永遠亭の朝は早い。
特に永琳の助手を努める鈴仙は、時には彼女の師匠よりも早く起床する事が多い。
「ふぁ……もうこんな時間かぁ……顔洗おっと」
彼女が寝起きにする事と言えば、勿論洗顔と歯磨きである。
毎日しっかりと歯を磨き、仕事をし、よく遊び、そして人参を食べる。
それがウサギの幸せであり、義務なのだ。
その事を良く理解していた彼女は、てゐのスペルカードの様にあちこち跳ねた髪をバンドで捲し上ると、パジャマ姿のまま洗面台へと歩いて行く。
永琳特製人参風味(高麗人参味)歯磨き粉を歯ブラシに付け、シャコシャコと小気味良い音を立てて歯を磨く。
コップに注いだ水を口に含み、口内に溜まった歯磨き粉と雑菌のブレンド水を勢い良く吐き出した頃には漸く目が冴え渡ったのか、今日の予定を頭で組み上げ始める。
「えっと、まずは朝ご飯食べて師匠の実験手伝って、お昼には皆と遊んでおやつ食べてまた遊んで夜ご飯食べてお風呂入って、それから寝る……OK、今日も良い一日になりそうね」
予定が組み上がる頃には洗顔も終え、泡に絡めた皮脂を冷たい水で洗い流す。
口内も顔もさっぱりした彼女は最後の仕事、髪のセットに取りかかった。
「あー……また伸びてきちゃったなぁ」
スミレ色をした長髪を櫛で梳いていた彼女は、鏡を覗きながらそう呟いた。
「さ、て。 じゃあご飯の前に……」
――
永遠亭の薬師、八意永琳の朝も早い。
既に身支度を整えた彼女は朝食を摂る為に食堂へと向かっていた。
カリカリカリカリカリカリカリカリ……
「……ん? 何の音かしら?」
丁度廊下の角に差し掛かった所で、彼女は不審な音を耳にする。
何かを削っている様な音だ。 しかし、こんな朝早くに一体誰が何をしていると言うのだろうか。
だがどちらにしろ、この先に行かなければ食堂に辿り着けないのだ。
永琳は少しの間考えたが、意を決して曲がり角の向こうへと足を進めて行った。
「――え、ウドンゲ? 何をしてるのかしら?」
「あ、ひひょー。 ひてほほーいはおひはいへはふ」
「――え、ウドンゲ? 何をしているのかしら?」
「ひへほほーい……」
「ここは永遠亭よ。日本語で話しなさい。そしてその前に柱から口を放しなさい」
「あ、ふぁい」
この子は一体何をやっているんだろうか。
永琳は溜め息を吐きながら可愛い愛弟子、鈴仙・優曇華院・イナバの顔を見やる。
――瞬間、脳裏を自分と同じ色の髪を持つメイドの姿が過ろうとして躓いた。 ドジッ娘万歳。
前歯が。
ゲームが得意なのだろうか、それともおフランス帰りで語尾に「ザンス」とでも付けて喋るのだろうか。
そう思わせる程に、彼女の前歯は長く、白く、そして固かった。
「あの……ウドンゲ? えっと、それ……」
「?」
「いえね、そんな阿蘭陀兎みたいな表情で首を傾げられても困るのよ」
「ああ、すいません。 じゃあまた後で」
そう言うと鈴仙は再び柱へと近寄って行き、柱を齧る作業に没頭し始めた。
カリカリカリカリカリカリ……
「ってこら! めっ! 放しなさいウドンゲっ! は~な~し~な~さいっ!」
再び無心に柱を齧り続ける鈴仙を、永琳は一生懸命に引っ張る。
何とか引き剥がした永琳は、不機嫌そうな表情を浮かべる彼女を小脇に抱え、診療室へと連れて行った。
今日の朝ご飯は部屋まで運んでもらおう。 そう頭に思い浮かべながら。
――
八意永琳の診療室。
室内に漂う薬品の香りが事態を沈静化させてくれる事に期待したが、どうやら儚い夢だったようだ。
どうやら前歯が長いと言うのはとても気持ちが悪い事なのだろう。
