「端的に言って、人手が足りんのだ」
沈鬱な表情で上白沢慧音が語る。
「ここのところ、やれ里の者の相談だ、やれ妖怪がらみの騒動の仲裁だと駆け回ることがしばしばで、ろくに自分の時間がとれていない」
はあ、と気のない返事で返す藤原妹紅であった。
「慧音が好きで焼いてるおせっかいでしょ。それを私に言われても」
「ああ、うん。私の独力でことが済むならそれでいいのだが、問題は寺子屋の運営だ」
と言って慧音は今いる部屋、上白沢寺子屋の教室内を見回した。妹紅も思わずその視線を追う。教室の後ろの壁には、拙い習字や似顔絵が所狭しと張り付けられている。
「なんだか……前より生徒が増えてない?」
慧音がうなずく。
「そこなんだよ。十や二十なら手に負えるが、不定期にしか来ない者も入れると現状で五十人を超えている。さすがに回しきれなくなってきた」
なんの相談かと思えばそんなことで、と妹紅は内心思う。
「里には、ほかに人間のやってる寺子屋がないの? そっちに引き取らせれば」
「むろん一部はそうした。だがどうしても私でなくてはという親御さんも多くてな。ありがたいことなのだが」
半妖怪の慧音がそこまで人間たちに好かれているのは驚きだ。もっとも、そんな彼女だからこそ世捨て人の妹紅とも交友を保っていられるのだろう。
「ったく、本当に妖怪らしくないやつだね。無理なものは無理と断るべきじゃない」
いつも理路整然とした話し方をする慧音だが、なぜか今日は歯切れが悪かった。
「うむ……その親たちの中には、ここの元教え子も多くてな。長年の信頼をむげにするのは心苦しい」
つきあいの長い妹紅には、彼女の悩みの理由がある程度は理解できた。いつでも人間の味方に立って、妖怪たちの横暴から里の平穏を守ってきた慧音にとって、人間に感謝してもらえるのは最大の報酬だろう。慕ってくれる者たちからの期待に応えなくてはという重圧に、いま彼女は押しつぶされかけている。
「私の本業は歴史家なのだよ、このままではそちらに支障をきたす。教育者のまねごとなど片手間の仕事だったはずが、いつの間にか大きな負担になっていて」
「いつになく愚痴っぽいじゃないの」
呼ばれてほいほい出向いてきたことを妹紅は少し後悔した。慧音はぐっと拳を握り、それを自分の胸元に押し当てる。
「ああ、人手がないものか。愛らしい子供たちを正しく導いてやろうという、優れた志を持つ人材がどこかにいないものか」
「ソイツハ、コマッタモンダネ」
いかにも演技ぶった態度で語り始めた慧音に対し、妹紅は平坦な口調で答えて背を向けた。その肩にぽんと手が置かれる。
「なあ。はっきり頼まないとわからないのか」
ゆっくりと振り向いた妹紅が目にしたものは、親友の満面の笑顔だった。
「ひと学級ほど受け持ってくれ、藤原先生」
「無茶言うな、私は物を教えられるような人間じゃない。向いてない」
慧音はゆっくりと首を横に振る。
「妹紅、おまえは自分を低く見積もりすぎだ。それに、あの組に関してなら私よりも適任だ。間違いなく」
あの組? と聞き返すと慧音はやや目をそらして答えた。
「うむ。わが寺子屋の、夜間部だ」
結局引き受けさせられてしまった。
おまえならできる、おまえしかできないと慧音に口説かれ、懇願されているうちに、妹紅も内心では乗り気になってきた。
世間知らずのガキどもにひとつ世の中の厳しさを教えてやろうか。慧音に連れられ、教室に一歩足を踏み入れるまではそんな気分だった。
「静かに、席につけー。突然だが今日からここの担任が変わる。知ってる者もいるかも知れんが、藤原先生だ」
慧音のあいさつなど妹紅の耳には入っていなかった。生徒たちの顔ぶれにただ唖然とするのみ。
うち何人かには見覚えがある。そうでない者も、ぱっと見ておおむね素性がわかった。端のほうから順に、闇妖怪、名も無き妖精、氷精、吸血鬼、猫又、蛍妖怪、毒人形、つるべ落とし、地獄烏。総勢九名の⑨どもであった。
「おい、慧音」
「教室では上白沢先生と呼んでくれ」
「……どうしろと」
「まずはイロハを教えるところからだな。まだ読み書きの達者でない者が多い」
決して目をあわせようとしない慧音。よく見ると額に汗が浮かんでいた。虚偽、作為、そして裏切り……そんなネガティブな言葉たちが妹紅の胸中を駆け巡る。
思わず怒鳴りつけてやろうとしたところで、生徒のひとりが飛び寄ってきた。両手でぎゅっと妹紅の腕をつかんで引き寄せる。
「うわあ。もこ、もこじゃないの。ねえ遊ぼう!」
とびきりの美少女が心底嬉しそうな笑顔でそう呼びかけてくる。特にアレな性癖の持ち主でなくともついにやけてしまう状況だろう。だが妹紅の背中からはどっと冷や汗が出てきた。
「こら、フランドール。授業が済んでからだ」
慧音がほんの軽く頭を小突くと、フランドールはしぶしぶ席に戻っていった。ほかの生徒たちが「だれ?」「しってるの?」などと彼女にひそひそ問いかける。妹紅も慧音の耳元に向かって小声でたずねた。
「アレはたしか、かなりいいお屋敷のお嬢様だろう。なぜこんな庶民的な所に」
ほかにも聞きたいことは山ほどあるが、まずはそこから。
フランドール・スカーレット、およそ五百歳の幼女にして吸血鬼。人間で例えて言うなら、天使の笑顔で蝶々の羽をむしりとるタイプのお子様である。
以前妹紅は、彼女の姉の策謀により、お茶会への招待という名目で屋敷に拉致監禁されたことがある。妹様の遊び相手という名の生贄にささげられ、数日にわたる壮絶な弾幕ごっこを繰り広げた挙句になんとか脱出できた。以来フランドールは、死んでも死なない程度の能力を持つこの玩具をいたく気に入ってしまったらしい。
「……いろいろあって、としか言いようがない」
斜め目線でにらみ続けていると、慧音は悲しげな顔になった。
「言ったろう、おまえにしか頼めない。本気で叱れない生徒なぞ初めてなんだ」
こんなに弱気な慧音は見たことがない、本当に困り果てていると見える。
「ひとつ貸し、ね。でかいぞ」
「すまん。説明でも謝礼でも、あとでできる限りは」
気がつくと、内緒話をしている二人を生徒たちがじっと見つめている。
「あー、おほん。おまえたち、今後は藤原先生の言うことをよく聞くように」
はーい、と声をそろえて返事が返ってくる。
「では級長、号令を」
はいっ、と元気よく答えて緑髪の妖精が席を立つ。
「起立」
彼女の号令に合わせて皆も席を立つ……約一名、桶の中でしゃんと背を伸ばしただけのつるべ落としもいるが。あそこから出れないという制約でもあるのだろうか。
「礼」
はきはきとした掛け声にあわせて皆ぺこりと頭を下げる。とりあえず、礼儀正しく授業を受けようという気持ちは共通しているようだ。いつもやんちゃばかりのお気楽妖怪どもにしては殊勝な心積もりだ。
「それでは頼んだぞ」
開始のあいさつが済むや、慧音はそそくさと教室を出ていった。あとで二人きりになったらたっぷりしぼってやる、と妹紅は決意する。
「さて。あー、どうしよっかな、私とは初対面の奴も多いわけだし」
やると決めた以上、中途半端で終わらせるわけにはいかない。高度な算術でも教えろと言われたなら困るが、簡単な読み書きをさせる程度なら誰だってできる。生徒がみんな人外なのは困りものだが、そこは気合でどうにかなる問題だ。
新米教師は生徒たちに背を向け、木製の黒板に力強く自分の名前を記した。くるりと振り向き、ばんと手の平で黒板を打つ。
「藤原妹紅、ちょっとばかり閻魔様に嫌われてる人間だ。これからよろしく!」
――夜間部指導日誌――
某月某日
○指導内容:自己紹介および各人の能力把握
偉大なる先達、上白沢先生の策謀により、本日から教職を拝命することとなった。覚えていろよ(慧音註:大変申し訳ない)。
まずは私からの各生徒への印象を記そうと思う。元担任殿にとってはすでにご存知の事とは思うが、こちらの認識に誤解がないかの確認も込めている。
ルーミア:どういう奴なのかよくわからない。注意散漫に見えるが意外と理解は早い。というか、かな文字どころか大抵の漢字はすでに読めるもよう。何をしに寺子屋に来たのやら。人間の子供を取って食おうだとか、そういう動機でないことを祈る。
大妖精:本名はこれでいいのか? よく気のつくしっかり者、とても妖精とは思えない。級長の適任はこいつしかいない。勉強を教わりにというよりも、チルノのおもりに来ているような印象を受けた。
チルノ:要注意その一。馬鹿とは聞いていたがここまでとは。勉学がどうこう以前に人の話を聞く気がない、実に妖精らしいといえばそれまでか。実力もわきまえずにフランやおくうに喧嘩を仕掛けるので見ていて危なっかしい。はたしてこいつに物を教える事が可能なのか、不安に感じる。
フランドール:要注意その二。初対面だったならそこまで気にならなかっただろうけど、天然の獰猛さはあいかわらず。面白半分に級友を亡き者にしようとするのはやめていただきたい。記憶力には優れるがあまりやる気が感じられない。
橙:一見生意気なようだが、年長者への敬意は忘れていない。主人の躾がいいのだろう。おおむね素直な奴という印象。ただし事あるごとに主人の自慢をするのはよろしくない傾向、もっと精神的自立が望まれる。
リグル:唯一の男子(慧音註:女子だ)。どちらかといえばおとなしいほうという印象を受けてしまう。実際はそうでもないのだろうけど、ほかが強烈すぎるので。授業中にチルノとフランの喧嘩に巻き込まれて負傷したので、一時中断して永遠亭に連れて行かせた。
メディスン:要注意その三。なぜか私と目を合わせてくれない、嫌われているのか? 暇さえあれば人形に語りかけているし、他の級友を見下したような言動も目立つ。字を教える前にその心の壁をどうにかする必要がある。
キスメ:とんでもなく無口、だが感情表現は豊か。話せないというわけでもないらしい。あの桶ともあいまって謎が多い。授業態度はいたって真面目、この分なら文字もすぐに覚えられる。
おくう:要注意その四。悪い奴ではないのだが、一度調子に乗せると手のつけようがない。本名は「空」? みんなおくうと呼んでるのでそれに従う。名前を書かせようと思ったが、自分の苗字のほうの漢字は忘れてしまったという。聞いた話が右から左に抜けていく部類のようだ。
某月某日
○指導内容:学習能力に応じた班分けおよび班長決め
先日の会合にて決定した通り、九人を三班に分けて試験の点数で競争させようと思う。基本的には生徒の自主性に任せ、やる気を失った班があれば適宜介入するという方向で。
とりあえずは席の近い順に分けることにした。編成は以下の通り。
・チルノ班(ルーミア、大妖精):
実質は大妖精班。彼女がいかにチルノをやる気にさせるかに全てがかかっている。
ここ数日の付き合いながら、奴のわがままさ加減にはうんざりしてきた。拳骨をくれてやっても、次の日にはお仕置きされたことすら忘れている。こいつに教育を施すことができたら幻想郷史に残る快挙ではないか(慧音註:残すべきだろう)。
・フラン班(橙、リグル):
仕切り屋のフランが自動的に班長となった。残る二人はわりあい真面目だし、フランも班内で一番になれるように努力するだろうから学習的にはあまり心配していない。
それよりも彼女らの精神的成長に期待したい。フランには他者の思惑を想像する力を、橙には自分で何かを達成する喜びを身につけてもらえれば、と思う。
・おくう班(メディ、キスメ):
正直に言って一番不安な編成。努力家のキスメはいいとして、おくうもその保護者を気取っているし、成果はともかくそれなりのやる気は出してくれると思う。
問題はあいかわらず孤立しているメディか。声をかければ目を合わせてくれるようにはなったが、やはり態度は冷たい。どうやら人間全てを憎んでいるらしい。困ったものだ。
某月某日
○指導内容:小試験へ向けた予行問題演習
授業そのものに特筆すべき事項なし。あいかわらずチルノは居眠りが多いしフランは私語が多い、この二人どうしたらいい?(慧音註:どうにもできんから頼んだのだ)
授業中、フランその他が私の昔話を聞きたがったので、予定を大幅に脱線して外の世界にいたころの体験を聞かせてやった。こういう話だとみんな真剣に聞いてくれるし、可愛いものだな。今後も授業に差し障りない範囲で生徒たちの気を引きそうな話をしてやろうと思う。
脱線ついでにもう一点。放課後、メディが「人形は好きか」と問うてきた。そのときは「さほどでもない」と答えたのだが、まずかったか。こいつ自身も人形の妖怪なのだから。
