吸血鬼の館、紅魔館。
その一室で、レミリアの呆れたような声がする。
「ねえパチェ。確かに私は最近忙しくてフランにかまってあげられなかったわ。
でも、あれはいったいどういうこと?」
レミリアの視線の先には、パチュリーがいつの間にやら作り上げてしまったトレーニングルームがある。
その中ではフランドールが二体の木偶人形相手に拳を振りかぶっていた。
『きゅっとしてぇ~~~』
右の拳に力を溜めて、
『マグナム!!』
解き放つ。
吸血鬼としての運動能力の全てを乗せた右拳は、容易く木偶人形を一体破壊してしまった。
『きゅっとしてぇ~~~』
今度は左の拳に力を溜めて、
『ファントム!!』
解き放つ。
吸血鬼としての運動能力の全てを乗せた左拳は、残った木偶人形の中央部分を見事に貫き破壊した。
『うぉぉおおお!!』
室内の木偶人形を破壊し終えたフランドールは、ずいぶんと可愛らしい雄叫びをあげて勝利の余韻に浸っている。
「で、どういうことかしら?」
それを見届けたレミリアは改めて眼前の友人に問う。
「まあ落ち着いて。レミィ、まずはこれを見て」
そういって友人、パチュリー・ノーレッジが差し出してきたのは、一冊の本だった。
その中の特定のページを開いてレミリアに見せる。
そこにはとてもシンプルな絵が描かれていた。
中央で拳を振り上げる男と、その後ろで吹き飛ばされている大量の敵たち。
そこだけを見せられても、レミリアにはいまいち意味がわからなかった。
「これが何なの?」
そんなレミリアの反応に、パチュリーはとても驚いたようだ。
「何ってレミィ、貴方まさかこのかっこよさがわからないとでもいうの!?」
「いや、かっこいいもなにも……」
パラパラとページをめくりながらレミリアが言う。
「同じような構図ばっかりじゃない」
しかし、その一言はパチュリーにクリティカルヒットしてしまったらしい。
「そ、そんな。レミィならわかってくれると思っていたのに……」
パチュリーのテンションがどんどん下がっていく。
「妹様はかっこいいって言ってくれたのに。……レミィのばか」
最後に何かぼそりと呟いていたような気がしたが、レミリアは聞かなかったことにした。
「何? つまりこの本の影響?」
確かによく見れば、さっきフランドールが木偶人形を破壊した際のスタイルは、この本の登場人物たちの必殺技に似ている気もする。
「……ええ、そうよ」
相変わらず下降気味なテンションのパチュリーが言葉を返す。
レミリアは大きなため息をついた。
「フランも何やってるんだか。ごっこ遊びはいいけど、こんな事やってたらせっかくの綺麗な手が荒れちゃうじゃない」
「……姉馬鹿。……シスコン」
再びパチュリーが何か呟いているが、レミリアは右耳から左耳へと聞き流した。
「それに私たちは吸血鬼よ? 何のための爪と牙だと思ってるのかしら」
「それはレミィと一緒になっちゃうから嫌なんだって」
「……ま、まあ。フランも年頃だし。違うものを求める気持ちもわからなくはないわ」
実はちょっぴりショックを受けているレミリアは、これ以上のダメージを受けないように話題を変えることにした。
「まあ、パチェのことだし。何か意味があるんでしょうけどね」
「…………」
沈黙する魔術師。
「ちょっと? まさか何も考えてないって事はないでしょうね?」
「…………」
さらに沈黙する魔術師。
「パチェ?」
「……い、意味ならあるわよ」
三度目の問いかけにようやく反応が返ってくる。
「そう、なら説明してもらおうかしら?」
レミリアからのを受けて、パチュリーはしどろもどろになりながらも言葉を紡ぐ。
「そ、そうね。えーっと……そう。破壊よ、破壊」
「ふぅん?」
どうにか言葉を絞り出した魔術師に、先を促す吸血鬼。
「妹様が情緒不安定なのは、その能力が強大すぎるからよ。
特に壊すことに関してはそれが顕著ね。
”目”をきゅっとするだけで破壊できるせいで、ものを壊すということの本質を理解できていないのよ」
「ほうほうそれで?」
「どんなに頑丈なおもちゃを用意しても、”目”を潰されれば壊れてしまう。
だから妹様にはまず、『きゅっとしてドカーン』以外の壊し方を学んで貰おうと思ったのよ。
ついでにそれで妹様の退屈もしのげれば一石二鳥ね」
「ふむふむなるほど」
パチュリーの意見を聞いたレミリアは、一応納得して見せる。
スジは通っているような気がしなくもない。
けれども
「ねえパチェ?」
