早朝。
目を覚ますと見覚えのある景色が私を取り巻いていた。
散らかった部屋。
沢山の人形達。
それはそうだ、此処は私の家なのだから。
夢を見た。
内容はよく覚えていないが…。
でも、パジャマが汗でぐっしょりと濡れているのを見るとあまりいい夢ではなかった様だ。
濡れたパジャマが身体に纏わりついて気持ちが悪い。
それと、
「寒い…。」
夏。
魔法の森は湿度が高く夏になると冷房なしでは部屋の中にいられない。
それ故、濡れたパジャマは冷たくなっていた。
「お風呂にでも入ろうかしら…。」
呟く…。
一人。
私の言葉は部屋の中に虚しく響き消えてゆく。
未だに眠気が残っている重い身体を起こして寝室から廊下にでる。
廊下の床は私が歩く度にギシギシと音を立てて軋んでいた。
そろそろ人里の大工の方に頼んで直して貰おうか…。
木造建築の家にとって魔法の森の環境はあまり良くないのか木が痛むのが早い。
定期的に大工にメンテナンスして貰わないといけないのが面倒だった。
風呂場に着くと脱衣所で私はパジャマを脱ぎ洗濯物入れに投げ込む。
脱衣所には大きな鏡が置いてあり、そこには私の貧相な身体が映っていた。
「はぁ…。」
ため息が漏れる。
二度と成長する事のない身体…。
今更ながら捨虫の魔法をもう少し歳を取ってから使えばよかったと後悔した。
私は不器用だ…。
あの時も、
「でも、なけなしの春くらいは持ってそうだな。」
「私も、あんたのなけなしの春くらいをいただこうかしら?」
あの時も、
「弾幕に頭脳?馬鹿じゃないのか?弾幕はパワーだよ。」
「そういうこと言うから馬鹿扱いされるのよ。弾幕はブレイン。常識よ。」
私はいつでも捻くれ者。
本当の気持ちを伝えると彼女との関係が崩れてしまう気がして怖かった…。
そう、恋をするのには余りにも不器用だった。
だからこそ、彼女とはずっとライバルでいようと思った。
それなら、何時でも二人で一緒に競いあっていけるから…。
でも、想いを押さえ付けていた私の心は今にも張り裂けそうで悲鳴を上げている。
あぁ、いつか本当の気持ちを彼女に伝える事はできるのだろうか…。
私の心が張り裂けてしまう前に…。
お昼前。
私は家の家事を終わらせて一息ついていた。
「ふぅ…。」
家事は全て人形を操っておこなう。
一見楽そうだが、人形一つ一つに魔力を通しその全ての人形を事細かく操作するのだ。
正直な所、自分で家事をしたほうが楽だったりする。
それなのにわざわざ人形を使うのは魔法の訓練のため。
魔力の緻密なコントロールは魔法使いにとって基礎であり、威力の高い魔法を使う上では一番重要になる。
威力のある魔法を使えてもコントロールできずに自滅してしまっては全くもって意味がない。
だから私は日々人形を使って練習をする。
まだまだ魔法使いとしては未熟だから…。
お昼過ぎ。
「霖之助さんいますか?」
道具屋香霖堂の扉をノックする。
すると、「ん、アリス君か。今はまだ営業中だから入るといい。」
出てきた店の店主はそう言うと中へ戻って行く。
扉には閉店中と書いてあるプレートが提げられていた。
本当に商売する気はあるのだろうか…。
此処に訪れる度にそう思ってしまう。
「相変わらずの品揃…。足の踏み場も無いぐらいに商品を置いてあるのは此処ぐらいですね。」
中に入るとそこはいつも通りによく分からない物が沢山並べてあった。
実際は、並べてあると言うより散乱していると言う方が正しい。
「あぁ、それだけがこの店の取り柄だからね。」
皮肉に気付いていないのか、それとも気付いている上でそう言っているのか。
彼の性格から考えて、後者の方だろう確実に。
一癖も二癖もある性格。
そんな彼の性格を苦手とする者は沢山いる。
でも、捻くれ者の私は似た者同士だからか彼を苦手と感じる事はあまりなかった。
