にわか弾幕初心者クラス
最近生徒達の様子がおかしい。
「それじゃ、例の場所に集合な」
「うん」
「あー、今日家の手伝いしないと」
「ばれないように急げよ」
「慧音先生さようならー」
「さようならー」
「…………」
授業も全て終わった放課後。
西日が窓からほとんど真横に差し込んできて室内を赤く照らし出す中、教材を整理する振りをしながら慧音はじっと聞き耳を立てていた。
生徒達は一応声を潜めているようだが、子供特有の甲高い声はよく通る。何やらこれからどこかへ集まるようなことを聞き取れた。
それを悟られないように、若干怪訝な表情をしながらも帰っていく児童達に笑顔を向ける。
「また明日。寄り道をするんじゃないぞ」
そう呼びかけると、子供たちは引きつった顔で互いに視線を交わし、妙に上ずった声で「はあーい」などと返して寺子屋からそそくさと出て行く。
「…………」
そうして全ての生徒たちが出て行った寺子屋にて、ぽつんと立った慧音は教卓に両手を突いて小さく溜息をついた。
何かがおかしい。
ここ最近、何か生徒達が妙にこそこそしているのだ。
授業中に私語が増えたし、何やら放課後になるのを心待ちにしている様子でいつもそわそわしている。
寺子屋からも一直線に帰っていないみたいだし、それに生傷がやけに多い。
もちろんあれくらいの年頃の子供たちだったら遊ぶ内に傷の一つや二つこさえて来るものだが、それにしたってここの所は多すぎるきらいがある。
隠れて何か危険な遊びでもしているのだろうか。もちろん遊ぶのは大いに結構だが、子供は時に歯止めがきかない場合がある。
大怪我をしてからでは遅いわけだし、危険性が高いなら教師として見過ごすわけにはいかない。
(私も過保護か……)
「……よし」
やはり今日にでも行ってみよう。
というのも、今朝になって足に包帯を巻いたやけに大きな怪我を負った生徒を見つけたのである。昨日までは無かった傷だ。
理由を問いただすと、「ちょっと転んで……」などと歯切れ悪く返してくる。そんな嘘が教師暦うん十年の慧音に見破れないはずがなかった。そもそもあの怪我の位置は転んで出来るものとしたらおかしい。
本来子供の遊びに大人が干渉するのはよろしくないと思っていてなるべく放っておいたのだが、親御さんから大切な子供を預かる身である。それ抜きでも大切な生徒達だ。
あまり褒められたものではないが、慧音は後をつけてみることにした。
夕方の人間の里は一日のうち最も活気に満ちている。
商売人の威勢のいい掛け声が飛び交い、道行く人々は影を長く伸ばしてあちこちに立ち寄っている様子である。
本来であれば慧音も道を歩けば口々に挨拶を交わすものだが、今はそんな余裕は無い。
子供たちは人の目を避けるようにさっさと裏通りに入り込んでしまっている。親か何かに見付かって咎められるのを避けているのか、やはり隠れてするような遊びをしているらしい。
危うく子供たちを見失いそうになった慧音だが、なんとか家の影へと消える子供たちを目の端で捉えて小走りになった。
『歴史を食べる程度の能力』によって自身の歴史を少々喰ってやれば身を隠すことは容易である。
早くに子供たちに追いついた慧音は狭い路地裏に入り込み、そのすぐ後ろを堂々と歩いていた。
(本当はこの能力をこういったことに使いたくなかったんだがな)
子供たちとの信頼関係を裏切ることになりかねないからだが、しかし生徒たちのためと自分に言い聞かせて慧音は尾行を続けていく。
一方、背後の先生にまるで気付かない子供たちは何やら興奮した様子ではしゃぎ声を上げていた。
「今日は負けないぞ!」
「私だって」
「僕最初がいい!」
「順番決めてるだろ?」
「そろそろトーナメントにしようぜ」
「二人組みもやってみたーい」
「あ、それいいな」
「…………」
何かスポーツみたいなものでもやっているのだろうか?
昨今は野球やサッカーなるものも幻想入りしていると聞く。道具がほとんど手に入らないみたいだが。
それにしても特段危険な遊びやらスポーツについては入ってこないように水際で(紫あたりが)防衛線を張っているはずだが。
とはいえ調査のために自身の能力を使うのはルール違反だと思う。
(まあ、多少危険なことでも直接注意するのはなしにしよう)
それがこの能力を使う条件と自分に課し、慧音は尾行を続けていった。
そうして子供たちがやって来たのは里から外れた所にある鬱蒼とした林の中だった。
妖怪の山とは反対方向にあり、魔法の森とも離れていて視界の悪い木々が生え揃っている。
ここは確かに妖怪が出ることも少なく比較的安全な場所で、前々から子供たちの遊び場になっているのは知っていた。様子を見に来たことも一緒になって遊んだことも何度かある。
その中の道無き道を子供たちは慣れた風にすいすい進んでいく。視界も悪いというのにほとんど減速無しに走っているのには、大人の慧音でさえもうっかりすると置いて行かれてしまいそうだ。
所々に生える桜の木が、陽の光の届かない林の中を街灯のようにぽつりぽつりと鈍い光を反射して僅かに照らしていた。
そうして林に入ってから少し歩いた先には、周囲が木々で覆われ広場のようになった場所があった。
夕日は木々で遮られているので差し込んで来ず、広場の周囲は仄暗い闇が木の隙間を埋めるように立ち込めている。
地面は固い土だが妙な点がある。
というのも、最近抉り取られたようにあちこちがぼこぼこになっているのだ。
それに周囲に生える木にも異常が見られ、幹にぼろぼろに傷がついて中には今にもへし折れてしまいそうなものもある。
そしてなにより、その広場には二十人ほどの寺子屋の児童のほぼ全員が集合していた。
(な……)
これほど多くの生徒達が集まっている事について慧音は驚きを隠せない様子であった。中には普段から隠し事をしないような真面目な生徒もいる。
家にも帰らずここで一体どんな遊びを?
こんな集まりをほとんど毎日行なっているのだろうか?
などと(隠れる必要は無いのだが)木の陰に身を潜めて慧音は状況を見守っていた。
がやがやと雑談をしていた一同だったが、やがて人数の揃ったことを確認する素振りを見せると、
「集まったみたいだし、それじゃあ始めようか」
普段のクラスでもまとめ役になっている男子児童が言うと、皆は一様に口を閉じると顔を輝かせて一箇所に集まってきた。
普段の授業中でもこんなすぐに静かにならないというのに。
些かショックを受けた慧音は気を取り直し、生徒達の声がよく聞こえるように木の陰を移動して近づいていく。
「最初は孝太と浩、次に千恵と理沙戸で、その次は……」
何やら紙切れを見ながら順番らしきものを決めていく。
「あれ、大樹は?」
「なんか用事あるんだって」
「隠れて特訓してるんだよ」
「ずるーい。だから最近強かったんだあ」
「ほら順番決め終わったからさっさと始めようぜ」
「うん!」
そうして皆が一箇所に一列になって見守る中、二人の男子児童が広場の中央に歩み出て行った。
真剣な表情で向かい合い、どこか睨み合うように敵対的な様子だ。
(……?)
何やら不穏な空気を察した慧音が怪訝な表情で眉をひそめる中、まとめ役の男子児童が二人の中央に立って片手を上げる。
「それでは二人共位置について…………試合開始!」
(試合?)
まさか殴りあいでもするのだろうか?
そんな野蛮で危険すぎる遊びが流行っているというなら並々ならぬ問題だ。
そういうことなら今すぐにでも飛び出していって止めてやるが。
しかし中央の二人は互いに距離を取りながら横に走り出す。
間合いを計っているような、機会を伺っているような、どうやら接近して殴りあう気配は無さそうである。
(……なんだ?)
