「さあ、宴会に出かけましょう」
来るなり相変わらずの唐突さで黒谷ヤマメは言った。唐突なのは何時ものこととは言え、今回ばかりはその言葉の意味がわからない。コイツは一体何を言っているんだろう?
「宴会って何? アンタが何を言っているのか、私にはさっぱり理解できないんだけれど?」
「おやおや、パルパル。パルパルは宴会が何なのかも知らないのかしらん? そいつはちょっと無知が過ぎるんじゃない?」
「パルパル言うな。それと私を馬鹿扱いするな。宴会の意味くらいは知ってるわよ」
首を傾げる私に、コイツは抜け抜けとそう言った。そう言う意味で言ったんじゃないことを分かっていて言うのが、いかにも白々しく、小馬鹿にしたようで嫌な感じだ。
コイツはいつもそうだ。どこかわざと私を苛立たせるような言い方をする。……それは、まぁ、私にも悪いところがあるのは自覚している。私がイライラしないとまともに相手をしないことが多いから、こんな話し方をするのだろう。でもやり方がちょいと露骨すぎやしないか、などと最近は思い始めている。
勿論、ヤマメがこっちの内心に気がつくわけもない。コイツはそういう奴なのだ。肝心なところで気が利かない。だから今もいつもの能天気な声で続きを話す。
「地霊殿でさとりんが大きな宴会を開くらしいんよ。で、どうせなら久々にパルスィの顔も見てみたいなって言っててね、それで……」
「ヤダ。絶対ヤダ」
「え~! なんでだよぉ!」
即答した私にすがりつくようにヤマメが抱きついてくる。暑苦しいのが嫌なので、私はそれをヒラリとかわす。散々コイツがチョッカイをかけてくるおかげで昔の勘が戻ってきたらしい。流石に蜘蛛であるヤマメほど素早くはないが、それでも予測できる動きなら難なくかわせる。
「何が悲しゅうてわざわざ地の底まで見世物になりにいかにゃならんちゅうのよ。私は絶対に行かないから。何よ、いつもみたく、アンタ一人で行ってきなさいよ」
そう言ってやるとヤマメが悲しそうな声をあげた。何だ、その今日で世界が終わるような悲壮な声は……演技だと分かっていてもチクリと胸の奥が痛む自分が、少し情けない。
「えー! 絶対楽しいからさ、一緒に行こうよー! 悪い奴なんていないから心配いらないよ……って、そんなことは、パルスィも知ってるか」
怯んだ隙に私の袖に取りすがり、ヤマメがしつこく言う。何だか今日は妙に絡む。コイツがこういう感じの時は、大概ろくなことがないのだ。加えて話が話だ。ろくな事がないのは確実、間違いない。それは地鳴りの後に落盤が起こることくらい確実なこと。
「……詳しいから……行きたくないんだけどね」
私はそう言葉を濁した。
何故行きたくないのかといえば色々あるが、二人の妖怪の存在が大きな理由なのは間違いない。
一人は旧都に住まう鬼、星熊勇儀。もう一人は地霊殿の主、古明寺さとり。
どうしてこの二人なのかというと、一人はこっちの気持ちを斟酌せず、もう一人はこっちの気持ちを察し過ぎるからだ。ベクトルは違えど質は同じ。私としては胸の裡に土足で上がりこんできて暴れられるのも、遠目に眺めてニヤニヤされるのも真っ平御免だ。しかも一人でも厄介なのに、それが二人とも揃うなんて考えるだにゾッとしない。二人に挟まれでもしたら、酒食に溺れるどころの話ではないのだ。
渋る私の顔を見て、ヤマメが口を尖らせ頬を膨らませる。珍しい顔だ。どうやら少々ご機嫌が斜めらしい。いつも酔っ払っているのではないかと思うほどのご陽気者にしては実に珍しい。そしてそんな珍しいヤマメはしばしの沈黙の後、唐突にこんなことを言い出しやがった。
「……パルスィが行かないなら、私も行かない!」
「……な、何言ってんのよ、アンタ!? 私が宴会に行かないのと、アンタが行くのは関係ないでしょ!?」
私が声を荒げる。しかしヤマメは憎たらしくもソッポを向いて、こっちを見ようともしない。
「行かないったら行かないんだよ~だ! それこそパルスィには関係ないじゃんよ~!」
……コイツ、私をだしに行かないつもりか!? ……だが、それは不味いぞ、実に不味い。それでは私のせいになってしまうじゃないか。それでは地霊殿にコイツを呼んだ連中が、私のことを良く思わないかもしれないじゃないか! ……否、能天気なアイツらのことだ。そんなことはないと思うが、万が一ということもある。それにこういうことは、実際に連中がそう思っているかどうかよりも、私がそう感じるから嫌なのだ。そんな引け目を負わされては、私は落ち着いてジメジメと暮らせなくなるではないか。
行くも地獄、引くも地獄。いわば前門の宴会、後門の自責といったところか。どっちにしろ、私にとって全く有難くない。しばしの沈思黙考の後、私は溜息をついた。どう考えても詰められていた。気がつけば王手飛車取り、何時の間にこんな四面楚歌に陥っていたのだろう。日々真面目に鬱々と生きているだけだというのに、下手を打った憶えもない。最近の私が緩みっぱなしだったのだろうか。などと頭の片隅で冷静な私がそんなことを考えているのを見ながら、この私は自棄になって言った。
「……分かった、……分かったわよ! 行くわよ、行けばいいんでしょ! 行けば!」
「うわーい! パルスィ大好き~!」
「だ~! くっつくな! 暑っ苦しい!」
どうもコイツが現れてからというもの、調子が狂いっぱなしだ。だが一番の問題は、こんな状況に慣れつつある自分にあるのだろうなと思う。これもこれで悪くないなどと、調子を取り戻そうとしないことが本当は厄介なのだ。
そんなことを思うと嬉しいような悲しいようなそんな複雑な気分になり、私はまた溜息をついた。
そして宴会当日。結局私はヤマメに連れられ、久方ぶりに地の底、地霊殿に来ていた。
地霊殿の中庭に設えられた宴会会場は、地の底に封じられた怨霊やら妖怪たちで一杯だった。奥には立派な雛壇まで作られている。誰か余興でもやるのだろうか。いやに本格的だ。しかし一体今日は何の集まりだというのだろう。否、どうせ大した理由などないのだろう。強いて言うなら、大勢で騒ぎたいからという程度のことだろう。しかし人(?)が多いのは気が滅入る。何だか帰りたくなってきた……
「えー、本日はお日柄も良く、お足元の悪いなかをわざわざご足労いただき、まことにありがとうございます」
誰も聞いてないのに、壇上でさとりが律儀に宴会の挨拶なんぞしている。誰もそんな挨拶など聞かないことを知っているくせに几帳面なことだ。恐らくまともに聞いているのは、私くらいのものだろう。感謝して欲しいもんだ。
「今日は地上からもお客様がいらしているので御紹介させていただきます。博麗霊夢、霧雨魔理沙、比那名居天子、稗田阿求、東風谷早苗、ルナサ・プリズムリバー、メルラン・プリズムリバー、リリカ・プリズムリバー、以上順不同、敬称略でございます」
どこからともなくまばらな拍手が起こる。多分件の騒々しい地上の連中たちへ向けたものだろう。……しかし多いな、地上からの客。一度殴りこまれて、箍でも外れたのだろうか? ただ律儀に人間と元人間と騒霊だけで、妖怪は招待していないらしい。否、騒霊は妖怪か? ……まぁ、そんな些細なことはどちらでもいいだろう。そんなことよりも先ほどから地獄鴉に混じってストロボ焚いてる天狗やら、気づかれていないと思ってあちらこちらをチョロチョロしている河童やら、既に出来上がっている鬼なんかは、招かれざる客ということなのだろう。どうせさとりの奴も気がついているはずだ。それでも何も言わないということは、おそらく見てみぬふりをしている、というか、言うだけ野暮になるんだろうな、この場合。宴会の席でまでつまらないことにこだわりたくないのだろう。
「えー注意事項と致しまして、そこらへんにエクトプラズム状の方も大勢いますので、押し合わないようにくれぐれもお気をつけください。形が崩れてしまいます。特に地上から来られた方々はお気をつけ下さるよう……」
「ぎゃー!」
