Coolier - 新生・東方創想話

橋姫と毒人形

2009/05/28 13:51:40
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 地上から深く深く降りていく、逆さ摩天楼のような地獄の深道。
「…………」
 地上世界から地下世界へ、逆に地下世界から地上世界へと移動するものを見守り続けてもう長いが、こんなところに来るやつは文字通り数えるほどしかいなかった。
「あーあ、退屈……」
 最近ここを通っていった人間たちもあれから来てないし、見るものといえば元々ここに住んでいる土蜘蛛や釣瓶落としが楽しそうに遊んでいるところくらいしかなかった。
「あーもう……思い出すだけでも妬ましいわ」
 なんであんなに楽しそうなのよ。妬ましい……ああ、妬ましいわ。
「あはは……♪」
「…………」
 噂をすればなんとやら、かしら。
逃げ場なく反響する不愉快極まりない声。
「……あれ?」
 それは私の知る土蜘蛛のものでも釣瓶落としのものでもなかった。


 耳障りな声に導かれるようにやってきた草原。日当たりはあまりよくないようで、空に浮かぶ月の恩恵もわずかしか届いていない。
ただそれにもかかわらず、あたり一面に広がる鈴蘭の白はわずかな月光をもとに神秘的な魅力を手にしていた。
「こんなところがあるなんて……」
 風に撫でられ、ふるりと揺れる小さく白い花たち。ゆるいカーブを描く細い茎もそれにつられるように揺れ、その姿はまるで手にした鈴を振っているようだった。
「あの子……」
 風に乗って爽やかな香りが運ばれるなか、
「うふふ。ほら、あなたも一緒に遊びましょ?」
 広がる鈴蘭畑の中心に私をここへ誘った声の主はいた。
「それとも、一緒に歌でも歌ってみる?」
「……」
波のように揺れる鈴蘭より少し大きな、物言わぬ人形を相手にして一方的に声をかけ続ける少女。
「それじゃあ、ダンスとかはどうかな?」
「……」
 人形はもちろん言葉を返さない。
「それじゃあね、それじゃあ――」
 それでも、少女はやめなかった。
 人形の手をとり、
笑顔を向け、
 誘いの言葉を口にする。
(…………)
 まるで、いつかきっと返事をしてくれると――そんな夢物語やおとぎ話のようなことを信じ、そうなることを願っているようだった。
(ずいぶんと楽しそうな声だと思えば……)
 何度も何度も、ボロボロの人形に声をかけ続ける少女。その姿は人形が仲間を求めているようにも見え、哀れみにも似たおかしさがあった。
 しかし、それも長くは続かず、
「……ねえ、あなたはなにがしたいの……?」
 妬ましく思えるほど明るかった声が小さく、闇を含んだものに変わる。
そのときだった。
「あっ……!」
 ポロッ――
(頭が……)
 なんと、人形の頭がとれてしまったのだ。
「……………」
 止まってしまったかのように思えた時間。このときばかりは風もその声をひそめていた。
(……)
 彼女の足元に転がる人形の頭。
「……ぅ……ぁ……やだ……!」
 それを見る彼女の顔には怯えの色が浮かんでいた。
「お願い、捨てないで……」
「……」
「ほら……まだ大丈夫だから、ね? だから……」
 とれてしまった頭を元に戻そうと試みる震える手。
「私を、捨てないで……!」
 やがてその手は人形から離れ、まるで自分の存在を確かめるように、己の体を抱きしめていた。
「ぐすっ、ぁ……やだ、よ……!」
「…………」
 月の光に照らされる、人のものとは思えない真っ白な肌。
(この子……)
 このときになって、ようやく彼女が人形だということに気づかされた。


