さとりが出かけた。お燐を連れて。
怨霊が出たことによる、地上への影響の確認ということだった。
しかし、それだけではないことをこいしもお空も良く知っていた。
「それではいってきますね、留守番よろしくお願いします」
「いってくるね~」
さとりが静かに、お燐が元気に挨拶して地霊殿を飛び出す。こいしとお空はにこやかに送り出す。
「行ってらっしゃい。さとり様、お燐」
「おみやげよろしくね~」
さとり達に手を振って、こいしとお空は見送った。
姿が完全に見えなくなるまで手を振り続ける。
3、
2、
1
ぶわあぁ。
二人は滝のように涙を流した。
「うっう、お姉ちゃあん~。最近お燐とばっかり~」
「ひどいよお燐。何で私も連れて行ってくれないの……」
ぼろぼろとその場で泣き崩れる二人。その声を聞きつけてある妖怪が地霊殿の玄関にやってきた。
「ど、どうしたの?」
「ひぐ……えぐ……あ、ぱるぱる」
さとりに借りた本を返しに来たパルスィは、突然玄関で二人が泣いてるのを見て驚いて目を丸くしていた。
「ぱるぱる言うな。で、どうしたのよ。」
「ぱるぱる~~聞いて~~」
いきなりこいしがパルスィに抱きついてくる。
「ちょっと、先に顔を拭きなさい」
「う、ごめん……」
「はい、ハンカチ」
「ありがとう」
こいしとお空がお互いに涙を拭く。吹き終わって絞ると水たまりが出来た。
どれだけ泣いているのだ。
「で、どうしたのよ」
「ちょっと聞いてくださいよ! 最近さとり様とお燐が仲良すぎるんです!」
泣き終わるとお空がいきなりまくし立てた。
「そうそう! この前のおやつの時間からなんだか急に仲良くなり始めて!」
こいしも続く。
「ほほう」
パルスィは興味を持った。
どうせ下らない理由だろうと思っていたが、どうやら自分好みの話らしい。
「……あれ、ちょっと待って。というか地霊殿にはおやつの時間があるの?」
「あるよ。10時と3時に」
「幼稚園かい」
「でね、ひどいんですよ!」
「……スルーするのね。まあいいわ」
うんざりしながらもパルスィが先を促す。
「最近お燐私と一緒にご飯食べてくれないんですよ! いっつもさとり様のところ行って。私は灼熱地獄を離れられないのに!」
「あ~なるほどね」
何だ、微笑ましいものじゃないかとパルスィは考えた。
「お姉ちゃんも最近一緒にご飯食べてくれないの!」
「あらあなたも」
「それどころかお風呂も入ってくれないし、同じ部屋で着替えてくれないし、一緒に寝てもくれないんだよ!」
「てめえは少し自重しろ」
パルスィは頭痛がしてこめかみを押さえた。変態妹め。
放っておいている間にも、二人はどんどんネガティブな方向へと思考をずらしていく。
「はあ……だめだ、何も手につかない……」
「二人が今頃いちゃこらしてるかと思うと……」
「あら、随分弱気ね」
お空は地に臥し、こいしは空を見上げてさめざめと泣いている。
「ああ、もう面倒だから灼熱地獄の火力MAXにしちゃおうかな……」
「私も無意識に紅白巫女の頭蹴飛ばしてこようかなあ……」
「ちょっと待てええっ!」
ささいなきっかけで地底が危機!