むず痒さを耐えられないのかじたばたと暴れる鈴仙を何とか椅子に座らせると、そこで永琳は自分が肩で呼吸をしている事に気が付く。
自分が昂揚していては到底他人をリラックスさせることなどできはしない。
(やれやれ……こういう時は、やっぱりあれかしらね)
永琳は一度大きく深呼吸をすると、鈴仙を診療室に残し、隣の部屋へと足を運んだ。
実験器具置き場兼、雑貨置き場として使われている部屋の扉を開け、永琳は薬品の匂いに満ちた室内を進んでいく。
永琳と鈴仙とは、既に短い付き合いではない。
当然、衝突する事も一度や二度ではなかった。
だからこそ、永琳は互いに仲直りする方法と言うのを理解していた。
鈴仙はすぐに拗ねてしまう。
そういう所も可愛いのだが、ずっとそのままで居るわけにはいかない。
そんな彼女達の仲直りの印は、甘くて温かいミルクコーヒー。
これを入れてあげると鈴仙はとっても喜ぶ。
綺麗に整頓された室内を進む永琳は、一つの棚の前に辿り着くと、二つのカップを取り出し、近くのテーブルへと置いた。
次に後ろの棚から幾つかの道具を取り出していく。
テーブルに置かれたカップの上に漏斗を置くと、中に濾紙を置き始めた。
その中に、粉砕した珈琲豆が乗せられる。
棚の横に置いてあった魔法瓶を取り出すと、漏斗の中へと湯を注ぎ込んでゆく。
一つのカップに必要充分な湯が入れ終わる頃には、室内には珈琲と薬品のブレンドされた香りが充ちていた。
蒸らしを終え、漏斗を外した永琳は、白磁のカップに波打つ黒い液体へと鼻を近づける。
鼻腔から舞い込む芳醇な香りに、思わずほぅ、と小さな溜め息を漏らしてしまう。
これにミルクと砂糖をたっぷり入れれば、鈴仙の大好きなコーヒーの出来上がりだ。
今日は私も同じ物を飲もう。 そう心に思い浮かべながら、黒と白の混じったコーヒーにくるりとスプーンで渦を巻くと、カップを乗せたお盆を手に、永琳は嬉しそうに隣室へと戻って行った。
「はい、おまたせ。 鈴仙の大好きなコーヒーよ~」
「…………」
「ほぉらウドンゲ、もういい加減不貞腐れないの。
はい、コーヒー……ってこら! スタンピングしない!」
どうやら相当機嫌が悪いのだろう。
地面を何度も強く蹴り付ける鈴仙を叱りつけると、彼女はそっぽを向いて再び無言に戻ってしまう。
一体何が彼女をここまで苛立たせているのだろうか。 理解が及ばず、永琳はほとほと困り果ててしまう。
だが、こういう時こそ自分が持つ最大の武器『頭脳』を使うべきだと考えた永琳は、持てる智慧を総動員させた結果、外を歩く妖怪兎を一匹呼び止め、耳打ちをする。
これで大丈夫だ。 後はどうにかなる筈だろう。
一応の安堵を手に入れた永琳は、深呼吸を一つすると頬を可愛らしく膨らませる鈴仙の前に座り込む。
「ほら、ここにはヤスリもあるのよ?
これじゃあダメなのかしら?」
「……柱じゃ」
「え?」
「あの柱じゃないとダメなんです」
「ッ……!」
一体何が彼女を此処まで突き動かすのだろうか。
よく動物には自分の気に入った物を手放さないという話は聞くが、彼女は下手な人間よりは賢い筈だ。
だとすれば、代替行為では済まない何かがあの柱にはあるというのか。
永琳は思考の渦に嵌り、一人頭を抱え辺りをうろつき始める。
鈴仙はと言えば、テーブルや椅子の支柱を見てはうずうずと体を揺らしている。
「!」
ヤバい。
そう思った時には、永琳は滑り込んでいた。
彼女が美しい螺旋を描いてタックルを決めた先には、今にもテーブルの支柱を噛みちぎらんとばかりに立ち上がった鈴仙の腰があった。
「何やってるの貴女は!」
「だって、だって柱が……」
「だっても何も無いでしょうが!
