*今更ながら注意書き
・キャラクターの性格に原作からの乖離があります。
・一部キャラクターが不当な扱いを受けている可能性があります。
・オリジナル設定、設定のアレンジがあります。そのために矛盾等あるかもしれません。
・教育上宜しくない言葉遣いが含まれています。
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なお、このSSは「霧雨魔理沙と子猫の失せ物 前編 魔理沙の躁鬱な午後 橙風味」の続編となります。前編を見ないと話が分かりづらい部分が多々ありますがご了承下さい。
霧の湖の一角、無数の岩が立ち並び視界と進路を邪魔する林の中の獣道。人間や、妖怪ですらあまり立ち入らないその道の先、広場のようになったこの場所は妖精たちの溜まり場になっていた。この日話題の中心となっていたのはその妖精たちのなかでも一回り背が高く――といっても人間の子供程度だが――ついでに声も一回り大きい青い妖精であった。
「どーだー!すごいだろすごいだろ!」
その妖精・チルノはすこぶる上機嫌であった。
「この帽子はなあ、なんか妖怪みたいなヤツの持ってたものなんだぞ!これ、あたいのもんだからな!」
威張り散らすチルノに妖精たちが羨望のまなざしを惜しげなく注ぐ。それは元来力の弱い存在である妖精にとって、遥か上位の存在である妖怪(正しくは妖獣だが)を出し抜いたということがいかに賞賛に値する行為であるかを示していた。
「…でも、チルノちゃん」
「ん?どしたの大ちゃん?」
妖精たちが楽しそうに騒ぐ中、一匹の妖精――通称・大妖精――が遠慮気味に口を開いた。
「それが妖怪の帽子ならその妖怪が取り返しに来るんじゃ…」
力ではチルノに劣るが、その分本来の妖精らしい逃げ隠れに関する知恵は豊富なのが大妖精の強みである。だが彼女の不幸は親友がチルノであるということである。
「だいじょーぶだいじょーぶ!こんな帽子盗まれるようなトロい妖怪にあたいが負けるわけないじゃん!」
「で、でもその妖怪がもっと強い妖怪を連れてきたら…」
「その時は…う~ん…そだ!ここにいるみんなで戦うんだ!あたいら湖の妖精のホントの実力っていうのを見せ付けて妖怪どもを震え上がらせてやるんだ!なー、みんなー!」
チルノの一声にほとんどの妖精たちが歓声を以って支持した。
(うう…そんなんじゃなくて…言うこと聞いてよチルノちゃぁん…)
悲しいかな、一度勢いに乗った馬鹿…もといチルノは止まらない。落ち着いて考えればいくらチルノでも妖怪とまともに渡り合えるわけがないし、ましてより強力な妖怪が出てきたら湖の妖精たちが束になっても話にならないだろう。と、そんな悲観していた大妖精たちの前に一匹の妖精が駆け込んできた。
「…なになに…おお!来たか!みんなー!例の妖怪が来たぞー!きあいいれて…」
チルノの言葉は突然ばら撒かれた弾幕によってかき消された。突然の爆撃は集まっていた妖精たちを吹き飛ばし、阿鼻叫喚の坩堝に叩き落としていく。
(あああ、また逃げそびれた~…)
…なにが不幸かって、チルノは話を聞かない上に厄介ごとを引っ張り込んできて、しかもそれに自分も巻き込まれるという事実。合唱…
「おらああ!コソコソしてないで出て来いや雑魚妖精どもが!」
「魔理沙…ヤクザ屋さんの取立てじゃないんだから…」
昼間は霧に包まれた「霧の湖」だが、夕刻も近づくと次第に霧は薄れはじめていた。霧が晴れた頃には湖は完全な闇に包まれ、静寂とともに夜の眷属たちのステージとなるのだが――
