうして私は歩みを進めた。
咲夜が永琳の所から帰ってきた。
「随分と遅かったわね。、咲夜。」
「ただいま戻りました、お嬢様。」
「それで結果はどうだったの?」
私はこの時、咲夜が居なくなった時の事を考えてゾッとした。
「それが、あの永琳でも私の容態がよく分からないそうです。」
「?」
「永琳に疲労やストレスから来ているものなのか?と聞いてみたのですがそうでは無い、と。」
「ごめん、よく分からないのだけど・・・?」
「それで詳しく検査をしてみたのですけど、結果に以上は無い、と。」
「まったくもって不明だということ?」
私は困惑した。あの月の頭脳と言われたあの永琳でも分からないと?
それがさらに私を心配させる要因になった。
「ねぇ・・・咲夜?大丈夫なの?」
「ええ、今は元気です。という訳でお夕飯を作りましょうか。」
「ダメッ!咲夜は寝てて!今日だけは絶対に安静にしてて!咲夜のために私が何か作ってくるから!」
「うふふ、お気持ちは嬉しいですがお嬢様。お嬢様は料理ができるので?」
「うっ・・・。」
「ですから、私がお夕飯を作りたいと思います。」
「うー、そ、それじゃせめて私が作るから咲夜は私に料理を教えて!少しでも咲夜の負担を軽くしたいの!」
「お、お嬢様・・・。」
なにやら考え込む咲夜だが、レミリアの顔を見て決心する。
「分かりました。では厨房へ行きましょうか。」
「うんっ!」
この時の私は少しでも咲夜と一緒に居たいと思った。
またね、なんてしたくない。
バイバイ、なんてしたくない。
さよなら、なんてしたくない。
涙、なんて流したくない。
消えないで咲夜。
居なくならないで咲夜。
死なないで咲夜。
まだずっと、もっと一緒に、本当の最後が来るその時まで、ずーっと一緒に私といて!
玉座の部屋の扉前まで来た。
この扉を開けばきっと全てが分かる。
全てを思い出せる。
例えそれが、良い想い出だとしても、悪い想い出だとしても。
記憶とは誰しもが平等にある機能だ。
それが無くなるというのは、想い出が無くなる事だ。
それはとても悲しい事だ。
誰かの事を忘れるのはとても残酷な事だ。
私は、大事な人とそれに関係する想い出を忘れている。
それはきっと罪な事だ。
だから思い出す。
たとえ、それがとても残酷で、忘れたいと一瞬でも願うような想い出だとしても。
たとえ、それがとても羞恥で、記憶の中から消去したいと一瞬でも願うような想い出だとしても。
たとえ、それがとても優しくて、その優しさもって誰かを殺した想い出だとしても。
開こう。
そうして私は、思い出してみせる。
私は、これが最後の記憶なのだと感じながら扉に手をかけた。
咲夜が永琳の診療所に行ってから、翌日から寝込むようになった。
寝込むようになって4日目の夜。
空には十六夜の月が綺麗に輝いていた。
咲夜は、無表情のままいつもの服に着替えて図書館前にいた。
咲夜の体には無数の銀ナイフが装備されていた。
図書館の扉を開く。
そこにはまだパチュリーが本を読んでいた。
「あら、咲夜じゃない。こんな夜遅くにどうしたの?」
「・・・」
咲夜は答えない。
途端、咲夜はナイフを構えパチュリーに投げる。
「っ!?」
パチュリーは咄嗟に魔法の壁を作りそれで防御する。
「なんのつもり、咲夜!」
パチュリーの一喝。
「・・・」
それでも咲夜は答えない。
パチュリーは困惑した。
そこに咲夜のナイフの攻撃。
「くっ!!」
魔法防壁でナイフの攻撃を再び防ぐ。
この魔法防壁はそう長く続かない。
長丁場になればなるほどパチュリーは不利になる。
しかも全てのナイフがパチュリーの急所を的確に狙っていた。
もし魔法防壁が無くなったらそれこそ終わりである。
「(ここは咲夜に勝って、止めるしかないわね)」
そう判断したパチュリーは最初からスペルカード全開で攻撃をする。
咲夜に通常攻撃をしても絶対に避けられる。それが分かりきっていたからだ。
それにある程度咲夜に攻撃を加えないと止める事もままならない。
「火符『アグニレイディアンス』!!!」
炎で攻撃する。
本が少し焼けてしまうだろうが、命に関わる事なので躊躇してる暇は無かった。
炎が咲夜の元へ飛んでいく。
瞬間、咲夜の体がぶれる。
そしてパチュリーと咲夜の間合いはグッと迫る。体が触れるまで後3メートルと無かった。
「くっ・・・。月符『サイレントセレナ』!!!!」
パチュリーの周囲に青白い光が立ち上る。
これだけの間合いを詰めておいた咲夜にとって逃げられないだろう。
しかし、その光の中に咲夜の姿は無かった。
「っっ!?」
瞬間、パチュリーの腕をナイフがかすった。
咲夜はなんとパチュリーとの距離が50メートル以上も開いていた。
咲夜はパチュリーとの間合いを急激に広げたのだ。
それは妖怪にも難しいレベルに到達している技術の証だった。
「あれが当たらないなんて・・・。」
咲夜がその距離を疾走してくる。風になるとはまさにこの事だろう。
パチュリーも出し惜しみをしている暇は無かった。
「日符『ロイヤルフレア』!!!!!!」
パチュリーの持っているスペルカード、ロイヤルフレアはパチュリーが持っているスペルカードで1番強く、しかも全方位攻撃だ。
避けられるはずが無い。
しかし発動の途中で失策だと気づいた。
咲夜もスペルカードを唱えている。
「『咲夜の世界』」
咲夜の世界。それは咲夜が持っている時間を止めるスペルカードでは最強の部類に入るカードだった。効果は自分以外の相手の時間を停止。それがどんな状況にあってもだ。
そしてパチュリーはスペルカード発動途中で止まってしまう。
全てが停止した世界で咲夜はパチュリーに3本のナイフを投げる。
1本は急所を狙ったナイフ。
1本は自分が殺した事を証明するためのナイフ。
1本は誰かに助けを求めるためのナイフ。
フランは美鈴と共にお喋りを楽しんでいた。
「フランお嬢様。」
「ん、なにめーりん?」
「もうお休みになりませんか?」
フランは基本的に、部屋の中に居るので昼になったら起きて夜になったら寝るという生活をしていた。それは美鈴のためでもあった。
「えぇー、もうちょっとめーりんと一緒に居たかったー!」
「んー、しょうがないですねぇ。私が添い寝をしてあげるのでお休みになりません?」
「それなら・・・。うんっ!いいよー!めーりん大好きー!」
そう言ってフランは美鈴に抱きつく。
「あはは。お嬢様それではベットにお連れします。」
フランが抱きついた状態から、フランをお姫様抱っこをし、そのままベットへ連れて行く。
そうしてフランをベットの中へ入れる。
「それではフランお嬢様。お休みなさい。」
「うん!めーりんもお休みなさいっ!」
そうしてフランは眠りにつく。
「うふふっ。かわいいなぁ、お嬢様。」
