一人の男性が長い階段を上っていた。
照りつける日ざしの中足取りは重く、時折ふらついているようにも見える。
体はすでに汗だくになっており、口元から漏れる息が彼の疲労を物語っていた・・・
数回の休憩を挟み、やっと階段を上りきった彼を出迎えたのは大きな鳥居と―――
「遅かったじゃない・・・店まで迎えに行く所だったわ―――霖之助さん」
半眼で霖之助を見ながら文句を言う霊夢であった。
「迎えに来れるのなら来て欲しかったんだけどね、そうすれば僕が態々この暑い中こんなところまで来る必要もなかった訳だ」
「冗談に決まってるでしょ?こんな格好で外になんて出たくないわよ。」
「まぁそうだろうね。襦袢だけの君を見るなんて、何年ぶりだろうか?」
「今でも寝るときはこの格好よ?と言うか、恥ずかしいからあんまり見ないでよね・・・」
顔を赤らめる霊夢。彼女は今、いつもの巫女装束ではなく長襦袢を着ているのみだった。
薄い素材は下にある肌の色を映し出し、なんとも艶めかしい
「魔理沙が言っていた通りだね。しかし巫女服の補充とはね・・・つい先月辺りに何着か渡したはずなんだが?」
「宴会のたびに弾幕勝負を挑まれる側の気持ちにもなって見なさいよ、最後の一着もこのまえ妖怪退治したときに破れちゃったし・・・」
「君に服と言えどもかすり傷を入れるとは・・・そこそこの妖怪だったのかな?」
「あーーー・・・」
霖之助の言葉に対し、なぜかぎこちない反応を返す霊夢。
「どうかしたのかい?」
「妖怪退治のときに破れたと言えば破れたんだけど・・・その・・・その時周りに里の人がいたから・・・格好いいところみせればお賽銭とかも増えるかなって思って・・・それで最後を派手に決めようと思って飛び上がったら・・・木に引っ掛っちゃって・・・相手の妖怪自体は大したこと無かったんだけど」
恥ずかしそうに自らの失敗談を告げる霊夢に、霖之助は苦笑しながら―――
「あぁ・・・そうかい・・・」
と返す他がなかった。
「とっ、とにかく服を持ってきてくれたんでしょ?―――見当たらないけど・・・まさか着ているとかじゃないわよね?」
「着ているわけ無いだろ!!君は僕をどう言った目で見ているんだい!?・・・あぁそれと、君に一つ残念なお知らせがある」
「・・・何よ?」
霖之助はまたもや苦笑いを浮かべると。
「実はだね。その・・・君が何時も着ている巫女服なんだが・・・最近里の方に顔を出していなかったから布の余りが無くてね・・・」
「つまりどういうことよ?はっきり言ってくれる?」
「とどのつまり一着しか繕えなかったんだよ。急を要するみたいだったからね・・・」
言い辛そうに語る霖之助に対し、霊夢は。
「なんだそんなことなの?別に良いわよ暫くは宴会の予定もないし・・・まぁその辺の妖怪が暴れても、その間はおとなしく退治すればいいだけの話だし」
―――だから早く服を頂戴、いい加減この格好恥ずかしいのよ。
と続けようとした霊夢を、霖之助が静止した。
「まぁ待ってくれ、話はそれだけじゃないんだ。とりあえずこれを見てくれるかな?」
そういって霖之助は、今までずっと背後に隠していた物を前に出した。彼の手にあるそれは丁寧に折りたたまれたいつもの巫女服であり、特に変わった様子もない。
何を出されるものかと若干警戒していた霊夢も、それを目にして安堵の息をついた。
「別に何時も通りの巫女服じゃない、もったいぶるからどんな変なのを寄越すのかと思ったわ」
「・・・とりあえず広げてみてもらえるかな?」
そう告げられた霊夢は巫女服を受け取り、己の眼前に広げてみる。
「おかしな所なんて無いように見えるけれど・・・色使いも何時も通りだし。大きさも―――」