だめだこいつら、早く何とかしないと……。
パルスィは思った。もしかするととんでもないことに関わってしまったかもしれない。
「はあ……そんなに心配なら見に行ってみたら?」
そこでパルスィはそう提案してみた。
「「え?」」
こいしとお空がきょとんとする。
そういったことは考えていなかったらしい。
「本当にさとりとお燐がいちゃいちゃしてるか気になるならあとをつけてみればいいでしょう」
まあ、さとりのことだから、こいつらの心配しているようなことは無いだろう。
そんな二人の様子を見れば落ち着くに違いない。
パルスィはそう考えていた。
「なるほど! グッドアイディア!」
こいしがびしっと親指を突き立てて言う。
「え、うにゅ、勝手につけたりなんてしていいんですか」
「私も尾行は趣味じゃないけど、今のあなたたちじゃ仕事になんないでしょう」
「う、そうですけど……」
ため息をつくお空。
こいしだけが一人元気に盛り上がっていた。
「そうと決まったらさっそく行くよーーー!」
地上、紅魔館を対岸に臨む湖の湖畔で。
『ねえ、さとりさま、そろそろお昼にしません?』
『あら……まだ地上に出たばかりですが』
『でもでも、ここら辺天気良くて気持ちいいし、時間的にも良いし……』
『……わかりました。そんなにお燐の作ったおにぎりを私に食べさせたいのですね』
『ふえ! あ……はい、まあ……』
『ふふ。ありがとう、お燐』
バキッ!(こいしが双眼鏡を壊す音)
『はい、さとり様。お茶です』
『ありがとう……ってあら? 水筒が一つだと、コップが一人分しかないわね』
『…………』
『お燐、何か代わりになるものは……って、え! あなたまさか』
『な、なんのことですか? 燐は知りません』
『私の前で嘘をついてはいけませんよ。
……はあ、仕方ない。そこまで言うならいいでしょう。
出る前にあなたの心をもっと覗いておくべきでした』
『やたっ!』
『……そんな間接キスキスって、心の中で叫ばないでください……』
グシャッ!(お空が望遠鏡を粉々にする音)
「「めっちゃいちゃいちゃしてるじゃんっ!」」
「うーん、これは予想外ねえ……」
完全にぶちきれるこいしとお空。パルスィがため息をつく。冷ますつもりが火をつけてしまった。
今三人は湖近くの木陰に潜み様子を伺っていた。
パルスィはあきれて額に手をやる。
甘かった。
さとりはまあ、軽いピクニックのようなつもりで来ているが、お燐がここぞと攻めまくっている。
ガンガンいこうぜ、だ。若さって怖い
二人っきりということもあってか、いちゃいちゃモード全開だった。
二人の様子にお空は血の涙を流しているし、こいしは………ってあれ?
「ねえ、こいしは?」
「うう、お燐……って、へ? さっきまでそこに」
と、見回すと……。
いたいた。さとり達のそばに。
無意識の能力を使っているのか、向こうは気付いていない。
こいしはにこやかな笑顔で佇んでいた。
……手にはナイフを持って。
「「ちょっと待てえええええ!!」」
空とパルスィは同時に叫んだ。
『フフフ、……お燐、ごめんね。でもお燐がいけないんだよ』
こいしがナイフを振りかぶる。目が完全にきまっていてものすごい怖い。
『へくちっ!』
しかしお燐がタイミングよくくしゃみをしたことで、こいしのナイフは目標にわずかにそれた。
『あら、大丈夫?』
『いえいえ、大丈夫です。誰かうわさしてるのかな?』
『それは迷信でしょう』
健在なお燐とさとりの様子を見てほっと胸をなでおろしたパルスィは、すぐに叫んだ。
「空!」
「がってん!」
空は一度翼をはためかせると、一瞬のうちに旋風となってこいしのもとへと向かった。
鴉天狗もかくやの速度でこいしを攫うとそのまま一直線に空へとあがる。
目にも止まらない早業。後に残るのは一蹴のつむじ風だけだ。
これでひとまず距離をとらせることには成功した。
『うわっ、急に風が……』
『きゃあっ!』
『さとり様、大丈夫ですか?』
『ええ、心配ないわ』
都合のいいことにこいしの無意識能力が作用しているらしくさとりとお燐は気づいていない。
パルスィはほっと胸をなでおろした。
上空へと目を転じると、空とこいしが争っていた。
「おくう離して! あいつ殺せない!」
「だめですよ! 正気に戻ってください」
ぎゃいのぎゃいの。暴れるこいしをお空が必死に押さえ込む。
「だめなの! 例えお燐でも、お姉ちゃんは渡さないの!」
「そんな、私だって、お燐をこいし様の好きにはさせられません!」
「どうしてもっていうの」
「やる気ですか」
こいしがついに空の腕を抜け出して距離をとる。空もこいしを見つめて構えた。
「……どうやら、先に決着をつけねばならない相手がいるようね」
「お燐を守るためなら、こいし様、私は例えあなたとも戦います」
二人の間に不穏な空気が満ちる。
一触即発の事態を敏感に感じ取ったパルスィは再び顔を引きつらせた。
え、何この状況。
何でこんなことになっているの?
