一針、また一針と糸を通していく。
この作業を始めて何時間が経過しただろうか。
まだ一時間くらいだろうか。それとも既に三日程も経過している?
精巧に精工を重ね、成功に至る道を探す。
いつもの人形作りに輪をかけて細かく、精緻に。
自分の小指の長さを縫うのに千針通す。特に定めていたわけでは無かったが自分や糸、生地の限界を考えると自然とそのくらいになってしまった。
そのため当然作業は遅々として進まない。持てる限界の技術を惜しみなく使い、限界を超えて丁寧に作り上げる。
そう、これは実験。実験でありながら新しい技術を使用していない実験。
顔を上げると丁度太陽も沈んだ所だったので今日の作業はここまでにしようと立ち上がる。実際には一時間でも無く三日でも無く半日と言ったところか。
「いつ終わるのかしらね?」
ある意味では完成しないことこそが完成とでも言えなくはないのかもしれないけれど。
独りで呟き、全ての集中力を注ぐために接続を断っていた他の人形に命じて夕ご飯を作らせる。
ご飯ならすぐ完成するのに。
この人形―――――作り始めて実に半月になろうか。
いつ完成するのかすら分らない人形を見ながら作るきっかけとなった日のことを思い出す。
私、アリス・マーガトロイドは人間ではない。魔法使いと呼ばれるモノだ。その中でも人形というものに取り憑かれているとでも言うのだろうか。完璧な人形を作ること、それを目標にして生きている。当然ながら、作る、という作業の性質上どうしても素となるものが必要だ。普段ならば必要な物は自らで賄うのだがその日は丁度、糸が無くなってしまい自分で作るのも面倒だったので人里に下りて行った。
極力魔力の放出を抑え人や、巫女や、人ならざるものを刺激しないようにして、そそくさと必要なものを買い、魔法の森の自宅へと帰ろうとした時だった。
「お前はあの時の!!」
厄介事はごめんだったので、少し早足になりながらその場を後にする。そういえば、この声は、いつぞや聞いたことがある。
「何で逃げる!さてはまた里を襲おうと――――」
「あの時だって里なんて襲ってないでしょう!?」
失敗した。振り返って叫んでしまったのだ。
振り返ると案の定、紺色の服に派手な装飾の紺色の帽子を被った人間―――いや、人間では無かったんだっけ――――がいた。
「む?そうだったか?」
「アンタが忘れるはずないでしょ、ワーハクタク」
「慧音だ。上白沢慧音。そう言えば名乗ったことは無かったか。ふふふ、そうだな。私が忘れるなんてことはあり得ない」
この女、慧音と言うらしいがこれも私と同じく人間ではない。かと言って同じように妖怪かと言われればそれもまた間違いでハクタクと人間のハーフらしい。以前の永い夜の異変の時に二度ほど戦ったのだが、名前も知らなかったのかと自分のことながら少し呆れた。
こちらの心中を余所に慧音は続ける。
「だからと言って今回も襲おうとしていないかと言われれば私に断言することは出来ないからな。それに今日は人間と一緒でもない」
「あの時物騒なことを言っていたのは人間の方だった気もするけど?」
「だから、念のためさ、念のため。しかしまぁ、これだけ近づくまで気づかないとはな」
何だ?さりとて戦闘を始めるといった風でも無いが。
分からない、が、分らない分だけ慎重に話を進めることにしよう。
「…………………………アンタみたいなのを一々引き付けてちゃ日が暮れちゃうからね」
慧音の目には敵意と呼べるものは見えない。それよりも期待?希望?探し人に出会った人の如くそう言った感情が渦巻いている?しかし、名前すら知らない私を探していたとも思えないのだが。
「ところで、お前はあの店から出てきたよな?」
魔力の話なんてホントにどうでも良かったのだろう。大したところでがあったものだと思いながら指さす先を見ると、私が糸を買った店が見える。あの店は人間の店ながら中々質の良い糸や生地、たまに外の世界の物としか思えない素材が売っていたりして侮れない。いや、今はそんなことはどうでも良いか。
「そうね。確かにあの店から出てきたわ」
万引きしたとでも思っているのだろうか?