さとりの説明の途中で、どこぞで悲鳴が上がる。どうやらさとりの注意は意味をなさなかったらしい。残念なことだ。しかしえてして宴会とはそういうもの。呑みすぎるな、などという注意は意識に上ることすらないのだから。悲鳴が上がった方を見てさとりが仰々しく肩をすくめた。会場から笑いが起こった。
そんなことを考えながら、私は皿に盛られた料理を抓む。美味い。高温の油でカラリと白身魚を揚げたようだ。衣はサクサク中はホクホクで、魚の白身が舌の上で解けて旨味が広がる。とても美味い。とりあえず酒もさとりの挨拶もそっちのけで、料理に舌鼓を打つ。勢い他の料理にも箸が伸びる。……ウム、これも悪くない。全く悪くない。
しかしやはり魚のから揚げが一番良い。とりあえず、他人にとられる前に出来る限り自分の皿に確保しておくことにする。……なんか我ながら浅ましいな、などと思っていたそんな時である。
「それは地底湖でとれた魚を高温の油でカラリと揚げたものです。ご心配なく、まだまだ沢山ございますので、遠慮なく召し上がってくださいな」
「ひゃあっ!」
驚いて皿を取り落としそうになる。振り向くと先ほどまで挨拶をしていたはずのさとりが立っていた。食欲を満たしている間に、スピーチは終わっていたらしい。そういえば疎らな拍手が聞こえていたような気がする。
「お燐。少々人いきれで会場が暑くなりはじめているようです。お空の所に行って火力を弱めさせなさい」
驚く私を尻目に、さとりは側を通りかかった自分のペットに用事など頼んでいる。自分から人を訪ねておいてこの様子である。相変わらずのマイペースには恐れ入る。
「はいっ! 分かりましたさとり様! マッハの速さで行ってきます!」
給仕をしていたのか、それともあっちこっちのテーブルを漂流しては料理を掻っ攫っていたのかは分からないが、料理を山盛りにした大皿を両手に持ったお燐は、威勢良く主に答えると、あっちの料理こちらの料理と視線をさまよわせながら地霊殿の奥へと消えていった。……しかし「マッハだ! マッハの速さで!」などと叫んでいるが、あれはマッハといわんだろう。酔っ払いが走るほうがまだ早い。
「マッハというのは口だけで、音速はとても遅いんですけれどね」
などと、私の脳内にさとりがツッコみを入れる。だから人の考えていることを口にする前にツッコミを入れてくるなというに。
「それは失礼をば。以後気をつけますわ」
しれっと答える。だからそれを止めろというのだ、と口に出すのも面倒臭かったので心の中で思うことにする。成程、こういう時はコイツの能力は便利だ。言うまでもなく私の心を読みとってくれたらしく、さとりが片目をつむり唇を歪め、左右非対称の妙な表情を私に向けた。そこでようやく自分がやって来た理由を思い出したらしい。空咳を一つつくと、道化た表情はそのままに話を変える。
「それはそうと、随分とお見限りでしたね」
「……ま、まぁねぇ。……だ、だって、私って宴会の席に似合わないでしょう? ほら、色々と……ね?」
嫌味を言われているようで、私は視線をそらして言葉を濁す。無論、こちらのそんな心のうちなどお見通しなのだろう。しかしだからと言って思うことを止められるほど私は器用ではない。妙な顔をしたまま、さとりは顎に手を当て私に流し目をくれる。
「……フム。ま、貴女も色々とあるのでしょうけれど、宴会の席に似つかわしくない、というかコミュニケーションの場に似つかわしくないと言えば、私の能力なんてその最たるものだと思いますけれどね」
ああ、そういえばそうだな。確かにコイツの能力に比べれば、私の力なんて大したものじゃないだろうな……
「何せ人の心が読めるんですから。トランプやら麻雀なんて、絶対お声がかかりませんからねぇ」
「だからモノローグにツッコミを入れなるなとこれほどまでに、思ってるでしょうが……」
「あら、これは失礼を致しましたわ」
そう言ってさとりはニヤリと笑った。……こいつ、絶対わざとやったな。前々から思っていたが、多分忌み嫌われているのは能力のせいじゃなくて、こいつの性格のせいなんじゃないかだろうか。
「フム。その可能性には思い至りませんでしたね。これからは善処することに致しましょう」
だから私の心中と勝手に会話をするなというに、と口に出すのが面倒臭いので心の中でそう思う私もいけないんだろうな。そこでまた話が進んでいないことに気がついて、私も話を変えることにする。
「で、一体アンタは何をしに来たのかしら? よもや私をからかいに来ただけじゃないでしょう?」
そう言って地底湖の魚だという揚げ物を齧った。こいつもヤマメと同じかそれ以上に、厄介なことしか持ち込まない類の奴なので、油断できない。あと厄介ごとに巻き込まれるとお腹もすくし、ご飯も食べられなくなるので今のうちに食べられるだけ食べておくことにする。
「いえ、本当にただ挨拶に来ただけなのですけれど……だって今日は貴女の美声が聞けると思うと、もう、楽しみで楽しみで……」
「グ、グフッ!」
「おや、どうしました? 小骨でも刺さったのかしら?」
咳き込む私に涼しげな顔を向けるさとり。どうやら冗談なんかの類ではないらしい。自分の言葉をそのまま素直に信じているらしい。しかし、こいつ、今何を言った!? 何かとんでもないことを言わなかったか!? 喉に詰まらせた魚を何とか飲み込み、一頻り咳き込んで呼吸を整える。
「な、何よ、それ! そんな話、聞いてないわよ!」
声が上擦ってるなぁ、などと私の中でもう一人の私がそんなことを思っている。そりゃそうだ、今日は暢気にそして適当に流して帰ろうと思っていたのだ。誰が好き好んで宴会芸などやるものか。寝耳に氷水でも流されて飛び起きたような顔の私を見て、さとりが小首を傾げる。
「おや? お友達からお聞き及びではないのかしら? 旧都では貴女、地底の歌姫だの、鬱ソンクィーンだの、超鬱ンデレラだとか呼ばれているらしいじゃないですか。噂は届いていたのですが、残念なことに歌声までは届かなかったのです。とはいえわざわざ出向いて行くというのも些か面倒臭い。そこでいっそのことご本人に一度お越しいただこうということにあいなりまして、こうしてお招きしたという次第ですわ」
……悪夢だ。これが悪夢以外のなんだというのか。私はただ暇つぶしでうたっていただけだ。それがこんな面倒臭いことになるなんて、想像できるわけがない。誰が私の酷い即興の歌など聞きたがると思うだろう。少なくとも私はそんなことこれっぽっちも思わない。しかもそれを宴の余興にしようなど、狂気の沙汰としか思えない。
「まぁ、往々にして自身の評価というものは本人にとって意外なものですから」
しれっとさとりがそんなことを言う。心の声に突っ込むなと言える余裕など、今の私にはなかった。私の脳内には今までの様々な出来事が渦を巻き、グルグルと全ての色が混ざった夢幻の景色を見せていた。混乱した思考の中で、「成程、これが世に言う走馬灯という奴ね」などと感心している冷静な自分がおかしい。しかし今はその冷静な私に主導権はない。冷静な私はあくまで傍観者なのだ。だから冷静で入られる。
「歌わない! 絶対に歌わないからね!」
現在主導権を握っているヒステリックな私は考えるよりも先に舌が回る。これだとさとりにも心を読まれまいと冷静な私が感心しているが、この際そんなことはどうでもいい。とりあえず私は感情に流されるまま、さとりに不満をぶつける。そんな私の口撃に、さとりはわずかに眉をひそめた。
「そんなつれないことを仰らないでくださいな。折角この日のために地上から冥界の亡霊嬢ご推薦の楽団までお呼びしたというのに」
そこまで用意しているのか! それでヤマメがあんなに必死に私を連れて来たがっていたんだな! ……アイツめ、宴の代償に私を売りやがって! 私は情けないやら悔しいやらで、声がでなかった。何故なら正体不明のやり場のない怒りが喉に引っかかって、獣が威嚇するような低い唸り声をあげることしかできなかったからだ。
「彼女ならアチラでひたすら料理と酒をかきこんでいますよ」
私から発せられる空間すら歪めてしまうほどの負のオーラに、顔をひきつらせたさとりが気を利かせ、宴会場の一角を指さす。今ほどアンタの能力をありがたいと思ったことはない!