パルスィの背をいやな汗がだらだら流れる。地底の二大実力者が暴れてただで済むはずがない。
パルスィは大きく息を吸い込む。
「二人とも、争うのはやめて! お願い、正気に戻って」
とりあえず古典的方法を試してみたが効果はなかった。
そりゃそうだ。そもそもこんな言葉で戻れば世話ないと思う
二人の嫉妬パラメーターはすでに振り切れる寸前だ。嫉妬を操る能力だから、わかる。
自分がこのまま抑えるにも限界があるだろう。
もはや幻想郷全体の問題となってしまい、パルスィは応援を呼ぶことにした。懐からヤマメ式糸電話を取り出す。
糸が折れようが曲がろうが声を通す優れものの不思議な糸電話である。難点はヤマメにしか繋がらないところ。
「あんまりあいつに借りを作りたくは無いんだけど……」
パルスィは応援を呼びながら上空の二人を見つめた。
チリチリとした空気が二人の間で次第に高まり――やがて爆発した。
「おくうううーーーーっ!!」
「こいしーーーーっ!!」
二人は飛び出したかと思うとあっという間に交錯し、一泊送れて巨大な爆発が起こった。
爆風は当たりに響き渡り地面を揺らす。
「……手加減っていうものを知らないのバカ!」
パルスィは、地面に伏せながら毒づいた。上空で様々な弾幕が形成される音が起きる。
パルスィが空を見上げると、そこでは、まさに次元の違う戦いが展開されていた。
空の非常識に巨大な範囲攻撃を、こいしは無意識によって軽々とよける。
パルスィは息を呑んだ。本当に力ある者の弾幕はいつ見ても美しかった。
……しかし、何でこんな大事になっているのだろう。冷静になるとちょっと泣きそうになるパルスィだった。
何度も攻め手が移り変わり、二人とも幾枚かのスペルカードを消費したとき、優劣がはっきりするようになった。
まだいくらか理性を持って戦っているのか、空の弾幕に押しが足りない。こいしは野生の獣のように、無軌道だが鋭く無駄のない攻撃を仕掛けてくるため、徐々に空が追い詰められていった。
空の顔に焦りが浮かぶ。燐もさとりも、こいしをも守ろうとすることによる焦りだった。
やがて、こいしのとっておきが炸裂し、空はそれをあわてて迎撃した。
しかし一歩及ばず、空がミスをして撃墜される。
「空!」
パルスィが口元を押さえて叫んだ。
そのまま湖に吸い込まれるかと思われた空の体は、しかし別の手によって救い上げられた。
「おっと、間に合ったね」
ヤマメだ。黒谷ヤマメが糸を網のようにして空の体を柔らかく受け止めていた。
「ヤマメ!」
「勇儀もいるよ」
ヤマメは屈託なく笑うと、上を指差した、空の上では勇儀がこいしを取り押さえている。
「はーなーせーーーっ!」
「おいおい、暴れるな」
さすがのこいしも鬼の力には適わないのか、苦もなく抑え込まれていた。
パルスィはようやく息をつく。ヤマメが空から岸に戻り、パルスィに話しかけた。
「間に合ってよかったよ」
「遅いくらいだわ」
「手厳しいね」
ヤマメはくすくす笑っていた。
こいしはヤマメの糸でミノムシのようにぐるぐる巻きに縛られ、ようやく抵抗をやめた。
空も一応縛られたがどちらかというと包帯のようにまかれミイラのような格好になった。
「じゃ、私達は帰るよ」
「ええ、ご苦労様」
「なに、気にするこたない。もののついでに山の様子でも見ていくさ」
勇儀とヤマメはそんな挨拶を残して、二人で消えていった。
「なにやら、私たちの知らない間に大変なことがあったようですね」
そしてさとり達も、弾幕戦の後半くらいからさすがに気付いたようで、こいしと空の様子を見て目を丸くしていた。
パルスィはイラついて答える。
「さとり、あんたねえ、一人のほほんと。
あなたのおかげでどれだけ……」
パルスィはそこまで言いかけて口をつぐんだ。
「どうしたのですか」
「……いいえ、やっぱりなんでもないわ。……どう、今日は楽しかった?」
「ええ」
さとりは幸せそうに返事をした。パルスィは、そう、と小さく呟く。
「何か言いかけていたのではないですか?」
「もういいのよ、あなたが楽しかったのなら、それでいいの」
