~ 注意 ~
この作品は、ビートまりお様の名曲『人間が大好きなこわれた妖怪の唄』を勝手に妄想し話を含まらせたものです。
皆さんがお持ちのイメージとは違ったり、または壊してしまうこともあるかも知れません。
また、そういったことに抵抗のある方はお読みに成られないほうが宜しいかと思います。
それと曲は素晴らしいですが、当作品への過度の期待はしないで頂けると助かります。
長々と失礼しました。では本編へどうぞ。
「にとり~、居るか~?」
明かりの少ない薄暗い部屋を見渡しながら、霧雨魔理沙は声を掛けた。
無駄に広い部屋は、お宝ともガラクタとも判別のつかない機械の山のせいで、視界も悪く、目的の人物が居るのかさえ皆目掴めなかった。
「居るよ~、こっちこっち。」
「こっちってどっちだよ・・・・・」
ぼやきながらもとりあえず声のする方へ向かってみる。
「おっ!いたいた。ったくちょっとは片付けろよな・・・・・まっ私も人の事言えた義理じゃないが。
ん?まだ完成してなかったのか?」
絶賛作業中のにとりを見て、魔理沙は呆れたように呟いた。
「違う違う。こっちは別物。アンタの注文の品はあっち。」
そういって、顔も上げず向けられたスパナの先には、今現在にとりが弄ってるものと同じようなもの─ 大人の人間が一人、余裕で入れそうなカプセル型の機械があった。
「まさか・・・・・こいつか?」
信じられない物を見たかのように声を絞り出す魔理沙。そんないまいちな反応を不思議に思ったにとりが、漸く顔を上げた。
魔理沙は間違いなく、注文の品を注視していた。
「そうだけど・・・・・?」
「デカイな・・・・・デカ過ぎる。」
渋る魔理沙に、にとりも眉をひそめた。
「そんな事言われても・・・・・サイズの事なんて言ってなかったじゃない。」
「っ・・・・・!しまったな、失念してた・・・・・。」
「そもそも、“記憶を消す道具”なんてのは寧ろ魔法(そっち)の分野じゃないの?機械でやったらこれぐらい大掛かりになるよ。」
呆れたにとりは、興味を無くしたように再び作業に戻ってしまった。
「・・・・・これじゃあパチュリーに借りた本の事を忘れさせるなんて無理だぜ・・・・・。」
「なんか言った?」
「いや!別になんでも無いぜ!・・・・・そんなことより、そっちは何なんだ?良く似た機械みたいだが・・・・・?」
いきなり話の矛先を変えた魔理沙だったが、寧ろにとりは嬉々として応えた。
腕を腰にそえて、えっへん!とでも言わんばかりに胸をそらす。
「良くぞ聞いてくれました!似てるのは、元々二つは対になるものだったからさ。そっちのは魔理沙の為に急遽改造したんだ。本当は、二つで幻想郷と外の世界を自由に行き来する機械だったんだ・・・・・ちなみに仕組みはどっちも一緒。ただそっちの方が一回り小さいでしょ?まずは私が今作ってるこいつで外の世界にその機械を送り込んで・・・・・」
「外の世界ねぇ・・・・・・・・・外の世界だって!?」
「もう、説明の途中で大声出さないでよ!」
せっかくノリノリで語り始めたにとりだったが、魔理沙の驚愕の声によって遮られてしまった。どうやら魔理沙の関心はにとりの説明ではなく、機械自体に向いてしまっているらしく、こいつがねぇ・・・・・等としきりに呟きながら、ペタペタと機械を触っている。
1度関心を持った物からはそう簡単には意識が剥がれない。そんな魔理沙の性格をよく知っているにとりは、呆れながらも作業に戻ってしまった。
「触るのは良いけど、壊さないでよぉ~。魔理沙がもう使わないんなら、元の性能に戻さなきゃいけないんだから。」
「・・・・・・・・。」
作業をしながら、念のため魔理沙に忠告だけはしておいた。
が、当の本人から返事はない。余程集中しているのだろうか。
不安になって、にとりは再び魔理沙の方を向いた。
「魔理沙・・・・・?」
「あっいや、なんでもないんだ!・・・・・っと、そうだ!私他にも用事があるんだったぜ!
ってことで私はここらでお暇するぜ!サンキューな、にとり!!」
急に焦って出て行く魔理沙を尻目に、にとりは首を傾げた。
「変な魔理沙。」
人間を疑う事を知らないにとりの性格が仇となったか・・・・・よもや注意するよりも早く魔理沙が機械を壊していたなどと、露ほどにも思わないにとりであった。
「げげ、人間!?」
外から聞き覚えのある台詞が聞こえてきた。どうやら仲間の河童達らしい。
大方魔理沙とすれ違って驚いたのであろう。
「そっそんな事より、今はにとりだ!にとりー!にとりは居るー!?」
「はいは~い、今行くよ~!よいしょっと・・・・・・。」
にとりは仕方なく、今度は玄関で出迎えてやる事にした。
間も無くして帰っていった河童達。
来客が居なくなった部屋は、シーンと静まり返っていた。
「もう大丈夫。出てきて良いよ。」
誰もいない筈のその部屋ににとりは声を掛けた。
すると、一人の少女が何も無いところから、顔だけを覗かせた。
「中々のもんでしょう?私の新作、光学カモフラージュマントは。」
誇らしげに胸をはるにとりに、少女はにっこりと微笑んで見せた。
「ええ、すごいわね。それで、河童さんたちと何を話して来たの?」
「うん、忠告しに来てくれたんだよ。『外の世界に行ける機械』は危険視されるって・・・・・天狗様に目を付けられるぞってね。」
「ふ~ん・・・・・天狗様ってのは怖いんだね。」
率直な少女の意見に、苦笑いを浮かべるにとり。
「でもこの山が平和なのも天狗様達のお陰さ。荒くれ者の多いところだから・・・・・感謝しなきゃね。」
「そうなんだ・・・・・でも、みんながみんな、にとり見たいに優しい妖怪だったら良かったのに。」
「それ、私達が出会った時にも言ってたね?」
「そうだったかしら?」
「そうだったよ・・・・・ほら─」
そう言って、二人は出会った時の事を振り返った。
遡ること、3日前───
場所は同じにとりの部屋。時刻は正午を迎える頃。
その日のにとりは魔理沙の訪問を受けた後だった。
「あああ~~~!!部品が足りない!!“記憶を消す道具”なんて安請け合いするんじゃなかったよ・・・・・」
トホホと呟きながら、回りを見渡す。すると目に止まったのは二つ並んだカプルセル型の機械。
「う~ん。仕方ない、こいつを1度諦めてばらすか・・・・・。」
そういって二つの機械の前に立つにとり。さて問題はどちらをばらすかだが・・・・・
「組み立て中の“行き”のカプセルをばらした方が効率的には良いけど・・・・・目的も聞かなかったからなぁ。少しでも小さい“帰り”のカプセルにしとくか。」
外の世界を自由に行き来する機械─詰る所ワープ装置なのだが─“行き”と“帰り”ではサイズが違う。両方とも大の大人が入るには充分なサイズだが、“帰り”の方が一回りも二回りも小さく出来ている。理由は“行き”で外の世界に渡る時、一緒に持っていくためだ。
もっと利口な手段は無かったのかと突っ込まれそうな物だが、空間を移動できる手段を考えただけでも褒めて貰いたいものだ。あのスキマ妖怪と同列の事を求められても困る。
ちなみに何故“帰り”から作ったかと問われれば、予定よりサイズが大きくなっても良い様にだ。ようは収まれば良いのだから、“行き”のサイズは出鱈目に大きくても構わないのだ。