「何かしら?」
「それ、今考えたんじゃないの?」
「な、なな、何を言っているのかしら? これは綿密な計画を練って実行に移された試みよ。そんなことあるはずがないわ」
どうやら図星を突かれたらしい魔術師が墓穴を掘ったなあとレミリアは思ったし、それは事実でもあった。
「へえ、計画ねえ。聞かせて貰おうかしら?」
少々意地が悪いと思うが、妹のためには友人を問い詰めることもしなければならない。
というたてまえと、パチェいじり楽しいという本音が混ざった質問だった。
「そ、そうね。現時点ではこのまま様子を見つつ、対戦相手を用意するのがベストかしら」
少し声が上ずっているような気がするが、気のせいだろう。きっと。
「対戦相手? どこから連れてくるつもり? フランの相手なんてそう簡単には務まらないわよ」
弾幕ごっこならいざ知らず、実戦さながらの殴りあいなのだろう。
人間である咲夜では無理だし、門番など論外。
パチュリーにしても、肉弾戦は専門外だったはず。
「まさか、私に相手しろっていうんじゃないでしょうね?」
「いやいや。レミィがシスコンなのはわかってるから」
今度は呟くどころか堂々と何か言われた気がするが、レミリアには聞こえなかった。ということにした。
「そうね……。アリスに人形でも作らせようかしら。きっと今頃咲夜が説得に行ってるはずよ!!」
やたらと大きな声でパチュリーが言う。
「……はぁ」
レミリアはそれにため息で返した。
それから、パチュリーに見えない位置で両手を使って丸の形を作る。
おそらくこれで、万能なメイドが上手くアリスを説得して連れてきてくれるだろう。
「まったく。本当にふてぶてしいわね」
「そりゃあ、レミィの親友だもの」
あははははは、とお互いに乾いた笑い声をこぼしながら睨みあうように見つめあう。
トレーニングルームでは、フランドールが他の必殺技にチャレンジしていた。
「うわあ、かっこいい!!」
それから数刻ほど経って、万能なメイドはきっちりとアリスを連れてきていた。
しかもアリスの機嫌がそこそこよさそうなのだから驚きだ。
レミリアとしては咲夜がどんな手品を使ったのかが少し気になるのだが、場の関心はアリスの持ってきた人形の方へと向いている。
「随分手の込んだ品ね」
パチュリーですらそう評する人形は、まさに悪の大将軍という形容がぴったりくるような出来だった。
頭全体を覆う黒い仮面と、どこか歪な美しさを見せる青い鎧。
腰にはこれまた煌びやかな装飾を施された剣を携えていた。
「見た目だけよ。昔作ったものなんだけど」
そう言ってアリスが指を少し動かすと、人形はまるで生きているかのように動き出した。
両手を前で交差させて、力を溜めるような動作をする。
「あんまり見せたくないんだけどね」
魔力が両手に溜まったのを確認してから指を鳴らす。
溜まっていた魔力が解放され、弾が放たれる。
しかし
「遅いわね」
「それに小さいよ?」
それは、弾というにはあまりにも不完全なものだった。
「若気の至り、よ。弾幕用の回路を組み間違えてね」
自分への戒めとして部屋に飾っておいたのだが、人形が増えて部屋が狭くなってきたので、この期に処分してしまうつもりらしい。
「それはよかったわ。利害の一致とはこのことね」
何をいけしゃあしゃあと、とレミリアは思う。
しかし、フランドールの期待に満ちた視線を感じ取って、何も言わないでおくことにした。
「ねえねえ。これと勝負するの?」
いつになく弾んだ声。
格闘系のストーリーに影響されたところに、まさに敵役という感じのものが出てきたのだからそれもしょうがないことだろう。
「そうよ。しかも弾幕だけじゃなくて、何でもありよ」
「えっ?」
続くパチュリーの言葉にアリスがとても不思議そうな顔をする。
なんでもありなんて聞いてないと言いたそうな表情だが、場の誰もがその反応を無かったことにした。
「よぉーし!!」
気合いの入った声をあげるのはフランドール。
場所は、つい数時間前まで木偶人形を破壊していたトレーニングルーム。
今は木偶人形とは全く違う人形が向かい合って立っていた。
ちなみに人形はアリスが操るのだが、彼女はトレーニングルームには入っていない。
魔法の糸で操るのだから別に入る必要もないし、戦いの被害を受けないようにするためでもある。
『それじゃあ、妹様。いつでも始めていいわよ』
ルームの外からパチュリーの声が響いた瞬間に、フランドールはその場から一気に飛び出していた。
