注意:同作品集の「運命のいたずら」の続きになります。
「それでね、お姉さまったらね……」
ベッドの上で足を崩して座る少女が言葉を紡いでいる。
蜂蜜色の髪に血の色のような真っ赤な洋服。背中には枯れ枝に色とりどりの宝石をぶら下げたような奇妙な羽が生えている。
フランドール・スカーレット。
それが少女の名前であった。紅魔館の主である紅き月の悪魔の妹。
「こっそり残そうとして、咲夜に怒られちゃったの」
いつかの朝食の話。
なんと言うことはない。レミリアが苦手な物を残そうとして、従者である咲夜に見つかり怒られた、とそれだけの話だ。
それだけの事なのにとても嬉しそうに話すのだ。何度も、何度も同じ事を。
「お姉さまはああ見えて子供だからね」
対面に座ってフランドールの話を聞いていた少女が話に応じる。少女の姿は……
蜂蜜色の髪に血の色のような真っ赤な洋服。背中には枯れ枝に色とりどりの宝石をぶら下げたような奇妙な羽が生えている。
そう、同じであった。ベッドに足を崩して座るフランドールとまったく同じ姿。
なぜなら彼女もフランドールであるからだ。
部屋には他にも、椅子に座るフランドールと床に胡坐を掻くフランドールがいる。
計四人のフランドール。だが彼女は別に四つ子という訳でもない。
それは彼女の能力によるものだ。
禁忌「フォーオブアカインド」
この能力を使えば、フランドールの魔力が続く限り自身を四人に分ける事ができる。
「あははははははっ!」
床に胡坐を掻いたフランドールが突然笑い声を響かせる。
「その、お姉さまはどこなの? なにをしているのかなぁ?」
苛立ったような様子で続ける。
「そ、それはね……眠って、いるんじゃないかなぁ」
椅子に座って、俯いているフランドールが答える。
心なしか落ち着かない様子で、言葉も掠れた様に聞き取りにくい。
「ほ、ほら、明日博麗神社にいくって……」
「あはは、吸血鬼が夜に眠るって? 何の冗談よ……」
フランドールの姉であるレミリアは博麗の巫女がお気に入りだ。
博麗の巫女は人間であるが故に、夜に寝て朝に起きる。
彼女に会うためにレミリアもそれに合わせているのである。
「結構な事ねぇ、実の妹ほったらかしにして、よりによって巫女なんかに熱を上げちゃってさ」
胡坐を掻いたまま、再び笑い声を上げる。
「ううん、しょうがないよ。好きな人にはいつでも会いたい気持ち、分かるもの」
そう、オリジナルのフランドールが呟いて、それを対面のフランドールが見つめる。
椅子のフランドールは俯いたままで、胡坐のフランドールは不機嫌そうに鼻を鳴らした。
「ねえ、またトランプでもやろうよ?」
ベッドから立ち上がってフランドールが言う。
「大丈夫。貴方達がいるから寂しくないよ」
そう言って、笑みを見せた。
☆☆☆
眠りに落ちたフランドールを三人のフランドールが見つめている。
彼女ら三人はフランドールが作り出した幻想。たった一人でいる寂しさをごまかす為の人形達。
夜明けだ。
フランドールは吸血鬼らしく朝に寝て、夜に起きる。
一時は皆に合わせようとして、逆の生活リズムを試していたのだが馴染まなかった。
眠る時間がずれて、生活が不規則になって、調子が悪くなるだけであった。
フランドールから見ると、レミリアがどうして生活リズムを変えられたのかが分からない。
聞いてみたら、愛の力よとかいっていたがよく分からなかった。
ともあれ朝は巡り、吸血鬼は眠りにつく。
夢は終わり、いつものように幻想のフランドールたちは消え去るはずであった。
だが、消えない。
夜明けと共に醒める夢は残り、彼女らは顔を見合わせて頷くとそのまま歩き去っていく。
地上の紅魔館へと。
☆☆☆
レミリア・スカーレットは目を覚ました。
朝だ。数度、目元を擦ってから起き上がる。
「………」
しばらく寝ぼけ眼で辺りを見回して、不思議そうに呼びかけた。
「咲夜?」
完璧で瀟洒な従者が居ない。
普段であれば黙っていても目覚めの紅茶一杯が差し出されるはずなのだが……
「ん~?」
唸ってみても何も出てこない。
☆☆☆
かごめ かごめ 籠の中の鳥は~♪
歌が、響いていた。
それは椅子に座ったフランドールのものだ。
いつ いつ でやる~♪
歌が止まる。
醒めた視線でフランは彼女を見つめた。
「妹様、何故このようなことを?」