「どういたしまして。歌と喧嘩は宴会の華だそうですので、周りにご迷惑をかけない程度に願いますわ。ああ、あと無駄でしょうけれど、場内は走らないようにお願いします」
駆け出した私の背中にさとりが声をかけるが、それに答える余裕など、勿論なかった。
しかしヤマメに会う前に、また邪魔が入った。それも特大の邪魔だ。
「おぉ! パルスィ! 久しぶりじゃないか!」
「おわぁっ!?」
人ごみをすり抜けながらさとりに教えられた方へと急ぐ私の肩に、誰かの手がかかった。その相手を確認する間もなく、私の体は物凄い力で引っ張られ、そのまま物凄くフカフカで柔らかいクッションみたいなものに倒れこんだ。この感触に、私は覚えがある。それとあの声だ。聞きたくなかった、カラリと乾いた晴天みたいな声。
「……あぅぅ」
私は嫌々見上げる。そこには満面の笑みを浮かべる鬼の顔があった。
「なぁ~に変な声だしてんだよ! 聞いたぞ、今日はライブらしいじゃないか! あんなに人前に出たがらなかったお前さんが、一体どういう心変わりだよ!」
まるで始めてのお使いから帰ってきた子供を迎えるように、大きな手がグリグリと乱暴に私の頭を捏ねるように撫で回す。
やっぱり私はコイツが、星熊勇儀が苦手だ。久しぶりに会ってもこの感覚は変わらないのだから間違いないだろう。私は勇儀の手を乱暴に振り払った。
「う、五月蝿いわね! 私だって知らなかったのよ! それもこれも、どうせアンタがさとりに変なことを吹き込んだからなんでしょ!」
「おぉ、良く知ってるなぁ。ヤマメから聞いたのか? にしても変なこととは失礼な。お前さんの歌がちょっと有名になってるって話をしただけさ。その後のことは知らんよ。私も今日来てビックリしたくらいだ。あぁ、そういやその話をしている時、ヤマメは何か嬉しそうだったな。さとりと二人で何か話してた。良く聞いてなかったから、内容は知らないけどね」
「……ヤマメが? ……やっぱり」
嬉しそうに笑う勇儀を見ながら、私は頷く。案の定だ。しかし彼奴め、さとりから何をどれだけもらったのか、私を売るなど何と太い奴。全く信じられない。
「そう、絶対にお前を引っ張り出すって張り切って、やたら楽しそうだったなぁ。何だ、それで珍しく宴会に顔出したんじゃないのか?」
勇儀はそこまで言って、私を見て驚いた。ギリギリと歯を食いしばり暴れる腹の虫を押さえている私の顔がそれほど珍しかったのだろうか。ここでようやくこの能天気は、どうやら自分が考えているのとは少しばかり状況が違うことに気がついたようだ。だが、コイツはそんな程度のこと頓着しない。勇儀は酷い顔をしている私に呆れた顔をした。そして子ども扱いするように頭に手を乗せた。
「ま、何でもいいや。その様子じゃ色々不満もあるんだろうが、折角来たんだし、うたってけばいいじゃないか。此処にいる奴なんて酒と肴に溺れてまともに聞いちゃいないから、好きにうたってやればいいんだよ。どうせ色々と余計なことを考えてるんだろ? 気にするなよ。気にしすぎると、顔に不幸皺がついちゃうぞ」
そう言った。能天気な楽天家の言いそうな台詞である。それができれば苦労はしないということを、何も分かっていない。だから苦手なのだ。あと私より背丈があるからと、上から見下ろしてグリグリと今みたいに頭を撫でたがるところなんかも。
「たださ、ここまで来てボイコットってのだけは勘弁してくれよ。私も楽しみにしてるんだから」
「……五月蝿いわね。そんなの私の勝手でしょう」
そう言ってまた私の頭を撫でる。面倒だったので、その手は払いのけなかった。
しかしどいつもこいつも、こんなちっぽけな私に一体何を期待しているのだろう。歌が聞きたいのなら、もっとましな歌をうたう、もっと上手な奴がいくらもいるだろうに。物好きにも程がある。そしてそのおかげで厄介な目にあっている私のことを考えてもらいたい。
否、そもそもアイツだ。何を思ってアイツが私にこんな面倒を押し付けたのか、それを一刻も早く聞かなければならない。少なくともこの宴会会場の中で、アイツだけが私の歌を聞いてみたいなどという傍迷惑な好奇心で動くはずがない……と思う。
私が呻吟していると、勇儀は妬ましいまでの豊かな胸から私を解放して軽く私の背中を押した。チラリと振り返って勇儀の表情を窺う。勇儀は根拠不明の自信に満ちた爽やかな笑みを浮かべていた。そんな顔をしやがって、出来の悪い妹を持った姉でも気取っているつもりなのだろうか。と、そんなことを考えたが、勇儀がこれ以上私を引き止めるつもりがないのなら都合が良い。こちらもこれ以上話したいこともないので、今はその計らいに甘えることにする。
「土蜘蛛ならはあっち」
「ありがと」
私が何かを言う前に、勇儀はさとりが教えてくれたのと同じ方向を指さした。コイツも人の心をよめるのだろうか。それとも私の顔は私の内心が文字として浮かび上がるようにできているんだろうか。鏡で確認してみたい衝動に駆られたが、それはまた今度にしよう。視界の隅に鬼が指さした方向を確認し、私は簡単に謝意を述べ、そちらに急いだ。
全く、どうして私がこんな苦労をしないといけないのかさっぱり分からない。そもそも私が今日の私を良く分かっていない。歌うのが嫌なら帰ってしまえばいいのだが、何故かそうするのを拒んでいる私がいるのだ。それは普段の私とも、冷静な私とも、ヒステリックな私とも違うらしい。おかげで私の心は千々に乱れ、モヤモヤとわけの分からない霞が渦巻いて一寸先も見えない有様だ。こんな調子で帰っても、当分鬱々として立ち直れそうにない。ならばそうなる前に手を打つのが、賢い上級欝プレイヤーというものである。と、そういう風にでも考えなければ、今の私の行動を理解できなかった。
「……ヤァ~マァ~メェ~!」
「おろ? どったの、パルスィ? 顔が怖いよ? 折角の宴会なんだから、スマイルスマイル」
そして私は終に今回の諸悪の権化を見つけた。私が散々苦労している間、ヤマメはあろうことか一人で一つのテーブルを占有していたらしい。あちこちに料理を山盛りにした大皿を置き、完全に自分の巣のように寛いでいた。
その能天気な顔を見た瞬間、抑えよう抑えようとしていた私の怒りが、突如としてその存在を主張し始めた。
「……ちょっとこっち来い!」
「えぇ~! ちょっと待ってよ~! ま、まだ食べてる途中なのに~!」
私は乱暴にヤマメの首根っこを引っつかむと、未練がましく料理の皿を手放さない土蜘蛛を人の目の少ない宴会場の隅っこへ引き摺っていった。
「ちょっと! 何で私が歌を披露する話になってんのよ! 聞いてないわよ、そんな話!」
壁際まで来ると、私はヤマメを乱暴に開放する。沸々と音を立てて煮えたぎり始めた私の怒りが、待ちきれずに口から噴き出てくる。
「そりゃそうさね、だって私言ってないもん」
すると平然と、悪びれもせずにヤマメが言い放った。……ああ、今自分でもこめかみに青筋が浮かび上がったのが分かるわ。きっとずっと昔の、私も忘れてる鬼みたいな形相になっているんだろうな。だって今ヤマメの顔が少しひきつったもの。とそんなことを分析している冷静な私を横目に、ヒステリックな私は怒り狂って怒鳴り声をあげる。
「それ滅茶苦茶重要なことじゃない! 何で言わないのよ!?」
「……だってそんなこと言ったらパルスィは絶対来なかったでしょぉ?」
プイと顔を背けるヤマメ。……何故自分が怒られているのか分かっているのか、コイツ。それともこの期に及んで私を怒らせようとでも思っているのだろうか。どちらにしても憎たらしいことこの上ない。もう少し穏便に話をしようと思っていたが、そんな私の思惑などすっかりどこかへ飛んで行ってしまっていた。冷静な私が彼方を望んでいる。どうやら思惑はそちらの方向へと羽ばたいていったらしい。
「当たり前じゃない! 誰がそんなことのために宴会なんかに来るものですか! 否、そもそも何で私がうたうことになってんのよ! しかも私に断りもなく! それがおかしいでしょう!?」
噛みつく私にヤマメはいつもと変わらぬ笑みを浮かべている。いつもは悔しいが微笑ましくも思うその顔が、今は実に憎たらしくて堪らない……私が怒っていることなど、気にしないのですね。ああそうですか。
「いやさ、さとりんが勇儀姉から歌の話を聞いたんだって。それで是非とも一度聞いてみたいって話になってね。で、私は仲良いから何とか引っ張り出せないかって言われたのよ。それが何時の間にやら折角やるなら派手にしようってことになって……宴会のだしものの一つにしてみました」
「みましたじゃねぇ! だから何で当の本人抜きにして話が進んでるのよ! それがそもそもおかしいって言ってんでしょうが!」
キラッと歯など光らせてニッコリ微笑むヤマメに、私は呆れるやらイライラするやらで、まともな思考が出来なくなっている。思わず私の腕が伸びて、まだヘラヘラと笑っているヤマメの胸倉に掴みかかった。こんな力があったのかと、冷静な私が驚いている。
「アンタ、知ってるでしょう! ムカつく位に私の傍をチョロチョロしてたんだから、分かるでしょうよ! ……うっ……ううっ……ぐうぅぅっ~!……」
そこまで叫んで、ついでに日頃の鬱憤とか止めて欲しいこととか色々まとめて一気に喋ろうとしたせいで、言葉が喉でつっかえてしまった。言葉の変わりに出てきたのは、自分でもこんな声が出せるんだとビックリするぐらいの汚い音。飢えた獣の唸り声みたいな感じの音。さとりの前での唸り声とは比べ物にならないくらい、濁った音だ。
挙句肝心な時に何に声すら出せない自分が悔しいやら情けないやらで、私の頬が熱くなった。多分、否、確実に私の顔は真赤だ。だから少しでもそれを誤魔化そうと、唇をギュッとつむって歯を食い縛り、詰まった言葉が漏れ出てこないようにした。少なくとも私が声を押し殺した、という体裁を取りたかった。
唇が白くなるまで力一杯閉じて顔を真赤にさせる私に、ヤマメのにやけた顔がみるみる青ざめていく。笑みの形で唇が固まり、それからパクパクと打ち上げられた魚みたいに動く。何か言いたいらしいが、どもって中々言葉にならないらしい。
「……ちょ、ちょっと、パルスィ! 何で泣いてるの!?」
「うっさいわね! 泣いてなんかないわよ!」
