「うおーいアリスー起きてるんだろー!」
朝の魔法の森に、失礼な訪問者の不躾な声が響き渡る。苛立ちを抑えきれないアリスは髪をやや乱雑に梳きながら玄関へと向かった。時刻はまだ辰の刻に入った頃だろうか。訪ねて来るなとは言わないが、なにもこんな時間から来る事はないだろうが。よし決めた、今日はお茶なんて出してやらない。そんな事を考えながら、彼女は玄関を開けた。
「おはよーございまーす!宅急便でーす!!」
玄関を開けると、満面の笑みを浮かべた白黒が訳のわからない挨拶をしてきた。アリスがよく見てみると、彼女の胸の辺りに紙が張り付いていて、乱暴な字で「魔理沙の宅急便」と書いてある。やれやれ、またしょうもない事を思いついたようだ。
「……とりあえず、上がって」
「おう、じゃなかった、かしこまりました、お客様!」
なんだろう、この違和感。
「それで、どういうわけ?宅配便って、宅配サービスでも始めるつもり?」
「違うよ、宅急便!実は昨日ある映画を見てさ、魔女が宅急便やって暮らす話なんだ。それで私もやってみようかなと思ったわけだよ。まあ、言うなればただの思い付きかな。あ、いつもながらお茶ありがとな」
「え?あっ……」
魔理沙の話を聞きながら、アリスは無意識にお茶を淹れ、彼女の前に置いていた。
今日は絶対にもてなしてやらないって決めたのに。きっと魔理沙が変な話をしたからだ。そうだ、きっとそう。気が動転して、ついうっかりいつものようにやってしまっただけ。彼女にお茶を淹れずにいられなかったとか、そういうのでは決してない。
「どうかしたか?」
「い、いえ、なんでもないわ」
「それならいいけど。じゃあ本題なんだが、何か届けてほしい物ってないか?あるだろ、なぁ?」
突然魔理沙が身を乗り出してきたものだから、アリスは思わず顔を背けてしまった。魔理沙には見えていないが、その頬は仄かに赤らんでいる。
「い、今のところはないわ」
「えー!?あるだろ、なんでもいいからさ。ほら、もっとよく考えてみてくれよぉ」
少し気分が落ち着いてきたアリスは魔理沙のほうを向き直して言った。
「そうは言っても……ああ、それじゃあこの本をパチュリーに返してきてくれる?」
そう言ってアリスは一冊の本を取り出した。貸主からして、おそらく魔法書の類なのだろうが、魔理沙の興味を引く分野ではないようだ。タイトルは魔理沙の読めない字で書いてあって、何についての本なのかはわからない。アリスに訊ねようかとも思ったが、依頼主に本の内容を聞くのも失礼か、と思い直して聞くのをやめた。
「これか?よし、任せろ、じゃない、お任せください!」
「それ、やめたほうがいいわよ。なんかわざとらしいし、魔理沙には合わないわ」
「え、そうか?じゃあ改めて、行ってくる!」
「ちょ、ちょっと待って!貴女、代金とかはどうするの?」
玄関へと駆け出そうとした魔理沙をアリスが慌てて引き止めた。魔理沙が代金について何も言わずに行こうとしたからだ。いくら思いつきで始めた事とはいえ、一応仕事としてやるわけだからそれなりの報酬を期待していいはずだ。魔理沙は何も要らないと言うかもしれないが、それでは私の気が済まない。何かをやってもらうのだから、それにはきちんとお礼がしたい。
「代金か。全然考えてなかったなぁ……いいや、要らないよ。続くかわからないし、それに」
「駄目よ。貴女に何かお礼がしたいの。あくまでも、報酬としてのね。そうね……じゃあ、また今度家に来てくれるかしら?」
「え?そんなのでいいのか?」
「いいのよ、一人で暇だからちょうどいいの。それじゃ、お仕事頑張って」
「おう!じゃ、行ってくるぜ!」
そう言うと魔理沙は玄関へと駆け出し、空に舞い上がったかと思うと、すぐに紅魔館の方に飛んでいった。
