「向日葵畑にいないなら、多分ここだよな」
箒に乗っている間はそうでもなかったのだけれど、いざ地面に立って自分の足で歩いてみると、少し汗ばんだ。
菜の花畑の鮮やかな黄色に誘われて、ちょっと歩きたくなった、なんて洒落た話ではない。このまま飛んでいたら墜落してしまいそうだったのだ。
手を滑らせ、箒から勢い良く転げ落ちてピチュる私、そんなシナリオが目に浮かぶようだった。
探すのに手間はかからなかった。あいつの格好は本当によく目立つ。
背の高い菜の花に隠れた、丸いフォルムの日傘を見つけて、私は憎憎しげに言い放つ。
「お前を殺っくちゅん!」
のっけから殺伐としたセリフでビビらせてやろうとしたのに、台無しだった。
「殺す……? どうして?」
そいつは振り返らず、少しだけ傘を揺らして立ち止まった。
「春だからって、馬鹿みたいに飛び散ってる花粉が憎いんだ。つまりお前が憎い」
「どういうことよ」
「お前は花の象徴だろうが」
「花粉っていっても、スギとかヒノキのやることでしょう? 私の知ったことではないわ」
エメラルドの髪をふわりと揺らして振り返るなり、幽香は言う。「それにしても、ひどい顔ね」
「見ての通り、花粉症だぜっちゅしゅん!」
私は重度の花粉症だ。
ひとたび外に出れば涙で視界はぐにゃあと歪み、鼻水垂れ流しで呼吸困難に陥る。
春なんて来なければ良い。
そう考えた私はレティと共謀してリリーホワイトを絶滅しようとしたのだけれど、圧倒的な物量差の前に敗れた。
実力で、じゃない。処理落ちだ。春のあいつは見境が無さ過ぎて困る。
薬飲めばいいだろって? あんなもんは気休めに過ぎないし、永琳の処方する薬は副作用が酷い。
見るもの見るもの可愛く思えて、ついつい霊夢を押し倒してしまった。あれは危険だ。
「フラワーマスターとかいわれてるじゃないか。
お前を殺せば、花粉も少しは意気消沈してくれるんだろう」
「……馬鹿なの? そんなわけないじゃない」
「じゃあ、殺すのは勘弁してやるから、なんとかしてくれよ。こっちは甚だ迷惑してるんだ」
「私には関係のないことね」
「ええい、とにかくなんとかしやがれ。じゃないとお前を殺っくしゃい!」
なんでこのタイミングで出るかなあ。
「私よりも、専門の妖精に頼んだ方が良いと思うけど」
「なんだ? 専門って」
「スギにはスギの、ヒノキにはヒノキの妖精がいるのよ」
「初耳だ。まぁ、なんとかしてくれるなら誰でも良いんだ。呼んできてくれ」
「なんで私が」
「いいから黙ってっくちゃい!」
脅し文句の一つも言えない自分が情けなくて、涙が出る。いいや、これは花粉のせいだね。魔理沙は強い子だもの。
幽香はぬかるみに嵌まった軽自動車を見るような目をしていた。『えーあれ、助けた方が良いのかなあ。面倒臭いなあ。そもそも軽だし一人でなんとか出来るんじゃね?』ってやつ。
「まぁいいわ、この辺の花粉、抑えておいてあげるから。ここで待ってなさい」
ところが、幽香はいきなり優しかった。
「あ、ありがとな。キスしてやろうか?」
「……はぁ? 死にたいの?」
デレツンだ。こうしてみると多少は斬新なのかもしれない。
幽香は去り際に、どこへともなく「大人しくしてなさい」と声をかけた。すると私の症状が次第に和らいだ。
それから、入れ替わるみたいに菜の花の香りが強まって、私は初めて春の訪れを喜ぶことが出来た気がした。
「はいコレ、スギの妖精の杉内さん」
「ちぃーす」
うわぁ、こんなに可愛くない妖精初めて見た。
すげえ日焼けしてるし、デジタルパーマだし、ルージュは気持ち悪いぐらい真っ白だし、アイラインの太さは通常の三倍だ。