慧音が怪訝な表情をした次の瞬間、二人の児童は横に走り出しながら片手を相手に向けて掲げる。
そして、
ボッ! という発射音の後、二人の手の平から複数の弾幕が放たれた。
(んな――!)
慧音は思わず開いた口が塞がらなかった。
見間違いかと思ったが、どうやら紛れもなく弾幕を出している。ただの人間が、しかも子供だ。
無色の歪な玉弾だし弾速も遅く威力も無さそうだが、しかし弾幕に違いはない。
(ばかな――!)
そうこうしている内にも二人は空を飛びこそしないものの走りながら弾幕勝負を繰り広げ、弾幕の当たった地面は小さく抉れて土が巻き上げられ、木々には細かな傷が刻まれていく。
空も飛べていないしやはり弾幕の威力こそ低いみたいだが、
(た、ただの人間のはずの生徒達が弾幕を……)
慧音は思わず目を疑い衝撃を隠せなかった。
やがて弾幕の一つが片方の男子児童に命中した。
「うっ!」
すると肩を押さえてその場に蹲る。
(あっ!)
生傷が多かったのはこの所為か。
慧音がぎょっとして目をみはる中、
「はいしゅーりょー! 勝者、孝太!」
「やったあ!」
やんややんやと歓声を上げる生徒達。
被弾した生徒はほとんど怪我も無いらしく、悔しそうに立ち上がって児童達の方へ戻っていく。
(な……あ……)
これは弾幕勝負だ。紛れも無く。
最近は毎日のように児童達による秘密の弾幕ごっこが繰り広げられていたのだ。
「こ……これは……」
慧音はぶるぶると打ち震え、顔を俯かせて拳をぎゅっと握り締めていた。
こんな危険な遊びをしていたのもそうだが、大人たちに黙っていたことは十分叱るに値することだ。
「お……お…………おまえたちいい!」
能力も解除してずかずかと広場に踏み込んでいくと、児童たちは一斉にぎょっとした様子で厳しい表情の先生を確認した。
「げえっ! け、慧音先生!」
「どうしてここに!?」
「誰か告げ口したのか!?」
「や、やべ……」
「馬鹿逃げるな! お仕置きがきつくなるぞ!」
逃げることもできずに戦々恐々とする生徒達の前にずん、と立ち塞がる獣人が一人。
逃げなかったのは懸命な判断であった。おかげで彼らは頭突きを喰らわないで済むことになる。
「お前達……説明してもらおうか」
満月でもないのに今にも角が生えてきそうな慧音に睨まれ、一同は顔を引きつらせながらがくがくと頷いた。
「最初は見よう見まねだったんです」
胡坐をかいた慧音の前に生徒達は集められて正座をし、女子児童の一人が代表として話し出す。
「妖怪さんたちが弾幕勝負をしてるのを見て、私達もやってみたい、って……」
なんとか弾幕が出ないものかと手の平を掲げてみている内、ぽん、と何かのはずみで出来損ないの弾幕が出てしまったのがきっかけだった。
自分達でもその気になれば弾幕を出せる。
それは瞬く間に寺子屋の児童全員が知ることとなり、面白がった彼らは特訓を重ね、こうして弾幕勝負の真似事までするようになったというわけだ。
この集まりで色々と情報交換をして弾幕技術を探っていたらしい。中には特定の形に弾幕を変化させることの出来る生徒もいるのだとか。
「はは……」
慧音は引きつった笑みを浮かべ、冷や汗を止めるのに一苦労であった。
今や幻想郷の争いごとの常識となったあの派手で危険なスペルカード戦を、まさか子供が見よう見まねで出来てしまうとは。
恐ろしくはその上達速度か。
たったの一ヶ月かそこらでさっきのような弾幕を展開するまでになったらしい。いやまだまだ未熟であるのだが。
妖怪か、もしくは魔法や特殊な術を修めた一部の特別な人間にしか出来ない芸当だと思っていたが、どうやらその常識は通用しないことになるようだ。
「大人に知られたら危険だって言って止められると思って……」
「…………」
それはそうだ。弾幕勝負といえば後には決まって怪我人が出てしまう危険な決闘方式である。
やっているのがほとんど妖怪なので怪我もすぐに治ってしまうのだが、人間の場合はそうもいかない。
本人は至って元気そうだったが、前は魔理沙が全治一ヶ月ほどの怪我を負っていた。子供であればそれだけでは済まないだろう。
「先生、黙っててごめんなさい」
そう言ってばらばらに頭を下げ始める児童たち。
「…………」
慧音は胡坐をかいたまま腕組みをし、さてどうしたものかと考えていた。
言われてみれば、あの派手で人気のあるスペカ戦に憧れ、自分もやってみたいと思うのも無理ないのかもしれない。まさか子供たちに実際にできるとは思ってもいなかったが。
自分も弾幕勝負をすることはたまにあるが、たまたま居合わせた児童は決まって応援をしてくれる。教える立場の者がやっておいて児童に対しては頭ごなしに禁止するのはどうかと思わないでもない。
それにスペルカードルールは少々退屈で倦怠感の漂っていた幻想郷に新たな風を吹き込んだ画期的な決闘方式であり、今や新たな常識ともなっている。
それをそう簡単に否定するようなこともできない。この子供達が弾幕を習得しだしたという事件をきっかけに弾幕勝負自体に悪影響が及ぶようなことは避けたいからだ。
とはいえ弾幕勝負は危険だ。親御さんから預かる大切な子供たちにそんなことをさせていいのか、という不安は拭えない。
怪我をしてからでは遅いのだ。
(これは私一人で判断すべきものでもないな)
一時保留、子供の親達などと話し合って決めるべき問題だ。
慧音は深く溜息をついてから諭すように話し出した。
「弾幕勝負は危険だ。ましてや人間であり体の弱い子供であるお前達なら尚更だ。怪我をしたのが私ならすぐに治るが、お前達はそうではない。それは分かるな?」
「「……はい」」
しゅんとなって縮こまる児童達。もちろん危険性を分かっているからこそこうして隠れて事に及んでいたのだろう。
「とはいえお前達が魅力を感じるのも無理はないと思う」
「え……それじゃあ」
笑顔になりかけた生徒達を、しかし慧音はぴしゃりと遮った。
「お前達の弾幕勝負の是非については話し合いの上に決定する。それまでは禁止だ」
「「えー!」」
「…………」
一斉に不満を口にした子供たちだったが、慧音が何も言わずにじっと見やっていると、すぐにしゅんと黙って顔を俯かせていった。
先生としての慧音の威厳は確立されているので、いくら不平不満を零した所でどうにもならないことは分かりきったことではあった。
「約束してくれるな?」
問いかけるというよりは確認するように言うと、やがて生徒達は「はーい……」と不満をありありと滲ませた返事をまばらに零していった。
弾幕勝負がよほど面白かったのか、諦める事など容易にはできない様子である。
そんなくたびれた空気を入れ替えるように慧音は大仰に溜息をつく。
「さ、今日は解散だ。まっすぐ家に帰るんだぞ」
「はーい」
そうしてとぼとぼと家路についていく児童達。
それを見送りながら慧音は今後のことに思いを巡らせていた。
(とりあえず親御さんたちに話をしてみるか)
全面禁止ともなれば子供たちの不満が爆発しそうだが。そうなると児童の説得には苦労しそうだ。
(妥当な落とし所はなんだろうな)
今からそこまで考えても詮無い事か。
「ふう……」
陽も落ちかけ、茜色がぼんやりと滲む西の空を慧音は困った様子で眺めていた。
数日後。
博麗神社の縁側で事情を聞かされた霊夢は、驚きを隠せない様子で隣に座る慧音を見やった。
「子供たちが弾幕勝負って……」
「本当だ。まだまだ未熟だが、訓練次第で威力のある弾幕も作れるようになりそうだ」