ああ、こんな朝早くから来たんだからもう少しゆっくりしていけばいいのに。確かに送り出したのは私だけど、本当はもう少し一緒に……なんて、何を考えているのかしら私は。何かに集中すると周りが見えなくなるのはいつものことじゃないか。きっと魔理沙は私の紅い顔にも、ほんの僅かに上ずってしまった声にも気づいていないだろう。まあ、それはそれで助かるが。
なんだか恥ずかしくなったアリスは椅子から立ち上がり、魔理沙のグラスを片付け始めた。このグラスは、夏はアイスティーが飲みたいという魔理沙の我侭に負けて以前購入したものである。見てみると、ほんの少し前までこのグラスを満たしていた紅茶は既に空になっていた。魔理沙にこれを出してからまだ数分も経っていない。よほどこのお茶を気に入ってくれているのだろうか。まあただ単に喉が渇いていただけかもしれないが。どちらにしろ、喜んでくれたのは間違いない。
ふふ、こんな事でうれしくなってしまうなんて、私もどうかしてるな。そんな事を考えながら、アリスは鼻歌混じりにキッチンへと向かった。
* * *
陽は高々と昇り、紅い館を煌々と照らしていた。館からはメイド妖精達が忙しなく動く音が外にも聞こえてくる。時折メイド長の静かな怒号が飛んでいるようだ。まったくもってご苦労なことだ、と思いながら魔理沙は門の上を越え、一気に地下の図書室へと走り込んだ。
「おーいパチュリー、届け物だぞー!」
迷惑な客人の珍しい言葉を聞き、パチュリーは怪訝な顔をした。いつもなら声もかけずに勝手に忍び込み、咲夜あたりに気づかれて逃げ回るのが普通だ。なのに、今回の彼女はどうだ。私に届け物だ、などと言い出したではないか。これは単に本を死ぬまで借りていくための言い訳なのだろうか、それとも本当に誰かから私宛ての何かを預かってきたのだろうか。
何にせよ、こうして顔を見せないのも失礼な話だ。そう考えて、パチュリーは本棚の間を進んでくる魔理沙の前に姿を現した。
「ようパチュリー、お届け物だぜ」
「珍しいわね、ちゃんとした用事があってここを訪ねるなんて」
「例のごとく黙って入ってきたけどな」
魔理沙は悪戯っぽく笑っている。どうせ咲夜が気づいてそのうちやってくるだろうが、それまではもてなしてやるか。
「とりあえずお茶でもいかが?こぁ、お願いできるかしら?」
パチュリーはそう言って本棚を整理する小悪魔に声をかけた。彼女は本を戻しながらパチュリーの方に顔を向けて返事をする。
「はい、ただいま!」
そう言うと彼女は図書館の奥に入っていった。彼女を見送って、二人はテーブルについた。
「それで、届け物って誰から?」
「ああ、アリスからこの本を預かってきたんだ」
魔理沙が取り出した本を見て、パチュリーは少し慌てたような顔をした。魔理沙が訊ねる間もなく、彼女にしては珍しく乱暴な手つきで本を取った。
「わ、わざわざありがとう。それにしても、宅配便でも始めたの?」
「違う違う、宅急便だよ。魔理沙の宅急便って、なんかいい響きだろ?」
「そうかしらね……」
「なあ、ところでさっきの本なんだったんだ?なんだか気になってさ」
「そ、それは……」
絶対に言えない。惚れ薬に関する本だなんて、恥ずかしくて言えたものではない。別に自分もアリスも実際に使うつもりはないし、興味本位で読んだだけだ。けれど、この話をしたら魔理沙は余計な事を考えやしないだろうか。そうでなくても、魔理沙はこういう話に疎いだろうから、下手をすれば薬の効能について聞いてくるかもしれない。そんなの、どう答えろというのか。
「なあ、教えてくれよー」
「う、うぅ……」
「内緒にするのか?」
「そうじゃないわ。けれど……」
「じゃあ教えてくれたっていいじゃないか」
「で、でも」
「なあパチュr」
「お茶が入りましたー」
魔理沙が身を乗り出してパチュリーを問い詰めている所に、わざとらしい口調で小悪魔がお茶を二人の間に割り込むようにして置いた。
よくやったわ、こぁ!