続けて「不要になったら捨ててしまうか」と問われたので、「捨てるぐらいならもとから必要ない。取っておくか誰かにやる」と答えておいた。こういう考え方、最近でははやらないのかもしれないが、一度染み付いた貧乏性は拭い去りがたいものだ。
きっかけはどうあれ、向こうから話しかけてきたのはよいことか。これを機にもっと会話を増やせるといいのだが。
ここからは私信的内容になってしまうが、人間の子供のように一律になにかを教わるというやり方は、妖怪たちには向いていないのではなかろうか。
彼らにも教育をという上白沢先生の意見はもっともと思うが、個々人の性格や能力の違いが大きく、そこが指導の妨げになっていると感じる。
某月某日
○指導内容:とても授業にならず
最初の小試験を実施する予定だったが、思わぬ事故により急遽中止した。
試験中になにやら異臭を感じ、生徒たちも具合が悪いと訴えだしたので原因を探ったところ、メディが放出した毒霧によるものだと判明した。リグルが倒れたので永遠亭に連れて行かせる。
意識して抑えていないと、ついあれを分泌してしまうらしい。生理的なものであればそう強くも言えないので、我慢できそうにないときは恥ずかしがらず教えるようにと注意するに留める。
しかしチルノが盛んに「メディがこいた、メディの屁こき」とはやし立てるので収拾がつかなくなる。やむなく二人を外に追い出して勝手に喧嘩させることにした。フランも混ざりたがったので抑えるのにひと苦労だった。
意外なことに、というべきか、観戦している生徒たちは同じ班の者を熱心に応援していた。ここ何日かの試みで共同作業させているうちに、仲間意識が芽生えてきたようだ。この連帯感を学習意欲に向けさせられればと思う。
先日は、妖怪に物を教えられるものかと愚痴めいた事を書いてしまったが、若干考えが変わったので再度記す。
読み書きそろばんの類の技術は、人の世で生きていくなら重要だが妖怪にはおおむね不要だ。人にも妖にもなりきれない私に教えられるのは、つまるところ周囲に気を配ってうまくやっていく程度の技術でしかないように思う。
ついでに簡単な作文や計算ができるようになれば御の字かと、そういう腹積もりでやっていきたい。
(慧音註:やはり任せて正解だった、今後とも頼む)
某月某日
○指導内容:小試験再実施、結果発表
先日中止した小試験をやり直す。今度はメディも我慢してくれた。
試験中は私語厳禁と言っているのに、平気で隣の者に助言を求める馬鹿が二名ほどいたので廊下で受験させた。
答案を回収し、採点していると、いつのまにか生徒が一人増えていたので報告しておく。
侵入者は永遠亭の妖怪兎だった。私が面白いことを始めたと聞いて、主人の命により様子を見に来たのだとか。
奴の態度が不愉快だったので、暴力をちらつかせつつ穏便に帰ってもらう。そもそもあの兎は私より年長ではなかったか? かな文字のなかった時代に生まれた者に教えるイロハはない。
今度時間が空いたら、また永遠亭に殴りこみにいこうかと思う。そのときは手伝え(慧音註:お断りだ)。
ちなみに採点結果だが、フラン班が皆ほとんど満点で一番だった。ごほうびによく褒めておく。チルノ班、おくう班はほぼ同点。どちらも班長が率先して平均点を落としていた。
最下位の二名には補習を受けさせる。こいつらがまともに字を書けるようになったら、次は漢字でも教えようか。
某月某日
○指導内容:身の回りを題材とした作文
ひととおりのカナを教えた区切りとして、皆に作文をさせることにした。題材は無難に「好きなもの」。
自分の意思を文字で表明したことなどない者たちばかりなので、突然の指示に当惑していたようだが、物でなく好きな人でもいいと言ったら筆が動き始めた。
文章をどうふくらませればいいのか悩む者が多かったため、「どういうところが好きか」「どうなればもっと好きになるか」を書くようにと指導した。
各人の好む対象は、おおむね自分の家族かそれに類する存在であるようだ。この辺は人間の子供と変わらぬようでほほえましい。
メディとリグルが同じ人物の名を挙げたことに興味が湧いた。メディの保護者のような女性で、花畑に住んでいるという。いつか会いに行ってみようと思う(慧音註:やめておけ)。
心配なのは、一人だけ「にんげん、おいしいから」と書いた奴がいることだ。どうしても食人衝動が抑えきれないというなら腕の一本ぐらい食わせてやってもいいが、それで人の味を思い出して凶暴化されてもまずい。人妖共存の難しさを改めて思い知らされた。
約一名「あたい、さいきょお」と書いた馬鹿は作文の意味がわかっていない。こいつの場合、「さ」の字と「ち」の字を間違えなくなっただけでもよしとしよう(慧音註:大した進歩だ!)。
事務的報告だけではなんなので、最優秀作品を添写する。これを朗読している途中、チルノがどんどんおとなしくなって、しまいにはうつむいて頬を染めていたのが印象深かった。いつもああなら可愛らしいのだが。
すきなもの だいようせい
わたしがすきなものはチルノちゃんです。なつはひんやりしていてすきです。ふゆはとてもげんきなのですきです。
わたしがうれしいときはいっしょにわらってくれます。わたしがかなしいときはげんきをだせとはげましてくれます。
だからチルノちゃんはわたしのげんきのもとです。チルノちゃんといっしょにいられてしあわせです。なかよしになれてほんとうによかったとおもいます。
チルノちゃんがよくおともだちとけんかをしてしまうのはざんねんです。チルノちゃんはおもったことをなんでもいうから、それであいてがおこってしまうことがおおいみたいです。
チルノちゃんはほんとうはとってもやさしいこなんだってみんながわかってくれれば、みんなチルノちゃんのことがだいすきになるはずです。
でもいちばんチルノちゃんのことをすきなのは、やっぱりわたしだとおもいます。これからもずっとチルノちゃんとおともだちでいられたらいいなとおもいます。
――
昨日の分までの指導日誌を読み返して、慧音は深く息をついた。今のは感嘆のため息だ。
我が友人に、ここまで教師の才能があるとは思わなかった。人間の子供よりはるかにわがままで凶暴な妖怪どもを、わずか一ヶ月ほどでこれだけまとめ上げることが可能とは。
無論、妹紅は強い。その気になれば、たとえ相手が長老格の大妖怪でも退治できる可能性がある。
だが今回の場合、その側面はあまり関係なさそうだ。彼女の千年を越える生涯によって培われた度量と包容力、そして世捨て人ゆえの達観――他人への押し付けがましさのなさが生徒たちをひきつけたのだろう。
慧音は顔を上げて教室内を見回した。授業はもう終わったが、まだ何人か居残った生徒たちがカルタ遊びに興じている。寺子屋への遊具の持ち込みは禁止だが、遊びながらでも教養が身につくものなら許可してある。
「おまえたち。そろそろ暗くなる、帰りなさい」
はあい、と少し不満げな返答が帰ってくるも、子供たちはカルタを片付け始めた。
「早くしろよ、夜の奴らが来るぜ」
小声でそんなことを言っているのが聞こえた。夜間部の存在は生徒たちのあいだで噂になっている。これからこの教室にはモノノケどもが集まるのだ、子供心には怖かろう。外の世界でも、夜の学校はかろうじて妖怪が生き残っている場所だと聞く。
「ほう。悪ガキどもでも妖怪は恐ろしいか」
お化けを怖がる子供がいたら、ついおどかしたくなるのが大人の悪い癖だ。
「そんなことねえ、あいや、ないですよ先生。悪い妖怪なんておいらがぶっ飛ばしてやる」
ガキ大将が握りこぶしを掲げてみせる。ちょうど同時に、教室入り口の木戸ががらがらと開かれた。
「うぃっす、けーね……お?」
妹紅が顔を出すと、子供たちの視線が一斉にそちらへ集まった。すぐにあわてて目をそらし、ひそひそ話を始める。
「誰だよ」「知らないの? 藤原先生」「うぇっ、夜の先生かよ」
人間の生徒はほとんど妹紅と接点がない。妖怪の一種かなにかと思っているのだろう。
「なんだ、私が珍しいかあ?」
妹紅も悪乗りして、にやりと笑いながら指をわきわきうごめかせた。子供たちは身をこごめ、目を丸くして妹紅を見つめる。道端で人に出くわしたときの野良猫のようだ。たまらず慧音が口を挟む。
「知っているか、おまえは皆に妖怪先生と呼ばれているぞ」
「は? いやいや、そりゃあんたでしょう」
二人のやり取りを聞いて、生徒の一人がぷっと吹き出した。たちまち子供ら全員に笑いが感染する。
「どっちも妖怪先生だあ」
「私は人間だっ!」
妹紅が怒鳴ると、子供らはびくりとしてまた黙り込んでしまった。再びおびえた視線で妹紅を見る。
「あ……」
教室内がいたたまれない空気に支配される。慧音が、大人げない奴めと言わんばかりの表情で妹紅を見る。そう怒るほどのことでもなかったなと反省していると、生徒の一人が話しかけてきた。
「笑ってすいません。でも妖怪の生徒は藤原先生に教わってるんですよね」
そう問いかけてきたのは、眼鏡をかけたいかにも真面目そうな少年だった。こいつのことはこれから『メガネ君』と呼ぼう、と妹紅は内心で決定する。
「そうだけど。ん? 妖怪に教えてる先生、って意味なら妖怪先生でもいいのか」
子供らは一度お互いに目を合わせて、それから口々に妹紅へ問いかけた。
「怖くないんですか?」「夜間部ってどんな奴らなの?」「なんで妖怪の先生なんですか?」
さっきは妹紅の姿を見ただけで固まっていたのに、さほどおっかなくない先生だとわかるや、たちまち興味が湧いてきたと見える。
「あー、まてまて。妖怪といっても、ここに通ってるようなのはみんなガキだしねえ。あんたたちとそう変わんないよ」
子供たちはじっと話の続きを待っている。これ以上なにを話そうかと考えていると。
「せーんせー!」
遠くのほうから大声で呼ぶ声が聞こえた。同時に、何か目に見えないプレッシャーが急速でこちらに飛来してくるのが感じ取れる。この気配は……
「いっちばーん。えへへ」
妹紅の背後、開け放たれたままの入り口からひとつの影が飛び込んできて、妹紅の腰の辺りにぎゅっと抱きついた。か細い腕には見合わない腕力でぐいぐい締め付けてくる。
「ほらね。こういう手合いなんだよ、私の生徒は」
今夜一番乗りの妖怪生徒はフランドールだった。授業開始よりかなり早い登校である。いつまでも抱きついたままなので、妹紅はひじで彼女の頭を押しのけた。
「なによう……あ、いたんだ人間」
見知らぬ子供たちの姿に気がつき、フランドールは妹紅からぱっと離れた。胸を張って腕を組み、横目で人間たちを見下す姿勢になる。さほど背たけの変わらぬ相手なのでなんとかサマになっている。
「うわ、妖怪っ」
子供たちの視線は目の前の少女に釘付けになっていた。見慣れぬ洋服、透き通るようなブロンド、日焼けを知らぬ肌。そして煌く翼に真紅の瞳。
こいつら、お互いにとって異質な存在なんだろうなと妹紅は想像する。
里の子供が目にしたことのある妖怪といえば、空のかなたを飛んでいく天狗の姿であるとか、夜道で人を脅かす狐狗狸のたぐいが関の山だろう。さほど霊感に優れた者でなくたって、彼女の放つ圧倒的な妖気はそこらの化け物と桁が違うと肌でわかるはず。
フランドールにしても、普通に生きて普通に死んでいく人間とは会話したこともなかろう。彼女の知り合いの人間ときたら、気に食わない妖怪を叩きのめすことなど朝飯前の外道どもばかりだ。
緊迫した空気に不安を感じてか、慧音がフランドールの視界に割って入る。
「どうした、やけに早いじゃないか」
「べつに。今夜は早起きしちゃったし、お部屋にいてもつまらないし……ん?」
子供たちから目をそらしたフランドールは、別の何か興味を引くものを発見したようだ。
「これなあに。スペルカード……じゃないか」
無造作に子供たちのそばまで寄っていったフランドールは、まだ片付けの途中だったカルタを一枚手にとって眺め回した。
「なんだあ、妖怪はカルタも知らないのか」
ガキ大将が馬鹿にしたように言う。フランドールがにらみつけると半歩だけあとずさったが、それでも負けじとにらみ返した。
「知っ……らないけど、カルタ? カードゲームの一種ね。あんたたちこれで遊んでいたんでしょ」
「かあどげ? なんだよそれ、言ってることがわかんないぜ」
悪ガキは調子に乗る、フランドールは怒りに腕を震わせる。無意識のうちにか、彼女の爪がにょきりと伸びて札に突き刺さった。