「それで、今日は何か探し物かな?」
「探し物と言うよりは、物色って感じかしら。」
「ふむ、ならじっくりと物色するといいよ。」
彼は机の椅子に座り本を読み始めた。
机の上にはまだ湯気がでている珈琲と火を点けたばかりの水煙草が置いてある。
お昼の休憩に入ったばかりらしい。
邪魔しちゃったかな。
と思ったが、私は品を物色する事に夢中になりその思考はすぐに頭の中から消えていった。
私が時間を忘れ品を物色し始め二時間程経った頃。
「アリス。ちょっといいかい?」
本を読んでいた霖之助さんが急に真剣な声音で私に話しかけてきた。
しかも、呼び捨てで。
「急に改まって、一体何かしら。」
「君は魔理沙に自分の想いをキチンと伝えたかい?」
「っな…。」
予想外の言葉に絶句する。
「その反応からするに、まだ伝えていないみたいだね。」
彼はやれやれという感じで私を見る。
「別に、貴方には関係ないでしょ…。」
「関係あるから君に聞いたんじゃないか。最近、魔理沙がこの店に来て僕に話す内容は殆どが君の事だ。
それを聞いて無関係と言い張れる程、僕は人間ができていないのさ。」
「……。」
魔理沙が私の事を…。
頭の中が一杯で思考が追い付いてこない。
「さて、これからが本題なんだが…って聞いているかい?」
彼の言葉を聞いて意識が戻ってきた。
「……。え、本題?」
「そう、これからが本題なんだ…。」
アリスが店を出ていった後。
「彼女達、上手くいくと思うかい?」
僕は虚空に向って話し掛ける。
「あら、気付いていたの?」
すると、空間の切れ目から紫が出てきた。
「盗み聞きとは趣味が悪いんじゃないか? 僕は霊夢程じゃないけど勘の鋭い方なんでね。」
「あら、目敏い人ね。」
紫は顔の前に扇子を翳すとふふと笑った。
「後は、彼女次第じゃないかしら。でも、例え上手くいったとしても…」
僕は紫の言葉を遮る。
「紫、みなまで言わなくていいよ。」
「ごめんなさい。そう…、時に運命とは残酷な物ね。」
「……そうだな。」
「あぁ、私にもそんな恋をした事があったわぁ…。」
紫が突然そんな事を言い出した。
「いい歳して何を言ってるんだか…。」
言ってしまってから気付く…。
目の前には、高々と傘を振り上げている紫の姿があった。
その顔には浮上った青筋が数本走っている。
「じょ、冗談に決ってるだろ紫…。」
「確か、雉も鳴かずば打たれまいだったかしら?」
微笑みと共に傘が振り下ろされる。
傘の筈なのにとても鈍い音が店内に響いた…。
「はぁ…。」
本日三度目のため息。
私は今、縦にも横にも長い廊下を歩いている。
床も壁も天井も装飾も赤、赤、赤、赤、何処を見ても赤一色。
いや、どちらかと言うと赤より紅だろうか。
紅魔館。
内装、外装とも紅一色で統一されているお屋敷。
そして、この紅い屋敷を統べているのが吸血鬼のレミリア・スカーレットだ。
今日此処に私が訪れたのは、屋敷の主に用があるからではない。
用があるのは、紅魔館地下図書館の主パチュリー・ノーレッジ。
まぁ、用といっても借りていた魔導書を返すだけなのだが…。
足を止める。
私の目の前には立派な両開きの扉があった。
「パチュリー入るわよ。」
ノックをしてから扉を開く。
本の山。
比喩表現ではなく文字通り本の山。
幻想郷にある唯一の図書館でありながら、一般人には決して公開される事のない図書館。
此処には料理の本から咲夜の日記、絵本、近代小説、魔導書、禁書と幅広くそろえられている。
そんな本の山の中心に彼女はいた。
机の椅子に座り本を読んでいる。
その机の上には本が山積みになっておりグラグラと揺れていた。
いつか本に押し潰されてれそうね…。
そんな事を考えていたらパチュリーが本から顔を上げた。
「あら、アリス来てたの。」
「さっき、ノックしたじゃない…。」
