「それじゃ始めるわよ」
「はい魅魔様」
この部屋は、壁も天井も床すらも白地で覆われていた。その白地に染みをつけたかのように机と木箱が一つづつ置かれている。
そんな殺風景で狭い部屋に二人が入ると、どことなく圧迫感を感じる。私はともかく、三日月を意匠した銀色のステッキを持つ魅魔様は少し大柄だ。そのうえ、常に宙に浮いてるから、背が低い私が話そうとすると、姿勢が自然に上向きになってしまう。この体格差が圧迫感を助長しているんじゃないかな、と。けど、この視線の差があると、どこかで安心出来るのは何故だろう。
「昨日も言ったけど、私は容赦は無いから覚悟なさい」
「う、ちょっと心の準備が」
説明が前後するけど、私は色々あって昨日魅魔様に弟子入りしたばかりだ。名の通った高名な魅魔様から教えが受けられるんだから、授業が始まる前から胸がドキドキして止まらない。期待と緊張が心臓の下あたりで渦巻いて、プレッシャーで平衡感覚が失調寸前に陥って視界がぐらぐらする。
「それと、今後は魔理沙ちゃんが失敗したらこのステッキが唸ります」
「唸る?」
いきなり「唸る」等と言われても訳がわからない、と眉間に皺を寄せていると、魅魔様の手が視界から消えた。
「こういう事」
ぶん! べしっ!
銀色のステッキが空気を切り裂いて振り回され、唸りをあげる。勢いをそのままに振り下ろされたそれは、そのまま私の頭部を直撃。三日月の部分が尖っていて、頭に優しくない。
「痛い! 魅魔様痛い!」
「はい、これが実例よ」
「いくらなんでもこれは酷すぎます! 虐待だー!」
赤く染まった髪を押さえながら上向きに睨む私。その押さえる手の上に、ふわりと魅魔様の手が重ねられる。幽霊だけど、何処か暖かくてやさしい手だ。まるで未熟な私を見守ってくれるかのような。どこか、お母様を連想させるような優しさと厳しさが込められているようなそんな感じがする……。
「だめだめ、これであなたの記憶に印象をしっかりと植え付ける事が出来るんだから。定命の人間のまま魔法を学ぶなら、寿命が来る前に身に付けないとね」
「は、はい……」
ちっちっちっ、と指を振りながら説く魅魔様。決して甘くは無いけど、無下に突き放さない魅魔様を拒絶する程馬鹿では無いつもりだ。……心の何処かに不安が残っているのか、さっきから状況説明が多い。
「さてさて、早速授業を開始するわよ。準備はよくって?」
「(ぼそっ)いつか仕返ししてやるぜ」
べしっ!
すごい地獄耳だ。自分にしか聞こえないよう小さく囁いただけ筈なのに。今度は三日月の平面部分が直撃して頭に優しくない。
「はーい、魔理沙ちゃんダウト」
「痛い! それにダウトって何!」
「ダウトは間違いを指摘する時に使います。それと、私の弟子である間は、男言葉を禁止します」
「横暴だー! しかもダウトの使い方が微妙に間違ってる!」
魅魔様が手を少し捻ると、ステッキの三日月部分が光を反射する。
「何か言って?」
「何でもないz……何でもありません」
「だったら、さっさと準備なさい!」
「はーい」
「返事は『はい』です」
「はいは――はい」
慌てて言葉を修正する私。と言うのも、この短いやり取りの間に、魅魔様の表情が仮面のようにみるみる無表情に変化して、ステッキがギラリと輝いたからだ。魅魔様のような実力者相手に無意味な生意気を振りかざし、余計なお仕置きを食らうほど分別の無い馬鹿では無いつもりだ。大人しくなった私に満足したのか、ようやく魅魔様の表情に笑みが戻る。ふう、やれやれ。
「それじゃ、再開するわよ」
置かれていた木箱から瓶を一つだけ取り出し、味気ない机の上にぽんと置く。見た目、中身が赤い粘液状で満たされて、黒い粒々が混ざった何か。ぱっと見てイチゴジャムに見える。張ってあるラベルもイチゴジャムだ。
「では第一の授業開始。最初のお題は――」
(わくわく)
「あの瓶の蓋を開けなさい。ただし手を使わずに魔法だけで」
「…………へ?」
いきなり呆けた声を出してしまった。魅魔様がくすくす笑っているところ、どうやら感情が表情に出てしまっていたらしい。
「期待はずれって顔ね」
「へ? あ、あの」