まずい、放っておいたら確実に惨劇が起きる。そう感じた妹紅はフランドールの持つ札をつまんで軽く引いた。彼女は爪を引っ込めて指を離した。
「カルタでもカードでもおんなじ、お札っていう意味よ」
妹紅が間に入ったことで怒りのやり場をなくしたのか、フランドールは唇をとがらせながら別の一枚を取り、文面を読み上げた。
「ころもほす、ちょーあまの、かぐやま。なんの呪文?」
的外れな疑問に子供たちがくすくすと笑い出す。だがひとりだけ笑っていない子がいた。さっきのメガネ君だ。
「呪文じゃなくて、和歌だよ」
「ワカ?」
彼はしばらく読み札の山をあさり、やがて一枚を取り出してフランドールに差し出した。
「はいこれ」
――春過ぎて夏来にけらし白妙の衣ほすてふ天の香具山――
持統天皇の詠んだ、有名すぎる和歌の字面(ふりがな付き)をじっと眺めるフランドール。
「つまりはポエムね。なんとなく意味はわかるけど」
わかんのかよ、とガキ大将が野次を飛ばす。
「むむう……春が過ぎて夏が来たし、シロタエさんの服をチョーアマのカグ山で干すのよ、ってことでしょ」
まあそんな感じ、とメガネ君はあいそ笑いを浮かべた。
「英語のポエムだったらいっぱい知ってるんだからね、言ったってどうせわかんないでしょうけど。ああもう、ルール、これのルール教えなさいよ」
プライドの危機を感じて、フランドールは子供たちに食ってかかる。メガネ君がカルタの遊び方を説明し始めた。
慧音は軽く嘆息して障子のほうを見やった。だいぶ日も落ちかけてきたことだし、できればさっさと子供たちを帰らせたいのだが、それではこのわがままなお嬢様が納得しまい。
ルールの説明を受け、フランドールは読み札を一枚ずつ熟読しはじめた。その間に取り札が並べられていく。勝ち負けに関係なく、一回やったら人間は帰る、という約束が慧音との間に取り交わされている。
「うん、覚えたわ」
そう言って読み札の束を慧音に渡す。うっそだあ、という声が上がり、フランドールはガキ大将をにらみつけた。このやりとり、すでに定番になっている。
妹紅にはひとつだけ心配事があった。勝負の行方なんぞはどうでもいいが、ひとつだけ言っておかなくてはならないことがある。
「いいかフラン。和歌とはもともと貴族のたしなみだ、華麗にやらなくちゃいけない」
「華麗に?」
フランドールが目をまたたかせる。思った通りこの娘、『華麗』という言葉は聞きのがせないらしい。たぶん『瀟洒』とか『優雅』という響きにも弱いのだろう。
「うむ。ばんと音を鳴らして、上から叩きつけて取るのはみっともないね。爪で札をひっかくのもマナー違反」
普通にカルタをやらせたら、フランは対戦者の腕を叩き潰すか切り刻んでしまうだろう。こんなお遊びで一生片輪にされてしまっては、さすがにガキどもがかわいそうだと妹紅は考えた。
「こう脇に構えて、水面の魚を狙う鳥のように……さっと札を弾く、それが一番美しい取り方だ」
「ふうん。いいわ、やってやろうじゃない。華麗に、美しく」
そう言ってフランドールは取り札に向かい合う。人間側は代表してメガネ君一人が向かい側に正座した。仲間うちでは彼が最強らしい。妖怪なんかやっちまえとまた野次が飛ぶ。
「静かに。では始める。両者とも全力を尽くすように」
と前置きして、慧音が開始の合図である序歌を読み上げた。次からが本番である。
「ひさかたの、光のどけき――」
動いたのはフランドールだった。目にも留まらぬ鮮やかな手つきで、『しづこころなくはなのちるらむ』の札をはじき飛ばす。
子供たちからいっせいに驚きの声が上がる。それはそうだ、さっきまで和歌の存在すら知らなかった奴が、なぜいきなり上の句の途中で札を取れるのか。
フランドールが動き出すまでの間、メガネ君はぴくりともしなかった。とはいえ、「ひさかたの」と聞こえた時点でとっくに出札の位置は特定できていた。
彼はガキ大将と違って空気の読める男だったようだ。一枚目ぐらいは妖怪の女の子に取らせてやるつもりだった。カルタを始めたばかりの者なんて、句を全部読み終わってもまだうろうろ探しているはず。だが現実ははるかに予想を上回った。
(知らないなんて嘘だった? いや、そんなふうには見えなかった、ってことは……)
そしてひとつの結論にたどりつく。この短時間であの子は、本当に百首を全部暗記しきったのだと。とても人間業ではない、だが妖怪ならありうると考えなくてはならない。
フランドールは鼻高々という表情になっている。メガネ君の瞳に闘志の炎が宿る。軽く咳払いして慧音が二枚目を読みはじめた。
「吹くからに――」
今度はメガネ君のターン。慧音は「ふくからに」と読んだが、この「く」の時点ですでに出札を目で追っており、「か」と「ら」の間ではもう札を取っていた。伊達に寺子屋チャンプではない。
子供たちから歓声が上がる。フランドールはあっけにとられ、もう札のなくなったスペースをじっと凝視していた。
――吹くからに秋の草木のしをるればむべ山風をあらしといふらむ――
小倉百人一首。文字通り百首の歌のうち「ふ」で始まるのはこの一首のみ、だからこそ可能な最速の一手であった。
このような、最初の一文字を聞いた時点で出札の確定する歌は全部で七首。取り札が敷かれた時点で、一字札の配置をみな暗記するのが定石中の定石である。
フランドールは唇をかみ、きっと対戦者をにらみつけた。だが彼の視線はずっと取り札に注がれたままだった。
「ちょっと貸して、けーねセンセ」
フランドールは手を伸ばし、なかば奪い取るようにして読み札をとりあげた。
「もっかい覚える!」
先ほどよりさらに入念に札を暗記していくフランドール。だが彼女は理解していなかった、この休憩時間はメガネ君にとってもボーナスタイムであると。
「やっぱすげえな、いけるいける」
「うん。ごめん、静かにして」
今の彼にほかの子供らの声はほとんど届いていない。配置を暗記しつつひとり作戦を練る。
(すばやさでは妖怪に勝てない。決まり字の揺れない札は不利。分岐の多い、例えば「あ」で始まるものは積極的に狙っていきたい……)
しばらくのちに、フランドールは無言で読み札をつき返した。受け取った慧音はそれをよく混ぜる。
「よし。もう中断はなしだぞ。では続ける」
あたりがしんと静まり返る。外からはチーチーと虫の音が聞こえだした。
「大江山、いくのの道の、遠ければ――」
どちらも動かない。今のは空札だ。
百枚の取り札のうち、実際に場に置かれるのは五十枚のみ。軽はずみな者のお手つきを誘い、より勝負を緊迫させるためにこのルールが存在する。
「忍ぶれど――」
今度はフランが取った、一枚目を取った時よりも格段に早い。
今のはしかたがない、とメガネ君は自分に言い聞かせた。「し」で始まる歌は二首。「しの」まで聞いた時点で「しのぶれど」を特定して、拾いにいく速度ではやはり妖怪には勝てない。
その後、慧音が二枚ほど読んだがどちらも空札だった。二人とも微動だにしない。お互いに相手のおてつきは期待できないようだ。
「フラン。頭が出すぎ、札の上に体がかからないように」
妹紅が、かなり前のめりになっていたフランドールを注意する。彼女は文句ひとつ言わずに体を引いた。よほど勝負に集中しているようだ。
そして。
「朝ぼらけ――」
メガネ君が、『よしののさとにふれるしらゆき』を取った。フランドールから驚きの声が上がる。
「えっ、どうして……あ、そういうこと?」
――朝ぼらけ有明の月と見るまでに吉野の里に降れる白雪――
――朝ぼらけ宇治の川霧たえだえにあらはれわたる瀬々の網代木――
決まり字が六文字目という困った歌もいくつかある。「あさぼらけ」のあとに来るのは「ありあけ」または「うじ」。
だが今の場合、後者は空札で場に置かれていなかった。それなら「あさぼ」まで聞けば前者の出札を特定できる。
ううむ、と慧音はうなった。人間の思考速度には、神経の伝達速度に縛られた絶対的限界があると聞く。でも妖怪にはそんなもの関係ない、気合しだいでいくらでも感覚を研ぎ澄ませる。フランドールの記憶力と反射神経はまさに悪魔的だ。
だがしかし、人間の積み重ねてきた歴史――先人の知恵、経験則、たゆまぬ修練はそれを凌駕しうる。
「センセ、続き」
「ああ。おほん。では」
――
「勝負あり」
と妹紅が告げたころには、すでにあたりはまっくらになっていた。ガス式ランプの明かりが教室内を照らしている。
「えー。なんで、もこセンセ」
「数えてごらん。残りを全部取ったってあんたの負けよ」
取り札は数枚しか残されていなかった。わりと接戦だったといえる。
じゃあもっかい、とごねるフランドール。約束だろう、と慧音がたしなめる。でもでも、とまだフランドールがぐずっていると。
「おー! こいつら食べてもいい人間か?」
今夜二人目の妖怪生徒、ルーミアが登校してきた。両腕を広げ、いつものぽかんとした表情で人間の生徒たちを眺め回す。
「よだれをふけ。こんなの食ったら腹を壊すよ」
「子供、好きだぞ。大好きだぞー」
どういうふうに好きなのかは聞かないでおこう。目を輝かせるルーミアの頭を妹紅が小突く。
「ほら、私が送る。さっさと帰るぞ」
慧音に急き立てられ、子供たちは荷物をまとめて立ち去ろうとする。
「待ちなさいっ」
フランドールが呼び止めた。
「あとでもう一回よ。次は私が勝つんだからね、このメガネ!」
「あ、うん。楽しみにしてる」
薄暗くてよく見えないが、たぶんメガネ君は照れていたのだろう。このこの、とガキ大将が彼の脇を肘でつつく。慧音に連れられて子供たちはじゃれあいながら帰っていった。
「はうー、にんげん……」
ルーミアは名残惜しそうな顔で、フランドールは不満げな顔でそれを見送る。やがてしばらくして。
「いっちばーん!」
「ええと、たぶん三番だよチルノちゃん」
「くそう、にばーん」
「どう見ても違うでしょ、頭が悪いの?」
「なにを。ええと、班長としては二番……って、フランもう来てるっ」
「はあ、はあ。速いってみんな」
どやどやと生徒たちが押しかけてきた。ここからが私の時間、と妹紅は気合を入れて教壇に立つ。
「ようし、みんなそろったな……橙、いつの間に来た?」
「スキマ通学です」
深くは突っ込むまい。
実のところ、今日は授業の内容を考えてきていなかった。それを慧音と相談するために早めに来たのだが、その必要はもうなくなった。
「さて。文字というものは、必要なことを最低限だけ伝えることもできるが、それだけじゃない」
黒板に、『もじをつかったあそび』と記す。
「あそび、と書いたけど、遊びの中でも特に程度の高いものは芸術と呼ばれる」
今書いた下の行に、『わか』と追記する。授業が始まる前からむすっとしていたフランドールが、この文字を見たとたんに注目しはじめた。よし、食いついてきてる。
「今日は、言葉を使った芸術、和歌をいくつか紹介しよう」
こうして今夜も、妖怪寺子屋の夜はふけていくのであった。
翌日。妹紅は少し早起きして、昼過ぎには住居を出た。最近すっかり夜型生活だがその程度で体調を崩すような体ではない。その足でとある古道具屋に向かう。
「御免、店主はいるか」
ここの半妖怪の店主は、外の世界から来た品を扱っているらしい。変わった店だとたまに聞くのだが、変わっているのは店のことなのか、店主のことなのか。
店内には何かわけのわからぬ機械が置かれていて、店主らしき男がそれをかちゃかちゃといじり回していた。
「いらっしゃい」
男は顔を上げてひとことだけそう言って、機械いじりを再開する。こいつもメガネ君だな、などとどうでもいい感想を抱いた。
「ここ、百人一首のカルタって置いていない? 三つそろえほどあるといいんだけど」
「探せばあるよ」
はあ、それだけか。客をなんだと思っている。妹紅は怒りを抱いた。掌を上に向けてそこに気を集中させる。ぼぼっ、という音を立てて、人の頭ほどの大きさの火球が発生した。
「そんなに商売したくないんなら、在庫処分を手伝ってやろうか?」
「あ、いや、僕が探せば見つかるよ。もちろんそういう意味だ」
店主はあわててガラクタの山をあさりだした。さほどに時間もかからずに目的のものが見つかる。
「ふうん、いろいろあるもんだね」
ほこりをかぶっていた三箱のカルタはどれも違う品だった。絵柄も筆跡も、紙質もさまざま。
「どれも違う時代の製品だね。外の世界じゃ昔ほどカルタがはやっていないようだから、そこそこ入荷がある」
