今日も今日とて霧雨邸に奇声が走る。走るもなにもそこの主人が奇声を上げているのだから世話は無い。
「あぁ、美しい、これだぜ、これこそ私が求めていた輝き。流線型のフォルムで極限まで研ぎ澄まされたライン。毛先にまでこだわり一本一本私が選り抜いた尾っぽ。そこから生み出される加速はぁぁぁあああああああ!!!!いびぎゃああああ!!いぐぅぅうううう!!いってしまうぅぅぅぅううう!!っは!!いけないいけない。違う世界にまた飛んでしまった。最速、それは何よりも素晴らしい!天狗!?下らない!!速度とは詰まる所時間!時間を操るどこぞのメイドだって今の私には追いつけはしなぁぃぃいいいい!!そして、うふふふふふふふふふふふふふふふうううう。魔理沙様特製の…………………弾幕!?何それ!?おいしいの!?弾幕より早く飛べれば意味なんてないぜ!!ぎゃふううふふふふううううううう!!」
霧雨邸にて日夜行われていた研究は一つの成果を出していた。それが、この一本の箒。見た目は普通の竹箒である。特殊な何かが付いているわけでもなく、輝いているわけでもない。彼女の奇声の中から意味のある言葉を抜き出してもこの箒の凄さは今一つ伝わってこないが本人はご満悦だ。
魔理沙は何日間徹夜していたのか血走った眼で恍惚の表情を浮かべ箒に頬ずりをしている。その様は見る人によっては精神的外傷を植え付ける可能性を否定しきれない劇薬のような光景であった。小一時間ほど同じ行為を繰り返し続けていた魔理沙だったが急に眼に正気を取り戻す。
「自慢したい、誰彼かまわず自慢したい!!私の速さを!いや、私というよりもこの子の!!マイサンの!!いや、名前だ。名前が必要だぜ。高速にして迅速にして超速にして最速にして神速にして光速にして速速速速速速速速速速速速速速速速速速速速速速速速速速速速速速速速速速速速速速速速速速速速速速速速速速速速速速速速速速速速。そのままでいいぜ。『速見』うん、はやみ。これだ。速きを見る。あぁ、この子にこそ相応しい!!速見を自慢したい!幻想卿の流れ星となりたい!!今なら死んでもっっっいいいぃぃぃぃぃいいい!!!」
そう叫ぶと閉め切っていた窓を開き自慢の箒、速見を手に飛び出した。
その速さ、空気を裂き、その衝撃は森の木を薙ぎ倒し、人の伝えに鎌居達と呼ばれることになる。
瞬間の内に雲の高さまで辿り着きその衝撃で雲を割る。
そこで、速見から手を放し、魔理沙は自由落下に身を任せた。少女の体は木の葉のように空に舞う。
速見と共にクルクルと、フワフワと。
少女と共にフルフルと、ワクワクと。
落ちることしばし。狙い澄ましたかのように神社へと魔理沙は舞い降りる。
「霊夢。いるか?いるよな。いるっていうか、見ただろ。私の、いや、速見の速さを、私の家からここまでどれだけ時間がかかったと思う?この上空に到達するまでに実に一分もかかっていない。なるほど落下に時間をかけすぎたかもしれないがそれはこの速見の生み出した時間的余裕が作り出せる物であり言うならばデザート。言うなれば御褒美、それを誰も責めはしない。それは速きものだけが生み出せる特権的時間の使い方だからだぜ!!」
大仰に手を振り箒を振り熱弁する魔理沙だったが残念なことに神社の境内には誰の、人間どころか妖怪の気配だって感じない。
そんなことは魔理沙にも分かっていたが彼女には関係が無かった。言いたいから言う。速く駆けたいから速く駆ける。霧雨魔理沙は揺るがないのだ。
それに霊夢のことだ、この神社のどこかにはいるだろとタカを括っていたし、それは決して間違いではない。