「冗談よ。ちゃんと聞えていたわ。」
今日はなんだか意地が悪い。
「…まったく。はい、借りてた本。おかげさまで魔法の実験がはかどったわ。」
私は借りていた魔導書をパチュリーに手渡す。
「ん、確かに。」
「それじゃ、また借りにくるわ。」
「アリス待ちなさい。」
用を済ませたので帰ろうとしていた所を呼び止められる。
「何かしら?」
さっきも同じ様な事があった気がする…。
「貴女、もう魔理沙に気持ちを伝えたの?」
あぁ…、やっぱり…。
「…まだだけど。」
「アリス、今から私が言う事をよく聞きなさい。」
それは、真剣な表情だった。
「……。」
「貴女が魔理沙に告白するのを渋る気持ちは分かるわ。
好きな人に気持ちを伝えるという事は相当な勇気が必要だから…。
でもね、魔理沙は人間。私達と違って彼女の時間には限りがあるのよ。
勇気を出しなさいアリス。ここで、気持ちを伝えなかったら一生後悔するわよ。」
それは力強く、そして優しさを兼ねた言葉。
その言葉を聞いて先刻の霖之助さんの言葉を思い出す。
(彼女は僕達と違って時間に限りがあるからね。急いだ方がいいと思うよ。)
なんで、この人達はこうも私の背中を押してくれるのだろうか…。
「そうそう、もう子供じゃないんだから言いたい事ぐらいハッキリ伝えなさいよ。」
パチュリーとは別の声。
書架の奥から霊夢が出てきた。
「え、霊夢?なんで此処に…。」
「ん? あぁ、今日は吸血鬼に呼び出されててね。
あいつ自分で人を呼び付けたくせにまだ寝てるっていうのよ。
だから、我が儘なお嬢様が起きるまで此処で暇潰しをしてるわけ。」
そう言った霊夢は苦笑していた。
「二人ともありがとう…。」
私からそんな素直な言葉が出るとは思っていなかったのか二人は目を丸くしていた。
「ま、頑張りなさい。」
「まぁ、ほどほどにね。」
皆が応援してくれていると思うともう少しだけ頑張れそうな気がした。
アリスが図書館から出て行った後。
「敵に塩を送るってやつ?」
霊夢が突然言い出す。
「違うわよ、私は単純に彼女を応援したかっただけ。」
「へぇ、てっきり貴女も魔理沙の事好きだと思ってたのに。」
「好きよ。」
一寸の迷いも無く断言する。
「え?じゃあ、なんで?」
霊夢は訳が分からないという感じで私に問う。
「彼女の事は好きだけど、私は人間を愛する事が怖い…。私は失うのが怖いただの臆病者…。
だから、彼女には頑張って欲しかったのただそれだけよ…。」
「そっか…。」
霊夢はそれだけを言うと暇潰しに戻って行った。
いつかは失うと知っていても、それでも貴女は彼女を愛せる…。
貴女は強い人だ。私は心からそう思う。
* * * * *
-私は不器用で捻くれ者。
でも、少しづつでいいから素直になろうと思う。
だって、皆が応援してくれるのだから…。
今日よりも明日。明日よりも明後日。
少しづつ。少しづつでいいから素直になろう…。-
* * * * *
月日が流れるのは早い…。
私は人里から離れた草原にいた。
風に揺られる草花。
緑の絨毯がなびいていた。
今、私の目の前には墓碑がある。
墓碑には既に花が添えられていた。
先客かな…。
彼女は捨虫の魔法を掛ける事をかたくなに拒んだ。
理由を聞くと
「私が人間でいる事があの人との最後の繋がりだからさ。
これだけは、これだけは絶対に譲れないんだよ…。」
彼女は淋しそうにそう言っていた。
私も花を添える。
「魔理沙。今日も空が蒼いよ…。」
私の呟いた言葉は、風に乗って何処までも何処までも響いていった。
目を覚ますと見覚えのある景色が私を取り巻いていた。
散らかった部屋。
沢山の人形達。
それはそうだ、此処は私の家なのだから。
夢を見た。
内容はよく覚えていないが…。
でも、パジャマが汗でぐっしょりと濡れているのを見るとあまりいい夢ではなかった様だ。