その視線の先には銀の髪。
メイド長である十六夜咲夜が映し出されている。
彼女の周りには幾条もの魔力の糸が張り巡らされている。
それが組み合わさりまるで鳥籠のような形を形成し、閉じ込めていた。
「邪魔をして欲しくないからよ、咲夜」
醒めた視線、冷たい声。
まるでレミリアのようだと咲夜は思った。
「邪魔、ですか?」
「そう、これから起こる事の邪魔をされては困る。お前はきっとお姉さまを助けるから」
そこで、フランドールは目を細めた。
「いくら貴方でも、それを突破する事はできないでしょう? 打ち破れる魔力があるわけでもなし、無理に破れるほど頑丈じゃない」
咲夜の力は時を操る能力。
時を止めて物を動かしたり移動したり、だが、それだけなのだ。それ以外はただの人間。
このように閉じ込められてしまえば脱出方法は無い。
「妹様、一つよろしいですか?」
「何かしら?」
「貴方は誰ですか?」
問いかけに、フランドールが苦笑する。
「悪魔の妹、気が狂った破壊者、レミリア・スカーレットの妹。どれでも好きなものを選びなさい?」
「はあ……」
「……まあ、見ての通りフランドール・スカーレットよ。それ以上でもそれ以下でもない」
「……そうですか。では目的は何でしょうか?」
「何? 話せば協力でもしてくれるのかしら」
「用件によりけりですが、悪いようにはしませんわ?」
「そう、でもね……これは私達姉妹の問題よ。終わるまでおとなしくしていなさい」
フランドールがつまらなそうに息を吐く。
「滑りたく無かったらね」
☆☆☆
パチュリー・ノーレッジは珍しく本を読んでいなかった。
片手に本を持ち、いつでも魔法を放てるように。
「フラン、馬鹿な真似はやめなさい?」
小悪魔が多少引きつった笑みを浮かべていた。
その後ろにフランドールが立っている。
「う、うん。私だってやめたい。でも駄目なの」
燃え盛る炎の剣が掲げられていた。
いつでも小悪魔に振り下ろせるように。
「何が目的かしら? どうすれば小悪魔を開放してくれるの」
「え、えとね」
おどおどと怯えた様子でフランドールは言葉を紡ぐ。
「す、少しだけおとなしくしていて欲しいの、雨なんか降らせられては困るから」
「おとなしく? 何をする気かしら」
フランドールと話しながら、パチュリーは彼女を観察する。
突然やってきて、小悪魔を人質に取った。
それで、おとなしくしろと言う。
フランドールは小悪魔に炎の剣を振り上げている。
あれは不味い。パチュリーの知りうる限りの最速の魔法を放つよりも振り下ろす方が早い。
出来る訳が無い、と思うのは早計だ。
今のフランドールからは余裕が感じられない。
落ち着き無くそわそわし、どこと無く怯えていて。追い詰められているような様子を見せている。
なにか、きっかけがあれば反射的に剣を振るってしまうかもしれない。
「う、うん。話し合い」
「話し合い?」
「場合によっては殺し合い」
パチュリーの表情は特に変わらない。
だが、言葉を聴いてますます手が出せなくなった。
殺しあう覚悟まで、フランドールは持っている。
本気なのだ。この目の前の少女は。
話し合う相手は恐らくレミリアだろう。
何を話しあうのかは分からない。なぜなら彼女らの問題だからだ。
ただ、それを邪魔して欲しくなくて自分を抑えに来た。
自分だけではない。
恐らく、咲夜や美鈴も抑えられているだろうと予想する。
なぜなら後、三人居るはずだからだ。
目の前に居るのはフランドール。正確にはその一部。
魔力の流れから簡単に察知できる。
話し合いであれば、ここまでする必要は無い。
ただ、殺し合いならば別だ。お互い、強大な力を持った吸血鬼。
スペルカードルールでない殺し合いならばどちらかが滅ぶのは必須。
「じゃ、邪魔されたら困るの、私が幸せになるために」
そう言い聞かせるようにフランドールは呟いた。
「幸せになるために、ね」
パチュリーはその言葉に肩の力を抜いた。
そのまま、いつもの机に腰掛け手にした本を読み始める。
「パチュリー?」
「邪魔はしないわ? 存分にやりなさい」
パチュリーの心理を図れないのかフランドールは訝しげな表情を浮かべた。
「フランは強い子よ? 自らのトラウマを克服できたほどにね」
「う、うん」
