太陽は狂っている。
なぜ、こんなにも夏になると照りつけるのだろう。もう少し休んでも罰は当たらないと思うし、逆に冬はもう少し頑張ればいい。
「あちぃ……」
そんな事を考えながら、黒ずくめに白いエプロンを付けた暑苦しい格好の少女は、よろよろと人間の里を歩いていた。
太陽の熱を存分に吸収しそうな格好の彼女は、魔法の森に住む普通の魔法使いである霧雨魔理沙である。魔理沙は、炎天下の往来で汗をダラダラ垂らしながら、よろよろと歩いていた。
カランカランとまるで香霖堂のドアベルのような鐘の音がする。
見れば、通りの先でアイスキャンディー売りの姿があった。
「……アイスキャンディーの値段は……二銭。私の財布の中身も……二銭」
買えば、魔法使いの財布の中身が全部吹き飛ぶ。
彼女の身体を熱風が吹き抜け、ちりんとどこかで風鈴が鳴った。
ええー、ひゃっこいよぅ。つめたぁーくて、おいしいアイスキャンデイはいらんんかねぇー。
ひゃっこいよぉ。ミルク、ソーダ、パインにイチゴ。あまぁーくて、つめたくて、おいしいアイスキャンデイはいらんかねぇー。
アイスキャンディー売りのオヤジさんの売り文句が、魔理沙を激烈に誘惑し、冷たくて甘いアイスキャンディーを想像するだけで白黒の魔法使いは強い渇きを覚えた。
日陰のない太陽がじりじりと照りつける往来で、霧雨魔理沙は考える。
照り返しがキツイので、地面は反省して照り返さないようにするべきだ。
あと石は熱を蓄えるのをやめろ。
「違う!」
魔理沙は、ブンブンと頭を振る、あまりの暑さに思考があさっての方向に飛んで行ってしまった。
だいたい、この二銭は昼飯代、それをアイスキャンディーにしてしまっては、あとで空きっ腹を抱えて後悔するに違いない。
「……とりあえず、もりそばでも食うか」
せめて、もう少し財布に金を入れて来るべきだった。
あまり持っていると無駄遣いをしてしまうので、最低限しか財布に金を入れないようにしている事が、このような形で仇になるとは……今度から十銭ぐらいは持ち歩こう。
「……おや?」
いきつけの蕎麦屋の前に来て、魔理沙は声を上げる。
店の前に奇妙なのぼりが立ち、他の飯屋に比べて格段に賑わっているからだ。
そののぼりには、
ただいま、氷の妖精在中しております。
と、書いてある。
「ふぅん?」
霧雨魔理沙は訝しげな顔をするが、ここで悩んでいても仕方がない上に暑いことこの上ない。
さっさと入って、お冷でも貰おうと、他の店に比べて妙に長いのれんをくぐる。
ひんやりとした空気が魔理沙を迎えた。
「な、なんだ!?」
外は炎天下だというのに中はまさに別世界。
涼しげな空気は心地よく、まるで夏から秋にタイムスリップしてしまったかのようだ。
「いらっしゃいませー、一名様ですか?」
女給が声をかけてくる。それに魔理沙は「あ、ああ、一名だぜ」と呆然としながら答えた。
以前、暑い夏を涼しくすごす為に幽霊を使ったことがあるが、その涼しさとは一味違う。幽霊の寒さは、ゾクゾクするような身体に悪そうな寒さを含んでいたが、この涼しさはひんやりとした自然なものだ。
一体、どういう事かと思い、魔理沙は店の中をキョロキョロ見渡すと、その答えが出た。
小上りの一角に氷の妖精が気持ち良さそうに寝ているのだ。
「なるほど、チルノが居るから涼しいってわけだ」
「はいっ チルノさんに来ていただくと、店が涼しくなって大繁盛です」
納得したように頷く魔理沙に、女給はとても嬉しそうに返した。
魔理沙が店の中を見渡すと、店の窓は全て閉め切られている。こうしてチルノの冷気を逃がさないようにしているから、この蕎麦屋はこうも快適なのだろう。
たぶん入口の長いのれんも、同じように冷気を逃さないためにこしらえたに違いない。
カウンターに案内されて、一息。もりそばを頼むと、特にすることがないので寝ているチルノを観察してみる。
するとチルノのテーブルの上には、食べかけのアイスやら、ざるそばやらおもちゃやらが散乱していた。
「えらい豪勢だな、金足りるのかアイツ」