さておき、そんな理由で“行き”のカプセルの製作を頓挫させ、その上で“帰り”のカプセルまでもばらさなくてはいけなくなってしまっ
た訳だ。この時点でにとりはこの機械の製作を諦めていた。元々が思い付きで始めた─思いついた時は天命かと思ったが─ものだ。
出来たら出来たで、回りに知れた問題になるものでもある・・・・・そう踏ん切りをつけた。そう、悪までもこの時点では、だが───
思い直す羽目になったのは、それから数時間後の事だった。ばらし始めていた機械が、急に発光を始めたのだ。
これにはにとりも面食らった。余りのまぶしさにゴーグルさえも意味を成さず、にとりは堪らず目を閉じた。
暫くして光が収まると、にとりはそっとカプセルを覗いた。
そしてその光景に─いや、そこに居た人物に、にとりは再度面食らった。
「貴女・・・・・だれ?」
「げげ、人間!?」
目をぱちくりさせて驚く人間の少女─歳は14、5歳といったところか─から逃げるようににとりは数メートル下がり、ガラクタに身を隠すように潜り込んだ。
尚も不思議そうにする少女。が、やがて思いついたように言葉を漏らした。
「貴女も人間じゃないの?」
この一言に、少女に敵意が無い事を感じ取ったにとりは、安心して佇まいを直し、改めて少女の前に降り立った。
「良い質問だね、お嬢さん。私はにとり!河童のにとりさ!」
「河童・・・・・・?」
「お嬢さん・・・・・河童知らないの?」
「私、お嬢さんなんて名前じゃないわ。エリナよ。」
見た目以上に気の強い子だと、にとりは感じた。
「それじゃあエリナ。河童は妖怪だよ。」
「妖怪?」
「そう。ああでも心配は要らないよ。妖怪だからと言って、人間を襲ったりはしない。河童と人間は昔からの盟友だからね。」
どうだ、紳士的でしょ?と内心で思いながら、胸を張るにとり。
そんなにとりを見て、少女はにっこりと微笑むと───
「じゃあ貴女は“優しい妖怪”さんなのね。」
「とまぁそんな感じだったじゃない。」
「そうだったわね。」
回想を終える頃には、時刻は夕暮れ時だった。
再び作業に戻るにとりの背中を、何をする訳でもなく少女──エリナは見つめていた。
「後どのくらいで完成するの?」
「もうすぐだよ。ごめんね、遅くなっちゃって。」
申し訳なさそうに、にとりが力なく笑うのを見て、エリナは慌てて両手を振った。
「そんな、にとりが謝る事ないよ。それに私、別に帰れなくなっても全然構わないし。」
「またそんなこと言って・・・・・退屈でしょ?ただ見てるだけじゃあ。」
「ううん、そんなこと無い。にとりとおしゃべりできて、私楽しいよ。それに──」
「それに?」
言葉を切って、窓の外に顔を向けるエリナ。外の景色は、茜色一色に染まっていた。
「この部屋の窓から覗く星が綺麗で・・・・・何度見ても飽きないもの。」
目を輝かせるエリナの瞳には、まだ姿を現してもいない星が見ているかのようだった。
見つめていたら吸い込まれてしまうんじゃないかとすら錯覚させられる、そんなエリナの瞳からにとりは目を逸らせずにいた。
「にとり・・・・・?」
「あっ、いや、なんでもないよっ。その、エリナは好きだね、星。」
誤魔化すように、にとりは話題を振った。
「うん、大好き!ここの星は素敵ね。見たことの無い星が沢山あるんだもの!」
興奮気味に話すエリナを見て、にとりはほっと胸を撫で下ろす。
「そんなに好きなら・・・・・見に行こうか?」
「え?」
「星さ。とっておきの場所があるんだ。」
「ホント!?行く!絶対行くわ!!」
嬉しそうにはしゃぐエリナを見て、思わずにとりからも笑みがこぼれた。
「よし、そうと決まればこいつを完成させないとね・・・・・帰るのは星を見た後だ。」
最後の思い出づくりに、と。にとりはそういうつもりなのだ。
しかし、当のエリナは顔をしかめた。
「そんなに慌てる事無いじゃない・・・・・私、もっとにとりと一緒に居たいよ?」
正直、嬉しい言葉だった。しかし、そうも言ってられない。
にとりは1度作業を中断し、エリナと向かい合うようにした。
その瞳はエリナが3日間でみたどの瞳よりも、真剣だった。
「駄目なんだ。エリナ。この山は余所者に冷たい・・・・・エリナが此処に居る事が知れたら──その、危険なんだよ。」
少しだけ、言葉を詰まらせた。よもや“殺されるかも”など、どうして伝えられようか・・・・・・。
「それは分かったけど・・・・・」
「エリナ・・・・・?」
「分かったわよ・・・・・だからそんな目で見ないで。」
やっと聞き分けてくれたことに、安堵と、そして一抹の寂しさを感じたにとり。
一緒に居たいのは、にとりだって変わらないのだ。
「そのかわり、約束して。」
「約束・・・・・?」
「そっ、約束!」
「うわぁ・・・・・・綺麗・・・・・・。」
目を輝かせながら雲ひとつ無い満天の星空を、エリナは見上げていた。
場所はにとりのとっておき・・・・・小さな丘で、丁度木々が開けており星を見上げるにはもってこいの場所。
片手には、にとりお手製の光学カモフラージュマント。ここまで誰にも見つからないようにという配慮だ。
「不思議ね・・・・・私、星に関しては結構知ってるつもりなんだけど・・・・・この世界で見る星は知らないのばかりだわ。」
「そっか・・・・・それは多分、ここが幻想郷──忘れられたものが流れる着く、そんな世界だからじゃないかな?」
「忘れられた・・・・・それじゃあ今見てる星は、既に光を失い、見られなくなったものなのかしら?」
「分からないけど・・・・・きっとそうなのかも。」
そんなやりとりの後、二人は揃って星空を見上げる。
会話は無くなったが、決してそれは不快な沈黙ではなく、そこに確かな温もりをにとりは感じていた。
星に夢中になるエリナ、そんな彼女を暖かく見守るにとり。
願わくば、ずっとこの時間が続きますように──
ガサガサ・・・・・
すぐ後ろの茂みから、物音がした。
にとりは、はっとなって振り向く。
(気のせいかな・・・・・?)
よく目を凝らすが、何者かが動く気配は感じない。
「にとり?気にしすぎじゃあ・・・・・」
エリナに声を掛けられ、意識を移した──その瞬間
バサッ!
しまった!
そうにとりが思った時には既に、白狼天狗が二匹、大空を羽ばたいていた。
「エリナ!!」
にとりは直ぐに、エリナの手をとって走り出した。
あれは見回り天狗・・・・・手出しをしてこなかったという事は、直ぐに上司へ報告に言ったに違いない。
甘かった・・・・・少しくらいなら大丈夫だろうと思ったのが間違いだった。
部屋から一歩も出なければ、いや、そもそももっと早く手を打つべきだったのだ・・・・・。
霊夢か、人間の里の守護者をしているという半獣にでも話せば、ひょっとしたら幻想郷に残れたかも知れなかったのに・・・・・。
そうしなかったのは、自分の責任─いや、我侭だ。
エリナを元の世界に帰さなきゃいけない。確かにそんな義務感もにとりにはあった。
だが、己の大部分を占めていた感情──彼女と一緒にいたい・・・・・ただそれだけの事で招いた結果がこれだ。
「ちょっ、どうしたの?にとり??」
状況が把握出来ていないのだろう。エリナは走らされながら必死に問いかけて来るが、応えてる余裕がにとりには無かった。
バンッ!