少し前の事だ。フランドールは五百年近く己を苛んできた心の傷に立ち向かい、見事に克服して見せた。
それは見守っていた動かない大図書館をを揺り動かすほどの出来事であったのだ。
「今回も、うまくいくと信じているわ。だから手を出さない。また私に見せて頂戴ね?」
再び、何かに立ち向かう姿を。最後に浮かべる笑顔を。
「………」
パチュリーは視線を小悪魔に向けた。
「その子を解放してくれないかしら。紅茶を淹れさせたいの」
それからおどおどしているフランドールに移す。
「貴方も一緒にいかがかしら?」
☆☆☆
幾つもの光の玉が降り注ぎ、地面へと着弾する。
それは轟音と共に地面を抉り、爆発し、土煙を上げる。
泣き出しそうな空に轟音が響いた。
「あははははははっ!」
同時に声が響いた。空中に浮かぶフランドールが笑っていた。
苛立ったような、狂ったよな、それでいて楽しそうな笑い声。
土煙立ち上る中から人影が飛び出してくる。
鮮やかな赤い髪が靡いた。
門番長紅美鈴だ。
「全部避けたんだ、さすがだね~」
言葉と共に、彼女の後ろに再び幾つもの光の玉が現れる。
フランドールと同じくらいの光の玉が五つ、それらが流れ星のように小さな光を撒き散らして美鈴に襲い掛かる。
避けようと美鈴が回避行動に移る瞬間に……
何よりも紅い魔力の槍が同数飛来し、全ての光球に直撃、相殺するように消し去った。
そして、彼女が飛来する。
永遠に紅き幼き月。レミリア・スカーレット。
「あら、お姉さま、ご機嫌麗しゅう」
フランドールはすそを摘んで一礼。
「これは何のつもりかしら? フラン」
声は厳しいものだった。
フランドールは可笑しげに小さく笑う。
「遊んでいたんだよぉ、ね、美鈴」
小さな笑いが、徐々に大きくなる。
あはははは、と可笑しくてたまらないような様子だ。
「ええ、突然遊ぼうと攻撃されたときは驚きましたがね」
飄々とした笑みで美鈴が答える。
フランドールの笑いが止んだ。
「ノリが良いよね。でもつまらない」
そう言って今度は身の丈をはるかに超える炎剣を生み出した。
「フラン!」
レミリアがその手に、同じように身の丈を超える紅き槍を生み出す。
「あら、お姉さまも遊んでくれるの? 嬉しいわ」
「……何を考えて」
苦々しい表情でレミリアは妹に問う。
「何をって……遊んで欲しいだけだよ?」
笑顔、嬉しくって仕方がないと、そんな笑顔。
「お姉さまが遊んでくれるの。とても嬉しいわ。博麗の巫女とじゃなくて、私と遊んでくれるの。
普段一緒に暮らしていながら殆ど会ってくれないお姉さまが遊んでくれるの、これ以上嬉しい事はないわ!」
そう叫んで炎剣をレミリアに振りおろして……
咄嗟に割り込んだ美鈴が腕をクロスさせて受け止める。
「あは、すごい。私の剣を素手で受け止めるんだ」
「丈夫なのが取り得でして。それより私と遊びましょう、妹様」
美鈴が腕を払いフランを跳ね飛ばす。
少しだけ吹き飛んですぐに空中で静止した。
「お嬢様は、別の方と予約がありますので」
「それって、霊夢の事?」
フランドールの瞳に苛立ちが篭る。
「違うわ」
レミリアが言った。紅い槍はすでに消している。
表情は歪んでいて、深く苦悩が刻まれていた。
「貴方と会ってくるのよ、フラン」
言葉に、フランドールが笑みを見せた。
それは苛立ちや怒りの含まれない、幼い笑みだった。
「私をよろしくね。お姉さま」
「ええ」
レミリアが美鈴に視線を向ける。
「美鈴……その子を任せてよいか?」
「はい、私が子守が得意なのはお嬢様もご存知でしょう?」
「そうだったな」
少しだけ笑みを浮かべて、レミリアは身を翻し紅き館へと戻っていく。
フランドールの笑みが深くなった。
「楽しませてよね」
好戦的で嬉しそうな、綺麗で凶悪な笑みだった。
応じるように手にした炎剣がいっそう激しい炎を放つ。
「ご期待に沿えるように頑張りますよ」
全身に七色の彩光を纏わせて、美鈴は構えを取った。
☆☆☆
足音が響く。
それはレミリアの足音。
それ以外には何も無い。
地下へと通じる長い長い階段。
妹であるフランの部屋へと通じる階段だ。
(お姉さまが遊んでくれるの。とても嬉しいわ。博麗の巫女とじゃなくて、私と遊んでくれるの。
普段一緒に暮らしていながら殆ど会ってくれないお姉さまが遊んでくれるの、これ以上に嬉しい事はないわ!)