貴女は兎である前に私、八意永琳の弟子なのよ?
少しはしっかりしてちょうだい!」
「……」
嗚呼、今夜はバーボンでも振る舞ってくれるのだろうか。
そう思わせる程にしょぼくれた表情をした彼女は、椅子の前まで行くと床に座り込み、耳を項垂れてしまう。
微細に揺れ動く肩が彼女のショックの大きさを物語っている。
私は言い過ぎたのだろうか。 いや、甘やかしては駄目だ。
彼女は私の可愛い弟子。 こんな事で躓いている暇は無いの。
仮にも私の弟子だと言うのなら、もっとカリカリカリカリカリカリカリカリ……
そう、もっと仮にも私の弟子だというのなら、もっとこう……ん?
自分の思考の最中に割って入る妙な、そして聞き覚えのある音を不審に思った永琳は、塞ぎ込む鈴仙を肩越しに覗き込む。
カリカリカリカリカリカリカリカリ……
「な・に・を・や・っ・て・る・の・アンタは!」
「痛い痛い、師匠、ロープロープ」
椅子の柱を無心に齧り続ける鈴仙の姿に、ついに堪忍袋の緒が切れる。
鈴仙の首に手を掛け力を込める永琳の顔は、言いつけを破った子供を叱るお母さんのソレだった。
嗚呼、やはりこの子は私の弟子である前に一匹の兎だったのかしら?
戒めを解かれ、咳き込みながらもえへへと舌を出して笑う鈴仙の姿に、永琳は眉を顰めて溜め息を吐く。
呆れながらも既に湯気の消えたコーヒーに口を付けようとした刹那、次なる嵐が障子の向こうより来訪する。
「お師匠様、呼びました~?」
暢気に語尾を伸ばして入室してきたのは、因幡てゐ。
永遠亭の兎を実質的に纏め上げる兎達の長は、床に座り込み目尻に涙を浮かべる鈴仙と、頬に張り付く乱れ髪が艶やかな永琳を交互に眺め見た後、小さく言葉を放った。
「……後5分したら又来ますね」
「ちょ、大丈夫よ、今終わった所だから!」
「師匠、ツッコむべきは所有時間の方です」
「そ、そうよね。うん、大丈夫。永琳分かってるわ。大丈夫……」
どうやら、あんまり大丈夫ではないようだ。
気が動転しているのか、こめかみを抑えながら椅子に座り込んだ永琳は、冷めきったコーヒーを胃に流し込み呼吸を整える。
ティーカップの中身を一気に飲み干した永琳が深く息を吐く。一連の動作を静観していたてゐは、彼女の様子が落ち着いたのを確認すると、おもむろに口を開いた。
「で、お師匠様。何の御用でしょうか?」
「ああ、てゐ。実はウドンゲの事なんだけど……まずは見てちょうだい、これを」
「あらまぁ鈴仙ったら、派手にやったわねえ」
「えへへ……」
永琳が指を差した先には、綺麗に鈴仙の前歯二本分が齧り取られた椅子があった。
それを見ても全く動じず、寧ろ関心すら示すてゐの態度は、兎達のリーダーを長年努めてきた貫禄を窺わせる。
鈴仙はと言えば、てゐの言葉に照れ笑いの様な表情を浮かべたまま、診療室のタイルを温め続けている。
「あら、意外と驚かないのねえ」
「え? お師匠様こそ、何でこんな事で怒ってるんですか?」
「こんな事って、あなたウドンゲに屋敷のアチコチを齧られ続けても良いの?」
「って言うか、何で鈴仙だけ怒られてるのかが分からないんですよ」
「……え?」
「あ、まさか鈴仙だけがこんな事してると思ってました?」
「……え、それってどういう……」
「う~ん、そうですねぇ。例えば……ほら、床に耳をあてて」
「え、ええ……」
カリカリカリカリカリカリカリカリ……
「まさか」
永琳はそう一言呟くと廊下に飛び出し、一心不乱に走っていく。
走って、転んで、既に『満身創痍!』だと言うのに立ち止まらず、ついには中庭へと躍り出る。
カリカリカリカリカリカリカリカリ……
間違いない、確かにここから”あの音”がしている。
ねっとりと頬を垂れ落ちる汗を拭う事もせず、永琳は恐る恐る床下を覗き込んだ。
カリカリカリカリカリカリカリカリ……
「あ」
――床下には
真っ赤なお目めが
いっぱいありました
「あ、な、た、たち……何をやっているのー!!」
「きゃー永琳様が怒ったー!」
「にげろー!」
床下に蠢く怪。
それは永遠亭を支える数多の支柱を、思い思いに齧り続ける兎達だった。
柱は見るも無惨、と言った有様で、まだ原型を留める物。半分は齧られた物。酷い物になると、既に跡形も無く齧り付くされた物まで存在していた。
怒り心頭に発した永琳が背負った弓を引き絞り無闇矢鱈に矢を巻き散らす中を、兎達は蜘蛛の子を散らすように四散していく。
結局、静寂を取り戻した中庭に残されたのは、怒りのやり場を失った永琳ただ一人だけであった。
そんな彼女に無謀にも近づくは我らがウサギ長、因幡てゐである。
「全くお師匠様ったら、今まで兎達はどうやって歯磨きしてたと思ったんですか?
