紅魔館にある、大図書館。私は荷物を人形に運ばせながら、重厚なその扉を押し開けた。
「パチュリー、私よ。お邪魔するわ」
そう言いながら図書館の奥を見やると、パチュリーは本から顔を上げ、こちらを振り向いて言った。
「あらアリス、いらっしゃい。今すぐお茶を準備させるわ」
ありがとう、と答えてパチュリーの座っている円卓まで歩いて、真向かいに腰を下ろす。パチュリーがゆっくり口を開く。
「それで、貴女に頼んでた例の物、どうなったの?」
「ああ、あれね。とりあえず砂金は精錬したわよ。だいたい純金五匁ぐらいにはなったわ」
「それだけあれば充分ね。純銀の鉢と五合の水銀も用意したわ。あとは、えーっと…」
そう言いながらパラパラと本を捲る。今私たちが作っているのは、膨大、かつ永続的な効果が得られる、魔力増幅装置。昔魔界に居た私やいろいろと大きいことをするパチュリーが実験をしたりするのには不可欠になる。その割には彼女の計画は行き当たりばったりで、必要なものさえまだわかっていない。こうやっていちいち本と首っ引きして調べる始末だ。
「えーっと……」
急にパチュリーが固まる。ゼンマイの切れた人形のように。
「えーっと、どうしたの、パチュリー?」
私はおずおずと尋ねる。
「これは難しいことになったわ……」
「何かしら」
「いや、原料は後一つでそろうんだけど、それが、ね」
「それが、何なの。もったいぶらないでよ」
パチュリーは無言で本を指し示す。私は彼女の指しているところを見て、開いた口が塞がらなかった。
うら若き処女の血、五升(同一の個体のもの)
それが必要な最後の原料だった。
一瞬の沈黙。しかし、それは永遠のように感じられた。無論、誰も時間など操ってはいない。
「「……」」
「「じー」」
「「……」」
「「私はいやよ」」
ハモった。何から何まで、見事に、完璧に。
いやそうじゃなくて、
「えーと、一つ聞きたいんだけど」
「何?」
「人間の血の量って、たしか8リットルよね」
「そうよ」
「五升って、9リットルよね」
「……」
どう考えても足らへんやん、どないしてくれんねん責任者出て来い責任者ぁ!
じゃなくて。
「全ての原料を5分の1くらいに減らして作ることはできないの?」
「無理ね。この装置はこの量でないと作れないみたいよ」
「何、もしかしてあれ?『永久機関なんて存在するわけないやんけ、作れるもんなら作ってみーやあほぉ』的な嫌がらせ?」
「判らないわ。取り敢えず対策を考えないとね」
ああ、私の今までの努力はどうなるのだろう。
五匁の純金を精錬するのに費やした時間と魔力は?
そもそも精錬するもとの砂金を採るために費やした時間と労力と足腰の痛みは?
純金の話をすると砂金の採り方を教えてくれた、外から来た科学者とそれを紹介してくれた慧音には感謝してるけど。
砂金採りって、楽じゃないのよ。
ぐるぐると思考が脳の中で回転するばかりで、何もわからない。くらくらする。
とにかく。
「ポジティブ・スィンキングよ。そう、ポジティブに、ポジティブに」
「いや、スィンキングって、それ沈んでるから」
いつの間にか声に出てたらしい。深層心理ごと。
「とにかく対策は明日までに考えとくから。一応過去に例はあるみたいだから、組めることは組めるのよ」
「人間を飼っておいてそいつから一日に少しづつ採血して規定量にするのは?ここには咲夜もいるし」
「ちょっと待って、書いてあるわ。『1703年、この装置の考案者であるワラキアの黒魔術師、フロリアン・バセスクは自らの居城に一人の乙女を監禁し、彼女から毎日僅かずつの血を搾ってこの装置を完成し、捨虫の魔法を使おうとした。しかし当時彼は相当に老いており、捨虫の魔法を使おうとしたその時に彼は卒倒し、死んだ。倒れこんだ彼の身体によって装置は跡形もなく破壊されていたので、弟子たちは装置を一から組みなおさねばならなかった。彼は弟子たちにも装置のことを秘密にしていたので、弟子たちも血の秘密は判らなかった。彼らもまた乙女から毎日僅かずつ血を採って使ったが、ついに満足いく結果を得られなかったのである』」