そんなものなんだろう。むしろ、自分の生まれた頃とそう変わらぬ時代の歌がまだ残っていることに驚くべきか、という感想を抱く。
「いくら?」
尋ねると、店主は掌を向けて横に振った。
「お代はけっこう。それより君、最近おもしろい仕事を始めたそうだね」
妹紅はいぶかしんだ。なぜこいつが知っている。
「その姿、それからその能力。さすがに僕でも知っているよ、人里の守護者の盟友だろう」
「私も有名になったもんだね。確かに慧音の仕事は手伝ってるけど、そんなにおもしろいかい」
こっちの身の振りかたなんてどうでもいいだろうに、と続けて言おうとしたところで、店主が答える。
「ああ。実に興味深いね、君の生徒さんたちが」
「あんなガキどもに興味?」
この店主、実年齢は知らないが見た目の上では若い。だが里の男どもとは違って自分を見る目に下心がないので、なんとなくの付き合いやすさを妹紅は感じていた。しかしながら、うん、そういう趣味だというなら納得できる。
「好きにしたらいいよ。人からは理解されづらい願望ってあるものだしね」
実害がない限りそっとしておいてやろう。そう決意して、妹紅は箱を風呂敷で包み始めた。
「なにか、ひどく僕をおとしめる誤解をしていないか」
「大人の女にゃ興味ないって話でしょ」
がたりと音を立てて店主は席を立った。
「違うっ。外面的なことじゃなくて、あー、その存在が興味深いと言ってるんだ」
もう言わなくていいから、と思ったが彼の熱弁は止まらない。
「君のもとに集う妖怪たちは、そこらの雑魚とは格が違う。ある種族、ないし属性を支配できる者が多いじゃないか。猫の王に虫の王、あるいは氷の王、毒の王を自称できる者たちだ」
妹紅は荷物をとって肩にひっかけた。空いているほうの手で自分の額をとんとんとつつく。
「あんた、ここ大丈夫?」
「正常だと自覚しているよ」
不機嫌顔になった店主は、腕組みして何かぶつぶついいはじめた。気持ち悪いなあ、と身を引く妹紅。
「あいつらなんて、能力はともかく、やってることが人間のガキといっしょなんだから」
そう聞いて店主は顔を上げて眼鏡の位置をくいっと直した。まっすぐに妹紅の顔を見つめる。
「なんだ、自覚していないのか」
「なにがよ」
「子供に知恵を授け、優秀な大人に導くのが教育だろう。僕の興味はもうひとつ、教師が君であるということだ」
妹紅は黙って続きを待った。この男は放っといても勝手に持論を語りだすのだろうと予想がつく。
「人間は妖怪の教師になれない。力も時間も足りないからね。そして妖怪は、教師なんてめんどうな仕事はやりたがらない。個人的な師弟関係なら構築できても、それを複数同時に維持するなんて芸当は人間の組織力がないと無理だ」
店主のお説を聞きながら、妹紅はつま先でとんとんと床を踏み鳴らした。いらだちを隠せない口調で言う。
「慧音や私のしていること、無駄だと言いたいの?」
問い詰められても顔色を変えない店主。
「なぜそう解釈するかな、逆だよ。君たちは今まで誰もできなかった仕事に挑戦していて、しかも成功しつつある」
そう言って彼はしゃがみこんで、また機械いじりを始めた。ひとりごとのようにつぶやく。
「生まれも育ちも違う妖怪たちが、同じ指導者のもとに共通の知識をはぐくむ。すなわち教育による幻想郷の近代化だ。その事績が達成されたとき、新たなる主党派勢力が生まれると僕はにらんでいる」
どうもこの男、話の大風呂敷を広げるのが得意らしい。あまり真に受ける必要はないと妹紅は判断した。
「勝手ににらむがいいわ。カルタ、ありがとさん」
「毎度。ほかにも必要な教材があったら言ってくれ、可能なら用立てておくよ」
振り向きもせず、ひらひら手を振って妹紅は店をあとにした。またいつか、暇でしょうがない時にはこいつのホラ話を聞きに来てやってもいいか、などと思いながら。
しばらくそこらを散策して時間を潰したあと、また昨日と同じぐらいの時間に寺子屋へ出向いた。ちょうど授業が終わったところらしく生徒たちがわいわい騒いでいた。
「だからさ、おいらそいつに言ってやったんだよ。妖怪はカルタも知らないのかって」
自慢げに語るその声には聞き覚えがある。昨日の一件、彼にとってはすでに武勇伝と化しているらしい。
「うぃっす、ガキども」
がらりと木戸を開けて教室に入る。一斉に妹紅に視線が集まった。昨日も似たような状況だったな、と思い出す。
「あ、藤原先生」
メガネ君がぺこりと頭を下げた。またしても、誰、誰というひそひそ話が聞こえる。
「知らねえのかあ、夜の先生だぜ」
ガキ大将君が、偉ぶった言い方で皆に妹紅を紹介する。昨日までは自分も知らなかったくせに調子のいい奴、と思わず苦笑してしまう。
慧音は教卓に向かって黙々と書き物をしていた。この状況でよく集中できるものだ。妹紅は手にした包みをどさりと卓のすみに置いた。ひと段落ついたようで、慧音は筆をおいて顔を上げる。
「それは?」
「カルタだよ。昨日の日誌にも書いたけど、こいつを使おうかと思って」
「ああ。いちいち私に許可をとらんでもいい。好きに指導してくれ」
まるで夜間部を放任しているような言い方だが、その気使いのなさこそ慧音の信頼の証なのだと妹紅にはわかる。
「うん、それでね。フランの奴があのメガネ君と――」
妹紅が指差すと、本人は不思議そうな顔で教師陣を見た。
「――再戦を望んでいることだし、どうせならと思いついたんだけど」
そう前置きして、妹紅は先輩教師に自分の教育プランを説明し始めた。
――
「わがみよにふる、ながめせしまにー」
ルーミアが読み上げる。
「わがみ? えーと、わがみわがみ……あ、これ!」
びたーんとチルノが札を叩く。
「お手つき。こっちだよ」
「ほえ?」
大妖精が正解の札を取って文面を見せる。
「そっちは『わがみひとつの』でしょ。全部読まないと」
ちょっと困ったような笑みを浮かべつつも、あくまで優しく諭す大妖精。
「うー、おんなじじゃない、ほとんど」
「それを同じと言い張れるのがチルノだな」
えっへん、と言わんばかりに胸を張るチルノ。まるでわかっていない、今のは『チルノ』が『馬鹿』の代名詞だ。
「これがあたいの余裕。今のは大ちゃんに花を売らせたの」
「売るのかー」
「売らないよっ。花を持たせた、でしょ」
あのメガネの店主なら喜んで買いそうだと、横で聞いていた妹紅は思った。
「るみゃ、次」
言われてルーミアが次の札を読み上げる。句を最後まで読み終えてもまだチルノは札を探している。まるで十にもならぬ子供のようだ。
「えーと、あわれこと、あわれこと……ありゃ、『あわでこの』だっけ? もっかい読んで」
「はい。『あはれことしの』でした」
しかたなく大妖精が札を取る。さっきから彼女は、自分が一枚とったらチルノにも一枚とらせるというペースを守っているのだが、それでも相手の大量のお手つきのせいで大幅にリードしてしまっている。ここから負けてあげるのは至難のわざだろう。
こいつらの関係はこれでいいのかと妹紅は息をつき、別の島を見やる。
「いにしへの、じゃなくて。いにしえのならのみやこのやえざくら、けふここのえに……」
「読みかた違うでしょ」
たどたどしく読み上げる空に、メディスンが容赦なくダメ出しする。
「え、合ってるでしょ……合ってたよね、キスメ」
キスメは桶の端に手をかけたまま、ぼそぼそと告げる。あの体勢じゃ札を取りづらいだろうに。
「あのね、『けふ』は『きょー』って読むんだよ」
「補習まで受けておいてどうして忘れられるの。文字通りにしか読めないのかしら」
あいかわらずメディスンは言い方がきつい。何度か注意してみたものの、毒人形だもの毒ぐらい吐くわ、という理屈で押し通されてしまった。
「うーるーさーい。じゃあいくよ。いにしえの……」
過去を根に持たない――根に持つほど覚えていられない――空だからこそ、彼女に付き合っていられるのだろう。
「あ、これもう読んだっけ?」
昨日は生徒たちに和歌を教えた。有名どころをいくつか紹介し、その意味を説明した。
その後、各人に即興で何か詠ませてみたが、まあまともな歌になるはずもない。いかに先鋭的なスタイルの歌壇でも、『あたい、おまえを、かちんこちん』を和歌の一種とは認めないだろう。
そして今夜は、首尾よく入手できた教材を使用してカルタ遊びをさせている。
「よし、じゃ次な」
読み役は妹紅。堂に入った声調で朗々と読み上げる。
「……あ、はいっ」
「にゃにゃっ!」
リグルが手を伸ばした瞬間に、橙は横からすばやく札をかっさらった。
「ずるいよ橙、こっちが動くの見て狙ってない? 字を読んでないでしょ」
「ひとの努力は蜜の味、それが八雲流」
友の抗議をさらっと受け流す橙。あのろくでなしの主人どもに着々と毒されているようだ。
放置しておいたらいつまでももめていそうなので、妹紅はさっさと次の句を読み上げた。二人はあわてて札を探す。またもリグルが動いた。
「そこっ」
「ふっ……ありゃりゃ?」
またしてもリグルが取る寸前で奪い取る橙。だが獲物を確認して目を丸くした。取ったのは全然違う札だった。
「はい、おてつき」
「うぬう、たばかったな」
相手の動きを見てから横取りできる反射神経は大したものだが、読まずに取っているのでは簡単にフェイントにひっかかる。
橙は札を渡すと見せかけて、リグルの頭からぴんと伸びた触角をひっぱった。びくんと身をふるわせるリグル。
「あふっ。やだ、やめてよぅ」
ちょっと嬉しそうに見えるのは気のせいか? 橙は調子に乗ってより強くひっぱる。これ以上はお互いに手が出そうだったので、妹紅は二人の頭をごんごんと小突いた。
「仲良くしないと読んだげないよ。あんたたちは見学ね」
と軽く注意すると二人とも素直に謝った。今の場合リグルはあんまり悪くないような気もするが、喧嘩両成敗ということで。
まったく、と妹紅は心の中でつぶやいた。普段は弾幕ごっこに興じてばかりの妖怪どもだが、たまにならこういった室内遊戯も嫌いではないらしい。腕前はさまざまだが、みな思い思いに楽しんでいる。
ただひとつだけ妹紅にとって誤算があった。この授業を一番喜びそうなフランドールが、まだ来ていない。
各班内で読み役は順番に務めるように言いつけてある。そろそろ一周して、遊び方にも慣れてきたころだろう。ここでいったん休憩を挟む。
次は実力別に組ませてみようか。明らかにお馬鹿な二人は私が面倒を見てやるとして……などと考えていると、教室わきのほうからごとりと物音がした。生徒らは気にもしていない。
そちらのほうを見ると、縁側へ通じる雨戸がわずかに開いていた。向こう側から誰かが覗いている。妹紅が近づくとその人影は身を離した。だが逃げる様子はない。
妹紅は大きく雨戸を開け放った。
「フラン? どうした、待ってたぞ」
教室の様子をうかがっていたのはフランドールだった。妹紅が呼びかけても動こうとせず、呆然とした表情で教室内を見渡している。
「なんで……」
そうつぶやいて一度うつむき、また顔を上げた。目をいっぱいに見開き、唇を噛み、両手は自分のスカートをぎゅっと握りしめている。こういう顔をしている子供の次なる行動は、おおむね予想がつく。
「なんでそんな、おもしろいことしてるのよ……」
フランドールは大粒の涙をこぼしてしゃくり泣き始めた。泣きながらも何か言おうとしているがよく聞き取れない。妹紅も生徒たちも、信じられないものを見る目でフランドールを見つめた。
彼女の情緒が不安定なのは今に始まったことではない。不機嫌になっていたかと思えばすぐ笑い出したりして、そんなのはいつものこと。だがこんな風に、人前で大泣きするなんてのは初めてのことだった。
「うわ、なんなの気持ち悪い」
憎まれ口を利きながらも、メディスンが膝立ちの姿勢でいざり寄っていった。素直に心配なんてできないと見える。自分が注目されていることに気がつき、フランドールはあわてて涙をぬぐう。
「どしたフラン、うんこもらしたか?」
チルノも寄ってきて、遠慮なしの大声でたずねる。妹紅は反射的にその後頭部を軽くひっぱたいた。
「なわけないでしょっ、おもらしさんはひとりで充分よ」
「え、ちょっと誰のこと、それ」
メディスンが食ってかかったので、妹紅は二人の間に割って入った。するとフランドールは妹紅の腕にぎゅっと抱きついた。
「本当にどうした。らしくないじゃない」
妹紅が頭をなでると、フランドールは抱きついた腕に頬を寄せて、ささやくようにつぶやいた。
「来るの……」
