ギシギシアンアン。ギシギシアンアン。
上海から卑猥な音がする。
アリスが気づいたのは梅雨が明けた夏の頃だった。特にエロいことをしているわけではない。上海自身からそういうこすり合わせるような音が聞こえてくるのだ。
耳をそばだてて聞くと、どうやら関節が音を出しているらしい。
「関節の調子がおかしいのかしら。梅雨だったから……」
わりと天日干しにはしているのだが、自律化してからはじっとしているのが苦痛になったのか、お日様に長時間当たることがなくなった。
魔法の森は湿気が高く、油断していると人形の身体はすぐに痛む。
だから、一番の古株である上海の調子がおかしくなったということだろうか。あるいはいろいろと酷使してきたことが理由かもしれない。
「上海。ちょっと来て」
「シャンハーイ?」
上海がテーブルの上をトコトコと歩いてくる。
床の上は魔理沙や他の人間に踏まれかねないのであまり歩かせないようにしている。
上海が目の前で止まり、小首をかしげてこちらを見ていた。
アリスは上海をそっと抱き上げた。上海は嬉しそうに頬に手をあてている。人形は抱っこされることが本分であるから、本能的に嬉しさを感じているのだろう。
上海の胸のあたりに鼻をあてて吸いこむと、石鹸に似たシンプルだけれどもいい匂いがしてくる。
カビてるわけではなさそうだ。
ひとまず安心したアリスは次に上海に身体を動かすようにお願いした。
「上海。手をあげて」
「シャン」
「手をまげてみて」
「ハイ」
ギシギシ……。
アンアン……。
卑猥な音である。集中しなければ聞こえないほどの小さな音ではあるものの、完璧を求めるアリスにとってはそれは気にせずにはいられないほどの瑕疵であった。
「メンテナンスする必要があるわね」
「ブンカーイ?」
「そうじゃないわ。そこまでする必要はないけれど、特殊なオイルを塗りこんであげる。関節が動かしやすくなるわ」
「シャンハイ!」
上海人形は嬉しそうに笑っている。
アリスはテーブルの上を片づけて、人形用の小さな椅子を用意した。
便宜的に椅子と呼称しているが、実際には多段階で背もたれが稼動するタイプで、ベッドにもなる。
ベッドといっても白いシーツで覆われているのではなく、皮製のゴツゴツした造りだ。
下にはビニールシートを用意した。これも濡れないためである。
これからまず、洗浄をおこない余計な塵を落としてから、オイルマッサージをしてあげようと思っていた。
洗浄自体には問題ない。湿気で痛むのは常時濡れている状態にあるため乾くことがないからである。
上海人形に限らず、自律人形たちは防水加工がなされてある。どこぞの吸血鬼と同じように雨のなかで立ち往生するような、自由な意思を阻害してしまう要因をできるだけつくりたくなかったからだ。
「まずは……、そうね。どうせだから髪も洗浄してあげようかしら」
最初は上海を椅子に腰掛けさせてから、アリスは人形用のシャンプーを取り出してきた。お好み焼きのソースを入れるようなチューブ状の容器に入っている。
アリスはわずかずつシャンプーをたらしはじめた。
コンデンスミルクのようなとろりとした質感で、色も白濁としている。
冷たかったのか、上海の小さな身体がビクっと震えるのがわかった。
アリスはクスっと笑い、やや粘性のあるそれを上海のファイバーのような細い髪のうえにひきのばしていく。
上海は目の上に垂れてくるのが怖いのか、ぎゅっと目をつむって耐えている。小さな手がグーを握っているのがなんだかかわいい。
「シャンプーハットする?」
「ダイジョブ」
「怖いの?」
「シャンハイ、ナカナイ」
「偉いわね」
アリスはゴッドハンドと呼ばれるほどの精細なタッチで、シャンプーを泡立て始める。
同時に、人形の頭蓋骨に間断なく柔らかな刺激を与えた。
まずは天頂部。そこから側頭部を爪を少し立てるようにして、しゃかしゃかとこする。最後に後ろのほうを親指でなでるように上のほうへと持っていく。
同時に首のあたりのツボも痛くない程度に指圧した。
厳密に人間を模している人形だから、こりかたまりやすい場所も同じだ。
気持ちよいのか、上海がとろんとした表情になってくるのがわかった。
髪の間に泡をいきわたらせたあとは、上海の肩ほどまである長い髪を天頂に逆立てさせた。鶏のとさかをイメージしてもらえればわかりやすい。
椅子に座りながらのシャンプーは泡が垂れないように重力に逆らうようにするのがコツである。
