昼過ぎの永遠亭。
「んぎゃぁっ!?」
ドスンッ!
「あははっ♪ また引っかかってるし」
「…………」
この落とし穴を仕掛けた主である因幡てゐに笑われること数十……いや、数百回。次こそは引っかからないと心に決めるも、なぜか引っかかってしまう。
「ほんと、れーせんってドジだよねぇ」
「あんたね……」
「その前に着替えてきたら?」
「……てーゐーっ!」
そうしてあの悪戯うさぎを追いかける毎日。
そんな日々に呆れながらも楽しいと思っている自分がいるのが不思議だった。
ただ、そう思っても落とし穴に落ちて嬉しいわけはなく、
「はあ……」
今日もまた、こうしてお風呂に入って泥だらけの体の汚れを落としていた。
「まったく。悪戯にも程があるでしょ……」
「あら、またやられたの?」
向かいで首をかしげているのはこの永遠亭の主である蓬莱山輝夜姫だ。
「ええ、まあ」
「あはは……大変ね」
「ほんとですよ。大人しくしていれば可愛いものの……」
こうして、悪戯あってはその愚痴を姫様にこぼすのも日課だった。
「ほんとよね~。この前、私もやられちゃったわ」
「姫様もですか?」
「ええ。醤油とソースをいつの間にか取り替えられててね」
「え……?」
あの……姫様? それはあなたが単に取り間違えただけですよ? それは私もちゃんと見てましたから。
「おかげでソース味のお寿司を食べることになっちゃったしね」
「…………」
想像したくもなかった。
「でも、あんまりあの子のことを悪く言わないであげてね」
「え?」
「あの子、実はものすごい寂しがり屋なのよ。だから、ああしていつもあなたの気を引こうとしているのよ」
「はあ、そうでしょうか?」
そんなこと、考えたこともなかった。
「ええ。いつもあなたにだけ悪戯するのも、そういうことなのよ。だってあの子、あなたのことが好きだから」
「…………」
この人は聖人君子かなにかですか……。あの子が私に? 単に悪戯しやすかったり、私の反応が面白いからだと思うんですけど……。
「もしかして疑ってる?」
「あ、いえ。そんなことは……」
「だったら――」
そうして翌日。私たちは永遠亭から姿を消した。
[Another view 因幡てゐ]
朝。
「……ふう。これでよし、と」
襖のトラップよし、廊下のタライよし、庭の落とし穴よし。
「後はれーせんを起こすだけ、か」
れーせんのやつ、また面白いぐらいに全部かかっちゃうんだろな……。
「くすくすっ。早く起きてこないかな」
そう思うと楽しくて仕方がなかった。
わたしが悪戯をして、れーせんがかかる。毎日繰り返されてきた、当たり前の日常。その些細なことがわたしの心の支えであり、すべてだった。
「……」
もうわたしは一人じゃない。そのときだけそう思えるからだ。
「……待ってても仕方ないし、今日は起こしてあげようかな」
嘘。本当は一分一秒でも早く、あいつの顔を見たいだけ。そんなことわかっているのに、口からは偽りの言葉が出てきてしまう。
「…………」
れーせんの笑顔や怒り顔。目元に涙を浮かべていたり、気持ちよさそうに寝ているときの顔……なにかするたびに色々な表情をつくる彼女が羨ましくもあり、また――
「おはようございま~す……」
ススッと襖を開け、部屋に入る。
「……あれ?」
でも、そこにれーせんはいなかった。
「れー……せん?」
なんで……? なんでいないの……?
台所。大広間。お風呂。トイレ。もちろんお師匠様の実験室も、そのほかの部屋も探した。
「姫様もお師匠様も、他の妖怪うさぎたちもいないなんて……」
しかし、そのどこを探しても彼女の姿はなかった。もしかして、なにかあったのだろうか? それとも――
「わたしを置いて……?」
嫌な考えとともに過去の記憶が蘇る。
「また……嫌われたの……? わたし……」
そんなことはないと、自分に言い聞かせても考えは止まることはない。
「いや……」
拒めば拒むほどにその記憶が、その思考がより鮮明になっていく。
「うぅ……やだ……」
足に力が入らず、立っていることができない。
「お願い……もう――」
一人にしないで。一人は嫌だよ……。
[Another view end]
永遠亭横の竹林。
「……」
「てゐ……」
「…………」
お師匠様を含め、亭内のもの全員がそこにいた。
「私、悪いことしちゃったわね」
「だから言ったじゃないですか。やめたほうがいいと」
「……」
当初から反対していた八意永琳師匠はただため息をついていた。まるで、こうなることが最初からわかっていたかのように。
「ウドンゲ。後のことは言わなくてもわかるわよね?」
「……はい」
「言葉にできなくても、思いを伝えることはできるものよ」
「…………」
やっぱり師匠はすごかった。彼女のことも、そして私のこともお見通しのようらしい。
そうして、永遠亭に戻ってきたのはいいけど、
(どうしよう……)
目の前には人目をはばかることなく泣いているてゐに、どう言葉をかけたらいいかわからなかった。
(師匠はああ言ったけど……)
やっぱり、言葉にしないと伝わらないものもあるはずだ。
「……てゐ」
「ぐすっ……れー……せん?」
泣きじゃくるてゐの声が止まる。
「ごめんね。私――」
ベキ。
「え――うわぁぁぁっ!?」
ドスンッ!
「いたたたた……なんでこんなところに落とし穴が……?」
「あ……ごめん。それ、わたしがつくったの」
穴を覗くてゐの顔が、
「れーせんを落とすためにね♪」
にやりと不気味な笑みを作っていた。
「え……?」
「さあって、れーせんにはお仕置きが必要かな~♪」
「ちょっと……てゐ……?」
「聞こえないなあ~♪」
「い……」
その後、
「いやぁぁぁぁぁっ!!」
なにがあったかは言いたくもなかった。
ただ、そのときのてゐの笑顔はいつもの悪戯心満載のものではなく、
見るものを幸せにしそうな、優しくあたたかなものだった。
あと、
タグの区切りは半角スペースじゃないとつながるんだぜ。