来る? なにが来るというのか。『悪魔の妹』の異名を持つ彼女をここまで弱気にさせる存在とは。それに思い到ったとき、妹紅は背筋がぞくりとするのを感じた。
「お姉様が来るの」
フランドールのいつにない態度に気をとられてしまって気がつかなかったが、寺小屋の外のほうから殺気立った気配を放つ何者かが接近してくる。
妹紅は急いで外に出た。腕にすがりついたままのフランドールもついてくる。ほかの生徒はまだ状況が飲み込めていない。
二人は頭上を見上げた。
「帰りましょう、フラン」
やや欠けた半月を背景に、漆黒の翼と真紅の瞳を持つ少女が羽ばたいていた。
「授業中よ。あとにしてちょうだい、保護者のかた」
レミリア・スカーレットは妹紅をにらみつけ、吐き捨てるように言い放つ。
「必要ないわ、こんなくだらない教育」
妹紅の頭にかっと血が上る。あん? と言ってにらみ返した。その程度の威嚇で動じる相手でないことはわかっているが。
レミリアの唇の端からは、長く伸びた牙の先端が見えている。彼女もかなり気がたかぶっているらしい。
「私が家庭教師を依頼したのは上白沢慧音よ。そんな暇はないというから通学教育で我慢してあげたのに、今度は勝手に担任を変えられて――」
レミリアは不満げに語り続ける。教室にいた生徒たちも、この突然の来訪者に気がついて夜空を見上げた。あれがフランの姉さんか、と物見高い者もいれば、悪名高い『鮮血の悪魔』をまのあたりにして怯える者もいる。
「――その時点で気がつくべきだったわね。スカーレット家の者にはふさわしくないの、こんなお勉強ごっこ」
「言ってくれるじゃないか!」
妹紅はフランドールの手を振り払い上空に舞い上がった。レミリアの傲慢なもの言いには我慢がならなかった。その牙をへし折ってやると決意し、弾幕を見舞うために振りかぶる。
しかしそのとき、背後から冷たく鋭利な殺気を感じた。思わず動きを止める。
「十六夜咲夜、か」
振り向きたかったが、できなかった。前方のレミリアから目をそらすわけにもいかないし、下手に動いたらその瞬間を狙われる。挟み撃ちの形勢に持ち込まれてしまった。
妹紅は無鉄砲に飛び出したことを後悔した。いかにレミリアといえど、フランドールと妹紅を同時に相手にできるはずがない。ならば、彼女が最も信頼する従者を連れてこない理由がない。
「これは我々の問題、でしゃばらないで」
淡々とした口調で咲夜は告げた。その声から妹紅は彼我の位置関係を悟る。素手では届かない、だが火弾を練って叩きつけるには遅すぎる、そんな絶妙の間合いを維持されている。
レミリアは妹紅たちを見てにやりと笑い、眼下へと視線を移した。
「さあフラン、何度も言わせないで。あなたはそんな連中と付き合うべき身分ではないの」
優しくそう言って微笑み、手を差し伸べた。フランドールは目をそらしてかすれ声で言う。
「や……だ……」
「なあに、聞こえなかったわ」
姉の問いには答えず、フランドールは後ろへ振り向いて縁側を乗り越え、寺子屋内へ飛んで逃げ去った。
レミリアは急降下して妹のあとを追おうとする。しかし。
「なんのつもり」
ルーミアが両腕を横に広げ――まあいつもそんなポーズはしているけれど――レミリアの行く手をふさいだ。
「フランに友達、増えるのが嫌なの?」
チルノも隣に立ち、びしっと人差し指を突きつける。
「姉ちゃんが妹泣かしちゃダメじゃない」
「わ、ちょっとふたりとも、相手を選ぼうよ」
大妖精はおろおろして、二人の首根っこを捕まえて引いたがびくともしない。レミリアは鬼の形相で舌打ちをした。そして二人を無視して寺子屋内へ侵入しようとする。相手にするのも時間の無駄と判断したのか。
「むう……」
ルーミアが何かを念じる。空中に真っ黒な球体が発生し、一気に膨れ上がってレミリアの進路上に立ちはだかった。レミリアは、ルーミアが闇を操る妖怪であったことを思い出した。そしてあざ笑う。
「馬鹿ね。吸血鬼の瞳は闇をも見通す」
そう言いながら暗闇の領域に突入し――
「ぐっ……げほっ! むぐぐ、ごほっごほっ!」
激しくせきこみながら転がり出てきた。地面に膝をつき、胸をおさえて、のどをひゅうひゅうと鳴らして深呼吸している。
妹紅は見ていた。ルーミアは何もない場所に闇を発生させたのではない。闇の領域の核となったのはメディスンの操る人形だった。
レミリアの言動に怒りを感じていたのはメディスンも同様だったようで、彼女は人形から毒霧を放出させて、それをレミリアにまとわりつかせようとしていた。だがそのままだとバレバレの攻撃だったので、ルーミアはとっさに人形を闇で覆い隠した。
吸血鬼ご自慢の『闇を見通す瞳』とやらも、その内部が毒霧で満たされていることまでは見抜けなかったらしい。
「お嬢様っ」
咲夜があわてて主人のもとへ向かおうとする。その隙を妹紅は見逃さなかった。咲夜が降りようとする寸前に背後からしがみつく。
「あっ、この、離せ」
「こうなりゃ時間を止めても無駄だね」
なおも暴れる咲夜、だが格闘戦のキャリアでは妹紅のほうがずっと上だ。しっかりと抱きついて離さない。
「なあ、このまま自分ごと炎に包んだら、どうなると思う?」
耳元でそう脅すとさすがの咲夜もおとなしくなった。ほぼ同時にレミリアがなんとか呼吸を整えて立ち上がる。
「くっ、パチェの気分がわかった……」
そうつぶやく彼女の全身を、真っ赤な霧がとりかこんで渦を巻きはじめた。吸血鬼が数百年の生涯でその身に溜め込んだ血髄のオーラ、すなわち血気が収束していく。
「雑魚どもが、調子に乗るな!」
おたけびと同時に、猛烈な勢いでレミリアの全身から紅霧が放出された。彼女の前後左右、その四方にあるものをみな打ち砕き、吹き飛ばす。上空から見るとまるで巨大な十字架のようだった。
教室内の畳がまとめて引きはがされ、散乱していたカルタとともにぶちまけられる。雨戸が吹き飛び、庭を削り、石灯篭といっしょに夜空のかなたへ消えていく。建物の柱がへし折られ、数秒の間をおいて屋根が倒壊する。
「あ。あーあー」
「……やりすぎです、お嬢様」
レミリアの暴走開始からわずか十秒たらずのうちに、人間の里で一番の伝統を誇る上白沢寺子屋は無残な瓦礫の山と化した。
この惨状を見て、妹紅はすぐさま咲夜を開放して下へ降り立った。レミリアの動向は気になるが、今はそれどころではない。
夜間部の妖怪生徒たちはそこらの妖怪になど負けない実力者ぞろいだが、あの力の奔流をまともに受けて平気とは思えない。
勘のいい者たちはレミリアが苦しんでいる間にさっさと逃げ出していたが、全員ではなかった。
ルーミアとチルノは、早く逃げようと主張する大妖精にひっぱられてなんとか脱出に成功していたはず。確かメディスンもいっしょだった。無傷とはいかないまでも、直撃は避けられたはず。
あとは……と、妹紅があたりを見回すと、瓦礫に埋もれた柱の下に特徴的な布地が見えた。急いで掘りおこす。
「リグル、おいリグル」
返事がない。命に別状はなさそうだが、完全に気を失っていた。横からひょいと橙が顔を出す。
「ああ、逃げ遅れちゃったんですよ。なんかマントの端っこがそのへんに引っかかって」
なるほど。ファッションだかなんだか知らないが、こんなひらひらしたもの首に巻いてるから。
「橙は無事だったか。良かった」
「はいっ。なにがあってもおまえだけは生きのびろと言われてますから、もうまっさきに」
それも主人の言いつけか。間違ってはいないが何か釈然としない。
「あー。こいつを永遠亭に運んであげて」
「えー、またですかあ」
ぶちぶち文句を言いながらも、橙はリグルのふたつの触覚をむんずとつかんで引きずっていった。
あとは。
フランドールは、ほとんど崩壊しかけた書庫の壁に寄りかかって呆然とあたりを眺めていた。そこにレミリアが近づく。
「つかまえた。鬼ごっこはおしまいよ」
いまフランドールを連れて行かせるわけにはいかない。妹紅はスカーレット姉妹の間に割って入ろうと思った。だが咲夜と目が合う。互いに警戒して動けない。
「どうしたのフラン。私に腹が立ったでしょう、さあ違う遊びをしない?」
レミリアは人差し指だけで手招きしたが、フランドールの表情はこわばったままだった。
「やだって言ってるのに……」
この言葉に、レミリアも咲夜も驚いた瞳でフランドールを見た。今の反応がよほど意外だったようだ。
「本当にどうしたの、かまってあげるから、ほら」
レミリアがさらに一歩近づくと、フランドールは自分の体をぎゅっと抱きしめた。
「だって、お姉様に遊んでもらったら、そしたらお部屋に戻らないと……お部屋はつまんないの、だからもういやなの」
そう言ったきり、うつむいてしまった。
フランドールの身の上については妹紅も断片的に知っている。数百年も屋敷の自室に閉じ込められて、自分の姉および一部の側近以外とは口を利いたこともなかったという。
そしてたまに外に出たいと言っては暴れて、屋敷の者に総出で捕らえられて。そんなことを幾度となく繰り返してきた。慧音は彼女の境遇を不毛な生き方だと同情して、妹を寺子屋に通わせるようにレミリアを説得した。
しかし妹紅にはわかる、フランドールは姉から開放されたいなどとは思っていない。自分がいて、姉とその仲間がいて、その狭い世界で今まで充分に満足してきた。
永遠に決着がつかないことが前提の、演劇じみたいさかいを飽きもせずに繰り返す。はたから見たら馬鹿らしい喧嘩に勝った負けたと一喜一憂する。そうでもしていなければ正気が持たない、退屈と無常感で自分自身が殺されてしまう、その気持ちが痛いほど理解できた。
次になんと言えばよいのか誰も思いつかず、あたりが妙な沈黙に包まれる。
そのとき瓦礫の一角でどんと小さな爆発が起きた。皆がそちらを向く。そこにいたのは空だった。邪魔な瓦礫を自力ではじき飛ばしたらしい。
服のあちこちが破れているが、本人はいたってぴんぴんしている。彼女はまっすぐにレミリアをにらみつけていた。
「キスメが怪我した」
空の足元には壊れかけの桶があり、中でキスメがうずくまっていた。服の肩のあたりが破けて血が出ている。重症というほどでもないが痛そうだ。
「謝ってちょうだい、フランの姉さん」
空の瞳は怒りに燃えていた。咲夜が身構えたが、レミリアはそれを制して空へ歩み寄る。
「知らないわ、弱いのが悪いんでしょ」
謝れと言われて素直に謝る悪魔などそうそういない、どうしたってこういう反応になる。
空はレミリアをにらんだまま、だんと地面を蹴って宙へ舞い上がった。続いてレミリアも羽ばたき同じ高度まで上昇する。人間の里の街明かりを一望できる所でふたりは対峙した。
「キスメは強いの。いくら怖くたって逃げない、どんなに痛くたって泣かない」
空の右腕が変形する。肘から先が金属光沢を放つ角柱状の構造物に変わって、ぐんと伸びる。
「あなたは私の仲間を傷つけた」
レミリアに向けられた砲身に、膨大な力――核力――が蓄積されはじめた。レミリアの顔色が変わる。なにを言われても退屈そうだった瞳が期待の色に満ちていく。
「ふうん。太陽の力を授かった地底のカラス……あなただったのね」
空は答えない。右腕に装着した『第三の脚』の内部で分解と融合の力が加速していく。胸元に装着した円盤が光り、耳障りな警告音を発する。
「もっとお友達と遊んであげたら、フランも本気を出すかしら」
「うるさい!」
そう叫び、空は溜め込んだ力を一気に解き放った。巨大な光球がいくつも発生し、続けざまにばら撒かれる。月明かりを容易にかき消すほどの輝きで周囲が明るく照らされる。
レミリアは俊敏な機動で、弾幕の隙間を次々とすり抜けていった。だがその表情には焦りが見える。
「くっ、相性が悪いわね……」
博識な友人から聞いていた、太陽のカラスの力とやらは本物だったらしい。この光球の放つ光は自然の日光と同じ性質を持っていた。吸血鬼にとって極めて有害な、目に見えない『紫の外側の色』がレミリアの肌をじわじわと焼いていく。このままでは――
「馬鹿たれ、おくう、やめろ!」
レミリアの思考は妹紅の必死の罵声によって中断された。なぜ止めるのか疑問に思ったが、すぐに気がついた。無差別にまきちらされた攻撃のいくつかが人里に直撃するコースをたどっている。ひ弱な人間たちがあれを食らったら、両手の指の数では足りないほどの死者が出るだろう。
「くそっ、まにあえ」
妹紅は背中から炎を噴射させて飛翔し、両手を前に突き出した。そこからさらに盛大に炎が吹き上がり、翼を広げた鳥の形になって光球に体当たりする。相殺するには到らなかったが軌道を横に逸らすことはできた。さらに続けざまに火の鳥を放ち、次々と光球を弾いていく。