繰り返すようだけど、魅魔様は並外れた実力を持つ大魔法使いだ。その魅魔様から教えを受けられるのだから、どれだけ高度な代物かと期待してた。……そのはずが、突然瓶の蓋を開けとろとはこれいかに。これであっけに取られるなと言われても、無理が過ぎるわこりゃ。
「でもこれは私の授業方針よ。文句が出るようならさっさとここから出て行きなさい」
「……はい、解りました」
呆け続ける私を炊きつけるような魅魔様のお言葉。確かに派手さも華も無い授業だけど、せっかくのチャンスをフイにするつもりはない、と割り切る私。一度そうと決めたら、早速切り替えよう。魔力を抽出する為に精神を集中させ、目標である瓶を睨み付けた。と、そこでストップがかかる。
「えーっと、どうやってあの蓋を開ければ良いんだよ……のかしら」
どこから手を出したらよいのか解らない。今の私は魅魔様のお陰で従来以上に魔法が使える。けど、具体的に「どうやって」瓶の蓋を開ければ良いのか? と問われると、瞬時に答えが出てこない。目の端でちらりと魅魔を見ると、視線だけは私に向けたままステッキを肩に添えて口を閉じている。助言は一切無し。つまり、自分で解決方法を練り出せというのだろう。
「うーん、うーん、うーん、うーん」
こめかみに指を当てながら唸ること数秒間。開けると言うと、大体はドアや宝箱だ。となれば開錠魔法とかが有効そうだけど、あいにく昨日弟子入りしたばかりの私がそんな魔法を暗記しているはずはない。そもそも瓶の蓋は鍵じゃないから、用途が違う点で有効かどうかすら分からない。じゃあ、蓋を動かすにはどんな魔法が良いのだろうか? まさか、即興で魔法を編み出せとでも? と悩む私の脳裏に稲妻の様な勢いでとあるアイデアが浮かぶ。そして即実行。魔力を指先に集中させ、凝縮・安定化させる。
「面倒臭いからマジックミッソゥ♪」
志向性を持たされた魔力が、仮想上に構築されたバレルの最深部で激発。爆発的な魔力に押され、凝固した魔力が一直線に一条の光と化して飛び出し、瞬時に狙いを違わず直撃。マジックミサイル内に込められたエネルギーが現実に顕現して、周囲の空気を震わせながら、ジャムの瓶と作業机をブチ飛ばす。ガラス瓶と赤い内容物が激しく周囲に飛び散り、味気ない机も大破。轟音とともに、真ん中から真っ二つにヘシ折れた。
「うん、すっきり♪ 蓋もどこかに飛んで行ったわ。――って、魅魔様?」
「ダァァゥトォォォォ!!」
メタァ!
思い切り勢い良く振りかぶられた銀色のステッキが、空気を引き裂きながら振り下ろされて私の頭を直撃。魅魔様の額には、幽霊に存在しないはずの血管が浮き出ていた。
「痛い! 物凄く痛いよ魅魔様!!」
地面をのた打ち回る私を冷徹に見下ろす魅魔様。
「……魔理沙ちゃん、あなた今一体何をしましたか?」
「ううう、マジックミサイルで瓶の蓋を開けました」
「開けた?」
魅魔様がステッキで差したそこには、ブチ壊れた机と完膚なきまでに破壊されたジャム瓶の残骸があるだけだった。少々捻った視点と結果論で物を見れば、「瓶の蓋を開けた」と解釈出来るのじゃないかと思うんだけど、何故か魅魔様には全く理解されなかったようだ。
「――ひょっとして、駄目だったんですか?」
「良いワケ無いでしょ!!」
「おっかしいなぁ、自信あったのに」
「……ひょっとして、霧雨家の子だからとこの子を引き取ったのは大マチガイだったのかしら」
「あーん! 魅魔様見捨てないでぇ!」
「だったら、もう少しまともな答えを出しなさい!」
嘘泣き攻撃ですがってみたけど、同性の魅魔には通用しなかったらしい。それどころかさらに怒られてしまう。うう……厳しいよぅ。
・
・
・
「直したぜ……直しました」
「それじゃぁ、授業再開しましょ」
コトン
飛び散ったガラス片を片付け、魅魔様の魔法で修理した机を定位置に置く。先程と同じように机の上にイチゴジャムの瓶が一つだけ、ぽつんと置かれる。
「さあ、やってみなさい」
「はいよ。……じゃなくて、はい」
ついつい出てしまう癖を喉元で飲み込んで授業再開。再度瓶を睨み付けて精神を集中させるけど…。
(はて、これは本気でどうすればいいのか全く分からない。繰り返すけど、瓶の蓋を開ける魔法は知らないし、瓶を壊してもいけない。となると、何か別の魔法を代用してと……。ええと、使えそうな魔法は金属を弾き飛ばすとかそんなのがいいんだ?……のかしら?)