どうという事ではありませんわ、パチュリー様!
お互い言葉は発しなかったが、二人の意思はうまく双方に伝わったようだ。二人とも相手を見ながら親指を突き出している。
「では私はこれで」
そう言って小悪魔はまた本棚のほうへと歩いていった。一時はほっとしたパチュリーだが、すぐにまた壁にぶつかってしまう。
魔理沙の瞳は、知的好奇心の塊のように輝いていたのだ。この様子では、いくら断っても無駄になりそうだ。しかし、説明を求められたらどうしよう。
そんな事を考えていると、不意に魔理沙の後方から声がした。
「パチュリー様、おくつろぎのところ申し訳ありませんが、魔理沙を少し借りても宜しいでしょうか?」
魔理沙が顔を引きつらせながら振り向くと、妙に笑顔が眩しいメイド長が立っていた。その殺気がスパイスに程よく効いた笑顔に、パチュリーも首を縦に振らざるを得ない。
「え、ええ。もう用は済んだから。じゃあ魔理沙、またね」
「え!?ちょっと待てパチュリー、このままじゃ私」
「そうねぇ、どうなるかわかったもんじゃないわねぇ」
咲夜は頬を引き攣らせて微笑んでいる。魔理沙は逃げ出そうとしたが彼女に襟を掴まれ、もがいてもどうしようもない。
「諦めなさい。大丈夫、痛い思いはさせないわよ。いくら私でも、そこまで鬼じゃないわ」
「その笑顔を見てるとどうにも信用できないぜ……」
とはいえ暴れても放してくれそうにないので、魔理沙は大人しく連行されることにした。何をさせられるのかは知らないが、そこまで酷い事はさせられないだろう。きっとそうだ。いや、そう信じたい。
館の一室で、咲夜は魔理沙を尋問することにした。こいつが忍び込むのはいつもの事だが、今回は少し事情が違うようだ。いくらパチュリー様が時々よくわからない事をするとはいえ、泥棒紛いの奴とゆっくりお茶を飲んだりしないだろう。おそらく、今日は魔理沙も理由があってここを訪れたに違いない。まったく、ちゃんと理由を言えば入れてあげるのに、どうしてこの子は勝手に入ろうとするのだろうか。
そんな事を考えながら、咲夜は部屋の中心に座らせた魔理沙の前をゆっくりと歩き、彼女の様子を見た。どうやら彼女も少しは反省しているらしい。理由次第では許してやってもいいか。
「さて、今日はどうして侵入したのかしら?何か理由があるんでしょ?」
「荷物をパチュリーに届けに来たんだよ。私宅急便の仕事始めたんだ」
魔理沙の言葉を聞き、咲夜は成程と手を叩いた。それで二人はお茶を飲んでいたのか。
「そう、理由はちゃんとあったのね。普通に入ってくれば入れてあげたのに」
「それはほら、私のポリシーというか」
「まったく……そうだ、貴女宅急便を始めたのよね?ちょっと待ってて、荷物を頼みたいの!」
やれやれ、といった表情で魔理沙を見ていた咲夜は何かを思いついたように目を開き、魔理沙に告げてどこかへ消えた。と思った次の瞬間、彼女は荷物らしいものと共に戻ってきた。まったく、本当に便利な能力だ。
「お待たせ。これなんだけど」
咲夜はぬいぐるみらしいものを魔理沙に手渡した。サイズはそれほど大きいものではなく、どう見てもよくある普通の熊のぬいぐるみにしか見えない。
「で、このくまさんをどこに届けたら……って、ここ破けてるぞ?」
「そうなの。これはお嬢様の物なんだけど、この前妹様と取り合いをなさって破ってしまったの。で、この修理を香霖堂さんにお願いしたいのよ。受けてくれれば今回のお咎めはなし。これでどう?」
「よし、いいぜ!じゃあ早速行くか。またな!」
そう言うと魔理沙は部屋の窓を開け、箒ですっ飛んでいった。
「一応女の子なんだから、もう少し落ち着けばいいのにねぇ……」