その状態のまま、頭皮の汚れを落としていく。
頭蓋骨の隙間に指先を合わせるようにして、絶妙な刺激をくわえた。
人形はサイズが小さいため、精密な動作が要求されたが、アリスは苦もなく洗いきった。用意していたお湯を張った桶には、人形の頭が入る程度のくぼみが側面にある。椅子を倒してベッド状にすると、ちょうどそこに収まるようになっている。上海の頭をうまいぐあいに設置。
それから、手の平でお湯をすくって、髪をすすぎ始めた。
人形サイズなので、洗いきるのにさほど時間はかからなかった。
タオルでひとふきすると、いつものキューティクル。髪の毛が水分を吸って、上海は幼い容姿ながらも扇情的な雰囲気をかもしだしていた。
「さぁ。上海。着ているものを全部脱ぎなさい」
「ハズカシ。ハズカシ」
「お洋服が濡れるほうが大変でしょう。それにお風呂にもいっしょに入ってるじゃない」
ドキッ。人形だらけのお風呂大会である。
一番大変なのは実のところ服を脱がせることだったりする。
やたら気合の入った服を着せているせいもあるかもしれないが、人形たちは自分で服をうまく脱げないのだ。機能的に不可能なのではなく、単に経験値が足りないせいもあるだろう。いちばん経験値が多くいちばん優秀な上海でさえ、もぞもぞとしているだけで一向に服を脱ぎさってしまう気配がない。
しかたがないのでアリスは手伝ってあげた。
「オダイカンサマ、ゴムタイー」
女の子である。
サイズ的には人間の足元程度の背丈しかないが、見た目だけみれば、まごうことなき少女の肢体だった。
一糸もまとわぬ姿は穢れを知らない妖精のよう。薄いピンク色をした羽を展開させれば見分けはつかないだろう。
年の頃はアリスよりやや幼く、十一か十二といったところ。
胸のふくらみはないに等しく、体格はアリスに似てほっそりしている。
上海は恥ずかしいのか目を伏せていたが、アリスにとっては子どものようなものなので、特に気にする様子もない。
先ほどとは違う風呂桶の中に上海の小さな身体を入れた。お湯は上海の腰のあたりまで張ってある。アリスは上海の細い体に指をまわし、身体を固定したあと、今度はボディソープが入ったチューブをギュッと握り、上海の身体に容赦なくかけ始めた。
ぬるぬるになった上海をきめの細かいスポンジで柔らかく撫でる。陶器のような肌が傷つかないように、泡で直接洗う感じだ。
上海は気持ちよさそうに目を閉じて、頬を桃色に染めていた。
わき腹あたりを洗うときはこそばゆくならないような、強さのバランスが要求される。子ども同然の肌をしているからうまくやらないと身をよじって逃げようとしてしまうのだ。
もう何度も試していることなので、人形が気持ちよくなるタッチは認識している。
スポンジで洗いきったあとは指先にボディソープをニ、三滴たらす。
さすがにスポンジでは洗いきれないところもあるので、細かいところは指で洗わなくてはならない。
首もと、腋あたりは汚れやすいので念入りに。顔は人形の命なので、さらに丁寧に洗った。洗い残しがないか眺めまわして、ようやく納得の表情になる。
その間、上海は目に染みるのを恐れて、瞳を殻のように硬く閉じていた。
「よし、綺麗になったわよ。じゃあ、今日のメインディッシュいくわね」
「シャンハイ……」
上海はすでに眠たげな様子だった。
アリスはかまわず、上海の体をさきほどの椅子兼ベッドにうつぶせになるように置いた。
人形用のマッサージオイルを上海の白い背中の上に垂らして、人差し指と中指で薄く延ばしていく。あまり塗りこみすぎても、効力が弱まるだけである。
まずは背骨にあたる部分をすっと一撫でして、歪みがないかチェックする。
さすがに大きな問題はなさそうだが、やや左に沿っているようなので、力をいれてまっすぐに矯正した。
すばやく行えば痛みは一切感じない。
つかえがとれたようなすっきりとした感覚だけがもたらされる。
まずは筋繊維に異常がないかチェックがてら、リフレッシュしてもらうことにした。
左肩から手の先に向かって、点を押すように、ツボを押していく。
ぎゅむ。ぎゅむと押しこんでいく感覚だ。
特に腕の付け根は重点的に。骨と骨のつなぎ目あたりを丁寧に。
人形の体は柔らかいが、質量の足りなさから折れやすい。押しこむときも力の加減が肝要である。
「上海。痛かったら言うのよ」
「シャンハーイ」
痛くないと言っているようだった。