「と、言うことは、糸やら布やらを買ったんだよな?」
今に至っても目の前の人物が何を言いたいのかが分からない。
「まぁ、そうね」
「自分からそういったものを買うということは裁縫が出来たりするんだよな?」
「ん?そりゃあね。それが仕事みたいな所があるし」
そう言うと慧音はバッと強引に私の手を握ってくる。
「私の代わりに寺子屋で授業してくれないか!?」
手を握ったまま思いっきり頭を下げる。そりゃもう地面に着くんじゃないかってくらい。
「…………………………へ?」
間抜けな声を上げたと思う。
あまりに予想外な問い、問いと言うよりはお願いで面喰っていたのだ。
その時、私の手を握る手が目に入る。
その手は、随分と傷ついていた。
半獣ならば治癒能力も高いだろうに、それが追い付かないくらいに傷つけたのだろう。
そして、その傷は、針傷だった。
指先を中心に万遍無く、見ている私が痛ましくなってくる程の傷。
しかし、この手には覚えがある。
初めて作った人形。――――――――それを掲げる小さな私の手はこれに良く似ていた。
「実は!!」
下げた時と同じ勢いで頭を上げてきたので危うく鼻がぶつかるところだった。
「女の子の親御さんから寺子屋でも裁縫も教えて欲しいと言われてな。本来そんなもの各家庭で教えるべきものだと思うのだが、その親御さんも出来ないのだ、糸とか、針とか。泣きながら頼まれて承知してしまってから気づいた。私も出来ない、と。必死で練習したのだが―――」
必死で練習したのだろう、必死に。
それは痛いほど伝わってくる。
「ハクタクは全ての知識を持ってると聞いたことあるけど?」
「知識はな。どんな縫い方でも教えれはするんだが…………………………知っていることと出来ることはまた違う」
そういうものか。
「教える本人が出来ないのでは話にならない。ニワトリに飛び方を教わるようなものだ。だからお前に、いや、貴女に授業を頼みたいのだ。そういえば名前はなんだったか」
「アリス・マーガトロイド。魔法使いよ」
「アリス・マーガロイドか」
「マーガトロイド。間違えないでね」
「アリス、と呼ばせてもらおう。それで、アリス、どうなんだ?私の頼みを引き受けてもらえないだろうか?勿論こんなこと頼める筋合いでは欠片もないことは承知の上だ」
慧音の真剣な顔と針で傷ついた手を交互に見る。
とても、厭だなんて言えない雰囲気だ。
「……………厭よ」
私がそう言うと慧音は「そうか。済まない」と言ってあの店に向かって歩き始める。
きっとあの店に出入りする人間ならば裁縫が出来るのではないかと、はっていたんだろう。
「子どもに教えるなんて厭よ、と言ったのよ」
慧音の後ろ姿に向けてそう言ったのは何故だったか。
握られた手の暖かさだったのか。
その手の傷が心の琴線に触れたのか。
「私が教えるのは慧音、貴女一人。子どもに教えるのは貴方の仕事でしょう?」
慧音は笑っているのか泣いているのか分からない顔で振り向くと
「本当か!?」
近づいてきて、また私の手を握ったのだった。
元々寺子屋なんて開く予定は無かったとは道中聞いていたが見事に普通の人間が暮すような一軒家だ。寺子屋を開くには手狭かもしれないな、等と益体もないことを想像する。逆に言えば 一人で住むには少し広そうでもある。
「上がってくれ、中は少し汚いが」
慧音のその言葉は当然の如く謙遜で、部屋の中は実に奇麗なものだ。今の言葉を知り合いの魔法使いに聞かせてやりたい。あいつの頭の中には掃除なんて文字はどこにも無いだろうから。
妙に小さく長い机の傍に二人で腰を下ろすと慧音は待ちきれないとばかりに身を乗り出してくる。
「本来ならばお茶でも用意するのが筋だとは思うのだが、時間がない。明日までには子ども達に教えられるようにならねばならない。と、言う訳だからさっそく始めようか」
「何で貴女が教える立場みたいになってるのよ」
勢いよく捲くし立てた慧音だったが私がそう言うと顔を紅潮させて俯いてしまう。
「……………つい、いつもの癖で。…………………………ここは授業をする部屋で…………………………その…………………………済まない」
あぁ、どうりで奇麗に掃除された部屋なのに障子が破れているわけだ。
「良いわよ、最終的にはそうなって貰わないといけないんだしね。それで?知識は持っているんだったっけ?」
意外な慧音の表情に可笑しく思いながらも言葉を紡ぐ。
「ん?あぁ、並縫いから本返し縫いまで一通りは分かる」
「それだけで一通りと思われても困るけど……………そうね、子どもに教えるだけならそのくらいだけで十分かしら」
「裁縫と言っても精々解れたり破れたりした服を補修する程度で良いんだ」
「その程度、も出来ない人が言うことじゃないわね」
「ぐっ!!アリス!…………………………いや、そうだな。私だって子ども達に歴史程度と言われたら怒ろうというものだ」
さっそく始めようという言葉が聞こえてからどれだけ時が経ったのやら。
呆れながら、パシンと手を叩く。
「話がズレてるわね。戻しましょう。教えるのは良いわ。でも、糸と針くらいは今も持っているけれど流石に生地はないわよ?」
「あぁ、それなら―――――――――」
授業をする部屋だと言ってもただの部屋だ。当然押入れも付いている。
