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霧雨に濡れた深緑の群れが、そよと吹く風に揺れた。
霧にけぶる魔法の森。普通の人間は凡そ生きて出られぬ魔が潜む森。
死した者たちの怨念が澱みと化し、生者を捉えて離さぬ魔境。たとえどれほど強く風が吹こうとも、その澱みが消える事はない。
私はその森の前で、腕組みをして考える。
行くべきか、行かざるべきか。それが問題だ。
行くべきだろう、とは思う。私が今直面している問題から考えれば、この森の危険度など、大事の前の小事だ。
だが、もしもの事を考える。考えてしまう。
私はこの森に疎い。いつも上を飛び去るだけで、踏み込む事は滅多にない。今までの生涯でも数えるほど、それだってすぐに空を飛んで脱出した。
危なくなれば、空を飛べば良い。分かってはいても、中々に踏み出せない。
果たして、その時私は空を飛ぶ事が出来るだろうか、と。
そんな疑念が頭を過ぎった。
いつもの私ならば、少しでも危険を感じれば空を飛んで逃げる事が出来るだろう。
しかし、今の私はどうだ。
果たして、冷静な判断が出来ているのだろうか。
そもそも冷静な判断と言う物が私の中にあるのならば、一体どうしてこのような場所に赴いたのだろうか。
いな、一体私は判断と言う行為をしたのであろうか。私は単に知識の中の結びつきと、結びつきに関係する閃きや思いつきを、判断と取り違えているのではないだろうか。
であるならば、私は私の現況と私の知識との関係の下に、謂わば中国語の部屋に閉じ込められた英国人のように、単なる反応(Response)を返しただけではないのだろうか。
そう考えると、判断と反応に関係するところの具合は、一体どうして『判断』せられるのであろうか。
つまる所、
あー、
なんだか、
そんな事考えてる間にも、
「……ひもじい……ひもじいわ」
お腹は空く物です。どうしよう。
もう三日も何も食べていなかった。
霊力は枯渇しかけ、空を飛ぶのもふらふらして危ないので神社から徒歩で結構歩いてここまで来たけど、 やっぱり飛んだ方が消費が少なかったようないやでもどうだろう飛ぶのも結構疲れるのよ。
そんな訳で、食材を求めて私はこの森の前にやってきた。
この森ならばきっと食材の宝庫だ。キノコはあるしキノコもあるしキノコだってある。どのキノコも食べたら夢の国に片足を突っ込みかねない代物ばっかりだが……
そ れ で も 食 べ ら れ る 。栄養にはなる。ならば行くか。行くしかないのか。
「でも人間としてどうだろう……」
貧すれば何とやら。私は迷いに迷っていた。
食べられるからって自ら毒キノコに手を出しに行くのは、果たして人間としてアリなのか。
ナシかも知れない。でも三日も何も食べてない。今日食べなければ四日だ。
「……また魔理沙にタカろうかしら」
ちなみに最後の食事は魔理沙にタカった物だった。その前も三日何も食べれなかったからなのだが、連続でタカると言うのも情けない気がする。
自分の食い扶持は自分で稼がないとダメだ、とは分かっている。分かっているのだが、最近じゃ妖怪退治をしても一銭にもならない。
やる事をやってそれでダメならタカってもいいんじゃないだろうか。
と言うかもういっそ魔理沙の家に住み着いた方が良いんじゃないだろうか。
よし、結婚しよう。そうしよう。
「……いやいや」
無いから。そう言う甘い展開は無いから。
と言う訳で仕方なしに私は魔法の森へと足を踏み入れた。湿り気を帯びた生ぬるい風が、私の背中から森へと向かって吹き抜ける。
息を吸うと、瘴気が肺の中に満たされるのが分かった。長居は危険だ。長居したらきっとその内魔理沙のようになってしまう。
いや、だがちょっと待って欲しい。魔理沙のように食べ物に不自由しない程度の生活が出来るのであれば、今よりはずっとマシではないだろうか。