そこに柱があったら齧る。 そうに決まってるじゃないですか」
「…………」
「あれ?お師匠様?」
俯き、黙りこくる永琳の姿にてゐは不審を覚える。
顔を覗き込もうとてゐが永琳に近づいた瞬間、永琳は緩慢な動作で顔をあげた。
彼女の顔には、一点の曇りも憂いも無い、見る者全ての心を鷲掴みにする綺麗な笑みが浮かべられている。
不意に向けられた表情に顔を赤らめるてゐに向かい、永琳は一言一言を確かめるように強調して言葉を押し出していく。
「なんで、辺りの竹じゃ、駄目だったのかしら?」
「え、そりゃあ勿論、齧り心地が悪いからに決まってるじゃないですか
永遠亭の最高級の木材で作られたあの柱。 あれが良いんですよ」
「へえ、そうなの」
突然の問い掛けに驚きながらも、てゐは説明していく。
彼女の話が進むのに合わせて、永琳の弓が軋む音はミシミシと大きくなっていく。
「齧った時に顎に伝わる確かな反動。
木材が砕ける時に漂う爽やかな木の香り。
あの味を知っちゃあ、もう竹なんか齧ってられないと言うか……師匠?」
半ば恍惚といった表情で話していたてゐであったが、目の前の少女から漂う不穏な空気を察したのか、話を区切り永琳の様子を窺う。
「ふ、ふふ、ふふふふふ……」
「え~っと、師匠? なんかキメました?」
「ふふふふふ、あは、あっははははは!」
顔を手で覆い、天を仰ぐように仰け反りながら永琳は高笑いを続ける。
その光景を『嗚呼、一回りするとこうなるのね。 私も気を付けよう』と、悟ったような表情でてゐは見詰め続けていた。
「――ふぅ……嗚呼、おかしかった」
「あ、おかえりお師匠様」
たっぷり1分は笑い続けただろうか。
笑いの王国から現世へと帰還を遂げた永琳を、てゐは人参を頬張りながら出迎えた。
ようやく落ち着きを取り戻した永琳はてゐの座る縁側へとゆっくりとにじり寄り、真ん丸い目で見つめ続ける彼女の左隣へと腰を降ろす。
「ね~え、て・ゐ?」
あ、この笑みはヤバいな。
本能をフル活用し身に迫る危険を察知したてゐは文字通り脱兎の如くこの場から去ろうとする。
が、それも叶わず。
「ぐぇっ」
右に首を向け、次に体をそちらへ動かそうとした時には、永琳は彼女の両耳を確と掴んでいた。
結果、てゐの体が作り出した運動エネルギーは固定された首から上を取り残し、彼女の首に壮絶な負担をかける事で使い果たされることになった。
「ねぇ、てゐ? 永琳思うの? ペットの躾って大事だなぁ~って」
「え、え、ええ、私もそう思う次第でございます」
「でね? でね? 部下の不始末は上司の不始末よね? よね? 組織構成的に考えて」
「え、ちょ、それはどうかと……」
「永琳思うの」
「い、Exactry...(その通りでございます)」
にこり、と有無を言わさぬ笑みを向けられたてゐは頷く事しか出来なかった。
勿論、この問い掛けに是を持って答えたとあれば、てゐの辿る末路はただ一つである。
「――ッ!」
辺りを散歩していた銀の極楽鳥が驚いて飛び去ってゆく。
そんな悲鳴が迷いの竹林に木霊した。
「――師匠の、意地、悪ッ!」
「自業自得でしょうが」
静寂を取り戻した永遠亭には、中庭には桃色のワンピースを捲られ、真っ赤なお尻を剥き出しにしたてゐが、永琳に対し涙を啜りながら怨嗟の言葉を発していた。