慧音は押入れに上半身を突っ込みゴソゴソと生地を探し始めた。
お尻だけをこちらに向けるというのも如何なものかとは思うが言ったらまた真っ赤になって教える時間が減るだけなので言うのは止めておこう。
その押し入れでオッと声が上がる。
「見つかったの?」
「それが……………」
相変わらずお尻だけをこちらに向けた体勢で後ろ手に一枚の布をヒラリと渡してくる。
「あら、奇麗な水玉模様…………………………紅い、水玉模様ね」
白い布が紅い水玉に染まっている。
規則正しく並んでいるならともかく、これではまるで血染め。実際血染めなんでしょうけど。…………………………しょうがない。
「――――ハッ!」
気合と共に浄化の魔法を起動。
瞬時に汚れを落とし新品同様の真っ白な布に変える。
「これで良いでしょ?」
何枚かの紅い水玉模様の布と共に振り返った慧音にそう問いかける。
自分の研究を放り出して私は一体なにをしているのやら。
彼女、慧音は実に筋が悪かった。
自分から刺しているのではと疑う程に針で自分を突く。
まるで彼女の生き方のようだ。そんなことを思った。
知った仲というわけでもないが、思い出してみると、慧音は何かを守るために闘っていたように思う。
人の里を。あの不死身の少女を。
針に立ち向かって行ったって、傷つくだけなのに。
きっと何度でも針の前に自分の姿を晒すのだろう。
不死身でも無い、妖怪でも無い。魔法使いでも無い。なんなら人でも無い。
私には推し量る術もないが半獣の彼女が人の里に受け入れられるのは決して楽では無かったはずだ。他人の子どもを預かり寺子屋を開くなんてもっとだ。
どれだけの時をかけたのか。
それだけの価値があるのか。
私には分からない。
ただ、言えるのは慧音はどこまでも真剣だった。
糸を玉に結ぶ行為一つだって手を抜かなかった。
だから慧音は今ここで暮して行けているし、明日の朝には慧音を慕って子どもが来るのだろう。
私には分からない。
私に分かるのは夜も更け、蝋燭が燃え尽きる頃には本返し縫いには届かなかったが半返し縫いで雑巾を作ることくらいは出来るようになったってことくらいだ。
「ここで、玉止め・・・・・・・・・・・して。・・・・・・・・・出来た・・・・・・・・・・・・のか?」
今に至っても決して上手くはない。
だが、それでも、少しずつ布が血で染まる面積は小さくなっていったし、縫い目は目を覆いたくなるほどだがそれでも畳んだ布を一周くるりと囲んだ糸は簡単には解れないだろう。
「そう、ね。そこそこかしら?」
「ふふふふふ、あははははは!!そこそこ、か。アリスは先生には絶対なれないな。そこは褒める所だろう?」
豪快に笑い、そんなことをのたまってくる。
「向いてないとは思うわ」
「いや、私にとっては最高の先生だった。ありがとう」
―――――――――――――――――ッ!!!!!
顔から火が出るかと思った!
なんて事を言い出すんだこの女。いや、言ってる言葉は決して不思議でも何でもないのに!!
「あ、あぁ、そ、そうね。役に立ったなら良かったわ。それじゃ、私はこれで失礼するわ」
性に合わないことはやるもんじゃない。
渦を巻く心を叱咤して立ち上がる。
「帰るのか?夜も遅いし、良ければ泊まっていっても――――」
「帰る」
残念そうな顔をした慧音の顔を出来る限り見ないようにして部屋から出る。
「夜道は危険―――」
「貴方、私を誰だと思っているの?」
勘違いをしないでもらいたい。
私を、人間と同じに考えるべきではない。
いくら最近の幻想卿は人と妖怪の距離が縮まってきているとは言っても。
――――引くべき線は引かねばならない。
玄関で靴を履いていると(ブーツなので地味に時間がかかる)また、後ろから慧音の声がする。
「アリス。もし良ければ明日の授業、見に来てもらえないだろうか?」
私は振り向きもせず
「気が向いたらね」
と言って家路に就いたのだった。
「気が向いただけよ」
夜中ずっと考えて出た答えがこれかと思うと悲しくなってくるが、この時の私にはこれ以上の答えは用意できそうになかった。
魔法使いが人里の寺子屋に他にどんな用事で来れば良いというのだ。
私が着いた時はまさにジャストなタイミングだったらしく慧音が子ども達の前に座り今日何をするのかを話している所だった。
存在くらいは知っていたが考えてみれば寺子屋なんてものには初めて来た。
もっと沢山の人間が集まっているのかと思っていたが集まっているのは六人だけだった。
その中で一番前に座っていた男の子が突然手を上にあげる。
「先生!!あの後ろの人は誰ですか!!」
そりゃ、気になるか。
来なければ良かったかと一瞬後悔したが来てしまったものはしょうがない。
問われた慧音は少し考えてから
「誰、か。まったく君は難しいことを聞くね。彼女の名前はアリスさん。なんて言うか、先生の先生みたいな感じかな」
先生の先生!?隣の子同士意味も無く内緒話をし始める子ども達。
それを丁寧に静める慧音。
「それじゃ、みんな、お家からいらない布は持ってきてるよね?」
ハーイと元気に答える子ども達。
針の危険性から始まり、どういった場面に裁縫という技術が役に立つのかなんてことまで話は飛び、ようやく針を通す所まで辿り着く。
