数の暴力と例えればわかりやすい。八雲紫の弾幕結界は精密さと凶暴さを併せ持ったスペルだ。
身を捻り、急激なゴーとストップを繰り返す。潜り抜けると、津波にも似た圧倒的な妖力弾の奔流が襲いかかってきた。
「―――よっと!」
スペルカードは、大まかに分けて秩序と無秩序に分類される。
一つは、規則性を持つ列を作り、標的へと正確に飛んでいくタイプ。
もう一つは、下手な鉄砲数撃ちゃ当たる、ばら撒きタイプである。
一見すれば同居しそうにない二つなのだが、こいつは互いをいがみ合わせたまま繰り出してくる。
圧倒的な力を持っていなければ出来ない力技だ。
―――でもそれは『かわせない』には繋がらない―――!
「……あら、弾幕結界が抜けられちゃったわね。困った困った」
「その割には余裕ね。『計画通り』、そんな顔してるわ」
「ふふ」
焦るどころか、紫の表情は笑顔一辺倒のままだ。開始時から変化一つすらない。
その時点でこいつが『悪巧み』をしているのは明らかだった。だから、紫の次の言葉にも驚かない。
「じゃあ、準備運動は終わりにしましょうか?」
そら見たことか。
「……嫌な予感って、なんでこうも当たるのかしら」
「その表情、言葉から察するに、わたしがやりたいことはわかっているようね」
「ええ、どこかのプライバシー侵害妖怪のせいで、勘だけは磨かれたのよ」
「出張った甲斐があったわ」
まったく、ろくでもない奴に目をつけられたものだ。
しかも目的が『退屈凌ぎ』に他ならないのだから、出来るものならこいつをズタズタにしたいところである。
その唯一の手段が、今やっている弾幕ごっこしかないわけで。
……と、なると。
勝てばいい。それだけだ。
「出不精が頑張ったのは評価に値するけど、哀れね。あんたは撃墜されて、マヨヒガで寝込むことになる」
上海と蓬莱を左右に展開し、そのまま後方に飛んで距離を取ると、紫もほぼ同時に動いた。
「そうなったら貴女に看病してもらおうかしら? 永遠亭での経験が生きるわね」
「悪いけど、断固拒否の姿勢を貫かせてもらうわ。もっとも、全身包帯にしてやるのは否定しないけど」
「これは手厳しい」
八雲紫は、二枚の札を懐から取り出した。
「式神を作るのってね、案外骨が折れる作業なのよ。依り代の選定に始まって、式神の『固定』に終わる。二言で済むこの過程にどれ程の時間を割くのか。アリス、あなたに想像はつくかしら?」
「さてね。人形ならともかく、式神は専門外だもの。想像も出来ないわ、文字通り」
「あー、弾幕結界までかわされちゃったか。これで紫の手は出尽くしたわけか」
「いつのまにか、アリスもやるようになったのね。いつかの異変時に再会したのとはちょっとばかし違うみたい」
「日進月歩とはよく言ったものね。あ、お嬢様、お茶のお代わりはいかがですか?」
「もらうわ」
少女達が酒や紅茶を飲み干し、天を仰ぐ。
そろそろ日が傾き始める頃なのか、太陽は山の向こうへと進軍を開始したようだ。
百鬼夜行、魑魅魍魎、彼らの時間が近付きつつある。
「いいないいなー、紫楽しそう。わたしも弾幕ごっこしたいなー」
「あら、萃香。あなたは、そういうのを眺めている方が好きなイメージがあったんだけど」
「ちっちっ、わかってないわね幽々子。楽しそうなものには自分から進んで首を突っ込んで、大騒ぎするのがわたしなのよ」
「それ、紫様みたいね。立ち位置の違いぐらいしか区別がなさそうだけど」
「類は友を呼ぶって、正にその通りなわけだ」
「逆よ。友は類を呼ぶの。こういう場合はね」
徐々に茜色が辺りを染めていく頃、ようやく止まっていた空が動いた。
動いたのは紫で、左右に式が憑依している札を展開している。
そういえば。霊夢はそこで気付く。
常に主人に付き従う、二人の式が見当たらないことに。
(藍と橙、今日は侍らせていないみたいだけど……何か企んでいるのかしら?)
