「捜しましたよ、射命丸様」
木の上に寝そべっている私に、下から声を掛ける椛。
「あーあー見つかっちゃったか。せっかく椛対策の隠れ場所だったのに」
「苦労しましたよ」
千里眼から隠れるために、この緑で一杯になっている木の中へと隠れていた。
しかし、バレてしまったから、もう今後椛には通用しないだろう。
未だに降りて来る気配が無い私に、椛は大きく溜め息を吐く。
「射命丸様、仕事なのですから……」
「私には新聞があるから」
「新聞作るのは個人、しかし仕事は天狗社会全体に影響を及ぼします。さぁ、早く」
「侵入者撃退とかなら楽だけど、資料や報告書を纏めるのなんて面倒」
「それが社会というものです」
ちらりと目線を下に向けると、椛のまっすぐな瞳が見えた。真面目で融通のきかない、それでいて純粋。そんな椛が、私はちょっと苦手だった。
気楽で自由に生きたい。そんな私とは対照的な性格が椛だ。
規律を守り、己の役目を果たすために日々修行を怠らない。ゆえに椛の体には生傷が絶えない。私からすれば、何必死に頑張ってるんだか、といった感じだ。
「大体さ、私がサボれば椛も自由なわけですよ?」
「私は大天狗様より直々に命じられたことを全うするだけです」
うっとうしい。
片手で捩じ伏せることは可能だが、大天狗の命令で椛は来ているため、迂闊な真似は出来ない。
生活がだらしなかったり、仕事も書類関係はすっぽかす。そんなことをしていた私に、大天狗が椛を世話係に命じたのだ。
私は最初抗議した。しかし、大天狗は私が椛のようなタイプを苦手としているからこそ、送り込んだと言った。もちろん、大天狗の命令を私が覆すことが出来るわけもなく、今に至る。
「さぁ、降りて来て下さい。射命丸様」
「やだ」
「……ふざけないで下さい」
「悔しかったら私を落としてごらんなさい」
「分かりました」
私はまだ短い間だが、椛の性格を大体掴んでいた。
真面目すぎ、意外に短気。
「私に傷一つ付けられたら、仕事をしてあげます。だけど、出来なかったなら今日はフリーで」
「良いでしょう」
そして、必ず約束を守る。決して嘘はつかない。
それだけ分かっていれば、十分だ。
椛は毎日修行を欠かさない。自由気ままに生きている私とは、大違い。
「参ります。約束、忘れないで下さいよ」
「かかって来なさい。実力の差を教えてあげる」
椛は頭上の私目掛けて、弾幕を放つ。数は中々、勢いも及第点。
だけど、遅い。
「数が多くても、勢いがあっても、当たらなければ意味は無いわよ」
私は木の上から動かない。落としてみろ、と言ったのだから動く気は無い。
迫り来る弾幕を、風で逸す。強烈なまでに激しい突風が、椛の弾幕を地に伏せる。私に迫っていた全ての弾幕は、風で押し戻され、地に居る椛へと牙を向く。
「はっ!」
「ほぉ……」
しかし、椛は怯えることなく、自慢の剣技で捌く。捌き切れないものは、横へステップし、紙一重でかわす。
前回は、ここらへんで潰れたのに。うん、やっぱり成長してるのね。
「あやや?」
身軽なステップで、いつの間にか椛が徐々に迫って来ている。なるほど、接近戦に持ち込む気か。私は椛と接近戦をしたことが無い。私の弱点と考えたのか。そして、私の考えでは椛は接近戦を得意とする。
「覚悟!」
「まだまだ浅いわね」
風を操る。突風を起こして、椛の動きを鈍くする。
椛は必死に堪えて、吹き飛ばされてはいない。だが、先程までの身軽なステップは無くなった。
「突っ込むだけなら、それこそ野良犬でも出来ますよ」
「っ!」
ちょっと挑発をしてみる。さてさて、短気な椛はどう反応するかな。
「なら……野良犬はこんなこと出来ませんよ!」
「あやっ!?」
椛が、盾を手裏剣のように投げてきた。
私は勢い良く迫るそれを、慌てて顔を横に逸して避ける。
おお、これは予想外な行動だ。うん、ひやひやしたけど面白い。
「隙有り!」
あ、今の一瞬で風を操るのを止めてしまっていた。
眼前に、白い、いや銀色かな。綺麗な銀髪が現れた。剣を持つ腕を、大きく振りかぶっている。
風を操る余裕は無い。
「残念でした」
「え?」
悪戯っぽく笑って、椛の腹部を蹴る。
椛には残念だけど、私の方が断然速い。そして、椛は私が接近戦を苦手と予想してきたが、私は接近戦も得意。いや、長距離戦よりも断然得意かも。