「だから言っただろ?回りくどいマネはしない!真正面から撃ちまくって奴らを全滅させる!」
その静寂は一人の魔法使いが雨あられと放つ弾幕によって完膚なきまでに破壊されようとしていた。その様はもはやヤクザというより地獄の修羅羅刹のそれと変わりなかった。
「そんなことしたら帽子も吹き飛ばしちゃうでしょ!それにやりたいことがあるとか頭使うとか自分で言ってたじゃない!」
「…それもそうか」
そう言って魔理沙はあっさり爆撃をやめた。
「本っっっ当に大丈夫だよね!?あたしの帽子返っていくるよね!?」
先ほどからまったく後先を考えているように見えない魔理沙に橙は大いに不安を抱いていた。
「………大丈夫だ、多少暴れても帽子は絶対取り戻す」
「ちょっと何今の変な間は!?取り返すにしても原型留めてないと意味無いんだからね!」
「大丈夫だって。ほら、現に犯人が血相変えて向かってきやがった」
そういって魔理沙が指差した方向を見ると、さっきまで広場にいた妖精の一団が勢いよくこちらに向かってきていた。
「このやろう~!あたいに奇襲しかけるとはいい度胸ね!」
「おお、結構生き残ってるじゃないか~」
「…お願いだから…消し炭持って帰るようなことはやめてよね…」
どこか楽しそうにも見える魔理沙に橙の不安は大きくなる一方であった。
「この~!どこの妖怪かと思ったらお前か!」
「ちょ、ちょっとチルノちゃん!」
鼻息も荒く今にも殴りかからんとするチルノを慌てて大妖精が抑える。
「なんで止めるの大ちゃん!?」
「だってあの人……前の紅い霧の時もそうだし…今だって…相手にしたらやばいよ…」
「こ、コラ!人を危険物扱いするな!そんなことより本題だ、本題!橙、お前の帽子を持ってるのはコイツでいいんだよな!?」
「あ、あ~…うん、うん」
大妖精の発言に内心同意していたとは言えない。それに何はともあれ帽子を盗んだ犯人は目の前なのだ。
「コイツだよコイツ!あんた、あたしの帽子返してよ!」
「ふんっ!なんだっていうのさ!盗まれるヤツがドンくさいんだよ!あたいがいくら最強だからってそんなやつ助っ人に連れてきて…弱っちーヤツには用なしね!」
「な、なんだってぇ!妖精の癖に!」
まさか格下の妖精にここまで舐められるとは思っていなかったらしく、尻尾を逆立たせて怒りを露わにする橙。
「橙、まあ、落ち着けよ…おいそこの莫迦(バカ)」
「は?そんな変な文字でバカなんて読むわけないじゃん。バカじゃねーの?」
「この妖精風情が!ぶっ殺す!!!!!」
まさか格下の妖精にここまで舐められるとは思っていなかったらしく、諸手を振り上げ憤怒を表現する魔理沙。
「ちょ、ちょっと魔理沙落ち着いて!」
「HA☆NA☆SE!!このガキゃ一度痛い目みせないと気がすまねえ!」
荒れ狂う魔理沙を見て、チルノは見下したような呆れた表情を浮かべた。
「…なんでそんな怒るのか知らないけどさ」
「ち、⑨が私を見下してんじゃねええええええええええ!」
しかしすぐにその顔はいつもの無意味に自信満々な笑顔に戻っていく。
「ハッ!やる気だっていうなら好都合だ!今日はあたいら湖の妖精の本当の実力を思い知らせてやるんだ!二人まとめてかかって来な!」
「…調子に乗るのもそこまでだぜ…!お前如きに橙の手なんぞ借りる必要ない!全員まとめて、私の実験のモルモットにしてやるぜ!!」
「なにおー!よし、場所を移すぞ!向こうの方にあるおっきな木のところで待っててやる!逃げんなよ!」
「うう…結局こうなるのかぁ…もう嫌だ…」
