「フラン……これはいったい何かしら?」
紅魔館当主、レミリア・スカーレットは、テーブルの上に置かれている緑色の物体を見つけて、優しげな声で尋ねた。
「キャ、キャベツですわ。お姉様」
「そう……キャベツね。では、どうして貴方の部屋にキャベツがあるのかしら?」
レミリアはフランに優雅に近づくと、聖母の如き微笑みを浮かべる。それは、ほほ笑みの国『タイ』も裸足で逃げ出すほどの素敵な微笑であったが、フランはそんな姉の笑みを見て、怯えて竦む。
「それは……」
「それは?」
レミリアに問い詰められて、フランドールは恥ずかしいのか、顔を赤く染め上げると、スカートをぎゅうっと握った。
「赤ちゃんが、生まれるから」
「だから畑からキャベツを?」
どうやらフランは、赤ちゃんがキャベツ畑から生まれるという言い伝えの事を言っているのだろう。
そんな子供だましの伝承を信じているフランを見て、レミリアは笑みを強くすると、テーブルの上のキャベツを見つめる。
「赤ちゃん、欲しいの?」
「……うん」
レミリアの指が、フランの顎をゆっくりと撫でた。
まるで小鹿のように震えながら、フランは姉の優しい尋問に必死に耐える。
「……ふふふ、だからキャベツ畑に夜中に侵入して、こんなにも綺麗なキャベツを盗ってきたのね」
「……そう、です」
「選んだのかしら?」
「え?」
「可愛い赤ちゃんが欲しくて、一番綺麗なキャベツはどれか、じっくりと選んだんでしょう?」
「は、はい……」
テーブルの上のキャベツは、青々としていて、取れたて野菜の瑞々しさを振りまいている。
恥ずかしさからか、フランドールの顔はこれでもかというほど紅潮していた。
「可愛いわね、赤ちゃんがキャベツから生まれると信じている。純真なのね、フランは」
そう言いながら、レミリアはキャベツの葉を一枚摘まむ。
「ああっ」
フランドールの身体がピクンと震えた。
「どうしたの? 私はキャベツの葉を摘まんだだけよ」
「お姉様の、意地悪……」
フランは顔を両手で覆うが、レミリアは構わずにキャベツの葉を引っ張った。
「そんなに……大胆にっ」
「そうね、瑞々しいキャベツを一気に剥がすわ」
「いやぁ……」
ぺりぺりと、レミリアはキャベツから葉を剥がす。
青々としたキャベツの葉、それをこれ見よがしに見せつけるレミリア、憐れなフランドールは黙って見ているしかない。
「かわいそうに、こんなにも怯えて……でも、これだけじゃないのよ」
妹を可愛がる愉悦に酔った紅魔館の当主は、自身のスカートの中に手を差し入れるとガーターベルトに挟んでいたマヨネーズを取り出した。
「そんなぁ……ピュアセレクトなんて」
「ええ、純真なフランにぴったりのセレクトでしょう? これをキャベツにかけるのよ」
「ああ……」
キャップを外し、マヨネーズの容器を『ぎゅうっ』と絞ると、白いマヨがどんどんと、葉っぱの上に盛られていく。
その様子を見て、フランは耳まで真っ赤になる。
「なんて、いやらしいのかしら。こんなに出して……下品ね」
「あ、あああ。ゆ、許して、おねえさま……」
膝を折り、許しを乞うフランドール。しかし、レミリアは残酷にも首を振ると、澄まし顔でマヨネーズがたっぷりと乗ったキャベツの一葉を手に取り、一気に口に入れた。
「あぁあ…あ…あぁ! だ…………っめ…ぇええ…っ!」
フランは顔を覆ったまま悲鳴を上げ、その様子を見てレミリアはクスクスと笑った。
「凄いわ。たっぷりのマヨネーズ……あまりに濃くてむせそう。それにほのかなキャベツの青臭さ……ふふ、十分に堪能させてもらったわよ」
その時、ドアがガチャリと開いた。
「……何しているの?」
呆然と姉妹を見ているのはパチュリー・ノーレッジ。
それに対して二人は、
「ん、フランス人ごっこ」
「パチェもやる? 楽しいよ!」
と答えると、二人で手をつなぎながら「ボンソワール」とか言いながら、どこかへ行ってしまった。
世界の憧れ、フランス!