そこで後ろに気配を感じる。
「誰だっ!って咲夜さんじゃないですかぁ。」
後ろに居たのは咲夜である。顔は無表情のままである。
「咲夜さんどうしたんですか?」
不思議に思っている美鈴に咲夜は近づく。
そうして抱きつく形になる。
「ちょ、さ、咲夜さん!な、何やって・・る・・・ん・・・・で・・・・・す・・・・・・。」
咲夜は抱きついた形から背中に銀のナイフを突き刺す。
ちゃんと急所に届くように最後まで捻じ込む。
そうして倒れる美鈴。
咲夜はそしてフランに目を向ける。
フランはいつの間にか起きていた。
「禁弾『スターボウブレイク』!!!!」
咲夜は飛びのく。
フランの周囲では大きな爆発が起きた。
フランが問う。
「ねぇ、何で・・・。何でめーりんを壊しちゃったの・・・?」
声音はとても低くて悲しみが混じったものだった。
「ねぇ、答えてよ。」
「・・・」
それでも答えない咲夜。
「ねぇ答えよ!」
そう叫んだと同時にスペルカードを発動する。
「禁忌『レーヴァテイン』!!!!!!!!!!!」
部屋がぐちゃぐちゃになろうがかまわない。
それは美鈴を壊した咲夜を怨む力の方が勝っていたからだ。
フランの攻撃を次々と避けていく。
避け続けながらも咲夜は壁に向かってナイフを投げていく。
そのナイフの大半はフランへと当たっていく。
フランは実践慣れしていないのだ。
その攻撃を避けるすべや、どうしたら攻撃が当たるか、ということに関しての知識はあまり無い。
ただ乱発してるだけ。ただ敵を追っているだけ。そんな攻撃ばかりだった。
咲夜はそんなフランに避けながらのナイフを次々に当てていく。
「くっ・・・、んっ・・・、い゛っ・・・、」
時折、痛さを我慢している声が漏れる。
咲夜のナイフは「銀」のナイフだ。銀は吸血鬼にとって毒のそれとまったく同じである。
それでも、フランは痛さを我慢して必死に咲夜に攻撃を仕掛けている。
咲夜は若干スピードの遅くなった攻撃に対して、投げるナイフを2本から8本まで上げた。
そして8本のナイフはフランに命中。
「あぐぁ゛っ!!!!!!!」
必死に歯を食いしばるフラン。
しかし・・・、
「奇術『エターナルミーク』」
一瞬、攻撃が緩んだ隙に数多くの銀のナイフを投げる。
そうしてフランに銀ナイフの雨が降り注ぐ。
「ーっ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
フランの声にならない叫びが部屋中に響き渡る。
そしてフランは美鈴に重なるようにして倒れた。
咲夜は二つの影を一瞥して声も足音も無く、フランの部屋を後にする。
レミリアは待っていた。
咲夜を待っていた。
来るまで待っているつもりだった。
おそらくは私も殺しに来る。それは咲夜の行動から見れば明白だった。
場所は玉座。窓からは、空に美しく光る十六夜の月があった。
思えば、始めて咲夜と出会ったのもこんな月夜の時かもしれない。
それがとても懐かしく思えた。
どうしてこうなってしまったのだろう。
咲夜の変化がぜんぜん分からなかった。何が原因なのだろう。どうして私の大好きな日常は壊れてしまったのだろう。
4日前からずっと寝込んでいた咲夜が急に起きてこんな事をしている。
可能性から考えれば今までの咲夜のミスが咲夜が変化する前兆だったのかもしれない。
これが病気的なものなのか。それとも・・・・『咲夜の意思』なのか。
これだけは考えたくなかった。
レミリアがそう思考を巡らしているうちに玉座の扉が開く。
「待っていたわ、咲夜。」
「・・・」
返事は返ってこない。それでも構わずしゃべり続ける。
「こんな状況はまるであの時のようね。あの時の月も綺麗だったけど、今夜の月も綺麗よ咲夜。」
「・・・」
レミリアは期待していたのかもしれない。こう喋っていれば咲夜は元に戻ると。
「しかし、皮肉と言うべきなのかしらね。今日の月も『十六夜』。あの時の月も『十六夜』。まるであの時を再現をしたようね。」
「・・・」
しかし分かっていた。所詮高望みでしかないのだ。
「さぁ、咲夜。結果は分かっているでしょう?降参する気は無いのかしら?」
「・・・」
元よりこんな事は無意味だとレミリア自身、分かっていた。
ただ未練だけが残る。
なぜ今、この時、咲夜と再び対峙しなければならないのか。
「そう・・・残念ね咲夜。最後に何か言うことは無いの?」
「・・・、て」
今、何かを喋った気がする。
「何、咲夜?」
「・・・、ケテ」
確かに喋っている。ただ正確には聞き取れない。
レミリアは藁をも掴む思いで咲夜にもう一度聞き返す。
「咲夜、なんと言っているの?」
「タス・・・、ケテ」
タスケテ。
これがこの忌々しい夜に初めて発した言葉だった。
助けて。
今度こそ。
確かにそう聞こえた。
咲夜は助けを求めている。私に。
咲夜の顔を覗き込むと咲夜の目が赤く、黒く、交互に光っているのが見て取れた。
レミリアは咲夜がこうなった原因が分かってしまった。
原因は、『能力の行使のしすぎ』だ。
咲夜の能力は、咲夜が持っている懐中時計を媒介にして能力を使用する事ができる。
咲夜は能力を使うときに目の色が黒から赤に変わる。
その媒介である懐中時計が力を行使しすぎて暴走に至った。
確信は無いが、暴走というのはおそらくまだレミリアと会う前の記憶の再現と現在の再現。
要は、記憶という時間を現在の咲夜で再現しているのだ。だから常に能力は発動状態。それに現在の記憶もあるので、それと併用して能力を使うことが出来る。
咲夜の能力からいったらまず出来無い事である。ただ事象というのは起こってみないと分からない。
これでは病的要因でも無いのだから永琳の所に行っても無駄だった。
普段からこの時間を操る程度の能力を掃除や他の作業に使っている咲夜は能力の使用度が半端無かった。
それこそ休む時間も無かっただろう。
ニアミスをしたり、倒れたりという現象は懐中時計から流れる力が咲夜の時間に干渉を起こしてそうなってしまう。
原因は分かった。後は咲夜を懐中時計を切り離すだけだった。が、そうは簡単に行かないだろう。
それに暴走中の懐中時計に触ったらレミリアでさえもおかしくなるかもしれない。
懐中時計は壊すしかなかった。
「助けて・・・か。ええ、咲夜助けてあげるわ。だからおとなしくしてなさいっ!」
レミリアは不意をつく形で咲夜へと疾走した。
咲夜も目の、赤、黒の点滅が赤一色へと変わる。
そうして咲夜もレミリアに切りかかる形で疾走する。
二人の攻防は目にも止まらぬ速さで繰り広げられていた。
それは、初めて咲夜とレミリアが会った時に繰り広げた戦い以上のものだった。
先に仕掛けたのは咲夜。
「奇術『幻惑ミスディレクション』」