何かあったのか、ではなく、何か企んでいる、と。霊夢はそう曖昧に結論付けた。
「そういえば、今日はいつもの式神はいないのね」
悪寒が背筋を巡る。虚勢が出張り、警戒感が脳髄を埋め尽くす。
口から出る言葉は防御壁だ。何も言えなくなったが最後、『呑まれる』のはわかっている。
「うふふ、そんなのどうでもいいじゃない。今はあなたとわたしの楽しい時間の真っ最中なんだから」
「実際、楽しんでるのはあんただけに見えて仕方がない」
「あら、あなたは楽しくないのかしら。こんな素敵な弾幕ごっこ、わたしの永い時間の中でもそうそうなかったわ。覚えてる限りではね」
ぼんやりと淡い光を放ち、札が何かを象っていく。
それはまるで、『人形』のようで。
「人はわたしを幻想郷の賢者と呼び、実際間違いでもない。でも、今この時だけはそれを拒否させていただくわ」
ぞるり、ぞるり。
悪寒が形を成し、背中を中心にして全身へと広がっていく。
「そうね……『無色の人形遣い』とでも、言ってもらおうかしら。七色に肖って」
色が無い。それは、透明なのか。それとも、無という色なのか。
しかし型にはまらないといった、八雲紫の性格とは見事に合致している。
やがて札は、上海や蓬莱と似て非なるものへと変化した。
「やると思ったわ……実のところ、考えたくはなかった可能性だけど」
「今更説明する必要も無いでしょうけど、形式は大事なのよ」
札の数が増え始め、わたしの持つ人形の数と同じ程度になった。
やはりだ。わたしの抱いた危惧はいよいよ現実になってしまった。
「正真正銘の自分自身を相手にした時、人はそれを乗り越えられる―――いいえ、打ち破れるのかしら?」
妖艶に、そして残忍に。口の端を尖らせ、八雲紫は緩慢に動く。
「新旧人形遣いの共演よ。互いに、気張らず必死に戯れようじゃない」
「……あいにく、あんたの戯れに必死こいて付き合う義理も義務もないわ」
もたついていた思考回路が、たった今噛み合った。
「今までこっちが大人の対応をしてたからかしらね。久々に……いや、はじめて極めて単純な怒りが頂点に達しそうよ」
ふざけている。まったくもってふざけている。
何が新だ。何が旧だ。すべては一方的な余興の為に仕組まれたものにすぎない。
そんなものを、わたしが。
このわたしが「イエス」と享受すると思っているのか。
「決めた。最後までなんて言葉は返上。今日、あんたの掌からは卒業よ」
「これは大きく出たわね。でもそれもまた一興。期待して、そして遠慮なくやらせていただきますわ」
互いの右手が動く。人形が動いた。
「余興は終わりよ。七色の魔法使い」
「暇潰しも今日までよ。スキマの賢者」
身を捻り、急激なゴーとストップを繰り返す。潜り抜けると、津波にも似た圧倒的な妖力弾の奔流が襲いかかってきた。
「―――よっと!」
スペルカードは、大まかに分けて秩序と無秩序に分類される。
一つは、規則性を持つ列を作り、標的へと正確に飛んでいくタイプ。
もう一つは、下手な鉄砲数撃ちゃ当たる、ばら撒きタイプである。
一見すれば同居しそうにない二つなのだが、こいつは互いをいがみ合わせたまま繰り出してくる。
圧倒的な力を持っていなければ出来ない力技だ。
―――でもそれは『かわせない』には繋がらない―――!
「……あら、弾幕結界が抜けられちゃったわね。困った困った」
「その割には余裕ね。『計画通り』、そんな顔してるわ」
「ふふ」
焦るどころか、紫の表情は笑顔一辺倒のままだ。開始時から変化一つすらない。
その時点でこいつが『悪巧み』をしているのは明らかだった。だから、紫の次の言葉にも驚かない。
「じゃあ、準備運動は終わりにしましょうか?」
そら見たことか。
「……嫌な予感って、なんでこうも当たるのかしら」
「その表情、言葉から察するに、わたしがやりたいことはわかっているようね」
「ええ、どこかのプライバシー侵害妖怪のせいで、勘だけは磨かれたのよ」
「出張った甲斐があったわ」
まったく、ろくでもない奴に目をつけられたものだ。
しかも目的が『退屈凌ぎ』に他ならないのだから、出来るものならこいつをズタズタにしたいところである。
その唯一の手段が、今やっている弾幕ごっこしかないわけで。
……と、なると。
勝てばいい。それだけだ。
「出不精が頑張ったのは評価に値するけど、哀れね。あんたは撃墜されて、マヨヒガで寝込むことになる」
上海と蓬莱を左右に展開し、そのまま後方に飛んで距離を取ると、紫もほぼ同時に動いた。
「そうなったら貴女に看病してもらおうかしら? 永遠亭での経験が生きるわね」
