【序章~大災~】
「あー、良い天気!」
おはようございます! 年も明けてしばらく経ちましたが、雲一つ無い快晴で大変喜ばしい限りです。こういうのを五月晴れって言うんでしたっけ? わかりません!
私の名前は紅美鈴といいます。あ、くれないみすず、じゃなくて、ホンメイリンですよ、お間違えなく。
私はこの後ろにそびえ立つ、というほど近くはないですが、その館の門番をやらせてもらっています。朝昼晩連続勤務ですが、私は元気です。本当に元気なんです! 空が元気で空元気とか、そういうことではないんです!
「うーん、気分が良いなぁ!」
なんだかよくわからない感情を追い出すように、私は叫びました。
「あー、眠い天気……」
ふらりふらりと、私がこよなく愛する睡魔さんが忍び寄ってきました。日課のシエスタをするのも悪くないかもしれません。いえ、むしろとてもいいです。
そうして、私が門番をしている振りをしながら、眠りに落ちようとしているときでした。
「藍~」
突然、目の前になんだかよくわからないものが開いて、色々と何だかよく分かる服装の方が飛び出してきました。
「藍~……ご飯まだ~……」
そういえば、私もご飯を食べていない事に気づいて、この方を無視して館に食べに行こうかと。
「え、ええと……」
思ったのですが、
「待ちなさい……」
捕まりました。さて、私はどうなるんでしょうか。わかりません!
「味噌汁は流し込まないで、普通に頂戴よぉ~」
流し込まれた事があるんでしょうか? 何だか不穏な事が気になりつつも、私は彼女をはっきりと見られませんでした。なぜならば、一言で言えばはだけた浴衣姿だったからです。いくら同性とは言え、直視するわけには……。
「あ、あの、八雲紫さん?」
一応、名前は知っていました。普段の印象とまるで違うので、思い出すのに時間がかかりましたが、藍という名前を聞いて確信しました。確かに信じたくはなかったのですが。この方は幻想郷最強の妖怪と謳われる者だったはずなのですが……今はそれが見る影もなく、みっともない姿を五月晴れなのかよくわからない快晴の下へ晒している、変な妖怪さんにしか見えません。
「あらぁ、私の事を『紫さん♪』だなんて、可愛いじゃないのぉ」
「い、いえ、そんな言い方はしてませんが……ああ、しなだれかかってこないでください!」
気にしないようにしていたのですが、八雲さんの顔は涎でベタベタでした。繰り返しますが、この方は幻想郷以下略。
「んんぅ?」
妙に可愛らしい声を上げて、私の顔をやっと見てくれました。寝ぼけ眼をこすって、細めながら囁いてきます。
「貴女は……藍?」
「いえ、紅、です」
共通点が色しかありません。どうすればいいんですか。
「そうよねぇ、藍はこんなに露出の高い服を着ていないし」
「ひっ! 何を触っていらっしゃるんですか!」
太ももを触られている時でも丁寧な口調の私は何なんでしょう。
「尻尾もない……。あの暖かい尻尾が……」
「えっと、耳もないですよ、ほら」
「本当ね……」
眠気を追い払うように、顔を何度も叩いています。正直、見ているとこっちまで痛くなるくらいの勢いです。
「貴女……」
「は、はい」
そのせいか、八雲さんの顔は腫れ上がって赤くなっていました。いえ、それ以外にも原因はありそうなのですが……。
「藍じゃないのよね」
「はい。ええと、この紅魔館の門番をさせていただいています、紅美鈴といいます」
はっきりとした目つきで聞いてくるので、胸をなで下ろしながら答えられました。
「そう……」
「ひっ」
と思ったのもつかの間、ほとんど表情が変わっていないはずなのに、雰囲気だけが変わっていました。
「ちょっと待っててね」
返事も聞かずに、また空間の中に入ってきて、一分もかからないで出てきました。今度の着こなしはちゃんとしていました。紫を基調とした洋風の服装で、傘を持っているので深窓の令嬢と見間違うほどです。私は、その、見間違うはずがありませんが。
「さて、美鈴さん」
「は、はい」
顔は笑っていますが、他は一切笑っていないという感じです。いえ、顔は未だに赤みが差している様な気がします。
「……私は何かしたり、言ったりしていたのかしら?」
「あの、その」
「答えないと、怒っちゃうわ」
「は、はい!」
ただならぬ雰囲気に怯えながら、嘘を吐かずに話そうと心に決めました。
「ええと、確かですね……」
「うふふ」
笑顔が異常なほど怖いです。本当に。誰か代わってください。
「藍という方の名前を呼びながら、『ご飯まだ~』と言っていました」
「……そんなにだらしない口調だったの? 本当に? 嘘を吐いたらちょっと妙なところに行って貰うわよ?」
「ひぃ! 本当です!」
あの能力なら確かにどこへでも送られそうですが、この方の言う妙なところが一体どこなのか、わかりません!
「そう……他には?」
「味噌汁がどうとか言っていましたが……もしかして、眠っている間に飲まされたんですか?」
「そんなことまで……。理由、知ってどうするのかしら?」
「え? いえ、大丈夫かなーと思いまして……」
険しい顔つきをしていた八雲さんが、初めて表情を和らげたように見えました。
「本当に、それだけ?」
「え、ええ……どうしてですか?」
「なんでもないわ。変な妖怪ねぇ」
今度こそ肩の力を抜いたようで、呆れた感じに言ってます。しかし、変な妖怪とは、どちらもどちらな気がするのですが……。
「ん?」
わかりません!
「あ、いえ、その、なんでしょう?」
もう一度身支度を調えて来たという事は、質問だけとは思えなかったのです。
「あー、そのね。確認してから、ちょっと記憶を消そうかと思ったんだけど、何だかどうでも良くなってきたわ」
とてつもなく物騒な事を言っているような気がするのですが、気にしたらいけないような。
「そ、そうですか。じゃあ、もう大丈夫なんですよね」
「もういい、ではなく、もう大丈夫と聞くところがらしいというのかしらね。よく分からないけど」
「え、ええと。私にもよく分からないです」
「いいのよ、別に」
なんだか八雲さんは愉快そうでした。愉快といえば、私は思い出している人物がいました。
「じゃあ、私はこれで」
「え? あ、はい。じゃあ、お嬢様にも何事もなかったと伝えておきますね。多分、話の内容を知りたがるので」
空間に入ろうとしていた彼女の足が、ぴたりと止まりました。そして、張り付いた笑顔のままこちらに振り返ってきます。正直怖いです。誰か代わってくれませんか。
「……どういうこと、かしら?」
「あの、ここからあの館がよく見えますよね」
「ええ、嫌と言うほど。まさか……」
何かに感づいたようなのですが、私には内容がさっぱりなので、説明を続ける事にしました。
「それで、ですね。良く門番の私と会っているところや、戦っているところなどを遠目に眺めていたりするんですよ」
「へぇ、そう、そうなの。今は朝なのに?」
「八雲さんは力の強い妖怪なので、すぐに目が覚めたんじゃないでしょうか。ほら、あそこです」
大体館の中心で、一番上辺りがお嬢様の部屋だったはずなので、その辺りを指さしてみます。遠目でも人影が動いているのは見えました。
「ふーん……。ねえ、門番さん?」
「は、はい」
またもただならぬ気配ががが。
「あそこからでも、見えるものかしら? さっきのやり取り」
「ええと、お嬢様ならおそらく可能かと……」
「そうよねぇ、聞いた私が死んでも治らない馬鹿だったわぁ」
ふわりと軽やかに飛び上がるので、私は自分の仕事を思い出しました。
「待ってください! 館に入ってはいけません!」
「貴女が門番だから?」
「はい、それが私の務めだからです!」
しばらく私を見下ろした後、少しだけ寂しそうに笑った……気がしました。錯覚かもしれません。
「そうね、貴女に敬意を表して、門を飛び越えていくのはやめるわね」
「あ、ありがとうございます!」
それが仕事なのに、お礼を言う私って一体。というよりも、自分の頼みを聞いてくれた事の方が嬉しく感じる、ということでしょうか。
「では、こちらから入るわね」
空間がまた割れて、どこかへ繋がっているようです。さすがにこれは私も分かりました。
「そ、それはまさか、お嬢様の私室に繋がっているのでは……」
「そうよ。門は越えないから、心配しないで」
「で、ですが」
「貴女の職務は、あくまでこの門を通ろうとする者を拒む事、違う?」
「え、ええ……でもっ、いえ、ですが!」
「真面目ねぇ。じゃあ、貴女も来る?」
「うっ、それは……」
それもそれで、門番の私が主の私室に入るという事になって、大変不味い事になります。
「ごめんなさいね、意地悪言って……。でもね、私もあれを見られたからには放ってはおけないのよ……!」
哀しんでいるのか怒っているのか、よく分かりません!