「はい、それ違うわ」
「ひゃぁぅ!?」
心の中で独り言を呟いていたら何故か突っ込まれる。
「今、既存の魔法を使ってどうにかしようとしてたでしょ?」
「ひ、人の心を読まないで下さい!」
「そんなモン読んでないわよ」
「え?」
どうしよう、魅魔様の言ってる事が判らない。じゃあ、一体なんで考えている事が分かったんだろうか。
「魔理沙ちゃん。これは推測だけど、あなた魔法の基礎とか殆ど勉強してないでしょ?」
「う、うーーはい、そうです」
「フムン、やはりね。それと、ぶっつけ本番で魔力と在り合わせの魔法を行使してる部分が多いわね」
「返す言葉もないです……」
一人でうんうんと頷く魅魔様。あの、私を置いて一人で納得しないで下さい。
「そのやり方自体が間違いよ。そんな方法じゃいつかはきっと行き詰るわ」
「え? でも、今の私なら高速で空が飛べるし、そこら辺の魔物なんて一蹴できますわ」
「今はそれでも通じるわ。けど、それじゃイレギュラーな事態に柔軟な対応ができない」
「そ、そんな事ってあるんですか? ちょっと想像付きませんけど……」
「現に今、私の出した課題が解けてないじゃない」
「あ――」
これこそ本当に返す言葉もない。今私に足りないものを判別し、それをきちんと言葉にしてくれる魅魔様に、いったん停止した心が沸き立ち、敬意と憧れが同時に襲来したかのようなわくわくする感情が心臓をドキドキさせる。
「いいこと? 魔法とは、形を持たない魔力に一定の形を持たせた物よ。それを使用者に制御しやすくイメージさせるのが呪文。魔法を行使させる器具がタクトや箒。魔法をより強力にさせたり、固体化させる時に使うものが触媒よ」
「あ、はいです」
空中に光る文字や絵を描きながら説明してくれる魅魔様。普段何気なく使ってるタクトや箒にそんな意味が合ったのか……。
「触媒は、それ自身が持つ方向性――通称で属性と呼ばれているそれがあるわ。だから、魔法には得手不得手がどうしても出てきちゃうの。相性の良し悪しを見極めないと魔法を使うのは難しいわ」
「四界とか五行とかがそれにあたるのですか?」
「そうね。火を消すのに油や木の葉を振り掛けるような事はしないわ。水をかけたり土をかぶせるでしょ」
「はう。なら今回は瓶を構成する素材に沿って……」
「ダウトー」
ぺちん。
かなり手加減されたステッキが唸る。なんというかだんだんノリツッコミみたいな雰囲気に変化してきた。
「あう? 違うのですか?」
「今回のようなケースは、それ以前ね。たかだかジャム瓶ひとつに属性も方向性も何もないわ。これは、魔理沙ちゃんが自分で練り上げた魔力を新しい形にして対処するケースよ」
「――魔法を作る?」
「それに近いわね。この状況に適した魔法を編み出しなさい」
なるほどね、ようやく私にも理解できた。他の用途に合わせられてチューニングされた既存の魔法では、小回りが利かずに大雑把な結果を残す。強引に例えると、大根やリンゴの皮をむくのに薪割り用の鉈や切断用の鋸を使う馬鹿がいないのと同じ事だ。対称の規模に適した魔法を編み出し、使うべきなのだろう。
「よし、じゃあ早速!」
これだけヒントを出してもらえればもう解かる。目に見えない力――魔力をイメージで制御して、形として作り上げる。後はそれを現実という名を持った常識の壁を打ち破りやすいように形を変えて、研ぎ上げればいい。形成する時のノウハウは既存の魔法から拝借して、作り上げれば良いや。なるほど、技術を盗むとはこう言った事か。
「よっ! はっ! ふっ!」
手に取ったタクトを上下に振り、腕だけではなく体全体でポーズを取ったりと忙しい。音楽の指揮者が激しく指揮棒を振り回して演奏全体を統率するように、魔力に対して形を取るようにタクトで指揮を取る。モーションが少々大げさだったり、今ひとつ締りのない動きをしているのはご愛嬌。なにせ初めての事なのだから、手探りで自分に合った形を見つけなくてはならないのであって……。
「せいっ!」