部屋の扉を勢い良く開け、中に飛び込む。
どうやらこちらにはまだ追っては来ていないらしい・・・・慌てていたため警戒もせず飛び込んでしまったが、助かった。
「ねぇ?一体どうし──、
「見つかったんだ!天狗様に!!」
エリナの言葉をさえぎる程の大声で応えてから、にとりははっとした。
エリナを怯えさせてどうする。にとりは取り繕うようにゆっくりと言葉を繋いだ。
「あっいや、ごめんっ。怒鳴るつもりなんかなくって・・・・・さっき、見回り天狗に見つかったんだ。
きっと時期に此処へ上司の天狗や、仲間を引き連れてやって来る・・・・・。」
唇を噛み締めながら、やっとの思いでここまでは話せた。
既に亡失としているエリナだったが・・・・・重要なのはここからだ。
「だから・・・・・エリナは、今すぐ元の世界に帰らなきゃいけない。」
「・・・・っ!?そんな・・・・・!じゃあ約束は!?私と一緒に、
「命には代えられないだろ!!」
再度怒鳴られ、息を呑むエリナ。
しまったと思いつつも、にとりは仕方なく説得を続ける。
「仕方ないんだ・・・・・この山は、人間が生きていくには・・・・・厳しすぎる。」
「い、や・・・・・・イヤ・・・・・嫌よ!?私、にとりと離れたくないっ!!」
「エリ、ナ・・・・・」
「私!!───私、にとりの事が、好き・・・・・・。」
エリナの告白に、にとりは言葉を詰まらせた。
重い、重い沈黙が二人を包む。
しかし、ゆっくりもしてられないのだ。天狗達はきっと間も無くやってくる。
どれだけ強く願おうと、決断の時は一刻と近づいている。
天秤に掛けられるは、エリナの想いとエリナの命・・・・・しかし、最初からにとりの答えは決まっていた。
「エリナ・・・・・私も、エリナのこと好きだよ。」
「にとり・・・・・。」
「分かった。エリナ。この場を凌ぐには天狗様を騙し通すしかない・・・・・とりあえずエリナはこの中に隠れて・・・・・。」
そういって、大きなカプセルにエリナを招く。それは、最初にエリナが此処へ─幻想郷へやってきた時の物だ。
「これって・・・・・?」
「良いから・・・・・私を信じて。」
不安げなエリナに、にとりは力強く頷いてみせる。
するとエリナは安心した様に、小さく頷きカプセルへと自ら入っていった。───にとりの胸が、ちくりと痛んだ。
カチ。
「え・・・・・?」
エリナが入ると、カプセルから何かが嵌ったような音がした。
傍らでカプセルを操作するにとりが、ロックを掛けた音だった。
「ごめん、ごめんね。エリナ・・・・・」
顔を俯かせたにとりを見て、エリナは驚愕した。
「どうして!?どうして・・・・・!!?」
縋る様に、泣き叫びながら、エリナは何度もカプセルの蓋を内側から強く叩いた。
それでもにとりは顔を上げてはくれない。
「全部・・・・・忘れるんだ、エリナ。此処に来た事も、私にあった事も全部・・・・・・。」
“記憶を消す装置”、今エリナが入っているのは魔理沙のために完成させた、それだった。
「もちろん、私も忘れるよ。全部終わったら・・・・・エリナを無事に送り届けたら。」
「そんな事っ!私望んでない・・・・・!そうよ、私が此処に残れないなら、にとりが一緒に来てくれれば─」
涙で顔をぐしゃぐしゃに滲ませながらも、無理やり笑顔を作り、必死に問いかけるエリナ。
しかし、にとりは頭を横に振った。
「駄目なんだ・・・・・河童は、綺麗な水がないと生きていけない。外の世界は、ここより綺麗な水は無いと聞く・・・・・。
そもそも私は、この山からも出られないんだ・・・・・。」
始めから結ばれる筈も無い二人・・・・・
そんな運命を見せつけられたかの様にエリナの顔は絶望一色に塗りつぶされ、がっくりとうな垂れてしまった。
ウィーン。
見た目のわりには小さな駆動音が鳴り始めた。
「ありがとう。エリナ・・・・・・」
にとりの言葉に、エリナが顔を上げる。
そこには、涙と鼻水にまみれ、それでも満面の笑みを浮かべるにとりの姿があった。
「私も・・・・・エリナのこと、大好きだったよっ・・・・・!」
エリナは、必死になって言葉を捜した・・・・・が、時は既に遅く。
視界が白に覆われて、何も考えられなくなっていった。
(これで、これで良かったんだ・・・・・)
涙と鼻水をぬぐい、精一杯の笑顔を作る。
泣いてなんて居られない・・・・・まだ終わってなどいないのだから。
せめて・・・・・せめて、記憶を失った彼女が安心して帰れるように・・・・・。
ピ。
再び、機械から控えめな音がした。
どうやら終わったらしい。
中から、戸惑い顔のエリナが出てきた。
不意に、彼女に初めて出会った時の事が頭を掠めたが、にとりは頭を振って意識から無理やり外した。
──感傷に浸るのは、まだ早い。
「ややっ!?これはいけない。貴女は誤って此処に迷い込んでしまったようだ!」
「え・・・・・?何を言って・・・・・?」
「でも安心して!出口はある!直ぐにそこから帰ると良いよ!」
自分はちゃんと、笑えてるだろうか?
そんな不安が脳裏を過ぎるが、今は気にしている場合ではない。
「さぁさぁ、乗った乗った!」
「ちょっと待って・・・!話を、きゃあ!」
強引に、にとりはもう1つのカプセルに彼女を押し込むと、傍らにあるパネルをパパッと操作する。
カチ。ウィーン。
これでよし。と、パネルを離れ、カプセルを覗く。
するとそこには、見慣れたエリナの笑顔があった。
──どうして・・・・・?
小さな駆動音が響く中、にとりは理解できずに居た。
彼女は何故笑い・・・・・そして、涙しているのか?
これではまるで、別れを惜しんでいるようではないか。
そんな筈は無い。そんな筈は・・・・・だって彼女の記憶はもう──
「私の事、忘れないでね・・・・・“優しい妖怪さん”」
エリナは最後にそう言い残すと、白い光と共に消えてしまった。
──記憶は、消えてなかった・・・・・?
にとりはついに、その場に泣き崩れた。
妖怪の山を飛来する黒い影が1つ。
それは黒の服に白いエプロンを掛けた少女──言わずもがな、霧雨魔理沙だ。
彼女がこんな夜遅くに、妖怪の山を飛行しているのには訳があった。
「にとりのやつ・・・・・怒ってないかな・・・・・。」
その訳は、魔理沙が手に持っている機械にあった。
それは、昼間、にとりのもとを訪れた際に壊してしまった機械の部品だった。
一度は逃げてしまったものの、正直に謝って返す事に決めたのだ。
「ん?あれはにとりんちだよな・・・・・?」
近くまできて、魔理沙は箒を止めた。
目的地の付近に、というかズバリ入り口に。
まるで見張りをするかのように、左右に白狼天狗が立っていた。
あちらの方が目が良いからだろう。既にこちらに気付き、臨戦態勢をとっている。
(これはお取り込み中みたいだな・・・・・また出直すとするか。)
揉め事を起こすのも今日ばかりは面倒だと思い、踵を返した魔理沙だったが──
(まさか・・・・・にとりの身に何かあったのか?)
昼間すれ違った河童達は、なにかにとりに忠告をしている様だった。
確証は持てない。考え過ぎかも、思い違いかもしれない。
それでも魔理沙は手に持っていた機械をしまうと、その手にミニ八卦炉を構えなおした。
(怒られる理由がまた1つ増えちまうかも知れないが・・・・・後悔するよりか、よっぽどマシだぜ!)
「悪いが・・・・・通らせて貰うぜ!!」
「河城にとり!谷カッパのにとりは居るか!!」
部屋に響く声の主は、鴉天狗のものだ。
射命丸文とはまた別の者で、いかにも真面目そうな顔で、部下の狼天狗を二匹連れていた。
「・・・・・おや、天狗様がこんなところにどうなさりました?」
応えるにとりだったが、その言葉には全く精気を感じられない。
彼女の手にはスパナが握られており、傍らには作為的に付けられたであろう外傷をもった機械が佇んでいた。
それは誰の目から見ても使い物ならなくなっているのが分かる程の壊れようだった。
「・・・・・そなたが人間の少女と共にいるのが目撃された。また、外の世界に行ける機械が作られているとの噂もある・・・・・。それらは事実か?」
にとりの普通ではない雰囲気に気付きながらも、鴉天狗はあくまで事務的に質問をした。
にとりはそれに対して、静かに首を振った。
「そんな筈はない!私達ははっきりとこの目で見た!」
「そうだ!見間違おう筈も無い!」
「騒ぐな、お前達・・・・・にとり殿、全く見に覚えがないと申すのか?」
若き白狼天狗達を抑え、静かに、しかし射抜くような視線でにとりを見据える鴉天狗。
しかし、にとりは相変わらず抜け殻の様に覇気の無い声で返す。
「機械は・・・・・はははっ、ご覧の通り失敗してしまいした。ですから・・・・・人間の少女など、着ておりません。」
嘘だ。その場に居た全員がそう思ったが、誰も口に出来なかった。
「・・・・・それではにとり殿、」
「どぉけぇぇぇぇぇえ!!!!!」
突然、鴉天狗の声を遮る様に怒声が響き渡った。
魔理沙が箒に跨ったまま、部屋に突っ込んで来たのだ。
咄嗟に道をあける天狗たちに脇目も振らず、魔理沙は真っ直ぐにとりに駆け寄った。
「にとり!無事だったんだな!?私はてっきり・・・・・?」
五体満足なにとりを見て、安堵したのも束の間。
尋常ではない様子のにとりに、魔理沙は気付いてしまった。
「お前達・・・・・・にとりに・・・・・・私のダチに何したぁ!!!?」
人間の、ましてや少女とは思えない怒気に思わず怯む白狼天狗たち。
そんな中、鴉天狗だけは魔理沙を真っ直ぐ見据えていた。