咲夜の独り言も虚しく、部屋には夏の生暖かい風が吹き渡る。窓を閉めながら咲夜は頭の中で予定を立て始めた。まずはパチュリー様に報告しなければ。お嬢様のほうは……後でもいいか。せっかくだし、綺麗になったのを渡してびっくりしていただこう。次にメイド達の様子を見に行かなければ。甘やかせばサボるし、怒れば効率が落ちるし本当に手がかかる。その後は……ああ、肝心な事を忘れるところだった。美鈴を少しばかり叱ってやらなければ。そもそも美鈴がきちんと仕事をしてくれれば少しは私の負担も減るはずだ。尤も、あれで本当に大変な時は役に立つし、何よりあの顔を見ていると怒る気も失せてしまうのだけれど。
そんな事を考えて、咲夜は窓を閉めた。窓越しにこくりこくりと船を漕ぐ門番の姿が見えた気もするが、今は気に留めずにいよう。どうせ、後で叱りに行くのだから。
* * *
香霖堂まではそれほど時間がかからなかった。夏は暑いから本当はあまり全速力では飛びたくないが、暑い中風を切って飛ぶ清清しさも知っている。だからつい空を飛ぶと本気で飛ばしてしまう。それが魔理沙の持論である。それは今日も例外ではなく、夏の空を全速力で飛んだため、正午くらいにはここへ着いてしまった。
「おーい香霖、お届け物だぞー」
魔理沙の言葉を聞いて店先に出た霖之助は少し驚いたような顔をしていた。ここへ来ると、魔理沙はいつも勝手に商品を漁り始める。しかし今日は珍しく何かを預かってきたらしい。
「やあ魔理沙。僕に届け物だって?」
「ああ、紅魔館の悪魔からくまさんの修理の依頼だ。出来るだろ?」
「どれどれ……このくらいならすぐ直せそうだ」
そうか、と答えた魔理沙の興味は既に商品に向いてしまったらしい。やれやれ、といった具合に肩をすくめ、霖之助は依頼の品を棚に丁重に置いた。
「しかし珍しい事じゃないか。宅配便なんて」
「違う違う、宅急便。なんで皆そう呼ばないんだろう」
魔理沙は相変わらず商品を漁っている。それがいつもの事であるから、霖之助も特に気にもせず話を続けた。
しばらくは他愛もない話をしていたが、ふと霖之助はある事を思いついた。この機会に、魔理沙と親父さんを仲直りさせられないだろうか、と。勘当同然の別れになってしまったのはお互いを理解しないまま魔理沙が家を飛び出してしまったからだろう。本当は二人とも仲直りのきっかけを探しているはずなのに、頑固な性格がそれを邪魔しているのだと思う。やはり僕がなんとかするしかないか。親父さんに渡したいものもあるし、ちょうどいい。
そんな事を考えて、霖之助は魔理沙を真剣な面持ちで見つめながら言った。
「そうだ、これから荷物を頼めるかい?」
「ああ、任せろ!」
「それじゃ……」
そう言って霖之助は棚を探り、やがて手紙らしいものを取り出した。魔理沙はそれを受け取り興味深そうに見ていたが、宛名を見て顔を歪ませた。
そこには魔理沙の父親の名が書いてあったのだ。つまり実家に手紙を届けろ、というわけだ。
「なんだよ……これを家に届けろって言うのか?勘当された私が?」
魔理沙は真剣な表情で訊ねた。霖之助がこういう冗談を言わないのはわかっているから、きっとこれも彼なりに考えがあってのことなのだろう。それはわかるけれど、これは急すぎやしないだろうか。いつかは両親とも仲直りしなければとは思っているけど、それでも……
「大丈夫、魔理沙の気持を正直に打ち明ければ親父さんも認めてくれるさ。いつかは仲直りしたいって前言ってたじゃないか」
霖之助は魔理沙と同じくらい真面目な、けれどもどこか優しげな顔で彼女に言った。
「でも、急すぎないかな?」
「平気さ。娘が帰ってきて喜ばない親なんているもんか。じゃあ、頼んでいいかい?」