「はあ……」
引きつった苦笑いを零しながら霊夢は冷や汗を浮かべる。
よく晴れた休日の昼下がりである。
春も本番を迎えた頃合、境内に生えた桜の木々は狂い咲きの一歩手前でなんとか踏みとどまっているようにゆらゆらと風で揺れ動いていた。
大瑠璃がどこか遠くで鳴き声を上げ、それに応じるように無数の鳥が鳴き交わし、その無秩序なさえずりがひとしきりのどかな空気を少々騒がしく震わせたかと思うと、何を思ったのかある時一斉に鳥達は鳴きやんで静寂が訪れる。
「まさかそんな事になってるなんてね……」
霊夢は苦笑いを浮かべながらお茶を飲む。
珍しい客人が訪れたかと思ったらまさかそんな情報が舞い込んで来ようとは。
色々とおかしな出来事が巻き起こる幻想郷だが、子供たちまでもが常識外れだったというのか。
(私も博麗の色々な術を覚えるのには苦労したんだけどなあ……)
子供たちは一ヶ月かそこらで弾幕を発生させるまでに至っているという。
好きこそ物の上手なれ、とはこのことか。少し寂しくもなる。
「親御さん達とも色々と話をしてみてはいるんだが……」
「親達はなんて?」
「反応は様々だな。遊びだからと容認する親もいれば驚いた様子で叱り付けようとする親もいる。何しろ弾幕勝負は幻想郷の正式な決闘方式だからな、結論を出すまではそんなに怒らないようお願いをしてはいるんだが……」
「はあ……大変ねえ」
霊夢はまるきり他人事の様子であった。
「今度親達の集まりを開くことになってな、その前に、ということでお前に話を聞きに来たんだ」
「へ? なんで私?」
きょとんとする霊夢に向け、慧音は軽く肩をすくめてみせた。
「お前はスペルカードルールの創始者だろう。子供に禁止すべきかどうすべきか、何か考えはないのか?」
「ええ? そう言われても……」
霊夢は困ったように頭をがしがし引っ掻く。
「私も軽い気持ちで創った決闘方法だし……妖怪たちが思いっきり戦えなくてなんだかぴりぴりしてるのに嫌気が差して、『それならこれで思いっきり闘いなさい!』っていう感じだったわね。最初に案を出したのは私だけど、詳しく手直ししたのは妖怪の賢者達よ?」
そんな子供がやるとかなんとかまで考えてなかったわよ。というかほとんど何も深く考えてなかったのよ。
そう言うと、慧音は本当に困った様子で深く息を吐いた。
「そうか……」
「魔理沙なら喜んで子供たちに教えに行くと思うわよ?」
「だろうな。だからあいつには相談できないんだ」
魔理沙が教えた所為で子供たちがマスタースパークを撃ち始めては敵わない。そんなまさかだが、案外本当にやりかねないので不安になってしまう。
その後、霊夢からしたらいつになく真面目な話し合いをしばらくの間続けた後に、「よし」と掛け声一つ出して慧音は立ち上がる。
「邪魔をしたな」
「まあ頑張りなさいよ」
面倒事は御免なのか、あくまで他人事の様子で適当に見送る霊夢だったが、その後慧音が言ったことに思わず耳を疑った。
「場合によってはお前に話し合いの場に出てきてもらうことになるかもしれない」
「ええ!?」
霊夢はぎょっとした様子で目を見開いた。
「ちょ、ちょっとなんでよ!?」
博麗霊夢といえば幻想郷の守護者たる博麗の巫女。どんな妖怪にもためを張る自信はあるが、親は無理だ。あれはどんな妖怪より怖い。
「創始者の責任というものがあるだろう。色々と考えを煮詰めておいてくれ」
「嫌よそんな面倒くさい! 責任とか知らないわよ!」
博麗の巫女が放つ無責任な言動の数々に、しかし説得は無理とそうそうに判断した慧音は聞く耳を持たないことにして片手を上げて軽く挨拶をする。
「それじゃあな、頼んだぞ」
「ちょっと慧音ー!」
確かに霊夢に直接の責任は無いのだが、創始者だなんだと言われると言い逃れ出来ない気もしてくる。
忙しそうにさっさと飛び去っていく獣人を、霊夢は呆然とした面持ちで見送っていた。
「そ……んな……」
そして少ししてから呆然と呟く。
「うう……スペカなんて作んなきゃよかった……」
後には縁側にがくりとうな垂れる霊夢が残された。
その翌日。
「先生さようならー」
「はい、さようなら」
寺子屋から次々と生徒達が帰っていく頃合、慧音は名簿を開いて生徒達の名前をチェックしていた。印が付いているのが既に家庭訪問を終えた家である。
既に半分ほどの家庭を回ってみたが、基本的に幻想郷の住人は平和ボケしているので子供が弾幕ごっこをしていると聞いてもそこまで躍起になって反対はしてこない。
しかし実際に弾幕勝負のプレイヤーである慧音からしたら危険な遊びなのはよく分かっているので、軽い気持ちで手を出してほしくないとは思っていた。
今でこそ威力の無い弾幕を出す子供達だが、弾の先を鋭く尖らせるなど少ない力で危険な威力を出す技術は存在する。事故があってからでは遅いのだ。
そんなわけで気を引き締め、さて今日行く家庭は……と確認していると、一人の女子児童がとことこと教壇の所までやって来た。
「慧音先生、あの……」
「ん? 小春か。どうした?」
小春は花屋の娘さんである。
栗色の髪の毛を短く切った十歳ほどの少女であり、明るくしっかり者なのだがここ最近は妙に張り詰めたような表情をよくしている。
「やっぱり弾幕、駄目になりそうですか?」
「ん? うーん……」
やはり真面目な小春でも弾幕ごっこが禁止になりそうなのが嫌なのだろうか。確かに気持ちは分からないでもないが。
「さあなあ、それをこれから話し合っていくんだ。今日は小春の家にも後から行くからな」
「はい。その……」
気まずそうにしていた小春はおもむろに頭を下げた。
「ごめんなさい。危険だって分かってて隠れてて、先生にも黙ってて……」
「……ああ」
しっかり者の分、弾幕ごっこが発覚する前から人一倍責任を感じていたのだろう。
厳しい大人のルールよりも、時には子供の関係を大事にすることも重要だ、とも思ったので個人を叱り付けるようなことはしなかったのだが。
「お前一人が気に病むことじゃない。お前達が弾幕勝負に憧れるのも無理ないことだしな」
「でも……」
まだ悪い気が抜ける様子の無い少女に慧音は溜息をつき、安心させるように笑みを作ってみせる。
「弾幕勝負で霊夢は幻想郷の異変を解決していったんだ。悪いことなんかじゃない。弾幕によって私達を守ってくれたわけなんだから」
「守る……」
「そうだ。大人たちもそれを分かってるからな。お前たちの弾幕ごっこはまた別の話だが、スペルカード戦が否定されるようなことにはならないだろう」
「そうですか……良かった」
紅い霧が立ち込めたり冬や夜が終わらなかったりといった身勝手な迷惑ごとに振り回されていたのは巫女だけではない。人間の里もそれは大騒ぎであった。
紅霧異変の時は商売上がったりだったし、春雪異変の折は毎日雪かき、永夜異変においては生活リズムが大いに乱れて夜更かしをする子が続出した。
それを解決してくれた博麗の巫女、ひいてはスペルカードルールを歓迎する機運は人々の間に少なからぬ高まりを見せていた。
博麗神社の株も急上昇したのだが、これもスペカルールの副産物なのか同時に人外達が神社に寄り付くようになり、妖怪の溜まり場という噂が広がってしまって相変わらず参拝者はほぼいない状態である。
「さ、そろそろ帰るんだ」
促すと、小春は先生の顔を見上げて小さく笑みを作った。
「はい!」