少し考えてから社に歩を進める。縁側から中に入ろうとしたとき手にした速見を見て思い出す。霊夢はこういった箒を部屋に入れることを嫌う。あの巫女は庭を箒で清める以上箒自身は不浄なものであると勘違いしている節があるのだ。もし、これを中に持ち込んだら、最悪、折られることすら覚悟しなくてはならない。それは魔理沙に耐えられる範疇を優に逸脱していた。
「ごめんな。ずっと、ずっと、ずっと、永劫に永遠に永久に久遠に悠久に一緒にいたいのに。きっと速見もそう思ってくれてることは間違いないのに。いや、意思が無い分私よりも更に思っているのに。あぁぁぁぁああああ!!でも駄目だ、速見を失うなんてことは絶対に駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ!自慢しに来たんだ、折られにきたわけじゃない、だから、ここで待っていてくれ。すぐに、すぐに戻ってくるから。霊夢を探して戻ってくるから」
長い別れの言葉を述べ、沈痛な面持ちで速見を縁側にそっと、赤子を床に下ろす時のようにそっと優しく下ろすのだった。
この時、この時までの魔理沙は速見の完成で浮かれていた。言うなれば気分が高揚し、脳内麻薬が滝のように溢れ出し、痛みすらまともに感じない程に気持ちが高ぶっていた。
それが、速見を手放したことで少しずつ納まってきたのだ。
和室に霊夢を見つけた魔理沙は一瞬でも速く速見を見せたいと急かすが、午後のゆったりとした時間を過ごしていた霊夢にとって魔理沙の焦りは理解出来ることではなく、お茶でも飲みなさいよ、と誘ったことに霊夢自身にも何の悪気があったわけでもない。
本来ならばそんな時間は無い、と、そう告げたかったのだが、実のところ魔理沙はここ一週間寝ていない。それは無事な毛細血管はあるのかと心配されるほどに充血した眼や、両目の下で殺し合うのではないかとハラハラする程に成長したクマから見て取れ、霊夢もお茶という名の休憩を進めたことは純粋な優しさだった。
だが、それは緊張を解く行為であり、結果として。
「…………………寝ちゃったか。何をしに来たんだか知らないけど、寝てないみたいだし、寝かしといてやるか」
両手を上に伸びをして霊夢は立ち上がる。
「あぁ、そういえば掃除がまだ済んでなかったっけ」
秋でもないし、落ち葉が目立つわけでも無かったが途中で止めるというのも性に合わない
どうせ魔理沙はすぐには目を覚まさないだろうと考え霊夢は縁側から外に出る。
出てすぐに、はて、と霊夢は首を傾げる。
「箒って、どこだったかしら?」
今日の予定を頭の中で思い返す。
朝起きて、っていやいや、そんな場所は関係ない。午前中掃除をしてて、それでお腹が空いてきて――――。
そこまで思い返してから霊夢の視界の端に箒が映った。
「…………………………あんな所に置いたかしらね?」
縁側に置かれた竹箒。
置いた記憶は無いが、ある以上ここに置いたのだろうと結論付けて箒を手にした瞬間だった。
霊夢の姿が消えた。
幸運にもこの場に誰かがいたのならばそう見えたであろう。
「え…う……うあわわわわわわあああああぁぁぁぁああぁぁぁぁぁぁっぁぁぁぁ!!!!!!!!!」
あまりの事の唐突さに幻想卿で起きた数々の異変を解決してきた霊夢であったがこの時ばかりは無様な悲鳴を上げることしかできなかった。
ドップラー効果を神社に残して霊夢は箒と共に空の彼方に飛んで行く。
一方、不覚にも、(彼女にこの時のことを聞いたらこう答えるであろうことは疑う余地がない)寝てしまっていた魔理沙だったが我が身よりも大事な箒の危機をどこかに感じ跳ね起きる!
それは霊夢の悲鳴が遠ざかっていくのと同時!
瞬間速見の魔力が遠ざかっていくのを感知し、霊夢の悲鳴とを総合して何が起きたのかを大方理解してしまうあたり、伊達に彼女も異変解決なんてしてないということだろう。
だらしなく垂らしていた涎を拭くよりも先に縁側に飛び出る!