そこで霊夢にある疑問が浮かんだ。それを立証するために己の体に手渡された巫女服をあてがって見る。
「横はそんなに変わらないのよね・・・」
確かにいつもより若干小さい気もするが、肩周りや胴回りにはさほど問題が内容である。それはつまり―――
「何でこんなに丈が短いのよ?上も・・・下も・・・」
いつも着ている巫女服よりも、上下とも明らかに短くなっていたのである。
厳密に言えば上はへその少し上の辺りまでしかなく、下に至っては膝上20センチという超ミニスカートであった。
困惑している霊夢に対し、霖之助がことの敬意を話し始めた。
曰く―――魔理沙が香霖堂に霊夢からの言伝を持ってきたのが一昨日。布地の余りが少なかったことを思い出したが丁度手持ちが無く、魔理沙曰く『早急に!』とのことだったので里に行くのはあきらめた。さて変わりになる物は?と探してみたところ、君が幼い頃に作った巫女服が綺麗なままで残っていたので、しょうがなくそれを元に繕い直した。しかしながら、結局肩周り等を広げた段階で生地が無くなってしまったため丈足らずになってしまった―――とのことであった。
「そういったわけだから新しいのを作るまでそれで我慢してはくれないか?もう直ぐ紅魔館のメイドが紅茶の葉を買いに来るから、そのお金が入ったら生地も買いにいける」
「・・・直ぐっていつよ?」
霊夢にとっては当然の疑問を口にする。なるほど事情が事情だし、今回は妖怪退治で調子に乗った自分も悪い。しかし流石にこんな服を何日も着ているのは恥ずかしい。出来ることなら明日にでも何とかしてもらいたいのが希望だったが・・・
「あぁ・・・たしか丁度一週間後だったかな?」
「一週間!?」
霊夢の希望は早くも崩れ去った。
「ちょっ、ちょっと待ってよ!?一週間もこんな服着続けろって言うの!?」
「すまないがそうなってしまうな。幸い今は夏だ、毎日寝る前に洗っても朝には乾いているはずさ。作りも丈夫にしたから、何回洗っても痛むことはないよ。」
「そんなこと気にしてないわよ!?私が気にしてるのはこんな際どい服着て一週間も過ごしたくないってことよ!!」
「そんなに際どいかな?」
「際どいわよ!!こんなの着て喜ぶ奴なんて、露出癖のある化け狐くらいのものよ!!」
クシュン!!
「―――む」
「藍さま、どうかなさいましたか?」
「いや・・・・・・なんでもないさ」
「や~ね~藍、風邪でも引いたんじゃないの?」
「妖怪が風邪を引くなんて話聞いたことがありませんが・・・まぁ、そうですね。ご老体にとっては単なる風邪といえども大事になる可能性がありますから。」
「・・・・・・・」
「・・・・・・・」
「・・・・・・真夜中に裸で飛び回ったりなんかしてるから、風邪なんて引くのよ」
「・・・・・・・・・橙。冷蔵庫にある紫様のプリン、食べてしまっていいそうだ」
「えっ?」
「本当ですか!?わーい!有難うございます紫様!」
「いやっ、ちょっ、そのプリンは私が楽しみに取っておいた最後の1つ・・・橙!待ちなさ―――え?なに?ちょっと離しなさい!藍!・・・だから。お願いだから離して頂戴!!藍!!そしてやめなさい!橙!!」
「橙、ちゃんと『いただきます』するんだぞ?」
「はーい!いただきまーす!」
「ちぇぇぇぇぇえぇえええええええええん!!」
「化け狐?あぁ紫のところの藍さんのことか。しかし本人のいない所で人を貶めるようなことを言うのは感心しないな」
「『人』じゃないからいいのよ!とにかく。こんな格好で一週間も過ごすなんて、私は嫌なの!おへそは見えちゃってるし・・・なによりこのスカートじゃ・・・その・・・下着が・・・」
―――脇を見せているのと何が違うんだ?そもそも、空を飛んでいる時点で下から丸見えなことに
気付いていないのかい?