「悪いけど、断固拒否の姿勢を貫かせてもらうわ。もっとも、全身包帯にしてやるのは否定しないけど」
「これは手厳しい」
八雲紫は、二枚の札を懐から取り出した。
「式神を作るのってね、案外骨が折れる作業なのよ。依り代の選定に始まって、式神の『固定』に終わる。二言で済むこの過程にどれ程の時間を割くのか。アリス、あなたに想像はつくかしら?」
「さてね。人形ならともかく、式神は専門外だもの。想像も出来ないわ、文字通り」
「あー、弾幕結界までかわされちゃったか。これで紫の手は出尽くしたわけか」
「いつのまにか、アリスもやるようになったのね。いつかの異変時に再会したのとはちょっとばかし違うみたい」
「日進月歩とはよく言ったものね。あ、お嬢様、お茶のお代わりはいかがですか?」
「もらうわ」
少女達が酒や紅茶を飲み干し、天を仰ぐ。
そろそろ日が傾き始める頃なのか、太陽は山の向こうへと進軍を開始したようだ。
百鬼夜行、魑魅魍魎、彼らの時間が近付きつつある。
「いいないいなー、紫楽しそう。わたしも弾幕ごっこしたいなー」
「あら、萃香。あなたは、そういうのを眺めている方が好きなイメージがあったんだけど」
「ちっちっ、わかってないわね幽々子。楽しそうなものには自分から進んで首を突っ込んで、大騒ぎするのがわたしなのよ」
「それ、紫様みたいね。立ち位置の違いぐらいしか区別がなさそうだけど」
「類は友を呼ぶって、正にその通りなわけだ」
「逆よ。友は類を呼ぶの。こういう場合はね」
徐々に茜色が辺りを染めていく頃、ようやく止まっていた空が動いた。
動いたのは紫で、左右に式が憑依している札を展開している。
そういえば。霊夢はそこで気付く。
常に主人に付き従う、二人の式が見当たらないことに。
(藍と橙、今日は侍らせていないみたいだけど……何か企んでいるのかしら?)
何かあったのか、ではなく、何か企んでいる、と。霊夢はそう曖昧に結論付けた。
「そういえば、今日はいつもの式神はいないのね」
悪寒が背筋を巡る。虚勢が出張り、警戒感が脳髄を埋め尽くす。
口から出る言葉は防御壁だ。何も言えなくなったが最後、『呑まれる』のはわかっている。
「うふふ、そんなのどうでもいいじゃない。今はあなたとわたしの楽しい時間の真っ最中なんだから」
「実際、楽しんでるのはあんただけに見えて仕方がない」
「あら、あなたは楽しくないのかしら。こんな素敵な弾幕ごっこ、わたしの永い時間の中でもそうそうなかったわ。覚えてる限りではね」
ぼんやりと淡い光を放ち、札が何かを象っていく。
それはまるで、『人形』のようで。
「人はわたしを幻想郷の賢者と呼び、実際間違いでもない。でも、今この時だけはそれを拒否させていただくわ」
ぞるり、ぞるり。
悪寒が形を成し、背中を中心にして全身へと広がっていく。
「そうね……『無色の人形遣い』とでも、言ってもらおうかしら。七色に肖って」
色が無い。それは、透明なのか。それとも、無という色なのか。
しかし型にはまらないといった、八雲紫の性格とは見事に合致している。
やがて札は、上海や蓬莱と似て非なるものへと変化した。
「やると思ったわ……実のところ、考えたくはなかった可能性だけど」
「今更説明する必要も無いでしょうけど、形式は大事なのよ」
札の数が増え始め、わたしの持つ人形の数と同じ程度になった。
やはりだ。わたしの抱いた危惧はいよいよ現実になってしまった。
「正真正銘の自分自身を相手にした時、人はそれを乗り越えられる―――いいえ、打ち破れるのかしら?」
妖艶に、そして残忍に。口の端を尖らせ、八雲紫は緩慢に動く。
「新旧人形遣いの共演よ。互いに、気張らず必死に戯れようじゃない」
「……あいにく、あんたの戯れに必死こいて付き合う義理も義務もないわ」
もたついていた思考回路が、たった今噛み合った。
「今までこっちが大人の対応をしてたからかしらね。久々に……いや、はじめて極めて単純な怒りが頂点に達しそうよ」
ふざけている。まったくもってふざけている。
何が新だ。何が旧だ。すべては一方的な余興の為に仕組まれたものにすぎない。
そんなものを、わたしが。
このわたしが「イエス」と享受すると思っているのか。
「決めた。最後までなんて言葉は返上。今日、あんたの掌からは卒業よ」
「これは大きく出たわね。でもそれもまた一興。期待して、そして遠慮なくやらせていただきますわ」
互いの右手が動く。人形が動いた。
「余興は終わりよ。七色の魔法使い」
「暇潰しも今日までよ。スキマの賢者」
物にもよりますが半年までならコレはセーフです