大妖精の悲惨な泣き言を残しつつ、チルノと彼女に率いられた妖精たちは森の方へと飛んでいってしまった。
「お前如きに誰が逃げるか!遺書でも用意してろ!」
(…なにも妖精と同じレベルで口喧嘩しなくても…)
橙は内心そう思うが、思い返すと真っ先に妖精の挑発に食いついたのは自分であり、そもそもその妖精に帽子を盗まれたのが他ならぬ自分である。それを考えると激しく気が滅入ってきた。
(はあ…修行不足だなあ…藍さまに怒られちゃうよ…)
「なにボケッとしてるんだ、行くぞ!」
かけられた声で急に現実に引き戻される。見ると魔理沙は、すでに箒にまたがり夕暮れ時の空に飛び上がっている。
「え、あ、ゴメン!」
追いかけるように橙も慌てて飛翔する。夜も近づいた秋の風は一層の肌寒さを感じさせる。
「うぅ…もうちょっと厚着してくればよかった…ところで魔理沙?」
「ん、なんだ?」
「さっき実験って言ってたけど…ひょっとしてそれが『やってみたいこと』なの?」
橙の質問に魔理沙は楽しそうな笑みを浮かべながら答えた。
「ああ。名づけて魔理沙さまのデラックスパーフェクトパク…ラーニング実験大会だ」
「逃げずによく来たな!えらい!」
「お前如きに意味も無く褒められても嫌味にしか聞こえねえ…!」
「ま、まあまあ…多分深い意味は無い…と思うよ…」
魔理沙と橙は言われたとおり指定された大木の元にやってきた。そこは1本の大木を中心とした広場のような場所であった。
「(ちっくしょうめ…!…まあいい…場所に関しては好都合だ、こんだけ広けりゃ色々試しやすい…)とっとと始めようぜ…!」
「…バカめ…!もう始まってる!このおおおおお!」
言うが早いかいきなり突進してくるチルノ。周りの妖精たちもあっけにとられているところから、おそらく彼女なりに考えた奇襲のつもりなのだろうが…
「遅せえっ!おんどりゃああああ!!」
「ふっがああああ!?」
その考えは魔理沙が勢いよく投げつけた空き瓶によって脆くも崩れ去った。
「ふごおお…だ、大ちゃん…痛い、痛いよお…痛い…」
「ちょ、チルノちゃん大丈夫!?」
「…あ、わりい…まさかクリーンヒットするとは思わなんだ…」
顔面を的確に捉えたその一撃に、直撃させた魔理沙が申し訳なさそうにするくらい本気で痛がり悶えるチルノ。魔理沙本人も気付いていないが、普段から魔法薬の瓶などを敵に投げつけているため、思っていたより投球力がついていたのだ。
「…つぅ~…くっそ~不意打ちなんて汚いぞ!」
「………あ~、ツッコミどころが多すぎるんであえてスルーするぜ…ともかく仕切りなおしてっと……オラ!お前らもボサっと見てないで撃ってきたらどうだ!?」
「こ、こらアタイが指示するんだぞ!みんなぁ、かかれー!」
魔理沙の挑発とチルノの号令に、展開についていけなかった妖精たちが一斉に攻撃を始める。お世辞にも統率の取れたものではなくパターンも単調、だがその数を活かし密度と面積を以って相手を圧倒する、妖精たちが集まった時のお決まりの弾幕。しかしながら…
「~♪っときたもんだ…っと…さて早速いくか…」
魔理沙はその重厚な弾幕を、鼻歌交じりの軽いステップだけで回避していく。その様は、敵弾の方が自分から外れていく、そう錯覚させるほどに洗練されたものであった。
「…よっ…それで魔理沙…うわわ……『実験』ってなにを…わっと…やるの…ほッ…まさか瓶を…っとと…投げることじゃないでしょ?」
橙のほうも魔理沙ほどの余裕は無いが、妖獣特有のしなやかな動きで確実に弾幕の合間をくぐり抜けていく。