お世辞にも上手いとは言えない針捌き。
挙句緊張したのか何なのか、力強く引きすぎて糸を引きちぎってしまうこともあり。
「―――――痛ッ!!!」
針をまた手に刺してしまい子どもの間からも失笑が漏れる。
―――――あんなに練習したのに。
目を閉じて耳を塞ぎたい衝動に駆られる。
笑われているのは慧音であって、私じゃないのに。
片付けを手伝い、それが終わりようやく一息つく。
慧音の用意してくれたお茶は紅茶では無く緑茶だったが入れ方が良いのかお茶の葉が良いのか、とても美味だった。
「ふふふふふ、いやはや、折角来てもらったというのにかっこ悪い所を見せてしまったな」
私と同じように縁側に腰かけ、慧音は笑いかける。
私には理解できない。
この笑顔が、この言葉が、この性格が、この生物が。
「慧音は、失敗した後笑えるのね」
自分でも声が震えてるのが分かった。
きっと、不機嫌な声だっただろう。
きっと、不自然な音だっただろう。
けれど、いや、だからこそ、慧音は笑った。また。
今度は、本当に楽しそうに、可笑しそうに。
「失敗ねぇ?失敗、失敗、失敗。何だ何だ、なるほどなるほどなるほど」
ひとしきり豪快に笑っていた慧音は膝を叩いていた手をこちらへと伸ばしてくる。
「アリスは失敗が怖いのか」
伸ばされた手は私の頬へと触れる。
「失敗が怖い?私が?冗談、完璧な人形。それに至るためにどれだけ失敗を重ねてきたか貴女に分かる?」
その手にすら意識を向けることが出来ないくらい私は動揺していた。
平静を装いながら。
平静を装いたいと願いながら。
「確かに私の今日の授業は大成功とは言い難いだろうね。あれだけ教えてもらったというのに。申し訳なさでいっぱいさ。でもね。やれることはやったよ。あれが私の精一杯。それで出来なければまたやれば良い、失敗なんてね。その程度の物さ」
「だから!私は失敗なんて!」
「余力を残した失敗なんて、失敗じゃない。失敗に失礼だよ」
ゾワッと毛が逆立つ。
探偵に追い詰められ、核心を突かれ犯人のように。
恋人に言われたくない一言を言われてしまった乙女のように。
「な、な、なん、で。私は、余力、なん、それに、昨日今日、あった、貴女に、なにが!」
何が分かる!!!
そんな叫びさえ、慧音は受け止める。
まるで先生のようだ。
先生なんていたことなかったけど、お母さんが魔法を教えてくれた時は、こんな感じだっただろうか。
「分かるさ、あの夜、弾幕勝負したじゃないか。あの時感じた違和感は、今でもはっきり覚えてる。負けた私が言うことでもないんだろうけど、本気じゃないんだなってことくらいは分かる。あぁ、私にここで負けたとしても、悔しくはないんだろうなって」
頬に触れていた手が離れた。
その時になってようやくなにをされていたのかが理解でき、声を上げようとして、
「そうだな、さっきちょっと嘘を吐いた、失敗は怖いよ」
上げれなかった。
私の手を引いた慧音はそのまま、私を抱きしめたのだ。
「でもね、怖くたって、恐ろしくたって、本気でやれば、後悔だけはしないですむ。さっき来てた子の中にもアリスと同じような子がいるよ、頭の良い子なんだけど、簡単な試験をしてみるとね、凄く悪い点をとるんだ、明らかにその子には解ける問題なのに。きっと怖いんだろうな、本気でやって出来なかったら……………そう思っちゃうんだろう。あの子のそれは、本能的なものだろうけど、アリスのそれはきっとポリシーなんだろ?私が言って変えれるようなものじゃないんだろうけど」
あぁ、そうか、慧音はいつでも本気で生きてるから。
だから、笑っていられるのか。
私と、合わないわけだ。
一緒にいて違和感を感じるわけだ。
昨日あった心の蟠りが解消されていく。
なんとなく、涙でも流せば絵になるだろうかと考えたが、涙腺がぴくりとも動かず抱きしめられていた腕をそっと振りほどくあたり、私は先生だけでなく生徒にも向かないのだろうなと思った。
「今のままじゃ、きっといつか後悔するよ、歴史は、変えられないんだ」
「ありがと、でも、私は私。慧音は慧音。私は貴女のようには生きられない。…………………………それじゃ、そろそろ帰るわね」
まるで、先生みたいだった。と言い残して、私は慧音の家を後にしたのだった。
自分に言い訳をさせる余地を残さないまでに全精力を使って人形を作る。
初めて作った人形は、どこへ行ってしまったのだろう。あの頃は、そんなこと考えないでも本気でやっていたのだろうに。
これが失敗した時、きっと私は初めて失敗する。
その時のことを考えると恐怖で身が竦む、足が震え、目が霞み、何も考えられない。
それでも、彼女の言うとおり、後悔はしないで済むだろう。
これで駄目なら今の私には不可能ということだ。
ということは、また新しい方法を模索するだけのこと。
あれから慧音には会っていない。
本来交わるはずのない線と線が交差した、それだけなのだから、もう一度交差するにはどちらかが曲がらなくてはいけないだろう。
きっと彼女は曲がらないし、私も曲がらない。
でも、いつかこの人形が完成した時。
その時は、会いに行ってみようかな。
この作業を始めて何時間が経過しただろうか。
まだ一時間くらいだろうか。それとも既に三日程も経過している?