レミリアもそれ相応のカードで対抗する。
「神罰『幼きデーモンロード』!!!!!」
力は互角だった。が、咲夜の懐中時計を意識しながら攻撃しているレミリアの方が少し武が悪かった。
この時レミリアは気づいていなかった。咲夜の目の色がどんどん濃くなっていってる事が。
「幻世『ザ・ワールド』!!!!!!」
「神術『吸血鬼幻想』!!!!」
スペルカードの出し合い。
ただ単に力の張り合いであった。
しかし、どちらも全力でいかなければどちらかが負けてしまうだろう。
だが、数には限りがある。
そして、
「『デフレーションワールド』!!!!!!!!」
「『スカーレットディスティニー』!!!!!!!」
共にラストスペルまで出し合った。
もうここからは純粋な力。実力勝負となる。
咲夜はレミリアにナイフを全方位から投げる。
それに対しレミリアは純粋な力のみではじき返す。
この時にやっと気づいた。
咲夜の目が赤から紅へと変わっている事に。
それに動揺したレミリアを咲夜は逃さなかった。
しまった。と思うレミリアをよそに懐に入って投げに入る。
そのまま床に叩きつけレミリアに馬乗りの状態となる。
そうしてレミリアの胸に銀のナイフを付き刺した、とレミリアは思った。
銀ナイフを持った咲夜の腕は刺さる寸前、1ミリの隙間も無い状態で止まっていた。
好機。レミリアは咲夜を足で頭越しに蹴り飛ばし、玉座の椅子にぶつけた。
結果咲夜は、玉座の椅子に座る形になった。
そして間合いを一瞬で詰めた。
レミリアは手刀で咲夜の腹を貫いた。
急所ははずしてある。永琳の所に連れて行けばすぐ直るだろうから、一時の策としてこうした。
これで咲夜は動けたとしても、もう私には勝てない。
当の咲夜はぐったりしていた。
これなら懐中時計がはずせる、レミリアはそう思った。
しかし咲夜の体からは例の懐中時計が見つからなかった。
そこで咲夜が目を覚ます。
「お、おじょ・・・う、さま・・・。」
「さ、咲夜っ!」
「よ、かっ、た。最後・・・に、おじょうさ、まと話せ・・・て。
「最後なんて言っちゃダメっ!咲夜!懐中時計は!懐中時計はどこにあるのっ!」
「すいま、せん、お嬢、様。どうや・・・ら。体と・・・・同化して、しまったよう・・・です。」
「そ、そんな・・・。」
レミリアは絶望にひしがれた。
そんなレミリアに咲夜の声がした。
「お嬢さま・・・、私はどの道・・・、同化して、しまい・・・それほど・・・・・・、長くない・・・です。ですから・・・、お嬢さま・・・・、お願いがあります・・・。」
「ええ、何でも聞くから!」
レミリアは半ば泣きそうになっていた。
「2つ・・・あります。1つは・・・ここで私を、・・・殺して・・・ください。」
黙って聞くレミリア。
「2つ目は・・・、私は・・・お嬢様の事が、好き・・・です。ですから、私に・・・、キスを、・・・して、くれます・・・か?」
ハッとなった。咲夜は私の事を好きでいてくれた。
もう返事をする暇も無かった。
レミリアは咲夜に長い間、自らの唇を押し合い続けていた。
レミリアと咲夜の間には淫らな光る線を引いていた。
「お嬢様・・・。私、・・・今までで、・・・1番嬉しいで・・・す。」
レミリアは返事をせず、ただ泣きながら頷いていた。
「ふふ、お嬢様・・・、泣かないで、くだ・・・さい。それでは、1つ目のお願いを、・・・よろしく、お願い・・・、します。」
もう咲夜の脈も途切れ途切れになっている。そろそろ限界が近いのだ。
それでもレミリアは戸惑ってしまう。
「お嬢様・・・、私は、あなたの手で・・・、殺されたい、・・・・・・の、です。」
咲夜は覚悟を決めたような顔をしている。なおかつ嬉しそうな顔をしていた。
咲夜の主である私がこんなにだらしなくていいのか。咲夜の主は主らしく最後を見届けてやろう。
咲夜の顔を見たらそう思えてきた。
だから、レミリアは、手刀を急所に向けて構えた。
「ありがとう、ござい・・・ます。」
ここでキス後初めて喋る。
「『またね』咲夜。」
「ええ、『また』です。」
それはいつもの様に。いつでも会える気軽さで。だけどとても儚い言葉で。
そうしてレミリアは手刀をおろした。
私は全てを思い出した。頬に一筋の涙が流れていた。私は無我夢中で泣いた。最後に、あの時に、泣かないと決めたのに。
ここは玉座。
最後に私にとって1番大切な記憶が思い出すようになっていた。
これは誰の意思でもなく、私自身がこの時のために覚悟をするための記憶の流れだったのかもしれない。
咲夜と戦い、咲夜を愛して、咲夜を殺した場所である。
咲夜は嬉しそうな顔で玉座の椅子に座り、息を引き取った。
この後の私は、幻想郷にある紅魔館を別の場所に引っ越した。
引っ越すという言葉よりは転移した。という言葉が正しいかもしれない。
山の奥の奥。誰も足を踏み入れない様な場所の、さらに見つからない場所へと転移をした。
転移後、私は咲夜を殺した罪と自責の念を込め、自分の部屋で長い眠りについた。
その眠りの間にどうやら私は記憶を失っていたようだ。
だがそれも先ほどまでの話。
泣くだけ泣いて、落ち着いた私は玉座の椅子の所へと向かった。
玉座の椅子には青と白の布がかかっていた。
きっとこの布は咲夜の服である。
もうボロボロで原型をとどめていないが、感じから咲夜の物だと分かった。
どこからか、「お嬢様」と聞こえた気がした。
私は辺りを振り返るが誰も、咲夜は居ない。
自嘲気味に笑いながら私は、玉座の椅子にかかっている布を取り、そこに取って代わって座った。
これがあの時咲夜の見ていた目線。
ここで私に殺されたのだ。
私は布を大事に抱えた。今までの、思い出した想い出が走馬灯の様に蘇ってくる。
そして最後に咲夜が私に告白した部分で終わった。
「私は、私はまだ咲夜に『好き』って言ってないのにな。」
1人しか居ない玉座で私はそう呟いた。
外に光る月は十六夜。まさにあの夜と同じである。
「ふふっ。こんな偶然ってあるのかしら。・・・、いや必然よね。」
そう吐き捨て私は図書館で拾った銀のナイフを取り出した。
そのナイフを自分の胸に向け、
「咲夜。『また』会いましょう。」
そして自分の胸に突き刺した。
私はとても幸せだった。
咲夜と居た時間は私が生きていた時間よりは短いけれど、私が咲夜と出会う前の時間より充実していた。
それは自信を持っていえる。
そしてもう一つ自信を持って言える事がある。
私は、レミリア・スカーレットは、十六夜咲夜の事が好きだと、大好きだという事。
そこで私の思考は途切れた。
十六夜の月が静かに輝きながら、その美しい吸血鬼を覗いていた。
それはまるで見守るように―。
完
ここは暗い。
頭が痛い。何も思い出せない。
私は一体何者だ?そしてここはどこだ?