「ああ、八卦炉の状態がやばいのはさっきも言っただろ?」
「うん…」
「八卦炉が無きゃ私の弾幕のバリエーションは大幅に減ってしまう。だからせめて八卦炉が治るまでの間、何か従来の私の弾幕に変わる、少ない魔力で使いやすい弾幕はないか模索していたわけだ」
「…で、その結論が人の弾幕をパクる…と。いつものことじゃない…」
「ひ、人聞き悪いこと言うな、よく言うだろ技は盗めって!参考にするんだよ!参考に!」
そうこうしている間にも弾幕の密度は増していく。
「うわあ…!攻撃するなら早くしてぇ!」
「へん!何する気か知らないけど小細工なんか無駄だ!」
「お前が言うんじゃねえ!いくぞ、まずは咲夜!」
そう言って魔理沙は太股に手を伸ばし、シルバー加工が施されたナイフを取り出した。
「銀のナイフ…十六夜咲夜…」
橙は思い出す。紅魔館の吸血鬼に仕えるメイドにして騎士、十六夜咲夜。かつて主から聞いた彼女の能力は――
「ってウソぉ!?魔理沙時間止められるの!?」
「流石に時間を止める、ってのは無理だが再現は出来るはずだ…まあ、見てな!」
取り出したナイフの本数を魔法で増やし、そのまま宙に放つ。
「するとそのナイフが突然方向を変えたり、時間差で襲ってくるって寸ぽ…」
言葉に詰まる。ナイフは空中で静止したまま動きを止めてしまったのだ。
「あれ…?推進力の加減を誤ったか…スピード落とすつもりがやりすぎたかな…?」
「ちょ、ちょっと!のんびりしてる場合じゃ…!」
ブツブツと考えごとをする魔理沙とあたふたと慌てる橙。そんな二人をあざ笑うようにチルノが制止したナイフに近づく。
「なんだ!やっぱりお前バカだな!こんな包丁飾るっていうならあたいのほうが1万倍上手に……!」
次の瞬間、チルノはその二つ名に相応しく、笑顔を顔面に貼り付けたまま氷のように硬直した。
――理解するのに数秒の時間を有した。音がした、何の?…頬に焼けたような痛みを感じる、何で?…いったい何が起こったのか?何かが、高速で、自分の顔スレスレを、掠めていった?いったい何が…目の前のナイフが!
「……う、うわああああああああ!こ、ここの卑怯者!こいつううう動くじゃないか!」
状況を把握しパニックに陥るチルノ。だがその恐怖は実際には大したものではなかった。なぜなら次の瞬間、それまで静止していたナイフが一斉に、それも目視で追えないほどのスピードで、更には方向もバラバラに飛び交い始めたのだから。
「ひ、ひいいいいいい!!だ、だだだ大ちゃん助けてええええええ!!」
「い、いやああああああ!!チルノちゃん助けてええええええ!!」
阿鼻叫喚の渦は妖精たちを巻き込むだけに留まらなかった。
「にぃゃあああああ!!ちょ、ちょちょちょっと魔理沙こっちにも飛んできて…!」
「話しかけんな!それどころじゃ、ってぬうぉおおおおおおおおおおお!!」
恐怖の高速飛翔ナイフ地獄は放った本人たちも巻き込んでしばらく続いた。
「…ま~り~さ~…あれのどこがスピード落としたって…?」
「…皆まで言うな…こんな危険なモン、永久封印だ…!」
「くっそ~、お前バカだろ!危なかったじゃないか!」
「チルノの分際でさっきからバカバカ五月蠅い!次は妖夢!」
「…ちょ、ちょっと待ってよ魔理沙!」
懲りずに何かを仕掛けようとする魔理沙を橙は焦りながら制止する。
「妖夢さんって…まさか刀振り回すとかじゃないでしょうね!?」
妖夢とは主に連れられて白玉楼に趣いた際に多少の面識があったが、それを踏まえながら先ほどの惨状を考えると…ナイフより刀身の長い日本刀…考えるだけでも恐ろしい。