「うん、泣いてるね、私」などと冷静な私が心中でツッコミを入れている。コイツもヤマメも、全くもって五月蝿い。仕方がないじゃないか、冷静な所は全部オマエが持っていってるんだから、私は感情任せの出たとこ勝負になるしかないじゃないか。だから悔しいやら悲しいやらムカツクやら、何か色んな感情が混ざり合って化学反応を起こして涙になって溢れ出たっていいじゃないか、悪いか。
ただ予期せぬ攻撃にオロオロと慌てるヤマメの顔を目の前で眺めることができたのは、嬉しい誤算だった。ほんのちょっとばかり溜飲が下がる。
「……悪かったよ、パルスィ。謝る。ごめんなさい。やっぱり無理なら無理でいいよ。私からさとりんに……」
急にしおらしくなるヤマメ。狙ってやり込めたわけではないが、これはこれで中々病みつきになりそうな快感である。
しかし何時までもこんな体勢を続けられるわけもない。そろそろ腕も痺れてきた。私も落ち着いてきた頃だし、本題に戻る頃だろう。
「……もういいわよ。それよりも、アンタはどうして私にうたわせようと思ったの?」
「……いや、その、なんと申しますか……」
「……何、ハッキリ言いなさいよ」
つっけんどんな私の言葉に、恐る恐るとヤマメが口を開く。
「パルスィの凄いところをガツンと皆に食らわせておけば、絶対に宴会で目立つようになるし、それで楽しければ、また宴会に来たくなるかもしれないじゃない? ……そうしたらみんなで一緒に騒げるしさ」
……呆れた。馬鹿だ馬鹿だとは思っていたが、ここまで馬鹿だとは予想していなかった。呆れ果てて、怒りすらどこかへ行ってしまったじゃないか……代わりに頭が鉛を詰めたように重くなる。あまつさえ鈍い頭痛すらしてきた。
「……アンタ、今みたいに私がキレるってこと考えてなかったの?」
怒りやら呆れやらなんやかやで出来た私の言葉に、ヤマメがバツの悪いのを誤魔化すような笑いのまま固まる。そうしてまるで自分の周りに上手い返答でも飛び交っているように、視線をあちこちにさまよわせ始めた。
「……これは……想定外でしたね」
結局、答えは見つからなかったらしい。そりゃそうだろう。そんなに簡単に答えが見つかれば、私がずっと前からそうしている。
そのまましばらく沈黙が続いた。宴会も騒ぐのを忘れているらしい、今ならどこかで針が落ちても気がつくだろう。そんな居心地がいいとは言えない沈黙に耐え切れず、私は眉間の皺を緩めて胸倉を掴んでいた手を離した。チラリと自分の指先が眼に入った。真っ白だった。
ヤマメが何か言いたそうな顔をしていたが、私は背を向けた。色々な理由で、ヤマメと顔を合わせたくなかったからだ。
「……別に許したわけじゃない。……ただ、私はここまで来て何もせずに帰って、周りの酔っ払いから余計なことを言われたくないだけよ」
そう言い捨てて、私は一先ずさとりに段取りを聞きに行こうと思った。
もっと色々と言ってやりたかったが、あんな顔をされては何も言えないじゃないか。
「……アンタは本当にずるいわ」
そう思った時、唇が独りでにそう呟いていた。多分、後ではヤマメが不思議そうな顔をしているだろう。
誰が説明なんぞしてやるものか。
……全く、ずるい。
そんなわけで結局、宴会の余興と言うことで、私は何曲かうたうことになった。歌う直前までは、心臓がバクバク動いて非常に健康によろしくなかったのだが、何だかんだで始まってしまうと、普段と変わらないほどに落ち着いていたのは不思議だった。
あっという間にうたい終わると、あんな酷い歌なのに妙に喜ばれた。わざわざ舞台の上に上がってきて、「斬新だ」だの「面白い」だの「選曲を考えろ」だの、一頻り冷やかしていった。舞台から降りてからも、私の所にひっきりなしに人が来た。悪い気はしなかったが、どうにも人が多いと息が詰まりそうで矢張り居心地は悪い。
意外だったのは勇儀が妙に気に入っていたことだった。陽性のアイツ向きではなかったはずだから馬鹿にするか、もっと明るいのがいいだのと文句の一つでも言うものと思っていたんだけど。否、アイツはどんなものであれ騒げるのなら何でもいいんだろう。
気がかりは一つ。ヤマメの姿が見えなかったこと。引っ張り上げられた舞台の上から宴会場を見渡したが、何処にもいなかった。珍しいことに料理のテーブルの傍にもいなかった。
舞台を降りると、私はすぐにヤマメを探しに行こうとした。……が、相変わらずの狙ったかのようなタイミングで姿を現す妖怪が一人。
「ああ、よかったですわ。想像以上に欝で最高でした」
さとりだ。私を取り囲む人垣が少なくなった頃を見計らって現れた。パチパチと軽く拍手しながら、ニコニコと笑っている。
「……そりゃどうも」
その満足げな笑みが気に入らず、私はぶっきらぼうに答えた。私の内心などお見通しの癖に、さとりは素知らぬ顔で暢気に話を続ける。
「そういえば楽団の方が一人、感涙されていたような。ヴァイオリンが咽びないているのか、本人が泣いているのか、分かりませんでした」
ああ、あの黒帽子か。やっぱりな。しかしそこまで感動されると、それはそれで嬉しいようなそうでもないような複雑な気分だ。
「それとその後の、鬱じゃない方も。あんな歌までうたえるとは思いませんでした。意外と芸達者ですのね」
「……おかげ様でね。それよりそろそろ教えてくれてもいいんじゃないかしら。何を考えてるのか、分かってるでしょ?」
こちらの内心を知っていながらニコニコと暢気に微笑むさとりに、ジッと厳しい目を向ける。私の恫喝など怖くないとばかりにコロコロと小気味良い声で笑うと、さとりは私の後を指さした。
「ええ、お探しの方なら、ほらそこに」
「……や、やほー」
驚いて振り向いた私の前に、ひきつった顔をしたヤマメがいた。
「……フンっ」
ヤマメを一瞥すると、私は鼻を鳴らしただけで、それ以上何も言葉をかけなかった。言いたいことは色々あったが、すぐ側にこの場にいて欲しくない奴がいるからだ。
「大丈夫です。私でも空気は読めるつもりですよ?」
「それはありがとう」
見事に私の思考を読んでくれると、言葉にする手間を省けて実に良い。だがこの場を去るつもりはないらしい。読めてもその通りに動く気がなければ読めないのと一緒じゃないか。そして私たちが醸しだす微妙な空気など読まないつもりらしいさとりが私に言う。
「さて、どうでしょう? 貴女さえよろしければ、もう少し飲んでいきませんか? 打ち上げという奴です。ご心配なく。静かに飲める席を用意しておりますわ。お友達も一緒に、というのでも構いませんが?」
私の内心を知ってなおそんなことを言うとは、相変わらず良い性格をしている。とりあえず何かを企んでいるのは確かだ。さて、どうしたものか。とりあえずそんなことよりもオマエさんにはどっか行って欲しいのだがなぁと考えていると、私の背中のすぐ側にヤマメがやって来た気配がした。ヤマメは何も言わず、私の手をギュッと握った。それは力一杯というほど強くなく、触れているだけというより弱くはない。跳ねのけようと思えば跳ねのけられる、そんな強さだ。
私は溜息をついた。さとりの狙いが分かったのだ。成程、さとりの策は私に向けられたものではなかったのか。全くもってたちが悪い。
「申し出は有難いのだけれど、土蜘蛛が手をひくので、私、ここで帰ることにするわ。アンタとはまたいずれその内にね」
そう言うと、私はヤマメの手をきつく握り返した。ヤマメが驚いた顔で私を見ているのが気配で分かる。だが私はチラリともそっちを見てやらない。見てなどやるものかと、手を握った瞬間に固く誓ったのだ。
「そうですか。それは残念です。では、少ないですけれど、これを。どうぞ出演料ということで受け取ってくださいな」
私が断ることを最初から知っていた癖に、さとりはさも残念そうな顔をした。そして背中に手を回すとどこから取り出したのか、酒の入った一升瓶を私に差し出す。遠慮なく受け取る。今日のことを考えると、これでも少ないくらいだ。
「確かに少ないわ。これだとヤマメが宵の始めに飲み干しちゃうでしょうね」
瓶の中で揺れる酒を見ながら、私は苦笑する。
「こういうのは気持ちですから」
そんな皮肉も通じないらしく、さとりは余裕の笑みを浮かべるばかり。これ以上、柳みたいなコイツに吹いてみても始まらない、貰う物も貰ったし早々に退散するに限ると、私はヤマメの手を引いて、騒々しい宴会場を後にした。
宴会の喧騒が途絶えるまで、ヤマメは一言も口を開かなかった。勿論、私も話しかけない。こういうヤマメは珍しかった。だが悪くない。悪くはないが、少々物足りない感じもする。
「今日は珍しいことだらけだったわねぇ」
しばらくして私はそう言った。物足りなさが、私の誓いを破らせた。元々大した誓いじゃない。破って物足りなさが埋められるのなら、私は幾らでも破るだろう。
「そう? 楽しかったなら、怒られてでも連れてきた甲斐があるってとこかな?」
少しばかり元気になったらしい、張りの戻った声でヤマメが笑った。やはりこちらの方がヤマメらしい。
「今日みたいなこと、二度は御免よ。あぁ、疲れた。……次からは事前に私に言うこと、いいわね?」
「うん。そうする」
私はそう答えて苦笑いする。ヤマメがギュッと、力一杯私の手を握った。少し痛かったが、今はそれくらいで丁度良かった。たまには物足りないのもいいが、やはり足りないよりは溢れるくらいの方が良い。安心する。
欲張りなのかもしれないな、とそう思ったが、貰えるのなら貰っておく方が良いに決っているじゃないか。
「やれやれ。全く難儀なことねぇ」
去り行く二人の妖怪の背を眺め、さとりは大きく息を吐いた。肩に手を置き、凝りを解すようにグルリと首をまわした。
「どしたの、お姉ちゃん? 変な顔して?」
そこにさとりの妹のこいしがまるで空間から染み出してくるように音もなく現れた。姉妹そろって何の前触れもなく現れるのが得意らしい。知らぬものならば驚くだろうそんな妹の挙動にも、さとりはなれているらしく特に変わった様子なく、片目を閉じた呆れたような笑っているような、そんな非対称な表情をしている。
「変な顔は余計です。しかし、どこも大変なのねぇ。私は時々、能天気な貴女がうらやましくなるわ」
「うん? 何のこと?」
「何でもないわ、ただの独り言よ。さ、戻りましょう。こんな所で油を売っていると、お燐やお空に酒も肴も取られてしまうわ」
そうして首を傾げるこいしを促し、さとりは宴会開場に戻っていった。
来るなり相変わらずの唐突さで黒谷ヤマメは言った。唐突なのは何時ものこととは言え、今回ばかりはその言葉の意味がわからない。コイツは一体何を言っているんだろう?