リーダーはこいつだと、魔理沙は直ぐに気がついた。
もはや白狼天狗には目もくれず、魔理沙は鴉天狗だけを睨み付け言った。
「返答次第では・・・・・唯じゃおかないぜ?」
脅しを掛ける魔理沙に待ったを掛けたのは、意外にも傍らにいたにとりだった。
「やめて!・・・・・やめて、魔理沙。その人たちは、天狗様たちは何も悪くないよ。」
魔理沙の服に必死にしがみ付き、にとりは訴えた。
先程までの抜け殻だったにとりからは考えられない必死様だった。
─これ以上、失いたくなかったのだ。
「にとり・・・・・。」
「そなたは、良いご友人を持たれたようだ。」
「私はまだ、あんた等のこと、許したつもりは無いぜ?」
「魔理沙っ!」
「だってさ、にとり!何もなかったなんて、そんな筈無いだろう!?」
「この件は!・・・・・この件は、私から上司の者に伝えておく。どうやら、私の部下が見た“人間の少女”とは、貴女の事だったようだ。事を荒立ててしまって申し訳なかった。しかし、人間がこの山にそれもこんな時間に来る事はあまり褒められた事でも無い。今後、この様な事態を避けるためにも、もう少し気をつけたまえ。それでは失礼した。」
それだけ言うと、納得していない様子の部下を引き連れ、鴉天狗は背を向けて出て行ってしまった。
魔理沙は事態が読みとれず、ポカンとしていたが、その隣でにとりが鴉天狗にむかってお礼のお辞儀をしていた。
「ああ~~もう、訳が分からないぜ!にとり、説明してくれるよな?」
「・・・・・うん。私も、魔理沙に聞いて欲しい。」
にとりはいきさつを話した。
エリカとの出会いから、今日に至るまで、全てを。
にとりが語り終えるまで、魔理沙は何も言わずじっと話を聞いていた。
「・・・・・とまぁ大体こんな感じ。」
話し終え、顔を上げるにとりに対し、これまで微動だにしなかった魔理沙が顔を背けるように帽子を深く被った。
「すまん・・・・・私の性だ。」
「違うよ・・・・!魔理沙の性じゃない!」
「違わなくなんてないさ・・・・・記憶を消す装置なんて頼んだのも・・・・その機械、壊しちまったのも私なんだからさ。」
そういって、ポケットから壊れた部品を差し出す魔理沙。
しかしにとりは魔理沙の手ごとその部品を包み込むように自身の手で握ると、それは違うと首をふった。
「あのね、魔理沙。この部品はあくまで外装・・・・・機械の動作には影響はないよ。」
「そ、それじゃあどうして・・・・・?」
「きっと・・・・・最初からそうなる運命だったんだ。普通の人間とはどこか違ってた。エリナは何だか希薄だった。だから山の妖怪達にも気付かれにくかったのかも知れない・・・・・。でも・・・・どうして彼女はやってきて・・・・・、どうしてこんなにも早くお別れしなくちゃいけなかったのか・・・・・。それは分かんないけど。分かんないけど・・・・・でも私は嬉しかった!エリナと出会えて!だから・・・・・だから魔理沙は悪くない、よ?」
それは強がりだと、魔理沙にははっきりと分かった。
いや、今のにとりを見れば誰だって分かるだろう。
今にも泣き出しそうに、瞳いっぱいに涙を溜め込んで・・・・。
(それで笑えてるつもりかよ・・・・・。)
それでも普段どおりに振舞おうと、気丈にも笑顔を作るにとりを。
見ていられる筈もなかった。
「泣いても・・・・・良いんだぜ?」
「泣かないよ!盟友の前でそんな恥ずかしいとこ見せてたら、エリナに笑われちゃうよ!」
ぬぐってもぬぐっても溢れ出る涙。
先程良いだけ泣いたのに・・・・・髪も肌も枯れてしまってこのまま死んでしまうのかと思うほど泣いたというのに・・・・・。
「私は、にとりのこと、盟友なんて思ってないぜ。」
「・・・・・えっ?」
思ってみない魔理沙の言葉に、にとりは金槌で頭を殴られたのかと錯覚してしまうほどの衝撃をうけた。
しかし─
振り向いた先の魔理沙の笑顔はまぶしいほど綺麗で─
「親友だ。人間と河童の種族の間柄なんて、私達には関係ない。だから私たちは──親友だ。」
反則だ。
にとりはそう思ったが、こぼれだした涙を止める事なんて出来なかった。
「そうだ、泣け泣け。・・・・・好きなだけ泣け。私の胸、好きなだけ使ってさ。」
「まり、さ・・・・!まりさぁ!!」
思い浮かぶのは、楽しかった3日間のこと。
エリナのいた、3日間・・・・・。
他愛も無い話をして、冗談を言って、星の話をして・・・・・
楽しいことばかりだった筈なのに、どうしてこんなに悲しんだろう。
どうして私は泣いてばかりいるのだろう・・・・・。
そんなこと、分かってる。
ここにエリナがいないからだ。
分かりきっていたんだ───こんな気持ちになることは・・・・・。
だから消そうとした。
無かったことにしようとした。
全部──でも、エリナはそれを望んではいなかった。
『私のこと、忘れないでね』
確かにそういったのだ。
だったら私には果たさなければいけない、約束がある。
二人だけの約束。
「魔理沙・・・・・。」
「ん?なんだ、にとり?」
「魔理沙に・・・・・頼みたい事があるんだ。」
「遂に・・・・完成したな。」
「そうだね・・・・・。」
私と魔理沙は、白くて丸いドーム状の建物を見上げていた。
とは言っても、大きさはたいした事はなく、精々二階のある一戸建の家が収まる程度か。
回りの喧騒は中々大した物で、良くもまぁこの妖怪の山に人が──いや、殆んど妖怪だが──集まったものだ。
「私ひとりじゃ、こんなに早く出来なかった・・・・・ううん、ひょっとしたら完成すら覚束無かったかも。
ありがとう。魔理沙のお陰だよ。」
「おいおい、よしてくれ。私はただパチュリーとこの図書館から何時もどおり本を借りてきただけだぜ?“星に関する本”を片っ端からな。っとそういや、理由を聞いてなかったな。こいつを作った理由を。」
「・・・・・約束だったんだ。エリナとの。二人で作るって。」
「ちょっと主催者がこんなところで何やってるの!準備できたから、速く入って入って!お客さんも待ちぼうけしてるよっ!」
仲間の河童が私たちに駆け寄ってきて、そういった。
彼等にも手伝って貰ったのだ。なにせ大掛かりなセットだから。
「行くか、にとり。主役が居ないと始まらないぜ!?」
「もちろん!」
小走りにそのドームに向かい、中に入る。
中は殆んど空洞になっていて、外円にそって客席が設けられている。
その客席は、揃って天井をみるようにセットしてあり、更にその天井には大きなスクリーン。
中央には今回の大目玉である投影機。
その中央に、にとりはマイクを持って躍り出た。
「やぁやぁ!紳士淑女の皆様方!この度はよくぞお集まり頂きました!
それではご覧頂きましょう!幻想郷初の“プラネタリウム”でございます!!まもなく上映です!!」
ボーン。
開宴の音が、漆黒の闇と共に重く鳴り響いた。
ボーン。
『・・・・り・・・・・りな・・・・・え・・・・な・・・えり、な・・・・・・エリナっ』
「へ!?」
開宴の音と、己を呼ぶ声で私は目が覚めた。
それにしても、我ながら素っ頓狂な声を上げてしまったものだ。恥ずかしい・・・・。
「私・・・・・あれ?」
「寝ぼけてるのかい?君は眠ってたんだよ。きっと緊張してたんだろう・・・・・無理もないか。」
彼の言葉に私は漸く合点がいった。ちなみに彼とは、私の婚約者だ。
来月には、もう籍をいれるつもりだ。
そう、私は大人なのだ。
しかしさっきまでの夢の私は・・・・・・
「リアルな夢だったわ・・・・・私、子供になってた。」
「子供の頃の夢かい?」
「いいえ、違うわ。“子供になった夢”よ。はっきりと覚えてる・・・・・そこで私はにとりと言う河童の少女に出会い・・・・・恋をしたの。」
「おいおい、僕というものがありながら?」
辺りが暗くなり始めたせいで、彼の表情は見えなかったが、どうやら機嫌を損ねてしまったらしい。
「夢の話よ・・・・・それで私はね彼女と約束をするのよ。」
「ちょっと待った。夢の話は後で聞くよ・・・・・それよりも今は大切な初上映だ。君が作った、“プラネタリウム”のね。」
『ねぇ、プラネタリウムを作りましょうよ!』
『プラネタリウム・・・・・?なんだいそれは?』
『知らないの?』
『悪かったね。』
『もう、怒らないで。・・・・・そうね、プラネタリウムっていうのは、投影機を使って昼間にも星を見ることができるものよ!それも色んな種類の!季節も場所も関係ない、自由自在な星空を映し出すのよ!』
『へぇ・・・・・プラネタリウムねぇ・・・・・それは面白そうだけど、私は星に関しては詳しくないよ?』
『大丈夫!私が知ってるもの!ずっと夢だったのよ!プラネタリウムを作るの!ああぁ・・・・・考えただけですごくドキドキする!だってにとりが知らないって事は、この世界初ってことでしょ?』
『そう・・・・・成るかも知れないね。』
『そしたら皆に見てもらうのよ!星の美しさを・・・・・!』
『・・・・・・うん、そいつは素晴らしい案だ!』
『ね?だから約束ね?』
『うん、約束だ──』
『『二人だけのプラネタリウム』』
終わり。
この作品は、ビートまりお様の名曲『人間が大好きなこわれた妖怪の唄』を勝手に妄想し話を含まらせたものです。
皆さんがお持ちのイメージとは違ったり、または壊してしまうこともあるかも知れません。
また、そういったことに抵抗のある方はお読みに成られないほうが宜しいかと思います。
それと曲は素晴らしいですが、当作品への過度の期待はしないで頂けると助かります。
長々と失礼しました。では本編へどうぞ。