とは口に出さずに、俯いて赤くなっている霊夢を見る。いつもの活発な霊夢とは対照的なその姿に霖之助は。
―――この子もこうしていると女の子らしいんだがな・・・
と、しみじみ思うのであった。
「まぁ確かに年頃の乙女が下着を出しっぱなしというのも品がないからね」
「そうでしょ!?だから下だけでもなんとかならないの!?」
なかなかに必死な様子で詰め寄ってくる霊夢に押されながら。
「落ち着いてくれ。すまないが、さっきも言ったとおりスカートを長くするのは生地が無いからできないんだ。だから対策と言っては何だがこれを使うといい」
そう告げると、霖之助は懐からあるものを取り出した。
「へっ?」
“それを”見た霊夢は思わず言葉を失った。
「おや?知らないのかい?」
霊夢が反応しないことを是と取った霖之助は、“それ”の説明を始め―――
「これの名称は『パンティ』用途は「知ってるわよ!!」
霊夢に打ち切られた。
「知ってたんなら言って欲しかったね」
説明を途中で打ち切られ憮然とする霖之助、一方霊夢は。
「急にそんなもん懐から出すから吃驚したんでしょうが!わかった。もうわかったから広げて見せないでーーー!!」
霊夢に見えやすいようにパンティを広げていた霖之助から“それ”を奪い取った。
「何でこんなものが対策になるのよ!?」
「何でって・・・下着が見えるのが嫌だったんだろう?それならスカートの下からはみ出ないから丁度良いじゃないか?」
「そうだけど!そういうことじゃないのよ!!」
「・・・?もしかして衛生面が気になるのかい?それなら安心したまえ。今君が持っている“それ”は、拾ってきたものを参考に僕が作ったものさ。流石に直接肌に付けるものだから拾ってきたものを渡すわけにも行かないしね。だから安心して履くといい」
「だからそうじゃないのよ!いやむしろこんなものに使える布があったんなら、もう少しスカートを長くしてくれれば良かったじゃない!だいたいこんな布に無駄遣いしてるからお金が足りなくなるのよ!!」
よくわからない怒りの矛先を霖之助に向ける霊夢であったが。
「その布はもともと別のことに使おうとしていたものさ。そもそも君の服とは素材が違うんだが・・・そんなに嫌ならツケを今すぐ清算してくれるかい?そうなれば話は変わってくるがね?僕の持ってきた服を着るか、そのまま襦袢を着て一週間過ごすか・・・よく考えるといいよ」
「ぐぅ・・・」
逆に言い返されてしまうのであった。
それから数十分ほど考え続けていた霊夢。どちらにも決めきれないようで未だにうんうんとうなっているが、そこに霖之助がある提案をしてきた。
「・・・・・・まぁ今回の件に関しては僕も責任がないとは言い切れない・・・君の服は僕が作っていたわけだからね。その在庫を切らしていたのは僕の責任だ」
「霖之助さん?急にどうしたのよ?」
「そのせいで君を悩ませることになってしまった訳だからね。だからお詫びに君の今までの付けをすべてチャラにしてあげようではないか」
「えっ!?」
霖之助の突然の提案に、霊夢は再び言葉を失ってしまった。
「・・・霊夢がどっちを着るにしても、これからの一週間は君にとって羞恥の連続となってしまうだろう?それに対する慰謝料みたいなものだと考えてくれれば良いさ」
「・・・・・・」
「出来れば折角作ったんだ・・・僕の持ってきた服を着てもらうとありがたいがね」
そう言い終わると、場は静寂に包まれた。そして数分後―――
「わかったわ・・・・・・」
と小さな声が聞こえたのであった。
「そうかい・・・ありがとう、と言うべきなのかな?」
「お礼を言うのはこっちかもね。でも本当にいいの?今までのツケをチャラになんて・・・」
「もちろんさ。むしろもう支払われ・・・ゴホッ・・・ま、まぁ君には何かと世話になっているからね」
「そうかしら?どちらかというお世話になってるのは私の方な気がするけど・・・」
何故か少し慌てた素振りを見せる霖之助。そしていつもの彼らしくない言い回しに首をかしげる霊夢。
「そ、そんなことはないさ。それより霊夢、とりあえず一回その服を着てみてくれないかい?」
多少強引な感じに話を変える霖之助。
「えっ?いま着てくるの?」
突然な事態に慌てる霊夢。
「一応は君のサイズに合わせたつもりなんだが・・・やはり実際に着てもらわないとわからないからね。少しくらいなら布がなくても調整できるから」
今度は懐から裁縫道具を取り出す霖之助。
「・・・いまじゃなきゃだめなの?」
霊夢はまだ心の準備がまだ出来ていないようであったが―――
「できれば今が良いかな?それともその服を着て香霖堂まで飛んでくるかい?」
「・・・わかったわよ」
しぶしぶながら、どこか嬉しそうな面持ちで着替えに行くのであった。
「・・・これで満足かい?」
霊夢の後ろ姿が見えなくなったのを確認した霖之助は、誰もいないはずの木に向かって話しかけた。
数秒後、木の陰から一人の少女が現れる。
「――――えぇ、完璧(パーフェクト)よ店主さん」
「――――感謝の極み。と返すべきなのかな?・・・アリス」
魔法の森の人形遣いと香霖堂の店主は、お互い不敵な笑みを浮かべていた。
「好きにしなさいな。とにかく、貴女のおかげで私はついに今日という素晴らしい日を迎えることが出来たわ!」
「・・・そんなに大したことかい?いつもと違った服を着るだけだろう?」
霖之助が何気なくそう呟いたとき、アリスの動きが止まった。
「・・・だけ・・・ですって?」
まるで地の底から聞こえてくるような声を出すアリスに、霖之助は己の失言を悔やんだ。
「私がいままで何着の服を霊夢の為に作ってきたと思っているの!?」
「いや・・・その・・・」
「そしてその全てを突き帰されてきた・・・メイド服もフリルつきエプロンもウエディングドレスもボンテージも!!・・・ふふっ、私とおそろいの服を送ったこともあったわね。これだけは何故かボロボロになって帰ってきたけど・・・」
――――霊夢って恥ずかしがりやなのよね。
遠い目をしながら過去を思い出すアリス。
――――作った服の部類がおかしいんじゃないか?