いま、幻想郷は空前のフランスブームの真っただ中にいた!
猫も杓子も、誰も彼も、人々はフランスに熱狂し、競って赤と白のシマシマのシャツを身につけ、キャベツを持って走り回った。
それでも足りぬと、更なるフランスを求めて人々は、魔法の森の魔法使い、アリス・マーガトロイドの家へと押し寄せて、我先にと仏蘭西人形を求めて暴動を巻き起こす。
幻想郷の住人達は、仏蘭西人形やフランス石鹸に葡萄酒、さらにはケイジャン料理やかたつむりにカエルを食いまくり、食当りを起こして永遠亭に担ぎ込まれたが、その程度で熱狂した人が我に返る事は無く、幻想郷はフランス色に染まっていた。
だが、そんな熱狂の中でため息を吐く者が一人いた。
「……はぁ」
てやんでぇボンジュール、と威勢良く叫ぶ八つぁんや熊さんを眺めながら、景気の悪い顔をしているのは、魔法の森に居を構える普通の魔法使い、霧雨魔理沙である。
「ちくしょう、世間はフランスブームじゃないのかよ……」
力なく呟く魔理沙の前には、ビニールシートが敷かれ、その上にはズラリと奇妙な物体が並んでいた。
並んでいるモノは『鼻』だった。
まるで、人から切り取ったような妙にでかい『鼻』が幾つも無造作に並んでおり、その脇には手書きで『これでフランス人になれる。脅威の付け鼻! なんとたったの一円!』などと書かれた看板がある。
ご近所であるアリスが、やっつけ仕事の仏蘭西人形で暴利多売の殿様商売を展開し、多大なる利益を貪ったと聞いて、魔理沙も二匹目のドジョウを狙って、フランスブームでひと儲けをしようと企んだ。
しかし、そこは商売人の子。ロクでもないもので儲けようなどという気は微塵もない。どうせなら人々のフランス好みに答える商品を供給するべきだと、魔法使いとしてのすべてを注ぎこみ、究極の付け鼻を作りだしたのだ。
それは、身に付ければフランス人になったかのような感覚の得られるというマジックアイテムなのだが、見た目が悪いのか全然売れない。
実際のところ、そぎ落とされたような鼻が並んでいる光景を見て、わざわざそれを買いたいと思う人間は少数派だろう。
「くそ……モノ自体は悪くないのに」
愚痴っても仕方ないので、呼び込みをしてみようと、ゴホンゴホンとわざとらしくせき込んでみる。通りを歩く人間や妖怪の中に、振り向いて魔理沙を見る者が何人かいた。
まだ、反応は悪くない。
帽子を取って、鉢巻を締めると、魔理沙は文々。新聞を丸めて、バンバンと地面を叩きながら口上を述べた。
サァ、お立会い。
御用のない方や、大して忙しくない方、はたまた、暇で暇で死にそうな方はチョイと聞いておいで、見ておくれ。
天狗の目もなきゃ、兎の耳もない各々方は、寄ってらっしゃい見てらっしゃい。
サテ、ここに手前が取り出したるは、なんと誰でもフランス人になれる夢の道具だ。
なんだ「俺たちゃ、幻想郷の人間だ。どうやったってフランス人になれるかい」って?
マアマア、そこは少し聞いておくれ。これは、そこらの道具屋が扱っているシマシマシャツとはチョイと違う。
ナンと、これは手前が魔法魔術の粋を集めて作った『付け鼻』だ。
と言っても、ただ鼻を付けてフランス人というわけじゃない。
付けた人間は、鼻から脳に刺激が送られ、脳の大脳新皮質の奥の奥にある『フランス野』てぇ場所が刺激されるのさ。
この『フランス野』が刺激されると、人間というのはおかしなもので、自分が『フランス人』であると心の底から思いこむ。
シャツだのキャベツだのは必要無く、いつでも、どこでも、誰でも気軽にフランス人。
サア、どうだい?
こんな素晴らしい道具だ、ナンボか興味がわいてきただろう。
毎夜毎夜に鍋で煮込み、どうにか作ったこの『付け鼻』 果てしなく希少な代物だけど、妖怪の山の滝から飛び降りたと思って、本日たったの一円でどうだ!