「にとり~、居るか~?」
明かりの少ない薄暗い部屋を見渡しながら、霧雨魔理沙は声を掛けた。
無駄に広い部屋は、お宝ともガラクタとも判別のつかない機械の山のせいで、視界も悪く、目的の人物が居るのかさえ皆目掴めなかった。
「居るよ~、こっちこっち。」
「こっちってどっちだよ・・・・・」
ぼやきながらもとりあえず声のする方へ向かってみる。
「おっ!いたいた。ったくちょっとは片付けろよな・・・・・まっ私も人の事言えた義理じゃないが。
ん?まだ完成してなかったのか?」
絶賛作業中のにとりを見て、魔理沙は呆れたように呟いた。
「違う違う。こっちは別物。アンタの注文の品はあっち。」
そういって、顔も上げず向けられたスパナの先には、今現在にとりが弄ってるものと同じようなもの─ 大人の人間が一人、余裕で入れそうなカプセル型の機械があった。
「まさか・・・・・こいつか?」
信じられない物を見たかのように声を絞り出す魔理沙。そんないまいちな反応を不思議に思ったにとりが、漸く顔を上げた。
魔理沙は間違いなく、注文の品を注視していた。
「そうだけど・・・・・?」
「デカイな・・・・・デカ過ぎる。」
渋る魔理沙に、にとりも眉をひそめた。
「そんな事言われても・・・・・サイズの事なんて言ってなかったじゃない。」
「っ・・・・・!しまったな、失念してた・・・・・。」
「そもそも、“記憶を消す道具”なんてのは寧ろ魔法(そっち)の分野じゃないの?機械でやったらこれぐらい大掛かりになるよ。」
呆れたにとりは、興味を無くしたように再び作業に戻ってしまった。
「・・・・・これじゃあパチュリーに借りた本の事を忘れさせるなんて無理だぜ・・・・・。」
「なんか言った?」
「いや!別になんでも無いぜ!・・・・・そんなことより、そっちは何なんだ?良く似た機械みたいだが・・・・・?」
いきなり話の矛先を変えた魔理沙だったが、寧ろにとりは嬉々として応えた。
腕を腰にそえて、えっへん!とでも言わんばかりに胸をそらす。
「良くぞ聞いてくれました!似てるのは、元々二つは対になるものだったからさ。そっちのは魔理沙の為に急遽改造したんだ。本当は、二つで幻想郷と外の世界を自由に行き来する機械だったんだ・・・・・ちなみに仕組みはどっちも一緒。ただそっちの方が一回り小さいでしょ?まずは私が今作ってるこいつで外の世界にその機械を送り込んで・・・・・」
「外の世界ねぇ・・・・・・・・・外の世界だって!?」
「もう、説明の途中で大声出さないでよ!」
せっかくノリノリで語り始めたにとりだったが、魔理沙の驚愕の声によって遮られてしまった。どうやら魔理沙の関心はにとりの説明ではなく、機械自体に向いてしまっているらしく、こいつがねぇ・・・・・等としきりに呟きながら、ペタペタと機械を触っている。
1度関心を持った物からはそう簡単には意識が剥がれない。そんな魔理沙の性格をよく知っているにとりは、呆れながらも作業に戻ってしまった。
「触るのは良いけど、壊さないでよぉ~。魔理沙がもう使わないんなら、元の性能に戻さなきゃいけないんだから。」
「・・・・・・・・。」
作業をしながら、念のため魔理沙に忠告だけはしておいた。
が、当の本人から返事はない。余程集中しているのだろうか。
不安になって、にとりは再び魔理沙の方を向いた。
「魔理沙・・・・・?」
「あっいや、なんでもないんだ!・・・・・っと、そうだ!私他にも用事があるんだったぜ!
ってことで私はここらでお暇するぜ!サンキューな、にとり!!」
急に焦って出て行く魔理沙を尻目に、にとりは首を傾げた。
「変な魔理沙。」
人間を疑う事を知らないにとりの性格が仇となったか・・・・・よもや注意するよりも早く魔理沙が機械を壊していたなどと、露ほどにも思わないにとりであった。
「げげ、人間!?」
外から聞き覚えのある台詞が聞こえてきた。どうやら仲間の河童達らしい。
大方魔理沙とすれ違って驚いたのであろう。
「そっそんな事より、今はにとりだ!にとりー!にとりは居るー!?」
「はいは~い、今行くよ~!よいしょっと・・・・・・。」
にとりは仕方なく、今度は玄関で出迎えてやる事にした。
間も無くして帰っていった河童達。
来客が居なくなった部屋は、シーンと静まり返っていた。
「もう大丈夫。出てきて良いよ。」
誰もいない筈のその部屋ににとりは声を掛けた。
すると、一人の少女が何も無いところから、顔だけを覗かせた。
「中々のもんでしょう?私の新作、光学カモフラージュマントは。」
誇らしげに胸をはるにとりに、少女はにっこりと微笑んで見せた。
「ええ、すごいわね。それで、河童さんたちと何を話して来たの?」
「うん、忠告しに来てくれたんだよ。『外の世界に行ける機械』は危険視されるって・・・・・天狗様に目を付けられるぞってね。」
「ふ~ん・・・・・天狗様ってのは怖いんだね。」
率直な少女の意見に、苦笑いを浮かべるにとり。
「でもこの山が平和なのも天狗様達のお陰さ。荒くれ者の多いところだから・・・・・感謝しなきゃね。」
「そうなんだ・・・・・でも、みんながみんな、にとり見たいに優しい妖怪だったら良かったのに。」
「それ、私達が出会った時にも言ってたね?」
「そうだったかしら?」
「そうだったよ・・・・・ほら─」
そう言って、二人は出会った時の事を振り返った。
遡ること、3日前───
場所は同じにとりの部屋。時刻は正午を迎える頃。
その日のにとりは魔理沙の訪問を受けた後だった。
「あああ~~~!!部品が足りない!!“記憶を消す道具”なんて安請け合いするんじゃなかったよ・・・・・」
トホホと呟きながら、回りを見渡す。すると目に止まったのは二つ並んだカプルセル型の機械。
「う~ん。仕方ない、こいつを1度諦めてばらすか・・・・・。」
そういって二つの機械の前に立つにとり。さて問題はどちらをばらすかだが・・・・・
「組み立て中の“行き”のカプセルをばらした方が効率的には良いけど・・・・・目的も聞かなかったからなぁ。少しでも小さい“帰り”のカプセルにしとくか。」
外の世界を自由に行き来する機械─詰る所ワープ装置なのだが─“行き”と“帰り”ではサイズが違う。両方とも大の大人が入るには充分なサイズだが、“帰り”の方が一回りも二回りも小さく出来ている。理由は“行き”で外の世界に渡る時、一緒に持っていくためだ。
もっと利口な手段は無かったのかと突っ込まれそうな物だが、空間を移動できる手段を考えただけでも褒めて貰いたいものだ。あのスキマ妖怪と同列の事を求められても困る。
ちなみに何故“帰り”から作ったかと問われれば、予定よりサイズが大きくなっても良い様にだ。ようは収まれば良いのだから、“行き”のサイズは出鱈目に大きくても構わないのだ。
さておき、そんな理由で“行き”のカプセルの製作を頓挫させ、その上で“帰り”のカプセルまでもばらさなくてはいけなくなってしまっ
た訳だ。この時点でにとりはこの機械の製作を諦めていた。元々が思い付きで始めた─思いついた時は天命かと思ったが─ものだ。
出来たら出来たで、回りに知れた問題になるものでもある・・・・・そう踏ん切りをつけた。そう、悪までもこの時点では、だが───
思い直す羽目になったのは、それから数時間後の事だった。ばらし始めていた機械が、急に発光を始めたのだ。
これにはにとりも面食らった。余りのまぶしさにゴーグルさえも意味を成さず、にとりは堪らず目を閉じた。
暫くして光が収まると、にとりはそっとカプセルを覗いた。
そしてその光景に─いや、そこに居た人物に、にとりは再度面食らった。
「貴女・・・・・だれ?」
「げげ、人間!?」
目をぱちくりさせて驚く人間の少女─歳は14、5歳といったところか─から逃げるようににとりは数メートル下がり、ガラクタに身を隠すように潜り込んだ。
尚も不思議そうにする少女。が、やがて思いついたように言葉を漏らした。
「貴女も人間じゃないの?」
この一言に、少女に敵意が無い事を感じ取ったにとりは、安心して佇まいを直し、改めて少女の前に降り立った。
「良い質問だね、お嬢さん。私はにとり!河童のにとりさ!」
「河童・・・・・・?」
「お嬢さん・・・・・河童知らないの?」
「私、お嬢さんなんて名前じゃないわ。エリナよ。」
見た目以上に気の強い子だと、にとりは感じた。
「それじゃあエリナ。河童は妖怪だよ。」
「妖怪?」
「そう。ああでも心配は要らないよ。妖怪だからと言って、人間を襲ったりはしない。河童と人間は昔からの盟友だからね。」
どうだ、紳士的でしょ?と内心で思いながら、胸を張るにとり。
そんなにとりを見て、少女はにっこりと微笑むと───
「じゃあ貴女は“優しい妖怪”さんなのね。」
「とまぁそんな感じだったじゃない。」
「そうだったわね。」
回想を終える頃には、時刻は夕暮れ時だった。
再び作業に戻るにとりの背中を、何をする訳でもなく少女──エリナは見つめていた。
「後どのくらいで完成するの?」
「もうすぐだよ。ごめんね、遅くなっちゃって。」
申し訳なさそうに、にとりが力なく笑うのを見て、エリナは慌てて両手を振った。
「そんな、にとりが謝る事ないよ。それに私、別に帰れなくなっても全然構わないし。」
「またそんなこと言って・・・・・退屈でしょ?ただ見てるだけじゃあ。」
「ううん、そんなこと無い。にとりとおしゃべりできて、私楽しいよ。それに──」
「それに?」
言葉を切って、窓の外に顔を向けるエリナ。外の景色は、茜色一色に染まっていた。