「何それ、装置の存在自体信憑性が低いじゃないの。そもそも考案者って、捨虫の魔法すら使ってなかったの?目的が捨虫なら、私たちには意味がないかもしれないじゃない」
「でも、あなたもわかってるだろうけど、原理的には強力な魔法に必要なものが絶妙なバランスで配合されているわ。完成させれば大変なものが出来上がるわ」
「完成すれば、ね。それにしても、フロリアンの使った血と弟子たちの使った血にはどんな違いがあったのかしら」
そんなこんなで、色々と議論をしている内に夕方になった。人形の手入れや製作をやり残していたので、帰宅して終わらせることにした。
五升の血の謎と、血の質の違い。一体何がフロリアン・バセスクを特別にしたのだろう?そんなことを考えていたので集中力は途切れ、ようやく終わった頃にはすっかり真夜中を回っていた。
「え、もうこんな時間なの?もうそろそろ寝ないと明日に影響出るわよね。とりあえず、お風呂入って、それから・・・・・・」
お風呂上り。
就寝前に失った水分を補給しないと。
そう思って寝ぼけ眼で台所に立つ。棚に何か白い液体が入った瓶が目に入った。
「えっと、これ・・・・・・」
そうだ、思い出した。こないだ人里で人形劇やったら、お礼にもらったのよね。なんだったかしら。
確か・・・・・・
「これは数年間ねかせた取って置きの自家製の・・・・・・だ。大事に飲んでくれよ」
えーっと・・・・・・
「・・・・・・として、・・・・・・濃度の限界に挑んだ相当きついやつだからな、飲むときは注意してくれ」
なんか所々穴があってよく思い出せない・・・・・・
だんだん話していた姿と声がはっきりしてきた。
「ああ、慧音か、なら牛乳ね。」
うん、間違いない。だってぴったり穴が埋まるもの。
「これは数年間ねかせた取って置きの自家製の牛乳だ。大事に飲んでくれよ」
「牛乳として、成分濃度の限界に挑んだ相当きついやつだからな、飲むときは注意してくれ」
ほら。
本人が聞いたら頭突きでもされそうなことを平気で、いやに自信たっぷりに言う私。そのときの私は、これが悲劇を呼ぶとは夢想だにしなかった。
とりあえず、ガラスのコップになみなみと注いでみる。
どくどくどく。
ああ、濃さそうな音。これは期待できそうね。
「慧音ありがとう。あなたの牛乳は大事に飲ませてもらうわ」
ぐい。こく、こく、こく。
「ああ、おいしかった。いやはや、まろやかな口当たりねえ。クリーム並みに濃いのかしら」
「どうでもいいわ。ああ、いい具合に眠くなってきたし、お休み・・・・・・」
私はそのまま自室に戻り、深い眠りに引き込まれていった。
翌朝。
「う~。頭痛い・・・・・・」
二日酔のように頭が痛む。でも昨日はお酒なんて一滴も飲んでいない。
「どうなってるのよこれ・・・・・・」
台所に行って、昨晩の瓶を見つけ、大変なことに気づいた。
「これ、牛乳じゃないじゃない・・・・・・」
えーっと、何だったかしら・・・・・・
突然記憶が強烈にフラッシュバックする。目の前で座布団に正座した慧音がお茶を飲みながら喋っている。
「これは数年間ねかせた取って置きの自家製の濁酒だ。大事に飲んでくれよ」
「醸造酒として、アルコール濃度の限界に挑んだ相当きついやつだからな、飲むときは注意してくれ」
あー、うん。すべて理解したわ
醸造酒ならそんなに強くはないだろう。私だって決して酒に弱いほうではない。二日酔もあまりしない。しかし、昨晩はあの肉体的、精神的な疲労の下で、酒と知らずに(ここ大事)、あの量を一気飲みしたわけだから、酔わずとも肝臓がびっくりして二日酔になることは納得できた。
でも納得するだけじゃいけない。対策を考えなきゃ。
この頭痛だと今日は紅魔館に行けないかもしれない。そうすればどうなるか。おそらく明日あたり問い詰められて薬とかで無理矢理白状させられるだろう。酒を牛乳と間違えて飲んで二日酔だなんて、仮にも都会派魔法使いの私に許されたことではない。都会派は関係ないかもしれないけど。最低限、一生物笑いの種にされるだろう。都合の悪いことに、私たち二人の一生は永遠だ。
「永遠に物笑いの種にされ続けるなんて、御免よぉ・・・・・・」