「う………………………うぉぁわぁぁぁああああああああ!!!!!!速見が!!!私の速見が!!霊夢!!!!いや、違う!何よりも速く、更に速くを願うのは誰しもが持つ願望、それを誰に止められよう、止められないからこそその想いは何よりも速く加速していくのだ、そう、これは私のミス。速見を見れば霊夢で無くとも天狗だろうが河童だろうが吸血鬼だろうが半獣だろうが宇宙人であろうが妖怪であろうが全て、全て、一切の例外なく、合切の躊躇なく飛びつくことは容易に予想が付いたのに。あぁぁぁぁ、しかし、その願いを、その衝動を誰が否定できよう、否、出来るわけがない」
そこで一息ついて、クールダウン。
「さて、とは言ったものの速見は私の箒だ、私が作った以上そう言いきることに微塵の躊躇もない。それの所有権を主張することは間違ったことではない。管理責任と言われてしまえばそれまでだが、人のものを勝手に乗っていくというのは少し躾がなってないと言われるべきだろう。うん。そうだな、取り返しに行こう………………………………そういえば私は箒が無いと飛べないな、箒、箒、っと」
少しの間何かないかと探すと鳥居の影に年季の入った箒を見つける。
「ふん。速見とは比べることすらおこがましい。が、博麗の巫女がいつも使ってるだけはある。……………巫力を魔力に変換すれば瞬間的には結構な速度が出そうだぜ。良し、一時的にだが相棒だ!行くぜ」
魔理沙も霊夢に遅れること数分、別の箒を手に大空へと羽ばたいた。
「あぁぁああああ、何なのかしら、これ、何!?何よこの箒。勝手に飛んでって、どうせ魔理沙が仕掛けた悪戯に決まってる。……………………………落ちたら、死ぬわよね?」
眼下に広がる大地、緑の森、力強い木々が生い茂る山。この時期に泳ぎに行ったら気持のよさそうな湖。人の里、吸血鬼の住まう洋館。美しい。いつも飛んでいる空だが今は殊更美しく見える。
「ん?何で私ってこんなに必死になってまで箒にしがみ付いてるのかしら?自分で飛べば良いだけ―――――って!!!駄目駄目駄目!!!今空を飛ぶ符なんて持ってないじゃない!危ない危ない、危うく、うっかりで死ぬところだったわ」
この巫女は普段空を飛ぶことから始め、弾幕だって符に頼りっきりなのだ。そんな巫女を乗せて、速見は特に行き先がある風でもなく幻想卿の空を所狭しと飛び回っている。
逆に言えば止まる気配は一向に見せない。霊夢としてはこんな上空でいきなり止まられたら命に関わるのでそれだけは止めて欲しいと切に願っていたのだが。
「――――――――――!!!」
その時、霊夢の耳に何かが聞こえ、箒から振り落とされないようにゆっくりと後ろを振りむくと黒い帽子に黒い服、髪だけが派手な色をした少女が見えた。言う必要もないが、魔理沙である。
「え?魔理沙?あれ?もしかして助けに来てくれた?ううん、違う、元々魔理沙のせいじゃない!!魔理沙!!!あんた!!何してくれんのよ!!今私飛べないんだから!!速くどうにかしてよ!!」
霊夢は力の限り声を張り上げるが魔理沙も魔理沙で箒の最速スピードで空を駆けているのだ、風音で殆ど意味をなさない言葉としてしか聞こえない。
「ん?なんか霊夢が言っているが……………まぁ、速見の速度に酔っているんだな。そうに決まってる、霊夢の符は遅いからな。うん」
自分なりに解釈をしてやっぱり私の作った速見は素晴らしいなぁと親馬鹿のように、うっとりとその飛びっぷりに見惚れていた。そして、
「―――も―――――速―――飛べ―――――速く――――してよ―――――」
魔理沙の耳に届いた言葉を繋げるとこうなる。