と言うかそれならそもそも魔理沙の家に住み着いた方が良いんじゃないだろうか。
よし、結婚しよう。そうしよう。
「……いやいや」
だから無いから。そう言うの無いから。
私は瘴気の所為で浮かんだ変な考えを振り払う。矢張り長居は危険だ。早い所なるべく毒が弱いキノコを手に入れて此処から飛び去らないと。
ちなみに毒が無いキノコはこの森には無い。らしい。ただ、代わりに命を奪うような毒をもつキノコもない。らしい。
一番毒性が強い物で、せいぜい夢の国への片道切符を提供してくれる程度だとか。それだって治療すれば治る、と魔理沙は言っていた。
食べたのか。食べたんだろう。あの子ちょっとアレだから。
いや、だとすると治ってないんじゃないだろうか。あの子ちょっとアレな所があるのは治ってない所為じゃないだろうか。
矢張りキノコは危険だ。魔理沙にタカった方が安全かも知れない。
と言うかそれならいっそ魔理沙の家に住み着いた方が良いんじゃないだろうか。
よし、結婚しよう。そうしよう。
「……いやいや」
無いから。大事な事だから何度も言うけどそれは無いから。
頭を振ってその考えを振り払う。少しアレになりかけている。瘴気の所為だろう。空きっ腹に瘴気は酷く響く。
蟲が這っているのを何度か見たが、どれも食べられそうにない。と言うか、流石に蟲は食べる気にならない。
せめて哺乳類は居ないのか。居ないんだろうな。
いや、と言うか何故私は魔法の森なんかにキノコ狩りに来ているのか。近場の森で哺乳類を狩る方が安全だったのではないだろうか。
「しまった」
そう、矢張り冷静な判断は失われていたのだった。食べ物を求めようと思った際に、何故か真っ先にこの森の事が頭に浮かんだのがその証左だ。
魔理沙が居る森だからかも知れない。魔理沙ならきっと何か食べさせてくれるだろうし。
ああ、なんて素敵な子なんだろう彼女は。
よし、結婚しよう。そうしよう。
「……いやいや?」
無いよね?そう言う甘い展開は……ないよね?
なんだか世界がくるくる回り始めた気がする。頭を振る。体に霊力を漲らせて瘴気を払う。
よし。まだイケる。ギリギリだけどイケそう。多分。
キノコだ。キノコの群れが見える。あのキノコは確か毒性が弱かった筈だ。
こ れ な ら 食 べ ら れ る 。
採集しまくろう。
「キ○コのこーのこ」
正気を保つ為にとりあえずなんか思いつくままに歌い始める。大丈夫、私は元気の子だ。
更なるキノコを求めて更なる奥地へ。なんか瘴気が濃くなってあたまがくらくらしはじめたきがするけどだいじょうぶ。きっと。
「くろはーつすぎひらべにてんぐー」
歌っていると、なんだか、とても気分がよくなってきた。うふふ。
「……なんだこの不気味な歌は。って霊夢じゃないか、何やってるんだこんな所で」
「ふわあ……魔理沙だぁ……」
魔理沙が現れた。何故だろう。何故か分からないけど魔理沙を見てるとなんだか胸がどきどきする。
「……ええと、もしかして瘴気にでもやられたか?」
ああ、可愛い。凄く可愛い。
よし、結婚しよう。そうしよう。
「魔理沙……魔理沙ぁ……」
「んむっ!?な、な、な…!?」
気の赴くままにキスをする。そのまま押し倒すと指をその薄い胸に這わせ……
「この……正気に戻れっ!薄くて悪かったなっ!」
「あうっ……!」
そして私の意識は途切れた。
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コトコト、と言う何かを煮込むような音と、美味しそうな匂い。
私が目を覚ました時に、認識したのはその二つ。
「ん……ここは?」
「目が覚めたか、この変た……霊夢」
「今変態呼ばわりしようとしなかった?」
「正気みたいだな、良かった良かった」
正気?
私は意識を失う前の事を思い出そうとする。キノコを取りに魔法の森に入って……それから……
それから……?