というわけで、絶対に今日は行かなくてはならない。しかも二日酔を悟られてはならない。よーし、こうなったら。
「迎え酒よ!」
棚からウオッカの瓶を引き摺り下ろし、裏の畑に飛んでってトマトの実を摘む。ウオッカをコップに少し注ぎ、トマトを搾ってジュースにしてコップを満たした。カットレモンを加えたら、迎え酒の女王様、ブラッディ・メアリの出来上がり。
「ああ、おいしい。ふふふ、随分ましになったわ。貴女のおかげよ、メアリ1世」
途端、気づいた。
「え、あ、ああ、もしかして、そういうこと!?」
私は裏の畑に飛んでいくと、一番多くの実をつけたトマトを根っこから掘り出し、レモンをいくつかもぎ取り、あわただしく準備をして、紅魔館は図書館に飛び込んだ。
「見つけたわよ、パチュリー!」
「ちょっと、元気良すぎよ……私昨晩はあんまり寝てないんだから、ちょっと静かにしてよ、っていうか、なにそのトマト」
「ふっふっふ、貴女は知らないのね。あのカクテルを!」
「なにそのテンション。貴女らしくもないわよ」
「でもこれで問題は解決するのよ」
パチュリーの目が光った。
「で、どうするの?もしかしてトマトジュース?」
「あたらずとも遠からずよ」
そう言って私はトマトとレモンを搾る。ブラッディ・メアリからウオッカを抜いたカクテル、バージン・メアリが9リットル出来上がった。トマトも、レモンもすべて同じ個体のものを使っている。
「バージン・メアリ……。まさに『処女の血』ね」
パチュリーは感心したように言う。
「フロリアン・バセスクが使っていたのは、このカクテルだったのよ。弟子たちは本物の血を使ったのね。っていうか、あんなややこしい書き方するなー!」
「じゃあ、そうと決まれば早速実践よ、アリス」
パチュリーは銀の深鉢を取り、そこにバージン・メアリを注ぎ込んだ。そしてその底に純金粒を投入し、水銀を流し込んだ。
そして彼女は呪文を唱えだす。鉢から光が出た。その光は収まらない。実験は成功だ。
「さあて、じゃ、始めますか」
「そうね。楽しみだわ」
私たち二人は早速、思い思いの実験を始めた。
「パチュリー、私よ。お邪魔するわ」
そう言いながら図書館の奥を見やると、パチュリーは本から顔を上げ、こちらを振り向いて言った。
「あらアリス、いらっしゃい。今すぐお茶を準備させるわ」
ありがとう、と答えてパチュリーの座っている円卓まで歩いて、真向かいに腰を下ろす。パチュリーがゆっくり口を開く。
「それで、貴女に頼んでた例の物、どうなったの?」
「ああ、あれね。とりあえず砂金は精錬したわよ。だいたい純金五匁ぐらいにはなったわ」
「それだけあれば充分ね。純銀の鉢と五合の水銀も用意したわ。あとは、えーっと…」
そう言いながらパラパラと本を捲る。今私たちが作っているのは、膨大、かつ永続的な効果が得られる、魔力増幅装置。昔魔界に居た私やいろいろと大きいことをするパチュリーが実験をしたりするのには不可欠になる。その割には彼女の計画は行き当たりばったりで、必要なものさえまだわかっていない。こうやっていちいち本と首っ引きして調べる始末だ。
「えーっと……」
急にパチュリーが固まる。ゼンマイの切れた人形のように。
「えーっと、どうしたの、パチュリー?」
私はおずおずと尋ねる。
「これは難しいことになったわ……」
「何かしら」
「いや、原料は後一つでそろうんだけど、それが、ね」
「それが、何なの。もったいぶらないでよ」
パチュリーは無言で本を指し示す。私は彼女の指しているところを見て、開いた口が塞がらなかった。
うら若き処女の血、五升(同一の個体のもの)
それが必要な最後の原料だった。
一瞬の沈黙。しかし、それは永遠のように感じられた。無論、誰も時間など操ってはいない。
「「……」」
「「じー」」
「「……」」
「「私はいやよ」」
ハモった。何から何まで、見事に、完璧に。
いやそうじゃなくて、
「えーと、一つ聞きたいんだけど」
「何?」
「人間の血の量って、たしか8リットルよね」
「そうよ」
「五升って、9リットルよね」
「……」
どう考えても足らへんやん、どないしてくれんねん責任者出て来い責任者ぁ!