デッキブラシで顔を洗ったら、きっと山間部の女子高生みたいになる。
「ちょっと、自重してくれないか」
花粉と化粧をな、と私は言った。
「えーなにそれー、チョーうけるんですけどー」
杉内さんはもの凄いスピードでメールを打ちはじめた。
「駄目だ幽香、話にならん。これは妖精じゃなくてモンスターだ。
こいつに敵うのは新宿と池袋のスカウトだけだ」
「仕方ないわね。それじゃあヒノキの精を連れてきてあげる」
幽香はすぐに戻ってきた。
「はいコレ、ヒノキの妖精の田中君。杉内さんのお父さんよ」
「やあどうも、はじめまして」
「ええ……? 親子なら苗字合わせろよな? っていうか田中って、何もかも間違ってない?」
「杉内というのは別れた女房の苗字でね……」
「いらないよ、そんな重い設定……」
しかし、どう見てもオッサンじゃないか。さっきのも相当だけど、これはもう完全に妖精の規格外だ。
顔は油を塗りたくったみたいにテカってるし、出っ張った腹はトドみたいだった。
「それで、君はいくらなんだい?」
田中君は分厚い長財布で私のほっぺたを叩いてきた。
「幽香、こいつも駄目だ。きっと常習犯だ。今すぐポリんとこに連れて行け」
これじゃ嫁にも見放されるわけだよ。この親にしてあの娘アリだと思った。
―――
結局、幻想郷中の花粉をなんとかすることを諦めた私は、幽香を家に招くことにした。
こいつの力なら、周囲の花粉を抑えておくことが出来るらしい。あんまり離れると効果が無くなるから、必然的に同居状態だ。
慣れない二人暮らしに多少の気疲れはあったけれど、春の陽気真っ盛りって感じの今日みたいな日でも、私は快適に過ごせていた。
鼻が詰まってぼんやりすることはない、激しいくしゃみで首筋を痛めることもない。
生まれて初めて味わう平和な春は、時の流れが遅くなったみたいに、ゆるゆると過ぎて行った。
考えてみたら、花粉症なのに森のなかに家を建てるなど、私はよっぽどの間抜けだ。魔法使いだからって、格好つけるんじゃなかった。
「ちょっとぉ、ご飯まだなの?」
幽香が食器を打ち鳴らす。妖怪というのは、どうにもお行儀が悪いな。
「はいはい、もう出来たぜ」
八卦炉の火を止めて、筑前煮が入った鍋をテーブルに運ぶ。
私が今つけているタータンチェックのミトンの手袋は、幽香が暇に任せて作ってくれたやつだ。『MARIRIN』だなんて刺繍が心憎い。
朝昼晩の三食に加えて寝床の保証が、幽香の提示した条件だった。
食事を用意する分が一人から二人に増えたところで大した負担ではないし、一人暮らしにも飽いていたところだ。
正直なところ、幽香との生活は満更でもなかった。
「美味いか……?」
「六十点、ってところね。お醤油がきつすぎるわ」
「ええ、そっかあ。何度も味見したんだけどなあ……」
「舌がおかしいんじゃなくって?」
「そんなことないと思うけど……」
「じゃあ、センスが無いのね」
「ひっ、ひどいぜ……しくしく」
なぜか酷く落ち込んでしまう。花嫁修業、こっそり頑張ってたんだけどなあ……。
悲しくなった私がエプロンで顔をおさえると、幽香は「え、あ」と慌てた。
「もっ、もう! 別に不味いとは言ってないでしょう? ほら、あなたも食べてみなさいよ、あーん」
「あーん……ん、うん……ほんとだ。ちょっと濃い……」
もそもそと里芋を噛みしめていると、やるせない思いが涙となって小皿に落ちた。
「まったく、あなたはすぐに泣くんだから。それじゃ煮物がもっとしょっぱくなっちゃうでしょう?」
幽香はハンカチで私の頬を拭ってくれる。その手の優しさに、感情の歯止めが利かなくなる。