「あっちゃあ。ごめんなさい、せんせー」
空は攻撃をやめて妹紅へ呼びかけた。同時にレミリアが空の右下に回りこむ。
「勝負中に――」
まだ皮膚がくすぶって煙が出続けているレミリア。一度ぱんと手を打ち、両手の間に血気を通わせつつ両腕を広げる。瞬時に真紅の槍が形成された。
「――よそみしないっ」
力強く投擲された槍が、紅く輝く尾を引いて飛来する。狙いの先は空本人ではなく、最もやっかいなその武器。槍は正確に砲口に突き刺さり、砲身の内部で爆発した。
「あぐっ……でもこの程度!」
空は大きく羽ばたいて急降下し、レミリアのさらに下側に回り込んだ。地面をかすめるほどの高度で飛行しながら右腕を真上に掲げる。再びエネルギーを充填しながら頭上の敵をにらみつけた空は、気味の悪い違和感を感じた。
レミリアはほほえんでいた。腕を組み、たまにフランドールがそうしているように横目で見下して、心底楽しそうに。さっきの攻撃で空の実力は思い知ったはずなのに、なぜそんな顔ができるのか。
そしてもうひとつ、右手が熱い。神の力で核力の制御装置と化した第三の脚にはなんの感覚もないはずなのに。
「あーあ、お馬鹿さん」
気がついたときには遅かった。先ほどのレミリアの一撃によって、砲の先端にヒビが入っていたらしい。内側からの熱と圧力に負けてめりめりと亀裂が広がっていく。
「あ、あ……」
いまさら力を抑えるのは不可能だった。砲身のあちこちから真っ白な光が漏れ出して、次の瞬間には閃光とともに弾け飛んだ。
空の体がべしゃりと地面に叩きつけられる。キスメはそれを見て、桶ごとぴょんと跳躍して隣に降り立った。妹紅もフランドールの手を引いてすぐさま飛び寄る。
空はひどい怪我を負っていた。右手の指がちぎれ、あるいはありえない方向に曲がっている。二の腕がくの字に折れ曲がって、へし折れた尺骨の先端が皮膚を突き破っている。
キスメは呆然として、流れ続ける血液を凝視していた。
「負けちゃった、ごめん、ね……」
息も絶え絶えに空がささやく。キスメは首を何度も横に振った。いいから、もういいから、と言いながら泣きじゃくる。
妹紅は空の耳元に口を寄せ、聞こえるかと呼びかけたが返事がなかった。わきの下を圧迫して止血を試みるがあまり効果は無い。
「もう、なに無茶してるのよ」
そう呼びかけながら近づいてくる人影があった。メディスンだ。レミリアの暴走を恐れて一時避難していたが、さすがに放っておけなくて戻ってきたようだ。
「うわ、なんかこれ……」
空を抱きかかえる妹紅の姿を見て、メディスンは口もとを引きつらせて立ちすくむ。
「ねえ先生、大丈夫よね。おくう、馬鹿だからそのぐらい平気よね」
ぎゅっと人形を抱きしめて恐る恐る問いかける。見ると、彼女の人形もあちこちがボロボロになって壊れかけていた。後ろからルーミアがやってきて肩越しにのぞきこむ。
「馬鹿は死ねば治るという言い伝えが……」
おくうの容態を確認したとたんに顔をしかめた。冗談を言ってる場合じゃないと察したらしい。
「うーっ、れみりゃー! 今度はあたいが相手だ、首をかっぽじって待ってろ」
「ダメ、ダメ、駄目だってばあ」
上空を指さして威勢よく宣戦するチルノを、大妖精が必死に抱きとどめる。
めまぐるしく移り変わる事態に混乱しかかった頭で、妹紅はなんとか考えをめぐらせた。先ほどの事故で空は妖力を消耗しきっている。この出血ではいくら妖怪の生命力でも万一のことがありうる。せめて医者に診せるまではもたせないと。そのためにこの面子で今できることといえば――
「チルノ、ちょっと来て。頼みがあるの」
今にもレミリアに飛びかかっていきそうなところを呼び止める。チルノは嫌そうな顔をしたが、ほら呼んでるよ、と言う大妖精にひっぱられてしぶしぶやってきた。
「こいつの腕を凍らせて」
きょとんとするチルノ。妹紅の意図が飲み込めていないようだ。
「肩のあたりからがっちりとね。ただし、溶かせばすぐ元に戻るように固めるの。頼める? あんたじゃなきゃできない」
「ふ、楽勝よ」
言うが早いか、チルノは指先から冷気を放射した。傷口が真っ白な霜でおおいつくされて、たちまち分厚い氷塊になる。出血は完全に止まっていた。
「あとは……メディスン。あんた何種類ぐらいの毒を作れるの」
「え。数えたことはないけど、植物性のならなんでも」
さすが、と妹紅はつぶやいた。彼女を『毒の王』と評した幼女大好き男の発想も、さほど的外れではなかったらしい。
「じゃあトリカブトの毒をお願い。ただし、人間でもそのぐらいじゃ死なないっていう程度に薄めて、それをこいつに吸わせるの」
「いいの?」
今度はメディスンが当惑する番だった。妹紅はその目を見てうなずいた。
「それでいい、やってちょうだい」
メディスンは抱きしめていた人形を掲げて空の鼻先にかざした。しばらくすると、真っ青だった顔色にだんだんと血の気が戻っていく。トリカブトの毒――漢方でいう附子には強心作用がある。
「うわ、効いた。どうして?」
「医者に聞けば教えてくれるさ。さあ、早く連れていけ」
このあたりで妖怪を治療できる医者といえば一人しかいない。生徒たちは数人がかりで空を持ち上げ、宙に浮かび上がる。
おくうが介抱されているあいだ、キスメは桶のはしに手をかけてうつむいていた。そこへメディスンが人形を手渡す。
「スーさんも運んであげて。自分で飛べなくなっちゃったから」
キスメは人形を抱きしめてうなずき、皆のあとをついていく。
「よし、あとはまかせて。仇はあたいが討つ」
「ちょっ、チルノちゃんじゃなきゃ溶かせないでしょ」
なんとなく助かりそうな気配になったので、幾分ほっとした顔で飛び去ってゆく生徒たち。
だがフランドールだけはずっとその場に立ち尽くしていた。先ほどから彼女は一言も発さず、身動きひとつもせずに、上空にいる姉をにらみ続けている。その鬼気迫る表情に誰も声がかけられなかった。
「手当ては済んだのかしら」
今までの様子を黙って見おろしていたレミリアが徐々に高度を下げてきて、呼びかける。
「準備運動はもうたくさんなのだけど」
「黙れっ」
反応したのは妹紅だった。思わず一歩踏み出した彼女に対して、咲夜がナイフを取り出して身構える。あくまで主人の援護に徹するつもりらしい。
「気を悪くさせたかしら。今の子がもっと手ごわかったなら、そっちがメインでもよかったのだけど、自分の力に振り回されているようじゃね」
そこまで語って、視線をフランドールに移す。
「ねえフラン、わたしはあなたのお友達をいじめたのよ。こんなお姉様のことどう思う?」
レミリアは悠然と微笑みながら胸元へ手を当てた。見えすいた挑発だ。
「相手にするな。そんなに帰りたく……」
そんなに帰りたくないんなら、私が面倒を見てやる。妹紅はそう言いかけたが最後までしゃべらせてもらえなかった。
「お姉様なんか。お姉様なんか――」
フランドールは両腕を大きく振り上げ、その姿勢のまま勢いよく飛び上がった。彼女の両翼がいっそう輝きを増し、そこから全身に魔力が流れ込んでいく。
「――だいっきらい!」
振りかぶった両手から一筋の閃光が走り、ぎゅんと長く伸びる。長大な剣となったその光条がレミリアに叩きつけられる。
「本当に手間のかかる子」
レミリアも両手を前に突き出した。十本のか細い指先から血の色をした光線が照射される。光の帯が絡まりあって網目状になり、フランドールの振るう大剣を受け止める。二人の繰り出す弾幕によって周囲の地面があかあかと照らし出された。
「どうしてよ、なにがいけないっての」
叫びながら今度は横薙ぎに光の剣を振るう。命中の寸前に、レミリアは全身を蝙蝠の群れに変化させて攻撃を回避した。さらに蝙蝠たちが一斉に口を大きく開いて小粒の弾丸を吐き出す。体勢の崩れていたフランドールはこれをかわすことができず、何発か被弾する。
「あきれた。それも知らないで逃げ回っていたの。ひとりでお出かけなんてまだ早かったかしら」
元の姿に戻ったレミリアは、そう聞こえよがしのひとりごとを口にして顔をそむけた。
「んなっ、なっ、なによ、いつも子供あつかいして」
「事実じゃないの」
「バカー!」
逆上したフランドールはあたり一面に向けて魔力の弾丸を放射した。一撃だけでは終わらず、脈動するように何度も放出が繰り返されて夜空に波紋が描き出される。レミリアはその周りを旋回し、魔弾のリングの隙間を次々とくぐり抜けていく。
はた目には仲良く踊っているようにも見えるその光景を見上げながら、妹紅は尋ねた。
「あいつら、いつもこんな喧嘩を?」
「ええまあ。どちらかが退屈に耐えかねたときには、よくあんなふうに。というかあなただって似たようなものじゃなくて」
さらに咲夜が何か言いかけた時、瓦礫を踏みしだいて近づいてくる足音が聞こえた。ふたりともそちらへ軽く振り向く。
「おい、これはどういう……なにがどうなった、おい妹紅、咲夜、答えろ!」
上白沢慧音は、ほとんど泣きそうな顔になっていた。いつでも冷静沈着を絵に描いたような彼女がいまはあからさまに取り乱している。
「どうもこうも。生徒の保護者のかたが、ほら」
と言って親指で上空を指し示す妹紅。
「見ればわかるっ。なぜやつらが暴れてるんだ。私の、寺子屋で……」
「正確に言えば、寺子屋跡地ですけど」
慧音はがっくりと膝をつき、さらに両手まで地面について肩を震わせた。
「何が間違っていたんだ。妖怪を教育してやろうだなんて、無益な思い上がりだったというのか。そうだよな、でなければ、ククッ、こんな酷いありさまにはならないものな」
放心状態でぶつぶつとつぶやき続ける慧音。教師は本業ではないなどと言いつつも、実はかなり愛着がある職場だったらしい。
妹紅は駆け寄り、親友の肩をつかんで強引に引き上げた。
「あんたまでそんなこと言うの」
涙目の慧音と至近距離で目が合う。妹紅の瞳は真剣そのものだった。
「無意味なんかじゃない。私らは間違ってなんかいない。まだ短い間だけど、あいつらは確実に成長していた、これからだってそう。諦めるには早い」
そう言いきって妹紅は手を離した。慧音はぺたんと座り込み、まだ呆然としている。
「ねえ咲夜」
「なあに」
面倒そうに答えた咲夜はいつのまにかナイフをしまっていた。
「あんたの主人はなにがそんなに気に食わないっての。フランを独占したいのなら、ずっと屋敷に閉じ込めておけばいいじゃない」
咲夜の頬がぴくりと動く。
「見くびらないでちょうだい。お嬢様は誰より妹様の将来を案じていらっしゃる。ここに通わせたのだって、ほかの妖怪と触れ合う機会を設けるためよ」
言いながら、咲夜は視線を上に走らせる。
「じゃあなぜ急に気が変わった」
「むしろこっちが聞きたいわね。どうして妹様を人間の子供と遊ばせたの」
上空では休むことなく激闘が続いている。レミリアの形成した真紅の槍が、鎖が、ナイフが次々とフランドールに襲い掛かる。
「どうフラン、楽しんでる?」
その表情からはいつもの余裕がなくなっていた。フランドールも顔をこわばらせている。
「楽しくない。ぜんぜん楽しくない」
フランドールが腕を一振りすると、縦横無尽の弾列が彼女の周囲をとりかこんだ。空中に設置された魔弾の網が押し寄せる数々の武器を受け止め、打ち砕く。レミリアは目を細め、次なる攻撃のために意識を集中させる。
「……ずいぶんと腑抜けてしまったのね。人間なんかと馴れ合うからよ。反省なさい!」
レミリアは目を見開き、束ねた光弾をまとめて解き放った。幾重もの篭目を突き破った攻撃がフランドールを打ちのめす。
血を分けた姉妹相手に容赦ない攻めを、と妹紅は思った。今のを常人が食らったら十回ぐらいは死ねる。これまで喧嘩両成敗の掟で生徒たちを仕切ってきた妹紅だが、この争いに割って入るのは無謀すぎる冒険だ。
「そんなの、お姉様に人のこと言えないじゃない……」
しゅうしゅうと煙をたてて負傷を自己治癒しながら、フランドールはうめくように言った。それに対してレミリアは小首をかしげる。
「私はいいの」
「うわ、ずるっ」
ふうっと一息ついて、しばし攻撃の手を休め腕組みするレミリア。あくまで『遊んでやってる』という態勢を崩したくないと見える。
「普通の人間なんて眼中に無いから。私たちと交際する資格があるのは、特別に力ある人間だけ」
フランドールは反論せずじっと姉をにらみつけた。レミリアは言葉を続ける。