思い出せない。何も思い出せない。
ここに居ても何も始まらない。散策してみようと思う。
どうやら私はベットの上で眠っていたようだ。
ベットのある部屋この部屋の大きさはそれなりに広いといったところか。
棚の上に写真が飾ってある。「私」ともう1人が写真の中に写っていた。
私?
そうだ、思い出した。1つだけ思い出した。
私の名前は「レミリア・スカーレット」という。
私は「吸血鬼」だ。
ただ、もう1人の姿を見ても何も思い出せない。とても大事な人物だと、体が、思考が、そう認識しているのに。
なぜだろう、切なくなってきた。
もうこの写真を見るのはやめておこう。
さて、篭ってばかりいても何も分からない。部屋を出てみよう。
時間は外が夜だということ意外何も分からなかった。
外の月は十六夜の月だった。
そして、私は廊下に出た。
廊下はずっと先まで見えないぐらいに長く、広い。ここは・・・館か何かなのか?
ズキンッ!
まだ頭が痛むようだ。しかし、おかげでもうひとつ思い出せた。ここは紅魔館という私の館だ。
この廊下は私の部屋から出てすぐTの字のように分かれている。
最初は左に行ってみよう。
「お嬢様、では行ってきますね。」
「ええ、気をつけていってらっしゃい。」
どうやら咲夜は体の調子が悪いようだった。
最近の咲夜は紅茶を落としてしまったり、掃除の時に食器を割ってしまったりと今の今まで起こすことの無いミスばかりをしていた。
そしてとうとう倒れた。
咲夜は「心配しなくても大丈夫です。」と言っていたが、私が無理に幻想郷の医者、八意 永琳の元を行って診てきてもらうように促した。
咲夜は大丈夫だろうか?何かの病気にかかっているのだろうか?とても心配だ。
しかし、心配していても何も始まらない。
今日は咲夜が居ないのでパチェの所に行こうと思う。
「パチェ、居る?」
「ええ、居るわよ。」
パチェは相変わらず本に読みふけっていた。
「あなたもそんな本ばかり読んでよく飽きないわね。」
「あなたもこんな所に来て暇を潰そうだなんて人の事を言えないわよ、レミィ。」
「あら、よく分かったわね。」
「咲夜が永琳の所に行ったとなると、あなたは暇つぶしができなくなるでしょ。なら必然的にここに来る事になるじゃない。」
「まぁね。」
私とパチェはとても仲のよい親友同士だ。
しかし今日は遊びに来たのではない。
パチェの居る(住んでいる)この図書館は幻想郷1と言ってもいいぐらい本の量がある。
長い時間を生きたパチェでも未だに読んでいない本の方が読み終わった本より多い。
今日はこの本の山から少し探したい本があった。
「ちなみに医学に関する本はあそこの棚の上から25段目の列に大体そろってるわ。他の棚にも医学の本はあると思うけど、私は分からないからそれに関しては自分で探してね。」
「ギクッ!な、何で探そうと思っていた本が分かったの?」
「だってレミィソワソワしているんですもの。それにじっとしているのはレミィの性分に合わないわ。」
「まったく、こんな事に関してはパチェには敵わないわね。」
私は自嘲気味に笑いパチェに教えられた本の列に向かおうとした。
「あ、小悪魔!」
「はい、何でしょうか?」
「レミィの手伝いをしてあげて、きっと持てないぐらいに本を持とうとするから。」
「はい、分かりました。」
まったく・・・。パチェには本当に敵わない。
私はそんな日常に安心しながら本の列に向かった。
私は左に曲がった後、まっすぐ進んだ。
そうすると廊下に比例する大きさのある扉の前で止まった。
私はその大きな扉を開き進んだ。
そこには数多くの木の屑と焼き後が残る大きな空間に出た。
その木の屑の中にいくらか原型をとどめている物があった。
これは・・・。本棚?そこにはちゃんと本も置いてあった。
もはや残骸としか言えようの無い木の屑はこの本棚だったのか。
規模と木の屑の量から言って図書館だったのではないか?
ふと、残骸の中に光る物を見つけた。
それを広いあげてみる。
これはナイフ?かなりの埃を被っていたが未だナイフの刃の部分は光を失わない。
どうやら銀のナイフのようだった。
そのナイフの隣に赤い染みの付いたとても大きな本を見つけた。
魔道書という名が手書きで書かれている。
ズキンッ!
また頭痛がした。
また一つ思い出した。
私には親友が居た。名前は「パチュリー・ノーレッジ」。魔法を使う。そして、この紅魔館の図書館に住んでいた。
お互いの事をあだ名で呼び合うぐらい仲の良い間柄だった。
そしてパチェには子悪魔という助手的な者もいた。
ここで疑問が出てくる。
パチェは?小悪魔は?そしてこの残骸の意味は?
なぜだかとても気分が悪くなってきた。寂寥感が胸からこみ上げてくる。
ここはもう出よう。この大空間の奥に扉がある。
そこから出る事にした。
ここを出る際、さっき見つけた銀のナイフはもって行く事にした。
このナイフはとても大事な何か、と感じたから。
「ふぁー疲れた。」
「疲れるの、早すぎるわよ。」
「パチェは慣れてるかもしれないけど、私は慣れないのよ。そもそも字が細かすぎ!」
「なら庭にでも出て気晴らしでもしてきたら?天候は私が紅魔館一体を曇りにして太陽を遮ってあげるから。」
「ん、ならお言葉に甘えてそうするかな。」
「行ってらっしゃい。あそこの扉を出るころにはもう外は曇りになってるわ。」
そう言って、本棚の奥にある扉を指す。
「ありがとう。それじゃまたねパチェ。」
「ええ、またね。」
そうして私はパチェに別れを告げ、その扉から庭へと出る。
紅魔館の庭には限られた花しか咲いていないが、数多くの花々達が自分が最も美しいと主張するかの如く咲いていた。自分の身のためとはいえ、天候が曇りなのは少々残念だが。
これらの花は全て、門番である紅 美鈴が管理していた。
門番は門番らしくしていればいいのに、門番の仕事をそっちのけで花の世話をしている。
しかし、1人でこれだけの数の花を文句の付けようが無いくらいに咲かせているので、館の主である私もあまりものを言えない。
代わりに咲夜が注意するのだが。
「あ、お嬢様!」
「あら、美鈴。」
今日の美鈴も花に水をやっていた。
「門番の仕事をしていないと咲夜に怒られるわよ。」
「実はついさっき見つかってしまい怒られてしまいました・・・。」
「まったく・・・。」
「あ!あの・・・、お嬢様。」
「なに?美鈴。」
「またこうやってしていた事は咲夜さんに内緒にしてもらえませんか?」
私は咲夜に言おうと思っていたが、この花たちを見ていたらその気が失せてしまった。
「そうね・・・。咲夜には内緒にしておくわ。」
「あ、ありがとうございます!お嬢様!」
「ただし、ちゃんと本職もやりなさいよ。」
「う、わ、分かりました。」
「それじゃ私は戻るわね。」
「はい、分かりました。お嬢様。」
そう言って私は紅魔館の正規の入り口に行く形で歩みを進めるのだった。
私の妹に言っておかなければならない事があったからだ。
この日常。私にとってそれはとても大切なものだった。
扉を開くとそこは静寂が支配する広い庭があった。
空には美しい十六夜の月が輝いていた。が、地上の、この広い庭には数多くの花が枯れていた。
私は悲しくなった。
きっと美しい、それはそれは美しい花たちだった、と。
別にそう思った理由は無い。自分の感覚がそう訴えていたからだ。
私は歩みを進めた。
この館、紅魔館には心が痛くなったり、悲しくなったりする場所が多すぎる。
そうして私は紅魔館の正規の門まで辿りついた。
この門。
ズキンっ!