「で、でもな? 私はお前に美味しいものを食べて欲しくって……。
お世話になってるしさあ、それに、機嫌を損ねて出て行かれたらと思うと……」
「馬鹿ね、あなた。そんなことを気にしてたの?」
「だって、だって! 私はお前がいないと春を越せそうにないんだよ。
きっと涙も鼻水も止まらなくなってさ、干からびて死んじまうんだ……」
「ふふ、それは本当に花粉症のせいなのかしら?」
「え?」
「なんでもないわよ」
幽香はこんな風に時折、よくわからないことを言っていた。
―――
一ヶ月、いや二ヶ月ぐらいは過ぎただろうか。
そんなことも意識の外に追いやられてしまうぐらい、幽香との日々は楽しかった。近頃じゃ家事を手伝ってくれるようになっていたし、他愛ないことでもずいぶん話が弾むようになった。
まぁ、鼻水が零れない生活に慣れきってしまって、今や幽香なしでは満足に外出も出来ない私だ。
これだけ付かず離れずの生活をしていれば、多少仲が良くなるのは当然の摂理なのかもしれなかった。
「でさあ、その時な、霊夢がアストロンを唱えてな」
「あはは、なにそれ。バッカみたい」
「それを早苗がオンバシラでぶん殴ってるんだよ」
「話には聞いていたけれど、本当に凶暴なのね」
幽香がくすくす笑いながら席を立つ。「カップが空よ」
「あ、私が」
「いいから」
お勝手に近いのは私なんだけどな。
私のお湯加減が気に入らないのか、自分の仕事だとでも思っているのか、それはわからない。
ここ数日の幽香は、何かと私の世話を焼きたがる。あいつが好きな向日葵が、鮮やかに咲く夏が近づいて、浮かれているのかもしれなかった。
「あなたは座ってなさい。大人しく、待っていれば良いの」
「ああ、うん……ありがと」
「何よ、これぐらいで」
こういう時に私は、自分の生活のなかに幽香がすっかり入り込んでいる気がして、なんだかくすぐったくなる。
一本だった歯ブラシも今じゃ二本、洗面所のコップに刺さっている。一緒に買いに行ったんだったな、そういえば。
……まるで同棲だな、って今更ながら気づいた。でもまぁ、楽しいから良いのか――な?
――あれ……?
幽香が私の横を通った時、妙な違和感があった。なんだろう。好ましいものではない。
後ろの方で、こぽこぽとお湯が注がれる音がする。それに混じって鼻歌が聞こえた。
機嫌は良いみたいだから、あいつが怒っている時に放つ、ちりちりした殺伐オーラの感触ではない。
なんだろう、これ。
「はい、どうぞ」
ソーサーが私の前に置かれるのと同時に、幽香から何か、ぱらりと零れた気がした。
フケ……? まさか。昨夜、一緒にお風呂に入って洗いっこしたばかりだ。幽香の綺麗な髪をもっと綺麗に磨いてやろうと、時間をかけて丹念に洗ってやったはずだ。
「ありがと――」
と私はカップに手をかけようとしたけれど、引っ込める。どうして。なぜなんだ。
すっかり忘れていた嫌な感覚が、鼻によみがえっていた。
鼻をつまんでも抑えきれなくて、出てしまう。
「……へっくち」
私がくしゃみをすると、幽香の手からカップが滑り落ちて、割れた。そんな粗相を幽香がするなんて珍しい。
「魔理沙、あなた……」
「っあれ……? おかしいな、春風邪ってやつかな。はは、私らしくもないっくしょい!」
「……」
幽香が心配そうに私を見つめてくる。なんだかんだいって良いヤツなんだもんな、こいつ。
「いやいや、心配するなって。こんなもん、たっぷり食べてぐっすり眠れば直るんだ。
そうだな、今日の晩御飯、任せてもいいか? ご馳走を作ってくれっくしゃばーい!」