精巧に精工を重ね、成功に至る道を探す。
いつもの人形作りに輪をかけて細かく、精緻に。
自分の小指の長さを縫うのに千針通す。特に定めていたわけでは無かったが自分や糸、生地の限界を考えると自然とそのくらいになってしまった。
そのため当然作業は遅々として進まない。持てる限界の技術を惜しみなく使い、限界を超えて丁寧に作り上げる。
そう、これは実験。実験でありながら新しい技術を使用していない実験。
顔を上げると丁度太陽も沈んだ所だったので今日の作業はここまでにしようと立ち上がる。実際には一時間でも無く三日でも無く半日と言ったところか。
「いつ終わるのかしらね?」
ある意味では完成しないことこそが完成とでも言えなくはないのかもしれないけれど。
独りで呟き、全ての集中力を注ぐために接続を断っていた他の人形に命じて夕ご飯を作らせる。
ご飯ならすぐ完成するのに。
この人形―――――作り始めて実に半月になろうか。
いつ完成するのかすら分らない人形を見ながら作るきっかけとなった日のことを思い出す。
私、アリス・マーガトロイドは人間ではない。魔法使いと呼ばれるモノだ。その中でも人形というものに取り憑かれているとでも言うのだろうか。完璧な人形を作ること、それを目標にして生きている。当然ながら、作る、という作業の性質上どうしても素となるものが必要だ。普段ならば必要な物は自らで賄うのだがその日は丁度、糸が無くなってしまい自分で作るのも面倒だったので人里に下りて行った。
極力魔力の放出を抑え人や、巫女や、人ならざるものを刺激しないようにして、そそくさと必要なものを買い、魔法の森の自宅へと帰ろうとした時だった。
「お前はあの時の!!」
厄介事はごめんだったので、少し早足になりながらその場を後にする。そういえば、この声は、いつぞや聞いたことがある。
「何で逃げる!さてはまた里を襲おうと――――」
「あの時だって里なんて襲ってないでしょう!?」
失敗した。振り返って叫んでしまったのだ。
振り返ると案の定、紺色の服に派手な装飾の紺色の帽子を被った人間―――いや、人間では無かったんだっけ――――がいた。
「む?そうだったか?」
「アンタが忘れるはずないでしょ、ワーハクタク」
「慧音だ。上白沢慧音。そう言えば名乗ったことは無かったか。ふふふ、そうだな。私が忘れるなんてことはあり得ない」
この女、慧音と言うらしいがこれも私と同じく人間ではない。かと言って同じように妖怪かと言われればそれもまた間違いでハクタクと人間のハーフらしい。以前の永い夜の異変の時に二度ほど戦ったのだが、名前も知らなかったのかと自分のことながら少し呆れた。
こちらの心中を余所に慧音は続ける。
「だからと言って今回も襲おうとしていないかと言われれば私に断言することは出来ないからな。それに今日は人間と一緒でもない」
「あの時物騒なことを言っていたのは人間の方だった気もするけど?」
「だから、念のためさ、念のため。しかしまぁ、これだけ近づくまで気づかないとはな」
何だ?さりとて戦闘を始めるといった風でも無いが。
分からない、が、分らない分だけ慎重に話を進めることにしよう。
「…………………………アンタみたいなのを一々引き付けてちゃ日が暮れちゃうからね」
慧音の目には敵意と呼べるものは見えない。それよりも期待?希望?探し人に出会った人の如くそう言った感情が渦巻いている?しかし、名前すら知らない私を探していたとも思えないのだが。
「ところで、お前はあの店から出てきたよな?」
魔力の話なんてホントにどうでも良かったのだろう。大したところでがあったものだと思いながら指さす先を見ると、私が糸を買った店が見える。あの店は人間の店ながら中々質の良い糸や生地、たまに外の世界の物としか思えない素材が売っていたりして侮れない。いや、今はそんなことはどうでも良いか。
「そうね。確かにあの店から出てきたわ」
万引きしたとでも思っているのだろうか?