また頭痛だ。この痛みはどうにかならないのだろうか。
しかし再び思い出した事がある。
紅魔館には門番が居た。
名前を「紅 美鈴」という。この紅魔館の門番だ。とても人間染みた妖怪だ。
だけど、いや、だから美鈴はとても優しかった。
先ほどの枯れた花も全ては美鈴が1人で全部咲かした花である。
枯れてしまっている今になんだが、きっと私の記憶にあるあの美しい、
綺麗な花々は美鈴が自分の心を込めて、自分の愛情を精一杯に捧げて咲かした花々なのだろう。
そう思うと、さらに悲しくなった。
もうここに居るのは止めよう。
考えたくない事まで考えてしまう。
そうして私は紅魔館の入り口へと向かった。
紅魔館の大きさに見合う、その大きな扉を開くとそこは紅魔館のロビーだった。
ここから地下へと向かう階段。
2階へと向かう階段。
そして1階は左右と真っ直ぐに進める。
私は何につられてか、地下に向かうことにする。
この嫌な感じは何だろう。そう思っても足が勝手に地下へ進んだ。
私は、ここ最近紅魔館の中を出歩っているフランの元へ歩みを進めた。
どこに居るのだろう?
とりあえずフランの部屋に向かうことにした。
フランの部屋は地下にある。
元々はフランが持っている能力。
あらゆる物を破壊する程度の能力の対策で地下に閉じ込めていたのだが、ここ最近はその必要が無くなった。
必要が無くなった。と言っても館の中だけを自由に回る程度の制限があるが。
外に出すにはまだ無理だった。
フランに部屋を地下から2階へと移すと提案したのだが、フラン自身が住みなれたここの方が良いと言ったのでそのままにしてある。
そんなこんなでフランの部屋の前に着いた。
「フラン。居るー?」
「んー?何お姉ちゃん?」
居た。こうもあっさり見つかってしまうと拍子抜けしてしまう。
まぁ早く見つかったほうが苦労しなくてすむのだが。
フランの部屋に入る。特に物は無く殺風景だ。
ベットと寝巻きやら服やらをしまうタンスぐらいがこの部屋における置物だ。
「フラン。咲夜が最近疲れてるみたいで、医者の所に行ったからここ数日は咲夜に無理をかけないでね?」
「えー、という事は今は咲夜居ないの?」
「そうなるわね。」
「んー。」
何か思案しているフラン。何か良からぬ事でも思い浮かばなければいいが。
「そうだなぁ、めーりんの所に行って一緒に食べようと思ったんだけど。」
「ん、何を食べるの?」
「お菓子!でも、咲夜がいないとお菓子のある場所が分からないからなぁ。しょうがないからめーりんと遊ぶだけにするかぁ。」
ホッと胸を撫で下ろす私。
運が悪いときは弾幕ごっこをやろうと言われる。
フランの気分次第なのだが、実質私よりフランの方が強い。結果は私が勝つのだが、それ相応の疲労と怪我がつくので私としても弾幕ごっこはあまりやりたくない。
これでは姉としての威厳がたたないが、フラン自体は私の事をし慕っているので問題は無い。
それに外に出るようになってからは、よく美鈴と居る事が多い。
美鈴とフランは今まで1度もあった事が無かったが、美鈴の方はフランがこの館のどこかに居る、程度ぐらいは知っていた。
今まで1度もあった事の無い2人が、こう仲良くしている。
きっとそれは美鈴の人柄と性格がフランをそうさせているのだと思う。
フランもめーりんも互いの事を慕っているようでとても仲がいい。
「ねぇお姉ちゃん。めーりんはどこに居る?」
「そうね、さっきは庭に居たわ。」
「そっか。ありがとー。それじゃ私はめーりんの所にいくねー」
「ねぇフラン?」
「ん?何お姉ちゃん。」
「美鈴は優しい?美鈴と遊ぶのは楽しい?美鈴の事は好き?」
「優しいし、楽しいし、大好きだよー!」
「そっか。うん。よかった。それじゃ美鈴と遊んできてらっしゃい。」
「うんっ!それじゃまたねー!」
「ええ。」
なぜあんな事を聞いたんだろう。
それは、今まで閉じ込めていた申し訳なさから来ているのか?
それは、姉としての気持ちから来たものなのか?
それは、これからの事が分かっていたからなのか?
この時の私には分からなかった。
長いとも、短いとも分からない地下へと向かう階段を下っていた。
夜という事もあるのか。辺りは暗く、とても不気味な感じを醸し出していた。
しかし、吸血鬼の私は暗闇などまったく持って無意味だった。
不気味な感じも吸血鬼の私が周りから見れば逆に不気味なものだ。怖くは無い。
そうして最終地点まで着いた。
そこには今までよりは小さい扉があった。
しかし、私が最初に寝ていた部屋の扉の大きさと同じくらいなのでこれでも大きいと言えるだろう。
そうして私はその扉を開いた。
瞬間、眩暈と同時に私の妹との記憶がフラッシュバックしてきた。
私の妹。「フランドール・スカーレット」。私が入った部屋はフランの部屋である。
フランは美鈴と仲が良かった。
それは、愛し合っているという人間染みた言葉で表しても問題は無かったと思う。
私は長い間フランを地下の部屋に閉じ込めていた。
それは過去の話だが、姉としては辛いものがあった。
やっと眩暈が治ってきた。
視界が定まっていく。
改めてフランの部屋を見て行く。
そこは台風が通り過ぎていったのは無いかと思うぐらいに荒れていた。
私の記憶にある、ベットとタンスの配置にはすでにその物は無く、木の屑が散らばっているだけだった。
それと壁や床が何箇所か抉られたような跡がある。
そして、錆びたナイフが何本か転がっていた。
この錆びたナイフはきっと図書館で私が拾った物と同じだろう。
分からない。何故ナイフがある?
そう、何か大事な事を忘れている。
私は確信した。
この大事な何かを思い出せば全ての謎は解ける、と。
そう思ったら、また再びズキン!と頭痛が来た。
やはり頭痛で記憶が戻るのか。と思いながらも大事な事に関する事意外は全てをこの瞬間に思い出した。
その思い出した記憶の中に、紅魔館の位置取りがあった。
これで迷わず進む事ができる。
私は玉座へ行こうと思った。
そこに全ての謎の意味があると思ったからだ。
そうして私は歩みを進めた。
咲夜が永琳の所から帰ってきた。
「随分と遅かったわね。、咲夜。」
「ただいま戻りました、お嬢様。」
「それで結果はどうだったの?」
私はこの時、咲夜が居なくなった時の事を考えてゾッとした。
「それが、あの永琳でも私の容態がよく分からないそうです。」
「?」
「永琳に疲労やストレスから来ているものなのか?と聞いてみたのですがそうでは無い、と。」
「ごめん、よく分からないのだけど・・・?」
「それで詳しく検査をしてみたのですけど、結果に以上は無い、と。」
「まったくもって不明だということ?」
私は困惑した。あの月の頭脳と言われたあの永琳でも分からないと?
