冬空に揺れる雲は白く、ふわふわとしていて、まるでわたあめの様にやがて溶けて消えた。
空は高い。
ムカつくほどに透き通るような青空。
幻想郷は冬だ。
少なくとも春や夏では無い。
冬真っ盛りもいいところで、辺り一面は白銀の雪景色。
地に足を付けるたびに、ざくざくという心地よい感触が伝わる。
ぱさぱさと乾いた空気。
幻想郷は冬だ。
冬もいいところだ。
リグルや紫は冬眠するし、他の人妖も好き好んで寒空の下には出てこようとはしない。
椛は喜び庭駆け回るし、橙は火燵で丸くなる。
口から零れるは白い息。
故に森は白く染まり、故に幻想郷は冬であった。
霧雨魔理沙が想うところ、冬という季節は、あんまり好ましい季節では無い。
なにしろまず寒い。
次に、寒い。
そして、寒い。
雪なんて以っての外だ。
彼女はそう思う。
屋根に積もれば降ろさなくてはいけないし、扉が開かなくなるなんてことも珍しくない。
実にはた迷惑。
そんな時には窓から出なくてはいけないのだが、まるで自分が泥棒にでもなったような気分になるし、それはちょっぴり不愉快だ。
窓の外を覗けば、ひらひらと雪が舞い始めていた。
雪が降れば、外出は自ずと少なくなる。
退屈な時間が増える
この調子なら、また。朝には結構な量が積もっていることだろう。
非常に……非情に、ひーじょーうーに迷惑、かつ問題ではあるが、彼女にしてみれば目の前の扉の方が問題であった。
彼女が佇む前には一枚の扉。
ごく普通の一枚の扉。
何の変哲の無い一枚の扉。
これ以上、どうしようもないほどに普通の扉。
不通の扉。
それを目の前に、彼女は少なくとも十分以上もの間立ち尽くした。
暖炉の温かな空気が部屋中を蹂躙し、暑いくらいだった。
そんなことはどうでもいい。
彼女の頬を、つぅっと冷や汗が伝う。
強張った表情。
ごくりという唾を飲む音。
ぱちぱちと暖炉の炎がたてる音だけが響く中、彼女は己の心の音に耳を傾ける。
どくり、どくり。
ビートダウン。
やがて、彼女は意を決した様に、決意したかの様に、諦めたかの様に、ドアノブにその白い手を伸ばした……
『ばちん』
「ふにゃっ!」
びくりと身体を強張らせ、魔理沙は二、三歩後ずさった。
冬場の空気の乾燥した時期によくおこる。
人体に蓄えられたマイナス電荷が、ドアノブのプラス電荷へと流れ込む。
発火放電。
時には火傷をすることもある恐るべき現象。
つまりは静電気。
彼女が扉と対峙していた理由は、これにあった。
まぁ、もっとも、大問題は別にもあるのだが。
どうしようもない問題が。
「あっはははは!」
少女の笑い声が響く。
ソプラノと言うには少々低く、テナと言うには少々高い、そんな声音。
魔理沙は声の主へと向き直り、ちぇっと舌打ちをした。
「おいおいおいおい、なに静電気ごときにやられてるんだよ」
「おいおいおいおい、なに人ん家でどっかり寛いでるんだよ」
同じ声音……
同じようにして、少女達は笑う。
「別にいいだろう、私の家なんだからな」
「別によくないぜ、私の家なんだからな」
同じ背格好……
同じようにして、少女達は笑う。
「私の物は、私の物だろう」
「私の物は、私だけのだよ」
同じ服……
同じようにして、少女達は笑う。
「「なぁ、私」」
あぁ、同じ、顔だ。
それは、鏡を見ているかのように。
まるで、そこに鏡があるかのように。
あたかも、夢を見ているかのように。
あるいは、幻を見ているかのように……
しかし、そこには確かに二人の魔理沙がいた。
二人の魔理沙は笑っていた。
二人の魔理沙が笑っていた。
二人で笑いあっていた。
★
七日前のことだった。
その日の朝は、控え目なノックで目を覚ました。
まぁ、朝というには十二時はあまりにも遅い気もするが、魔法使いは細かいことは気にするけれど気にしない。
魔理沙ははいはいと適当に返事をしつつ、玄関へと向かう。
そして、扉を開いた。
「おはよう、私」
「……」
扉を勢いよく扉を閉めた。
なんだ、今のは。
彼女はそう呟く……
「おいおい私、いくらなんでも冷たいじゃないか」
いつの間にか家に入られていた。
驚きを悟られないように彼女は言った。
