「マスタースパァーク!」
「マスタースパーク」
里の大通りが丸々埋まってしまいそうなほどの超極太光線同士が正面からぶつかり合う。
大地は爆ぜ、辺り一面が眩い光で覆われる。
その光線の両延長線上に2人の少女が立っていた。
「く……!」
均衡は長くは続かなかった。
片方の少女の表情が歪む。真っ赤になった手には、八角形の短い筒のようなものが強く握られていた。
一方、もう1人の少女は顔色ひとつ変えずに出力を上げ続ける。
(押される……!)
このままじゃ負ける。
少女は腹を括った。
(一瞬に全ての魔力を注ぎ込んでやる!)
トレードマークである帽子が吹き飛んだ。
(いくぜ!)
その瞬間。
――ピシ
筒のようなものにヒビが入った。
「!?」
次の瞬間に勝負はついた。
緑色の髪をした少女が、黒と白に包まれた少女を見下ろす。路傍の石を見るかのような冷たい目で。
「所詮、二番煎じね」
そう一言呟いて、風見幽香は去っていった。
倒された少女、霧雨魔理沙はしばらくそこから動けずにいた。
◆
森の入り口付近にそれは存在した。
香霖堂。
営業をするつもりがあるのかどうかわからない。店の中は薄暗く、静まり返っていた。
その中で、1人の男がお茶を飲みながら本を読んでいた。
「む」
香霖堂店主、森近霖之助は傾けた湯飲みの中にお茶が残っていないことに気づき、おかわりを淹れに席を立とうとした――
「よう、香霖。邪魔するぜ」
――ところで言葉通り邪魔が入った。
ノックもなしに入ってきたのは、霧雨魔理沙。彼女は、昔霖之助が修行をしていた道具屋の1人娘で、そのころからの付き合いだからもう随分になる。霖之助にとって魔理沙は妹のような存在だった。
「やあ魔理沙。邪魔をするなら出口は君の真後ろだ。すでに邪魔はされたけどね」
「なんだ、つれないな。安心しろ。今日はちゃんとした客としてきたんだ」
「代金を支払わない客はちゃんとした客とは言えないな。」
「ところでこいつを見てくれ。こいつを見てどう思う?」
相変わらず話を聞かない子だな。霖之助はそのことを半ば諦めつつ、仕方なしに魔理沙の手にあるものを見た。
霖之助の表情が険しくなる。
「すごく……大きいです……」
魔理沙の手にあったものは、ミニ八卦炉。
霖之助が魔理沙のために作った強力な魔道具だった。
そしてその八卦炉には大きなヒビが入っていた。
霖之助は大きな溜息を吐いた。
「魔理沙、君ってやつは……。あれほど大事に使えと言ったじゃないか」
「私は普通に使っただけだぜ」
「普通に使ってたらこの僕が作ったミニ八卦炉がそう簡単に壊れるはず――」
そこではたと気づいた。そうだ、そう簡単に壊れるはずがないのだ。この八卦炉は魔理沙の魔力に合わせて設計されている。魔理沙の魔力の限界値から大きく外れた出力でないかぎり壊れるなんてことはあるはずがないのだ。
よく見ると魔理沙の顔は泣き腫らしたあとのような顔になっているし、袖の隙間から包帯が見え隠れしている。
「魔理沙……何か、あったのか?」
「……何のことだ?」
答えるまでにほんの一瞬間があったことに霖之助は気づいた。
「……いやなに。ちょっと顔色が悪いように見えてね」
「ああ、キノコが中ったかな。食べると一時的に体の大きさが倍になるから面白かったんだが、あれはもうやめておこう」
「得体の知れないキノコを口に入れる癖は直したほうがいい。とにかく、何もなかったのならそれでいいさ」
「ああ、何もなかったぜ。ついでに言うとお茶もない」
「はいはい」
霖之助は魔理沙のお茶を淹れに席を立った。
(全く、嘘が下手な子だ)
何年も付き合っていれば、それくらいはわかるようになる。
(軽口を叩くくらいの元気はある様だが……やせ我慢だな)
しかし、ちょうどいい。思考する時間ができた。
あの怪我は恐らくスペルカード戦で負けてできたものだろう。しかしそれをなぜ隠すのか? いつもの魔理沙なら包み隠さず全部話して(聞いてもいないのに)次こそは勝つ、と息巻いて出て行くはずだ。それを隠す、僕にさえ言えない理由……。
まず、隠すという行動の原因として恥ずかしい、やましい、驚かせたいという感情が挙げられる。
今回の場合、魔理沙の表情から察するに僕を驚かせるためとはどう楽観的に考えてもないだろう。
となると残る2つだが……まあ、まず前者だろう。
魔理沙は常に自分に自信を持っていて、自らが取った行動に後悔はしない。魔理沙のことを捻くれていると思っている人間は多いようだが、実は誰よりも真っ直ぐな子だ。
そうなると恥ずかしい、という感情が今回の行動に繋がることはまず間違いないだろう。魔理沙は変なところで意地を張るからな。ああ、こういうのを捻くれていると言うのか。