気合と共にタクトを突き出し、練り上げた魔力を形にする。透明な手を仮想イメージして、瓶の周りに展開。そのまま見えない手で瓶の蓋をつかみ、思い切り回す。完璧なタイミングで魔力がリリースされて、現実に顕在化したっ! 改心の一撃!! そして次の瞬間、ベムッという低音と共に瓶が破裂。周囲にイチゴジャムが飛び散った。
「あ、あれぇ?」
「ダウトね」
べちょん。
「あうっ!?」
妙な角度で振り下ろされたステッキが頭を直撃。さっきから遠慮ない突込みの連続で前髪が垂れ下がってしまった。赤い色が透けてジャムと同化したかのようだ。
「……」
「はい、やりなおしー」
髪を手ですきなおして、テーブルに飛び散ったジャムを片付ける。言われるまでもなく、新しいジャム瓶をセット。
「今、どうして失敗ジャム瓶が破裂してしまったのでしょうか」
「ええと、何ででしょうか…」
本気で訳が解らない。私は確か、魔力で作り上げた手で瓶の蓋を掴んで蓋を開けようとした。それだけなのに。
「ちょっと解らないかもね。答えはこうよ」
魅魔様がジャム瓶をひとつ取り上げ、しっかりと握る。そして……。
「ふんっ!」
次の瞬間、ジャム瓶がドベムッ! と破裂した。まるでさっき私がしたかのように。
「あ……」
「はい、これが答え」
「握り、潰しちゃったのですか?」
「そうよ、力が強すぎたのよ。魔力の投入量が多すぎちゃったのね」
「すみません……まだ加減が解らなくて」
「そうよねぇ。その魔力、昨日あげたばかりだったのよね」
「はい。ほんの一部をお借りしたとはいえ、魅魔様の魔力ですから。それと――」
「それと?」
「その、お風呂に入られたほうが良いのでは?」
ジャムが目一杯詰まった瓶を手で直接握り潰したのだから、魅魔様のお体やお顔、長い髪まであちこちジャムまみれだ。
「……ちょっとシャワー浴びてくるわ。それまで休憩」
「はい」
小一時間後、魅魔様のシャワーが終わって授業再開。それからはほとんど同じような事ばかりの繰り返しだった。力加減を間違えて瓶を捻りつぶす事は珍しくなく、蓋を握りつぶしたり、蓋が開いたと思ったら勢いあまって瓶が横に吹っ飛んでしまい、壁にたたきつけられて破壊される。なぜ箱がいっぱいになるほどのジャム瓶が用意されたのかが理解できた。
「これが最後よ」
「は、はい……」
机に置かれたジャム瓶がひとつ。そして、箱はもう空っぽ。よくここまで失敗出来たのだと、いい加減自分の手際の悪さに呆れてしまう。そんなことを考えながら、疲れた頭で魔力を集中させる。ここで失敗するわけには行かない。ありったけの魔力を込めてジャム瓶を睨み付ける。
「これで出来なかった場合、失格とみなして出て行ってもらいます」
「!!」
そんなっ! せっかく弟子入りできたというのに、たったの2日で追い出されるなんて嫌だ! こんなタイミングでそんな事を言われたものだから、せっかく集中した魔力が散ってしまい、中途半端な状況で魔法がリリースされてしまった。
「あ!」
もう目で追えるほど十分に解る。魔力の固まりがゆっくりと瓶に伸びて、のろのろとジャム瓶をつかみ、蓋の周囲にまとわりつく。だめだ! と、声を発したかったけど、それも間に合わない。あんな中途半端な代物では、また瓶を破壊するだけで終わってしまう事は目に見えてる。絶望に似た黒い感情が胸中に湧き出て、目を閉じてしまう。惨めな結末から目を逸らしたかった。そして……。
かしゃっ
からん
「え?」
蓋と机がぶつかって立てる軽い金属音が響いた。
「え? あれ?」
「はい、お疲れ様。合格よ」
一瞬何が起こったのか分からなかった。視界に入ったものは、机と蓋が開いたジャム瓶。つまり、一応目的は果たした訳だ。
「あれで、なんで開いた? のかしら?」
「ああ、あれ? だから力みすぎていたのよ。途中で茶々を入れてあげたから力が抜けたでしょ?」
そんな……じゃあ、私が魔力を集中させているタイミングであんな事を言ったのも、魅魔様の計算によるものなのか。どこまで思慮深い人なのだろう。あ、人じゃないか。
「ありがとうございます」
「どういたしまして、っと。さて、今日の授業はここまで。後片付けをして夕食にしましょう」