先ほどのフランの分身の言葉を思い出す。
博麗の巫女。紅魔異変で知り合った人間。
人の身でありながら、限られたルールの上でとはいえ真っ向勝負でレミリアを打ち破った。
興味がわいたレミリアは彼女の元へと通う事になる、自らの生活リズムを変えてまで。
それは、本当に霊夢の会いたいからであったか?
もちろんそれもあるだろう、だが本当の所は……
(パチェ、お願いがあるのだけれど)
フランドール・スカーレット。
五百年近い引きこもり。父が人間達に討たれて、無様な敗走を図っているときに能力に目覚めた。
追い詰められ、殺されかけたレミリアを守るためにその「全てを破壊する程度の能力」を使い数え切れないほどの騎士を壊して、その手を汚した。
そして、心の傷を負った。それは五百年近くの年月でも直す事のできない深い傷。
(あの子の……フランの記憶を……)
結果フランは引きこもった。
世界を拒絶して、全てを拒絶して、うずくまって。五百年近くもだれとも口をきかなかった。
レミリアはフランのことを助けたかった。
また、昔の様に、父の城にいたときのように仲の良い姉妹として過ごした日々に戻りたかった。
だから記憶を弄って、心の傷を消して……
(おはよう、お姉さま!久しぶりだね)
その声を四百七十九年と二日ぶりに聞いたときは涙が出そうになるほどに嬉しかった。
だけど……だけど……
(咲夜、お姉さまは? ん、博麗神社か、しかたないかぁ……)
分からなかった。
何を話してよいのか分からなかった。どう接して良いのかわからなくなっていた。
四百七十九年と二日の月日は、吸血鬼にとっても決して短い時間ではなかったのだ。
だから、避けてしまった。逃げてしまった。
(え、お姉さま、寝てるの? 夜なのに……)
フランが寂しがっているの知っていて、何もしなかった。そしてそれが当たり前になってしまった。
何事も無く過ぎていく日々、やがてフランが記憶を取り戻して心の傷を克服して前に進んで。
正直、影響を受けなかったとは言えない。
あのパチュリーですら、過去に向き合い始めたのだ。だから何かしなくてはと気持ちだけが焦り
それゆえか愚かにも運命を操って、三体の幻影を与え解決したつもりになっていた。
なんと情けない事か。
(お姉さま……また今日も……出かけているのね)
これが結果だ。
己のふがいなさゆえに、フランだけでなく部下達にも割りを食わせてしまった。
だから、もう逃げる事は許されない。
☆☆☆
部屋のドアを開ける。
基本、鍵などは掛けていない。必要など無いからだ。
フランドールは狂ってなどいない。それはレミリアが、当時フランドールを守る為に流した噂に過ぎない。
部屋の中央のベッドで、フランドールは寝息を立てていた。
夜に起きて、朝に寝る。それが正しい吸血鬼の生活リズムだ。
レミリアはベッドの縁に腰をかけて眠るフランドールを見つめた。
あどけない寝顔、その瞳の端に残る僅かな雫の後。
それを指で拭って、レミリアは優しく彼女の蜂蜜色の髪を撫でる。
「ん……んぅ?」
フランが身じろぎして、うっすらと目を開いた。
「んぁ……お姉さま?」
寝ぼけ眼でレミリアを見上げるフランドール。
レミリアは構わず頭を撫で続け、フランドールが心地よさそうに目を細める。
暫しの後、意識が覚醒してきたのかフランドールが口を開いた。
「お姉さま、今日は博麗神社に行くのではないの?」
「そのつもりだったけど、今日はフランと一緒に居るわ、良いかしら」
「うん、嬉しいな!」
にへらっと幸せそうにフランドールが笑う。
そのまま甘えるようにレミリアに擦り寄った。
レミリアは悩む。どうしたものかと。
謝るべきかと、今までそっけなくしてすまないと。
これからは毎日会いに行くからと。
でも、会いに行ってどうするのだ?