サアサア、この『付け鼻』の素晴らしさが分かったんなら、さっさと買ってきな!
「……うーん、一円は高いよな」
「うん。デザインも悪いし……」
「あれを付けるのって、少し恥ずかしくね?」
「だなー」
人は見た目が九割というが、商品にもそれは言える。
斬り取られた鼻がズラリと並んだ光景は、見ていて気持ちの良いものではない。そんなモノに『一円』を払おうと思う酔狂ものは現れず、魔理沙の啖呵に引き寄せられた人々も徐々に去っていった。
「……くそ、これでも原価ギリギリだってのに」
魔理沙は嘆いた。
せめて見た目だけは、留意すべきだったのだ。
コレが『付け眉毛』や『付けほくろ』であれば、きっと飛ぶように売れただろう。しかし、魔理沙の魔法技術ではどうしたところで鼻である必要があったのである。
霧雨魔理沙が絶望に打ちひしがれていると、
「じー」
と、視線を感じた。
ふと、顔を上げると見覚えのある顔が、じっと露店の『付け鼻』を見ている。
「ねー、これって、これで買える?」
そう言って魔理沙に声をかけたのは、氷の妖精チルノだった。
彼女は、ポケットから二銭銅貨や一銭銅貨を取り出して、人々が見向きもしなかった『付け鼻』を所望している。
思わず、目から汗をかきそうになったので、魔理沙はそっぽを向いて、目を袖で拭うとチルノに向きなおった。
「ひい、ふう、みい……んー、チョイと足りんな」
本当はちょっとどころか、まるで足りないのだが、それを言ってもしょうがない。それに、買ってやろうという心意気が嬉しいではないか。
「んー、そっかー」
「なんだ、そんなにコレが欲しいのか?」
少し嬉しげに魔理沙は聞くと、チルノは頷く。
「あたい、フランス人になりたい」
殊勝な心がけだと、魔理沙は感心した。
いまの幻想郷に、こんな立派な志を持った妖精が居たとは。少し、妖精に対する見識を改めた方が良いだろう。
「おし、分かった!」
魔理沙はパンと膝を叩く。
「それじゃ、私の商売を手伝ってくれたら……この見本に使ってる『付け鼻』をやろう。少しくたびれてるけど、別に良いだろ?」
「うん!」
こうして、魔法使いと氷の妖精はタッグを結成した。
東風谷早苗の生活は、割と忙しい。
なにしろ住んでいるのは妖怪の山で、そこは天狗や河童の為のインフラは揃っているが、人間のインフラは整っていない。そのため山で手に入らない生活必需品は、里でまとめ買いをしなければならないのだ。
「しかし、困りましたねー」
袋から付き出たバゲットを見て、早苗はため息を吐く。
意味不明のフランスブームのせいで、パンを買おうとしたらバゲットしか置いておらず、石鹸を買おうとしたらフランス石鹸だけ、酒を買おうとすればナポレオン、部屋着を探して服屋に入れば、赤と白の趣味の悪いボーダーのシャツしか置いていないという有様だ。
「うーん。どこかにまともな店は……あら?」
往来の先に何やら人だかりができている。
お祭り騒ぎは嫌いじゃない。興味を抱いた早苗は「御免なさい」と人々を押しのけながら、人込みの中に割って入った。
「ぼんじゅーる!」
奇妙な物体にいきなり挨拶をされて、早苗は固まってしまう。
水色の綺麗な髪に青いリボン、キラキラ光る氷の羽、可愛らしい妖精の装束にバカでかくもワザとらしい付け鼻。現人神、東風谷早苗の瞳に映り込んだのは、おおよそこのような物体であった。
「ハハッ! 魔理沙、これってかなりイカシてるね。メルシー?」
「そうだろチルノ、これを付ければたちどころに気分はボナパルトだ。ボンソワール?」
奇妙な物体は、一個だけではないようだ。青い付け鼻の隣には、黒い付け鼻も立っていて「こんなナイスな付け鼻が、たったの一円だぜ。オ・ルヴォワー」などとほざいている。
「本物だ……本物のフランス人だ……」
「違いない。俺はあんなにフランス語、喋れないぞ」
「駄目だ……私は買うぞ!」
「落ち着け! 止めるんだ慧音!」