「弱い者たちは、強い者を恐れて忌み嫌うわ。表向きは友好的に見えても、それは相手の怒りを買わないように媚びているだけ。そんな連中に興味なんて持つべきじゃないの」
フランドールはうつむいて、ぎゅっと拳を握りしめた。そして顔を上げる。
「そんなことない。ただの人間にだって面白いやつはいるんだから」
「ふん。相手の実力も理解できない愚か者なら私たちを恐れることもないのでしょうね。でもそいつらだって、自分の目の前にいるのがとてつもない怪物だと知ったら、とたんにおびえて逃げ出すわ。あなたはそんなあつかいに耐えられるのかしら」
このレミリアの問いかけには、はたで聞かされているだけの妹紅も胸をえぐられる思いだった。隣でうつむいている慧音も同様だろう。
いままで仲良くしていた人間が、ある日急に自分を避けるようになる。ひどいときには『この化け物』と呼ばれる。そんな経験は数え切れないほどある。はじめの何度かは悲しかったが、やがてはそういった境遇にも慣れていく。
だが、もしフランドールが同じ目にあわされたら、きっと彼女はその裏切りを許さないだろう。怒りに任せて相手を八つ裂きにしてしまい、そして自分の行いを後悔するのだろう。また屋敷に引きこもって二度と外に出てこないかもしれない。
「嘘よ。お姉様の嘘つき」
フランドールはぐんと高度を上げてレミリアの真上に陣取り、再び身構えた。
「力の差なんて妖怪同士でもおんなじじゃない。あいつらだって――」
脳裏に友人たちひとりひとりの顔を思い浮かべてみる。
「――馬鹿だけど、たいがい弱っちいけど、私を怖がってなんかないもん」
二人の間の空間が波打ち、そこから膨大な数の光弾が湧き出した。色とりどりに輝く球体が豪雨のようにレミリアに降りかかる。レミリアも負けじと、降りそそぐ攻撃と同数の刃を撒き散らして迎え撃つ。
「人と妖怪は違うのよ!」
「どう違うのよ!」
あたり一帯は弾幕同士のぶつかる轟音に包まれている。言葉を伝えたければ怒鳴るようにして話さないと聞こえない。
「人間はいつか死ぬの、わりとあっさりとね。どれだけお互いわかりあっていても、遠からず別れる運命にある」
つとめて感情を抑えて語るレミリアに対し、フランドールはむきになって反駁する。
「知らないっ。ずるいわ、お姉様ばっかり楽しいことして。私はずっと一人ぼっちで!」
レミリアはぐんと高度を上げて距離を詰めた。相殺しきれない敵弾がいくつもその身を削るが、即座に負傷が再生していく。
「だからあなたは餓鬼なのよ」
そう言いながらすれ違い、レミリアはフランドールのやや上方に陣取った。無秩序にばら撒かれているように見えるフランドールのこの弾幕だが、その軌道には一定の法則があることをレミリアは知っていた。だから正面からの撃ち合いを避けて、攻撃の死角になる地点を確保した。
地上からでは二人のこのやりとりは断片的にしか聞こえなかった。だが話の大筋ぐらいは把握できる。咲夜は妹紅を横目で見ながらこぼした。
「お嬢様だって、ただ無策に時を過ごしてきたわけじゃないのよ」
「なんの話?」
妹紅が問うと、咲夜は正面から妹紅に向き直った。
「数百年もの間ずっと待ち望んでいらしたの。妹様が興味を抱くにふさわしい人間が現れるのを、ね。そして今がまさにその時代。お嬢様がたに対して気後れしないで付き合える人間が、私を含めて何人も周りにいるのだから」
「気の長い話だね。そんな偶然がやってくるのを延々と待ってるだなんて、無策と変わりないんじゃないの」
妹紅が呆れ顔で言うと、咲夜は首を横に振った。
「お嬢様がこうあれと願えば、それは必ず実現する。運命を操る力と言っても過言ではないわ。いつどんな形で叶うのかまではご存知ないようだけど」
何を言ってるんだか、と言わんばかりに妹紅はため息をついた。このメイドは自分の主人を運命の女神様だと信じ込んでいるらしい。
「わかった、どうでもいい」
「……妹様には今がとても重要な時期なの。私が寿命で死ぬ程度まで時間をかけて、命には限りがあるのだと実体験でゆっくり学んでいただく計画だったのよ。それが昨日突然、『寺小屋で人間と遊んだ』なんてお話を聞かされて。その出会いがいい結果に終わる保障なんてどこにあるの」
いらだちをあらわにして詰め寄る咲夜に対し、妹紅はちっと舌打ちで答える。
「過保護なやつらだね。あんた、レミリアの力は信じるくせにフランの人を見る目は信じられないっての。やっぱり――」
やっぱりあんたはレミリアの家来なんだね、と言いかけてやめにした。そもそも『妹様』だなんてもって回った呼び方をするのはなぜだ、あんたは自分の主人の都合しか考えていないのか、ぐらいのことは言ってやりたかったが、それを口にしたらいらない喧嘩になりそうだ。今はそんな口論をしている場合じゃない。
「――あいつらをこのまま放っとくわけにはいかない、なんとか隙をみて止めないと。あんたも手伝いなよ」
妹紅が目をそらして再び上を向くと、咲夜もその視線を追った。
「あれを力ずくで止めろというの? 無理言わないで」
「私だって無理だから相談してる。なにか仲裁のとっかかりが欲しいところだけど」
二人で途方に暮れていると、脇のほうでぱんぱんと物音がした。見ると慧音が立ち上がって衣服についたホコリを叩き落としていた。さっきまで自失状態でしゃがみこんでいたのが、やっとこちら側の世界に返ってきたらしい。
「おい、妹紅。これはおまえが書かせた物だろう」
慧音は一枚の紙切れを差し出した。はしのほうが擦り切れているが文面を読むのに支障はない。一読して妹紅ははっとなる。
「あ、確かに、うん。なんで慧音が持ってるの」
「なんでと言われても、たまたま足もとにあったから目に付いただけだ。偶然というかなんというか」
咲夜も横からその文面をのぞきこみ、しばらく読んでから再び上空を見上げた。
「ったく、素直じゃないんですから」
レミリアは攻撃をやめて、フランドールの猛攻をぎりぎりで回避しながら語りかける。
「ひとりは寂しいとあなたは言うけど、いままでだってかまってあげていたつもりよ。私では駄目なの?」
「言ったでしょ、お姉様なんて大嫌い」
今にも泣き出しそうな口調で撃ち続けるフランドールだが、その攻撃は今一歩のところで姉に届かない。
「なら好きになさい。そのへんの妖怪とでも仲良くしたらいいわ」
言い方は冷たいが、レミリアの瞳はやや和らいでいた。今までにどんなおもちゃを与えても最後には必ず叩き壊してしまった妹が、今は友人のために本気で怒っている。それだけでも十分な収穫だった。
「だけど私の知らない人間とはつきあっちゃ駄目よ。わかった?」
「うるさいっ」
いっそう勢いよく光弾を巻き上げるフランドールだったが、レミリアの身にはこれ以上傷ひとつつけられなかった。ほどなくして嵐のような奔流も収まる。さすがに魔力切れ間近だ。フランドールは両腕をだらんと垂らし、息を荒くして懇願する。
「もう、指図なんて、しないで……」
「わかったわ。そのかわり――」
レミリアは冷たい瞳で微笑む。
「――勝手にあなたに近寄る人間は、みんな私が殺してあげる」
フランドールは絶句して、ただ姉を見つめるしかできなかった。この発言には下にいる三人も驚く。
「馬鹿な。そんなあとさき考えぬことが……」
思わず漏れ出た慧音の言葉を、咲夜が否定する。
「きっと本気よ。お嬢様はすると言ったらする」
妖怪の住まう領域ならともかく、人里に暮らす罪もない人間を手にかけるなど幻想郷の秩序への挑戦だ。体制側の連中――橙の主人が所属している一党が黙ってはいまい。
だがあのレミリアは、かつて幻想郷から日光を奪おうとした前科持ちだと聞く。加えて、彼女が妹に対して並々ならぬ執着を抱いているのは見ての通りだ。咲夜の言うとおりやると言ったらやりかねない。妹紅は軽く身震いしてレミリアを見上げた。
「わかってちょうだい、これはあなたを守るためなの」
フランドールは首を横に振り、何度か口を開け閉めしてから言った。
「人間なんて、すぐ死んじゃうんだから相手にするなって言いたいんでしょ。でもお姉様がよく遊んでるのだって同じ人間じゃないの。どうなの、なんでよ」
ええとね、と言ってレミリアは頬に手を当て首をかしげる。
「すごく楽しいからよ」
「はあっ? そんなのあり? いいかげんにして」
物騒な弾幕をばら撒きさえしなければ、ありがちな口げんかの図である。
「人間ってとてもおもしろいわ。たった一年とか二年とか、そんな虫ケラの一生ぐらいの時間でもどんどん成長する。出会うたびに新しい発見があるの。妖怪どうしでは考えられないことね」
フランドールが腕を震わせてにらみつけても、レミリアは気にも留めないそぶりで語り続ける。
「どうせ置いていかれるのは私のほうだとわかってるのだけど。あいつらがいなくなったら、きっととんでもなく退屈になる。人間なんかただの餌だと考えていれば、喜びも苦しみもないのでしょうけど。それでも――」
いつのまにかスカーレット姉妹の周囲が希薄なモヤに包まれていた。二人が無意識のうちに放出した紅霧によるものだ。全てがうっすらと赤く染まった空間で、レミリアの瞳がより紅く輝く。
「――百年の退屈が待っていようとも、ただ一度の熱い夜を私は望むの。あなたに同じ覚悟があるかしら!」
高く掲げられたレミリアの両手から莫大な数の紅弾が湧き出す。あかるく輝くもの、鈍く光るもの、大小さまざま。それらはまっすぐに目標を狙わずに、決して抜け出せない包囲網を敷いてじわじわとフランドールへ迫っていく。今まで撃ってきたような、見た目は派手だが見切りの余地がある攻撃とは性質が違う。確実に獲物を仕留めるための弾幕。
「わかんない、知らない、関係ない……」
フランドールは両目を閉じて、祈るようにささやいた。そして少しずつ目を開いていく。
「私はまだ、もこセンセに教わることがいっぱいあるの。あのお馬鹿な奴らと遊んであげないといけないの。今度こそカルタで勝たなくちゃいけないの」
両の瞳いっぱいに涙があふれ、ふたすじこぼれ落ちる。
「私はもう、おもちゃを壊してお部屋で泣いてた私じゃないんだから!」
二人の周囲でいくつもの閃光がはじける。水面に沸き立ち続ける泡のように、数え切れないほどの波紋が重なって複雑きわまる図形を描く。それらはレミリアの放った弾幕をたやすくかき消し……ただけでは終わらなかった。まったく勢いが衰えることなく、あらゆる方向から標的を圧殺せんとする。
「フランドール……」
どこにも逃げ場はなく、あるいは逃げるつもりもなかったのか、レミリアの全身は数百の光の波紋によって打ちのめされた。
「お嬢様っ」
瞬時に二人の下に転移してきた咲夜が、落下するレミリアを抱きとめる。『幼き魔王』の異名も形無しのボロ雑巾のような姿でレミリアがうめく。
「反則よ、いきなり本気モードなんて……」
「本番前にはしゃぐからです。自重なさってください」
全力でスペルを撃ちあったせいで限界寸前なのは二人とも同様だった。最後の一撃を先に繰り出した時点でレミリアの負けは確定していたとも言える。
「おねえ……」
フランドールは恐る恐る近づいていくが、咲夜の悲しげな視線を受けてぴたりと動きが止まった。
レミリアを打ち破ったはいいが、だからどうしようという想定はしていなかった。これはいつもの、自分の機嫌をとるための弾幕ごっこではない。経緯はどうあれ自分は姉の気持ちを拒絶してしまったのだと、フランドールは思い出した。
「胸を張りなさい。あなたは勝った、なんでも命令していいのよ。勝者には全てが許されるのだから」
目を合わせずにレミリアが告げる。こっちも自分が負けるとは思っていなかったので、とりあえず全て丸投げしてみた。
「いや、その人生哲学はどうかと思うよ」
妹紅も二人に近づく。その手には一枚の紙が握られている。フランドールは妹紅を見おろし、ついでに粉砕された寺子屋が視界に入って顔をそむけた。
もともと、寺子屋にはもう行くなと突然言われて、反発して屋敷を飛び出したのがきっかけなのだ。勝ったのだから自由にしろと言われても困る。
「あ、う……」
胸元をぎゅっと握りしめてフランドールは姉を見るが、レミリアはまだ目を合わせようとしない。咲夜が顔をのぞきこむとレミリアは強く目を閉じた。咲夜は声に出さず表情だけで笑って、妹紅の手元をあごで指し示す。妹紅はうなずいた。
「なあフラン、まだ姉さんが許せないのか」
フランドールは口の中でなにかもごもご言ったあと、大嫌いよ、とささやいた。