パルスィは無理やり話を打ち切るように言うと、さとりから顔を背ける。
「こいしと空はどうするの?」
「お燐に運ばせるつもりです。心配はいりません」
「そう」
パルスィは興味なさそうに返事をした。
「じゃ、もう私は帰るわ」
「え」
「用は済んだでしょう。早く帰って寝たいの」
「そうですか……。
ではこちらから一つだけよろしいですか」
さとりの言葉に、パルスィは振り返った。
「ごめんなさい。今日はありがとうございました」
謝罪とお礼を同時に言われ、パルスィは眉をひそめる。
「……意地が悪いわね」
「嫌われ者ですから」
したり顔で頷くさとりに、パルスィは、フン、と鼻を鳴らした。
「……自分が嫌われ者わかっているなら、家族の気持ちくらいちゃんと知っときなさい。
二人とも、あなたが急に離れて、寂しかっただけなのよ」
「ええ、わかってます」
さとりは、その笑みを深くして言った。
「だから、ごめんなさい、と言ったのですよ。……パルスィ」
パルスィはまた、フン、と鼻を鳴らしただけだった。
(おわり)
怨霊が出たことによる、地上への影響の確認ということだった。
しかし、それだけではないことをこいしもお空も良く知っていた。
「それではいってきますね、留守番よろしくお願いします」
「いってくるね~」
さとりが静かに、お燐が元気に挨拶して地霊殿を飛び出す。こいしとお空はにこやかに送り出す。
「行ってらっしゃい。さとり様、お燐」
「おみやげよろしくね~」
さとり達に手を振って、こいしとお空は見送った。
姿が完全に見えなくなるまで手を振り続ける。
3、
2、
1
ぶわあぁ。
二人は滝のように涙を流した。
「うっう、お姉ちゃあん~。最近お燐とばっかり~」
「ひどいよお燐。何で私も連れて行ってくれないの……」
ぼろぼろとその場で泣き崩れる二人。その声を聞きつけてある妖怪が地霊殿の玄関にやってきた。
「ど、どうしたの?」
「ひぐ……えぐ……あ、ぱるぱる」
さとりに借りた本を返しに来たパルスィは、突然玄関で二人が泣いてるのを見て驚いて目を丸くしていた。
「ぱるぱる言うな。で、どうしたのよ。」
「ぱるぱる~~聞いて~~」
いきなりこいしがパルスィに抱きついてくる。
「ちょっと、先に顔を拭きなさい」
「う、ごめん……」
「はい、ハンカチ」
「ありがとう」
こいしとお空がお互いに涙を拭く。吹き終わって絞ると水たまりが出来た。
どれだけ泣いているのだ。
「で、どうしたのよ」
「ちょっと聞いてくださいよ! 最近さとり様とお燐が仲良すぎるんです!」
泣き終わるとお空がいきなりまくし立てた。
「そうそう! この前のおやつの時間からなんだか急に仲良くなり始めて!」
こいしも続く。
「ほほう」
パルスィは興味を持った。
どうせ下らない理由だろうと思っていたが、どうやら自分好みの話らしい。
「……あれ、ちょっと待って。というか地霊殿にはおやつの時間があるの?」
「あるよ。10時と3時に」
「幼稚園かい」
「でね、ひどいんですよ!」
「……スルーするのね。まあいいわ」
うんざりしながらもパルスィが先を促す。
「最近お燐私と一緒にご飯食べてくれないんですよ! いっつもさとり様のところ行って。私は灼熱地獄を離れられないのに!」
「あ~なるほどね」
何だ、微笑ましいものじゃないかとパルスィは考えた。
「お姉ちゃんも最近一緒にご飯食べてくれないの!」
「あらあなたも」
「それどころかお風呂も入ってくれないし、同じ部屋で着替えてくれないし、一緒に寝てもくれないんだよ!」
「てめえは少し自重しろ」
パルスィは頭痛がしてこめかみを押さえた。変態妹め。
放っておいている間にも、二人はどんどんネガティブな方向へと思考をずらしていく。
「はあ……だめだ、何も手につかない……」
「二人が今頃いちゃこらしてるかと思うと……」
「あら、随分弱気ね」
お空は地に臥し、こいしは空を見上げてさめざめと泣いている。
「ああ、もう面倒だから灼熱地獄の火力MAXにしちゃおうかな……」
「私も無意識に紅白巫女の頭蹴飛ばしてこようかなあ……」
「ちょっと待てええっ!」
ささいなきっかけで地底が危機!