「宴会って何? アンタが何を言っているのか、私にはさっぱり理解できないんだけれど?」
「おやおや、パルパル。パルパルは宴会が何なのかも知らないのかしらん? そいつはちょっと無知が過ぎるんじゃない?」
「パルパル言うな。それと私を馬鹿扱いするな。宴会の意味くらいは知ってるわよ」
首を傾げる私に、コイツは抜け抜けとそう言った。そう言う意味で言ったんじゃないことを分かっていて言うのが、いかにも白々しく、小馬鹿にしたようで嫌な感じだ。
コイツはいつもそうだ。どこかわざと私を苛立たせるような言い方をする。……それは、まぁ、私にも悪いところがあるのは自覚している。私がイライラしないとまともに相手をしないことが多いから、こんな話し方をするのだろう。でもやり方がちょいと露骨すぎやしないか、などと最近は思い始めている。
勿論、ヤマメがこっちの内心に気がつくわけもない。コイツはそういう奴なのだ。肝心なところで気が利かない。だから今もいつもの能天気な声で続きを話す。
「地霊殿でさとりんが大きな宴会を開くらしいんよ。で、どうせなら久々にパルスィの顔も見てみたいなって言っててね、それで……」
「ヤダ。絶対ヤダ」
「え~! なんでだよぉ!」
即答した私にすがりつくようにヤマメが抱きついてくる。暑苦しいのが嫌なので、私はそれをヒラリとかわす。散々コイツがチョッカイをかけてくるおかげで昔の勘が戻ってきたらしい。流石に蜘蛛であるヤマメほど素早くはないが、それでも予測できる動きなら難なくかわせる。
「何が悲しゅうてわざわざ地の底まで見世物になりにいかにゃならんちゅうのよ。私は絶対に行かないから。何よ、いつもみたく、アンタ一人で行ってきなさいよ」
そう言ってやるとヤマメが悲しそうな声をあげた。何だ、その今日で世界が終わるような悲壮な声は……演技だと分かっていてもチクリと胸の奥が痛む自分が、少し情けない。
「えー! 絶対楽しいからさ、一緒に行こうよー! 悪い奴なんていないから心配いらないよ……って、そんなことは、パルスィも知ってるか」
怯んだ隙に私の袖に取りすがり、ヤマメがしつこく言う。何だか今日は妙に絡む。コイツがこういう感じの時は、大概ろくなことがないのだ。加えて話が話だ。ろくな事がないのは確実、間違いない。それは地鳴りの後に落盤が起こることくらい確実なこと。
「……詳しいから……行きたくないんだけどね」
私はそう言葉を濁した。
何故行きたくないのかといえば色々あるが、二人の妖怪の存在が大きな理由なのは間違いない。
一人は旧都に住まう鬼、星熊勇儀。もう一人は地霊殿の主、古明寺さとり。
どうしてこの二人なのかというと、一人はこっちの気持ちを斟酌せず、もう一人はこっちの気持ちを察し過ぎるからだ。ベクトルは違えど質は同じ。私としては胸の裡に土足で上がりこんできて暴れられるのも、遠目に眺めてニヤニヤされるのも真っ平御免だ。しかも一人でも厄介なのに、それが二人とも揃うなんて考えるだにゾッとしない。二人に挟まれでもしたら、酒食に溺れるどころの話ではないのだ。
渋る私の顔を見て、ヤマメが口を尖らせ頬を膨らませる。珍しい顔だ。どうやら少々ご機嫌が斜めらしい。いつも酔っ払っているのではないかと思うほどのご陽気者にしては実に珍しい。そしてそんな珍しいヤマメはしばしの沈黙の後、唐突にこんなことを言い出しやがった。
「……パルスィが行かないなら、私も行かない!」
「……な、何言ってんのよ、アンタ!? 私が宴会に行かないのと、アンタが行くのは関係ないでしょ!?」
私が声を荒げる。しかしヤマメは憎たらしくもソッポを向いて、こっちを見ようともしない。
「行かないったら行かないんだよ~だ! それこそパルスィには関係ないじゃんよ~!」
……コイツ、私をだしに行かないつもりか!? ……だが、それは不味いぞ、実に不味い。それでは私のせいになってしまうじゃないか。それでは地霊殿にコイツを呼んだ連中が、私のことを良く思わないかもしれないじゃないか! ……否、能天気なアイツらのことだ。そんなことはないと思うが、万が一ということもある。それにこういうことは、実際に連中がそう思っているかどうかよりも、私がそう感じるから嫌なのだ。そんな引け目を負わされては、私は落ち着いてジメジメと暮らせなくなるではないか。
行くも地獄、引くも地獄。いわば前門の宴会、後門の自責といったところか。どっちにしろ、私にとって全く有難くない。しばしの沈思黙考の後、私は溜息をついた。どう考えても詰められていた。気がつけば王手飛車取り、何時の間にこんな四面楚歌に陥っていたのだろう。日々真面目に鬱々と生きているだけだというのに、下手を打った憶えもない。最近の私が緩みっぱなしだったのだろうか。などと頭の片隅で冷静な私がそんなことを考えているのを見ながら、この私は自棄になって言った。
「……分かった、……分かったわよ! 行くわよ、行けばいいんでしょ! 行けば!」
「うわーい! パルスィ大好き~!」
「だ~! くっつくな! 暑っ苦しい!」
どうもコイツが現れてからというもの、調子が狂いっぱなしだ。だが一番の問題は、こんな状況に慣れつつある自分にあるのだろうなと思う。これもこれで悪くないなどと、調子を取り戻そうとしないことが本当は厄介なのだ。
そんなことを思うと嬉しいような悲しいようなそんな複雑な気分になり、私はまた溜息をついた。
そして宴会当日。結局私はヤマメに連れられ、久方ぶりに地の底、地霊殿に来ていた。
地霊殿の中庭に設えられた宴会会場は、地の底に封じられた怨霊やら妖怪たちで一杯だった。奥には立派な雛壇まで作られている。誰か余興でもやるのだろうか。いやに本格的だ。しかし一体今日は何の集まりだというのだろう。否、どうせ大した理由などないのだろう。強いて言うなら、大勢で騒ぎたいからという程度のことだろう。しかし人(?)が多いのは気が滅入る。何だか帰りたくなってきた……
「えー、本日はお日柄も良く、お足元の悪いなかをわざわざご足労いただき、まことにありがとうございます」
誰も聞いてないのに、壇上でさとりが律儀に宴会の挨拶なんぞしている。誰もそんな挨拶など聞かないことを知っているくせに几帳面なことだ。恐らくまともに聞いているのは、私くらいのものだろう。感謝して欲しいもんだ。
「今日は地上からもお客様がいらしているので御紹介させていただきます。博麗霊夢、霧雨魔理沙、比那名居天子、稗田阿求、東風谷早苗、ルナサ・プリズムリバー、メルラン・プリズムリバー、リリカ・プリズムリバー、以上順不同、敬称略でございます」
どこからともなくまばらな拍手が起こる。多分件の騒々しい地上の連中たちへ向けたものだろう。……しかし多いな、地上からの客。一度殴りこまれて、箍でも外れたのだろうか? ただ律儀に人間と元人間と騒霊だけで、妖怪は招待していないらしい。否、騒霊は妖怪か? ……まぁ、そんな些細なことはどちらでもいいだろう。そんなことよりも先ほどから地獄鴉に混じってストロボ焚いてる天狗やら、気づかれていないと思ってあちらこちらをチョロチョロしている河童やら、既に出来上がっている鬼なんかは、招かれざる客ということなのだろう。どうせさとりの奴も気がついているはずだ。それでも何も言わないということは、おそらく見てみぬふりをしている、というか、言うだけ野暮になるんだろうな、この場合。宴会の席でまでつまらないことにこだわりたくないのだろう。
「えー注意事項と致しまして、そこらへんにエクトプラズム状の方も大勢いますので、押し合わないようにくれぐれもお気をつけください。形が崩れてしまいます。特に地上から来られた方々はお気をつけ下さるよう……」
「ぎゃー!」
さとりの説明の途中で、どこぞで悲鳴が上がる。どうやらさとりの注意は意味をなさなかったらしい。残念なことだ。しかしえてして宴会とはそういうもの。呑みすぎるな、などという注意は意識に上ることすらないのだから。悲鳴が上がった方を見てさとりが仰々しく肩をすくめた。会場から笑いが起こった。