「と、言うことは、糸やら布やらを買ったんだよな?」
今に至っても目の前の人物が何を言いたいのかが分からない。
「まぁ、そうね」
「自分からそういったものを買うということは裁縫が出来たりするんだよな?」
「ん?そりゃあね。それが仕事みたいな所があるし」
そう言うと慧音はバッと強引に私の手を握ってくる。
「私の代わりに寺子屋で授業してくれないか!?」
手を握ったまま思いっきり頭を下げる。そりゃもう地面に着くんじゃないかってくらい。
「…………………………へ?」
間抜けな声を上げたと思う。
あまりに予想外な問い、問いと言うよりはお願いで面喰っていたのだ。
その時、私の手を握る手が目に入る。
その手は、随分と傷ついていた。
半獣ならば治癒能力も高いだろうに、それが追い付かないくらいに傷つけたのだろう。
そして、その傷は、針傷だった。
指先を中心に万遍無く、見ている私が痛ましくなってくる程の傷。
しかし、この手には覚えがある。
初めて作った人形。――――――――それを掲げる小さな私の手はこれに良く似ていた。
「実は!!」
下げた時と同じ勢いで頭を上げてきたので危うく鼻がぶつかるところだった。
「女の子の親御さんから寺子屋でも裁縫も教えて欲しいと言われてな。本来そんなもの各家庭で教えるべきものだと思うのだが、その親御さんも出来ないのだ、糸とか、針とか。泣きながら頼まれて承知してしまってから気づいた。私も出来ない、と。必死で練習したのだが―――」
必死で練習したのだろう、必死に。
それは痛いほど伝わってくる。
「ハクタクは全ての知識を持ってると聞いたことあるけど?」
「知識はな。どんな縫い方でも教えれはするんだが…………………………知っていることと出来ることはまた違う」
そういうものか。
「教える本人が出来ないのでは話にならない。ニワトリに飛び方を教わるようなものだ。だからお前に、いや、貴女に授業を頼みたいのだ。そういえば名前はなんだったか」
「アリス・マーガトロイド。魔法使いよ」
「アリス・マーガロイドか」
「マーガトロイド。間違えないでね」
「アリス、と呼ばせてもらおう。それで、アリス、どうなんだ?私の頼みを引き受けてもらえないだろうか?勿論こんなこと頼める筋合いでは欠片もないことは承知の上だ」
慧音の真剣な顔と針で傷ついた手を交互に見る。
とても、厭だなんて言えない雰囲気だ。
「……………厭よ」
私がそう言うと慧音は「そうか。済まない」と言ってあの店に向かって歩き始める。
きっとあの店に出入りする人間ならば裁縫が出来るのではないかと、はっていたんだろう。
「子どもに教えるなんて厭よ、と言ったのよ」
慧音の後ろ姿に向けてそう言ったのは何故だったか。
握られた手の暖かさだったのか。
その手の傷が心の琴線に触れたのか。
「私が教えるのは慧音、貴女一人。子どもに教えるのは貴方の仕事でしょう?」
慧音は笑っているのか泣いているのか分からない顔で振り向くと
「本当か!?」
近づいてきて、また私の手を握ったのだった。
元々寺子屋なんて開く予定は無かったとは道中聞いていたが見事に普通の人間が暮すような一軒家だ。寺子屋を開くには手狭かもしれないな、等と益体もないことを想像する。逆に言えば 一人で住むには少し広そうでもある。
「上がってくれ、中は少し汚いが」
慧音のその言葉は当然の如く謙遜で、部屋の中は実に奇麗なものだ。今の言葉を知り合いの魔法使いに聞かせてやりたい。あいつの頭の中には掃除なんて文字はどこにも無いだろうから。
妙に小さく長い机の傍に二人で腰を下ろすと慧音は待ちきれないとばかりに身を乗り出してくる。
「本来ならばお茶でも用意するのが筋だとは思うのだが、時間がない。明日までには子ども達に教えられるようにならねばならない。と、言う訳だからさっそく始めようか」
「何で貴女が教える立場みたいになってるのよ」
勢いよく捲くし立てた慧音だったが私がそう言うと顔を紅潮させて俯いてしまう。
「……………つい、いつもの癖で。…………………………ここは授業をする部屋で…………………………その…………………………済まない」
あぁ、どうりで奇麗に掃除された部屋なのに障子が破れているわけだ。
「良いわよ、最終的にはそうなって貰わないといけないんだしね。それで?知識は持っているんだったっけ?」
意外な慧音の表情に可笑しく思いながらも言葉を紡ぐ。
「ん?あぁ、並縫いから本返し縫いまで一通りは分かる」
「それだけで一通りと思われても困るけど……………そうね、子どもに教えるだけならそのくらいだけで十分かしら」
「裁縫と言っても精々解れたり破れたりした服を補修する程度で良いんだ」
「その程度、も出来ない人が言うことじゃないわね」
「ぐっ!!アリス!…………………………いや、そうだな。私だって子ども達に歴史程度と言われたら怒ろうというものだ」
さっそく始めようという言葉が聞こえてからどれだけ時が経ったのやら。
呆れながら、パシンと手を叩く。
「話がズレてるわね。戻しましょう。教えるのは良いわ。でも、糸と針くらいは今も持っているけれど流石に生地はないわよ?」
「あぁ、それなら―――――――――」
授業をする部屋だと言ってもただの部屋だ。当然押入れも付いている。