濡れたパジャマが身体に纏わりついて気持ちが悪い。
それと、
「寒い…。」
夏。
魔法の森は湿度が高く夏になると冷房なしでは部屋の中にいられない。
それ故、濡れたパジャマは冷たくなっていた。
「お風呂にでも入ろうかしら…。」
呟く…。
一人。
私の言葉は部屋の中に虚しく響き消えてゆく。
未だに眠気が残っている重い身体を起こして寝室から廊下にでる。
廊下の床は私が歩く度にギシギシと音を立てて軋んでいた。
そろそろ人里の大工の方に頼んで直して貰おうか…。
木造建築の家にとって魔法の森の環境はあまり良くないのか木が痛むのが早い。
定期的に大工にメンテナンスして貰わないといけないのが面倒だった。
風呂場に着くと脱衣所で私はパジャマを脱ぎ洗濯物入れに投げ込む。
脱衣所には大きな鏡が置いてあり、そこには私の貧相な身体が映っていた。
「はぁ…。」
ため息が漏れる。
二度と成長する事のない身体…。
今更ながら捨虫の魔法をもう少し歳を取ってから使えばよかったと後悔した。
私は不器用だ…。
あの時も、
「でも、なけなしの春くらいは持ってそうだな。」
「私も、あんたのなけなしの春くらいをいただこうかしら?」
あの時も、
「弾幕に頭脳?馬鹿じゃないのか?弾幕はパワーだよ。」
「そういうこと言うから馬鹿扱いされるのよ。弾幕はブレイン。常識よ。」
私はいつでも捻くれ者。
本当の気持ちを伝えると彼女との関係が崩れてしまう気がして怖かった…。
そう、恋をするのには余りにも不器用だった。
だからこそ、彼女とはずっとライバルでいようと思った。
それなら、何時でも二人で一緒に競いあっていけるから…。
でも、想いを押さえ付けていた私の心は今にも張り裂けそうで悲鳴を上げている。
あぁ、いつか本当の気持ちを彼女に伝える事はできるのだろうか…。
私の心が張り裂けてしまう前に…。
お昼前。
私は家の家事を終わらせて一息ついていた。
「ふぅ…。」
家事は全て人形を操っておこなう。
一見楽そうだが、人形一つ一つに魔力を通しその全ての人形を事細かく操作するのだ。
正直な所、自分で家事をしたほうが楽だったりする。
それなのにわざわざ人形を使うのは魔法の訓練のため。
魔力の緻密なコントロールは魔法使いにとって基礎であり、威力の高い魔法を使う上では一番重要になる。
威力のある魔法を使えてもコントロールできずに自滅してしまっては全くもって意味がない。
だから私は日々人形を使って練習をする。
まだまだ魔法使いとしては未熟だから…。
お昼過ぎ。
「霖之助さんいますか?」
道具屋香霖堂の扉をノックする。
すると、「ん、アリス君か。今はまだ営業中だから入るといい。」
出てきた店の店主はそう言うと中へ戻って行く。
扉には閉店中と書いてあるプレートが提げられていた。
本当に商売する気はあるのだろうか…。
此処に訪れる度にそう思ってしまう。
「相変わらずの品揃…。足の踏み場も無いぐらいに商品を置いてあるのは此処ぐらいですね。」
中に入るとそこはいつも通りによく分からない物が沢山並べてあった。
実際は、並べてあると言うより散乱していると言う方が正しい。
「あぁ、それだけがこの店の取り柄だからね。」
皮肉に気付いていないのか、それとも気付いている上でそう言っているのか。
彼の性格から考えて、後者の方だろう確実に。
一癖も二癖もある性格。
そんな彼の性格を苦手とする者は沢山いる。
でも、捻くれ者の私は似た者同士だからか彼を苦手と感じる事はあまりなかった。
「それで、今日は何か探し物かな?」
「探し物と言うよりは、物色って感じかしら。」
「ふむ、ならじっくりと物色するといいよ。」
彼は机の椅子に座り本を読み始めた。
机の上にはまだ湯気がでている珈琲と火を点けたばかりの水煙草が置いてある。