「それじゃね」
「ああ!」
悩んでいる隙に入られてしまいました。そして、すぐに私の耳に入ってきたのは、
「あはははは! あんたも面白いわねぇ!」
「貴女の記憶、消してあげるわ!」
「それも面白いじゃない!」
「いざ尋常に勝負!」
などという、物騒きわまりないやり取りと、弾幕ごっこによる破壊音でした。
【紅の少女~宝石と金とで~】
「ああああ……私は一体どうすれば……」
壊れゆく館を前に、私は何もする事が出来ません。入ったら、一瞬でスペルブレイク確実です。
「ちょっといいかしら」
「は! あれ? 咲夜さん?」
爆音にも負けない透き通った声で、我に返りました。
この素敵なメイドさんは、十六夜咲夜さん。紅魔館の雑務全般を取り仕切っておられる凄い人です。
「一応、事情はわかっているつもりなんだけど、確認したい事があって」
弾幕の嵐など、どこ吹く風とばかりに涼やかに続けています。なんというか、本当に凄い人、です。
「あ、はい。なんでしょう?」
「あの変なのを、門から通した?」
「い、いえ、それは思いとどまってくれました」
「そう……」
こんなに細かい事を確認してどうなるのでしょう。結局止められずにこうなってしまっているのですし。
「なら、いいかしらね」
「へ?」
不思議に思っていると、意外な返答が来ました。来ました。ここへ来ました。
「少なくとも門は直さなくて済むし……」
「あー」
すでに破壊される事は諦めているようです。さりげなく吹き飛んでくる砂埃の影になっている場所に立っているところも、さすがの貫禄です。
「で、でも、私が管理している花畑が……!」
それを思い出し、私は急いで様子を見に行こうとしました。
「その必要はないわ」
「でも!」
止める咲夜さんを振り切ろうとしましたが、やめました。この人の目が私をじっと見ていたからです。
「落ち着いて。いくらあのお二方が暴走しても、館だけに留めるよう言っておいたから」
「え? そ、そうなんですか……それはよかったです」
それなら安心です。お嬢様に管理しろと命令されていたのは確かですが、まだ春前なのに花が咲く前に散ってしまっては哀しいです。
「……信じるのね」
「あれ? 嘘だったんですか?」
「いえ、いいのよ。本当だから」
「なら、いいじゃないですか。あの、それで、ですね……」
「何かしら?」
言いたくはないのですが、やはり言っておかないと務めが果たせません。
「その、館へ侵入させてしまったのは事実なので、私に何か罰を……与えに来たんですよね?」
「正解」
「とほほ……」
「と言いたいのだけど、不正解」
「ええ!?」
「どうしたの? 罰が欲しいの?」
「い、いいえ! 意外だっただけです!」
このままだと本当に罰を貰いかねないので、何とか話題を逸らす事にしました。といっても、本心ですが。
「今日はやけに機嫌が良いお嬢様と、よくわからないけど怒り狂っているスキマ妖怪が暴れているので、今日は門番しなくていいわ」
「え? って、あれ? 咲夜さんは、あの八雲さんがどうして怒っているのか知らないんですか?」
「私は掃除をしていただけだもの」
「そうですか……」
多分、知っていたのなら襲われていたのでしょう。それだけは間違いないような気がします。
「それで、話を聞いていた?」
「あ、今日は門番を、ということですか」
「まあね。最近貴女も休んでないでしょう。確か……三ヶ月以上働かせていた気がするわ」
「えっと、その二倍です」
「ああ、ごめんなさい。どうも外の時間の感覚がわからなくて……というか、半年も……」
何やら考え込んでいる咲夜さん。私は休日がないので何とも言いようがないのですが。ちなみに、前回のお休みは今回と似たような事があって頂けました。
「まあ、ならちょうどよかったと言っておこうかしらね」
複雑な顔で、戦場を見ています。私も同じような表情をしているはずです。
「咲夜さん?」
「今日は一日、休んでいらっしゃい。どうせ私も仕事がなさそうだし。もしかしたら呼ばれるかもしれないから、この辺りにはいるけれど」
「あ、いいんですか!?」
「終わった後の復旧作業の前払いみたいなものだけどね」
「う……、そういえば、そうなりますね……」
館の復旧は一晩で終わらせないと怒られるので、とても苛烈な作業です。仕事の中でも一番大変です。
「どこかへ出かけても良いんじゃないかしら。貴女なら里の人間と交流もあるでしょう?」
「ええ、なんだかよく決闘を申し込まれますし」
負けた事はありません。それが誇りです。でも、あの白黒の魔女に何度も負けているのは、埃です。
「なら、そこへ行くのも良いんじゃないかしら」
「そうですねぇ。しばらく……夕方くらいまで、でしょうか?」
「……大体それくらいで終わりそうな気がしないでもないけど、わからないわ。まあ、どちらにしても作業は夜よ」
「ううう、また大変ですね」
「私も手伝うから、ほら、行ってきなさい」
「わ、わかりました~」
とりあえず、里に向かって飛んでいこうとしたら、目の前にいきなり咲夜さんが現れました。
「うわぁ!」
「ちょっと待って。渡し忘れていたものが」
「普通に声をかけてください!」
「いえ、聞こえないんじゃないかと思って」
「私は妖怪ですから、大丈夫ですよ!」
「……」
しばしの沈黙。
「そういえば、そうだったわね」
「あの、私をなんだと……」
「ああ、いいえ、別に悪い意味ではないわ。さて、とりあえず、の前に確認」
「はい?」
空中で話すのも落ち着かないので、どちらからともなく地面へと場所を戻しました。
「貴女、お金持ってる?」
「いえ、買い出しの時に持たせて貰うくらいで……ああ、貯めておいたおつりでお菓子くらいなら買えますねぇ」
里に行ったら甘いものでも買おうと顔をにやけさしていたら、咲夜さんが呆れた顔でため息をついてしまいました。
「はぁ……しょうのない子ね」
「あ、ご、ごめんなさい!」
「謝らなくてもいいわよ。ほら、これでも持って行きなさい」
「これは?」
袋を渡されましたが、中身がなんとも不思議な感じがします。出してみると、それは緑色に輝く宝石でした。それもとても大きな。
「換金すれば、結構な額になるんじゃないかしら」
「そ、それはそう思いますが……いいんですか? これ、咲夜さんの私物ですか?」
「いえ、違うわよ」
「な、ならば」
「廊下に落ちていたのを拾ってきたのよ。多分価値があると思うから、こんな事もあろうかと持ってきたのだけれど」
「そ、そうなんですか……。お嬢様の物では?」
準備が良いというのとはまた違う気がします。
「私が管理している中で、そういう物はなかったわね。そもそも、廊下に落ちているんだから、別に良いんじゃないかしら」
「あの、そういうものなんですか……」
言っている事が滅茶苦茶な気がしますが、咲夜さんの好意は伝わってくるので、受け取る事にしました。無碍に断ると、門番の名折れ。いえ、門番は関係ありませんね。
「でもこれ、妖力か魔力か、とにかく何かしらの力が宿っているみたいなんですが。普通に売れます?」
「あら、そうなの。なら、香霖堂にでも行ってみれば良いんじゃないかしら。多分、あそこなら大抵の物は買い取ってくれると思うわ」
「そうですね……。あそこは質屋さんなんですか?」
名前は聞いた事があるのですが、実際に行った事はありません。何やら色々と面白い物があるという噂なのですが。
「さあ、知らないけど、買い取ってくれと言えば無視はしないから良いんじゃないかしら」
「そ、そうですか。ところで、咲夜さん。今日は何だか妙に投げやりな気がするのですが……」
「あー、色々と考える事があってね。とりあえず、花畑の心配はしなくていいから、早く行ってきなさい」
「あ、はい。わかりました。って、待ってください! 私、香霖堂の正確な場所がわからないんですが……」
「そういえば、そうだったわね。じゃあ、これを投げるから、ついて行けばいいわ。それ!」
「え? あ、待ってー!」
なんだか追い立てられるように、私は咲夜さんの投げたナイフを追って紅魔館から飛び立ちました。
【紅の少女~宝石と代金とで】
降り立った先は、先ほどの会話にあったように香霖堂です。看板には先ほど咲夜さんが投げたナイフが、寸分違わず命中しています。さすがですね!