じゃなくて。
「全ての原料を5分の1くらいに減らして作ることはできないの?」
「無理ね。この装置はこの量でないと作れないみたいよ」
「何、もしかしてあれ?『永久機関なんて存在するわけないやんけ、作れるもんなら作ってみーやあほぉ』的な嫌がらせ?」
「判らないわ。取り敢えず対策を考えないとね」
ああ、私の今までの努力はどうなるのだろう。
五匁の純金を精錬するのに費やした時間と魔力は?
そもそも精錬するもとの砂金を採るために費やした時間と労力と足腰の痛みは?
純金の話をすると砂金の採り方を教えてくれた、外から来た科学者とそれを紹介してくれた慧音には感謝してるけど。
砂金採りって、楽じゃないのよ。
ぐるぐると思考が脳の中で回転するばかりで、何もわからない。くらくらする。
とにかく。
「ポジティブ・スィンキングよ。そう、ポジティブに、ポジティブに」
「いや、スィンキングって、それ沈んでるから」
いつの間にか声に出てたらしい。深層心理ごと。
「とにかく対策は明日までに考えとくから。一応過去に例はあるみたいだから、組めることは組めるのよ」
「人間を飼っておいてそいつから一日に少しづつ採血して規定量にするのは?ここには咲夜もいるし」
「ちょっと待って、書いてあるわ。『1703年、この装置の考案者であるワラキアの黒魔術師、フロリアン・バセスクは自らの居城に一人の乙女を監禁し、彼女から毎日僅かずつの血を搾ってこの装置を完成し、捨虫の魔法を使おうとした。しかし当時彼は相当に老いており、捨虫の魔法を使おうとしたその時に彼は卒倒し、死んだ。倒れこんだ彼の身体によって装置は跡形もなく破壊されていたので、弟子たちは装置を一から組みなおさねばならなかった。彼は弟子たちにも装置のことを秘密にしていたので、弟子たちも血の秘密は判らなかった。彼らもまた乙女から毎日僅かずつ血を採って使ったが、ついに満足いく結果を得られなかったのである』」
「何それ、装置の存在自体信憑性が低いじゃないの。そもそも考案者って、捨虫の魔法すら使ってなかったの?目的が捨虫なら、私たちには意味がないかもしれないじゃない」
「でも、あなたもわかってるだろうけど、原理的には強力な魔法に必要なものが絶妙なバランスで配合されているわ。完成させれば大変なものが出来上がるわ」
「完成すれば、ね。それにしても、フロリアンの使った血と弟子たちの使った血にはどんな違いがあったのかしら」
そんなこんなで、色々と議論をしている内に夕方になった。人形の手入れや製作をやり残していたので、帰宅して終わらせることにした。
五升の血の謎と、血の質の違い。一体何がフロリアン・バセスクを特別にしたのだろう?そんなことを考えていたので集中力は途切れ、ようやく終わった頃にはすっかり真夜中を回っていた。
「え、もうこんな時間なの?もうそろそろ寝ないと明日に影響出るわよね。とりあえず、お風呂入って、それから・・・・・・」
お風呂上り。
就寝前に失った水分を補給しないと。
そう思って寝ぼけ眼で台所に立つ。棚に何か白い液体が入った瓶が目に入った。
「えっと、これ・・・・・・」
そうだ、思い出した。こないだ人里で人形劇やったら、お礼にもらったのよね。なんだったかしら。
確か・・・・・・
「これは数年間ねかせた取って置きの自家製の・・・・・・だ。大事に飲んでくれよ」
えーっと・・・・・・
「・・・・・・として、・・・・・・濃度の限界に挑んだ相当きついやつだからな、飲むときは注意してくれ」
なんか所々穴があってよく思い出せない・・・・・・
だんだん話していた姿と声がはっきりしてきた。
「ああ、慧音か、なら牛乳ね。」
うん、間違いない。だってぴったり穴が埋まるもの。
「これは数年間ねかせた取って置きの自家製の牛乳だ。大事に飲んでくれよ」
「牛乳として、成分濃度の限界に挑んだ相当きついやつだからな、飲むときは注意してくれ」
ほら。
本人が聞いたら頭突きでもされそうなことを平気で、いやに自信たっぷりに言う私。そのときの私は、これが悲劇を呼ぶとは夢想だにしなかった。
とりあえず、ガラスのコップになみなみと注いでみる。
どくどくどく。