魔理沙はしばらく両手で帽子ごと頭を抱えていたが、やがて顔を上げた。その表情は晴れ晴れとした気持と緊張が入り混じっているように見える。
「やる!私、届けるよ!じゃあ香霖、またな!」
大丈夫、私は出来る。ちゃんと渡せる、ちゃんと自分の気持を伝えられる。そうすれば、きっと父さんだって……
魔理沙は箒に跨り、地を蹴った。勢いよく空に舞い上がり、風のように飛び出す。この感覚はやっぱり癖になる。自由に空を駆けるようなこの感じはやっぱり楽しいものだ。
それを見送って、霖之助は一つ溜息をついた。まったく、二人とも頑固だから大変だ。無事仲直りできたらいいが。そんな事を考えながら、霖之助は棚のくまさんを手に取った。よく見てみると、破れた所から糸がほつれ、既に相当な量が失われているようだ。
やれやれ、どうやら彼も直すのが大変そうだ。
* * *
霧雨店に着くまで、魔理沙は色々な事を考えていた。
そもそも自分が家を出た原因は自分にある。私が魔法にこだわろうとしなければ、勘当同然の別れをせずに済んだだろう。他にも色々とすれ違いはあると思うが、一番の問題はやはりこれだと思う。
でも、私が全面的に間違っているとも思っていない。確かに執着したのは私だが、頑固に認めないと言ったのは父だ。父がもう少し話を聞いてくれたらよかったのに。いや、もうやめよう。過ぎた事を蒸し返しても仕方ないし、父だって全面的に悪いわけではないのだから。
そんな事を考えているうちに、霧雨店に着いた。家の前の雰囲気はあの頃と変わらない。懐かしい、どこか温かい雰囲気を感じながら、魔理沙は店の入り口へと向かった。
「霧雨さーん、お手紙でーす」
「はーい、ただいま……魔理沙?魔理沙なの!?」
魔理沙が声をかけると、奥から一人の女性が現れた。彼女は魔理沙を見るなりその場に立ち尽くしたが、すぐに魔理沙の下へ走ってきた。その瞳には涙が溢れている。彼女こそ、魔理沙の母親である。
「えーと、その……ただいま。」
魔理沙は帽子を取り、恥ずかしそうにポリポリと頭を掻いた。母親は魔理沙を抱きしめて泣き、話せる状態ではないようだ。
「母さん、誰だったんだい……魔理沙」
母親が魔理沙に気づいてからしばらくして、一人の男性が現れた。彼は魔理沙を見るなり何も言わず、ただ静かに自分の娘を見つめていた。
それからはしばらく沈黙が流れた。何か言い出さなければという気持はこの場の三人とも抱いていたものだが、何を言うべきか三人とも悩んでいるようだった。
たぶん、お互いの気持はだいたいわかっている。父親は怒っているわけではないし、魔理沙もひねくれて家を飛び出したのではない。口に出さなくても、互いの目を見ればそのくらいはわかる。けれど、それではこの空間に張り詰めた緊張は解れてくれない。何か言わない限り、息の詰まりそうな感覚からは逃れられそうにない。
やがて、魔理沙が顔を上げた。その瞳には覚悟の意思が浮かんでいる。母親を離し、自然に父親の所まで下がるのを待った。そして、晴れ晴れとした表情で彼女は言った。
「おちこんだりもしたけれど、
私はげんきです!」
両親は何が起こったのかわからない、といった顔をして魔理沙を見ている。魔理沙はというと、言い切った達成感に満たされているような、本当に心の底から笑っているような顔で両親に笑いかけている。
「父さん、母さん、心配させてごめん。私、やりたい事見つけられたんだ。だから、もう少し我侭言ってもいいかな?」
「魔理沙……」
「それでいいんだな?」
「うん」
「そうか。なら、気の済むまでやってみたらいい。なに、今のお前の顔を見れば、何をしたいのかなんて聞く必要はなさそうだ」
父親はそう言うと少しぎこちなく笑った。それを見て、母親が思わず吹き出す。