霖之助は心の中で呟くことしか出来なかった。
すると突然アリスが鋭い視線を向けてきた。
「それなのにあなたから渡したら受け取ってもらえるだなんて・・・妬ましい・・・」
「あれはどう考えても“僕が渡したから”じゃなくて“しょうがないから”受け取ったんだろう?だからその人形は仕舞ってくれないか?」
「・・・・・・まぁいいわ、つまりね?私が作った服を霊夢が着てくれるのをずっと待ってたのよ!そしたら丁度霊夢が着る服がなくて困ってるって言うじゃない?これはチャンスだと思ったのよ。たまには魔理沙もいい情報を持ってくるものね」
「・・・そうかい」
「“偶然”あなたの店に霊夢の服が無かったのも功を奏したわ!もし店主が先走って霊夢に服を渡してたら、私何するかわからなかったもの」
「・・・そうだね。何故か倉庫に入れておいた霊夢の服の在庫が“偶然”どこかに行ってしまったから・・・なぜか異様なほどの大金が代わりに置かれていたけど・・・おかげで僕の命は助かったみたいだけどね」
――――お買い上げ有難うございます。
と十中八九当たっているであろう購入者に、心の中で頭を下げた。
「流石に命まではとらないわよ・・・多分・・・。そして霊夢の服が無くて困り果てたあなたと、“偶然”霊夢の服を作っていた私の利害が一致した・・・そうだったわね?」
「そうなるね。君は霊夢に君の作った服を着てもらいたい、僕は無くなった巫女服の代わりをもらえて尚且つ君の好意で霊夢のツケは清算された・・・つまりお互いにとって損のない取引だったわけだ・・・」
「そうよ!霊夢だってきっとあの服を気に入ってくれるわ!だからこの取引は私もあなたも・・・そして霊夢もみんな幸せになる素敵なものなのよ!!―――あぁっ!早く天狗からカメラを強奪し(貰っ)てこなきゃ!!」
霊夢の姿を妄想し、暴走しそうなアリスに対し。
霖之助は酷く冷静になっていった。
「あぁ・・・その通りだよ・・・みんな幸せになれるんだ・・・」
―――だから。
と霖之助は続ける。
「お願いだからそのスペルカードをしまってくれないかな・・・・・・霊夢」
霖之助の一言は、天狗強襲計画を立てていたアリスを一瞬で現実に戻した・・・
ゆっくりとアリスが振り返るとそこには――――
脇!
ヘソ!
ミニスカ!
と三拍子そろった鬼がいた。
気まずい沈黙が辺りを支配する。誰一人として喋らない・・・いや霖之助とアリスの2人に限っては喋れない空間が出来上がっている。
そんな中、アリスは意を決して口を開いた―――
「ぐっ、偶然ね霊夢・・・」
霊夢の住んでいる神社に来ておいて偶然も何も会ったものではないが、今の言葉が現在のアリスの精一杯であった。
「早かったね?もう少しかかると思ったんだが・・・」
ハハハ――と乾いた笑いをあげる霖之助だったが、その足は尋常じゃないほどに震えていた。
それに合わせてアリスも無理やり笑い出す・・・もはや笑って誤魔化そうといった考えしか浮かばない2人であった。
「2人とも・・・」
そしていままで黙っていた霊夢がついに口を開いた。その体から出ている怒気とは裏腹に優しい声を出す霊夢・・・そして改めて霊夢の姿を見返した2人は、同じことを考えていた。
「最後に言いたいことはある?」
――――あぁ、自分達はここで死ぬかもしれない・・・いや死ぬな。
しかし今の2人にはそれ以上に、どうしても霊夢に伝えなければいけないことがあった。
「「霊夢」」
「なにかしら?」
一息の後―――2人は最後の言葉を伝えた。
「「なんでドロワーズをはいているの(んだい)!?そこはパンティだろ常――――――――
冒険するにはまだちょっと勇気の足りない霊夢であった。
読者の精神上の為にも分類欄にその旨をお願いします。
弄ら霊夢は大好物ですので、その点だけなら大満足なのですが、
アリスと霖之助のキャラ崩壊が目に付きすぎました。
分類追加いたしました
読んでみて一人だけ咬ませ犬的な感じでなかったので
そこまで強い嫌悪感はありませんでした。
壊れてる霖之助もなかなかどうしてですね
想像するだけでニヤニヤです。