「はい。――あ、その前に一ついいでしょうか」
「なぁに? 質問かしら?」
「はい。ぜひお聞きしたいことが一つあるのです」
今日の授業には一つだけ、そしてとても大きな疑問があった。それを説明する前に、今あけたばかりのジャム瓶をつかみ、蓋を閉める。
「このジャム瓶の蓋を開けるのが今日の授業でした。それは解ります」
「そうよ。それが授業よ」
「けど……蓋を開ける事のどこが授業なのでしょうか?」
そう言いながら、魅魔様の目の前で瓶の蓋を掴んで捻る。当然のように蓋が開き、中の赤いジャムが視界に入る。
「このように、蓋如きは手で捻れば簡単に開きます。それをわざわざ魔法で開ける意味が解りません」
「あら、解らなかったかしら?」
「……はい」
また何かを試されているのだろうか。理解できないという微妙なプレッシャーがどこと無く重苦しい。
「その通り。瓶の蓋は手でつかめば簡単に開くわ」
「はい」
「魔理沙ちゃん。あなたは、そんなことも出来なかったのよ」
「……えっと?」
「丸も四角も、線すらも書けない人間が、字や絵を描くことなどできないでしょう? それと同じ。だからこの基礎から教えることにしたのよ」
「……あ」
そうだった。私は、瓶の蓋を開けるという簡単な事すら出来なかったのだ。
「いかに強大な魔力を身につけても、この程度の事が出来ない者に何かを成せる訳は無いでしょう? だから、基礎中の基礎から教えたのよ。それだけよ」
「――はい」
すっと帽子を脱がせながら、私の頭を撫でてくれる魅魔様。お母様が褒めてくれたかのように、暖かくて、優しい。
「この長い髪。今はまだ赤いわ」
私の髪は、お母様譲りの金髪。しかし、昨日魅魔様より与えられた魔力が影響し、髪が赤く染まってしまった。
「けど、人間の成長速度や新陳代謝は速いわ。魔力も徐々に抜けていくでしょうね。この髪も一年とたたずに元の金色に戻るでしょうね」
さらり、さらりとなでられる度に音を立てる髪。このように撫でて貰えるのは、何年ぶりだろう。
「だから、それまでには確実にあなたを教育するわ。それこそ、最初の一歩から」
ああ、この方はなんて優しいのだろう。こんなにも丁寧に、しかし確実に教えてくれる方だとは、思いもよらなかった。
「あなたは私の大切な弟子よ。教えられることはみんな教えてあげる」
今の私は、自身を持って言える。この方に弟子入りが出来て、本当によかった。
「さ、ご飯にしましょ? そろそろお腹がすいたでしょ?」
「あ、はい! じゃあ、早速!」
最初に感じていた不安も後悔も、今はどこにも無い。教えを受けられる期間は短いかもしれないが、その限られた時間で精一杯魅魔様の後を追って行こう。そう、心に誓った。
「あ、忘れてた」
「何をですか?」
「魔理沙ちゃん。今日の授業の後片付けをしなさい。それが終わったら、食事の用意とお風呂を沸かしなさい」
魅魔様が指差した先は、箱一つ分のジャムが飛び散って半分赤く染まった室内と、破壊されてこれまたあちこちに飛び散った瓶の破片。掃除するだけでも一時間はかかりそうだ。
「それらすべてを三十分でこなしなさい。これも授業の一環よ」
「ちょ!? せめて一時間は下さいよ! ていうかそれ無理です!」
「つべこべ言わない! よーい、スタート!」
そう言いながら、懐から懐中時計を取り出す魅魔様。これはどうも本気らしい。
「酷い! 横暴だ! 虐待だー!」
そうはき捨てながら、物置に走る私。これだけの事を短時間でどうやってこなせというのだろうか。そう考えるだけで、さっきステッキで殴られた影響もあってか頭が痛くなってくる。頭を手で摩りながら、私はどうしてこんな事をさせられるような方に弟子入りしてしまったのだろうかと、少しだけ後悔した。
魅魔様と幼魔理沙はもうニヤニヤ、いやうふふものだなwww
魔力の影響か!その発想はなかったw
吹いた。
描写が丁寧で場面を想像しやすかった気がする。たぶん。
魔理沙かわいい。魅魔様も何だかかわいい。
久しぶりで相変わらずの、キャラと会話のテンポに惚れます。