何も思い出せない。何があったんだろう。
「全く、どうせまた何も食べてなかったんだろ?ほら」
そう言って魔理沙は私の前に豚汁を差し出してくれた。
「それから米と、お煮しめだ。我ながら今日も美味く出来たぜ」
ずずず、と豚汁を一口すする。美味しい。
お煮しめを口に運び、米を食べる。美味しい。
ああ、食事とはこれほどまでに素晴らしい行為だったのか、と私は感動する。
「美味しい……ありがとう魔理沙。助かったわ」
良いお嫁さんになるわよ、と。
そう口に出した瞬間、何か形を捉えられない物が胸の内を過ぎる。
「大体だな、食べる物がなくて毒キノコを食べようとするくらいなら私を頼ればいいじゃないか」
その、友達、なんだからな。照れた様子で魔理沙がそう言った。
可愛い、と私は思った。
そう言えば魔理沙と結婚すればこの手料理がずっと食べられるのだ。食べ物に困ることも無くなるのだ。
よし、
論理の飛躍ゼロ。
と言う訳で。
そうしよう。
「魔理沙」
「なんんむっ!?」
「……結婚、しましょう」
「お前……まだ毒が抜けてなかったのか!?」
「私は正気よ」
そう、むしろ結婚しない方がおかしい。こんな可愛い子がこんな美味しい手料理を振舞ってくれるのだから。
「待て待て待て!落ち着け!」
「私は冷静よ」
そして私は再び口付けをすると、魔理沙をベッドに押し倒し……
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「うわああああああああああああっ!?はっ!?」
そして私は目を覚ます。辺りを見回す。
霊夢の姿はない。着衣の乱れもない。
夢だ。夢だったのだ。良かった。
そう言えば昨日は大分瘴気が濃かった気がする。そう言う日にはこんな悪夢を見る事もあるかも知れない。
コンコン、とノックの音がして、衰弱しきった霊夢が返事も待たずに部屋に入り込んできた。
「な!?よ、寄るなこの変態っ!」
「……え?何?なんでいきなり変態扱い?」
「なんでって……」
……そう言えば、夢だったのだ。霊夢の態度も至って普通である。
「わ、悪い……今変な夢を見てだな」
「まあなんでもいいけど……もう三日も何も食べてないの。何か食べさせて頂戴」
「ああ、今作るからちょっと待って……」
「……何よ?」
……何故だろう。
霊夢を見ると、胸がどきどきするような……
「……いやいや」
可愛い?この傍若無人の巫女が?
ありえない。ありえないと言うのに。
『……結婚、しましょう』
フラッシュバック。
「……早くしてくれないといい加減倒れてしまうわ」
「あ、ああ」
慌てて頭を府って食事の支度に取り掛かる。
瘴気の所為だ、そうに違いない。そう自分に言い聞かせるが……
「……だから何よ?」
気づくと、霊夢を目で追ってしまっている。これはまずい。
「いやその」
どきどきする。これから私が言う事で二人の仲は変わるだろうか。少しだけ変わるかも知れない。
期待を込めて、心の中の制止の声を振り切って、私は告げる。
「今日からは……毎日食べに来てもいいから」
「……え?いいの?本当に?」
「ああ、毎回倒れる寸前で来られても困るだけだしな」
「あ、愛してるわ魔理沙!」
そう言って、霊夢は抱きついてきた。
心臓が跳ねた。それはダメだ。反則だ。
なんとかして抱きしめて押し倒そうとする自分の体を制止するが、私の心の方は既に定まってしまっていた。
美味しそうに食事を取る霊夢の姿を見て、私は……
よし、結婚しよう。そうしよう。
と、決意したのであった。
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読んでいると何だかおかしな気分になって来ました。瘴気のせいでしょうか。
よし、結婚しよう。そうしよう。
これの三回目くらいで瘴気っていうか、幻覚作用のある毒キノコを無意識に食べただんだろ?そうだろ?
って思ってしまったw
いや、食ってるだろ?そうなんだろ?
うんうん、よし、結婚しよう。そうしよう。
そういう意味でも見事に文章全体で雰囲気をあらわしているSSだと思いました。
何いってんのかよくわかんないけどまぁいいや
よし、結婚しよう。そうしよう。
さて結婚式に参加してくるか
押し倒すぞ
とりあえず霊夢と魔理沙は結婚してください。
結婚すればいいよ!!
よくわからんくなった。まぁいいや。
よーし結婚しよう。そうしよう。
森の瘴気なら仕方ない。そんなことより結婚しよう。そうしよう。
まぁんな事ぁうっちゃって。結婚してね。式には行くから。
まあどうでもいいや。結婚しようか、うん。
だから結婚しちまいなさい。
祝儀として賽銭を奮発いたしますぞ!