私、古明地さとりはバナナが好きだ。好きなんていう言葉で語りつくせぬ程、バナナを慕っている。もう愛している、と言っても過言ではない。地熱を利用して地霊殿の一郭に築き上げたバナナ園では春夏秋冬どんな季節でも、世界中のバナナを食することができる。
密かにスイートルームと呼んでいるバナナ園で今日も私はバナナを頬張るのだ。もぐもぐ。
◇ ◇ ◇
今日の気分はアンニュイ。こんな日にはモンキーバナナ、小さい体に侮れない甘味。白いお皿に無防備で無垢な身体を据えて、ナイフとフォークを入刀する。重力に引かれるまま、ナイフはバナナの身体を切断した。フォークで切断した身体を口に運ぶ。バナナが口に侵入してきた瞬間、口腔を多幸感たっぷりの甘味が支配する。私はこの甘さに耐え切れず口元を歪ませてしまうのだ。今の私はホワホワと効果音が鳴ってしまいそうな笑顔を浮かべているに違いない。全身の力が抜けてしまいそうな程、バナナは美味しい。あっという間にお皿は空っぽ。私は幸せに包まれる。
思わず椅子の後ろのエクアドルバナナを一房、もぎ取った。ナイフとフォークで上品に咀嚼するのも格式張ってて雰囲気があるのだが、やっぱり一本まるごと、皮を剥いて食べるのが一番美味しい。程よく熟してて斑に黒光りするバナナの皮を一枚一枚剥がしていく。やがて現れるのは雄々しく、逞しい身体。流石はエクアドル。頭から齧り付かずには居られない。私は小さな口いっぱい広げてバナナを受け入れるのだった。
非常に残念なことに私のさとり妖怪としての能力は生き物にしか通用しなかった。スイートルームのバナナ達の声が聞こえるなら、きっと、さとりちゃん愛してる、と囁いてくれることだろう。彼らの愛の言葉を聴きながら生涯をここで過ごすのも悪くない。バナナの本音が聞こえる程度の能力、誰かが授けてくれるなら、私は迷わず跪くだろう。
◇ ◇ ◇
地霊殿にはあまり人の気配が無い。元々の意味を考えれば、ここが人で溢れてしまうことなんかあり得ないのだけれど。それでもやはり、誰も居ない廊下を歩くと、少しは寂しくなってしまうのだ。ふと、脳内に人の呟き声が再生される。聞き覚えの無い声、柱の影に誰か居るようだ。
『咲夜、バナナ』
声の主は咲夜と言うらしい。頭の中は主の命令――バナナ、で覆い尽くされていた。咲夜と言う従者、そしてその主の名は些か聞き覚えがある。十六夜咲夜とレミリア・スカーレット。従者と、吸血鬼。地上に住む者だ。従者は息を殺して廊下の柱に隠れ続けている。主の命令が彼女の脳内を占めている今、彼女が何をしようとしているのか見当もつかない。バナナ、とくれば私に交渉でも持ちかけるつもりなのだろうか。
ふと視線を降ろすと足元に私の大好物のバナナが落ちていた。それも最高級品とされる台湾バナナ。ごくり、と喉がなる。いやいや、はしたないだろう、いくら大好物だからと言って3秒ルールすら適応除外になる程度の所業だ。
優しい地下の光は地霊殿のステンドグラスを通り抜け、バナナを妖しく染め上げる。さとり様、どうかわたくしめを召し上がってください。さとり様の為に作り上げた奇跡の甘味を、どうかご堪能くださいませ。と、バナナの声が聞こえた気がした。
あの従者がどんなことをしようとしているのか、全くわからないが、私の様子を窺っていることだけは確か。ここは一国一城の主としてレベルの違いを見せ付ける絶好の機会だ。本当のバナナの食べ方と言うものを教育してやる。
私は余裕の表情で足元のバナナを拾い、ゆっくりと皮を剥く。このチラリズムが堪らない。嗚呼、至福の時。
突然、柱に括り付けられていたロープがピンと張り、柱がメキメキと音を立てて崩壊した。
バナナを咥えた私の眼前に、ザルの網の目が迫る。
「にゃー!!!」
「Yes! 捕獲成功しましたわ、お嬢様!」
と言う従者の声を聞いたかどうか。
◇ ◇ ◇
程なくして、私は紅い絨毯の上に転がされる。