「ああ、扉を開けたら絶世の美女がいたもんだからな。つうか勝手にあがるな」
「いいだろう、私の家なんだからな」
さも当然と言わぬばかりに、彼女はソファーに腰を下ろす。
「まて、ここは私のーーーーー霧雨魔理沙の家だぜ」
「なら問題ないだろう、何せ私も霧雨魔理沙なんだからな」
成る程な、と、魔理沙は笑った。
だろう?、と、魔理沙は笑った。
「お前は私なのか」
「私は私だよ」
「そいつは随分面白そうだな」
「面白くない訳無いだろう?」
「成る程」
「そうゆうこと」
二人はけらけらと笑いあう。
二人とも霧雨魔理沙なら、なにも問題はないな。
魔理沙はそう言った。
問題だらけだとは思うけれど。
★
まぁ、可笑しくて、狂しくて、奇妙な話しではあるけれど、二人の魔理沙は何の気無しに時を過ごした。
なんの問題もなく、普通に魔理沙と魔理沙は過ごしていた。
ひょっとすると、二人とも本物なのかもしれない。
そして、六度朝食を食べる、六度昼食をたべ、六度夕食を食べ、六度午後のお茶をし、六度白い柔肌の汗を流し、六度床に入る。
一週間なんて、たかだか百六十八時間程度。
長いようでいて、瞬く間に過ぎる。
その間、魔理沙達は霊夢やアリスに悪戯を仕掛けたりしていたのだが、話すまでのことはないだろう。
このプロセスで肝心な点は、時間が経過したという結果だけなのだから。
あっという間に、七度目の朝だ。
「なぁ私」
魔理沙はぶっきらぼうに尋ねる。
「なんだよ私」
魔理沙もまた、ぶっきらぼうに答える。
「なんだかんだで、一週間近くお前さんは私を模倣しているわけだが……」
「おぅ、そうだったな」
「今更何だが、なんで私なんだ?」
「そりゃあ随分と哲学的な話しだな」
そうか?、と、魔理沙は自嘲気味に笑う。
そうさ、と、魔理沙は…
「私は模倣すること、模倣することは私。故に模倣することに理由はない」
そう言って、魔理沙…魔理沙の模倣品は笑った。
「私は好きなように模倣する。好きなように霧雨魔理沙を模倣した」
そうゆう妖怪なんだと、魔理沙は言った。
成る程ね、と、魔理沙は頷いた。
「ようするにお前さん、私のことが好きなのか?」
「大好きだぜ。私は私以外の妖怪や人間が大好きだから」
「だから真似るのか」
「だから真似るのさ」
「何故に」
「愛故に」
「らぶ?」
「めっちゃらぶー」
そう言って、魔理沙と模倣品は笑う。
「何と言うか……最悪だぜ」
「最高の褒め言葉だぜ」
「何と言うか……最高だぜ」
「最悪の台詞だぜ」
そう吐き捨てて、彼女は、否、彼は笑った。
瞬き。
ほんの一瞬の間に、霧雨魔理沙は一人になった。
黒い髪を靡かせ、黒く、ぴたりとしたスーツに身を包む。
一人の少年が、そこにはいた。
「お前、男だったのかよ!」
「まぁな」
「髪黒いし」
「かつらだよ」
「胸は?」
「はなっからねぇし」
魔理沙は殴った。
模倣品の少年は、今度こそ模倣ではなく、自分で笑った。
「結局、僕はお前さんの恋心までは模倣出来なかったな」
「当然だろう?何せ、お前は模倣品。出来の悪い劣化模倣なんだからな」
「言うねぇ。僕ぁ、ちょっぴり傷ついちまったぜ?」
「デッドコピー、劣悪品なんかでもいいかもな」
魔理沙の言葉に、まぁ違いない、彼はそう笑う。
模倣ではない笑顔は、それでもどこか魔理沙に似ていた。
「また来いよ」
「二度と来ないさ」
「そいつは寂しいぜ」
「嘘っぱちだな」
「じゃあな、私。次会う時には恋してろよ」
「じゃあな、私。もう恋ならしているさ」
そう言って、彼は出て行った。
黒いその姿は、直ぐに影に消えていった。
模倣品は、恋心を求めて旅だった。
「私は私、お前はお前」
彼女は空を仰ぐ。
「模倣なんてしなくてもいいのにねぇ」
彼女は、空を仰ぐ。
「なんにせよ、退屈はしなかったし
嫌いな冬が、少しは好きになれた気がするぜ」
彼女は、空を仰いだ。
この世に霧雨魔理沙は一人だけ。
自分だけの存在で、さぁ今日も――
素敵に恋をしようか。
『お前、本当の名前はなんていうんだ?』
『僕は"君"さ』
そんな道化を繰り返す妖怪が一匹、今日もどこかで誰かを模倣している。