そんなことを考えながら、私は皿に盛られた料理を抓む。美味い。高温の油でカラリと白身魚を揚げたようだ。衣はサクサク中はホクホクで、魚の白身が舌の上で解けて旨味が広がる。とても美味い。とりあえず酒もさとりの挨拶もそっちのけで、料理に舌鼓を打つ。勢い他の料理にも箸が伸びる。……ウム、これも悪くない。全く悪くない。
しかしやはり魚のから揚げが一番良い。とりあえず、他人にとられる前に出来る限り自分の皿に確保しておくことにする。……なんか我ながら浅ましいな、などと思っていたそんな時である。
「それは地底湖でとれた魚を高温の油でカラリと揚げたものです。ご心配なく、まだまだ沢山ございますので、遠慮なく召し上がってくださいな」
「ひゃあっ!」
驚いて皿を取り落としそうになる。振り向くと先ほどまで挨拶をしていたはずのさとりが立っていた。食欲を満たしている間に、スピーチは終わっていたらしい。そういえば疎らな拍手が聞こえていたような気がする。
「お燐。少々人いきれで会場が暑くなりはじめているようです。お空の所に行って火力を弱めさせなさい」
驚く私を尻目に、さとりは側を通りかかった自分のペットに用事など頼んでいる。自分から人を訪ねておいてこの様子である。相変わらずのマイペースには恐れ入る。
「はいっ! 分かりましたさとり様! マッハの速さで行ってきます!」
給仕をしていたのか、それともあっちこっちのテーブルを漂流しては料理を掻っ攫っていたのかは分からないが、料理を山盛りにした大皿を両手に持ったお燐は、威勢良く主に答えると、あっちの料理こちらの料理と視線をさまよわせながら地霊殿の奥へと消えていった。……しかし「マッハだ! マッハの速さで!」などと叫んでいるが、あれはマッハといわんだろう。酔っ払いが走るほうがまだ早い。
「マッハというのは口だけで、音速はとても遅いんですけれどね」
などと、私の脳内にさとりがツッコみを入れる。だから人の考えていることを口にする前にツッコミを入れてくるなというに。
「それは失礼をば。以後気をつけますわ」
しれっと答える。だからそれを止めろというのだ、と口に出すのも面倒臭かったので心の中で思うことにする。成程、こういう時はコイツの能力は便利だ。言うまでもなく私の心を読みとってくれたらしく、さとりが片目をつむり唇を歪め、左右非対称の妙な表情を私に向けた。そこでようやく自分がやって来た理由を思い出したらしい。空咳を一つつくと、道化た表情はそのままに話を変える。
「それはそうと、随分とお見限りでしたね」
「……ま、まぁねぇ。……だ、だって、私って宴会の席に似合わないでしょう? ほら、色々と……ね?」
嫌味を言われているようで、私は視線をそらして言葉を濁す。無論、こちらのそんな心のうちなどお見通しなのだろう。しかしだからと言って思うことを止められるほど私は器用ではない。妙な顔をしたまま、さとりは顎に手を当て私に流し目をくれる。
「……フム。ま、貴女も色々とあるのでしょうけれど、宴会の席に似つかわしくない、というかコミュニケーションの場に似つかわしくないと言えば、私の能力なんてその最たるものだと思いますけれどね」
ああ、そういえばそうだな。確かにコイツの能力に比べれば、私の力なんて大したものじゃないだろうな……
「何せ人の心が読めるんですから。トランプやら麻雀なんて、絶対お声がかかりませんからねぇ」
「だからモノローグにツッコミを入れなるなとこれほどまでに、思ってるでしょうが……」
「あら、これは失礼を致しましたわ」
そう言ってさとりはニヤリと笑った。……こいつ、絶対わざとやったな。前々から思っていたが、多分忌み嫌われているのは能力のせいじゃなくて、こいつの性格のせいなんじゃないかだろうか。
「フム。その可能性には思い至りませんでしたね。これからは善処することに致しましょう」
だから私の心中と勝手に会話をするなというに、と口に出すのが面倒臭いので心の中でそう思う私もいけないんだろうな。そこでまた話が進んでいないことに気がついて、私も話を変えることにする。
「で、一体アンタは何をしに来たのかしら? よもや私をからかいに来ただけじゃないでしょう?」
そう言って地底湖の魚だという揚げ物を齧った。こいつもヤマメと同じかそれ以上に、厄介なことしか持ち込まない類の奴なので、油断できない。あと厄介ごとに巻き込まれるとお腹もすくし、ご飯も食べられなくなるので今のうちに食べられるだけ食べておくことにする。
「いえ、本当にただ挨拶に来ただけなのですけれど……だって今日は貴女の美声が聞けると思うと、もう、楽しみで楽しみで……」
「グ、グフッ!」
「おや、どうしました? 小骨でも刺さったのかしら?」
咳き込む私に涼しげな顔を向けるさとり。どうやら冗談なんかの類ではないらしい。自分の言葉をそのまま素直に信じているらしい。しかし、こいつ、今何を言った!? 何かとんでもないことを言わなかったか!? 喉に詰まらせた魚を何とか飲み込み、一頻り咳き込んで呼吸を整える。
「な、何よ、それ! そんな話、聞いてないわよ!」
声が上擦ってるなぁ、などと私の中でもう一人の私がそんなことを思っている。そりゃそうだ、今日は暢気にそして適当に流して帰ろうと思っていたのだ。誰が好き好んで宴会芸などやるものか。寝耳に氷水でも流されて飛び起きたような顔の私を見て、さとりが小首を傾げる。
「おや? お友達からお聞き及びではないのかしら? 旧都では貴女、地底の歌姫だの、鬱ソンクィーンだの、超鬱ンデレラだとか呼ばれているらしいじゃないですか。噂は届いていたのですが、残念なことに歌声までは届かなかったのです。とはいえわざわざ出向いて行くというのも些か面倒臭い。そこでいっそのことご本人に一度お越しいただこうということにあいなりまして、こうしてお招きしたという次第ですわ」
……悪夢だ。これが悪夢以外のなんだというのか。私はただ暇つぶしでうたっていただけだ。それがこんな面倒臭いことになるなんて、想像できるわけがない。誰が私の酷い即興の歌など聞きたがると思うだろう。少なくとも私はそんなことこれっぽっちも思わない。しかもそれを宴の余興にしようなど、狂気の沙汰としか思えない。
「まぁ、往々にして自身の評価というものは本人にとって意外なものですから」
しれっとさとりがそんなことを言う。心の声に突っ込むなと言える余裕など、今の私にはなかった。私の脳内には今までの様々な出来事が渦を巻き、グルグルと全ての色が混ざった夢幻の景色を見せていた。混乱した思考の中で、「成程、これが世に言う走馬灯という奴ね」などと感心している冷静な自分がおかしい。しかし今はその冷静な私に主導権はない。冷静な私はあくまで傍観者なのだ。だから冷静で入られる。
「歌わない! 絶対に歌わないからね!」
現在主導権を握っているヒステリックな私は考えるよりも先に舌が回る。これだとさとりにも心を読まれまいと冷静な私が感心しているが、この際そんなことはどうでもいい。とりあえず私は感情に流されるまま、さとりに不満をぶつける。そんな私の口撃に、さとりはわずかに眉をひそめた。
「そんなつれないことを仰らないでくださいな。折角この日のために地上から冥界の亡霊嬢ご推薦の楽団までお呼びしたというのに」
そこまで用意しているのか! それでヤマメがあんなに必死に私を連れて来たがっていたんだな! ……アイツめ、宴の代償に私を売りやがって! 私は情けないやら悔しいやらで、声がでなかった。何故なら正体不明のやり場のない怒りが喉に引っかかって、獣が威嚇するような低い唸り声をあげることしかできなかったからだ。
「彼女ならアチラでひたすら料理と酒をかきこんでいますよ」
私から発せられる空間すら歪めてしまうほどの負のオーラに、顔をひきつらせたさとりが気を利かせ、宴会場の一角を指さす。今ほどアンタの能力をありがたいと思ったことはない!