寺小屋の先生がトチ狂ったのを皮切りに、人々は青と黒に殺到する。やはり実演販売というのは強いのだ。
「押さないで、押さないで! 在庫はメルシーたくさんあるから!」
殺到する群衆に黒いのは大声を上げる。
それを尻目に、早苗は疲れた顔で騒ぎから離れていった。
「……そうか、夏だもんね」
そう呟くと、早苗はバゲットの突き出た紙袋を持って、逃げるように里を出ていくのであった。
こうして、チルノは念願のフランス人の付け鼻を手に入れた。
ついでにバイト代だと魔理沙からお小遣いも貰い、チルノのテンションはうなぎのぼり。
親友の大妖精に、素敵な付け鼻を見せようと、急いで霧の湖に飛んで帰った。
「ねー! みてみて大ちゃん! あたい、フランス人になっちゃったよ、ボンジュール!」
「チルノちゃんのバカ!」
「オゥフッ!」
付け鼻を付けたチルノが大妖精に駆け寄った瞬間、大妖精はチルノを叩いた。
「な、なにを……」
何をするんだ。
いきなり叩かれて、抗議をしようとしたチルノは大妖精の顔を見て言葉を詰まらせる。
なぜなら、大妖精は泣いていたからだ。
「バカ、バカ! チルノちゃんのバカ!」
「い、いたいよ。大ちゃん! お願いやめて!」
涙ながらに叩いてくる大妖精に、チルノはただ困惑するしかない。だが、それで大妖精の手が休まることは無く、更に激しくペチペチとチルノを叩くのだ。
「チルノちゃんのバカ! おたんこなす! あほ! スカタン! まるきゅー! このド畜生がッ!!! そんなにフランス人になりたいの! イギリス妖精としての誇りを忘れて、フランス人になろうなんて、私は情けないよ!」
「え……」
そこでチルノは言葉を失う。
よもや、自分がイギリス妖精だとは、全く知らなかったからだ。
「百年戦争の恨みを忘れて、フランスに尻尾を振るなんて、最低だよ!」
そう叫ぶと大妖精はそのまま、泣き崩れてしまう。
チルノはしばらくしゃがみ込んで泣いている大妖精を見つめていたが、何かを決意すると彼女の肩をギュッと抱きしめた。
「……大ちゃん」
「聞きたくない! フランスかぶれの妖精の話なんか聞きたくないよ!」
「聞いて! 大ちゃん! 確かに、イギリスとフランスは百年戦争で不幸な歴史をたどって来たさ……そのあとも、何だかんだと張り合ってばかり……でもさ、WWⅡの時は、一緒にドイツ野郎と戦ったじゃない!」
そこで、大妖精はハッと顔を上げる。
「これから、共に手を携えれば良いんだよ。悲しい過去を水に流せば、きっと私たちイギリス妖精とフランスは手を取り合う事が出来る……あたいは、そう思うんだ」
「……チルノちゃん」
じっと、大妖精はチルノを見上げる。
そして、真剣なチルノの顔を見て、納得したように大妖精は大きく頷いた。
「きっとそのために、あたいはこの鼻を付けるんだよ」
そう言ってチルノは、大きな鼻をつけたまま青空を見上げる。
灼熱の太陽が、英仏の友好を願う妖精とそのでかい鼻を熱く見守っていたのだった。
貴様ぁぁ……プッツン このド畜生がッ!!
イギリス妖精w
というか常識を捨てたはずの早苗さんですらこの反応www
幻想郷の常識はレベルが違うぜ!
フラン可愛いなぁ
なんだこれwwwww
さるの
これは作者に対して言われた言葉に違いないwww
早苗さんは常識人ですね・・・たぶん。
砂漠でパスタ茹でるイタリーブームはまだですか?
面白い!
こぁかっ!(ゲーテ的な)
今田かってド畜生がっ!!
それにしてもノリが良いですね。
おフランスな台詞は、みんな巻き舌全開に違いないw
イタリア妖精w
赤と白のシャツ、
……青は?
腹筋が痛いwwww
いやはや参りました
チルノが歴史を語るとはwこれこそ異変ですね。
イギリス人「今のボクには理解できない」
ドイツ人「あ、ありのまま(ry」
だがそこがいい
わけわかんねえ。
懐かしすぎて笑いましたw
チルノがまともというか全力でふざけてるのが良いね