「この部屋の窓から覗く星が綺麗で・・・・・何度見ても飽きないもの。」
目を輝かせるエリナの瞳には、まだ姿を現してもいない星が見ているかのようだった。
見つめていたら吸い込まれてしまうんじゃないかとすら錯覚させられる、そんなエリナの瞳からにとりは目を逸らせずにいた。
「にとり・・・・・?」
「あっ、いや、なんでもないよっ。その、エリナは好きだね、星。」
誤魔化すように、にとりは話題を振った。
「うん、大好き!ここの星は素敵ね。見たことの無い星が沢山あるんだもの!」
興奮気味に話すエリナを見て、にとりはほっと胸を撫で下ろす。
「そんなに好きなら・・・・・見に行こうか?」
「え?」
「星さ。とっておきの場所があるんだ。」
「ホント!?行く!絶対行くわ!!」
嬉しそうにはしゃぐエリナを見て、思わずにとりからも笑みがこぼれた。
「よし、そうと決まればこいつを完成させないとね・・・・・帰るのは星を見た後だ。」
最後の思い出づくりに、と。にとりはそういうつもりなのだ。
しかし、当のエリナは顔をしかめた。
「そんなに慌てる事無いじゃない・・・・・私、もっとにとりと一緒に居たいよ?」
正直、嬉しい言葉だった。しかし、そうも言ってられない。
にとりは1度作業を中断し、エリナと向かい合うようにした。
その瞳はエリナが3日間でみたどの瞳よりも、真剣だった。
「駄目なんだ。エリナ。この山は余所者に冷たい・・・・・エリナが此処に居る事が知れたら──その、危険なんだよ。」
少しだけ、言葉を詰まらせた。よもや“殺されるかも”など、どうして伝えられようか・・・・・・。
「それは分かったけど・・・・・」
「エリナ・・・・・?」
「分かったわよ・・・・・だからそんな目で見ないで。」
やっと聞き分けてくれたことに、安堵と、そして一抹の寂しさを感じたにとり。
一緒に居たいのは、にとりだって変わらないのだ。
「そのかわり、約束して。」
「約束・・・・・?」
「そっ、約束!」
「うわぁ・・・・・・綺麗・・・・・・。」
目を輝かせながら雲ひとつ無い満天の星空を、エリナは見上げていた。
場所はにとりのとっておき・・・・・小さな丘で、丁度木々が開けており星を見上げるにはもってこいの場所。
片手には、にとりお手製の光学カモフラージュマント。ここまで誰にも見つからないようにという配慮だ。
「不思議ね・・・・・私、星に関しては結構知ってるつもりなんだけど・・・・・この世界で見る星は知らないのばかりだわ。」
「そっか・・・・・それは多分、ここが幻想郷──忘れられたものが流れる着く、そんな世界だからじゃないかな?」
「忘れられた・・・・・それじゃあ今見てる星は、既に光を失い、見られなくなったものなのかしら?」
「分からないけど・・・・・きっとそうなのかも。」
そんなやりとりの後、二人は揃って星空を見上げる。
会話は無くなったが、決してそれは不快な沈黙ではなく、そこに確かな温もりをにとりは感じていた。
星に夢中になるエリナ、そんな彼女を暖かく見守るにとり。
願わくば、ずっとこの時間が続きますように──
ガサガサ・・・・・
すぐ後ろの茂みから、物音がした。
にとりは、はっとなって振り向く。
(気のせいかな・・・・・?)
よく目を凝らすが、何者かが動く気配は感じない。
「にとり?気にしすぎじゃあ・・・・・」
エリナに声を掛けられ、意識を移した──その瞬間
バサッ!
しまった!
そうにとりが思った時には既に、白狼天狗が二匹、大空を羽ばたいていた。
「エリナ!!」
にとりは直ぐに、エリナの手をとって走り出した。
あれは見回り天狗・・・・・手出しをしてこなかったという事は、直ぐに上司へ報告に言ったに違いない。
甘かった・・・・・少しくらいなら大丈夫だろうと思ったのが間違いだった。
部屋から一歩も出なければ、いや、そもそももっと早く手を打つべきだったのだ・・・・・。
霊夢か、人間の里の守護者をしているという半獣にでも話せば、ひょっとしたら幻想郷に残れたかも知れなかったのに・・・・・。
そうしなかったのは、自分の責任─いや、我侭だ。
エリナを元の世界に帰さなきゃいけない。確かにそんな義務感もにとりにはあった。
だが、己の大部分を占めていた感情──彼女と一緒にいたい・・・・・ただそれだけの事で招いた結果がこれだ。
「ちょっ、どうしたの?にとり??」
状況が把握出来ていないのだろう。エリナは走らされながら必死に問いかけて来るが、応えてる余裕がにとりには無かった。
バンッ!
部屋の扉を勢い良く開け、中に飛び込む。
どうやらこちらにはまだ追っては来ていないらしい・・・・慌てていたため警戒もせず飛び込んでしまったが、助かった。
「ねぇ?一体どうし──、
「見つかったんだ!天狗様に!!」
エリナの言葉をさえぎる程の大声で応えてから、にとりははっとした。
エリナを怯えさせてどうする。にとりは取り繕うようにゆっくりと言葉を繋いだ。
「あっいや、ごめんっ。怒鳴るつもりなんかなくって・・・・・さっき、見回り天狗に見つかったんだ。
きっと時期に此処へ上司の天狗や、仲間を引き連れてやって来る・・・・・。」
唇を噛み締めながら、やっとの思いでここまでは話せた。
既に亡失としているエリナだったが・・・・・重要なのはここからだ。
「だから・・・・・エリナは、今すぐ元の世界に帰らなきゃいけない。」
「・・・・っ!?そんな・・・・・!じゃあ約束は!?私と一緒に、
「命には代えられないだろ!!」
再度怒鳴られ、息を呑むエリナ。
しまったと思いつつも、にとりは仕方なく説得を続ける。
「仕方ないんだ・・・・・この山は、人間が生きていくには・・・・・厳しすぎる。」
「い、や・・・・・・イヤ・・・・・嫌よ!?私、にとりと離れたくないっ!!」
「エリ、ナ・・・・・」
「私!!───私、にとりの事が、好き・・・・・・。」
エリナの告白に、にとりは言葉を詰まらせた。
重い、重い沈黙が二人を包む。
しかし、ゆっくりもしてられないのだ。天狗達はきっと間も無くやってくる。
どれだけ強く願おうと、決断の時は一刻と近づいている。
天秤に掛けられるは、エリナの想いとエリナの命・・・・・しかし、最初からにとりの答えは決まっていた。
「エリナ・・・・・私も、エリナのこと好きだよ。」
「にとり・・・・・。」
「分かった。エリナ。この場を凌ぐには天狗様を騙し通すしかない・・・・・とりあえずエリナはこの中に隠れて・・・・・。」
そういって、大きなカプセルにエリナを招く。それは、最初にエリナが此処へ─幻想郷へやってきた時の物だ。
「これって・・・・・?」
「良いから・・・・・私を信じて。」
不安げなエリナに、にとりは力強く頷いてみせる。
するとエリナは安心した様に、小さく頷きカプセルへと自ら入っていった。───にとりの胸が、ちくりと痛んだ。
カチ。
「え・・・・・?」
エリナが入ると、カプセルから何かが嵌ったような音がした。
傍らでカプセルを操作するにとりが、ロックを掛けた音だった。
「ごめん、ごめんね。エリナ・・・・・」
顔を俯かせたにとりを見て、エリナは驚愕した。
「どうして!?どうして・・・・・!!?」
縋る様に、泣き叫びながら、エリナは何度もカプセルの蓋を内側から強く叩いた。
それでもにとりは顔を上げてはくれない。
「全部・・・・・忘れるんだ、エリナ。此処に来た事も、私にあった事も全部・・・・・・。」
“記憶を消す装置”、今エリナが入っているのは魔理沙のために完成させた、それだった。
「もちろん、私も忘れるよ。全部終わったら・・・・・エリナを無事に送り届けたら。」
「そんな事っ!私望んでない・・・・・!そうよ、私が此処に残れないなら、にとりが一緒に来てくれれば─」
涙で顔をぐしゃぐしゃに滲ませながらも、無理やり笑顔を作り、必死に問いかけるエリナ。
しかし、にとりは頭を横に振った。
「駄目なんだ・・・・・河童は、綺麗な水がないと生きていけない。外の世界は、ここより綺麗な水は無いと聞く・・・・・。
そもそも私は、この山からも出られないんだ・・・・・。」
始めから結ばれる筈も無い二人・・・・・
そんな運命を見せつけられたかの様にエリナの顔は絶望一色に塗りつぶされ、がっくりとうな垂れてしまった。
ウィーン。
見た目のわりには小さな駆動音が鳴り始めた。
「ありがとう。エリナ・・・・・・」
にとりの言葉に、エリナが顔を上げる。
そこには、涙と鼻水にまみれ、それでも満面の笑みを浮かべるにとりの姿があった。
「私も・・・・・エリナのこと、大好きだったよっ・・・・・!」
エリナは、必死になって言葉を捜した・・・・・が、時は既に遅く。
視界が白に覆われて、何も考えられなくなっていった。
(これで、これで良かったんだ・・・・・)
涙と鼻水をぬぐい、精一杯の笑顔を作る。
泣いてなんて居られない・・・・・まだ終わってなどいないのだから。
せめて・・・・・せめて、記憶を失った彼女が安心して帰れるように・・・・・。
ピ。
再び、機械から控えめな音がした。
どうやら終わったらしい。
中から、戸惑い顔のエリナが出てきた。
不意に、彼女に初めて出会った時の事が頭を掠めたが、にとりは頭を振って意識から無理やり外した。
──感傷に浸るのは、まだ早い。
「ややっ!?これはいけない。貴女は誤って此処に迷い込んでしまったようだ!」
「え・・・・・?何を言って・・・・・?」
「でも安心して!出口はある!直ぐにそこから帰ると良いよ!」
自分はちゃんと、笑えてるだろうか?