だめだこいつら、早く何とかしないと……。
パルスィは思った。もしかするととんでもないことに関わってしまったかもしれない。
「はあ……そんなに心配なら見に行ってみたら?」
そこでパルスィはそう提案してみた。
「「え?」」
こいしとお空がきょとんとする。
そういったことは考えていなかったらしい。
「本当にさとりとお燐がいちゃいちゃしてるか気になるならあとをつけてみればいいでしょう」
まあ、さとりのことだから、こいつらの心配しているようなことは無いだろう。
そんな二人の様子を見れば落ち着くに違いない。
パルスィはそう考えていた。
「なるほど! グッドアイディア!」
こいしがびしっと親指を突き立てて言う。
「え、うにゅ、勝手につけたりなんてしていいんですか」
「私も尾行は趣味じゃないけど、今のあなたたちじゃ仕事になんないでしょう」
「う、そうですけど……」
ため息をつくお空。
こいしだけが一人元気に盛り上がっていた。
「そうと決まったらさっそく行くよーーー!」
地上、紅魔館を対岸に臨む湖の湖畔で。
『ねえ、さとりさま、そろそろお昼にしません?』
『あら……まだ地上に出たばかりですが』
『でもでも、ここら辺天気良くて気持ちいいし、時間的にも良いし……』
『……わかりました。そんなにお燐の作ったおにぎりを私に食べさせたいのですね』
『ふえ! あ……はい、まあ……』
『ふふ。ありがとう、お燐』
バキッ!(こいしが双眼鏡を壊す音)
『はい、さとり様。お茶です』
『ありがとう……ってあら? 水筒が一つだと、コップが一人分しかないわね』
『…………』
『お燐、何か代わりになるものは……って、え! あなたまさか』
『な、なんのことですか? 燐は知りません』
『私の前で嘘をついてはいけませんよ。
……はあ、仕方ない。そこまで言うならいいでしょう。
出る前にあなたの心をもっと覗いておくべきでした』
『やたっ!』
『……そんな間接キスキスって、心の中で叫ばないでください……』
グシャッ!(お空が望遠鏡を粉々にする音)
「「めっちゃいちゃいちゃしてるじゃんっ!」」
「うーん、これは予想外ねえ……」
完全にぶちきれるこいしとお空。パルスィがため息をつく。冷ますつもりが火をつけてしまった。
今三人は湖近くの木陰に潜み様子を伺っていた。
パルスィはあきれて額に手をやる。
甘かった。
さとりはまあ、軽いピクニックのようなつもりで来ているが、お燐がここぞと攻めまくっている。
ガンガンいこうぜ、だ。若さって怖い
二人っきりということもあってか、いちゃいちゃモード全開だった。
二人の様子にお空は血の涙を流しているし、こいしは………ってあれ?