ですが、このナイフはどうすればいいのでしょうか。本当に中心を貫いていて、元からあった物ですと私が力説しても何の問題もないように感じます。しかし、看板に傷が付いてしまったのは確かなので、やはり店主さんに言うべきなのでは……。
「いらっしゃいませ」
と、悶々としているうちに、香霖堂の店主さんが出てきました。見慣れない物を顔に付けていますが、確かあれは眼鏡というのもだったはずです。私には一生縁のない物ですねぇ。
「あ、はい。その……」
「おや、どうかしましたか? お客さんなら、どうぞ中へ」
どうやら、看板のあれには気がついていないようです。私は色々と迷いましたが、やはり自分の心に嘘はつけません。
「あのですね」
「何ですか?」
「看板にナイフが刺さっているのですが……」
「おや? 本当だ、何時の間に……」
「似合っていると思いますよ!」
「いや、それは僕もそう思うけど、やはり抜いておかないと。よっと」
飛び上がって、ナイフを抜いてしげしげと眺め始めました。
「おや、これは十六夜咲夜のナイフ……のようだね」
「え? 分かるんですか?」
「そういう能力なんですよ。しかし、なぜこんなところに? 何か知っているのかい、いや、ですか?」
「あ、私に敬語は結構です。なんだか落ち着かなくて」
考えている言葉も敬語になっているくらい、私は筋金入りです。
「そうかい。なら、普通に話させて貰うよ。実を言えば、こちらの方が慣れていてね。それで、このナイフは?」
「あー、それはですね。咲夜さんのせいじゃないんです」
「ふむ。じゃあ、なにかな」
私は説明が凄く下手なんですけど、この方は実に根気よく聞いてくださるので、私も落ち着いて言う事が出来そうです。
「買い取って欲しい物があるのですけど」
「それとナイフに関係が?」
話が大幅に飛んでしまいました。ですが、全く意に介さず聞いています。こういう事は慣れているのでしょうか。
「ええと、ですね。それを香霖堂というところに持ってこようと思いまして」
「うん、それがここに来た理由というわけだね。それで?」
「私、道を知らなくて……それで、咲夜さんが道案内の投げナイフを放ってくれたんです」
やっと説明する事が出来ました。頭のいい人、例えば咲夜さんやお嬢様なら、もっと順序よく言えたのかもしれないですけど、私はこれが精一杯です。
「ははは、そうかい。てっきり、また何かの悪戯かと思ったよ」
「あ、ありがとうございます!」
自分の言っている事をちゃんと最後まで聞いてくれたので、私は思わず頭を下げてしまいました。
「え? 君は面白い妖怪だね」
「あはは、よくそう言われます」
「だろうね、人妖の僕よりも遥かに人間よりに感じるよ」
「あれ? そうだったんですか」
気を意識してみると、確かに人間ではないようです。それ以前に、ここはかなり昔から立っているという話を今更思い出しました。
「とりあえず、これは貰っておくよ。銀のナイフだし、あのメイドが使っていたから、それなりの価値はありそうだから」
「あ、どうぞどうぞ」
勝手に渡して良いのか分かりませんが、咲夜さんはなんにも言ってませんでしたし、何より看板を傷つけてしまったので、私はそうすることに決めました。駄目だったら後で謝って引き取りに来ればいいだけですし。
「では、自己紹介をしておこうかな。僕はこの香霖堂を……まあ、ほとんど趣味で経営している森近霖之助という者だよ」
「あ、はい。ご丁寧にどうもありがとうございます。私は紅魔館の門番を務めさせていただいている、紅美鈴です」
私の方が遥かに丁寧な感じになってしまいましたが、この方は何だかそうした方が良いような雰囲気を漂わせています。落ち着きというか、なんというかですね。私がとても欲しいものです。
「お互いの紹介も終わった事だし、中へどうぞ。店先で立ち話も何だしね。何か見て欲しい物があるんだろう?」
「は、はい! では、失礼します!」
店内に私の大きな声が響き渡るのに、霖之助さんは苦笑していました。
「ふわ~」
香霖堂の中は、様々な者に溢れかえっていました。なんというか、文字通り棚から溢れている物もありますが……それもまた、趣があるという事なんでしょう。趣味だって言ってましたし、趣の味なんですよね、きっと。
「初めての人は、大体似たような反応をするけれど、君は格別に面白いかな」
「はぁ~……」
「口を開けたまま凝視している様を見るのは楽しいけれど、さて」
「ひゃ!」
肩に何かが触れて、私は我に返りました。振り返ると、苦笑した霖之助さんががが。
「ああ! すみません、つい夢中になってしまって!」
「いやいや、いいんだよ。でも、まずは用件を済ませてからの方が、色々見て回るのに集中できるんじゃないかと思ってね」
「あ、そうですね。お気遣い感謝しますー」
初対面のはずなのに、どうしてここまで親切にしてくれるのかわからないですが、ひょっとしたら、もっと変な人ばかりだったんでしょうか。
「君はちゃんと話を聞いてくれるからねぇ。妖怪にしても、いや? 人間にしても珍しいかな、ここでは」
どうも私の想像通りの事だったようです。店の奥にある机の先に座って、こちらを手招きしています。
「僕に見て欲しいもの、何かな? 珍しい物であるといいんだけど」
「あ、はい。これです。これなんです」
二回繰り返す意味はなかったように思えますが、私は必要以上に緊張する癖を持っているのです。いえ、嘘ですが。ただ単に間違えただけです。
「これは……」
袋から出した例の緑色の宝石を、なぜだか険しい顔で眺めた後、立ち上がって辺りを見回し始めました。
「あの、どうかされたんですか?」
普通の様子には見えなかったので、思わず声をかけてしまいましたが、どうやらそれでこっちに気を戻したみたいです。
「あ、ああ、いや……その、色々と確認したい事があるんだけど、いいかな」
「何でも聞いてください」
「ええと、だね。これは……どこで?」
何だか緊張している様子なのですが、私には見当も付きません。咲夜さんなら事情を知っているのかもしれませんが、いないのならば私が答えないといけませんね。
「咲夜さんが、館の掃除の最中に、廊下で……確か拾ったと言っていました」
「それは、いつ?」
「あ、そこまでは……でも、口ぶりからすると、最近だと思います」
わからない、とも言えましたが、それでは相手に失礼だと思ったので、自分の考えられる事を言っておきます。それが礼儀でもありますし。
「そう……うーん……」
「あ、あと、お嬢様の物ではない、と断言はしていました」
「ん? まあ、それはそうだろうね……」
「はい?」
「あー、いや……」
何だか歯切れの悪い答え方です。心当たりがあるように見えますがどうなんでしょう、と考えているうちに聞いた方が早いに決まっています。だって、論理的にそうなるじゃないですか。
「これを知っているんですか?」
「僕の能力は、言ったかな?」
「……物の持ち主が分かる、ですか?」
さっき咲夜さんのナイフだとすぐに答えていたので、多分そうだと思うのですが。
「まあ、正確には違うんだけど……とりあえずは、それでもいいよ」
「そういう言い方をされると、凄く気になります」
「未知のアイテムの名称と用途がわかる程度の能力、だね」
「なるほど。だから、咲夜さんのナイフだと分かったんですね」
「さすがに使用目的が分かり易すぎたからね」
肩をすくめて笑っています。どう見えたのかは分かりませんが、大体紅魔館への侵入者撃退用ですからね、あれ。