吸血鬼の持つ運動能力と少女らしい身体のの軽さが合わさって、まさに神速ともいえる勢いのままに人形の懐へと潜り込む。
「ドッカーン!!」
そして、右の拳を人形の身体のど真ん中に突き立てる。
「あ、あれ?」
しかし手ごたえがない。
人形は、攻撃に対して半歩下がったのだ。
それにより拳は空を切って、さらにその無防備な身体に人形の蹴りが入った。
「――ッ! いったいなあ!!」
カウンターの形で叩きこまれた攻撃は、吹き飛ばすのには十分な威力を持っている。
けれどもただでは終わらない。
空中で体勢を立て直し、翼をはためかせて再び一直線に突っ込んでくる。
人形は再びカウンターを狙おうと構えをとった。
しかし今度は、人形の間合いの境界線あたりで一度急停止する。
そして半呼吸ほどタイミングをずらしてから、突撃を再開する。
タイミングをずらされた人形は、先ほどのようなカウンターを狙うことを諦めて回避行動に出た。
あくまでも直線的な攻撃なので、体を回すようにして位置をずらすだけで攻撃は空を切る。
フランドールの方も避けられることを予測していたのだろう。
床にぶつかる直前に手を付き、その手を支点にしてぐるりと回転しながら勢いを殺し着地する。
この動作を行うことによって、着地の際の隙を狙っていた人形の行動を少しばかり制限することができた。
なにより、勢いを殺しきって着地したのでそのまま無駄なく構えに入ることができたのだ。
「これならどうだぁー」
今度は両手から大玉を出しながら突進する。
人形は大玉のせいで、先ほど見せたような回避行動はとれない。
そう踏んだフランドールは、大玉で人形の周りを囲むようにする。
唯一の逃げ道からは彼女自身が突っ込んでくるという二段構えだ。
「喰ら……え、えええ!?」
しかし人形は、その大玉の間をすり抜けてしまう。
フランドールが大雑把に並べた無数の大玉。
当然抜け道だってあるだろうが、それはどこまでも細い糸の上を歩くようなもの。
すべて避けきるなんて、誰にも想像がつかないはずだ。
しかし人形は、それを操作するアリスは、その回避行動をやってのけたのだった。
「すごいすごい!! 避けるの上手なんだ!!」
そして、その回避行動は彼女に大きな影響を与えた。
「じゃあ、これは避けられる!?」
先ほどまでの肉弾戦から一転、今度はスペルカードを宣言する。
選んだスペルは――
禁忌「カゴメカゴメ」
フランドールの攻撃をことごとく回避して見せた人形に対し、檻に閉じ込めて逃げ場を無くそうとしたのだろう。
緑の弾が上下左右から現れて、弾幕の檻を形成する。
さらにそこに黄色の大玉を打ち込んで檻を崩しながら、また新たな檻を形成する。
だが人形は止まらなかった。
緑の弾同士のわずかな隙間、檻に空いた小さな空間をまるで踊るようにして通り抜けたのだ。
「うぇっ!?」
軽々と檻を抜けた人形がフランドールの眼前に迫る。
どうにか防御に入ろうとするが、それでも攻撃を数発貰ってしまう覚悟は出来ていた。
「……あれ?」
けれども衝撃が何も来ない。
顔をあげて見れば、人形は目の前で手拍子をしていた。
「え、……え?」
そしてフランドールが困惑している間に、また隙間を通って檻の中へと戻っていく。
この時になってようやくまとまった思考回路は、自分が馬鹿にされた、見下されたのだという答えをだした。
実際はスペルカードを宣言した相手に対する直接攻撃を控えたという実にアリスらしい理由なのだが、そこまで読み取ることができなかった。
「あ、あったまきた!! 壊してやる!!」
スペルは時間切れで解除されてしまっているが、次のカードを使うつもりは彼女には無かった。
人形の”目”を掌の上に持ってきて、そのまま握りつぶすつもりだったのだ。
「きゅっとしてどか、わああ」
しかし、それは遮られた。
人形の腕が伸びてきて、フランドールの腕を叩いたのだ。
結果、彼女の掌は空中の何もない場所で握りしめただけになってしまう。
せっかく掌の上に移動させた”目”も、元の場所に戻ってしまった。
「やってくれるじゃない」
人形の腕が、バネのように戻る様を睨みつけながら言う。
「じゃあこうしてあげる!!」
再び掌を突き出して”目”を移動させる。
しかも今度は弾幕を使って自分の前に壁を作り、相手の攻撃が通らないようにしようとする。
弾幕ごっこではタブーとされている抜け道のない弾。