鼻水がだらだらと溢れてきた。私はそれを自分の手で乱暴に拭うとしたのだけど、幽香のハンカチに遮られる。
「幽香……?」
幽香は目を伏せて、私の手にハンカチを押し付けたままで、「私、出て行くわ」と言った。
……何を言ったのか、すぐには理解出来なかった。
「出て行くって、どういうことだよ。ここまでしといて見捨てるのかよっちょれーい!」
「外を見てごらんなさいよ」
白い指が窓を指す。格子の隙間から、緩やかな風に揺られる木々が見えた。
その葉の一つ一つが、じきに訪れる夏のために力を蓄えているかのように、青々としていた。
「あれが、なんだっていうんだよっちょばい!」
「春も、もう終わるわ。私がいなくても、あなたは生きてゆける」
「なんで、なんでそんな悲しいことを言うんダブルリィーッチ!!」
私の戸惑いと憤慨を表すかのように、くしゃみが激しさを増す。
「そもそも花粉なんてね、もうずい分前から弱まっていたのよ。
私がここにいたのは、……その、ただ居心地が良かったからなの」
幽香の告白は意外だった。そう思っていてくれたのは嬉しいけれど、だとしたら、このくしゃみは何で……?
「もう少し居てくれたって、私は別にっくこっぷんっ!!」
「とにかく、私はもうあなたとは暮らせないわ。さようなら、魔理沙。短い間だったけれど楽しかった」
「お、おい! ちょっと待ぁ~てぇ~よ」
くしゃみを堪えていたせいで、抱かれたい男十五年連続ナンバーワンのあの人みたいな発音になった。
「なあ、出て行く理由ぐらい聞かせてくれたっていいだろう!?」
「理由? そうね、あえていうなら、私も花粉症になってしまったのよ」
「は、お前が花粉症? くしゃみも涙も鼻水も、何も出ちゃいないじゃないか」
「あなたたち人間とは、症状が違うのよ。原因だって、何もかも違う。
ほんと、話には聞いていたけど、私が罹るだなんて思ってもみなかった」
何を言っているのか、私にはさっぱり理解出来ない。どうして、こんなに大事なことをはぐらかすんだって、ひどく頭にきた。
「考えてみたら……」と幽香は長いため息をつく。「あなたが可愛くって、優しすぎたからいけなかったのよ」
私が可愛い? 優しい? だからなんだっていうんだ。
それでなんで幽香が、いなくなっちまうんだよ……っ!
「どういうことだよ! もう全然わかんないヨークシャテリァッ!!」
目の前がぼやけたと思ったら、すぐさま涙が零れて、顎のところで鼻水とユニゾンし始めた。
私の顔はきっと、乱暴に扱ったお豆腐みたいに、ぐちゃぐちゃだ。
「魔理沙、泣かないで」
「泣いてなんかな石崎君の顔面ブロックッ!」
「ほんとに泣き虫なんだから。
思い出すわね、小さなクモ一匹できゃあきゃあ喚いて泣き出しちゃったあなたを……」
こんな時でも幽香は楽しそうに、いつもみたいに、私の顔を丁寧に拭ってくれる。
何なんだよお前は……。
空気読めよな……。
「そんなことが今、関係あるのかよ……」
「泣いているあなたも可愛いけれど、笑っている方がもっと素敵よ。
だから、ねえ。しばらくは、この気持ちが冷めるまでは会えないかもしれないけれど、笑っていてね?」
おい、それじゃあまるでお別れの言葉じゃないか。しばらく、会えないって。この気持ちって、どういうことだ!
「な、なあ? 私に何か悪いところがあったのか? だったら直すから言ってくれ与作は木ぃを切るゥー!」
幽香は答えない。その代わりに、眉を下げて、悲しげに笑うんだ。なんだよその顔、ちぐはぐもいいところじゃないか。どうしてそんなに、辛そうに笑うんだ……!
