春、晴れ、永琳の部屋、庭で散った桜の花が風に乗って部屋に舞い込んでくる。
私は暇をもてあまし、組んだ手を枕に仰向けになって天井のシミを数えていた。ここの部屋の主はカルテの虫になって私を無視。
お、今のはいい感じ。
……しかしまぁ。暇は感覚を麻痺させるようだ。なんかこう、ものすごいことでも今なら平然と受け入れられる気がする。ふむ。
「えーりーん、ちゃんと下着つけてる?」
「……は?」
「や、だって永琳。いっつもロングのワンピースじゃない。つけてるかどうかなんてわかんないって」
「そんなこと言ったら輝夜だってそうじゃない」
呆れ顔を作りつつも手を止めこちらを振り返り、返事を返してくれる永琳。私は寝転がったままなので、永琳が逆転して見える。逆転……琳永? りんえー。
「おーう、りんえー」
「りんえーってなによ」
「ん?逆さまに見えるえーりんだからりんえー」
なんかちょっと面白い。りんえー、りんえー。あはっ。
「りん、えー、りん、えー」
「輝夜、それはやめて」
右腕を振りあげ、振り下ろす。それに合わせてりんえーりんえー言っていたら止められた。
「まぁ、そんなことはいいのよ、りんえー。つけてるの? つけてないの?」
「ちゃんとつけてるわよ」
そこで一つため息をつくりんえー。いったん椅子から立ち上がると私の枕もとに来て座り、顔を覗き込んでくる。まだりんえーだ。
「なんでいきなりそんなこと聞くのよ」
「なんか、今ならどんな衝撃的事実でも容易く受け入れられそうだったから」
再びため息をつくりんえー。その吐息が私の前髪を揺らしてくれる。それもなにかくすぐったくて、笑みがあふれた。
「あはっ」
「どうにも、いい笑顔ですね。姫」
苦笑いしつつも、頭を持ち上げて膝枕してくれる。昔を思い出しているのだろうか。目が、いつもより優しい気がした。
その姿勢のまま、前髪に優しく息を吹きかけてくる。そして髪が乱れると、そのしなやかな手で手櫛を入れて整えてくれる。その感触がこそばゆくて、目を閉じた。
そのまま、幾らかの時が流れた。前髪を揺らすのは吐息ではなく、外からの風になっている。それでも、髪が乱れるとすぐに手櫛を入れてくれた。そこに私はどうしようもなく安らぎを感じて、唇の端がつりあがるのを止められない。頭上の気配も微笑んでくれている気がした。
と、その時風が吹いて、頬に何かが張り付いた。うっすらと目をあける。
最初に目に留まったのは永琳……りんえーの白い手。その白い手は頬の何かをつまむと、それを見せびらかすように目の前にやって来てくれた。
「桜」
「さくら、ね」
それは桜の花びら。私が手を差し出しそれをねだると、りんえーはそれに逆らいもせずに渡してくれた。それをしばらく眺めていて、あることを思い出す。
「……ね、りんえー」
「まだ言ってるの?」
苦笑いしつつも、嫌そうじゃない。そんな顔が花びらの向こうに映る。ゆっくり手櫛を入れながら返事をしてくれた。
私は花びらを持っていない方の手、人差し指を口元に持っていき、軽く湿らせた。そこに花びらを張り付ける。
「桜の花びらって、食べれられるらしいよ?」
「知ってるわほっ」
その花びらをりんえーの口に押し込むつもりだったんだけど、急に顔を背けたせいで指が頬に突き刺さった。そのせいで、間抜けな音が口の端から漏れて。
花びらがはらりと舞い落ちる。
「わほって言った」
「言ってない」
そっぽを向きながら反論してくる。その間に私は落ちた花びらを見つけ、再び指に張り付けた。
「わほっ」
「だから―――んむっ?」
こっちに視線を向けて口を開いたところを見計らって、指ごと花びらを口に突っ込む。
りんえーは諦めたようで、一瞬呆れ顔を作ると目を閉じて舌で花びらを掬いとった。
その際に私の指に暖かいりんえーの舌が触れ、妙な感覚に襲われる。
どうやらその一瞬の緊張が指から伝わってしまったようで、りんえーはほんの少し口の端を釣り上げ、私の指を舐る。
私はどうにも拒否する気になれず、指を伝わって唾液が腕のほうに垂れてくるのを下から眺めていた。
やがてりんえーは指から口を離して、はっきりと笑みを浮かべる。
「ごちそうさま」
「……お粗末さま」
なぜだか悔しい気がして、すぐに目をそらした。
と、そこで目の端に、指の先からきらきら光る液体が垂れてきているのが映り、慌てて口に含む。
「……えっと、輝夜?」
その声につられて視線を向けてみると、先ほどまでの勝ち誇ったような笑みはどこに行ったのか、頬を朱に染めて困ったような笑みを浮かべるりんえーが映る。
自分の行為を省みて。
……うん、確かにこれはなんか、そう、アレだ。ちょっとえっちい。