当の永琳はと言えば、心底疲れきった表情で首を鳴らしている。
「全く、早いところ柱の補強工事しないと……」
「え~っと、それは一体誰が」
「勿論あんた達に決まってるじゃない」
「そ、そんなぁ~……ん?」
てゐは放った疑問を見事に両断され、地に伏してうなだれる。
しかし敏感な兎の耳は、てゐの泣き言すらも止めてしまう、微かな物音に反応する。
些細な、しかし決して小さくはない振動の音。
それは徐々に大きくなっていき、次いで小さな揺れへと発展する。
「あ、ヤバい」
「え? 何が?」
永琳の問い掛けにも反応せずにてゐは起き上がると、肺いっぱいに酸素を吸い込み、そして迷いの竹林全てに響くかのような大声で叫んだ。
「みんなぁ~! 永琳様と姫様がお菓子買ってくれるってぇ~!」
「な!?」
「え!? ほんと!?」
「師匠と姫が? 胡蝶夢丸なら飲み飽きるほど実験台になった筈なんだけど……」
「永琳はともかくなんで私が!?」
てゐの叫びに、三者三様思い思いの返事を返しながら顔を出す。
兎の一匹が代表として叫ぶと、他の兎達は我先にと飛び出し、中庭へと集まった。
『はいはい夢オチ夢オチ』と言いたげな呆れ顔で一匹と『保護者は永琳でしょ?』と言わんばかりの表情の一人は、緩慢な動きで中庭へと歩いてくる。
皆が中庭に顔を揃えた時、ようやく屋敷に起こっている異変に気が付く者が現れ始めた。
最初に気が付いたのは鈴仙だった。
「あれ? 何か揺れてる……師匠のホールドがまだ効いてるのかしら……?」
「鈴仙、地面に耳を当ててみてよ」
「うん? ……あらやだ」
「一体なんだって言うのかしら二人とも……って、何? この揺れ」
辺りに訪れる振動に、流石の永琳も気が付いたらしい。
月のイナバと地上の因幡は、そんな永琳に視線を向けた後、顔を寄せて打ち合わせを開始した。
「鈴仙、ヤバい」
「ええ、こうなったら……」
うん、と互いに頷く。その表情には既に一切の迷いは無く、意を決したかのように永琳へと振り返った。
「え~っと、師匠。 その~何て言うか……」
「ごめんなさい」
「え?一体何の……」
突然頭を目一杯に下げ謝罪する二匹に、永琳が訳が分からないと言った表情で首を傾げた、その時だった。
未だかつて無い振動と轟音が迷いの竹林に響き渡る。
揺れる大地。崩れる屋敷。
兎達は姫様を担ぎ上げ、わーわーきゃーきゃーと逃げ出して行く。
避難を終えた彼女達が見守る中、永遠亭はその姿を無惨に変貌させていった。
「げほっ、けほっ! ……全く、一体なんだってのよ」
何が起こったのかも理解出来ぬまま、屋敷の主は永遠亭――跡地を眺め見る。
辺り一面は土煙に包まれており、とてもでは無いが屋敷の状況を確認する事は出来ない。
しかし、確認せずとも、大方の者は検討が付いていた。
――嗚呼、やっちゃった。 と。
「……ん?」
暫しのあいだ静観していた輝夜は、3つの人影が土煙の中に存在する事に気が付く。
完全に土煙が晴れると、その中には一人の少女と二匹の兎が呆然、と言った表情で瓦礫の山に立ち尽くしているのが目に入った。
「……あの、師匠」
「……何? 鈴 仙 ?」
「……これ、立て直しってやっぱり」
「……あんた達よ」
「……しくしく」
「……あの、お師匠様」
「……何? て ゐ ?」