「それで、その宝石は何です?」
「……君はこれを渡されただけ、そうだね?」
「あ、はい。あの、それが……?」
何やら真面目な顔つきです。心なしか眼鏡が光っているように見えます。では、心あれば眼鏡は光っていないように見えるんでしょうか。だって、論理的に以下略。
「なら、聞かない方が良いと思う」
「そうなんですか? それは、霖之助さん、あ、いえ、店主さんのためですか?」
「霖之助でいいよ。香霖と呼ぶ奴もいるけどね。いや、正確に言えば君のためではあるが。さて、どうしたものかな」
「そうなんですか……。あ、私なんかのためにお気遣い感謝します」
余り私のためという言葉をかけれた事がなかったので、素直にお礼を言っておきました。嬉しいですし。
「君は本当に……だからこそ、なんだけどね。穏便に済めばいいけど、そうしてみるか」
「霖之助さん?」
「その件は置いておこう。これを買い取って欲しい理由を聞いて良いかな」
「え、あ、はい。私、門番なんですけど大体給料が出ないので、里に行くならお金が必要で、だから咲夜さんがそれを換金して貰えばどうかってことなんです」
言いながら気づいていましたが、なんだかとりとめのない内容になっているような気がするんです。
「ちなみに、手持ちは零?」
「いえ、お菓子くらいなら買えますねぇ。私はそれでいいんですけど」
「うーん、ちょっと待ってくれ。考えるから……」
何か困った事を頼んでいるのでしょうか、腕組みをしながら考えています。
「……結論から言えば、これは買い取れないかな」
「そうですか……。あの、よろしければ訳を知りたいですねーなんて」
どうして意味もなくおどける必要が。わかりません!
「これは大変価値のある物だから、値段を付けられないっていうのが一番かな」
「あ、そんなに高い物なんですか!」
「正確には違うけど……まあ、そういうところかな」
「んん?」
「気にしないでくれ。で、ここから先が商談なんだけど」
「へ? 商談ですか。笑談ではなく?」
日本語って同音異義語がたくさんあって難しいですね。
「笑談でも確かにいいんだけど、それはさっきからやっているしね。商いの方で」
私としてはそのつもりはなかったんですが、霖之助さんはそう感じているようです。複雑な気分ですが、相手が楽しんでくれたなら、それでいいですね。
「はい。私は分からないので、とりあえず聞かせてください」
「悪いようにはしないよ」
「何の話ですか?」
「いや、なんでも。君は素直というかなんというか」
「やですねぇ、そんな事言ったら名前みたいに照れてしまいます」
「……名前の字みたいに顔が、ではなく?」
「はっ! そういえばそうですね。霖之助さんって頭良いです!」
「あ、あははは」
困ったような笑い方ですけど、笑顔だからいいんですよね。
「話を戻すよ。本当に笑談の方になってしまう……。それで、だね。一時的にこれを見せて欲しいんだ」
「あ、どうぞ」
さっと手を出しましたが、どうも違ったようです。
「言い方が悪かったね。預かって色々と研究したい、ということなんだ」
「別にいいですけど、何か違うんですか?」
「そうだね、商談と言っただろう?」
「冗談、ではないですよね」
「ごめん、先に進めて良いかな」
「す、すみません! わざとじゃないんです! 本当に聞き間違えたんです!」
不愉快にさせてしまったと思ったので、私は平伏するしかありませんでした。
「ああ、いやいや、顔を上げて。大丈夫だから」
「は、はいぃ」
「それで、冗談ではないんだけど、これを預かる為に君へ一時金を支払う、という形にしようかなと」
「えっとそれは……そのお金はあとで返すんですよね?」
何だかよく分からなくなってきました。普段からほとんどお金を使わないので、こういう話は苦手です。
「いや、そうじゃなくて、僕個人が一時的に預からせていただく、これはいいかな?」
「はい」
「そして、君に後でこれを返す。これもいいかな?」
「なんとか」
「その間の借り賃ということで、君にお金を渡したいってことなんだよ」
しばらく考えて、なんとなく理解は出来ました。でも、やっぱりよくわからないことがあります。
「あの、それで私にお金を払うだなんて、いいんですか?」
「んー、まあ、個人的な事と、後はまあ、好意から来る行為って事かな」
「はい?」
「それはいいんだ。あと、代わりと言っては何だけど、そのお金でうちの商品を何か一つ、買ってみてはくれないかな?」
「はい、それは全然問題なっしんです」
「無理にとは言わないよ。君にも里の方で欲しいものがあるだろうし」
「ありがとうございます。でも、私は色々霖之助さんから親切にしてもらいましたし、少しでも恩返しがしたいです」
「期待通りの答えだね。では……これくらいかな」
見せられた額は、私の手持ちよりも遥かに大きいものでした。
「あの、いいんですか? 預けるだけなのに、こんな……」
「うーん、これでも安めにした方なんだけどね、実は」
「あ、ごめんなさい。なら、これでお願いします」
ただでさえ色々としてもらっているのに、これ以上多めに貰うわけにはいきません。
「やっぱり、かな」
そんな様子を見て、霖之助さんは愉快そうに笑っていました。笑われている、という感じではないみたいです。
「さて、では商談成立だ。これをどうぞ」
「わ、はい」
たくさんのお金が入った袋を渡されて、思わず緊張してしまいます。
「どう使うかは、君の自由だよ」
「じゃあ、ちょっと店内を見させていただきますね」
「君は客だから、いくらでも見て良いよ」
とは言ったものの、すぐに気がついた事がありました。
「えっと……非売品が多いんですね?」
「ん? ああ、便利だと思ったり、気に入った物は売らない事にしているのさ」
「本当に趣味なんですねぇ」
「売れる物はちゃんと値札があるから、探してくれないかな、悪いけど」
「いえ、それもまたお宝探索みたいで面白いですよ」
「そうかい? そう言ってくれると助かるよ」
誰かの役に立つという事は、とても楽しい事です。とりあえず、長らく放置されているような物に絞って探してみました。
「あれ、これは何ですか?」
何やら珍妙な形をした土台と輪っかです。
「ああ、それは外の世界の輪投げという遊戯道具だよ。その土台の中心の柱に、遠くから輪を投げて遊ぶんだ」
「へぇ~」
「気に入ったかい? これは売っても良いよ」
「じゃあ、是非!」
これなら外でも遊べますし。お値段も手頃です。べ、別に門番の暇潰しのために買うんじゃないですからね。
「毎度ありがとう。とりあえず、どうする? これから里へ行くのなら、帰りに取りに来るかい? どのみち、あの宝石を返さないと行けないからね」
「あ、そうですね、そうします。では、お駄賃を」
「は? ああ、代金ね……」
「ああ! 間違えました。すみません、慣れていなくて」
どうにも門番生活が長いので、色々な単語は知っているのですが、使い方がさっぱりです。
「はい、確かに。まあ、楽しんできなよ。こちらは何とかしておくから」
「え? はい、わかりました。では!」
最後の言葉が気にかかりましたが、霖之助さんは奥に引っ込んでしまったので、店を飛び出して行く事にしました。
【紅の少女~狂気の瞳~】
さて、場所を移して人間の里です。本来なら妖怪が立ち入る事は余りないはずなのですが、最近はそれほど厳しくはないようです。私の門もそうだったらいいのですが。いえ、決して楽をしようと考えているわけでは……!