ああ、濃さそうな音。これは期待できそうね。
「慧音ありがとう。あなたの牛乳は大事に飲ませてもらうわ」
ぐい。こく、こく、こく。
「ああ、おいしかった。いやはや、まろやかな口当たりねえ。クリーム並みに濃いのかしら」
「どうでもいいわ。ああ、いい具合に眠くなってきたし、お休み・・・・・・」
私はそのまま自室に戻り、深い眠りに引き込まれていった。
翌朝。
「う~。頭痛い・・・・・・」
二日酔のように頭が痛む。でも昨日はお酒なんて一滴も飲んでいない。
「どうなってるのよこれ・・・・・・」
台所に行って、昨晩の瓶を見つけ、大変なことに気づいた。
「これ、牛乳じゃないじゃない・・・・・・」
えーっと、何だったかしら・・・・・・
突然記憶が強烈にフラッシュバックする。目の前で座布団に正座した慧音がお茶を飲みながら喋っている。
「これは数年間ねかせた取って置きの自家製の濁酒だ。大事に飲んでくれよ」
「醸造酒として、アルコール濃度の限界に挑んだ相当きついやつだからな、飲むときは注意してくれ」
あー、うん。すべて理解したわ
醸造酒ならそんなに強くはないだろう。私だって決して酒に弱いほうではない。二日酔もあまりしない。しかし、昨晩はあの肉体的、精神的な疲労の下で、酒と知らずに(ここ大事)、あの量を一気飲みしたわけだから、酔わずとも肝臓がびっくりして二日酔になることは納得できた。
でも納得するだけじゃいけない。対策を考えなきゃ。
この頭痛だと今日は紅魔館に行けないかもしれない。そうすればどうなるか。おそらく明日あたり問い詰められて薬とかで無理矢理白状させられるだろう。酒を牛乳と間違えて飲んで二日酔だなんて、仮にも都会派魔法使いの私に許されたことではない。都会派は関係ないかもしれないけど。最低限、一生物笑いの種にされるだろう。都合の悪いことに、私たち二人の一生は永遠だ。
「永遠に物笑いの種にされ続けるなんて、御免よぉ・・・・・・」
というわけで、絶対に今日は行かなくてはならない。しかも二日酔を悟られてはならない。よーし、こうなったら。
「迎え酒よ!」
棚からウオッカの瓶を引き摺り下ろし、裏の畑に飛んでってトマトの実を摘む。ウオッカをコップに少し注ぎ、トマトを搾ってジュースにしてコップを満たした。カットレモンを加えたら、迎え酒の女王様、ブラッディ・メアリの出来上がり。
「ああ、おいしい。ふふふ、随分ましになったわ。貴女のおかげよ、メアリ1世」
途端、気づいた。
「え、あ、ああ、もしかして、そういうこと!?」
私は裏の畑に飛んでいくと、一番多くの実をつけたトマトを根っこから掘り出し、レモンをいくつかもぎ取り、あわただしく準備をして、紅魔館は図書館に飛び込んだ。
「見つけたわよ、パチュリー!」
「ちょっと、元気良すぎよ……私昨晩はあんまり寝てないんだから、ちょっと静かにしてよ、っていうか、なにそのトマト」
「ふっふっふ、貴女は知らないのね。あのカクテルを!」
「なにそのテンション。貴女らしくもないわよ」
「でもこれで問題は解決するのよ」
パチュリーの目が光った。
「で、どうするの?もしかしてトマトジュース?」
「あたらずとも遠からずよ」
そう言って私はトマトとレモンを搾る。ブラッディ・メアリからウオッカを抜いたカクテル、バージン・メアリが9リットル出来上がった。トマトも、レモンもすべて同じ個体のものを使っている。
「バージン・メアリ……。まさに『処女の血』ね」
パチュリーは感心したように言う。
「フロリアン・バセスクが使っていたのは、このカクテルだったのよ。弟子たちは本物の血を使ったのね。っていうか、あんなややこしい書き方するなー!」
「じゃあ、そうと決まれば早速実践よ、アリス」
パチュリーは銀の深鉢を取り、そこにバージン・メアリを注ぎ込んだ。そしてその底に純金粒を投入し、水銀を流し込んだ。
そして彼女は呪文を唱えだす。鉢から光が出た。その光は収まらない。実験は成功だ。
「さあて、じゃ、始めますか」
「そうね。楽しみだわ」
私たち二人は早速、思い思いの実験を始めた。
あと普通トマトの収穫で根っこから掘り出すかなぁ……地生りトマトの機械収穫じゃあるまいし。