そんな不安が脳裏を過ぎるが、今は気にしている場合ではない。
「さぁさぁ、乗った乗った!」
「ちょっと待って・・・!話を、きゃあ!」
強引に、にとりはもう1つのカプセルに彼女を押し込むと、傍らにあるパネルをパパッと操作する。
カチ。ウィーン。
これでよし。と、パネルを離れ、カプセルを覗く。
するとそこには、見慣れたエリナの笑顔があった。
──どうして・・・・・?
小さな駆動音が響く中、にとりは理解できずに居た。
彼女は何故笑い・・・・・そして、涙しているのか?
これではまるで、別れを惜しんでいるようではないか。
そんな筈は無い。そんな筈は・・・・・だって彼女の記憶はもう──
「私の事、忘れないでね・・・・・“優しい妖怪さん”」
エリナは最後にそう言い残すと、白い光と共に消えてしまった。
──記憶は、消えてなかった・・・・・?
にとりはついに、その場に泣き崩れた。
妖怪の山を飛来する黒い影が1つ。
それは黒の服に白いエプロンを掛けた少女──言わずもがな、霧雨魔理沙だ。
彼女がこんな夜遅くに、妖怪の山を飛行しているのには訳があった。
「にとりのやつ・・・・・怒ってないかな・・・・・。」
その訳は、魔理沙が手に持っている機械にあった。
それは、昼間、にとりのもとを訪れた際に壊してしまった機械の部品だった。
一度は逃げてしまったものの、正直に謝って返す事に決めたのだ。
「ん?あれはにとりんちだよな・・・・・?」
近くまできて、魔理沙は箒を止めた。
目的地の付近に、というかズバリ入り口に。
まるで見張りをするかのように、左右に白狼天狗が立っていた。
あちらの方が目が良いからだろう。既にこちらに気付き、臨戦態勢をとっている。
(これはお取り込み中みたいだな・・・・・また出直すとするか。)
揉め事を起こすのも今日ばかりは面倒だと思い、踵を返した魔理沙だったが──
(まさか・・・・・にとりの身に何かあったのか?)
昼間すれ違った河童達は、なにかにとりに忠告をしている様だった。
確証は持てない。考え過ぎかも、思い違いかもしれない。
それでも魔理沙は手に持っていた機械をしまうと、その手にミニ八卦炉を構えなおした。
(怒られる理由がまた1つ増えちまうかも知れないが・・・・・後悔するよりか、よっぽどマシだぜ!)
「悪いが・・・・・通らせて貰うぜ!!」
「河城にとり!谷カッパのにとりは居るか!!」
部屋に響く声の主は、鴉天狗のものだ。
射命丸文とはまた別の者で、いかにも真面目そうな顔で、部下の狼天狗を二匹連れていた。
「・・・・・おや、天狗様がこんなところにどうなさりました?」
応えるにとりだったが、その言葉には全く精気を感じられない。
彼女の手にはスパナが握られており、傍らには作為的に付けられたであろう外傷をもった機械が佇んでいた。
それは誰の目から見ても使い物ならなくなっているのが分かる程の壊れようだった。
「・・・・・そなたが人間の少女と共にいるのが目撃された。また、外の世界に行ける機械が作られているとの噂もある・・・・・。それらは事実か?」
にとりの普通ではない雰囲気に気付きながらも、鴉天狗はあくまで事務的に質問をした。
にとりはそれに対して、静かに首を振った。
「そんな筈はない!私達ははっきりとこの目で見た!」
「そうだ!見間違おう筈も無い!」
「騒ぐな、お前達・・・・・にとり殿、全く見に覚えがないと申すのか?」
若き白狼天狗達を抑え、静かに、しかし射抜くような視線でにとりを見据える鴉天狗。
しかし、にとりは相変わらず抜け殻の様に覇気の無い声で返す。
「機械は・・・・・はははっ、ご覧の通り失敗してしまいした。ですから・・・・・人間の少女など、着ておりません。」
嘘だ。その場に居た全員がそう思ったが、誰も口に出来なかった。
「・・・・・それではにとり殿、」
「どぉけぇぇぇぇぇえ!!!!!」
突然、鴉天狗の声を遮る様に怒声が響き渡った。
魔理沙が箒に跨ったまま、部屋に突っ込んで来たのだ。
咄嗟に道をあける天狗たちに脇目も振らず、魔理沙は真っ直ぐにとりに駆け寄った。
「にとり!無事だったんだな!?私はてっきり・・・・・?」
五体満足なにとりを見て、安堵したのも束の間。
尋常ではない様子のにとりに、魔理沙は気付いてしまった。
「お前達・・・・・・にとりに・・・・・・私のダチに何したぁ!!!?」
人間の、ましてや少女とは思えない怒気に思わず怯む白狼天狗たち。
そんな中、鴉天狗だけは魔理沙を真っ直ぐ見据えていた。
リーダーはこいつだと、魔理沙は直ぐに気がついた。
もはや白狼天狗には目もくれず、魔理沙は鴉天狗だけを睨み付け言った。
「返答次第では・・・・・唯じゃおかないぜ?」
脅しを掛ける魔理沙に待ったを掛けたのは、意外にも傍らにいたにとりだった。
「やめて!・・・・・やめて、魔理沙。その人たちは、天狗様たちは何も悪くないよ。」
魔理沙の服に必死にしがみ付き、にとりは訴えた。
先程までの抜け殻だったにとりからは考えられない必死様だった。
─これ以上、失いたくなかったのだ。
「にとり・・・・・。」
「そなたは、良いご友人を持たれたようだ。」
「私はまだ、あんた等のこと、許したつもりは無いぜ?」
「魔理沙っ!」
「だってさ、にとり!何もなかったなんて、そんな筈無いだろう!?」
「この件は!・・・・・この件は、私から上司の者に伝えておく。どうやら、私の部下が見た“人間の少女”とは、貴女の事だったようだ。事を荒立ててしまって申し訳なかった。しかし、人間がこの山にそれもこんな時間に来る事はあまり褒められた事でも無い。今後、この様な事態を避けるためにも、もう少し気をつけたまえ。それでは失礼した。」
それだけ言うと、納得していない様子の部下を引き連れ、鴉天狗は背を向けて出て行ってしまった。
魔理沙は事態が読みとれず、ポカンとしていたが、その隣でにとりが鴉天狗にむかってお礼のお辞儀をしていた。
「ああ~~もう、訳が分からないぜ!にとり、説明してくれるよな?」
「・・・・・うん。私も、魔理沙に聞いて欲しい。」
にとりはいきさつを話した。
エリカとの出会いから、今日に至るまで、全てを。
にとりが語り終えるまで、魔理沙は何も言わずじっと話を聞いていた。
「・・・・・とまぁ大体こんな感じ。」
話し終え、顔を上げるにとりに対し、これまで微動だにしなかった魔理沙が顔を背けるように帽子を深く被った。
「すまん・・・・・私の性だ。」
「違うよ・・・・!魔理沙の性じゃない!」
「違わなくなんてないさ・・・・・記憶を消す装置なんて頼んだのも・・・・その機械、壊しちまったのも私なんだからさ。」
そういって、ポケットから壊れた部品を差し出す魔理沙。
しかしにとりは魔理沙の手ごとその部品を包み込むように自身の手で握ると、それは違うと首をふった。
「あのね、魔理沙。この部品はあくまで外装・・・・・機械の動作には影響はないよ。」
「そ、それじゃあどうして・・・・・?」