お昼の休憩に入ったばかりらしい。
邪魔しちゃったかな。
と思ったが、私は品を物色する事に夢中になりその思考はすぐに頭の中から消えていった。
私が時間を忘れ品を物色し始め二時間程経った頃。
「アリス。ちょっといいかい?」
本を読んでいた霖之助さんが急に真剣な声音で私に話しかけてきた。
しかも、呼び捨てで。
「急に改まって、一体何かしら。」
「君は魔理沙に自分の想いをキチンと伝えたかい?」
「っな…。」
予想外の言葉に絶句する。
「その反応からするに、まだ伝えていないみたいだね。」
彼はやれやれという感じで私を見る。
「別に、貴方には関係ないでしょ…。」
「関係あるから君に聞いたんじゃないか。最近、魔理沙がこの店に来て僕に話す内容は殆どが君の事だ。
それを聞いて無関係と言い張れる程、僕は人間ができていないのさ。」
「……。」
魔理沙が私の事を…。
頭の中が一杯で思考が追い付いてこない。
「さて、これからが本題なんだが…って聞いているかい?」
彼の言葉を聞いて意識が戻ってきた。
「……。え、本題?」
「そう、これからが本題なんだ…。」
アリスが店を出ていった後。
「彼女達、上手くいくと思うかい?」
僕は虚空に向って話し掛ける。
「あら、気付いていたの?」
すると、空間の切れ目から紫が出てきた。
「盗み聞きとは趣味が悪いんじゃないか? 僕は霊夢程じゃないけど勘の鋭い方なんでね。」
「あら、目敏い人ね。」
紫は顔の前に扇子を翳すとふふと笑った。
「後は、彼女次第じゃないかしら。でも、例え上手くいったとしても…」
僕は紫の言葉を遮る。
「紫、みなまで言わなくていいよ。」
「ごめんなさい。そう…、時に運命とは残酷な物ね。」
「……そうだな。」
「あぁ、私にもそんな恋をした事があったわぁ…。」
紫が突然そんな事を言い出した。
「いい歳して何を言ってるんだか…。」
言ってしまってから気付く…。
目の前には、高々と傘を振り上げている紫の姿があった。
その顔には浮上った青筋が数本走っている。
「じょ、冗談に決ってるだろ紫…。」
「確か、雉も鳴かずば打たれまいだったかしら?」
微笑みと共に傘が振り下ろされる。
傘の筈なのにとても鈍い音が店内に響いた…。
「はぁ…。」
本日三度目のため息。
私は今、縦にも横にも長い廊下を歩いている。
床も壁も天井も装飾も赤、赤、赤、赤、何処を見ても赤一色。
いや、どちらかと言うと赤より紅だろうか。
紅魔館。
内装、外装とも紅一色で統一されているお屋敷。
そして、この紅い屋敷を統べているのが吸血鬼のレミリア・スカーレットだ。
今日此処に私が訪れたのは、屋敷の主に用があるからではない。
用があるのは、紅魔館地下図書館の主パチュリー・ノーレッジ。
まぁ、用といっても借りていた魔導書を返すだけなのだが…。
足を止める。
私の目の前には立派な両開きの扉があった。
「パチュリー入るわよ。」
ノックをしてから扉を開く。
本の山。
比喩表現ではなく文字通り本の山。
幻想郷にある唯一の図書館でありながら、一般人には決して公開される事のない図書館。
此処には料理の本から咲夜の日記、絵本、近代小説、魔導書、禁書と幅広くそろえられている。
そんな本の山の中心に彼女はいた。
机の椅子に座り本を読んでいる。
その机の上には本が山積みになっておりグラグラと揺れていた。
いつか本に押し潰されてれそうね…。
そんな事を考えていたらパチュリーが本から顔を上げた。
「あら、アリス来てたの。」
「さっき、ノックしたじゃない…。」
「冗談よ。ちゃんと聞えていたわ。」
今日はなんだか意地が悪い。
「…まったく。はい、借りてた本。おかげさまで魔法の実験がはかどったわ。」
私は借りていた魔導書をパチュリーに手渡す。
「ん、確かに。」
「それじゃ、また借りにくるわ。」