「どういたしまして。歌と喧嘩は宴会の華だそうですので、周りにご迷惑をかけない程度に願いますわ。ああ、あと無駄でしょうけれど、場内は走らないようにお願いします」
駆け出した私の背中にさとりが声をかけるが、それに答える余裕など、勿論なかった。
しかしヤマメに会う前に、また邪魔が入った。それも特大の邪魔だ。
「おぉ! パルスィ! 久しぶりじゃないか!」
「おわぁっ!?」
人ごみをすり抜けながらさとりに教えられた方へと急ぐ私の肩に、誰かの手がかかった。その相手を確認する間もなく、私の体は物凄い力で引っ張られ、そのまま物凄くフカフカで柔らかいクッションみたいなものに倒れこんだ。この感触に、私は覚えがある。それとあの声だ。聞きたくなかった、カラリと乾いた晴天みたいな声。
「……あぅぅ」
私は嫌々見上げる。そこには満面の笑みを浮かべる鬼の顔があった。
「なぁ~に変な声だしてんだよ! 聞いたぞ、今日はライブらしいじゃないか! あんなに人前に出たがらなかったお前さんが、一体どういう心変わりだよ!」
まるで始めてのお使いから帰ってきた子供を迎えるように、大きな手がグリグリと乱暴に私の頭を捏ねるように撫で回す。
やっぱり私はコイツが、星熊勇儀が苦手だ。久しぶりに会ってもこの感覚は変わらないのだから間違いないだろう。私は勇儀の手を乱暴に振り払った。
「う、五月蝿いわね! 私だって知らなかったのよ! それもこれも、どうせアンタがさとりに変なことを吹き込んだからなんでしょ!」
「おぉ、良く知ってるなぁ。ヤマメから聞いたのか? にしても変なこととは失礼な。お前さんの歌がちょっと有名になってるって話をしただけさ。その後のことは知らんよ。私も今日来てビックリしたくらいだ。あぁ、そういやその話をしている時、ヤマメは何か嬉しそうだったな。さとりと二人で何か話してた。良く聞いてなかったから、内容は知らないけどね」
「……ヤマメが? ……やっぱり」
嬉しそうに笑う勇儀を見ながら、私は頷く。案の定だ。しかし彼奴め、さとりから何をどれだけもらったのか、私を売るなど何と太い奴。全く信じられない。
「そう、絶対にお前を引っ張り出すって張り切って、やたら楽しそうだったなぁ。何だ、それで珍しく宴会に顔出したんじゃないのか?」
勇儀はそこまで言って、私を見て驚いた。ギリギリと歯を食いしばり暴れる腹の虫を押さえている私の顔がそれほど珍しかったのだろうか。ここでようやくこの能天気は、どうやら自分が考えているのとは少しばかり状況が違うことに気がついたようだ。だが、コイツはそんな程度のこと頓着しない。勇儀は酷い顔をしている私に呆れた顔をした。そして子ども扱いするように頭に手を乗せた。
「ま、何でもいいや。その様子じゃ色々不満もあるんだろうが、折角来たんだし、うたってけばいいじゃないか。此処にいる奴なんて酒と肴に溺れてまともに聞いちゃいないから、好きにうたってやればいいんだよ。どうせ色々と余計なことを考えてるんだろ? 気にするなよ。気にしすぎると、顔に不幸皺がついちゃうぞ」
そう言った。能天気な楽天家の言いそうな台詞である。それができれば苦労はしないということを、何も分かっていない。だから苦手なのだ。あと私より背丈があるからと、上から見下ろしてグリグリと今みたいに頭を撫でたがるところなんかも。
「たださ、ここまで来てボイコットってのだけは勘弁してくれよ。私も楽しみにしてるんだから」
「……五月蝿いわね。そんなの私の勝手でしょう」
そう言ってまた私の頭を撫でる。面倒だったので、その手は払いのけなかった。
しかしどいつもこいつも、こんなちっぽけな私に一体何を期待しているのだろう。歌が聞きたいのなら、もっとましな歌をうたう、もっと上手な奴がいくらもいるだろうに。物好きにも程がある。そしてそのおかげで厄介な目にあっている私のことを考えてもらいたい。
否、そもそもアイツだ。何を思ってアイツが私にこんな面倒を押し付けたのか、それを一刻も早く聞かなければならない。少なくともこの宴会会場の中で、アイツだけが私の歌を聞いてみたいなどという傍迷惑な好奇心で動くはずがない……と思う。
私が呻吟していると、勇儀は妬ましいまでの豊かな胸から私を解放して軽く私の背中を押した。チラリと振り返って勇儀の表情を窺う。勇儀は根拠不明の自信に満ちた爽やかな笑みを浮かべていた。そんな顔をしやがって、出来の悪い妹を持った姉でも気取っているつもりなのだろうか。と、そんなことを考えたが、勇儀がこれ以上私を引き止めるつもりがないのなら都合が良い。こちらもこれ以上話したいこともないので、今はその計らいに甘えることにする。
「土蜘蛛ならはあっち」
「ありがと」
私が何かを言う前に、勇儀はさとりが教えてくれたのと同じ方向を指さした。コイツも人の心をよめるのだろうか。それとも私の顔は私の内心が文字として浮かび上がるようにできているんだろうか。鏡で確認してみたい衝動に駆られたが、それはまた今度にしよう。視界の隅に鬼が指さした方向を確認し、私は簡単に謝意を述べ、そちらに急いだ。
全く、どうして私がこんな苦労をしないといけないのかさっぱり分からない。そもそも私が今日の私を良く分かっていない。歌うのが嫌なら帰ってしまえばいいのだが、何故かそうするのを拒んでいる私がいるのだ。それは普段の私とも、冷静な私とも、ヒステリックな私とも違うらしい。おかげで私の心は千々に乱れ、モヤモヤとわけの分からない霞が渦巻いて一寸先も見えない有様だ。こんな調子で帰っても、当分鬱々として立ち直れそうにない。ならばそうなる前に手を打つのが、賢い上級欝プレイヤーというものである。と、そういう風にでも考えなければ、今の私の行動を理解できなかった。
「……ヤァ~マァ~メェ~!」
「おろ? どったの、パルスィ? 顔が怖いよ? 折角の宴会なんだから、スマイルスマイル」
そして私は終に今回の諸悪の権化を見つけた。私が散々苦労している間、ヤマメはあろうことか一人で一つのテーブルを占有していたらしい。あちこちに料理を山盛りにした大皿を置き、完全に自分の巣のように寛いでいた。
その能天気な顔を見た瞬間、抑えよう抑えようとしていた私の怒りが、突如としてその存在を主張し始めた。
「……ちょっとこっち来い!」
「えぇ~! ちょっと待ってよ~! ま、まだ食べてる途中なのに~!」
私は乱暴にヤマメの首根っこを引っつかむと、未練がましく料理の皿を手放さない土蜘蛛を人の目の少ない宴会場の隅っこへ引き摺っていった。
「ちょっと! 何で私が歌を披露する話になってんのよ! 聞いてないわよ、そんな話!」
壁際まで来ると、私はヤマメを乱暴に開放する。沸々と音を立てて煮えたぎり始めた私の怒りが、待ちきれずに口から噴き出てくる。
「そりゃそうさね、だって私言ってないもん」
すると平然と、悪びれもせずにヤマメが言い放った。……ああ、今自分でもこめかみに青筋が浮かび上がったのが分かるわ。きっとずっと昔の、私も忘れてる鬼みたいな形相になっているんだろうな。だって今ヤマメの顔が少しひきつったもの。とそんなことを分析している冷静な私を横目に、ヒステリックな私は怒り狂って怒鳴り声をあげる。
「それ滅茶苦茶重要なことじゃない! 何で言わないのよ!?」
「……だってそんなこと言ったらパルスィは絶対来なかったでしょぉ?」
プイと顔を背けるヤマメ。……何故自分が怒られているのか分かっているのか、コイツ。それともこの期に及んで私を怒らせようとでも思っているのだろうか。どちらにしても憎たらしいことこの上ない。もう少し穏便に話をしようと思っていたが、そんな私の思惑などすっかりどこかへ飛んで行ってしまっていた。冷静な私が彼方を望んでいる。どうやら思惑はそちらの方向へと羽ばたいていったらしい。
「当たり前じゃない! 誰がそんなことのために宴会なんかに来るものですか! 否、そもそも何で私がうたうことになってんのよ! しかも私に断りもなく! それがおかしいでしょう!?」
噛みつく私にヤマメはいつもと変わらぬ笑みを浮かべている。いつもは悔しいが微笑ましくも思うその顔が、今は実に憎たらしくて堪らない……私が怒っていることなど、気にしないのですね。ああそうですか。
「いやさ、さとりんが勇儀姉から歌の話を聞いたんだって。それで是非とも一度聞いてみたいって話になってね。で、私は仲良いから何とか引っ張り出せないかって言われたのよ。それが何時の間にやら折角やるなら派手にしようってことになって……宴会のだしものの一つにしてみました」
「みましたじゃねぇ! だから何で当の本人抜きにして話が進んでるのよ! それがそもそもおかしいって言ってんでしょうが!」
キラッと歯など光らせてニッコリ微笑むヤマメに、私は呆れるやらイライラするやらで、まともな思考が出来なくなっている。思わず私の腕が伸びて、まだヘラヘラと笑っているヤマメの胸倉に掴みかかった。こんな力があったのかと、冷静な私が驚いている。
「アンタ、知ってるでしょう! ムカつく位に私の傍をチョロチョロしてたんだから、分かるでしょうよ! ……うっ……ううっ……ぐうぅぅっ~!……」
そこまで叫んで、ついでに日頃の鬱憤とか止めて欲しいこととか色々まとめて一気に喋ろうとしたせいで、言葉が喉でつっかえてしまった。言葉の変わりに出てきたのは、自分でもこんな声が出せるんだとビックリするぐらいの汚い音。飢えた獣の唸り声みたいな感じの音。さとりの前での唸り声とは比べ物にならないくらい、濁った音だ。
挙句肝心な時に何に声すら出せない自分が悔しいやら情けないやらで、私の頬が熱くなった。多分、否、確実に私の顔は真赤だ。だから少しでもそれを誤魔化そうと、唇をギュッとつむって歯を食い縛り、詰まった言葉が漏れ出てこないようにした。少なくとも私が声を押し殺した、という体裁を取りたかった。
唇が白くなるまで力一杯閉じて顔を真赤にさせる私に、ヤマメのにやけた顔がみるみる青ざめていく。笑みの形で唇が固まり、それからパクパクと打ち上げられた魚みたいに動く。何か言いたいらしいが、どもって中々言葉にならないらしい。
「……ちょ、ちょっと、パルスィ! 何で泣いてるの!?」
「うっさいわね! 泣いてなんかないわよ!」
「うん、泣いてるね、私」などと冷静な私が心中でツッコミを入れている。コイツもヤマメも、全くもって五月蝿い。仕方がないじゃないか、冷静な所は全部オマエが持っていってるんだから、私は感情任せの出たとこ勝負になるしかないじゃないか。だから悔しいやら悲しいやらムカツクやら、何か色んな感情が混ざり合って化学反応を起こして涙になって溢れ出たっていいじゃないか、悪いか。