恥ずかしいという感情、そして八卦炉のヒビ。そこから導き出される答えは、1つ。
「マスタースパークの撃ち合い」
それ以外にない。相手は風見幽香か。立てば爆薬座ればドカンな花の妖怪だ。よくあんな怪物に戦いを挑もうとするものだ。常に前を向いて進んでいる魔理沙らしいといえばらしいが……。
風見幽香と対戦し、マスタースパークの撃ち合い、そして敗れた、と。
ふむ、つまり魔理沙は……フラれたわけだ。自分の魔砲に。
なるほど、確かにフラれることは恥ずかしい。更に、魔理沙は恋の魔法使いを謳っている。
恋の魔法使いが恋の魔砲にフラれてちゃ世話ないぜ、と言ったところだろうか。
そして相手はあの、アルティメットサディスティッククリーチャー風見幽香だ。倒したら倒したままということはまずあるまい。敗れた魔理沙に向かって、一番効果的に心を抉る言葉を放ったはずだ。
二番煎じ、と。
推測の域をでないが、ほぼ間違いないと見ていいだろう。背景は見えた。
さて、あとはどうするかだが……。
霖之助は視線の先に『あるもの』を見つける。というよりそれが目的で台所にきたのだが。
「ふむ」
しばし思考を重ねる。
「よし、これでいこう」
「やあ、待たせたね」
魔理沙の前にお茶を置く。
ふくれっ面で魔理沙が答える。
「ああ、待ったぜ。お茶ひとつ出すのにわざわざ茶葉作りから初めてくれるとは光栄の至りだ」
「季節が変わるほど待たせた記憶はないのだがね」
「幻想郷の季節は1日で変わるぜ」
「それは異変時だけだ」
というか1日も待たせてはいない。
不意に魔理沙が真剣な顔を見せた。
「香霖。八卦炉の修理について、頼みがあるんだが……」
「ふむ。加湿機能をつけてキノコの栽培にでも使う気かい?なんなら消臭機能も一緒につけようか」
「そいつは魅力的な提案だな。是非つけてもらいたい。だけど今回は見送っておこう」
魔理沙は意を決して言った。
「八卦炉の出力を上げてくれ」
「ふむ……」
思案顔を作り、尋ねる。
「それは、なぜだい?」
魔理沙の目が少し泳いだ。
「特に理由はないぜ。私は普通の魔法使いだ。普通に成長もするさ」
「なるほどね。出力を上げるのは構わない。が」
「が?」
「魔理沙。魔法使いの成長とはいかなるものかわかるかい?」
「さあな。魔力が上がることじゃないのか?」
「半分正解だ。魔力とは精神の力。精神が鍛えられ研ぎ澄まされれば魔力は上がる。だから魔女なんかは肉体的には衰えても魔力は上がり続ける」
「なるほどな。パチュリーなんかはその典型だな」
「ああ。だから心に何か問題を抱えていたら魔法使いは成長できない」
ぴくっ。
その言葉に魔理沙は反応しかけた。
「成長していない心のまま、無理に出力を上げたら体がついていかずに壊れてしまう。元々魔法は外法。一歩間違えれば大変なことになるから八卦炉の調節は慎重になっていたんだ」
魔理沙の顔色が青くなっていく。
ずず……。
お茶を啜る。
「ふう。うまい。一応聞いておくが魔理沙、今何か心に…………おや?お茶が全然減っていないじゃないか」
「あ、ああ……」
「せっかく淹れたんだから味わって飲んでくれよ」
「そうだな……」
ずず……。
「!」
魔理沙の顔に驚きの表情が広がる。
「美味いなこのお茶。どうしたんだ?いつもはこんな高級な茶葉は使ってないだろ」
「いや、これはいつも君に出してるお茶と同じものだよ」
「嘘だろ。全然味が違うじゃないか」
「ああ。君はいつも新しく淹れろと言うから飲んだことがなかったんだな。これはね……」
一呼吸置いて言う。
「二番煎じだよ」
「……え?」
呆けたような顔で魔理沙が声を出す。ここまで素の魔理沙も珍しい。
「魔理沙。僕は常々思っているんだが、二番煎じという言葉がマイナスのイメージを持たれていることはおかしいと思わないかい?」
「へ、いや、そりゃ、そうだろ。二番煎じっていったらパクりとか猿真似とか、そういう意味でしかないじゃないか」
僕はわざとらしく溜息を吐いた。
「いいかい魔理沙。二番煎じとは言葉の通り、二番目に煎じたもの、つまりお茶だ。確かに二番煎じという言葉には、魔理沙が言ったような意味もある。しかしお茶に限って言えばどうだ。最初に淹れたお茶は葉が閉じきった状態からスタートする。だから多少の違いはあれど、どう淹れたって似たり寄ったりだ。
しかし二番煎じはどうだろう。一回お湯に触れたおかげで程よく葉は開き、味が出やすくなっている。かと言って何も考えずに淹れていいことはない。葉が開いているのだから一番目より繊細だ。お湯の温度、蒸らし時間、季節、気温、湿気。ファクターを挙げ出したらきりがない。それほど二番煎じは奥が深いんだ。