「魔理沙、外に出ましょう? きっとお日様が気持ちいいわ」
「なんだよ……見送りだなんて、私はゴメンだから波平おじさーんっ!」
くしゃみが止まらない。私の鼻は馬鹿になっちまったのか? それとも、そんなに酷い風邪なんだろうか。
「そんなこと言わないで、笑ってよ。ううん、笑わせてあげるから」
幽香に手を引かれて、渋々ながら家を出る。
初夏の日差しが涙で乱反射して、私の視界はピントがおかしくなったみたいに、ぼやけていた。
浅く握った手が少し汗ばんでいて、幽香も何か堪えてるんだって、分かった気がした。
「この辺りには、気のきいた花なんて無いけれど」幽香が私を見て微笑む。
「なんだよ……」
ふてくされて目をそらした、私の手を幽香は離し、日傘を開き、くるくると回した。
それに合わせるみたいに木の葉が擦れ合って、かすかなメロディを奏でる。
「ねえ、魔理沙。あなたは何の花が好き?」
「お前が気に入るように答えられたら、ここにいてくれるのか?」
答えを聞くまでもない。幽香が顔を傘で隠したから、望みは叶わないんだって知った。
その傘が小さく震えているのを見て、その傘からぽたぽたと雫がこぼれているのを見て、私は自嘲気味に笑う。
「なぁ、お互いこんなに悲しいのに、辛いのに、……泣いているのにっ!
どうして出て行かなきゃならないんだ! 教えてくれ、私にはわからないんだヨガフレイムッ!」
「……っさいわね! いいから答えなさいよ!」
幽香は私を突き放すみたいに叫んだ。驚いたモズが、家の屋根から去るのが見えた。
一緒に暮らし始めた頃は、こうやってヒステリックになることも、幽香は少なくなかった。
でも、あの頃と今とでは何かが違う。怒りの矛先が、私には向いてなくて、やり場のない気持ちが、ただ溢れているだけだって、そう感じた。
だから、私は驚かなかったし、素直に答えることが出来た。
「菜の花だ。お前を見つけた、あの畑に咲いていた菜の花だ」
ありがとう、と幽香は囁いたと思う。丁度強い風が吹いていて、聞き取れなかった。
「魔理沙、あなたと暮らしたこの春は、本当に楽しかった」
そう言って振り向いた幽香の顔は、呆れるぐらい普段通りだった。
「人間なんて、ただ脆弱なだけの存在だと思っていた。
そんなやつらが私と同じように花を愛でるのが、いつも気に入らなかった。
でもね、一緒に暮らしてゆくなかで、あなたのなかに、私の大好きな花を見た気がしたの」
「よしてくれ。そんな言葉聞きたくなイーアルカンフーッ!」
くしゃみが止まらない。幽香が言葉を口にする度に、嫌な感じが私の鼻と目を侵食してくる。
きっと、避けられない別れの気配が吐き出されているのだ。私はそれを無意識のうちに拒絶しているのだろう。
「泣き虫なりに、必死に歯を食いしばって、突っ張って、頑張っているあなたの姿に、私は向日葵を見た気がした。
情け容赦ない雨に打たれても、理不尽な靴に踏まれても、夏には優しい花を咲かせる向日葵に、あなたはそっくりだった。
人間も悪くないって、そう思えた」
「何が……言いたいんダチョウの卵マジでけえ!!」
「笑って、見送って欲しいのよ。私は咲き誇る向日葵が大好きだから、あなたには笑っていて欲しいの」
「そんなこと言われたって……こんなに悲しいのに、笑えるはずないじゃないカジキマグロッ!」
「言ったでしょう? 笑わせてあげるって」
幽香はにこりと笑い、真上のお日様に向けて日傘をかざした。
「あなたの好きな菜の花、咲かせてあげるわ。だから、ねえ、笑っていてね」
「何を――言っテリヤキチキンッ!」
サァ、と。
黄色の絵の具が、空から降ってきたかと思ったその時、私は目を奪われた。
光を拒むことしか知らず、無愛想だった私の家の周りが、一枚の油絵みたいに輝いている。
こんな陰気な場所でも、誰にも遠慮することなく辺りを照らすそいつらは、どうしようもなく綺麗だった。
気づいたら、流れっぱなしだった涙がぴたりと止まっている。
ただ、頬は冷たかった。そう思ったのは、風が吹いていたからだ。
揺れる花びらが頬に当たって、自分の周りにもびっしりと菜の花が咲いていることに気づく。
ボロボロの鼻をかすめていく香りは、蜂蜜みたいに甘かった。幽香の香りに似ていた。
幽香は――そうだ、あいつは!?