ただ予期せぬ攻撃にオロオロと慌てるヤマメの顔を目の前で眺めることができたのは、嬉しい誤算だった。ほんのちょっとばかり溜飲が下がる。
「……悪かったよ、パルスィ。謝る。ごめんなさい。やっぱり無理なら無理でいいよ。私からさとりんに……」
急にしおらしくなるヤマメ。狙ってやり込めたわけではないが、これはこれで中々病みつきになりそうな快感である。
しかし何時までもこんな体勢を続けられるわけもない。そろそろ腕も痺れてきた。私も落ち着いてきた頃だし、本題に戻る頃だろう。
「……もういいわよ。それよりも、アンタはどうして私にうたわせようと思ったの?」
「……いや、その、なんと申しますか……」
「……何、ハッキリ言いなさいよ」
つっけんどんな私の言葉に、恐る恐るとヤマメが口を開く。
「パルスィの凄いところをガツンと皆に食らわせておけば、絶対に宴会で目立つようになるし、それで楽しければ、また宴会に来たくなるかもしれないじゃない? ……そうしたらみんなで一緒に騒げるしさ」
……呆れた。馬鹿だ馬鹿だとは思っていたが、ここまで馬鹿だとは予想していなかった。呆れ果てて、怒りすらどこかへ行ってしまったじゃないか……代わりに頭が鉛を詰めたように重くなる。あまつさえ鈍い頭痛すらしてきた。
「……アンタ、今みたいに私がキレるってこと考えてなかったの?」
怒りやら呆れやらなんやかやで出来た私の言葉に、ヤマメがバツの悪いのを誤魔化すような笑いのまま固まる。そうしてまるで自分の周りに上手い返答でも飛び交っているように、視線をあちこちにさまよわせ始めた。
「……これは……想定外でしたね」
結局、答えは見つからなかったらしい。そりゃそうだろう。そんなに簡単に答えが見つかれば、私がずっと前からそうしている。
そのまましばらく沈黙が続いた。宴会も騒ぐのを忘れているらしい、今ならどこかで針が落ちても気がつくだろう。そんな居心地がいいとは言えない沈黙に耐え切れず、私は眉間の皺を緩めて胸倉を掴んでいた手を離した。チラリと自分の指先が眼に入った。真っ白だった。
ヤマメが何か言いたそうな顔をしていたが、私は背を向けた。色々な理由で、ヤマメと顔を合わせたくなかったからだ。
「……別に許したわけじゃない。……ただ、私はここまで来て何もせずに帰って、周りの酔っ払いから余計なことを言われたくないだけよ」
そう言い捨てて、私は一先ずさとりに段取りを聞きに行こうと思った。
もっと色々と言ってやりたかったが、あんな顔をされては何も言えないじゃないか。
「……アンタは本当にずるいわ」
そう思った時、唇が独りでにそう呟いていた。多分、後ではヤマメが不思議そうな顔をしているだろう。
誰が説明なんぞしてやるものか。
……全く、ずるい。
そんなわけで結局、宴会の余興と言うことで、私は何曲かうたうことになった。歌う直前までは、心臓がバクバク動いて非常に健康によろしくなかったのだが、何だかんだで始まってしまうと、普段と変わらないほどに落ち着いていたのは不思議だった。
あっという間にうたい終わると、あんな酷い歌なのに妙に喜ばれた。わざわざ舞台の上に上がってきて、「斬新だ」だの「面白い」だの「選曲を考えろ」だの、一頻り冷やかしていった。舞台から降りてからも、私の所にひっきりなしに人が来た。悪い気はしなかったが、どうにも人が多いと息が詰まりそうで矢張り居心地は悪い。
意外だったのは勇儀が妙に気に入っていたことだった。陽性のアイツ向きではなかったはずだから馬鹿にするか、もっと明るいのがいいだのと文句の一つでも言うものと思っていたんだけど。否、アイツはどんなものであれ騒げるのなら何でもいいんだろう。
気がかりは一つ。ヤマメの姿が見えなかったこと。引っ張り上げられた舞台の上から宴会場を見渡したが、何処にもいなかった。珍しいことに料理のテーブルの傍にもいなかった。
舞台を降りると、私はすぐにヤマメを探しに行こうとした。……が、相変わらずの狙ったかのようなタイミングで姿を現す妖怪が一人。
「ああ、よかったですわ。想像以上に欝で最高でした」
さとりだ。私を取り囲む人垣が少なくなった頃を見計らって現れた。パチパチと軽く拍手しながら、ニコニコと笑っている。
「……そりゃどうも」
その満足げな笑みが気に入らず、私はぶっきらぼうに答えた。私の内心などお見通しの癖に、さとりは素知らぬ顔で暢気に話を続ける。
「そういえば楽団の方が一人、感涙されていたような。ヴァイオリンが咽びないているのか、本人が泣いているのか、分かりませんでした」
ああ、あの黒帽子か。やっぱりな。しかしそこまで感動されると、それはそれで嬉しいようなそうでもないような複雑な気分だ。
「それとその後の、鬱じゃない方も。あんな歌までうたえるとは思いませんでした。意外と芸達者ですのね」
「……おかげ様でね。それよりそろそろ教えてくれてもいいんじゃないかしら。何を考えてるのか、分かってるでしょ?」
こちらの内心を知っていながらニコニコと暢気に微笑むさとりに、ジッと厳しい目を向ける。私の恫喝など怖くないとばかりにコロコロと小気味良い声で笑うと、さとりは私の後を指さした。
「ええ、お探しの方なら、ほらそこに」
「……や、やほー」
驚いて振り向いた私の前に、ひきつった顔をしたヤマメがいた。
「……フンっ」
ヤマメを一瞥すると、私は鼻を鳴らしただけで、それ以上何も言葉をかけなかった。言いたいことは色々あったが、すぐ側にこの場にいて欲しくない奴がいるからだ。
「大丈夫です。私でも空気は読めるつもりですよ?」
「それはありがとう」
見事に私の思考を読んでくれると、言葉にする手間を省けて実に良い。だがこの場を去るつもりはないらしい。読めてもその通りに動く気がなければ読めないのと一緒じゃないか。そして私たちが醸しだす微妙な空気など読まないつもりらしいさとりが私に言う。
「さて、どうでしょう? 貴女さえよろしければ、もう少し飲んでいきませんか? 打ち上げという奴です。ご心配なく。静かに飲める席を用意しておりますわ。お友達も一緒に、というのでも構いませんが?」
私の内心を知ってなおそんなことを言うとは、相変わらず良い性格をしている。とりあえず何かを企んでいるのは確かだ。さて、どうしたものか。とりあえずそんなことよりもオマエさんにはどっか行って欲しいのだがなぁと考えていると、私の背中のすぐ側にヤマメがやって来た気配がした。ヤマメは何も言わず、私の手をギュッと握った。それは力一杯というほど強くなく、触れているだけというより弱くはない。跳ねのけようと思えば跳ねのけられる、そんな強さだ。
私は溜息をついた。さとりの狙いが分かったのだ。成程、さとりの策は私に向けられたものではなかったのか。全くもってたちが悪い。
「申し出は有難いのだけれど、土蜘蛛が手をひくので、私、ここで帰ることにするわ。アンタとはまたいずれその内にね」
そう言うと、私はヤマメの手をきつく握り返した。ヤマメが驚いた顔で私を見ているのが気配で分かる。だが私はチラリともそっちを見てやらない。見てなどやるものかと、手を握った瞬間に固く誓ったのだ。
「そうですか。それは残念です。では、少ないですけれど、これを。どうぞ出演料ということで受け取ってくださいな」
私が断ることを最初から知っていた癖に、さとりはさも残念そうな顔をした。そして背中に手を回すとどこから取り出したのか、酒の入った一升瓶を私に差し出す。遠慮なく受け取る。今日のことを考えると、これでも少ないくらいだ。
「確かに少ないわ。これだとヤマメが宵の始めに飲み干しちゃうでしょうね」
瓶の中で揺れる酒を見ながら、私は苦笑する。
「こういうのは気持ちですから」
そんな皮肉も通じないらしく、さとりは余裕の笑みを浮かべるばかり。これ以上、柳みたいなコイツに吹いてみても始まらない、貰う物も貰ったし早々に退散するに限ると、私はヤマメの手を引いて、騒々しい宴会場を後にした。
宴会の喧騒が途絶えるまで、ヤマメは一言も口を開かなかった。勿論、私も話しかけない。こういうヤマメは珍しかった。だが悪くない。悪くはないが、少々物足りない感じもする。
「今日は珍しいことだらけだったわねぇ」
しばらくして私はそう言った。物足りなさが、私の誓いを破らせた。元々大した誓いじゃない。破って物足りなさが埋められるのなら、私は幾らでも破るだろう。
「そう? 楽しかったなら、怒られてでも連れてきた甲斐があるってとこかな?」
少しばかり元気になったらしい、張りの戻った声でヤマメが笑った。やはりこちらの方がヤマメらしい。
「今日みたいなこと、二度は御免よ。あぁ、疲れた。……次からは事前に私に言うこと、いいわね?」
「うん。そうする」
私はそう答えて苦笑いする。ヤマメがギュッと、力一杯私の手を握った。少し痛かったが、今はそれくらいで丁度良かった。たまには物足りないのもいいが、やはり足りないよりは溢れるくらいの方が良い。安心する。
欲張りなのかもしれないな、とそう思ったが、貰えるのなら貰っておく方が良いに決っているじゃないか。
「やれやれ。全く難儀なことねぇ」
去り行く二人の妖怪の背を眺め、さとりは大きく息を吐いた。肩に手を置き、凝りを解すようにグルリと首をまわした。
「どしたの、お姉ちゃん? 変な顔して?」
そこにさとりの妹のこいしがまるで空間から染み出してくるように音もなく現れた。姉妹そろって何の前触れもなく現れるのが得意らしい。知らぬものならば驚くだろうそんな妹の挙動にも、さとりはなれているらしく特に変わった様子なく、片目を閉じた呆れたような笑っているような、そんな非対称な表情をしている。
「変な顔は余計です。しかし、どこも大変なのねぇ。私は時々、能天気な貴女がうらやましくなるわ」
「うん? 何のこと?」
「何でもないわ、ただの独り言よ。さ、戻りましょう。こんな所で油を売っていると、お燐やお空に酒も肴も取られてしまうわ」
そうして首を傾げるこいしを促し、さとりは宴会開場に戻っていった。
ヤマメとパルスィの関係、雰囲気がただただ良かったです。
一人称で進む中、パルスィの心情だけでなく、周囲の描写もしっかりしていて、それでいて文章全体のテンポも読み易く、すらすらと最後まで読ませていただきました。
さとりも良い味出してましたし、うん、面白かったです。