「アリス待ちなさい。」
用を済ませたので帰ろうとしていた所を呼び止められる。
「何かしら?」
さっきも同じ様な事があった気がする…。
「貴女、もう魔理沙に気持ちを伝えたの?」
あぁ…、やっぱり…。
「…まだだけど。」
「アリス、今から私が言う事をよく聞きなさい。」
それは、真剣な表情だった。
「……。」
「貴女が魔理沙に告白するのを渋る気持ちは分かるわ。
好きな人に気持ちを伝えるという事は相当な勇気が必要だから…。
でもね、魔理沙は人間。私達と違って彼女の時間には限りがあるのよ。
勇気を出しなさいアリス。ここで、気持ちを伝えなかったら一生後悔するわよ。」
それは力強く、そして優しさを兼ねた言葉。
その言葉を聞いて先刻の霖之助さんの言葉を思い出す。
(彼女は僕達と違って時間に限りがあるからね。急いだ方がいいと思うよ。)
なんで、この人達はこうも私の背中を押してくれるのだろうか…。
「そうそう、もう子供じゃないんだから言いたい事ぐらいハッキリ伝えなさいよ。」
パチュリーとは別の声。
書架の奥から霊夢が出てきた。
「え、霊夢?なんで此処に…。」
「ん? あぁ、今日は吸血鬼に呼び出されててね。
あいつ自分で人を呼び付けたくせにまだ寝てるっていうのよ。
だから、我が儘なお嬢様が起きるまで此処で暇潰しをしてるわけ。」
そう言った霊夢は苦笑していた。
「二人ともありがとう…。」
私からそんな素直な言葉が出るとは思っていなかったのか二人は目を丸くしていた。
「ま、頑張りなさい。」
「まぁ、ほどほどにね。」
皆が応援してくれていると思うともう少しだけ頑張れそうな気がした。
アリスが図書館から出て行った後。
「敵に塩を送るってやつ?」
霊夢が突然言い出す。
「違うわよ、私は単純に彼女を応援したかっただけ。」
「へぇ、てっきり貴女も魔理沙の事好きだと思ってたのに。」
「好きよ。」
一寸の迷いも無く断言する。
「え?じゃあ、なんで?」
霊夢は訳が分からないという感じで私に問う。
「彼女の事は好きだけど、私は人間を愛する事が怖い…。私は失うのが怖いただの臆病者…。
だから、彼女には頑張って欲しかったのただそれだけよ…。」
「そっか…。」
霊夢はそれだけを言うと暇潰しに戻って行った。
いつかは失うと知っていても、それでも貴女は彼女を愛せる…。
貴女は強い人だ。私は心からそう思う。
* * * * *
-私は不器用で捻くれ者。
でも、少しづつでいいから素直になろうと思う。
だって、皆が応援してくれるのだから…。
今日よりも明日。明日よりも明後日。
少しづつ。少しづつでいいから素直になろう…。-
* * * * *
月日が流れるのは早い…。
私は人里から離れた草原にいた。
風に揺られる草花。
緑の絨毯がなびいていた。
今、私の目の前には墓碑がある。
墓碑には既に花が添えられていた。
先客かな…。
彼女は捨虫の魔法を掛ける事をかたくなに拒んだ。
理由を聞くと
「私が人間でいる事があの人との最後の繋がりだからさ。
これだけは、これだけは絶対に譲れないんだよ…。」
彼女は淋しそうにそう言っていた。
私も花を添える。
「魔理沙。今日も空が蒼いよ…。」
私の呟いた言葉は、風に乗って何処までも何処までも響いていった。
内容的には、個人的に肝心?な部分が抜けてる気もしないでも無いですが、
そこが、個人個人のそれぞれの創造を描き立てる様な気もします
>17s
咲夜が出てこなかったのは、
ただ単にアリスの目に映っていなかっただけです。
基本アリス中心の話なので。
最初は咲夜と廊下ですれ違う場面があったのですが、削りました;
>通りすがりs
あの人とは、魔理沙の父親の事です。
やっぱり分かりにくかった表現だったかなぁ・・・orz
だったら話全体がどういうもんかも大体理解できた