そう、二番煎じには無限の淹れ方がある。無限の可能性を秘めているんだよ。そのことを知らずに悪い意味で二番煎じ二番煎じ言う人の気がしれないね」
「…………」
ずず……。
お茶を啜る。
静寂が香霖堂を包む。
「……ああ、そういえば話がまだ途中だったね。魔理沙。今、心に何か問題は抱えていないかい?」
「…………」
「魔理沙?」
魔理沙は俯かせていた顔を上げ、不敵な笑みを浮かべて答えた。
「おいおい。天下の霧雨魔理沙様を捕まえて問題はないかだと?そんなもんあったら恋の魔砲で吹き飛ばしてるぜ」
霖之助はニヤリ、という擬音が相応しい笑みを浮かべた。物事が万事計画通りに進んだときに零す笑みだ。
「そうか。じゃあさっそく修理に取り掛かろう」
◆
ザッザッザッ
1人分の足音が向日葵畑に木霊する。
来訪者の足音に気づき、風見幽香は興味なさ気に出迎えた。
「あなた、また来たの?正直言って、もうあなたには興味ないのだけど」
「まあそう言うなよ。これでもちょっとはパワーアップしたつもりなんだ」
「二番煎じがいくらパワーアップしたって言ってもねえ。わかってる?二番煎じなのよ、二番煎じ」
あの時の茫然自失とした表情が忘れられない。幽香は何度もその言葉を繰り返した。
相手の心を抉るだろうと放った言葉は、しかし魔理沙にはノーダメージだった。
「おう、うれしいねえ。最高の褒め言葉だよ。二番煎じ。もっと言ってくれていいぞ」
幽香が眉を顰める。
「やだ。なに、あなた。目覚めちゃったの?虐めても喜ばれちゃつまらないわね。さっさと終わらせるわ」
「ああ。こっちも今日は最初っからクライマックスのつもりだ。……いくぜ!」
(香霖……何度フラれても私は、恋、し続けるぜ。自分だけの二番煎じを極めるために!)
「幽香、これが私の二番煎じだ!!くらえ!!」
―― フ ァ イ ナ ル ス パ ー ク ――
~続け~
ただ、改行多すぎじゃないですか?
しかし隠れ努力キャラには燃えがあるww
マスパの理由は気になる人はなるでしょうが、
この話なら無くても問題ないかと思います。シンプルイズベスト的に。
>15
原作ではそうでもないですけど、自分の中ではこーりんはできるやつ!って感じになっちゃってます。誰に影響されたかは明白。
>16
見えませんよね。他に言い方が思いつかなかったorz
何かいいアイデアありませんか?
>25
そうなんですよね。答えに行き着くのが簡単すぎるよなあとは思ってたんですけど、膨らませられなかった……。
続けて書いてれば、きちんと作れるようになるのかなあ。
そういったコメントは大歓迎です。ありがとうございます。
二番煎じというワードを丁寧に扱っていて、全体の流れや魔理沙の成長が分かりやすく、オチは清々しい程に納得できました。
萌えっ気のない作品でしたが、一個の作品としては完成度は高いと思います。
良作でした。
が、ゆうかりんがただの暴君になっている感は否めない。これは大事な事。
充分褒めてます。ありがとうございます。
自分が力を入れたところを肯定してもらえると嬉しいですね。
ただおっしゃる通り、ゆうかりんがただの暴君になってしまったことが自分でも心残り。ゆうかりん好きなのに。
そういった偏ったことのないように、これから頑張っていきたいと思います。
ゆうかりんがいい女すぎるw
そこの言い回し結構気に入ってたので反応もらえて嬉しいです。
ごめんなさい。今のところこの話の続きは考えてないです。
色んなキャラクターを使っていきたいなーと考えています。
でもやっぱり魔理沙が一番好きなので、続きではないけど何かしら作るとは思います。
香霖堂にやってくるみたいな続編が読みたい
幽香もこれからどんどん出していきたいですね。
頑張ります。
二番煎じにそんな意味があったとは……。
良いお話をありがとう。
いやぁ、これが初投稿だとは思えません。
シンプルなストーリーながら、十分に気を遣っているのがわかります。だから雑な印象が無いので、読んでいて温かくなりました。
もっと大きな話にして読みたい、と思いつつもお茶の軽い蘊蓄が霞んでしまいそうなので、バランスが難しいですね。
>40
寒くなると、温かい緑茶をよく飲むようになります。
そんなときに思いついた作品です。
>41
ありがとうございます。
初投稿ということで、穴があくほど推敲はしたつもりです。
それでも後々読み返してみると、直せる部分はたくさんあるのが、文章の難しいところですね。
二番煎じ、いいですよ~。
ありがとうございますー。
しかし読み返してみると本当に荒削りで、恥ずかしくなってきますw
魔理沙らしさがでてて私は好きです。
あら、デビュー作を読んでくださるなんて、なんと嬉しいことでしょう。
ありがとうございました。