何をすれば良い? それが分からない。
「お姉さま?」
「な、何かしらフラン」
怪訝そうに声を掛けられてレミリアが声を裏返しそうになる。
「皺が寄ってる」
額に指を当てフランドールが言った。
レミリアは咄嗟にそれをほぐすように指で額をぐりぐり、それが可笑しいのか声を上げてフランドールが笑う。
「ねえ、お願いがあるの」
「ええ、なんでも良いわ」
フランが身を起こしてレミリアに両手を伸ばした。
「ぎゅぅってしてくれる?昔みたいに」
「分かったわ」
少しだけ躊躇って、それでもレミリアはフランドールを抱きしめた。
冷たい感触。吸血鬼には体温が無いのだ。でも、暖かい。
心が温かい。懐かしい感触。
そういえばフランドールが引きこもりをやめてから、こうして抱きしめた事は一度も無かったとレミリアは思い出す。
しばしの抱擁の後にフランドールの方から手を離した。
「ありがとう、もういいよ」
「そう、では次は……」
何をするのか、そう聞く前に……
「だから、博麗の巫女の所に行って平気だよ」
笑顔で、そう言った。
レミリアの、動いていないはずの心臓が鳴ったような気がした。
綺麗な笑顔だ。
でも、とても寂しそうな笑顔。
自分が避けられていると理解している笑顔だった。
「………っ!」
「お姉さま?」
レミリアが再びフランを抱きしめる。
なんて馬鹿なんだと、レミリアは思った。
ようやく理解したのだ。
フランドールへの接し方?
そんな事はただの言い訳に過ぎなかったのだ。
レミリアがフランドールを避けていたのはただ……
怖かった。
フランドールを傷付けるのが怖かった。
会いに行く事で、接する事でまた心の傷をつけてしまうかもしれないことが怖かった。
再び、フランドールが自分が原因で全てを拒絶してしまうかも知れない事が怖かった。
「情けない姉を許して……」
「え、ど、どうしたの?」
やることが無いのであれば一日中抱きしめていればいい、一緒に座って居るだけでもいい。
誰かが傍に居るだけで、孤独というものはなくなるのだから。
自分の場合は美鈴が居た。
外での、果てない逃亡生活の中でも美鈴が傍に居てくれたから、何時終わるか分からない長い闇に耐えられた。
フランドールには居なかった。
いいや、傍に居るべきレミリアが避けてしまっていた。
傷付けたくないから。そんな勝手な思いがフランドールを逆に随分と傷付けてしまっていた。
「だ、大丈夫だよ」
フランドールが慌てたようにレミリアの背に手を回す。
子供をなだめるように背を何度か優しく撫でた。
「私が居るから。……ずっとそばにいるからね」
ただ、穏やかにそう、呟いた。
☆☆☆
「……あっさり、か」
つまらなそうにフランドールは呟いた。
咲夜を拘束していた魔力の籠を解いた。
「咲夜、これからは……寝る前に一度でよいから顔を見せて欲しいな」
そういうと、彼女はまるでそこに居なかったかのように掻き消えてしまった。
「よ、よかったぁ」
おどおどとフランドールは呟いた。
「一戦交えたりとか無くって本当に良かった……」
彼女は自分を見つめる二人に初めて笑いかけた。
「ね、ねえ、本を借りに来るよ。飛び切り面白い奴、用意しておいて欲しいな」
嬉しそうな笑顔がぼやけて、消えて、そこにはもう何も残っていなかった。
「あーあ」
炎剣を消して彼女はため息を吐いた。
「普通は喧嘩して仲直りがセオリーじゃなかったのか、つまらない」
フランドールは美鈴ににやりと笑いかけた。
「楽しかったよ、あはははは。また、やりたいなぁ!」
そう言って、灰色の空と同化するかのように彼女は居なくなった。
☆☆☆
「咲夜、これはどうするの?」
フランドールが冷たい視線を卵に注いでいる。
「ああ、それはこうやって」
軽く容器の端にぶつけて卵の殻に皹を入れる。
そのまま綺麗に真ん中から殻を割って中身を容器に落とした。
「ふむ……」
感心したようにフランドールが醒めた視線を送り卵を容器に振り下ろす。