しかしこれもなぜかやめる気になれず、しばらく口に含んだあともう垂れないように水分を吸い取って指を口から離す。
ちゅぽん、と水音がした。その音が響くと、りんえーは一層頬の朱を深くする。
「まぁ、お裾わけ、ってことで」
「……そうね、お裾わけ、ってことで」
りんえーはぱたぱたと手で顔を扇いでいる。まだ朱が引いていない。
そんな、自分よりずっと年上のはずなのにどこか初心な従者を下から見上げた。銀の髪が光を浴びて輝いていることに、今更ながら気づく。
私がりんえーの後ろに手を伸ばし、その銀色を縛っている紐を解いてやると。
何とも美しい銀。その銀は、先ほどまで縛られていたにもかかわらず重力に逆らうことなくまっすぐに垂れる。
そしてそのまま、私の顔を覗き込んでくる。
「なにするのよ」
「だってそんなきれいな髪、縛っておくのもったいないじゃない? ほらほら、帽子も取って」
手で頭の上を払ってやる。帽子が私の胸の上に落ち、次いで両脇から銀色が落ちた。
世界が銀に包まれる。
その世界の中には、りんえーと私だけ。
白い手がそっと頬の線をなぞり。
そのまま、永遠とも須臾ともとれる時間が過ぎてゆく。
「……そーいえば、さ」
「なに?」
その時間を破ったのは私。
「下着。結局つけてるの?」
「ぶち壊しね」
その雰囲気をぶち壊したのも私。
勢いをつけて立ち上がる。帽子が胸から落ちた。
次いで右手を高々とかざし、宣言。
「これより、第一回永琳の下着チェック大会を始めます!」
「大会って何よ」
「そりゃもう、イナバたちを巻き込んで盛大に」
「やめなさい」
却下された。
「ぶー。いいじゃない、減るものじゃなし」
「減るわよ、色々と」
「じゃあ、私にだけこっそり見せてよ」
「嫌」
なにもそんなに無碍に扱ってくれなくたって。くそぅ。
座っている永琳に歩み寄り、腰に腕を巻きつける。
「……輝夜?」
上から戸惑ったような声が降ってくる。
私はそれを無視し、永琳の腰帯をほどき、勢いよく抜き取る。
「嫌だというなら無理やり脱がすまでよー」
そして永琳を押し倒し、脇の下に手を差し込んで動かす。
「ちょっと、んあっ!かぐ、やはっ!やめなさいって、あははははっ」
永琳も必死に暴れて手を抜こうとするも、深くまで差し込まれた手は動けどもそう簡単に振り払えるはずもなく。
けれどもいつまでも抵抗を続ける永琳が面白くて、調子に乗ってやっていたら。
「……計画通り……ってことにしておこうかしら」
目の前には息も絶えだえ、額には薄く汗をかき、涙にぬれた目は焦点があっていない。解いていた髪は乱れ、銀色を床に惜しげもなくばらまいている。
ここまでやってしまったら、おそらく後でこっぴどく叱られるだろう。ああ、やだなあ。
でも、どうせ叱られるなら行くとこまで行っときますか。
私は上から下までしっかりと閉じられているボタンの一番上に手をかけ、外す。
少し赤らんだ、けれども元の白さがよくわかる首筋が露わになる。
しかしそれでも永琳は気づかず、ただ胸を上下させている。本当にやりすぎたみたい。ごめんね、永琳。でもこれをやめるわけにはいかないの。
二番目。
次は胸元の少し上、鎖骨が空気にさらされる。
そして次、三番目。
「めいんでぃーっしゅ」
これでお目当てのものが見れるはずだ。
さて、出るのは何か。サラシか?ブラか?それともつけてない?
白か?黒か?はたまたベージュか?
「いや、ベージュはないわ」
とにかく、外してみよう。
そう思ってボタンを手にかけた。自分でも顔がにやけているのが分かる。
と、そこで。
「師匠、何やってるんですか? なんかすごい笑い声が聞こえたって子うさぎが驚いて……まし……た……」
空気読め、へにょりイナバ。お約束だけど。
そして何か喋れ、へにょりイナバ。空気が痛いんだけど。
へにょりイナバはノックもせずに入って来たかと思うと、私たちを見て動きを止めた。
そこで、やっと話ができる程度にまで回復した永琳が入って来たイナバに手を伸ばす。
「あ……うどんげ……助けて……」
私を跳ね除けるほどの力はまだ出せないらしく、ほっとした表情で入って来たイナバに助けを求めた。
しかしへにょりイナバはそれに応じず、唇に指をあててしばらく考えるそぶりを見せた後、口を開く。
「……姫、混ぜてもらっていいですか?」
ばっちこい。
私は勢い良く頷く。永琳の顔が絶望の色に染まる。
へにょりイナバが足を踏み出した。
一応言っておこう。
なかなか意外だった、と。
Fin.
それにしても鈴仙GJ!!!!
これがちゅーがくせーみたいな小さいリボンがワンポイントみたいな初々しいぱんつだったらそれだけで20回は死ねる。