それがさらに私を心配させる要因になった。
「ねぇ・・・咲夜?大丈夫なの?」
「ええ、今は元気です。という訳でお夕飯を作りましょうか。」
「ダメッ!咲夜は寝てて!今日だけは絶対に安静にしてて!咲夜のために私が何か作ってくるから!」
「うふふ、お気持ちは嬉しいですがお嬢様。お嬢様は料理ができるので?」
「うっ・・・。」
「ですから、私がお夕飯を作りたいと思います。」
「うー、そ、それじゃせめて私が作るから咲夜は私に料理を教えて!少しでも咲夜の負担を軽くしたいの!」
「お、お嬢様・・・。」
なにやら考え込む咲夜だが、レミリアの顔を見て決心する。
「分かりました。では厨房へ行きましょうか。」
「うんっ!」
この時の私は少しでも咲夜と一緒に居たいと思った。
またね、なんてしたくない。
バイバイ、なんてしたくない。
さよなら、なんてしたくない。
涙、なんて流したくない。
消えないで咲夜。
居なくならないで咲夜。
死なないで咲夜。
まだずっと、もっと一緒に、本当の最後が来るその時まで、ずーっと一緒に私といて!
玉座の部屋の扉前まで来た。
この扉を開けばきっと全てが分かる。
全てを思い出せる。
例えそれが、良い想い出だとしても、悪い想い出だとしても。
記憶とは誰しもが平等にある機能だ。
それが無くなるというのは、想い出が無くなる事だ。
それはとても悲しい事だ。
誰かの事を忘れるのはとても残酷な事だ。
私は、大事な人とそれに関係する想い出を忘れている。
それはきっと罪な事だ。
だから思い出す。
たとえ、それがとても残酷で、忘れたいと一瞬でも願うような想い出だとしても。
たとえ、それがとても羞恥で、記憶の中から消去したいと一瞬でも願うような想い出だとしても。
たとえ、それがとても優しくて、その優しさもって誰かを殺した想い出だとしても。
開こう。
そうして私は、思い出してみせる。
私は、これが最後の記憶なのだと感じながら扉に手をかけた。
咲夜が永琳の診療所に行ってから、翌日から寝込むようになった。
寝込むようになって4日目の夜。
空には十六夜の月が綺麗に輝いていた。
咲夜は、無表情のままいつもの服に着替えて図書館前にいた。
咲夜の体には無数の銀ナイフが装備されていた。
図書館の扉を開く。
そこにはまだパチュリーが本を読んでいた。
「あら、咲夜じゃない。こんな夜遅くにどうしたの?」
「・・・」
咲夜は答えない。
途端、咲夜はナイフを構えパチュリーに投げる。
「っ!?」
パチュリーは咄嗟に魔法の壁を作りそれで防御する。
「なんのつもり、咲夜!」
パチュリーの一喝。
「・・・」
それでも咲夜は答えない。
パチュリーは困惑した。
そこに咲夜のナイフの攻撃。
「くっ!!」
魔法防壁でナイフの攻撃を再び防ぐ。
この魔法防壁はそう長く続かない。
長丁場になればなるほどパチュリーは不利になる。
しかも全てのナイフがパチュリーの急所を的確に狙っていた。
もし魔法防壁が無くなったらそれこそ終わりである。
「(ここは咲夜に勝って、止めるしかないわね)」
そう判断したパチュリーは最初からスペルカード全開で攻撃をする。
咲夜に通常攻撃をしても絶対に避けられる。それが分かりきっていたからだ。
それにある程度咲夜に攻撃を加えないと止める事もままならない。
「火符『アグニレイディアンス』!!!」
炎で攻撃する。
本が少し焼けてしまうだろうが、命に関わる事なので躊躇してる暇は無かった。
炎が咲夜の元へ飛んでいく。
瞬間、咲夜の体がぶれる。
そしてパチュリーと咲夜の間合いはグッと迫る。体が触れるまで後3メートルと無かった。
「くっ・・・。月符『サイレントセレナ』!!!!」
パチュリーの周囲に青白い光が立ち上る。
これだけの間合いを詰めておいた咲夜にとって逃げられないだろう。
しかし、その光の中に咲夜の姿は無かった。
「っっ!?」
瞬間、パチュリーの腕をナイフがかすった。
咲夜はなんとパチュリーとの距離が50メートル以上も開いていた。
咲夜はパチュリーとの間合いを急激に広げたのだ。
それは妖怪にも難しいレベルに到達している技術の証だった。
「あれが当たらないなんて・・・。」
咲夜がその距離を疾走してくる。風になるとはまさにこの事だろう。
パチュリーも出し惜しみをしている暇は無かった。
「日符『ロイヤルフレア』!!!!!!」
パチュリーの持っているスペルカード、ロイヤルフレアはパチュリーが持っているスペルカードで1番強く、しかも全方位攻撃だ。
避けられるはずが無い。
しかし発動の途中で失策だと気づいた。
咲夜もスペルカードを唱えている。
「『咲夜の世界』」
咲夜の世界。それは咲夜が持っている時間を止めるスペルカードでは最強の部類に入るカードだった。効果は自分以外の相手の時間を停止。それがどんな状況にあってもだ。
そしてパチュリーはスペルカード発動途中で止まってしまう。
全てが停止した世界で咲夜はパチュリーに3本のナイフを投げる。
1本は急所を狙ったナイフ。
1本は自分が殺した事を証明するためのナイフ。
1本は誰かに助けを求めるためのナイフ。
フランは美鈴と共にお喋りを楽しんでいた。
「フランお嬢様。」
「ん、なにめーりん?」
「もうお休みになりませんか?」
フランは基本的に、部屋の中に居るので昼になったら起きて夜になったら寝るという生活をしていた。それは美鈴のためでもあった。
「えぇー、もうちょっとめーりんと一緒に居たかったー!」
「んー、しょうがないですねぇ。私が添い寝をしてあげるのでお休みになりません?」
「それなら・・・。うんっ!いいよー!めーりん大好きー!」
そう言ってフランは美鈴に抱きつく。
「あはは。お嬢様それではベットにお連れします。」
フランが抱きついた状態から、フランをお姫様抱っこをし、そのままベットへ連れて行く。
そうしてフランをベットの中へ入れる。
「それではフランお嬢様。お休みなさい。」
「うん!めーりんもお休みなさいっ!」
そうしてフランは眠りにつく。
「うふふっ。かわいいなぁ、お嬢様。」
そこで後ろに気配を感じる。
「誰だっ!って咲夜さんじゃないですかぁ。」
後ろに居たのは咲夜である。顔は無表情のままである。
「咲夜さんどうしたんですか?」
不思議に思っている美鈴に咲夜は近づく。
そうして抱きつく形になる。
「ちょ、さ、咲夜さん!な、何やって・・る・・・ん・・・・で・・・・・す・・・・・・。」
咲夜は抱きついた形から背中に銀のナイフを突き刺す。
ちゃんと急所に届くように最後まで捻じ込む。
そうして倒れる美鈴。
咲夜はそしてフランに目を向ける。
フランはいつの間にか起きていた。