とりあえず、辺りを見回してみます。咲夜さんと良く里へ紅魔館に必要な物を買い出しに行くので、ある程度土地勘はあります。けれど、いつも決まった店を回るだけなので、今回は色々な場所を訪れてみようかと思います。幸い私はこの里の人間の方達には特に警戒されていないというか、むしろ知り合いがいるくらいなので、問題なく歩けます。ちなみに、知り合いというのはよく私との決闘目当てに押しかけてくる人間の事です。個人的に、今回はそういう事をしたくないので、会わない事を祈ります。
「……紫様は一体どこへ行ったのだろう……」
と考えていると、いかにも妖怪らしい方が前から歩いてきます。帽子で隠れていますが、形が明らかに獣みたいですね。それ以前に、九つ、ですか、それくらいの暖かそうな尻尾が背中から生えていらっしゃるようです。
「橙も最近帰ってこないし……。食料がいささか溜まってきたかな……」
何となく声は聞こえますが、どうやら独り言のようです。でも、足取りはしっかりしているので、転ぶ事はなさそうです。
いえ、それよりも聞き逃せない単語が会ったような気がします。なんでしたっけ。
「やはり眠っている時に、味噌汁を流し込んでみたのを根に持っているのだろうか……」
聞き覚えのある話です。紫、むらさきではなく、紫に味噌汁云々と言えば、もしかして八雲紫さんのことではないでしょうか。
「まあ……お腹が空いたら家に帰ってくるだろうし、放っておけばいいかな……」
「あっ」
そうこうしているうちに、その多分藍という方は私の側を通り過ぎていました。こちらには気がつかなかったようです。
「帰るかな。測量も終わったし、買い出しをするまでもなかった」
独り言が多い、と突っ込みを入れたいのですが、やめました。それよりも何をしているのか伝えようかとも思いましたが、それもやめました。正直、あの戦いに誰かが巻き込まれたらとんでもない目に遭うのは、水を見るより明らかです。あれ、火だったような。細かい事は良いんですよ!
私が無駄な事を考えているうちに、その方は町外れまで飛んで、そこから尻尾を回転させて加速しながら去っていきました。ああいう芸当も出来るんですね。てっきりあの尻尾は暖房用なのかと。あれで服とかを作れば、凄く冬が暖かくなりそうなのですが。
「と、考えていても意味がないかなぁ」
いつまでも立ちつくしていても仕方がありません。とにかく、色々な店を回る事に決めました。甘い物は久しぶりなので、実に楽しみである事は間違いないでしょう。
「ああ、美味しかった……」
甘味処だけでなく、普通の定食屋にも行ってみましたが、どこも味わった事のない料理ばかりで新鮮でした。紅魔館の賄いや、咲夜さんが気まぐれに作ってくださる料理は美味しいのですが、主が西洋の方なので基本的に洋風なのです。しかも、小食なので私たちは余り食べる事が出来ないので、困っていました。待遇に不満があるというわけではないのですが、私も生き物ですから、息抜きも欲しいですね。ある意味、八雲紫さんに感謝すべきなのかもしれません。まあ、帰ったら館の復旧作業が待っているわけなのですが……。
「いらっしゃいませ。そこのあなた」
「え? 私、ですか?」
何となく暗い気分になって歩いていると、いつの間にか見知らぬ通りに出ていました。そこに店、と言うか屋台?というか、とにかく布の上に色々と並べた店の人に話しかけられたようです。こういうのをなんと言うんでしたっけ。わかりません!