しかし今はなんでもありな闘いだ。
「きゅっとして……」
しかし、それは人形にも当てはまること。
アリス謹製の魔法技術が牙を剥く。
行われたのは当たり判定の移動。
当たり判定を壁の向こう側に設定することで、そこに当たり判定があるのだから当然そこに実態も存在するはずだ、という理論だ。
当然弾幕ごっこで使うようなものではないし、使えるような代物でもない。
今回はたまたまアリスが外から操る立場にいたからこそできた芸当なのだ。
「え?」
そして抜け道のないはずの弾壁を人形が抜けてきたとき、フランドールの口からはそんな間の抜けた声が漏れた。
人形に施されている仕掛けなど知る余地もないのだから、仕方ないと言えば仕方ないだろう。
しかし驚きで固まっている間に、掌に集めた”目”は霧散してしまっていた。
そしてそれを皮切りに、人形の反撃が始まる。
まずは地上での拳を隙無く十数発。
そのまま蹴りあげられたかと思った瞬間に、今度は床にたたき落とす一撃。
「うぅ……」
死にはしないが、痛い。
そしてそれ以上に、フランドールは戸惑っていた。
スペルカードは挑発的な方法でかわされた。
普通の弾も効果がない。
得意の”目”潰しもやらせてもらえない。
「ど、どうしよう」
そして何より体術が通用しない。
もともと吸血鬼という種族には、武道などの小細工が必要なわけではない。
ありあまる身体能力をもってすれば、たいていの種族と渡り合えるのだ。
しかしそれは、持てる力をきちんと発揮できたときのみ。
では、能力を出し切るにはどうすればいいのか?
経験しかない。
ずっと狭い部屋にいた者に、全力など出したこともなかった者に、どうしてその方法がわかるだろうか。
そしてフランドールは愕然とした。
自分には、物語の主人公たちのような経験がないのだと。
経験という名の過去が、圧倒的に足りていないのだと。
そう思ったから。
そう思ってしまったから。
「……そんな」
衝撃が心を貫いて、動けなくなってしまう。
それでもなお人形は容赦なく攻撃をしてくる。
「くうっ……」
人形の攻撃はまだ平気。
ダメージは残るものの、吸血鬼を滅ぼしてしまうような致命傷にはほど遠いからだ。
「…………」
けれども、彼女の心の方は大きなダメージを受けていた。
戦おうという気力、前に進もうとする気概。
そんなものが全て抜け落ちてしまったような状態だった。
そんな状態を察したのだろうか。
人形の攻撃は、先ほどまでの連撃主体から、少しづつ一撃重視のスタイルへと変化していった。
攻撃の直前にほんの僅かな溜めを作ることで、破壊力を増しているのだ。
無論一瞬。一呼吸にも満たない時間。
しかしその動作も、下手をすれば致命的な隙になりかねない。
気力を失い積極性が削がれていることを差し引いてもかなり危険な選択ではある。
恐ろしきは、それをまったく無駄なく実行しきるアリスの技術だろうか。
「ガァッ」
人形の蹴りが、それも今までで最も強い蹴りがフランドールを弾く。
防御が緩くなっているところに放たれた蹴り。
身体は容易く宙に浮かんで、やがて重力に引かれて床に落ちた。
「あぅ……」
その身体が落ちるのと同時に、何かがパラパラと降ってくる。
それは、スペルカードだった。
「ぁ」
カードを見た途端、頭の奥からイメージがあふれてくる。
自分はどうやってそのカードを作ったのか。
弾幕ごっこを知って、スペルカードルールを知って。
でも自分のカードは自分にしか作れないものだ。
「ぁあ……」
フランドールが思い出そうとするよりも先に、頭の中にはその記憶が蘇ってくる。
情けない彼女自身を叱咤するように。
あるいは懐かしき過去を想うように。
『甘い果実』も『魔法の杖』も、一人で楽しむのでは物足りない。
一緒に楽しんでくれる仲間が欲しくて、『自分を増やして』みた。
けれども、どんなに増やしたって『後ろの正面』は常に自分なのだ。
つまらないし、楽しくない。そして、いつしか己の存在にすら『迷う』ようになる。
何もかも嫌になって『光や速ささえ壊して』みたけれど、それらは全部『反射あるいは屈折』して自分に返ってきた。
閉じた世界でただひたすら『過去』を望み、ここから『消えて無くなりたい』とまで思うようになる。
けれども消えることができずにいた。
悲しさも退屈も怒りも喜びも、全ての感情が粒となって心の水面に降り注ぎ。
水面は揺れに揺れて、いくつもの『波紋』を生み出した。