やがて寺子屋から児童は全て帰っていき、西日の差し込む教室にぽつんと佇む慧音は一つ息を吐いた。
「…………さあて」
気を取り直し、子供の弾幕ごっこの是非について家庭訪問で聞いて回るため、慧音は寺子屋を後にした。
小春が実家の花屋に帰ると、そこには店先の花まで全て満開になっている様子が見て取れた。
色とりどりの花が店を埋め尽くすように咲き乱れ、そのあまりの華やかさに誘われたのか道行く人も歩みを止めて見入ったり思わず買って帰る者もいる。
父親が忙しそうに働いている様子が見て取れた。
今日家を出るまではこんなに咲いていなかったので、ほんの数時間でこの状態になるのは異常とも言える。ほとんど苗の物もあったはずだ。
「あっ!」
しかし小春はそれを見て顔を輝かせた。
知っていた。毎年一回だけ花屋に起こるこの不思議で素敵な春の現象。
「ただいまー!」
大急ぎで裏口から家に入り、家族への挨拶もそこそこに荷物を放り出して家の中を駆け巡る。台所などにも目をやり、どうやら誰かを探しているようだ。
そして居間の襖を開けたとき、そこにはちゃぶ台の脇にちょこんと座ってお茶をご馳走になっている一人の妖精の姿があった。
「リリー!」
春告精、リリーホワイトの姿を確認した小春は万遍の笑みを咲かせて妖精目掛けて抱きついていった。
そんな少女に押し倒されそうになりながらも、リリーはなんとか優しく支えてやる。
「こらこら、リリーさんが困ってるでしょう?」
同じくちゃぶ台の脇に座っている母親からの注意もどこへやら、いきなり抱き付かれてもにこにこ笑顔を絶やさないリリーに小春は頬をこすりつけて微笑んだ。
「だって一年ぶりなんだもん。また会えてよかったあ」
リリーホワイトは春を告げる妖精であり、彼女の近くでは花の種が芽を出し葉を付け花を咲かせる。
花屋などにとってはありがたい存在なので、こうして毎年歓迎するのがならわしとなっていた。
とりわけ小春はこのいつも笑顔でいる愛らしい妖精のことが大好きで、それこそ小春が生まれる前からリリーはいるのだが、毎年春になるとやってくるこの妖精を心待ちにしていた。
「それじゃあリリーさんと仲良くね。私は店番してくるから」
「はーい」
娘にリリーの相手を任せ、母は店のほうへと髪を直しながら出て行った。
年に一度の花屋が最も華やぐ日に誘われて、店先には相変わらず大勢の客達が訪れている。父と母は大わらわで対応に追われていた。
そんな忙しい中でも、リリーのおもてなしをするという大義名分があれば思い切り一緒にいられる。
「ねえねえリリー。話したいことがいっぱいあるの。もう、どうしてあなたって春にしか来ないのかしら」
ぷうっと小さく頬を膨らませる小春に対し、リリーは相変わらず無言でにこにこしているだけだ。
この春告精は春である事を告げるために生まれたような存在なので、それ以外は基本的に無口である。
しかしこうして小春と一緒にいる時はたまにその耳元でこっそりと、春ですよー、とは別のことを囁いてくれるので、そうすると小春は他人の知らないリリーを知っているようでなんだか嬉しくなるのだ。
「それでね、弾幕ごっこが流行ったんだけど、慧音先生に見付かって禁止になっちゃったの」
何も喋らずににこにこして耳を傾けているリリーの隣に座り、小春は一年分の会話の全てを洗いざらい吐き出すように一方的に話を続けていく。こんなやりとりも昔から続いてきたことだ。
「ねえリリー、覚えてる? 昔私が誤って店のお花を踏み潰しちゃった時、お父さんもお母さんも別にいいって言うんだけど、私は大切なお花に自分で酷い事をしたことに悲しくなって泣いちゃって。そんな時にあなたが来てお花を生き返らせてくれたのよね。あの時は本当に嬉しかったなあ」
そうして話していく内、相変わらず笑顔を絶やさず黙っているリリーに向けて、小春は不意にどこか得意そうな笑顔を浮かべると、
「そうだ」
と呟き、手の平を天上に向けて差し出した。
きょとんと首をかしげるリリーに、小春は「見ててね」と言って手の平に感覚を集中させていく。
すると次の瞬間、
ポン、とピンク色をした手の平に収まるくらいの花形の弾幕が一個生み出された。
形はあまり整ってはいないが、弾幕を練習してたった一ヶ月かそこらにしては上出来すぎる出来栄えである。
驚いたような顔をするリリーの目の前でふよふよと宙を漂っていた花形弾幕は、やがて空気に溶け込むようにしてすうっと消え去っていった。
「えへへ。どうかな、お花の弾幕。形を整えるのに苦労したのよ。やっぱり私お花が好きだからこれしかないって思って頑張ったの。うちの常連の幽香さんの弾幕を参考にしたんだよ」
照れくさそうにして様子を窺ってくる小春をしばしきょとんとして見つめていたリリーは、やがて穏やかな笑顔を咲かせると、少女の耳元に口を近づけて何やら小さく囁いた。
「…………」
それを聞き、小春は心底嬉しそうに頬に大きなえくぼを作った。
「ほんと? ほんとに綺麗?」
笑顔のまま無言でゆったりと頷くリリー。
「やったあ! あなたに見せるために頑張ったのよ!」
そうして談笑に花を咲かせていた二人だったが、リリーはやがて小春の耳元に囁いてからそっと立ち上がった。
「行っちゃうの?」
ひどく残念そうな顔をする小春に、リリーはいつもの笑顔に若干寂しそうな影を落として頷いた。
春告精は幻想郷の各地に春を告げていかなければならない。それが彼女の存在理由であり、いつまでも一所に留まっているわけにはいかない。
そうなのだが、
「…………」
しかし小春はどこか暗い表情になると、やがておずおずと問いかけた。
「あの、リリー…………あなたって、その、この後はどこに行くの?」
するとリリーは、妖怪の山に行く、と告げた。
「…………そ、そう」
異様な不安感に包まれた小春は何か言いたそうにして、しかし何も言い出せずに口をぱくぱくさせている。
何やら顔を落としたままの少女に首をかしげていたリリーは、やがて笑顔になるとおもむろに小春の頭へと手をかざした。
すると、
ポンッ、と音を立てて小さな一輪の山吹の花が現れた。鮮やかな黄色が少女の栗色の髪の毛を明るく彩る。
「あ……お花……」
自然と笑顔になった小春を満足そうに見ていたリリーは、やがて店先から外へと出て行った。
「あ、リリーさん。来年もまた来てくださいね」
忙しそうに店番をする母親に笑顔で会釈を返し、周囲の客達にも和やかに見送られ、リリーは空へと飛び立っていった。
「リリー! またねー!」
後には必死に声を張り上げる小春が残される。風に乗ってリリーの声が聞こえた、気がした。
「…………」
しかし小春の表情はすぐに暗く落ちてしまう。
両手をだらんと垂れ下げ、両の拳に自然と力がこもってしまう。
というのも、ある一つの噂を聞いていたからだ。
リリーを春以外に見ない理由。
――リリーホワイトは毎年妖怪の山へ春を告げに行って、そこで妖怪に喰われているらしい。
春の妖精なので死んだ場合はまた次の春に再生されるのだとか。
また復活するとはいえしかし、喰われる。
大好きな妖精のリリーが、恐ろしい妖怪達に。
「リリー……」
店先では両親が忙しそうに店を切り盛りしているが、友達と別れた所為かどこか放心した様子の娘を見て気遣ったのか、少し放っておいてやることにしたようだ、店を手伝えとは言わないでいる。
しかし小春はまた別のことで思い悩んでいた。リリーが喰われているという残酷な噂。
――あなたは毎年そんな苦しい思いをしているの?