と、分かった事があります。どうも、人ではないようです。まず、髪が長いです。いえ、それは人間もそうですよね。耳が長いです。いえ、人間も中には以下略。というか、兎の耳を頭に生やした可愛らしい女の子が、こちらを見ています。和服が主な人里では、いわゆる洋服姿はとても目立ちます。
「はい、あなたです」
「なんでしょう?」
とりあえず面白そうなので近寄ってみると、どうも薬屋さんのようです。壺や薬草などが、値札と名札を付けられて売られています。
「何かお悩みのようですね」
少し堅い口調で、その兎さんは話しかけて来ます。おや、この兎さん、どこかで……。
「そうですが、ちょっと待ってください。あなた、どこかで見たような……」
「いえ、口説かれても困るのですが。同姓ですし」
「違いますって! ええっと、確か……あ、この里で以前見かけた事がありますよ」
「そうですか? 確かに私はよくここへ来ていますが、あなたを見かけた事はありませんけど」
「それはですねぇ。ちょっと待ってください、待ってくださいよぉ。今、まさに思い出している最中ですから……」
「はぁ」
確か、買い出しに来たときだったはずです。荷物運びをしているとき、このうさ耳が目に入った事があったと思います。その時は今のように出店っていうんでしたっけ、それを畳んだ状態で、しかもお連れの方がいらっしゃったような。
「名前、名前を聞いたはずなんです……」
「ああ、私の名前なら」
「言わないでください! 思い出します! 私の信念にかけて!」
「かけられても困るのですが……というか、嫌な予感がする」
その連れの方が、このうさ耳さんに何かしら語った後、こういったのを記憶しています。
『さあ、帰るわよ――』
ぴーんと来ました。
「ウドンゲ!」
「鈴仙です! 鈴仙・優曇華院・イナバ! やっぱりそんな事だと思いました!」
どうやらご立腹のようです。間違えたわけではないと思うのですが。
「ごめんなさい、えっと、優曇華院さん」
「……鈴仙と呼んでください。どちらかといえば、そちらの方が好きなので」
「じゃあ、私は紅美鈴なので、美鈴と呼んでください」
「え、はぁ。わかりました」
何だかまだ口調が堅いです。霖之助さんは自己紹介を済ました頃には気さくに接してくださったのですが、この鈴仙さんは違うようです。個体差って事なんでしょうか。いや、個体差って、なんですか。人それぞれですかね。
「ウドンゲというのも、可愛いと思うんですけどー」
これは本心から言ったのですが、どうなんでしょう。
「いえ、だから……」
「むしろ、平仮名でうどんげ、しかもちゃんを付けた方が愛らしいと思うのです」
そこまで言うと、何だかうどんげさんの気配が変わりました。特に目つき辺りがとても。
「狂気の世界へ行きたいのですか?」
目が怖いです。というか、何だか見ているとおかしくなりそうな感じです。
「ああああ、ごめんなさいごめんなさい。決してからかったわけではないんです。ただ、思った事を言っただけなんで、可愛いと思ったのも本当なんです!」
怒らせてしまったようなので、とにかく謝り倒すしかありませんでした。どうにも、逆鱗というのに触れてしまったみたいなのです。
「はぁ……いいですよ。もう、慣れていますから」
「え、あの、ごめんなさい……」
落ち込ませてしまったようなのです。これはいけません。私が根本の原因でないとしても、きっかけになったのは確かです。何とかして、喜ばせるような事を言わなければなりません。
「えっと、鈴仙さん」
「なんですか?」
こちらを向いてはいないものの、名前を呼んだら少しは口調が軽くなったみたいです。
「私も何ですよ。名前が、というのが」
「?」
相変わらず私は説明が下手です。けど、関心を示してくれたようなので、続ける事にします。
「紅魔館と言うところの門番をやっているのですが、余り私の事を名前の方で呼んでくれる方が少ないんですよね」
「ええと……メイラン、さん?」
「メイリン、です。漢字では美鈴と書きます」
慣れない文字なので実に下手ですが、何とか読めるはずです。
「綺麗な名前ですね。それに比べて、私のは難しすぎて……」
「鈴仙さんだけなら、私でも覚えられるから大丈夫ですよ」
「まあ、確かに優曇華院・イナバは覚えてもらわなくてもいいんですが」
何だか慰めるつもりなのが、余計に暗くなっていっています。このままではいけません。
「それで、ですね。私は門番なので、そもそも館の主とも話さないんですよね」
「ああ、あそこは吸血鬼の……」
知っているようなので、話がしやすいです。今思い出したみたいな感じですが、どっちにしても同じだからいいとします。
「よく話しかけてくれる人も、大体紅美鈴と呼んだり、いえ、それはまだ良い方で、門番とかそういう風なのが多いですね」
「それは、確かに傷つくかもしれませんね。私もイナバと呼ばれると、他のイナバと区別が付きづらくて……」
返事をするだけでなく、自分から話し始めてくれました。ちゃんと私の話を汲んで内容を言っているので嬉しいです。
「でも、一番酷いのがあれなんです。良く人間の方が勝負を申し込まれてくるんですが、そういった人って、大体私の名前を知らないじゃないですか」
「そうですね。わざわざ調べてから行ったとしても、名前まで覚えている人は少なそうです」
「でしょう。本当にそうなんですよ」
「それで、なんと呼ばれたんですか?」
とうとう鈴仙さんの方から質問をしてきてくれました。
「中国、です」
「……あなたが中華風の服装をしているから、ですか?」
「ええ、多分……いやまあ、確かに間違いではないんですけどね」
正直、あの呼び方は余り好きではないので、いつも訂正しているのですが。名前で呼ばれる方が嬉しいんです。ただ、メイリンではなく、みすずと呼ばれる方にはどうすればいいのか、ちょっと反応に困ります。確かに間違いではないんですががが。
「なるほど。お互い色々と悩みがあるというわけですね」
「ええ、そうなんです。さっき失礼な事を言ったお詫びも兼ねて、話してみました」
「……あたなは、良い妖怪ですね。自分勝手な者が多い妖怪にしては、珍しいです」
「また言われましたー。そんなに変ですかねぇ?」
「いえ、変わっているというのは確かですが、悪い意味ではないです」
「いやだなぁ、そんなに褒められると照れてしまいますよ」
「あの、腰をくねらせるとさすがにちょっと気持ち悪いのですが……」
「そんな」
と、ここでお互いを見つめて、何となく笑い合いました。
「ははは、面白い方ですね」
「鈴仙さんこそ、やっと笑ってくれましたね。そちらの方がいいですよ」
「あ、いえ、それは……」
照れているようです。
「そ、それはともかく、忘れるところでした」
「はい?」
「最初に声をかけた理由です。もしかして、今の事が悩みだったんですか?」
そういえば、鈴仙さんの方から話しかけてきた覚えがあります。いらっしゃいませ、と言っていたので、店の事なのでそうか。
「あ、いえ、違います。悩んでいたのは別の事です」
「聞いた限りでは色々とストレスがお有りのようなので、これはいかがですか、と言おうかと」
そうして差し出されたのは、丸薬が詰められた壺でした。
「胡蝶夢丸……ですか」
「胡散臭いですが、一応新聞にも載ったんですよ」
「……すみません、配られてはいるんですが、雨風を凌ぐときに大量に使ってしまって……」
「そ、そうですか。ここにあの鴉天狗がいなくてよかったですね」
どう使ったのかは思い出したくありません。大失敗しましたから。
「これなんですが、効能は楽しい夢を見られる、というものなのです」
「ああ、せめて夢の中ではいい思いをして、気晴らしにってことですね」
「はい。どうです、お一つ如何ですか?」
「うーん」
値段は手頃です。今の手持ちなら買う事も出来ます。鈴仙さんの薦めもあって、買いたいという思いはあります。
「いえ、私には必要ないものです」
「あ、そうですか……」
きっぱりとした感じで答えてしまったので、落ち込んでしまいました。ちょっと冷たい感じで言ってしまったかもしれません。このままでは良くないです。