私の蹴りは予想外だったらしく、椛は吹っ飛んで地に落ちたまま動かない。かなり効いたようだ。
「椛、実力差のある相手に攻撃をする際、大きく振りかぶるのは禁物よ。せっかくの隙に強烈な一撃を与えたいのは分かるけど、その分あなたの隙が大きくなる。本当に強い者は、そんなチャンスを逃さない」
「……はい」
「でも、今回は前回より成長してたわね。もし、最後の一撃を大きく振りかぶって無かったら、一撃食らってたかもしれません」
「そんなこと、ありません」
寝転がっていたままの椛が、起き上がる。
せっかくの綺麗な髪か、土に汚れてしまっていた。まぁ、私がやったんだけど。
「射命丸様は、一度もスペルカードを使っていません。本気の弾幕も。それに、その場所から動きませんでした。どう足掻いても、私の負けでした」
「う~ん、それでも良くやった方だと思いますよ。詰めは甘いし、まだ未熟な部分が目立ちますが、椛はこれからもっと強くなるでしょう」
「同情は要りません」
ありゃ、不貞腐れたかな。いや、悔しかったのかな。
椛の表情は、この高さからだと分からない。
「同情じゃあないわよ。私が今まで嘘を吐いたことありますか?」
「はい。覚えている限りでも二十回以上は」
あー、信頼感は限り無く零のようで。自業自得だけどね。
でも、今回のは本心なんだけどね。
「それでは、失礼します」
「あやややや? 何処へ行くのです?」
「約束ですから、今日はもう自由にして下さって結構です」
「椛はどうするの?」
「……」
むむむ、上司の質問に答えないとは、生意気な。なんて、ね。多分この子の性格からして、修行するでしょうね。悔しくて、たまらないだろう。
大きな傷は無いとはいえ、服も心もボロボロだろうに。
「椛、今日一日休みなさい」
「嫌です」
「上司命令よ」
「私は射命丸様の直属部下ではありませんから」
「むぅ……頑固者ですねぇ」
「ええ、よく言われます」
「しっかり休まないと、次は今より弱くなってるかもね」
あ、椛のふさふさな耳がぴくって反応した。
面白いなぁ。
「ちゃんと休まなきゃ、強くなれるものもなりませんよ」
「……分かりました。それでは」
一礼をして、椛は去って行った。
さて、自由になれたは良いが、正直特にすることは無いのよね。
仕方無い、新聞のネタを探しますか。
「と、思ったけど……昨日見回ったばっかりなのよね」
大体は昨日回ってしまった。紅魔館や博麗神社なども。特に目新しいものは、無かった。
「新しい場所……そうだ!」
◇◇◇
「というわけで、椛の家を取材しに来ました」
「帰って下さると嬉しいです」
「嫌です」
「大体、休めと言ったのは射命丸様では無いですか」
「ふむ、確かにそうですね」
椛が疲れた表情で、私を嫌そうに見ている。
う~ん、そうだ。
「なら、今日は私が椛の世話をしてあげます」
「は?」
「いつもは私が世話されてますから」
「いえ、結構です」
「椛も世話される気持ちがどんなものか、味わうと良いですよ」
ちょっと強引に、椛の家へと入る。
随分と簡素だ。
木製の箪笥に卓袱台。部屋の隅には布団が綺麗に畳んだある。それ以外には、特に何も無い。少女っぽい可愛らしい人形一つ、有りもしない。まぁ、椛が人形で遊ぶようには見えないけど。
「何も無いですよ」
部屋に入った私を、溜め息吐きながら椛が追って来る。
「ですね。新聞に『犬走椛、実はお人形遊びが趣味だった』とか書きたかったのですが」
「人形なんて、私には似合いません」
「案外似合うかもしれませんよ? 今度アリスさんに頼んでおきましょうか?」
「アリスさん、って誰ですか?」
「人形を扱う魔法使い。そっか、椛は知らなかったのですね」
アリスさんは結構有名だと思うのだが、知らないのか。もしかしたら椛は、妖怪の山組織内しか知らないのでは無いだろうか。
「椛って、世間に疎いんですか?」
「というか、興味ありません」
世間に興味が無いなんて、とことん私と真逆だ。
「私たち、真逆ですよね」
「そうですね。私は射命丸様が理解出来ませんし」
「う~ん……取材ターイム!」
「は?」
突然大声を上げる私に、きょとんとしている椛。
椛のこんな表情見るのは、初めてだ。
「椛、趣味は?」
「え、将棋です」
「休日は何してますか?」
「修行を」
「好きなタイプは?」
「そうですね……って何ですかいきなり!」
むぅ……勢いに任せて結構取材出来そうだったのに。