「何だ、そうか、霊夢、お前も速見にメロメロなことは良く分かった。しかし…………………………………………しょうがない、あれを使わせてやるぜ。有り難く思えよ霊夢、本当は私が死ぬ前に使いたかった一発限りの限界突破!魔理沙印のバーストエンド。地獄の鴉にヒントを得、超小型に箒に埋め込んだテクノロジー。高速よりも尚、高く、迅速よりも尚迅く、超速を超え、最速よりも最速で、神速で神域を脱し、光速に並び光を発す。あぁあああああ有り難く思えよ霊夢、何度でも言うぜ、有り難く思えよ霊夢、全ての向こう側をお前に見せてやる!!」
しかし、それを発動するにはある動作を行わなければならず、それをどう霊夢に伝えたものか。
乗っている箒の巫力を燃焼させるしかない。そう結論付けると魔理沙は瞬時も躊躇せず発動させる。
魔理沙の箒が急激に霊夢と速見に近づいてくる。それを見て霊夢は一安心する。こちらの救難信号が届いたと思ったためだ。当然魔理沙がとんでもない勘違いをしているなんてことは微塵も思っていない。
速見に並ぶと魔理沙が声を上げる。
「良いか霊夢。箒の先に付いてるボタンを押すんだ。それだけだ。それだけで大丈夫、簡単だろ?」
きっと、緊急停止のスイッチだろう。一息ついて霊夢はジリジリと腕を伸ばす、決して安楽な速度で巡航しているわけじゃない。前に進むのは一苦労なのだ。
しかし、これで助かるとそう思っている霊夢は力を振り絞り箒の先に手を伸ばす。
カチッ。
軽い音がする。
同時に速見の尾が輝き。燃え、煌く。
その輝きは空気を蹴り、燃やし、煌く粉塵を棚引かせながら速見を更に加速させる。
それまでだってしがみ付いていた状態だった霊夢は当然の結果として箒に振り落とされることになる。
「………え?」
霊夢から零れた呟きは誰に向けたものだったのか。
霊夢を振り落とした速見は解き放たれた獣のように加速に加速を重ね、重ねた加速に加速を加え、ついには空気との摩擦に柄に炎が灯る。
そのまま、炎の塊となった速見は遙かに消える。
振り落とされた霊夢は、と言うと並走していた魔理沙の手を間一髪のところで掴み顔面を蒼白にはしていたが生きていた。
「アンタね――――」
生きていると安心した瞬間から怒りが湧いてきたのだろう魔理沙に向けて鬼の形相を向けたが、
「凄えぜ!!な!?速かっただろ!?」
満面の笑みでそんなことを言われたら霊夢で無くともこう言うだろう。
「……………そうね、確かに、速かったわね」
「だろ!?だろ!?いやぁ惜しかったなぁ、しかし、あのスピードになると燃えちまうんだな。知らなかったぜ。燃えないような素材で、いや、それよりも――――」
箒のことも、ボタンのことも、決して悪気があったわけでは無いんだと霊夢は理解し、もう、笑うしかなかった。
「なぁなぁ、慧音、見たか!?今流れ星が流れた!!」
「妹紅、流れ星というのは夜に流れるんだぞ?」
「えっ!?でも、確かに今」
「ふふふ、妹紅が言うならばそうなのかもしれないな、流れ星が昼間に流れたって良いか」
「奇麗だったなぁ、あっ、願い事、願い事!」
人里で、山で、森で、幻想卿のあらゆる所でこんな会話が交わされた。
後に本人たちも知らない所で口伝となったりもするが、それはまた別の話だろう。
誤字も酷いし文章に落ち着きが無くて全く面白さが伝わってこない。
ただ、もう少し勢いなどを落ち着かせた文章が欲しいとも思いました。
次回などがありましたら頑張ってください。
それと誤字などですが、『博霊』ではなく『博麗』ですし霊夢が空を飛べるのは符の力ではなく、
『主に空を飛ぶ程度の能力』があるからですよ。
読者に楽しんで貰いたいなら、もうちょっと読者に“読ませる”表現をしてほしかったです。
題材的には面白そうなのに、表現のせいで面白さが……