「あの、確かにそれはいい薬だと思うんです」
「ええ、飲み過ぎなければ良い気分で眠れる薬なんですが……」
こちらを伺うような仕草です。今までの流れから、私が断った理由がわからない、そして、知りたいという顔をしています。
「うーん、説明しましょうか」
「興味があるので、お願いします」
実は恥ずかしいのですぐに言わなかったのですが、このまま放っておくのは恥よりも恥です。
「私は、ですね。現の方を楽しくしたいんです」
「でも、先ほどの話では……」
「ええ、そうです。確かに嫌な思いをする事もあります。辛い事もあります。でも、それでもですね。楽しく生きたいと思っているんです」
「夢ではあなたの思う楽しさがあると思いますよ?」
「それでは駄目なんです。私、わがままですから、自分が思った通りで望み通りの幸せっていうのでは満足できないんです。辛くたっていいんです。それをどうにかして、自分だけじゃなくて他の人たちの力も借りるときがありますけど、それで楽しいとか嬉しいとか、喜びを感じさせるようにしたいんです。辛いからこそ、そう思うんです。逆に、哀しいというものがなければ、嬉しいも何だか薄い感じになると思うんですよね。それを飲んだ事がないのに言うのも良くないと思うんですけど、それだけは何だかはっきり言えます。今の幸せに現を抜かす、というのが私の夢ですね」
「……」
「はっ」
いつの間にか、一方的に喋っていました。相槌すらなかったので、ちょっと熱く語りすぎたのかもしれません。なんだからしくないことも色々と喋ってしまった気がします。
「あの」
「……いいですね、そういうの」
「え?」
てっきり色々聞かれたり、言われたりすると思っていましたが、それは独り言のようでした。
「あーあ、私もそんな風に生きられたらなぁ」
何だか半ば諦めている様な口調です。
「何かあったんですか?」
「色々と……ですね。すみません、これは話してもどうにもならないことなので」
「楽にはなるかもしれませんよ?」
「そうであってはいけないらしいんです」
「……わかりました」
「あれ、意外ですね。悩みを聞き出して色々と言ってくるのかと思っていました」
なんだか遠くを見ているような目です。そんな哀しい顔をされたら、聞く事も聞けなくなりますが、それだけではありません。
「それは、自分で決めた事なんですよね」
「はい、そうです」
「私も、今言った事は全部自分のわがままですから。だから、いいんです」
「人に押しつけたりしないってことなんですね」
「だって、そんなことをしても楽しくないじゃないですか!」
一瞬ぽかーんとした顔になって、おかしそうに笑い始めました。
「あはは、あなたは本当に変わった妖怪ですねぇ。良い人間みたいな妖怪って感じなのかな」
「え、あの、また褒めるんですか? やだなぁ、調子に乗ってしまいますよ」
鈴仙さんが笑ってくれた事が一番調子に乗っても良い事だと、私は思います。
「あー……ありがとうございました。何だか色々とすっきりしました」
「それは何よりです」
「あ、そろそろ店じまいの時間です。では、私はこれで」
「待ってください」
「はい?」
「結局買わないというのも心苦しいんです。だから、その」
「いえ、別にいいですよ」
「そういうわけには。薬屋さんなら、傷薬もありますよね?」
「ええ、もちろん。人間用も妖怪用も取り揃えています」
そうして商品を紹介する鈴仙さんは、さっきとは別人のように晴れやかな顔をしていました。
「ちょっと生傷が絶えないときがあるので、少しばかり包んでいただけますか」
「門番も大変ですね」
「店番も大変だと思います」
「そうですね。はい、どうぞ」
妖怪用の物だけを差し出してくる鈴仙さん。
「あ、人間用の物もお願いします」
「え? ああ、決闘をした相手の分ですか」
「それもあるのですけど、咲夜さん……ああ、館のメイド長なんですけど、あの人の分も買っておきたくて」
「わかりました。では、これくらいですかね」
どうやら見た感じ、数人分といったほどの量に見えます。置いておくならば、これくらいがちょうどいいですね。
「効果は師匠の札付きですから」
「あれ、折り紙付き、じゃなかったでしたっけ……」
「あ……」
その時、鈴仙さんのの背後に音もなく誰かが現れました。
「誰が札付きの悪党なのかしら?」
「ああああ! 師匠! これは……違うんです……」
「帰ったらお仕置きね」
「いやぁぁぁぁ!」
「ああ、鈴仙さん!」
首根っこを捕まれて連れて行かれる彼女を、私は何とか止めようと思うのですが、その前に師匠さんがやめました。
「なんてね。薬もそこそこ売ったみたいだし、今日は良い物でも食べましょうか」
「本当ですか。嬉しいです」
余り大きな声を出していないですが、私の前だと恥ずかしいんでしょうか。
「そこの貴方」
「あ、はい。私ですよね」
「他にいたら、ちょっとどこかへ飛んでいって貰う事になるから、貴方ということになるわね」
なんだか独特な喋り方をする人です。いえ、人なんでしょうか。雰囲気も独特です。
「実は、話を一部始終聞いていたのよ」
「ええ!?」
「え!?」
微妙に似た者同士だからでしょうか、ほとんど同じ声を上げました。
「なかなか興味深い話だったわ。今の幸せに現を抜かす、というのが文法的に正しいのかどうかは怪しいけれど、想いは伝わってきたしね」
「は、はあ」
話し方からして、頭の良い方のようです。多分、頭の良い方なりの褒め方なんだと思います。
「その前向きな思考、色々な人間や妖怪に必要不可欠な物なのかもしれないわね。ちょっと研究してみようかしら」
「あの、えっと……」
「あら、ごめんなさい。とにかく、うちのウドンゲ……いえ、鈴仙に色々と話してくれて、薬も買ってくれたから一言お礼が言いたかったのよ」
「いえ、そんな! 私こそ楽しかったですから!」
「でも、ありがとう」
「あ、どういたしまして」
名前を言い直していた、ということは確かに話を聞いていたようです。鈴仙さんも、心なしか頬を赤く染めて嬉しそうな顔をしています。
「じゃあ、帰るわよ。支度して」
「あ、はい、師匠!」
やっと襟首の手から解放された鈴仙さんが片付けを始めました。ちなみに、さっきのやり取りはずっと師匠さんは鈴仙さんを掴んでいたので、端から見ればとても変だったかもしれません。
「終わりました。では、帰りましょう」
「ご苦労様。でも……」
「え?」
また、今度は首根っこを掴みました。
「ウドンゲの方が可愛いわよねぇ」
「え? いやぁぁぁぁぁ!!」
「おほほほほほほ」
とても愉快な感じの笑い声を上げながら、空へ消えました。鈴仙さんは泣き笑いという感じでしたね。うん、笑っているならいいんじゃないでしょうか。
師匠さんについては、なんだかよくわからないけど優しい人で、やっぱりなんだかよくわからない人だという事になりました。でも、笑っているなら以下略。
【紅の少女~似た者同士~】
妙な気分になって里を歩いているのですが、まだ夕方というには早い時間です。昼下がりというんですかね、よくわからないんですが。もう少し時間を潰してから帰りたいところです。せっかくの休みなので、咲夜さんに捕まるほど延々と遊び倒したい、それが私の望みです。
なんて格好良く決めても、意味がないですよね、おほほほほほほ。
「はっ」
さっきの師匠さんの笑い声が頭に木霊して……。
「おや」
なにやら里に珍しい物が見えました。神社、ではないようです。そう見えますが、これは多分、分社というものだったと思います。間違っていたとしても、やる事はわかっているから問題ありませんね。
「蛇と……蛙……」
見覚えがあります。と、思い出しました。確か妖怪の山に外の世界から移住してきた神様だったはずです。咲夜さんが色々と話してくれました。あそこはとんでもないところに神社があるので、少しでも参拝がしやすいように、人里へ分社を置いた、みたいなことを話していました。
「……」
しばらく考えて、お参りする事に決めました。妖怪の山にいる神様なら、妖怪に御利益があってもおかしくはないはずです。まだお金はそれなりにあるので、少し多目に置いて、手を合わせます。