「ねえ、こいしは?」
「うう、お燐……って、へ? さっきまでそこに」
と、見回すと……。
いたいた。さとり達のそばに。
無意識の能力を使っているのか、向こうは気付いていない。
こいしはにこやかな笑顔で佇んでいた。
……手にはナイフを持って。
「「ちょっと待てえええええ!!」」
空とパルスィは同時に叫んだ。
『フフフ、……お燐、ごめんね。でもお燐がいけないんだよ』
こいしがナイフを振りかぶる。目が完全にきまっていてものすごい怖い。
『へくちっ!』
しかしお燐がタイミングよくくしゃみをしたことで、こいしのナイフは目標にわずかにそれた。
『あら、大丈夫?』
『いえいえ、大丈夫です。誰かうわさしてるのかな?』
『それは迷信でしょう』
健在なお燐とさとりの様子を見てほっと胸をなでおろしたパルスィは、すぐに叫んだ。
「空!」
「がってん!」
空は一度翼をはためかせると、一瞬のうちに旋風となってこいしのもとへと向かった。
鴉天狗もかくやの速度でこいしを攫うとそのまま一直線に空へとあがる。
目にも止まらない早業。後に残るのは一蹴のつむじ風だけだ。
これでひとまず距離をとらせることには成功した。
『うわっ、急に風が……』
『きゃあっ!』
『さとり様、大丈夫ですか?』
『ええ、心配ないわ』
都合のいいことにこいしの無意識能力が作用しているらしくさとりとお燐は気づいていない。
パルスィはほっと胸をなでおろした。
上空へと目を転じると、空とこいしが争っていた。
「おくう離して! あいつ殺せない!」
「だめですよ! 正気に戻ってください」
ぎゃいのぎゃいの。暴れるこいしをお空が必死に押さえ込む。
「だめなの! 例えお燐でも、お姉ちゃんは渡さないの!」
「そんな、私だって、お燐をこいし様の好きにはさせられません!」
「どうしてもっていうの」
「やる気ですか」
こいしがついに空の腕を抜け出して距離をとる。空もこいしを見つめて構えた。
「……どうやら、先に決着をつけねばならない相手がいるようね」
「お燐を守るためなら、こいし様、私は例えあなたとも戦います」
二人の間に不穏な空気が満ちる。
一触即発の事態を敏感に感じ取ったパルスィは再び顔を引きつらせた。
え、何この状況。
何でこんなことになっているの?
パルスィの背をいやな汗がだらだら流れる。地底の二大実力者が暴れてただで済むはずがない。
パルスィは大きく息を吸い込む。
「二人とも、争うのはやめて! お願い、正気に戻って」
とりあえず古典的方法を試してみたが効果はなかった。
そりゃそうだ。そもそもこんな言葉で戻れば世話ないと思う
二人の嫉妬パラメーターはすでに振り切れる寸前だ。嫉妬を操る能力だから、わかる。
自分がこのまま抑えるにも限界があるだろう。
もはや幻想郷全体の問題となってしまい、パルスィは応援を呼ぶことにした。懐からヤマメ式糸電話を取り出す。
糸が折れようが曲がろうが声を通す優れものの不思議な糸電話である。難点はヤマメにしか繋がらないところ。
「あんまりあいつに借りを作りたくは無いんだけど……」
パルスィは応援を呼びながら上空の二人を見つめた。
チリチリとした空気が二人の間で次第に高まり――やがて爆発した。
「おくうううーーーーっ!!」
「こいしーーーーっ!!」
二人は飛び出したかと思うとあっという間に交錯し、一泊送れて巨大な爆発が起こった。
爆風は当たりに響き渡り地面を揺らす。
「……手加減っていうものを知らないのバカ!」
パルスィは、地面に伏せながら毒づいた。上空で様々な弾幕が形成される音が起きる。
パルスィが空を見上げると、そこでは、まさに次元の違う戦いが展開されていた。
空の非常識に巨大な範囲攻撃を、こいしは無意識によって軽々とよける。
パルスィは息を呑んだ。本当に力ある者の弾幕はいつ見ても美しかった。
……しかし、何でこんな大事になっているのだろう。冷静になるとちょっと泣きそうになるパルスィだった。
何度も攻め手が移り変わり、二人とも幾枚かのスペルカードを消費したとき、優劣がはっきりするようになった。
まだいくらか理性を持って戦っているのか、空の弾幕に押しが足りない。こいしは野生の獣のように、無軌道だが鋭く無駄のない攻撃を仕掛けてくるため、徐々に空が追い詰められていった。
空の顔に焦りが浮かぶ。燐もさとりも、こいしをも守ろうとすることによる焦りだった。