それが本当なのだとしたらやっぱり痛いのだろうか? 辛いのだろうか?
それなのに顔には出さないで毎年笑顔でいるというのだろうか?
そんな時、先ほど慧音が言っていた言葉が脳裏に浮かぶ。
『霊夢は弾幕によって私達を守ってくれたわけなんだ』
大切なものを守る。博麗の巫女はたまに人間の里で見かけるくらいだが、彼女も誰かのために戦ったのだろうか。
山の方へと遠ざかっていく妖精の姿をじっと見ていた小春は、歯を噛み締めて逡巡を見せていたが、
「…………」
やがてぎゅっと拳を握り締めてからその後を追って走り出した。
確かめなければいけない。
弾幕なら自分も出せる。友達を守ってやれるはず。
博麗の巫女のように戦える。
――あなたが妖怪に襲われるようなら私が助けるから。だから死なないで、リリー。
小春は人間の里を抜け、一直線に妖怪の山へと向かっていった。
「すみませーん」
「あら慧音先生」
小春が家を出たすぐ後、今日最後の家庭訪問先である花屋に慧音がやって来た。
忙しそうに店を切り盛りする小春の両親を見て、若干困ったように肩をすくめる。
「家庭訪問に伺いました。お忙しいなら後でも構いませんが、少々お話が……」
「ああはい。小春ー、慧音先生よー」
通りや家の中からは返事が聞こえなかった。
「…………あら、いないみたい。あの子どこに行ったのかしら。さっきまでリリーさんと一緒だったのに」
「リリーと?」
そういえば店の花々が見事に残らず満開になっている。
今年もそんな季節か。本格的に春が始まる頃合だ。
「はい。あの子ったらリリーさんに昔からべったりで……」
「はあ……」
慧音がふと空へと視線を巡らせると、そこには妖怪の山へと遠ざかっていくリリーの後姿が遥か彼方に見受けられた。
「…………」
妖怪の山の坂道を小春は全速力で駆け上がっていた。
ここもそろそろ春が訪れている。山桜が山の斜面に浮き上がるようにしてピンク色を付けているし、鳥や虫も皆つがいを作って軽やかに飛び回っている。
太陽の落ちかけた時分、夕日に照らされた山はあらゆる色が全て紅のカテゴリーに納められて僅かな違いを主張していた。
「はあ、はあ……」
見付かったら追い返されてしまうので時折上空を飛び交う哨戒天狗から身を潜め、やはり戻れと言われる河童を避けるために川の近くを迂回し、もはや道無き道を焦燥に突き動かされた小春は一心不乱に走っていく。
「はあ、はあ……リリー……どこにいるの……」
目印がない訳ではない。
あの小さな妖精の通った後には色とりどりの花の道が出来上がっており、これを辿っていけばリリーに追いつけるはずだ。
杏が桜に混じって花をつけ、その実に早速鳥達が群がってついばんでいる。
一際目立つ黄色は連翹(れんぎょう)か、細い枝を覆いつくさんばかりの花びらが咲き乱れている。
「大丈夫……だよね? 食べられてなんかいないよね?」
嫌な予感を振り払うように自分に言い聞かせていく。
白詰草のようにたおやかな笑顔の妖精。無口だけどとっても優しくて可愛らしい友達。
悪戯好きで知られる妖精の中ではとても大人しく、皆に愛される縁起も良い春の妖精。
それが喰われるなど、そんな残酷なことがあっていいわけがない。
「待ってて……リリー」
そうして視界の悪い山道を走っていた時のことであった。
バキ グシュ
と何かを潰す嫌な音が聞こえた。
「……?」
思わず足を止めた小春は、左手の方から聞こえるその音に背筋をぞっとさせた。何か生理的に嫌悪感を覚える不気味な音だった。
「なに…………?」
前方へ目をやると、ここらで花の咲き具合はなりを潜めているようであった。
すなわち、リリーはこの辺りにいるということになる。
やけに赤い木蓮が闇の中で浮き上がっているのが目に付いた。
「はあ……はあ……」
ドクン、ドクンと自分の心臓の音が高く体の中で鳴り響く。
嫌な予感が頭の底からぼこぼこと沸いてきて、冷や汗が頬を伝って地面にぽたりと一滴が零れ落ちた。
森の中の暗闇が仄暗い不安となって小春の小さな体を押し潰そうとしてくる。
「リリー……」
友人の名を呼ぶと幾分勇気が沸いてきた。
意を決し、足音を立てないようにそっと慎重に不気味な音の方角へと向かっていくことにした。
バキ バキ
音が大きくなってきた。
もう帰ってしまいたい衝動に襲われながらも、妖精の友人の顔を思い浮かべて必死に足を前へと送り出す。彼女の無事を確認するまでは帰るわけにはいかない。
本当は毎年食べられているなんて嘘で、今頃はもうどこか別の場所へ飛んでいってしまっているのならどんなに良いことか。
まだ太陽も沈みかけたばかりの頃合だというのに、前方には背の高い木の影によって鬱蒼とした暗闇が垂れ込めていた。
そうして一つの木の陰からそっと顔を出した時のことである。
「――!」
小春は声を出さないようにするために必死に手で口を覆い隠した。
グジュ ボキ
不気味な音を振り撒きながら、そこにいたのは一匹の大蛇であった。
胴体の直径は一メートルほどか、全長十メートルはありそうで、大の大人でも簡単にぺろりと丸呑みしてしまいそうだ。
鱗で覆われているのかぬめぬめと鈍く光り、伸びたり縮んだりといった体の蠢く様は巨大な虫を思わせる。
全身に虎のような黄色と黒の縞模様がかかっていて、今は上半身にあたる部分を垂直に持ち上げて何やら口元をもごもご言わせている。
知能も低い危険な妖怪である。見付かったらどうなるかは想像に難くない。
(こんなときに……!)