「あなた、顔ひどいわよ!」
「そ、そうか?」
父親は少しふてくされたような顔をしたが、すぐに魔理沙に向かって優しく厳しい表情で言った。
「魔理沙、さっき言ったようにお前の生き方についてどうこう言うつもりはない。あの頃は父さんもお前の話を聞いてやれなかった部分もあるしな。ただ……もし、もしも帰りたくなったらいつでも帰ってこい。母さんが心配してるし、その、なんだ……と、父さんも気になっているからな!」
言い終わる頃には下を向いてしまった父の姿を見て、ああ、やっぱり自分はこの人の娘なんだ、と魔理沙は感じた。
「うん、偶にはね。そうだ、忘れるところだった。これ、香霖から」
「霖之助君から?なんだろう……ふむ、彼もよくやっているようだ」
「じゃあ、私はこれで」
魔理沙は帽子を被り、外へ出ようとした。慌ててそれを母親が引き止める。
「ねぇ魔理沙、今日くらい泊まっていけば?」
「でも……」
「いいじゃないか。今まで散々心配させられたんだ。今日くらい安心させてくれてもいいだろ?」
父親はうれしそうに笑っている。魔理沙が母親を見ると、彼女も黙って頷いた。照れ隠しに取った帽子を胸の前に置き、魔理沙が少し恥ずかしそうに、しかしうれしそうに言う。
「じゃあ、今日は泊まっていこうかな。」
三人は満面の笑みを浮かべ、久々の親子の団欒を心ゆくまで楽しんだ。
私は霧雨魔理沙。人の寄り付かない魔法の森で、霧雨魔法店を開いている。まあ以前は本当に全然客が来なかったんだが、最近新しい仕事を始めてからは偶に依頼が来るようになった。
今のところ私には相棒の黒猫とかはいないけど、それでも私にはよくしてくれる友人や、支えてくれる家族がいる。だから私は今こうして自分のやりたい事をしていられるんだ。
「魔理沙ー差し入れー」
ほら、またよき友が差し入れを持ってきてくれた。よくアリスは来てくれるし、偶に仕事の依頼もしてくれる。本当にありがたい奴だ。こんな奴が相棒なら悪くない。ちょっと聞いてみるか。
「おう、いつも悪いな」
「暇だからね。下手にこっちが繁盛するのも問題ね。貴女が来ないと暇ですもの」
「じゃあさ、一緒にやるか?暇なんだろ?」
「は!?な、何言い出すのよ!」
ただ単に聞いてみただけなのに、なんでこいつはこんなに慌てているんだろう。やっぱり妙な奴だ。でも、そのくらいのほうが相棒にはちょうどいい。
「ほら、おまえの人形があれば小さいものを一気に運べたりして便利だろ?」
「べ、別に一緒にやってあげてもいいわよ」
「ほんとか!助かるぜ。じゃ、よろしくな、アリス!」
なんだかアリスの顔が赤らんでいるような気もしたがきっと気のせいだろう。そうこうしているうちに客が店に入ってきた。
「いらっしゃい!何をお探しで……あ、宅配ね。どこへでもすぐに届けますよ。何をお届けしましょう?これだと……だいたい代金はこのくらいですね。お支払いは現金または酒で!あ、現金ですか。では、確かに。十分ほどで届けますね。ええ、任せてください!ありがとうございましたー!さてと……アリス、店番よろしくな」
「仕方ないわね」
こういう時に相棒がいると便利だ。私はアリスに対応の手順を説明し終えると外へ出て箒に跨った。空へ舞い上がり、風になる。こうしていると、私は今本当に充実した人生を送っているなと思う。あの時は勢いで言ってしまったけれど、今なら胸を張って言える。
父さん、母さん
おちこんだりもしたけれど
私はげんきです
台詞や描写ではより良い表現があるのではないかと思わせるところもありましたが、ほのぼのとした雰囲気は読んでいて楽しかったです。
宅急便はヤ〇ト運輸の登録商標だから使えないだけですよね、きっとww
次はマゾの宅急便というわけでs