 その後も彼女は声を上げ、泣き続けた。
震える体を抱きしめ、大粒の涙を流して。
「どうして……?」
 彼女の言葉が、考えが理解できずに言葉をかける。
「え……?」
 今までずっと気づいていなかったのか、涙を拭うことも忘れて驚いていた。
「どうして――」
 泣いている間、ずっと呼び続けていた名前。
 おそらく、彼女がここに捨てられる前――妖怪としてではなく、まだ人形として存在していたときの持ち主の名前だろう。
「そんなになってまで、その人のことを想っていられるの?」
 人間からすれば人形なんてただの道具で、それ以上でもなければそれ以下でもないはずだ。
 彼らは己の孤独を、欲求を満たすために人形を好き勝手にする。
 愛着の延長線上で名前を付けたり、行き場のない思いをぶつける対象にしたり、時には人形本来の使い道とはまったく別の用途で使うものだっている。
人形なんて所詮、人間が自分の思いを一方的に押し付けるための道具にしか過ぎないのだ。
「……私にはわからないわ。どうしてなの……?」
 そのことは捨てられた彼女が一番よくわかってるはずだ。
 なのに、どうして彼女はそれでもその人のことを想い続けることができるのだろうか? 正直、理解できなかったし、そこまで想われているその人が妬ましかった。
「そんなこと……わからないわよ」
 ポツリと呟きだされる言葉。
「わからない?」
「だって好きなんだもん、しょうがないでしょっ! 嫌いになれなかったのよ。壊れたからって私を捨てたのに、嫌いに……」
「…………」
 ここまで想われている持ち主を妬ましく思う反面、その持ち主に捨てられてもなお想い続ける彼女の健気さに胸が痛かった。
「……捨てた人形に今でも愛され続ける持ち主、か。ほんと、妬ましいわね」
「え……?」
「忘れてしまいなさいよ。あなたを捨てたやつのことなんかさ……どうせ、もう二度と会うこともないのだから」
 私にはそこまで想ってくれる人がいない。そんな嫉妬心からつい言葉を並べてしまう。
「……」
本当はそんなことを言いたいわけじゃないのに、いつもこういうものの言い方しかできない。そんな自分が嫌で、仕方がなかった。
「……無理よ」
 わずかな間を経て吐き出された彼女の言葉には、自嘲的な色が含まれていた。
「どうして?」
「あの人のことを忘れたら、私はずっと一人になっちゃうもん」
「……」
「人も妖怪も近寄ろうとしない、毒で包まれたこの鈴蘭畑から出ない私を知る人なんて誰もいない。それでもここへ来るような人はみんな、スーさんが欲しくて来てるのよ。私はそのおまけ。どうせ、私と仲良くしてたらスーさんを分けてもらえるとでも思っているのよ」
 そう言って、足元の鈴蘭を撫でる少女の面影は優しさと悲しさを併せ持った顔をしていた。
「……そうじゃない人は?」
「いるわけないわ。ここに来る人も二、三日もすれば私のことなんか忘れてしまう。そうして、私はまた一人になっちゃうのよ」
「……」
 確かに、こんな毒だらけのところに進んで来るものはいないだろう。そこから出てこない彼女を知るものが誰もいないのは当然のことだ。
でも――
「……もし、そうじゃないとしたら?」
「え?」
孤独という彼女の運命は少しながらでも、動いたはずだ。
「私がいるわ」
 地底まで聞こえるはずのない声に導かれてやってきた私によって。
「私があなたの友達になってあげてもいいわよ」
「……本当に?」
「ええ。私が忘れさせてあげるわ――」
 彼女の手をとり、滅多につくらない穏やかな笑顔をしてみせる。
「あなたを捨てたやつのことなんて……」
「……」
 それは捨ててもなお慕われ続ける、かつての所有者に対する嫉妬からではなく、
「これからよろしくね」
「……うん」
 誰かの優しさを求め続ける孤独から、これからも抱え続けていくだろう寂しさから彼女を開放してあげたいという思いからだった。
(……いや、少し違うわね)
 優しさを求め続けていたのは彼女だけじゃない。
私もまた――

 静かに揺れる鈴蘭の園。
 そこで私たちは、
「あなた、名前は?」
「……メディスン・メランコリー」
「そう。私は水橋パルスィ。よろしくね」
 かたく、手を握り合った。
お久しぶりです、氷雪うさぎです。
今回はリクエストされていた『メディスン』と『パルスィ』のネタです。
いつもこんな感じに仕上がってしまうのがちょっと難点だったりします;

このあと、パルさんはきっと手がすごいことになってるでしょうね……(苦笑)

このたび、諸事情により次を書くことが難しいのですが、また機会がありましたら書こうと思います。
氷雪うさぎ
[email protected]
http://hyousetuusagi.yukigesho.com/
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コメント



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3.60名前が無い程度の能力削除
うーん,途中から誰の台詞かわからなくなって来た。
あと少し情景描写があればと思ってしまいました。