こういった妖怪からは即座に逃げるよう指導されている。いざという時は周囲の話せる妖怪に助けを求めろ、とも。
しかしリリーはどこへ行ってしまったのだろうか。いや今はこの状況を脱することも重要だ。緊急時にはまず自分の身の安全を確保しろと言われている。
どうやって逃げようかと緊張している小春の目に、しかしその大蛇のもごもごいわせている大きな口の光景が飛び込んできた。
「…………?」
よく見てみるとその口元からは――
一人の妖精の片手が飛び出ていた。
白い袖はぼろぼろに引き裂かれていて赤く汚れている。
だらんと何の力もこもっていない様子の腕はずたぼろで肉が裂け、血が指の先から伝って地面に滴り落ちていた。大蛇が口を動かすと揺れ動き、細かに震えて血飛沫を振り撒いている。
「あ……あ……」
小春の体全体ががくがくと震え、顔は青ざめ視界が色を失って真っ白になっていく。
笑う膝に必死に力を込めて冷たい地面を踏みしめ、歯がガチガチとうるさく鳴ってしかし止める事が出来ない。
あの腕に見覚えがあった。忘れるわけがなかった。かつては小さく綺麗な白い腕。
ついさっきまで一緒にお茶を飲んでいた春の妖精。小春の大切な友達。
リリーホワイトが喰われていた。
「ああああああああああああああ!」
気付けば叫び、咄嗟に全力を込めて弾幕を発射していた。
もはや弾幕を作る上での癖にもなっている花形のそれは一直線に飛んでいき、食事中で隙だらけの大蛇に体に直撃する。
「グクッ!」
妙な悲鳴を上げて思わず口を開き大蛇が突き飛ばされていくと、その口の中からリリーが吐き出されて地面にぼとりと落下した。
その間も妖精はほとんど動かなく、だらんと全ての力を失ったかのように片手を腹の上に、もう片手を地面に置いて横たわってしまう。
「リリー!」
今にも泣き出しそうな悲痛な面持ちで友人に駆け寄った小春は、しかし目を瞠りその怪我のひどさに戦慄した。
綺麗な白の服など見る影も無く、体の至る所から血が吹き出し、足は二本とも折れて捻じ曲がってしまっている。口が動いて必死に呼吸しようとしているのでなんとか生きてはいるようだが、その瞳はどこにも焦点が合っておらず、肺が潰れているのかひゅーひゅーといった呼吸音しか聞こえてこない。
さらさらだった髪の毛は多くが千切れて顔にこびり付いている。
ほとんど血の塊となっている凄惨な様相であった。
呼吸をしようとしたのか何かを喋ろうとしたのか、その口から、ごぷり、と大量の血が吐き出される。
「り、リリー……そんな……」
遅かった。大切な友達なのに、こんなひどい怪我を負って苦しそうに喘いでいる。
「あ……ああ……」
やはりリリーは喰われていた。春以外に姿を見ないのは、いつも喰われてしまっているから。
毎年こんな辛い体験をして、それでも春になれば変わらず笑顔を振り撒いて飛び回っているのだ。
自分は何も知らなかった。
暢気に彼女とお喋りをして、その笑顔の裏に春告精としてのどんな覚悟があるのか分かってもいなかった。
「ごめん、なさい、ごめん……気づかなくて……私が、もっと早く、来ていれば……助けてあげられれば……!」
「グリルリルルルルル」
小春の思考を遮るように奇妙な唸り声を上げつつ、大蛇がこちらに向き直ってきた。
威嚇をしているようだが、しかし小春の恐怖を怒りが上書きしていく。
本来であれば逃げるべきなのだが、足元のリリーの存在と自身の手の平に溜まっていく力の奔流がその選択肢を遮ってしまう。
「よくも…………」
零れそうになった涙を拭い去り、小春は大蛇目掛けて手の平を掲げた。
「よくもリリーをお!」
無数の花形弾幕が発射され、全力を込めているのだが所詮は子供、威力も速度もさほどない。
しかしそれを見た大蛇の反応はやけに大きかった。
「グルウルル!」と呻き声を上げ、ひどく慌てた様子でするりと不必要なほど大きく回避していく。
弾幕の当たった木に小さな穴が空き、ゆさゆさと大きく揺さぶられて枝葉が舞い落ちた。
大蛇の妙に大きな怯えぶりに、小春はどこか自信を覚えて呼吸を整えた。
(……いけるかも)
続いてまたも花形の弾幕を放つと、大蛇は再び大きく回避をしてから辺りをしきりにきょろきょろと見渡し、相変わらずこちらに攻撃してくる様子はない。
(やっぱり弾幕は怖いのかな……?)
とはいえどうやらこちらの弾幕が当たる見込みは薄いようなのだが。しかし引くわけにはいかない。
リリーを庇う形で立つ小春はなんとかこの化け物を追い払おうと、あわよくば倒してしまおうときつく大蛇を睨みつける。足の震えも次第に収まってきた。
一方の大蛇は一人の人間の少女を視界に納め、しかしすぐに視線を外して何かを探しているようであった。
実の所、怯えているのは小春に対してでも弾幕に対してでもなく、その花形の弾幕が“とある大妖怪”を想起させるので恐怖していたのだが、その姿が見えないので不思議そうにしているのである。
「よおし……」
そんなことを知らない小春は、なんとか余力の残っている内にやっつけてしまいたいと思っているのか、恐ろしい大蛇に向けて果敢に花形弾幕を放っていく。
「グギルリルルル……」
しかしそこで周囲を窺っていた大蛇が視線を小春に固定させ、目がすうっと笑うように細まった後その色が変わる。獲物を前にした捕食者の目つきだ。
辺りの気配をうかがっていた大蛇はとうとう気付いたのだ。花の大妖怪はいないということに。目の前にいるのは美味しい餌だということに。
防御に回っていた態勢を攻撃へと入れ替える。
するりとその巨体で軽やかに小春の弾幕を避けた後、大蛇のいた地面が、ボンッ、と弾幕に小さく抉られるが化け物は構うことはしない。
そしてもう攻撃をためらわない大蛇はその大口をがぱりと自身の直径以上に大きくこじ開けた。
涎が滴り落ち、ぬめりと光る牙にはさっきまで口に含んでいたリリーの血がべったりとこびり付いている。
「え――」
突然の攻勢。なぜさっきまで怯えていた大蛇がいきなり攻撃に転じてきたのか分からない。
しかも素早い攻撃にまだまだ子供で未熟な小春はとうてい対応できはしない。
その一瞬、目を閉じることもできず、洞窟のような暗い口内が迫ってくるのをただ目を見開いてじっと見つめることしか出来ない。
余りにも呆気なく、何もすることが出来ず、
――死ぬ。
その考えがよぎった時、とうとう小春は目を閉じることができた。
――ごめんなさい。
謝ったのは誰に対してか。親か、寺子屋の先生か、それとも妖精の友達に対してか。
死を前にすると子供であっても妙に冷静になるものだ、周囲の音がやけに耳に響く。大蛇が飛びついてきてその巨体で風を切る音や、おぞましい呼吸音までもが聞こえてくる。
そして、ドン! と衝撃音が響いた瞬間、
ああ死んだんだな、と諦めも滲ませた小春の全身からがくりと力が抜け落ちた。
膝がつく。両手も地面につく。思い切り地面にぶつけた膝が痛い。
が、それだけだ。
――あれ?
喰われてない?