その波紋こそが、フランドールの495年の集大成でもある。
良い過去かと言われれば、頷くことはできない。
しかし、彼女の歴史は確かに存在するのだ。
「う、うう……」
決して軽くはない、さりとて重すぎるほどでもない。
彼女の身体は、彼女の心は、この過去を背負うことができるはずなのだ。
「あ、あああああ」
フランドールの心が熱く揺れ動く。
水面では、かつてないほどの波紋が互いに干渉しあっている。
「わかった。……わかったよ」
小さく呟いたフランドールの顔は、とても晴れやかなものだった。
敵を、人形を見つめながらフランドールは思う。
攻撃があと一歩届かないこと。
自分自身があと一歩を踏み出せていないこと。
確かに今この瞬間というのは楽しいものなのだけれど、それで満足してはいけない。
それでは届かない。
「次は当ててやる。それで私の勝ちよ」
自身の過去を波紋とし、現在の自分に収束させて、未来の自分へと解き放つ。
「私の495年分。それから無限に広がる未来も。全部叩きこむ」
宣言とともに、まっすぐ一直線に人形へと駆けだす。
一番最初の一撃のように、人形の中央を狙った拳。
当然のように人形は、半歩下がって回避する。
フランドールの拳が空を切った直後に、人形がカウンターを叩きこまんとする。
最初の反撃と同じように蹴りを当てようとする。
「いっけぇえーーーー!」
けれどもそれより速く、波紋を力として解放しながら叫ぶ。
拳が空振った直後に解放された波紋は、フランドールの身体を一回転させ十分な速力を与えた上でなお、その体中にとどまり続けていた。
決着は一瞬で着く。
人形の右足は確かにフランドールを捉えた。
だが、一回転して既に体勢を立て直している吸血鬼ならば耐えきれる一撃だった。
「私の未来はこの先にある!!」
そして、蹴りを耐えきった吸血鬼の反撃の拳が人形に振るわれる。
今度こそ拳は避けられることなく人形に当たり、波紋として解き放たれたフランドールの過去の重さが人形を粉々に破壊した。
「はーっ、はーっ」
息が上がっている。
過去を原点とした膨大なエネルギーを使ったせいで、彼女の体は悲鳴を上げている。
それでもフランドールは、今まで感じたこともないような充実感を得ていた。
「勝った……んだ。私……」
心の底から勝ったんだと思える瞬間。
フランドールの顔には、満足するまで遊び倒した子供のような、どこまでも純粋な笑みが広がっていた。
「ここまで、ね」
かざしていた両手を下ろしながら呟くアリス。
汗一つかいていない涼しげな表情をしているが、それが虚勢なのか自然体なのかはレミリアにはわからなかった。
フランドールが最後に放った一撃は、レミリア自身も驚いていたからだ。
「まさか本当に壊してくれるなんて思わなかったわ。結構頑丈に作ってあったのよ?」
ふぅ、と息を吐いて見せるアリス。
その様はとても優雅だが、同時にどこか作り物めいているものが感じられた。
「妹様だし。というか、この力はもっと強くなるんじゃないかと私は思うんだけど」
パチュリーもどこか硬い表情で告げる。
別に恐怖したわけではない。
ただ圧倒的な力を感じ取ってしまっているのだ。
「さすがはフランね」
他者を従わせるのには、カリスマによって心酔させる、恐怖によって縛る等の方法がある。
フランドールが今回見せたのは純粋な力のみだが、それだけでもパチュリーやアリスが怯んでしまっている。
これもまた、支配者たる吸血鬼にふさわしいとレミリアは思う。
またそれ以上に、フランドールの満ち足りた顔を見ることが出来て満足していた。
「あら?」
そんなことを考えながらトレーニングルームの方を見ると、フランドールが床に倒れていた。
「疲れたんでしょ」
パチュリーが倒れている様子を見ながら告げる。
確かに、フランドールの身体は寝息を立てているように上下していた。
「まったく……」
苦笑いをしながらレミリアが両手をパンパンと叩く。
次の瞬間にはトレーニングルームの中に咲夜がいて、フランドールを担ぎあげていた。
「部屋に運んでおいて。私も後で様子を見に行くから」
『かしこまりました』
トレーニングルームの中から声がして、その声が耳から離れるより先に咲夜はその場から消え去っていた。
「言っとくけど、人形の提供は今回限りだからね」
アリスはこう言っていたが、後日またしても上手く丸めこまれて人形を提供するはめになってしまうのでしたとさ。
あとアリスすげー