「レミリア、あんたは? 嫌われっぱなしで平気なの」
レミリアはじっと目を閉じたままだった。妹紅は微笑む。
「こいつを聞いてもそんな調子でいられるかな」
そう言って手に持つ書面を広げる。
「『私の好きなもの』 フランドール・スカーレット」
題名と作者名を妹紅が読み上げると、フランドールは驚きの目で、レミリアは不審がる目でそちらを見る。
「私の好きなものは、レミリアお姉様です」
「ああっ、私の作文? やめて!」
フランドールは作文を奪い取ろうとするが、その動きにはいつものキレがない。いまはかなり疲労しているようだ。
「ヘイ、パース」
やや遅れて浮かび上がった慧音に作文を放り投げて渡し、妹紅はフランドールを背後から羽交い絞めにする。
「おいこら、教育に悪い……まったく。では、コホン――」
わたしのすきなもの フランドールスカーレット
わたしのすきなものはレミリアおねえさまです。
すきというひとことではいいあらわせません。おねえさまはだれよりもつよくてうつくしいさいこうのきゅうけつきなのです。
みんながおねえさまをけいあいしています。おともだちのパチュリーも、けらいのメーリンもサクヤも、おおぜいのメイドたちもみんなおねえさまのトリコです。
わたしのほしいものはなんでもおねえさまがよういしてくれます。でもほんとうはもっとおねえさまとあそびたいです。おねえさまといっしょにおでかけしたり、おかいものしたり、なまいきなようかいをやっつけたりしたいです。
だんまくごっこではおねえさまにかったりまけたりだけど、みんなをしたがわせるカリスマではぜんぜんかてません。
わたしもいつかぜったい、おねえさまみたいなかんぺきなきゅうけつきになりたいです。
慧音の朗読が終わるころには、フランドールはすっかりおとなしくなっていた。ぐったりとうなだれて小刻みに首筋を震わせている。拘束から開放してやると、彼女は顔を真っ赤にさせて妹紅の胸をぽこぽこと叩いた。殴打されながらも頭をなでてやると、ぷいと横を向く。
レミリアは皆に背中を向けて、咲夜の胸に顔をうずめて震えている。真っ赤になっているのはこっちも同様だろう。咲夜は必死で笑いをこらえている。
「どうしても仲直りしたくないってんなら、フランはしばらく私が預かる。どうなの」
妹紅が問うと、レミリアは咲夜のおなかをぐいと押しのけて身を離した。まだおぼつかない羽取りで宙に浮く。
「冗談じゃないわ。帰るわよ、フラン」
フランドールは動かない。不安と期待がないまぜになった表情で姉の背中を見つめる。
「カルタ、だっけ。今度それ教えてちょうだい」
「え?」
「練習しなくちゃいけないでしょ。人間なんかにまた負けたら、わが一族の恥よ」
一瞬だけ迷ったあと、フランドールの顔がぱっと明るくなる。レミリアに飛び寄って後ろから抱きついた。
「お姉様、大好き!」
――指導日誌――
某月某日
前回の記録から数日の間が空いたためやや書くことが多い。私自身も今日は筆を進めたいところだ。慧音の記録癖に毒されつつあるらしい。
先日の一件をもって、上白沢寺子屋夜間部はみごと廃止とあいなった。奇跡的に人里に被害がなかったとはいえ、最上級の妖怪どもが季節はずれの花火大会をやらかしたのだ。当然すぎる裁定と思う。
あのあと慧音のところには里民からの抗議が殺到したのだとか。それでも里を追い出されないあたりが彼女の人徳なんだろう。
なお、慧音のもとにはスカーレット家から多額の「授業料」が支払われたと聞く。普通に考えたら「賠償金」と呼ぶべき金銭なのだが、そんな言葉は死んでも使いたがらないお嬢様のことだ、いたしかたない。
なんにせよ寺子屋の再建も進んでいる。ついでに講堂を建て増しして、里の者を何人か助手として雇ってはどうかと進言しておいた。
ちなみに今日はおくうの保護者に初めて出会った。地底の宮殿からわざわざ出張っていらしたのだとか。奴め、意外といい所に住んでいるな。
右腕の包帯を吊るしたおくうの姿は痛々しかったが、医者が言うには「応急手当がよかったので指の二、三本ならそのうち生えてくる」とのことらしい。私に言えた義理でもないが、適当な連中だ。
それでも左手に日傘を持ってかいがいしく主人について回るおくうの姿が印象的だった。地下の暮らしが長いので日光にあまり慣れていないのだという。よく気のつく優しげな人という印象の女性だったが、あのおくうを心服させられる力量の持ち主だ、只者でないのは間違いない。
ほぼ同時にスカーレット姉妹が訪れてきたのは少々具合が悪かったか。二人で相々傘を差していたのはほほえましい光景だったが、依然おくうとレミリアの仲は険悪のようだ。今度キスメに会ったら必ず謝るという約束が取り付けられて、一応は事なきを得た。いずれその約束が履行されることと、おくうが約束自体を忘れてしまわないことを祈ろう。
一度は和らぎかけた雰囲気だったが、全てを物陰から見ていた悪趣味な女によって再び険悪になった。橙の主の主だ。名前を記すのも腹立たしい。
奴と、レミリアと、おくうの主人と三者三様になにやら過去の遺恨があるらしく、その場に見えない火花が散っているようだった。
それにしても、ろくに陽も差し込まない竹林で三人とも日傘を差していたのは滑稽な様子だった。体質的、種族的に日光に弱いというなら理解できるが、無意味に傘を広げていた奴は頭がどうかしているとしか思えない。
そういえばあの時、もうひとり見知らぬ女がちらりと顔を出してすぐに帰って行った。何者だったのだろう。そいつはそいつで尋常ならざる気配の持ち主だったのと、やっぱり日傘を携えていたので記憶に残っている。日傘愛好会の会合ならよそでやってくれ。
話がそれた。今日は改築作業に忙しくて肝心の教材を用意できなかったので、明日にでも例の店でカルタを調達してこよう。
きたるべき交流試合に備えて、フラン以外の連中にも腕を上げてもらわなくてはいけない。練習の合間にそれぞれの歌の解説をしてやれば時間配分もちょうどいいだろう。
ともあれ。
藤原寺子屋、本日開校である。飽きっぽい妖怪どもがいつまで通い続けてくれるかは定かでないが、今後もやれるだけのことはやっていこうと思う。
ただ、誤字多し。
昨夜→咲夜
これ、結構何回もあったから見直した方がええよ。
ほんとなら100点だったけど、誤字の多さがちょっとひどかったので。-10。
ただ、タイトルのわりに妹紅の関係が薄い気が…
妹紅は面倒見よさそうだし、教師に向いていそうですねw
この流れだと続編を期待したいところですが、ここで切った方がいいような気も…ああ、悩ましい。
とりあえず、次回作に期待です。
リグルが不憫すぎるww
クラスのマスコットキャラがキスメっていうのはグッドチョイスです。
次は是非、妹紅と幽香の絡みでよろしく!!
いい話だったと思います。
確かにフランはあのシスk…いやいや過保護な姉のおかげで毎度一波乱つきますからね。
妹紅は幼年組みとのからみが多いな。
これはシリーズ化してほしい作品。
序盤のメディの態度がタクティクスオウガっぽかった。
ただ妹紅が主役なのに後半は姉妹喧嘩だけで解決してしまったのが……。
個人的には妹紅先生にビシッと解決して欲しかった。
確かに妹紅は教師が似合いそうですね。
物凄く続編希望
集中して最後まで読めました。そして面白かったです
お見事!
後半はどこで妹紅が見せ場を作ってくれるのか楽しみでしたが、あんまり見せ場が無くて残念。
この膨れあがった期待感をすっきりさせて欲しかった。
という分を差し引いても余りある百点。単純に面白く、素晴らしい。
授業風景がとてもツボに入りました。何度もクスッと笑わされました。
ただ、話の進行上支障が出るからってのは分かるのですがお空弱くね?w
もうちょっと善戦して欲しかったw
あと、タイトルの割にフランへのスポットが強すぎかと思います。悪いとか良いとかでは無くて。
フランの話を短くして、他のキャラのイベント(?)的なのを増やす事で、各自に対する妹紅の日記を描くことが出来、作品のバランスがより取れるとは思いますよ。
とても面白かった!
それぞれのキャラクターが非常に強い個性を持っているのに潰しあうことなくしっかりと輝いていました。
……実は作品自体よりもわずか三作での作者の急成長に驚いています。
キャラクター一人一人に確固たる物があり、これだけ長編にも関わらずそれが一切ぶれないというのはすばらしいです。
物語の進行上、悪役はレミリアですが見ていて気分が悪くならない悪役を描いているのが良かったですね。
次回作も期待しています。
>>「どしたフラン、うんこもらしたか?」
ここで吹いたwwww
妹紅がクロスカウンターかますくらいの熱さが欲しかったなぁと思いつつレミリアのシスコンぷりに脱帽。
あと八雲一家の毒々しさが個人的にツボです。
妖怪も成長するところをもっと見せ付けてください。
チルノが輝夜あたりと和歌の読み比べができるくらいまで成長することを願ってますw
橙とかはまだ問題児のままですし。
なにはともあれ、GJ!
てっきり、フランが寺子屋に通うことを説得させる妹紅の台詞なり行動なりが入ると思ってたんだけど……。
結局、最後にレミリアがそれを認めたのは、フランは成長しているから大丈夫だろうと判断したから?
妹の友達を傷つけたり、近づく人間は殺すとまでいってフランと人間が係わることを禁じていたのに、
その意見を覆すことになった理由がどこにあるのかが見えない。作文は、簡潔に言えば姉のことが好きという
内容だったので、それを聞かされたからって、フランが人間と付き合えば傷ついてしまうかも知れない
という懸念は消えないだろうし、その内容に絆された、というのは理由としては軽すぎるし……。
あと、お空対レミリア。太陽という、吸血鬼に対して絶対的に優位な力を持ちながらレミリアが余裕を持って勝利
とか、お空どんだけ弱いんだよと……。一応6ボスなのに!wレミリアが負けるのは話の流れ的にダメだろうけど、
ならこの戦闘は他の誰かでも良かったような気がする。フランのいう「たいがい弱っちぃ」にも含まれてそうだし。
そういう、モヤモヤするところがチラホラあったのでこの点数で。
教師ものはすきなんですが、妹紅先生がもっと「教育」について悩む描写なんかがあればもっと大好物なんだけどなぁ
なんかひと癖もふた癖もある生徒ばかりなのに妹紅センセったらスッと生徒になじんじゃってるから……
大ちゃんの作文にはなぜかうるっときた
しかし気になる点が一箇所
>ひとの努力は蜜の味、それが八雲流
フランの事よりも橙の将来が非常に心配ですw
前半は楽しませて貰った。
しかし、後半の展開が好きじゃない。
すっきりしない終わり方だった。
おぜうさまが強すぎるというか…
前半分で130点、後半分で-30点。
藤原寺子屋のシリーズ化を希望で…
もこたんが託児所やってたSSも面白かったな。
ええ話やー!!
フランちゃんの作文のシーンでは思わず涙が浮かびました。
自分が想像を膨らませていたものよりも全然良くて……悔しいっ。
しかしルーミアが実にいい味出しているなあ。
ヘタしたら幻想郷のパワーバランスが崩れるんじゃなかろうかw
是非シリーズ化をお願いします!!
日傘愛好会で爆笑したww
お母さんお母さんしてる幽香も見たかった……
長めの作品ながら一気に読ませる筆力、お美事にございます。
夜間部生徒たち一人一人が「らしい」キャラクタとして描写されており、私のイメージどおりで嬉しかったです。
レミリアの乱入にちょっと違和感がありましたが、読み進めていくウチに彼女の行動にも納得するところがありました。
(でもおくうとキスメに対してちゃんと謝ってほしい><)
今回はフラン中心のお話になっていましたが、他のキャラを軸に据えた続編なんかも読みたいですね~!
あと、妹紅に幼女趣味扱いされている某店主が不憫でなりませんw
妖怪たちの教育について良いこと言ってるのにw
チルノとフランの作文はちょっと涙でた
FoFoさんはキャラの描写うまいなぁ
これに、ぞくっときた
あと橙黒すぎるでしょうw
メガネ君は海藤って名前じゃないっすよね…
個人的には、多少違和感を感じる部分があっても、それ以上に文章が面白いので問題を感じないほどでした。
幽香がチラッと来てるのが…w
皆キャラが最高に立ってました。
『あたい、おまえを、かちんこちん』
…なんて前衛的なんだろう。