「これはこれは失礼した、地霊殿の主」
「貴女のペットは躾不足よ、紅魔館の主」
「咲夜はお前の家で飼っているペットよりも余程優秀よ」
「忠誠心では私の勝ちみたいだけどね」
私を見下ろす影にふふん、と強がる。ここは紅魔館、私は完全にアウェイだった。典型的で雀チュンなトラップにまんまと引っ掛かり、攫われてしまったのだ。目の前には噂に聞くレミリア・スカーレット。
「お前、私の心を読もうとしているみたいだけれど、無駄よ」
「……っ!」
レミリアの言うとおりだった。吸血鬼の心は深淵、混沌、こうやって普通に会話をしているというのに、レミリアの心はお子様ランチの旗の柄でいっぱいだった。
「くっくっく。偉大なる紅魔の主であるこの私にかかれば、考える前に喋るなど、造作も無いことだわ」
「お嬢様の半分は思いつきでできていますわ」
従者が主の言葉をフォローする。が、ちっともフォローになっている気がしない。
「いったい何の目的よ? 大方私のバナナが目的だと思うけど」
「ぎっくぅ!!!」
効果音を思いっきり叫ぶレミリア。心を読むまでもなかった。
「だだだだ、誰がそんなことを言ったのかしら?」
「すいませんお嬢様。私、お嬢様のお言葉で胸がいっぱいでしたわ。てへ」
「ばかー!!!」
ペロっと舌を出し、言葉は誠意いっぱいなのにちっとも悪びれていない咲夜。なんだか可愛そうなレミリアだった。私は少し彼女のことを哀れんだ。
「ま、まぁ。理解しているなら話は早いわ」
レミリアは玉座から立ち上がると私の前に片膝をついて座り込む。白く、細い指先が私の頬を撫でる。
「組まないか、古明地さとり。お前の噂を聞いて私は運命を見据えたよ。我ら眷属が幻想郷を牛耳る時がやってきたのだ」
そういうレミリアの鼻からは、一条の紅い筋。間違いない。カカオの過剰摂取だ。
すべてを悟り、私は彼女の手をぎゅっと握った。
◇ ◇ ◇
人里にチョコバナナ専門店『シャトー・リェミィ』が開店したのは一週間後。口にした風祝がイッツミラクルと叫んだことにより、宣伝効果は鰻上り。乙女たちを誘惑してやまない至高のバナナと贅沢な材料を使った究極のチョコレートのハーモニーは、あっという間に幻想郷を席巻した。一ヶ月経った今でもおはようからおやすみまで人と妖の列は途絶えること無く、この調子でいけばチョコバナナ記念日ができるのもそう遠くないだろう。
あの時のレミリアの言葉は嘘ではなかった、嘘ではなかったが、なんか違うような、と私は首をかしげる。時折泡のように浮かぶ疑問も買い物客の前にすぐさま消える。苦手だった笑顔も今では当たり前のように浮かべる。
お店の売り上げで密かに購入したペアリングをポケットから取り出す。今日は満月。本当にとっておきの笑顔は一番大切な人のために。意を決して渡すのだ。嗚呼、私らしくも無い。柄にも無く胸の鼓動が高まる。
「毎度ありー。へいらっしゃい!」
「あ、あの、レミィっ!」
「ん?」
「レミィ、実はね――」
これは叫ばざるを得ない。イッツミラクル!
かわいいw
もう最後まで素敵すぎる!さすがです!
スイーツ(笑)
というかあとがきwwwww
ババナ、いや間違えたバナナの食べすぎには注意しないとな
だからこのSSも大好き。
笑いが満載で面白かったですし、あとがきの紫様と藍の会話も良かったです。
シャトー・リェミィのチョコバナナ食べてみたいですねぇ。
イッツミラクル!!
流石早苗さん!そこに痺れる!憧れるゥ!
縁日行ったらほぼ毎回チョコバナナ買ってたなあ……
300円とかぼったくりだろ、と今なら思えます。
思わず吹いてしまったw
(n'∀')ηまだまだ私は戦える。
>79様
私も幻視しました。最早妄想と言うべきか……。
「ちょ、ちょっと咲夜!?」
「アン、ドゥー、トロワ(バナナイン)」
「むぎゅ」
「アン、ドゥー、トロワ(バナナイン)」
「んがぐぐ」
しょうもない話だな
幻想郷までスイーツ(笑)とか