氷の妖精に収入源があるなど、聞いたこともない。
可能性として考えられるのは、せいぜい落ちている金を拾うくらいか。
「おおーい、おあいそ」
そんな事を魔法使いが考えていると、小上がりで食べていた恰幅の良い老紳士が声を上げた。どうやら勘定のようで調理場に戻った女給が慌てて帰って来る。
勘定を済ませる老紳士の食べていたのは、天麩羅御前。この暑い夏に天麩羅をがっつり食べるとはかなりの健啖家だと魔理沙が舌を巻いていると、
「あと、そこの妖精のお嬢ちゃんが起きたら、これで良い物食べさせてやって」
と言って、老紳士は女給に一円札を握らせた。
その様子を見て、魔理沙はある事に気が付き、くっくっくと笑う。
どうやら、この蕎麦屋ではチルノはちょっとしたアイドルのようだ。
周りを良く見てみれば、帰り際に妖精に手を振る子供や母親、寝ているチルノを見て妙に幸せそうにしている男、何処かで買ってきたお団子をお供えするお婆さんなどが散見する。
「これなら、チルノが金を払う必要もないわけだな」
「そもそも、チルノさんからお金を取る気は無いんですけどね……はい、もりそばお待ち!」
流石はもりそば、注文したらすぐに来る。
女給の話によると、暑い店内を涼しくしようと考えた店主が、夏の間は何を食べてもタダにする代わりに、店にできるだけ来てほしいと、チルノに頼み込んだのが始まりらしい。
聞いていると、どちらかと言うと頼んだというよりも、餌付けと呼んだ方が正しいと魔理沙は思ったが、その辺はどちらでもいい事だ。
ともあれ、そうしたら夏なのに涼しくて素晴らしいと評判になって客足も増えて万々歳。で、終わるところが、そこからさらに氷の妖精というものは可愛いではないかと、チルノ自体が予想外の人気となったのだという。
「……ずいぶん、凄いのか?」
魔理沙が、指で丸を作って女給に聞く。
「……かなりイイです」
女給は、小声で魔理沙に囁いた。
根掘り葉掘り聞いてみると、現在の時点で蕎麦屋の売り上げは前年比の三倍に達したという。
涼しい店内で蕎麦をたぐり、すっかり元気になった魔理沙は勘定をする。
風通しの良くなった財布の中身を眺めると
「ふうむ、我が霧雨魔法店も、チルノがいれば繁盛するのかな?」
と、少しだけ切なげにぼやいた。
帰り際に「ううん」とチルノが身じろぎしているのが見える。すると、蕎麦をたぐっていた客たちは「キャーカワイイ」などと声を上げた。
「ううむ、私だって可愛いと思うんだがなぁ」
なぜか対抗心を燃やしながら、霧雨魔理沙は店を出るのだった。
冒頭のアイスキャンディーが印象的なので
最後に何かひとつ絡んでくれると話としてはきれいだったかなと思ったり
あと一応誤字
アイスキャンディー売りが姿をあった→の姿が
野生の動物に餌をやってはいけませんw
それで、その蕎麦屋は何処にあるのかね?
季節を先取りしたお話、チルノ人気と併せて堪能させていただきました。
>蕎麦をたぐる
良いですねぇ、こういう言い回しがスッと出るようになりたいものです。
この文章でなんかほのぼのしました。
小上りなんて用語初めて知りましたよ。
読んでいて気持ちよくなる話でした。
別に氷精の愛らしさにホイホイされたわけではないのだァ!
チルノのように自由に生きたいな…
チルノも魔理沙も可愛いぜ。
あ、それ俺だ
現実の暑さとリンクしていて、チルノの愛しさも通常の三倍になる予感。
チルノ抱っこサービスはまだですか。
ところでHNがいつもと違っているのには何か意味があったりするのだろうか。んー……?
後昼飯代が二銭と書いてるのを見て、明治生まれの祖父が昔はうどん一杯二銭五厘やったなぁ と言ってたのをふと思い出した…
可愛いなぁ
店番猫みたいなものなんですね。
和みました。
お客さんとかお店の人とかサブキャラもとっても良い味出してて素敵です。
そしてチルノに負けず劣らず、可愛らしさを気にする魔理沙が誠に可愛いですね!
ちょっと蕎麦屋行ってくる。
こんなお店に行きたいものだ