慧音は押入れに上半身を突っ込みゴソゴソと生地を探し始めた。
お尻だけをこちらに向けるというのも如何なものかとは思うが言ったらまた真っ赤になって教える時間が減るだけなので言うのは止めておこう。
その押し入れでオッと声が上がる。
「見つかったの?」
「それが……………」
相変わらずお尻だけをこちらに向けた体勢で後ろ手に一枚の布をヒラリと渡してくる。
「あら、奇麗な水玉模様…………………………紅い、水玉模様ね」
白い布が紅い水玉に染まっている。
規則正しく並んでいるならともかく、これではまるで血染め。実際血染めなんでしょうけど。…………………………しょうがない。
「――――ハッ!」
気合と共に浄化の魔法を起動。
瞬時に汚れを落とし新品同様の真っ白な布に変える。
「これで良いでしょ?」
何枚かの紅い水玉模様の布と共に振り返った慧音にそう問いかける。
自分の研究を放り出して私は一体なにをしているのやら。
彼女、慧音は実に筋が悪かった。
自分から刺しているのではと疑う程に針で自分を突く。
まるで彼女の生き方のようだ。そんなことを思った。
知った仲というわけでもないが、思い出してみると、慧音は何かを守るために闘っていたように思う。
人の里を。あの不死身の少女を。
針に立ち向かって行ったって、傷つくだけなのに。
きっと何度でも針の前に自分の姿を晒すのだろう。
不死身でも無い、妖怪でも無い。魔法使いでも無い。なんなら人でも無い。
私には推し量る術もないが半獣の彼女が人の里に受け入れられるのは決して楽では無かったはずだ。他人の子どもを預かり寺子屋を開くなんてもっとだ。
どれだけの時をかけたのか。
それだけの価値があるのか。
私には分からない。
ただ、言えるのは慧音はどこまでも真剣だった。
糸を玉に結ぶ行為一つだって手を抜かなかった。
だから慧音は今ここで暮して行けているし、明日の朝には慧音を慕って子どもが来るのだろう。
私には分からない。
私に分かるのは夜も更け、蝋燭が燃え尽きる頃には本返し縫いには届かなかったが半返し縫いで雑巾を作ることくらいは出来るようになったってことくらいだ。
「ここで、玉止め・・・・・・・・・・・して。・・・・・・・・・出来た・・・・・・・・・・・・のか?」
今に至っても決して上手くはない。
だが、それでも、少しずつ布が血で染まる面積は小さくなっていったし、縫い目は目を覆いたくなるほどだがそれでも畳んだ布を一周くるりと囲んだ糸は簡単には解れないだろう。
「そう、ね。そこそこかしら?」
「ふふふふふ、あははははは!!そこそこ、か。アリスは先生には絶対なれないな。そこは褒める所だろう?」
豪快に笑い、そんなことをのたまってくる。
「向いてないとは思うわ」
「いや、私にとっては最高の先生だった。ありがとう」
―――――――――――――――――ッ!!!!!
顔から火が出るかと思った!
なんて事を言い出すんだこの女。いや、言ってる言葉は決して不思議でも何でもないのに!!
「あ、あぁ、そ、そうね。役に立ったなら良かったわ。それじゃ、私はこれで失礼するわ」
性に合わないことはやるもんじゃない。
渦を巻く心を叱咤して立ち上がる。
「帰るのか?夜も遅いし、良ければ泊まっていっても――――」
「帰る」
残念そうな顔をした慧音の顔を出来る限り見ないようにして部屋から出る。
「夜道は危険―――」
「貴方、私を誰だと思っているの?」
勘違いをしないでもらいたい。
私を、人間と同じに考えるべきではない。
いくら最近の幻想卿は人と妖怪の距離が縮まってきているとは言っても。
――――引くべき線は引かねばならない。
玄関で靴を履いていると(ブーツなので地味に時間がかかる)また、後ろから慧音の声がする。
「アリス。もし良ければ明日の授業、見に来てもらえないだろうか?」
私は振り向きもせず
「気が向いたらね」
と言って家路に就いたのだった。
「気が向いただけよ」
夜中ずっと考えて出た答えがこれかと思うと悲しくなってくるが、この時の私にはこれ以上の答えは用意できそうになかった。
魔法使いが人里の寺子屋に他にどんな用事で来れば良いというのだ。
私が着いた時はまさにジャストなタイミングだったらしく慧音が子ども達の前に座り今日何をするのかを話している所だった。
存在くらいは知っていたが考えてみれば寺子屋なんてものには初めて来た。
もっと沢山の人間が集まっているのかと思っていたが集まっているのは六人だけだった。
その中で一番前に座っていた男の子が突然手を上にあげる。
「先生!!あの後ろの人は誰ですか!!」
そりゃ、気になるか。
来なければ良かったかと一瞬後悔したが来てしまったものはしょうがない。
問われた慧音は少し考えてから
「誰、か。まったく君は難しいことを聞くね。彼女の名前はアリスさん。なんて言うか、先生の先生みたいな感じかな」
先生の先生!?隣の子同士意味も無く内緒話をし始める子ども達。
それを丁寧に静める慧音。
「それじゃ、みんな、お家からいらない布は持ってきてるよね?」
ハーイと元気に答える子ども達。
針の危険性から始まり、どういった場面に裁縫という技術が役に立つのかなんてことまで話は飛び、ようやく針を通す所まで辿り着く。
お世辞にも上手いとは言えない針捌き。