「とりあえず……門が壊されないように……あと、花畑も無事でありますように……」
他にも思いつく限り、祈っておきました。一つくらいは叶ったらいいんじゃないでしょうか。
「さて、次はどこへ」
立ち上がって先へ進もうとすると、首筋に何かが突きつけられていました。
「……へ?」
「参拝、ですよね」
木の棒に紙を挟んだような形状の物でした。いえ、それはともかく突きつけてきた人物なのですが、この方は確か妖怪の山の巫女みたいな人だと思うのですが。なぜ嬉しそうに、というか好戦的な感じの笑いをしているのかわかりません。
「この寒い中の参拝、しかも妖怪が人間の里の分社で行うだなんて……。素晴らしいですね。やっぱりこの幻想郷は常識に囚われてはいけないのですね!」
「え!?」
一歩後ろに下がって、事もあろうにスペルカードを取り出しました。
「な、なにをしているんですか!?」
「もちろん、挨拶です!」
「こんにちは!」
もうわけがわからなくなって、とりあえず挨拶してみました。
「はい! では、いざ勝負! 奇跡『ミラクルフルぐぇっ!」
暴走寸前の緑巫女さんは、とても女の子が上げてはいけないような声を出して、その場にうずくまりました。どうも、腰の辺りを棒のような物で突かれたようです。
「うぐぐ……」
「ちょっとあんた、人里でなにしてんのよ」
後ろから現れたのは、赤い方の巫女さんでした。
「な、なにをするのですか、霊夢さん……」
とても痛そうに脇腹を押さえながら、似たような見た目の二人が対峙しました。
「いやだから、それはこっちの台詞だってば」
「私はただ、参拝客に幻想郷ならではの挨拶をしようとしただけです!」
「弾幕ごっこが?」
「はい!」
「……」
ちょっとふらつきながら、額の辺りを押さえながら顔をしかめています。
「あの、大丈夫ですか」
「ん? ああ……あんただったのね。あんたの方こそ、って、聞くまでもないか」
すぐに私から目をそらす霊夢さんですが、その間に私の事を見ていたようです。
おや、それにしてもいつもの霊夢さんとはちょっと印象が違います。紅白なのは同じですが、見慣れない服です。
「私の崇高な挨拶を邪魔するとは何事ですか!」
「あんた、ちょっと落ち着きなさい。いくらなんでも暴走し過ぎよ」
「そうですか? これがここの常識なのでしょう?」
「違うに決まっているでしょうが」
「そんな……だって、誰もそんな事は言ってくれなかったのに……」
「いや、まあ、面と向かっては言いづらいけど。というか、いつもこんな事やってるの?」
「当たり前じゃないですか! いつもといえば、霊夢さん、その格好はなんですか!」
持っている名称不明の木の棒で、びしっと指しています。同じような服装ですが、確かに今はいつもとは違いますね。腋が出ていない普通の巫女衣装という感じです。
「ん? ああ、いつもの奴が乾いて無くて昔の奴を引っ張り出してきて……って、そんなことはどうでもいいのよ。あんたね」
「どうしてですか、霊夢さん! なぜ、そんな服を……!」
私は似合っていると思うのですが、緑の人は気に入らないらしいです。思い出しましたが、確か早苗さんという名前だったような。名字は難しい漢字の感じだったので忘れました。あれ、今の少しおかしかったような……。
「いや、だからこれしかなかったんだってば。それに、暖かいから良いのよ、これ」
「そのために、腋巫女の二つ名が消滅してもですか!」
「あー? なによ、それ。別に良いじゃない」
「腋巫女の二つ名に、霊夢さんはほんの少しの未練もないんですか! あなたにとって、大切な物の一つではないんですか!」
「力説されても困るし、腋が見えているかどうかなんて、別にどうだって良いじゃない」
「それが霊夢さんの本心……。なら、私は霊夢さんを軽蔑します! 素敵な腋巫女を謳っておきながら、霊夢さんにはその矜持がないもの! あなたは私が憧れた、博麗の腋巫女ではありません!」
「さっきからなんなのよ! あんた、人の話を聞いてないでしょう。いい加減にしないと怒るわよ!」
「私もです! あなたならわかってくれると信じていたのに!」
名称不明の以下略を振り回して、臨戦態勢を取る早苗さん。何だかよく分からないですが、彼女の中では霊夢さんに裏切られて失望した物語が流れているみたいです。芝居がかった台詞がなんともいえません。
「あーもう! そんなにやりたいなら、場所を移すわよ! その前に、そこの門番」
「え、あ、はい!」
今まで忘れ去られていると思い込んでいましたが、ちゃんと覚えていたみたいです。
「そこの娘を頼むわ。門番なら、人間の番も出来るでしょう」
「は?」
「ん、ん、ん」
顎で指し示す方向は、私の真横です。そこには、誰もいません。
「そうされると、さすがに傷つきますね……」
下から声がしたので見ると、そこにはなんと小柄な少女がいました。重そうな本と荷物を抱え込んでいます。
「ああ! ごめんなさい。気がつきませんでした……」
「実はあなたが話しかけられた時から、ずっといたんですよ?」
「そ、そうですか。それは本当に重ね重ね失礼な真似を……」
「それはいいから、頼んだわけだけど」
「あ、まあ、いいですよ」
暇ですし、巻き込まれるのも嫌ですし、失礼な真似をしてしまいましたし。け、決して真ん中の理由が主なわけでは……。
「ほら、場所を移すわよ! 全く困ったちゃん過ぎてしょうがないわね!」
「腋巫女の矜持を失ったあなたに言われたくはありません! はぁ!」
妙に格好付けた姿勢で、早苗さんだけ先に飛んでいきました。荒ぶっているような、それでいて鷹のような……よくわからないですが。恥ずかしくないんでしょうか。というか、人里のど真ん中で空中に浮いたら、下から色々と見えるような気がするのですが。
「わけのわからないことを大声で言わない! 全く……」
対照的に、こちらは巫女衣装くらい真っ赤に顔を染めながら、追いかけていきました。普通は恥ずかしいですよね。
「あの、移動しませんか?」
小さい人が服を引っ張って、見上げています。
確かに、先ほどの騒動で私たちはもの凄く目立ってしまいました。というか、大体は早苗さんへの変人を見る目でしたが……それも含めて、恥ずかしくなかったんでしょうか。外来人らしいですが、若い人はみんなああなんでしょうか。
「あ、わかりました……ええと」
「九代目御阿礼の子、稗田阿求と申します、紅美鈴さん」
「私をご存じなんですね。よろしくお願いします。稗田さん」
「阿求とお呼びくださって結構ですよ。稗田の娘、と言われる事も多いですが、どちらでも」
「でも、阿求がお名前なんでしょう?」
「今はそうですね」
「じゃあ、そっちで呼ばせて貰いますね」
「……あなたは本当に聞いた通りの方ですね」
持っている本を抱え直しながら、楽しそうに笑っているようですが、色々と私を知っているみたいです。
「あ、行きましょうか。どこか良い場所を知っています?」
ここで話し込んでいてもあれですし、阿求さんは荷物もあります。なにより、さっきから少しばかり疲れたような感じを受けます。見た目では分かりづらいですが。
「そうですね……。ああ、なら私の家に」
「え? いいんですか? さっきの名乗り方からして、結構なお屋敷なんじゃないですか? 私みたいな妖怪が行くと怖がられると思うのですが」
笑われるのは構いませんが、怖がられると少し傷つきます。
「ああ、大丈夫ですよ。すでに妖怪の賢者と言われる方も来られたくらいですから。それに、一応私の務めでもあるのです」
「そうなんですか? では、お言葉に甘える事にします」
誰かの好意を断るのは好きではありません。決して、大きなお屋敷だから美味しいお菓子がたくさんあるんじゃないかとか、そういう邪な想いがあるわけではありません。ええ、そうですとも。
「どうかしましたか? 妙な顔をされて」
「う、なんでもありません。では、案内してください。荷物をお持ちしますから」
「代わりに、というわけですね。お願いします」
にこやかな顔をして、私に預けてくれます。初対面のはずなのに、この方は色々と話しやすいです。
―紅魔館の門番少女 後編へ続きます―
あたな?