空は高い。
ムカつくほどに透き通るような青空。
幻想郷は冬だ。
少なくとも春や夏では無い。
冬真っ盛りもいいところで、辺り一面は白銀の雪景色。
地に足を付けるたびに、ざくざくという心地よい感触が伝わる。
ぱさぱさと乾いた空気。
幻想郷は冬だ。
冬もいいところだ。
リグルや紫は冬眠するし、他の人妖も好き好んで寒空の下には出てこようとはしない。
椛は喜び庭駆け回るし、橙は火燵で丸くなる。
口から零れるは白い息。
故に森は白く染まり、故に幻想郷は冬であった。
霧雨魔理沙が想うところ、冬という季節は、あんまり好ましい季節では無い。
なにしろまず寒い。
次に、寒い。
そして、寒い。
雪なんて以っての外だ。
彼女はそう思う。
屋根に積もれば降ろさなくてはいけないし、扉が開かなくなるなんてことも珍しくない。
実にはた迷惑。
そんな時には窓から出なくてはいけないのだが、まるで自分が泥棒にでもなったような気分になるし、それはちょっぴり不愉快だ。
窓の外を覗けば、ひらひらと雪が舞い始めていた。
雪が降れば、外出は自ずと少なくなる。
退屈な時間が増える
この調子なら、また。朝には結構な量が積もっていることだろう。
非常に……非情に、ひーじょーうーに迷惑、かつ問題ではあるが、彼女にしてみれば目の前の扉の方が問題であった。
彼女が佇む前には一枚の扉。
ごく普通の一枚の扉。
何の変哲の無い一枚の扉。
これ以上、どうしようもないほどに普通の扉。
不通の扉。
それを目の前に、彼女は少なくとも十分以上もの間立ち尽くした。
暖炉の温かな空気が部屋中を蹂躙し、暑いくらいだった。
そんなことはどうでもいい。
彼女の頬を、つぅっと冷や汗が伝う。
強張った表情。
ごくりという唾を飲む音。
ぱちぱちと暖炉の炎がたてる音だけが響く中、彼女は己の心の音に耳を傾ける。
どくり、どくり。
ビートダウン。
やがて、彼女は意を決した様に、決意したかの様に、諦めたかの様に、ドアノブにその白い手を伸ばした……
『ばちん』
「ふにゃっ!」
びくりと身体を強張らせ、魔理沙は二、三歩後ずさった。
冬場の空気の乾燥した時期によくおこる。
人体に蓄えられたマイナス電荷が、ドアノブのプラス電荷へと流れ込む。
発火放電。
時には火傷をすることもある恐るべき現象。
つまりは静電気。
彼女が扉と対峙していた理由は、これにあった。
まぁ、もっとも、大問題は別にもあるのだが。
どうしようもない問題が。
「あっはははは!」
少女の笑い声が響く。
ソプラノと言うには少々低く、テナと言うには少々高い、そんな声音。
魔理沙は声の主へと向き直り、ちぇっと舌打ちをした。
「おいおいおいおい、なに静電気ごときにやられてるんだよ」
「おいおいおいおい、なに人ん家でどっかり寛いでるんだよ」
同じ声音……
同じようにして、少女達は笑う。
「別にいいだろう、私の家なんだからな」
「別によくないぜ、私の家なんだからな」
同じ背格好……
同じようにして、少女達は笑う。
「私の物は、私の物だろう」
「私の物は、私だけのだよ」
同じ服……
同じようにして、少女達は笑う。
「「なぁ、私」」
あぁ、同じ、顔だ。
それは、鏡を見ているかのように。
まるで、そこに鏡があるかのように。
あたかも、夢を見ているかのように。
あるいは、幻を見ているかのように……
しかし、そこには確かに二人の魔理沙がいた。
二人の魔理沙は笑っていた。
二人の魔理沙が笑っていた。
二人で笑いあっていた。
★
七日前のことだった。
その日の朝は、控え目なノックで目を覚ました。
まぁ、朝というには十二時はあまりにも遅い気もするが、魔法使いは細かいことは気にするけれど気にしない。
魔理沙ははいはいと適当に返事をしつつ、玄関へと向かう。
そして、扉を開いた。
「おはよう、私」
「……」
扉を勢いよく扉を閉めた。
なんだ、今のは。
彼女はそう呟く……
「おいおい私、いくらなんでも冷たいじゃないか」
いつの間にか家に入られていた。
驚きを悟られないように彼女は言った。
「ああ、扉を開けたら絶世の美女がいたもんだからな。つうか勝手にあがるな」