「……此度は本当に」
「……あんたは三食ファストフーズの刑ね」
「……しくしく」
がくりと崩れ落ち、涙を流す二匹の兎。
嫌な予感に冷や汗を流す兎達は戦々恐々と言った面持ちで彼女達を見守っていたが、やがて一匹の兎が勇気を振り絞り、永琳に質問を投げかけた。
「……あの、永琳様」
「……あんた達は一日一食おやつ抜き、家が元通りになるまでよ。鈴仙も」
「……ウサウサ」
こうして兎達は深い悲しみに包まれ、泣く泣く屋敷の修理に取りかかったとさ。
――
ポツポツと屋敷の修繕が始まり、兎達の喧噪が響き渡る永遠亭跡地。
ここまで一連の光景を静観していた輝夜は、半ばヤケ気味にその場に座り込んでいる永琳に対し、小さく声を掛けた。
「……ねぇ、永琳?」
「何?輝夜」
「イナバ達の事だから、また家が直っても同じ事すると思うのよ。
だから……」
「?」
――
――――
先の騒動より一ヶ月後の永遠亭。
一日一食おやつ抜きが余程効いたのだろうか。
兎達は過去に類を見ない程の団結力で以て屋敷を建て直し、住人達は再びの安息を手に入れた。
そして頑張った兎達にはご褒美として……
カリカリカリカリカリカリカリカリ……
「ふふっ、どう? 気持ち良い?」
「ええ!最高です!」
「ありがとうございます!」
「そう、良かった」
笑顔で問い掛ける永琳に、満面の笑みを返す兎達。
中庭の角には、堅い堅い一本の柱が備え付けられていた。
「しかし、流石ね輝夜。
この発想は無かったわ」
「ふふっ、沢山あるみたいだし一本くらい平気よきっと」
「わざわざ妖怪の山から運んできた私達の苦労も察して下さいよー……」
「寿命が縮むかと思いましたよ全く……」
永遠亭の縁側には、笑みを浮かべる少女二人とは対照的に、心底疲れきった表情を見せる二匹の兎の姿があった。
そう、中庭の角に埋められたのは、一本の御柱。
先日妖怪の山の頂上に越してきた守矢神社、その近くには無数の御柱が埋め立てられているらしい。
風の噂でそれを聞いた輝夜は、鈴仙の能力でそれを掠め取ってくる事を提案したのだ。
神の加護を授かり、あらゆる衝撃に耐えうるそれは、兎達にとってはまさに絶好の木材だろう。
輝夜の目論見は見事に功を奏し、兎達は歯応えのある御柱に夢中となっている。
「そう言わないの。 ほら、今日のおやつは貴方達の大好きなキャロットグラッセよ。
食べる前に貴方達も齧ってらっしゃい。また歯が伸びてるわよ?」
「やったー! 行ってきまーす!」
「あれもあれで噛み心地良いから、まぁ良いけどね。
おやつおやつ~♪」
なんだかんだで気に入ってはいるのだろう。
永琳に促され、二匹は駆け足で御柱を齧りに向かっていった。
他の兎達に混じり、鈴仙とてゐは御柱を一生懸命齧っていく。
仕事をし、よく遊び、そして人参を食べる為に。
カリカリカリカリカリカリカリカリ……
「はぁ、幸せ~♪」
やっぱ兎ってことか…
最後には御柱を持ってきて齧らせるとは……。
嬉しそうに御柱に齧りついている子達が良いですねぇ。
面白いお話でした。
そんなの全部吹っ飛ぶ程度にあとがきの早苗&MORIYACにやられたぜww
因みにこの後、守矢の信者にさせられたんですね、わかりますww
笑わせていただきました。
お話もほのぼのおもしろかったです