せめて好きなタイプを知れば、面白かったのに。
「何って、知るための努力です」
「は?」
「椛は私が理解出来ない、と言いました。私も椛が理解出来ません。というか正直、椛苦手です」
「まぁ、好かれてるなんて思ってませんが」
「ですが! それは互いをまだ知らないからです! ならば、知るための努力が必要でしょう。よく知らないのに、相手を嫌うなんて愚かな行動です!」
「は、はぁ……?」
そう、相手をよく知らないのに嫌いだなんて言ってはいけない。なんて、今思ったんだけどね。
椛は私の勢いに負けて、少したじろいでいる。
「私が知ってる椛のことと言えば、頑固者、短気、純粋、真面目とかしか知らないですし」
「結構知ってるじゃないですか」
「さぁ、椛も遠慮無く私に質問して良いですよ!」
「興味ありません」
「ぬぁっ!?」
キッパリと一刀両断された気分。
思わず変な声を上げてしまった。そんなに私に興味が無いか。いや、好かれて無いのは分かってたけど。
「いや、正しくは興味がありませんでした」
「はい?」
「でも、今では、射命丸様がどうしてあんなに強いのか、何故私を完全に拒絶しないで、私を知ろうとするのか、いろいろと気になります。射命丸様という存在を、知ってみたいと思ってます」
うわ、何か聞き方によっては恥ずかしい台詞だ。
それなのに、椛はいつも以上にまっすぐな瞳で言うものだから、私は余計に恥ずかしい。
「射命丸様、えと……その」
「どうしました?」
まっすぐな瞳が、今度は揺れている。何か言いづらいことでも、あるのだろうか。椛がこんなにも落ち着きが無いのは、珍しく思えた。
椛が唾を飲み込む音が、聞こえた。
「しゃ、射命丸様!」
「は、はい!?」
突然の大声に、私はびくっとする。
「あの……ご趣味は?」
「……は?」
「で、ですからご趣味は?」
「えと、それ訊くためだけに、あんな緊張してたの?」
あまりにも予想外で、思わず取材モードが解けてしまった。
椛は顔を赤くして、
「わ、悪いですか!? こういう、他人と触れ合うこと慣れて無いんですよ! しかも、改めて何かを訊くなんて恥ずかしいじゃないですか!」
と言った。
あー、確かに椛は今まで他人に興味持って無かったみたいだし、慣れて無いのかも。けど、ここまで可愛らしい反応をするとは思わなかった。
思わず笑いが込み上げてくる。
「あー笑わないで下さいよ!」
「ご、ごめん……くっ、だって予想外過ぎて」
「かなり勇気出したんですから……」
「そうね、私の趣味は新聞作り。ネタは自慢の速さで幻想郷を飛び回り、集める。他に質問は?」
「ぅ~……今日はもう良いです」
「あやややや、そうですか」
再び取材モードに切り替える。
さて、そういえば今日一日椛を世話すると言った。
「椛、何か食べたい物ありますか?」
「え、あの……私がやりますよ」
「世話すると言いましたから」
「私、射命丸様が料理するところを見たことが無いのですが」
「安心して下さい。数年振りですが、必ず美味しい料理を作ってみせます! えーと、隠し味にすり下ろした賢者の石を少々……パチュリーさんからお裾分けして貰っておいて良かった」
「何作る気ですか!」
「私オリジナルのゆでたまごです」
「ゆでたまご!? もうやめて下さい……私が料理します」
「冗談ですよ。あややややジョークです」
椛は冗談が通じないなぁ。さて、久し振りの料理だ。本気でやろう。多分、腕は落ちて無いとは思う。
出来上がった頃には、この溜め息ばかり吐いている椛を、笑顔に変えてやるくらいの料理が出来上がっているだろう。
「物凄い不安です」
「腕は落ちて無いですよ」
「本当ですか、それ?」
「大丈夫ですよ。私が椛に嘘吐いたことありますか?」
「はい、覚えてる限りでも二十回以上」
「……ですよね」
本日二回目の同じようなやりとりをする。
こうなったら、意地でも美味しい料理を食べさせてやる。
そんなことを考えながら、私が塩の入った入れ物だと思って掴んだ物は、醤油瓶だった。
でも、きっと二人ならいつの日にか
仲良くおしゃべりしている気がしますwww
よくあるよねwww
文と椛がじゃれ合うのが見てみたいです
いつもは糖分過大なのに
でもこんな酸っぱい味もいいですね
流石に無茶振りか。
続き読みてぇ~。
さあ作業に戻るんd
でも物足りないんで半減で。