「いいだろう、私の家なんだからな」
さも当然と言わぬばかりに、彼女はソファーに腰を下ろす。
「まて、ここは私のーーーーー霧雨魔理沙の家だぜ」
「なら問題ないだろう、何せ私も霧雨魔理沙なんだからな」
成る程な、と、魔理沙は笑った。
だろう?、と、魔理沙は笑った。
「お前は私なのか」
「私は私だよ」
「そいつは随分面白そうだな」
「面白くない訳無いだろう?」
「成る程」
「そうゆうこと」
二人はけらけらと笑いあう。
二人とも霧雨魔理沙なら、なにも問題はないな。
魔理沙はそう言った。
問題だらけだとは思うけれど。
★
まぁ、可笑しくて、狂しくて、奇妙な話しではあるけれど、二人の魔理沙は何の気無しに時を過ごした。
なんの問題もなく、普通に魔理沙と魔理沙は過ごしていた。
ひょっとすると、二人とも本物なのかもしれない。
そして、六度朝食を食べる、六度昼食をたべ、六度夕食を食べ、六度午後のお茶をし、六度白い柔肌の汗を流し、六度床に入る。
一週間なんて、たかだか百六十八時間程度。
長いようでいて、瞬く間に過ぎる。
その間、魔理沙達は霊夢やアリスに悪戯を仕掛けたりしていたのだが、話すまでのことはないだろう。
このプロセスで肝心な点は、時間が経過したという結果だけなのだから。
あっという間に、七度目の朝だ。
「なぁ私」
魔理沙はぶっきらぼうに尋ねる。
「なんだよ私」
魔理沙もまた、ぶっきらぼうに答える。
「なんだかんだで、一週間近くお前さんは私を模倣しているわけだが……」
「おぅ、そうだったな」
「今更何だが、なんで私なんだ?」
「そりゃあ随分と哲学的な話しだな」
そうか?、と、魔理沙は自嘲気味に笑う。
そうさ、と、魔理沙は…
「私は模倣すること、模倣することは私。故に模倣することに理由はない」
そう言って、魔理沙…魔理沙の模倣品は笑った。
「私は好きなように模倣する。好きなように霧雨魔理沙を模倣した」
そうゆう妖怪なんだと、魔理沙は言った。
成る程ね、と、魔理沙は頷いた。
「ようするにお前さん、私のことが好きなのか?」
「大好きだぜ。私は私以外の妖怪や人間が大好きだから」
「だから真似るのか」
「だから真似るのさ」
「何故に」
「愛故に」
「らぶ?」
「めっちゃらぶー」
そう言って、魔理沙と模倣品は笑う。
「何と言うか……最悪だぜ」
「最高の褒め言葉だぜ」
「何と言うか……最高だぜ」
「最悪の台詞だぜ」
そう吐き捨てて、彼女は、否、彼は笑った。
瞬き。
ほんの一瞬の間に、霧雨魔理沙は一人になった。
黒い髪を靡かせ、黒く、ぴたりとしたスーツに身を包む。
一人の少年が、そこにはいた。
「お前、男だったのかよ!」
「まぁな」
「髪黒いし」
「かつらだよ」
「胸は?」
「はなっからねぇし」
魔理沙は殴った。
模倣品の少年は、今度こそ模倣ではなく、自分で笑った。
「結局、僕はお前さんの恋心までは模倣出来なかったな」
「当然だろう?何せ、お前は模倣品。出来の悪い劣化模倣なんだからな」
「言うねぇ。僕ぁ、ちょっぴり傷ついちまったぜ?」
「デッドコピー、劣悪品なんかでもいいかもな」
魔理沙の言葉に、まぁ違いない、彼はそう笑う。
模倣ではない笑顔は、それでもどこか魔理沙に似ていた。
「また来いよ」
「二度と来ないさ」
「そいつは寂しいぜ」
「嘘っぱちだな」
「じゃあな、私。次会う時には恋してろよ」
「じゃあな、私。もう恋ならしているさ」
そう言って、彼は出て行った。
黒いその姿は、直ぐに影に消えていった。
模倣品は、恋心を求めて旅だった。
「私は私、お前はお前」
彼女は空を仰ぐ。
「模倣なんてしなくてもいいのにねぇ」
彼女は、空を仰ぐ。
「なんにせよ、退屈はしなかったし
嫌いな冬が、少しは好きになれた気がするぜ」
彼女は、空を仰いだ。
この世に霧雨魔理沙は一人だけ。
自分だけの存在で、さぁ今日も――
素敵に恋をしようか。
『お前、本当の名前はなんていうんだ?』
『僕は"君"さ』
そんな道化を繰り返す妖怪が一匹、今日もどこかで誰かを模倣している。
戯言遣いと殺人鬼のやり取りを見てるみたいでさらっと読めました。