「幽香、どこだ。どこへ……!」
幽香の姿はなかった。ただ、あいつがいた場所に、黄色い風が渦を巻いているだけだった。
ああ、こうなるってこと……私は初めからわかっていたのに。どうして素直に見送ってやれなかったのだろう。
「……そうだよな。お前って、そういうやつだよな。
自分勝手で、格好ばっかりつけて……」
近くの菜の花を、私はそっと撫ぜる。瑞々しい感触が手に返ってきた。
……あいつも私と同じ、真っ直ぐなヤツなんだ。こうと決めたら梃子でも動きやしない。
納得はいかないけれど、幽香は私の前から消えてしまった。それは動かしがたい事実なのだろう。
身体だけじゃない。心まで安らぐ素敵な春を、あいつは与えてくれた。私はあいつに何かしてやれたのだろうか……?
「ほんと私、子供みたいだ……」
そもそも、春の間だけって、そういう約束だった。私には初めから引き止める権利なんてなかったんだ。
だから、ワガママを言っていたのは私の方だ。
なのに幽香は、こんなに綺麗な花を残して、笑えって、私に言ってくれた。
だったら、応えなきゃ、と思う。
くしゃくしゃの顔を無理やりにまとめあげて、笑顔を作る。へたっぴな嘘笑いでも、無いよりはマシだ。
「……あはは」
どこかで見てくれているのだろうか。
例えそうでなくても、幻想郷中に伝わるくらい大きな声で、伝えてやろう。
幽香がいた場所には、今も黄色い何かが漂っている。
私はその残滓を自分のなかに取り入れるみたいに、鼻から思いっきり吸い込んだ。
身体を折り曲げて、腹の底から叫ぶ。
「幽香ーーーッ!」
大げさな言葉なんて必要ないよな?
私は笑ってるって。
ありがとう、また会おうなって。
伝えてやろう。
「へえええええっくしょおおおおおおおんっ!!!!!」
なんでかな、思いが鼻に詰まって、言葉にならなかった。
その代わりに、きらきら輝く鼻水が、いつまでもいつまでも夏の空に舞い続けていた。
<完>
あれ?アレルギー反応が…
アレルギー、出てきたかなぁ…?
私もアレルギーの反応が出たのか?
ともかく、幽香と魔理沙の生活から別れるまで
ほのぼのだったり、ちょっとしんみりとしてたりして良かったです。
面白かったですよ。
でも笑ったので私の負けですね。
愛情を「花粉症」に例える作者様のセンスに脱帽。
確かに、やがて来る別れには涙と鼻水でぐちゃぐちゃになる……
ハイレベルで纏まってるなぁ お見事
鼻水垂れ流していても、この魔理沙は可愛い。
そっか・・・ヤマンバ系は一部幻想入りしてたんだ。
あと援交親父もww
そのくしゃみがわざとらし過ぎて面白くないかな。
……?季節外れの花粉症が……?
今頃幽香にパルパルしてるのが目に浮かぶ
>「でさあ、その時な、霊夢がアストロンを唱えてな」
>「それを早苗がオンバシラでぶん殴ってるんだよ」
神奈子13「S・Sデッドリィオンバシラーを身体で受け止めようというのか?幻想郷の半分は吹き飛ばすほどののパワーがあるのだぞ」