やがて、こいしのとっておきが炸裂し、空はそれをあわてて迎撃した。
しかし一歩及ばず、空がミスをして撃墜される。
「空!」
パルスィが口元を押さえて叫んだ。
そのまま湖に吸い込まれるかと思われた空の体は、しかし別の手によって救い上げられた。
「おっと、間に合ったね」
ヤマメだ。黒谷ヤマメが糸を網のようにして空の体を柔らかく受け止めていた。
「ヤマメ!」
「勇儀もいるよ」
ヤマメは屈託なく笑うと、上を指差した、空の上では勇儀がこいしを取り押さえている。
「はーなーせーーーっ!」
「おいおい、暴れるな」
さすがのこいしも鬼の力には適わないのか、苦もなく抑え込まれていた。
パルスィはようやく息をつく。ヤマメが空から岸に戻り、パルスィに話しかけた。
「間に合ってよかったよ」
「遅いくらいだわ」
「手厳しいね」
ヤマメはくすくす笑っていた。
こいしはヤマメの糸でミノムシのようにぐるぐる巻きに縛られ、ようやく抵抗をやめた。
空も一応縛られたがどちらかというと包帯のようにまかれミイラのような格好になった。
「じゃ、私達は帰るよ」
「ええ、ご苦労様」
「なに、気にするこたない。もののついでに山の様子でも見ていくさ」
勇儀とヤマメはそんな挨拶を残して、二人で消えていった。
「なにやら、私たちの知らない間に大変なことがあったようですね」
そしてさとり達も、弾幕戦の後半くらいからさすがに気付いたようで、こいしと空の様子を見て目を丸くしていた。
パルスィはイラついて答える。
「さとり、あんたねえ、一人のほほんと。
あなたのおかげでどれだけ……」
パルスィはそこまで言いかけて口をつぐんだ。
「どうしたのですか」
「……いいえ、やっぱりなんでもないわ。……どう、今日は楽しかった?」
「ええ」
さとりは幸せそうに返事をした。パルスィは、そう、と小さく呟く。
「何か言いかけていたのではないですか?」
「もういいのよ、あなたが楽しかったのなら、それでいいの」
パルスィは無理やり話を打ち切るように言うと、さとりから顔を背ける。
「こいしと空はどうするの?」
「お燐に運ばせるつもりです。心配はいりません」
「そう」
パルスィは興味なさそうに返事をした。
「じゃ、もう私は帰るわ」
「え」
「用は済んだでしょう。早く帰って寝たいの」
「そうですか……。
ではこちらから一つだけよろしいですか」
さとりの言葉に、パルスィは振り返った。
「ごめんなさい。今日はありがとうございました」
謝罪とお礼を同時に言われ、パルスィは眉をひそめる。
「……意地が悪いわね」
「嫌われ者ですから」
したり顔で頷くさとりに、パルスィは、フン、と鼻を鳴らした。
「……自分が嫌われ者わかっているなら、家族の気持ちくらいちゃんと知っときなさい。
二人とも、あなたが急に離れて、寂しかっただけなのよ」
「ええ、わかってます」
さとりは、その笑みを深くして言った。
「だから、ごめんなさい、と言ったのですよ。……パルスィ」
パルスィはまた、フン、と鼻を鳴らしただけだった。
(おわり)
なんてのは置いといて、くすりとするお話でした。
>地底はみんなパルスィをお嫁さんにすればいいよ
確かにwwww
懐かしいネタがw
燐とイチャついてたように見えるんだがw
てっきりお燐とさとりがこいしと空にプレゼントを……みたいなオチかと思ったんですが
道中がとても良かっただけにオチが無くなし崩しに終わった印象を受けました
パルスィはなんだかんだ言って世話をやくイメージがあります。
>12 名前が無い程度の能力さん
ありがとうございます。こいしはお姉ちゃんへの愛が止まりません
>13 奇声を発する程度の能力さん
わあ! ありがとうございます。
パルスィは一家に一人欲しい妖怪です。
>15 名前が無い程度の能力さん
面白くするのって本当に難しいと思います。皆なんでギャグ思いつくんだ……?
>19 名前が無い程度の能力さん
ちょいとネタが古すぎたかも。
でも、名言だと思ってますw
>22 名前が無い程度の能力さん
さとり様は人の視線があると受けになるんです。防戦一方なんです。
でも二人きりだとねちねちと責めるタイプだと思います。
そんなところを最後のパルスィで書いたつもりでした。
>26 名前が無い程度の能力
なるほど! そういうオチもありましたね!
オチをもっと気を抜かないで書かないと……。
読んでいただきありがとうございました。