恐る恐る目を開くと、
「あ……」
そこには銀髪を肩まで伸ばした一人の女性が立っていた。
頭の上に四角い帽子を乗せ、ここまで全速力で来たのか服に枝が引っ掛かって所々が擦り切れてしまっている。
肩で息をつき、あの巨大な大蛇を殴り飛ばしたのか右腕を振り上げたままの姿勢で化け物を睨みつける。
見慣れた女性だった。毎日のように通っている寺子屋で教師を勤めている獣人。生徒達みんなから好かれている綺麗で思慮深い小春も大好きな先生。
上白沢慧音が立ち尽くしていた。
「せん、せい……」
呆然と呼びかける小春に、しかし警戒を解いていないのか応じることなく無言で前方を向いている。
「…………」
慧音は小春とリリーを庇うように背を向けたまま大蛇をきつく睨みつけていた。
「グリルルルリル」
大蛇が起き上がると突然邪魔をしてきた慧音に敵対的な瞳を向け、その口から細く長い舌を出したり引っ込めたりする。どうやら威嚇を試みているようだ。
「おい」
しかしそれになんら臆することなく、慧音はいささか乱暴な言葉を大蛇に向けて投げかけた。聞いた者の心の底を冷やしてしまうような低くぶっきらぼうな声だった。
「私の生徒に手を出したら容赦はしない」
そのまま一歩前へ進むと、その気迫に押されたのか大蛇も一歩分後ろへと下がっていく。
これほどまでに冷たく厳しい慧音を見て、小春はこの先生がいつもどんなにか自分達に優しく接しているのかを実感した。そして、この大蛇に向かってどれほど厳しい感情をぶつけているのかも。
「グルリルルル……」
いまだに威嚇を続ける化け物に対し、慧音は苛立ったように声を荒げる。
「おい。私はなあ…………さっさと消えろと言っているんだ!」
慧音の掲げた手の平から無数の魔法弾が発射される。
「ギリルルルルル!」
大蛇が慌てた様子で回避をした後ろで魔法弾が炸裂した。
接触した地面が爆発するように抉り飛ばされ、樹木の決して細くはない幹が轟音と共に呆気なくへし折られて吹き飛び、大量の土埃を巻き上げて、ドドドド! と小規模な爆発音が連続して妖怪の山に高く轟く。
余波で大蛇が吹き飛ばされ、鳥達が一斉に木から飛び立っていった。
「あ……」
その破壊力に小春が呆然とする中、
「グリリルルルル」
敵わないと察したのか、大蛇は何か悲鳴のようなものを上げながら、濛々と立ち込める土埃の向こうへと体を木々にぶつけつつ慌てて逃げ去って行った。
さっきまでの轟音がどこへやら、一瞬にして静寂が戻って来る。
土埃がゆるやかな風に乗って少しずつ晴れていき、そこにはもう大蛇の影も形も見受けられなかった。
破壊を逃れた鈴蘭が砂まみれで震えている。
大蛇の行ったのを確認し、慧音はほうっと一つ溜息をついて振り返った。
「怪我はないか」
言われ、思わず座ったまま姿勢を正した小春は「は、はい!」と応じた。
やはり間近で見るとプロの弾幕というのは格が違う。自分などにわかもいい所だ。
が、すぐにはっとした様子で背後を振り向く。
「あ、り、リリーが!」
小春は慧音と共に背後のリリーの側へと慌てて駆け寄っていった。
「リリー!」
「これは……」
肉が抉られ血が止まることなく流れ出るリリーを見て、医療を齧った程度の慧音から見ても助かる見込みはもう無いと判断できる。
流れ落ちた血は地面に染みを作り、それが見る間に広がってきている。
「慧音先生! 早く、早くリリーを助けてあげないと……!」
「…………」
「慧音先生!」
苦虫を噛みつぶしたような顔をする慧音に不安感を増した小春は必死にすがりつく。嫌な予感がぐらぐら沸いてくると、それは小春のつま先から頭の上まで一気に駆け巡ってきた。
「助かります、よね? 大丈夫ですよね!? 先生!」
慧音先生は何でも知ってるから、困ったときに頼ればちゃんと解決へと導いてくれるから、きっと今友達が危機に陥っている時もなんとかしてくれると、そう期待を込めて見つめるのに先生は微笑んでくれない。硬く口を結んでいるだけだ。
辛い事実をどう伝えようかと悩んでいる顔をしている。
「…………」
やがて慧音が苦悶の表情で口を開きかけた、
その時であった。
リリーがぼろぼろの血まみれの震える腕をそっと伸ばしてきた。その瞳は小春のことをじっと優しく見つめている。
「リリー……?」
思わず壊れ物を扱うように伸ばされた手を優しく握ると、
ごぷっ、とリリーの口から大量の血が溢れ出る。
「リリー! 無理しないで、お願いだから……今お医者さんに連れてくから、だから、だから死なないで、お願い……」
小春の瞳から涙がぽろぽろと零れ落ち、リリーの頬に落ちるとこびりついた血を僅かに洗い落としていく。
そのリリーの表情は苦悶に満ちたものでもなく、毎年花屋を出て行く際に引き止められた時のような、どこか困った様子の穏やかな微笑みを浮かべていた。
「…………」
春告精は何か口をぱくぱくさせている。
「リリー……?」
「小春」
鎮痛な面持ちをした慧音はそっと教え子に呼びかけた。
「リリーの言葉を聞いてやれ」
「でも……お医者さんに……」
「小春」
強い口調の慧音に促され、呆然とした様子の小春は涙も拭わず、リリーの口元にそっと耳を近づけていく。
「…………」
あまりにか細く小さな声なので慧音には何を言っているのか判別がつかない。
リリーの言葉を小春は真剣な表情で聞き入っていた。
土埃も晴れてきて、少ししたら異常を察知した哨戒天狗が飛んでくるかもしれない。
そうしたら面倒なことになりそうだが、焦ることも急かすつもりも慧音にはなかった。
ふと見ると、ダメージを負った草木があらかた再生してしまっている。これも春告精の力なのだろう、今にも折れそうだった木の幹も僅かに傷跡を残すのみで今はどっしりと構えている。
そしてほんの少しの間そうしていると、不意に小春の握るリリーの手から力がふっと抜け落ちた。
「リリー!」
はっとした様子で妖精の顔を覗きこむと、そこには花水木のように伸びやかな万遍の笑顔が咲いているのが見て取れた。
その微笑みのまま、リリーは動かなくなった。
この子は毎年こんな辛い体験を繰り返しているのだろうか?
春を告げるのが彼女の存在理由。だからそのために喰われると分かっていても妖怪の山へと春を伝えに行く。それが自分の運命だと了解しているのだろうか。
それなのに春になったらそんな素振りも見せずに、あの見たものを残らず幸せにしてくれる陽気な笑顔を振り撒いている。その笑顔の裏にどんな恐ろしい経験があるかなど知りもしなかった。
リリーがそんな凄惨な体験をしているなどと今まで考えもしなかったのだ。痛かっただろうに、辛いなどと一言も口にしなかった。
春を告げる以外のことを話す数少ない対象である小春に対してですら何も言わなかった。
友人を心配させたくなかったからか、危険な目に遭わせたくなかったからか。
それはおそらく、彼女の優しさ以外の何物でもない。
「あ……ああ……」
冷たくなっていくリリーの手を必死に握り締め、小春は抑えることもなく嗚咽を洩らす。
「ああああああああああ!」
この妖精の苦しみも何も知らないで暢気に接していた自分が情けない。
妖精の体を抱きしめ泣き喚く小春を、慧音はただ優しげな瞳でじっと見守っていた。
春を迎えた妖怪の山に一人の少女の泣き声が微かに響いていた。
やがて泣き声もやんだ頃合、慧音はリリーの遺体をそっと抱え上げた。
「墓を作ってやろう」
「……はい」
ここに埋めたらさっきのような妖怪に掘り返される恐れがある。それにいい加減哨戒天狗がやってきそうだ。見付かったら面倒なことになる。
二人は早足でその場を離れていった。
そうして埋葬場所を探して少しの間歩き続けていくと、二人がやがて辿り着いたのは野原のような開けた場所だった。
見渡す限りに数々の花々が咲き乱れ無数の虫が飛び回る、妖怪の山にぽっかり空いた楽園のような場所。生息地域など無視して花々が咲くのは幻想郷では当たり前だが、それにしてもここは一際多くの種類が春風に揺れている。
夕日を浴びてどの花も一様に赤く色づいていた。
「こんなところが……」
神秘的な光景に小春が思わず呆然としていると、
「ここがいいか」と慧音は脇にリリーを横たえ、花の生えていない地面を素手で難なく掘り返していった。