むしろ気持ちよさそうに目を閉じている。いつでも寝入りそうな、舌ったらずな言葉遣いだ。
右肩から右手にかけても同じようにする。
もう上海は抵抗することもできないほどの快楽に、体中の筋肉から力を抜いていた。
首と肩をつなぐ筋肉をもみほぐす。グリグリとねじこむように。人形を壊さないように、ツボにまで到達させるのはかなり難しい。
中指をそっとワンポイントに置いて、もう片方の手で釘を打つようにトントンと刺激をくわえていく。
と、と、と。と、と、と。
人間に限らず人形も構造上、首筋の筋肉は固まってしまいやすいらしい。
抗いがたい快楽に、上海は恍惚の表情となっている。
次はわりばし程度の太さしかない腕を手にとって、なわとびのなわのようにぷらぷらとさせる。人間サイズだったら簡単にできそうだが、人形サイズだと高難易度の技が要求される。うまくいけば腕の筋肉が癒される。
アリスの指先はまるでピアニストのように自由に踊った。ぐるぐると円を描くようにして、肩のまわりの筋肉をほぐしていく。
腰のあたりは指を何度も上下させる。腰のツボはかなり奥まったところにあるので難しい。上海の体を横にしてから、体重をかけて押しこんだ。これは少し痛かったのか、上海は小さく喘いだような気がしたが、それでも終わったあとは極楽が待っているのを知っているのかされるがままだった。
徐々に下へ下へとメンテしていく。
下半身は飛翔することが移動方法としてメインの人形にとってはあまり疲れない部類らしい。ただ、心臓へと血液を送り返すのは足の筋肉なので、ここをもみほぐしていないと冷え性になりやすい。ふくらはぎをそっと包みこむようにして指圧していく。
足の裏はツボの宝庫だ。
主に内臓に直結したツボが多いので、胃や腸が弱っている場合は足ツボマッサージが効く場合が多い。上海たち人形の場合、もともとあまり食事をとらないでもいい仕様になっているため、当然のことながら消化器系統に目立って弱いところも見つからなかった。
普段与えられない刺激に、上海はもだえていた。足が小さすぎるため、定点を打ち抜くように指圧する。指先に全神経を集中させて、ひとつのツボあたり、きっかり二秒ずつ。
「ん。特に問題はないようね」
もまれまくって、疲れたのか上海はぐったりしている。すやすやと寝息をたてて眠っている姿は天使のようだ。
アリスは上海を起こさないように、優しくお湯で洗ってからタオルで拭いてやった。
服を着せようかとも思ったが、完全に乾いてからのほうがいいだろう。
夏だし冷えることもない。人形サイズのタオルケットをおなかのあたりにかけてやって、ようやくアリスは大きく伸びをした。
人形のメンテナンス完了。
「紅茶でも飲もうかしらね」
メンテナンスにはきっかり三十分もかかってしまった。
もしも人里で人間相手に商売をしたら、確実に五千円はとれるだろう。それぐらいの自信はアリスにもある。
ただ思ったよりも疲れる。
体力的には問題ないものの、人形の繊細なからだを扱うのは、まるで手術のような神経の張り巡らせ方が必要で、余計に疲れてしまうのだろう。
人間相手のほうが気楽だろうか。
そんなことを思っていると、後ろから、トントンとアリスの肩を叩く感触。
振り向くと、そこには蓬莱の姿。
そのまた後ろには、和蘭。倫敦。オルレアン。エトセトラ、エトセトラ。
そこには順番待ちする人形達の姿があった。
アリスはやれやれと思いながらも、不平等に接するのは嫌だったから、結局人形たち全員に同じようにメンテナンスを施すことにしたのだった。
ちょっくら魔法の森に行って来ます。
素晴らしいです。
あと魔理沙自重ww
魔理沙にマッサージのところをもっと詳し(ry
これはもはや人のような人形ではなく人形のような人だな
全然話と関係ないけど、最後の文で蝋人形の館思い出したわ
幻想郷通貨で5000円か…、いや、それでもいいか。
ちょっとお金稼いでくる。
ていうかクリックして2秒後に噴いたSS初めてだよ!
骨格はわかるんだけど、筋肉とかね
ご馳走様でした。
しかも魔理沙が健在なうちに。すげぇwww
作者様の中ではアリスの人形=ホムンクルスなんだろうか?
それだとアリスは人形遣いではなく錬金術師になるんだが…
作者さまの曇りなき?鏡に醜い欲望に満ちた己の心を照らし出されたような気がします。
‥で、煩悩を捨て去る為に導師マーガトロイドのマッサージを受けたいと思うのですが、魔法の森にはどう行けばいいのですか?