もちろん粉砕した。
「……えと、失敗は成功の元と言うわよね」
飛び散った殻やら中身やらを覚めた目で眺めてフランドールがよく分からない事を口にする。
「あらあら」
口元に笑みを浮かべて咲夜がそれらを片付け始める。
「お嬢様と同じですわね、台詞までも」
言葉に、少しだけ頬を赤くしてフランドールはそっぽを向いた。
☆☆☆
「こあぁぁぁ」
小悪魔の声が響いた。
その腕には震えるフランドールが抱かれている。
「あああ、可愛い、この子すっごい可愛いです」
「こ、小悪魔、苦しいよ」
怯えた様子でフランドールが離す様に懇願する。
「駄目です、この前すっごく怖かったんですから、仕返しです。悪魔の抱擁をくらうのです」
ますます腕に力を込めると怖いのかフランドールががたがた震えだす。
その様子に何か刺激されたのか小悪魔の顔にうっとりとした表情が浮かぶ。
「こあぁぁ、たまらない、たまらな……へぐぁ!?」
その小悪魔の頭に分厚い辞書が直撃した。
きりきりと回転して床へとダイブする小悪魔。
「まったく……」
本を魔法で飛ばしたパチュリーがため息をつく。
フランドールというと倒れて、メモリーがぁ、メモリーがぁと呻きながら痙攣する小悪魔に怯えている。
「抱擁をしたいのなら言いなさいよ。どうしてその子なの」
契約を結んでからというもの、小悪魔が他の誰かと仲良くしているのを見ると心がざわめく。
これではいけないとパチュリーは思うものの、しばらくはどうにもなりそうにないのだ。
だって、どの本を読んでも対処法が書いていないのだから。
「……はぁ」
ため息をついて。本に視線を落として……妙に静かなのを不振に思い視線を動かして。
おっかなびっくり小悪魔を介抱しているフランドールと、緩みきった表情の小悪魔を見て。
今度は数百冊の辞書が宙を待った。
☆☆☆
「ま、待て!」
霧雨魔理沙は全速力で疾走していた。
「あはははははははっ!」
その後を、炎剣を持ったフランドールが追いかける。
彼女からに逃げ回りながら魔理沙は叫んだ。
「なんでこいつが門番してるんだぜ!? しかも何でこんなハイテンション!!」
「一緒にやりたいっていうからさ、まあ、社会勉強って奴かしら?」
それを離れた所で見学しながら美鈴が飄々と言ってのける。
「まあ、曇りの日限定だし、構ってあげてよ」
「勘弁してくれ」
壮絶に顔を歪めて魔理沙が泣き言を言いながら旋回していく。
「あはははは、遊んでよぉ、逃げないでよぉぉぉ!!」
狂ったように笑いながら、フランドールがそれを追いかける。
☆☆☆
レミリアの部屋。
彼女が紅茶を飲んでいる。
「おいしいね!」
対面にはフランドール。
「そう、良かったわ。ところで……」
「うん」
「貴方の分身たちが勝手にあちこちに出現しているようだけれど……」
フランドールが気まずそうに言った。
「外で遊びたいって、呼びかけてくるから……迷惑かな?」
「いいえ、貴方のやりたいようにすればよいわ」
「ありがとう、お姉さま」
「ええ」
二人だけのお茶会は続く。
あれから、レミリアが博麗神社に行く回数は特に減っては居ない。
ただ、出かける時間が夕刻になったのと最近は一人ではなく二人連れで出かけるようになった。
夜に起きて、朝に寝るように生活リズムが戻り、一日に一回は必ず妹とティータイムを取る。
今はまだ、はじめたばかりのこの風習。
正直、二人きりではまだ、ぎこちないがきっと年月が解決してくれるだろう。
フランドールが閉じこもっていた四百七十九年と二日の月日、今度はそれを掛けて、徐々に埋めていけばよいのだ。
-終-
面白かったです!
いいぞ、もっとやれ。
フランは自らのトラウマの克服をしたはずなのに記憶を弄る云々はおかしいのでは
あとかごめの歌間違ってる気がします
読んでいてとても安心できました。
あと、「博霊」ではなく「博麗」では。
ああ、姉妹に救いが訪れてよかった、ほんと。