すぐに子供一人分の大きさの墓を掘り終えると、そこにリリーの体をそっと横たえてやる。
「リリー……」
小春が涙を堪えながらその名を呟いた。
その瞬間、
「あ……!」
二人が息を呑む中、リリーの体は吸い込まれるようにしてすうっと地面に消え去っていった。まるで初めからいなかったかのように血の一滴も残されてはいない。
後にはぽっかりと空いた穴だけが残された。
「どうして……!?」
慌てて穴の中に手を差し入れて探る小春に、慧音は顎に手を当てて考える素振りを見せた。
「……食物連鎖から外れたから自然に帰ったんだな。なに、また春になったら復活するだろう」
妖精は謎の多い生き物であり、その再生についての一端を目の当たりにするのも初めてであった。後はリリーを生み出した自然そのものに任せればいいのだろう。
「…………」
立ち上がり、しばしリリーの消えた穴を見つめていた小春は、やがて「はい」と頷いた。
「だってあの子、言ったんです。『また会えるから』って」
「……そうか」
小春はおもむろに口を開く。その瞳に涙はもう見られなかった。
「次は……」
ぽっかり空いた穴を見つめて小春は目を細め、拳をぎゅっと握り締める。
「次は絶対に死なせたりしません」
「…………」
その横顔を見てどこか困ったような、しかし嬉しいような苦笑いを浮かべていた慧音は、溜息をついてからやがて土をかけて穴を塞いでやった。
リリーは死んではいない。また来年の春に会えるから、だからここは墓ではない。言うなればリリーが自然に帰った証だろう。
「その時までさようなら、リリー……」
風がさあっと吹くと野原の草木を揺らし、花びらが舞って小春の髪の毛にくっ付いた。
まるでかつてリリーが花を飾りつけてくれたようで、ようやく小さく笑顔を作った小春は自分の髪の毛と一緒に花びらをそっと手で包み込む。
もうじき太陽も落ちかけようという時分、夕日に照らされた二人はしばらくの間ずっと穏やかな風を受けて佇んでいた。
「それでどうなったの?」
数日後。
博麗神社の縁側に腰掛けた霊夢は、同じく隣に座る慧音にその後の経過について問いかけていた。
桜もとうとう狂い咲きに踏み出した休日の昼下がり、穏やかな暖かい春風が花びらを少しだけ二人の元へとわけてくれる。
もったりと咲き誇る桜の陰に隠れて鳥達が鳴き交わし、一匹が飛び立ったと思ったらそれに続いて一斉に全ての鳥が羽ばたいていく。
すっかり春真っ盛りである。
慧音は肩をすくめて微笑みを作った。
「ああ、禁止しても子供は隠れて弾幕ごっこをしてしまうだろう、だったら寺子屋の方で危険性を含めた扱い方について正式に教えた方がいい、ということになってな」
「それじゃあ弾幕の授業をやるってことで決着がついたの? 私親の前に出なくていいの?」
「ああ」
「よかったあ……」
霊夢はほっと胸を撫で下ろす。
どうしても親の前に引きずり出されるというなら、紫に頭を下げて一時的にかくまって貰おうとも考えていたのだが、そうなったらあのスキマ妖怪にどんなからかわれ方をされるのやら。
情けない逃亡をしなくても済むようで安心した。
「でもどうして弾幕を教えようなんて思ったの? あんたってそういう子供の危険にうるさそうだけど」
「ん? ああ……」
慧音の脳裏に数日前の出来事がよぎる。
『次は絶対に死なせたりしません』
リリーの消えた場所を見つめて呟いた、あの時の強く決意に満ちた小春の横顔が頭に浮かんでいた。
あれは禁止しても聞かないだろう。
それに、
「弾幕と言ってもそれ自体が危険なわけじゃない、何事も使い方次第だと私は思うんだ。正しい使い方をすれば皆が幸せになれ、よくない使い方をすれば不幸になる者がいる。子供たちにそこの所をきちんと教えれば彼らは間違った使い方はしないと、私はそう信じている」
それを聞いた霊夢はうんうんと大きく頷いた。
「そうそう、そうなのよね。私もそれが言いたかったのよ」
「そうか。まだ言いたい事はあるか?」
妙な事を言う慧音に霊夢はきょとんと目をしばたたかせる。
「? どういうことよ」
「ああ」と慧音は出されたお茶を一口飲んでから続けた。
「弾幕の授業に特別講師を招こうかと思ってな。ほら、幻想郷には弾幕を出せるプレイヤーが多数いるだろう? 教える人物には事欠かないはずだ」
「まあ、そうね」
確かに、ある程度知能のある妖怪のほとんどが弾幕勝負を出来ると言っても過言ではない。頭の悪い氷妖精ですらそこの所はわきまえている。
弾幕技術の優れた者、綺麗な弾幕を作る者はほとんどプロ扱いで持てはやされている。霊夢もそのトップクラスの一員なのだが。
「何人かの妖怪やら人間やらに講師を依頼してみるとみんな快く、というか教えるのが珍しいのか非常に楽しそうな様子で進んで了承してくれてな。それでまあ考えたんだが、第一回の特別講師にはやっぱりスペルカードルールの創始者であるお前が最も適任だと思ってな」
「ええ!?」
霊夢はぎょっとした様子で座ったまま後ずさった。
「ちょ、ちょっと無理よ私が講師だなんて!」
暢気な巫女さんは人に教えるなど性に合わないことこの上ない様子だ。
「最初の一回だけでいいんだ。こう、スペルカードルールを作ったきっかけとかありがたい話をだな」
「だから軽い気持ちで作ったって言ってるでしょうが!」
「頼む。どこから聞きつけてきたのか、第一回の講師は魔理沙がやりたいって言って聞かないんだ。あいつはいきなりマスタースパークを教える気満々だからな。お前が引き受けてくれるなら魔理沙も納得するだろう」
脅威的とも言える子供達のなんでも真似る技術をもってすれば、冗談抜きで見様見まねにマスタースパークを撃ちかねない。
それはいくらなんでも子供たちには早すぎるというものだ。
子供達がのびのびとマスタースパークを撃ちまくっている光景を思い浮かべ、霊夢は薄ら寒い感覚に襲われた。
「あの馬鹿……」
教材としてミニ八卦炉を大量生産するよう香霖堂に無理を押し付ける様子が脳裏に浮かぶ。
――実際に子供が簡単にマスパ撃っちゃったら焦り出すくせに。
「なるべく大人しめな弾幕を教えてくれるだけでいい」
「ううーん……か、考えとくわ」
「よろしくな」
口では否定的だがどこかまんざらでもない様子の霊夢を尻目に、慧音はこれから子供たちに弾幕を教えることに些かの高揚を覚えていた。
――私もまだまだだな、弾幕技術を教えられることにこんなに気持ちが昂ぶっている。
ふふっと微笑みお茶を飲み干す。
親達との話し合いの結論を発表すると、子供たちは大喜びで弾幕の授業に出ると言っている。
一から教えるので弾幕の初心者クラスもいいとこだが、あの花屋の娘は一番真面目に練習するに違いない。
――リリー。お前、来年は春だけじゃなく年中幻想郷にいることになりそうだぞ。
もちろんその時には友人を助けようとする小春を自分も陰ながら見守る予定だが。
誰かを守るためという、そういった力の使い方を教える前からあの子は分かっているのだ。
仲良く春夏秋冬を過ごす二人の少女を思い浮かべながら、慧音は実に愉快そうに笑みを零す。
さあっと弱い風が桜をそっとかき乱すと、あの春告精の楽しそうな声が聞こえた気がした。
了
ゆうかりーん、花型弾幕の出しかた教えてー。
上手い題材でしたし、もう少しボリュームがあっても良かったかと。
面白かったです。
僕は幽々子様に蝶弾を教えてほしい…
シュールさに吹き出しそうになった。
もっとボリュームあってもいいくらいです
魔理沙の弾幕は子供受けしそうだなあw男の子はマスパ、女の子は星形弾幕に憧れてみたいなw
それだけにちっちゃい子には少し残酷すぎる目に合わせたんじゃないかな、と残念に思う
弾幕ごっこはもうちょっと気楽に出来る娯楽的要素の強いものだと感じて欲しかった
霊夢さんの壇上での語りかけに期待したいところ
素敵なお話ありがとうございました
しかし話は面白い。子供のバイタリティはすさまじいからなあ。
B「マスタース(ry」
C「マス(ry」
D「m(ry」
(ry
里オワタwww
名前はでてないけど、ゆうかりんの存在感がすごい。惚れ直した。
弱っちいリリーが愛らしい。ぜひ里の子供たちに守られてくれ。
……まささか本当に食い殺されてるろは思わなんだ。
でもまあ自然は自然だから、仕方ない。
リリーかわいいよ。