挙句緊張したのか何なのか、力強く引きすぎて糸を引きちぎってしまうこともあり。
「―――――痛ッ!!!」
針をまた手に刺してしまい子どもの間からも失笑が漏れる。
―――――あんなに練習したのに。
目を閉じて耳を塞ぎたい衝動に駆られる。
笑われているのは慧音であって、私じゃないのに。
片付けを手伝い、それが終わりようやく一息つく。
慧音の用意してくれたお茶は紅茶では無く緑茶だったが入れ方が良いのかお茶の葉が良いのか、とても美味だった。
「ふふふふふ、いやはや、折角来てもらったというのにかっこ悪い所を見せてしまったな」
私と同じように縁側に腰かけ、慧音は笑いかける。
私には理解できない。
この笑顔が、この言葉が、この性格が、この生物が。
「慧音は、失敗した後笑えるのね」
自分でも声が震えてるのが分かった。
きっと、不機嫌な声だっただろう。
きっと、不自然な音だっただろう。
けれど、いや、だからこそ、慧音は笑った。また。
今度は、本当に楽しそうに、可笑しそうに。
「失敗ねぇ?失敗、失敗、失敗。何だ何だ、なるほどなるほどなるほど」
ひとしきり豪快に笑っていた慧音は膝を叩いていた手をこちらへと伸ばしてくる。
「アリスは失敗が怖いのか」
伸ばされた手は私の頬へと触れる。
「失敗が怖い?私が?冗談、完璧な人形。それに至るためにどれだけ失敗を重ねてきたか貴女に分かる?」
その手にすら意識を向けることが出来ないくらい私は動揺していた。
平静を装いながら。
平静を装いたいと願いながら。
「確かに私の今日の授業は大成功とは言い難いだろうね。あれだけ教えてもらったというのに。申し訳なさでいっぱいさ。でもね。やれることはやったよ。あれが私の精一杯。それで出来なければまたやれば良い、失敗なんてね。その程度の物さ」
「だから!私は失敗なんて!」
「余力を残した失敗なんて、失敗じゃない。失敗に失礼だよ」
ゾワッと毛が逆立つ。
探偵に追い詰められ、核心を突かれ犯人のように。
恋人に言われたくない一言を言われてしまった乙女のように。
「な、な、なん、で。私は、余力、なん、それに、昨日今日、あった、貴女に、なにが!」
何が分かる!!!
そんな叫びさえ、慧音は受け止める。
まるで先生のようだ。
先生なんていたことなかったけど、お母さんが魔法を教えてくれた時は、こんな感じだっただろうか。
「分かるさ、あの夜、弾幕勝負したじゃないか。あの時感じた違和感は、今でもはっきり覚えてる。負けた私が言うことでもないんだろうけど、本気じゃないんだなってことくらいは分かる。あぁ、私にここで負けたとしても、悔しくはないんだろうなって」
頬に触れていた手が離れた。
その時になってようやくなにをされていたのかが理解でき、声を上げようとして、
「そうだな、さっきちょっと嘘を吐いた、失敗は怖いよ」
上げれなかった。
私の手を引いた慧音はそのまま、私を抱きしめたのだ。
「でもね、怖くたって、恐ろしくたって、本気でやれば、後悔だけはしないですむ。さっき来てた子の中にもアリスと同じような子がいるよ、頭の良い子なんだけど、簡単な試験をしてみるとね、凄く悪い点をとるんだ、明らかにその子には解ける問題なのに。きっと怖いんだろうな、本気でやって出来なかったら……………そう思っちゃうんだろう。あの子のそれは、本能的なものだろうけど、アリスのそれはきっとポリシーなんだろ?私が言って変えれるようなものじゃないんだろうけど」
あぁ、そうか、慧音はいつでも本気で生きてるから。
だから、笑っていられるのか。
私と、合わないわけだ。
一緒にいて違和感を感じるわけだ。
昨日あった心の蟠りが解消されていく。
なんとなく、涙でも流せば絵になるだろうかと考えたが、涙腺がぴくりとも動かず抱きしめられていた腕をそっと振りほどくあたり、私は先生だけでなく生徒にも向かないのだろうなと思った。
「今のままじゃ、きっといつか後悔するよ、歴史は、変えられないんだ」
「ありがと、でも、私は私。慧音は慧音。私は貴女のようには生きられない。…………………………それじゃ、そろそろ帰るわね」
まるで、先生みたいだった。と言い残して、私は慧音の家を後にしたのだった。
自分に言い訳をさせる余地を残さないまでに全精力を使って人形を作る。
初めて作った人形は、どこへ行ってしまったのだろう。あの頃は、そんなこと考えないでも本気でやっていたのだろうに。
これが失敗した時、きっと私は初めて失敗する。
その時のことを考えると恐怖で身が竦む、足が震え、目が霞み、何も考えられない。
それでも、彼女の言うとおり、後悔はしないで済むだろう。
これで駄目なら今の私には不可能ということだ。
ということは、また新しい方法を模索するだけのこと。
あれから慧音には会っていない。
本来交わるはずのない線と線が交差した、それだけなのだから、もう一度交差するにはどちらかが曲がらなくてはいけないだろう。
きっと彼女は曲がらないし、私も曲がらない。
でも、いつかこの人形が完成した時。
その時は、会いに行ってみようかな。
ただ、文章の作り方にちょっと気になる点が多かったです。
ストーリーがとても良かっただけに、ちと残念。次回作も期待しています。
この感じがたまらない!!!!
好いですね。
この言葉だけであと三年は戦えそうです。