「禁弾『スターボウブレイク』!!!!」
咲夜は飛びのく。
フランの周囲では大きな爆発が起きた。
フランが問う。
「ねぇ、何で・・・。何でめーりんを壊しちゃったの・・・?」
声音はとても低くて悲しみが混じったものだった。
「ねぇ、答えてよ。」
「・・・」
それでも答えない咲夜。
「ねぇ答えよ!」
そう叫んだと同時にスペルカードを発動する。
「禁忌『レーヴァテイン』!!!!!!!!!!!」
部屋がぐちゃぐちゃになろうがかまわない。
それは美鈴を壊した咲夜を怨む力の方が勝っていたからだ。
フランの攻撃を次々と避けていく。
避け続けながらも咲夜は壁に向かってナイフを投げていく。
そのナイフの大半はフランへと当たっていく。
フランは実践慣れしていないのだ。
その攻撃を避けるすべや、どうしたら攻撃が当たるか、ということに関しての知識はあまり無い。
ただ乱発してるだけ。ただ敵を追っているだけ。そんな攻撃ばかりだった。
咲夜はそんなフランに避けながらのナイフを次々に当てていく。
「くっ・・・、んっ・・・、い゛っ・・・、」
時折、痛さを我慢している声が漏れる。
咲夜のナイフは「銀」のナイフだ。銀は吸血鬼にとって毒のそれとまったく同じである。
それでも、フランは痛さを我慢して必死に咲夜に攻撃を仕掛けている。
咲夜は若干スピードの遅くなった攻撃に対して、投げるナイフを2本から8本まで上げた。
そして8本のナイフはフランに命中。
「あぐぁ゛っ!!!!!!!」
必死に歯を食いしばるフラン。
しかし・・・、
「奇術『エターナルミーク』」
一瞬、攻撃が緩んだ隙に数多くの銀のナイフを投げる。
そうしてフランに銀ナイフの雨が降り注ぐ。
「ーっ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
フランの声にならない叫びが部屋中に響き渡る。
そしてフランは美鈴に重なるようにして倒れた。
咲夜は二つの影を一瞥して声も足音も無く、フランの部屋を後にする。
レミリアは待っていた。
咲夜を待っていた。
来るまで待っているつもりだった。
おそらくは私も殺しに来る。それは咲夜の行動から見れば明白だった。
場所は玉座。窓からは、空に美しく光る十六夜の月があった。
思えば、始めて咲夜と出会ったのもこんな月夜の時かもしれない。
それがとても懐かしく思えた。
どうしてこうなってしまったのだろう。
咲夜の変化がぜんぜん分からなかった。何が原因なのだろう。どうして私の大好きな日常は壊れてしまったのだろう。
4日前からずっと寝込んでいた咲夜が急に起きてこんな事をしている。
可能性から考えれば今までの咲夜のミスが咲夜が変化する前兆だったのかもしれない。
これが病気的なものなのか。それとも・・・・『咲夜の意思』なのか。
これだけは考えたくなかった。
レミリアがそう思考を巡らしているうちに玉座の扉が開く。
「待っていたわ、咲夜。」
「・・・」
返事は返ってこない。それでも構わずしゃべり続ける。
「こんな状況はまるであの時のようね。あの時の月も綺麗だったけど、今夜の月も綺麗よ咲夜。」
「・・・」
レミリアは期待していたのかもしれない。こう喋っていれば咲夜は元に戻ると。
「しかし、皮肉と言うべきなのかしらね。今日の月も『十六夜』。あの時の月も『十六夜』。まるであの時を再現をしたようね。」
「・・・」
しかし分かっていた。所詮高望みでしかないのだ。
「さぁ、咲夜。結果は分かっているでしょう?降参する気は無いのかしら?」
「・・・」
元よりこんな事は無意味だとレミリア自身、分かっていた。
ただ未練だけが残る。
なぜ今、この時、咲夜と再び対峙しなければならないのか。
「そう・・・残念ね咲夜。最後に何か言うことは無いの?」
「・・・、て」
今、何かを喋った気がする。
「何、咲夜?」
「・・・、ケテ」
確かに喋っている。ただ正確には聞き取れない。
レミリアは藁をも掴む思いで咲夜にもう一度聞き返す。
「咲夜、なんと言っているの?」
「タス・・・、ケテ」
タスケテ。
これがこの忌々しい夜に初めて発した言葉だった。
助けて。
今度こそ。
確かにそう聞こえた。
咲夜は助けを求めている。私に。
咲夜の顔を覗き込むと咲夜の目が赤く、黒く、交互に光っているのが見て取れた。
レミリアは咲夜がこうなった原因が分かってしまった。
原因は、『能力の行使のしすぎ』だ。
咲夜の能力は、咲夜が持っている懐中時計を媒介にして能力を使用する事ができる。
咲夜は能力を使うときに目の色が黒から赤に変わる。
その媒介である懐中時計が力を行使しすぎて暴走に至った。
確信は無いが、暴走というのはおそらくまだレミリアと会う前の記憶の再現と現在の再現。
要は、記憶という時間を現在の咲夜で再現しているのだ。だから常に能力は発動状態。それに現在の記憶もあるので、それと併用して能力を使うことが出来る。
咲夜の能力からいったらまず出来無い事である。ただ事象というのは起こってみないと分からない。
これでは病的要因でも無いのだから永琳の所に行っても無駄だった。
普段からこの時間を操る程度の能力を掃除や他の作業に使っている咲夜は能力の使用度が半端無かった。
それこそ休む時間も無かっただろう。
ニアミスをしたり、倒れたりという現象は懐中時計から流れる力が咲夜の時間に干渉を起こしてそうなってしまう。
原因は分かった。後は咲夜を懐中時計を切り離すだけだった。が、そうは簡単に行かないだろう。
それに暴走中の懐中時計に触ったらレミリアでさえもおかしくなるかもしれない。
懐中時計は壊すしかなかった。
「助けて・・・か。ええ、咲夜助けてあげるわ。だからおとなしくしてなさいっ!」
レミリアは不意をつく形で咲夜へと疾走した。
咲夜も目の、赤、黒の点滅が赤一色へと変わる。
そうして咲夜もレミリアに切りかかる形で疾走する。
二人の攻防は目にも止まらぬ速さで繰り広げられていた。
それは、初めて咲夜とレミリアが会った時に繰り広げた戦い以上のものだった。
先に仕掛けたのは咲夜。
「奇術『幻惑ミスディレクション』」
レミリアもそれ相応のカードで対抗する。
「神罰『幼きデーモンロード』!!!!!」
力は互角だった。が、咲夜の懐中時計を意識しながら攻撃しているレミリアの方が少し武が悪かった。
この時レミリアは気づいていなかった。咲夜の目の色がどんどん濃くなっていってる事が。
「幻世『ザ・ワールド』!!!!!!」
「神術『吸血鬼幻想』!!!!」
スペルカードの出し合い。
ただ単に力の張り合いであった。
しかし、どちらも全力でいかなければどちらかが負けてしまうだろう。