「きっと・・・・・最初からそうなる運命だったんだ。普通の人間とはどこか違ってた。エリナは何だか希薄だった。だから山の妖怪達にも気付かれにくかったのかも知れない・・・・・。でも・・・・どうして彼女はやってきて・・・・・、どうしてこんなにも早くお別れしなくちゃいけなかったのか・・・・・。それは分かんないけど。分かんないけど・・・・・でも私は嬉しかった!エリナと出会えて!だから・・・・・だから魔理沙は悪くない、よ?」
それは強がりだと、魔理沙にははっきりと分かった。
いや、今のにとりを見れば誰だって分かるだろう。
今にも泣き出しそうに、瞳いっぱいに涙を溜め込んで・・・・。
(それで笑えてるつもりかよ・・・・・。)
それでも普段どおりに振舞おうと、気丈にも笑顔を作るにとりを。
見ていられる筈もなかった。
「泣いても・・・・・良いんだぜ?」
「泣かないよ!盟友の前でそんな恥ずかしいとこ見せてたら、エリナに笑われちゃうよ!」
ぬぐってもぬぐっても溢れ出る涙。
先程良いだけ泣いたのに・・・・・髪も肌も枯れてしまってこのまま死んでしまうのかと思うほど泣いたというのに・・・・・。
「私は、にとりのこと、盟友なんて思ってないぜ。」
「・・・・・えっ?」
思ってみない魔理沙の言葉に、にとりは金槌で頭を殴られたのかと錯覚してしまうほどの衝撃をうけた。
しかし─
振り向いた先の魔理沙の笑顔はまぶしいほど綺麗で─
「親友だ。人間と河童の種族の間柄なんて、私達には関係ない。だから私たちは──親友だ。」
反則だ。
にとりはそう思ったが、こぼれだした涙を止める事なんて出来なかった。
「そうだ、泣け泣け。・・・・・好きなだけ泣け。私の胸、好きなだけ使ってさ。」
「まり、さ・・・・!まりさぁ!!」
思い浮かぶのは、楽しかった3日間のこと。
エリナのいた、3日間・・・・・。
他愛も無い話をして、冗談を言って、星の話をして・・・・・
楽しいことばかりだった筈なのに、どうしてこんなに悲しんだろう。
どうして私は泣いてばかりいるのだろう・・・・・。
そんなこと、分かってる。
ここにエリナがいないからだ。
分かりきっていたんだ───こんな気持ちになることは・・・・・。
だから消そうとした。
無かったことにしようとした。
全部──でも、エリナはそれを望んではいなかった。
『私のこと、忘れないでね』
確かにそういったのだ。
だったら私には果たさなければいけない、約束がある。
二人だけの約束。
「魔理沙・・・・・。」
「ん?なんだ、にとり?」
「魔理沙に・・・・・頼みたい事があるんだ。」
「遂に・・・・完成したな。」
「そうだね・・・・・。」
私と魔理沙は、白くて丸いドーム状の建物を見上げていた。
とは言っても、大きさはたいした事はなく、精々二階のある一戸建の家が収まる程度か。
回りの喧騒は中々大した物で、良くもまぁこの妖怪の山に人が──いや、殆んど妖怪だが──集まったものだ。
「私ひとりじゃ、こんなに早く出来なかった・・・・・ううん、ひょっとしたら完成すら覚束無かったかも。
ありがとう。魔理沙のお陰だよ。」
「おいおい、よしてくれ。私はただパチュリーとこの図書館から何時もどおり本を借りてきただけだぜ?“星に関する本”を片っ端からな。っとそういや、理由を聞いてなかったな。こいつを作った理由を。」
「・・・・・約束だったんだ。エリナとの。二人で作るって。」
「ちょっと主催者がこんなところで何やってるの!準備できたから、速く入って入って!お客さんも待ちぼうけしてるよっ!」
仲間の河童が私たちに駆け寄ってきて、そういった。
彼等にも手伝って貰ったのだ。なにせ大掛かりなセットだから。
「行くか、にとり。主役が居ないと始まらないぜ!?」
「もちろん!」
小走りにそのドームに向かい、中に入る。
中は殆んど空洞になっていて、外円にそって客席が設けられている。
その客席は、揃って天井をみるようにセットしてあり、更にその天井には大きなスクリーン。
中央には今回の大目玉である投影機。
その中央に、にとりはマイクを持って躍り出た。
「やぁやぁ!紳士淑女の皆様方!この度はよくぞお集まり頂きました!
それではご覧頂きましょう!幻想郷初の“プラネタリウム”でございます!!まもなく上映です!!」
ボーン。
開宴の音が、漆黒の闇と共に重く鳴り響いた。
ボーン。
『・・・・り・・・・・りな・・・・・え・・・・な・・・えり、な・・・・・・エリナっ』
「へ!?」
開宴の音と、己を呼ぶ声で私は目が覚めた。
それにしても、我ながら素っ頓狂な声を上げてしまったものだ。恥ずかしい・・・・。
「私・・・・・あれ?」
「寝ぼけてるのかい?君は眠ってたんだよ。きっと緊張してたんだろう・・・・・無理もないか。」
彼の言葉に私は漸く合点がいった。ちなみに彼とは、私の婚約者だ。
来月には、もう籍をいれるつもりだ。
そう、私は大人なのだ。
しかしさっきまでの夢の私は・・・・・・
「リアルな夢だったわ・・・・・私、子供になってた。」
「子供の頃の夢かい?」
「いいえ、違うわ。“子供になった夢”よ。はっきりと覚えてる・・・・・そこで私はにとりと言う河童の少女に出会い・・・・・恋をしたの。」
「おいおい、僕というものがありながら?」
辺りが暗くなり始めたせいで、彼の表情は見えなかったが、どうやら機嫌を損ねてしまったらしい。
「夢の話よ・・・・・それで私はね彼女と約束をするのよ。」
「ちょっと待った。夢の話は後で聞くよ・・・・・それよりも今は大切な初上映だ。君が作った、“プラネタリウム”のね。」
『ねぇ、プラネタリウムを作りましょうよ!』
『プラネタリウム・・・・・?なんだいそれは?』
『知らないの?』
『悪かったね。』
『もう、怒らないで。・・・・・そうね、プラネタリウムっていうのは、投影機を使って昼間にも星を見ることができるものよ!それも色んな種類の!季節も場所も関係ない、自由自在な星空を映し出すのよ!』
『へぇ・・・・・プラネタリウムねぇ・・・・・それは面白そうだけど、私は星に関しては詳しくないよ?』
『大丈夫!私が知ってるもの!ずっと夢だったのよ!プラネタリウムを作るの!ああぁ・・・・・考えただけですごくドキドキする!だってにとりが知らないって事は、この世界初ってことでしょ?』
『そう・・・・・成るかも知れないね。』
『そしたら皆に見てもらうのよ!星の美しさを・・・・・!』
『・・・・・・うん、そいつは素晴らしい案だ!』
『ね?だから約束ね?』
『うん、約束だ──』
『『二人だけのプラネタリウム』』
終わり。
なんという超展開wwww
ってとこですね。推敲はしましたか?
あと小説の最低限の書き方は学んでおいてください。三点リーダーを使う、段落のはじめは一字空ける、など。その程度でしたらググればすぐに出てきますので。
せめてそれだけでもしてから出直してください。
早速調べて参りました。小説もこんなに奥が深いものだったのですね……。
正直甘く見ていたようです。
1から、いえ0から出直して参ります。
にとりとエリカのやり取りがもう少し欲しいような気がしました。
話自体は個人的に好きですよ?
上でも書かれているように基礎さえしっかり積めばいい作品になるのではないかと
いつかに期待を込めてこの点数で