だが、数には限りがある。
そして、
「『デフレーションワールド』!!!!!!!!」
「『スカーレットディスティニー』!!!!!!!」
共にラストスペルまで出し合った。
もうここからは純粋な力。実力勝負となる。
咲夜はレミリアにナイフを全方位から投げる。
それに対しレミリアは純粋な力のみではじき返す。
この時にやっと気づいた。
咲夜の目が赤から紅へと変わっている事に。
それに動揺したレミリアを咲夜は逃さなかった。
しまった。と思うレミリアをよそに懐に入って投げに入る。
そのまま床に叩きつけレミリアに馬乗りの状態となる。
そうしてレミリアの胸に銀のナイフを付き刺した、とレミリアは思った。
銀ナイフを持った咲夜の腕は刺さる寸前、1ミリの隙間も無い状態で止まっていた。
好機。レミリアは咲夜を足で頭越しに蹴り飛ばし、玉座の椅子にぶつけた。
結果咲夜は、玉座の椅子に座る形になった。
そして間合いを一瞬で詰めた。
レミリアは手刀で咲夜の腹を貫いた。
急所ははずしてある。永琳の所に連れて行けばすぐ直るだろうから、一時の策としてこうした。
これで咲夜は動けたとしても、もう私には勝てない。
当の咲夜はぐったりしていた。
これなら懐中時計がはずせる、レミリアはそう思った。
しかし咲夜の体からは例の懐中時計が見つからなかった。
そこで咲夜が目を覚ます。
「お、おじょ・・・う、さま・・・。」
「さ、咲夜っ!」
「よ、かっ、た。最後・・・に、おじょうさ、まと話せ・・・て。
「最後なんて言っちゃダメっ!咲夜!懐中時計は!懐中時計はどこにあるのっ!」
「すいま、せん、お嬢、様。どうや・・・ら。体と・・・・同化して、しまったよう・・・です。」
「そ、そんな・・・。」
レミリアは絶望にひしがれた。
そんなレミリアに咲夜の声がした。
「お嬢さま・・・、私はどの道・・・、同化して、しまい・・・それほど・・・・・・、長くない・・・です。ですから・・・、お嬢さま・・・・、お願いがあります・・・。」
「ええ、何でも聞くから!」
レミリアは半ば泣きそうになっていた。
「2つ・・・あります。1つは・・・ここで私を、・・・殺して・・・ください。」
黙って聞くレミリア。
「2つ目は・・・、私は・・・お嬢様の事が、好き・・・です。ですから、私に・・・、キスを、・・・して、くれます・・・か?」
ハッとなった。咲夜は私の事を好きでいてくれた。
もう返事をする暇も無かった。
レミリアは咲夜に長い間、自らの唇を押し合い続けていた。
レミリアと咲夜の間には淫らな光る線を引いていた。
「お嬢様・・・。私、・・・今までで、・・・1番嬉しいで・・・す。」
レミリアは返事をせず、ただ泣きながら頷いていた。
「ふふ、お嬢様・・・、泣かないで、くだ・・・さい。それでは、1つ目のお願いを、・・・よろしく、お願い・・・、します。」
もう咲夜の脈も途切れ途切れになっている。そろそろ限界が近いのだ。
それでもレミリアは戸惑ってしまう。
「お嬢様・・・、私は、あなたの手で・・・、殺されたい、・・・・・・の、です。」
咲夜は覚悟を決めたような顔をしている。なおかつ嬉しそうな顔をしていた。
咲夜の主である私がこんなにだらしなくていいのか。咲夜の主は主らしく最後を見届けてやろう。
咲夜の顔を見たらそう思えてきた。
だから、レミリアは、手刀を急所に向けて構えた。
「ありがとう、ござい・・・ます。」
ここでキス後初めて喋る。
「『またね』咲夜。」
「ええ、『また』です。」
それはいつもの様に。いつでも会える気軽さで。だけどとても儚い言葉で。
そうしてレミリアは手刀をおろした。
私は全てを思い出した。頬に一筋の涙が流れていた。私は無我夢中で泣いた。最後に、あの時に、泣かないと決めたのに。
ここは玉座。
最後に私にとって1番大切な記憶が思い出すようになっていた。
これは誰の意思でもなく、私自身がこの時のために覚悟をするための記憶の流れだったのかもしれない。
咲夜と戦い、咲夜を愛して、咲夜を殺した場所である。
咲夜は嬉しそうな顔で玉座の椅子に座り、息を引き取った。
この後の私は、幻想郷にある紅魔館を別の場所に引っ越した。
引っ越すという言葉よりは転移した。という言葉が正しいかもしれない。
山の奥の奥。誰も足を踏み入れない様な場所の、さらに見つからない場所へと転移をした。
転移後、私は咲夜を殺した罪と自責の念を込め、自分の部屋で長い眠りについた。
その眠りの間にどうやら私は記憶を失っていたようだ。
だがそれも先ほどまでの話。
泣くだけ泣いて、落ち着いた私は玉座の椅子の所へと向かった。
玉座の椅子には青と白の布がかかっていた。
きっとこの布は咲夜の服である。
もうボロボロで原型をとどめていないが、感じから咲夜の物だと分かった。
どこからか、「お嬢様」と聞こえた気がした。
私は辺りを振り返るが誰も、咲夜は居ない。
自嘲気味に笑いながら私は、玉座の椅子にかかっている布を取り、そこに取って代わって座った。
これがあの時咲夜の見ていた目線。
ここで私に殺されたのだ。
私は布を大事に抱えた。今までの、思い出した想い出が走馬灯の様に蘇ってくる。
そして最後に咲夜が私に告白した部分で終わった。
「私は、私はまだ咲夜に『好き』って言ってないのにな。」
1人しか居ない玉座で私はそう呟いた。
外に光る月は十六夜。まさにあの夜と同じである。
「ふふっ。こんな偶然ってあるのかしら。・・・、いや必然よね。」
そう吐き捨て私は図書館で拾った銀のナイフを取り出した。
そのナイフを自分の胸に向け、
「咲夜。『また』会いましょう。」
そして自分の胸に突き刺した。
私はとても幸せだった。
咲夜と居た時間は私が生きていた時間よりは短いけれど、私が咲夜と出会う前の時間より充実していた。
それは自信を持っていえる。
そしてもう一つ自信を持って言える事がある。
私は、レミリア・スカーレットは、十六夜咲夜の事が好きだと、大好きだという事。
そこで私の思考は途切れた。
十六夜の月が静かに輝きながら、その美しい吸血鬼を覗いていた。
それはまるで見守るように―。
完
折角派手に出来るとこもスペルカード叫ぶだけで誤魔化しているので仕上がりが残念。
場面と状況の把握だけで一苦労でした。
この「レミリア」って名前のオリキャラ、何処の誰ですか?
んで、どうして懐中時計は人体と同化なんぞしたんですか? どうしてレミリアは、咲夜をそのまま永遠亭に運んで懐中時計の分離を検討しなかったんですか?
語りたい事はなんとなく分からないではありませんが、話の組み立てがお粗末すぎます。