「いくらなんでも同じ過ちは犯さない…つうかもうあんな目に遭うのは御免だ…もとより今度のは刀である必要はない」
「それなら良いけど…って“必要はない”ってどういう意味?」
「それは…こういう、こった!」
そう言って魔理沙はおもむろに箒を、剣術で言うところの八双の型に構えた。
「よし、ドーンと来いや!」
「…何、してるの…?」
「確か花の異変の時だったか…偶々出くわした妖夢のヤツと仕合いになったんだがな、アイツ刀で弾幕を斬って、しかもそれをそのまま撃ち返してたんだよ。弾を消して、しかも攻撃できるなんて…もし使いこなせれば弾幕勝負じゃ絶対に負けないぜ!」
「…簡単に言ってるけど…そんなこと出来るの…?」
実際、幾ら魔理沙が剣術の真似事をしても、妖夢の操るそれには遥か遠く及ばない。ましてや重心が先端に偏っている箒を人間の、それも女性の腕力で刀の様に振るうこと自体、至難の業である。
「魔理沙さまに不可能は無いぜ!さあ馬鹿の一つ覚えでドンドン撃ってきやがれ!」
「この~、動かないなら蜂の巣にしてやる!」
魔理沙の露骨な挑発を疑いすらせず、チルノはスペルカードの使用を高らかに宣言する。
凍符「パーフェクトフリーズ」
四方八方にばら撒かれた大量の氷弾は命中精度こそ低いが、そのスピードには目を見張るものがあり、まさにチルノの切り札的スペルと呼べるものであった。ただこの場合、それを切るにはあまりに迂闊すぎた。
「ふんッ!避けないなんてやっぱりバカね!」
「よ~し来い来い来い来い…」
氷弾の一つがちょうど魔理沙のいる位置に向かって飛んでいく。そして…
「……ドンピシャ!…おりゃあああああああああああああああああああ!」
カッキーン!
あえて擬音で表すとこのような感じであろうか…魔理沙が箒をフルスイングして打ち上げた氷弾は清清しい打撃音と共に、上空へ舞い上がり…
「ぐげええッッ!」
「ち、チルノちゃん!?」
チルノの腹部に突き刺さった。直撃を受けたチルノは殺虫剤を浴びせられた羽虫の如くフラフラと地面に落下していく。
「…野球?…ていうかピッチャー返し…?」
以前に紫から聞いたことがある。外の世界では棒切れでボールを打つ遊びがあると。橙はふとそれを思い出した。
「よっしゃああ!やーいやーい!どうだ思い知ったかこのバーカ!」
「…これって氷の塊を打ち返したんであって、弾幕をかき消して撃ち返すのとはまた違うんじゃ…って魔理沙危ない!!」
よほど嬉しかったのか、大人気なくはしゃぐ魔理沙。だがそのせいで彼女は大切なことを忘れていた。
「お前のかーちゃん天然パー…ん?何だ?どうし、ぶふぉぉおおおおおおおおっ!」
「パーフェクトフリーズ」は直線で氷弾がばら撒かれた後、ランダムに方向転換するまでを一連のパターンとする弾幕であり、例え直線弾を打ち返してもそこから展開する氷弾を忘れていると…
「…当たっちゃうよね……」
「…うう、全然駄目じゃないか……くっそおお!やっぱ弾幕に受身になるなんて性に合わん!これも無し!」
(今のは単に調子乗っただけなんじゃ…)
「まだまだぁ!次、うどんげ!」
もう半ばヤケクソ気味に魔理沙は腕を突き出し、銃のように指を立てた。
「…一応聞いとくけど…幻覚とかは…」
「無論見せることは出来ない…とにかく見てろ!」
そう言って指先に魔力を集中し…一気に放つ。放たれた魔力は銃弾を形取り、緩やかに敵陣に向かっていく。
「このっ…!何度も何度も小細工ばかりしやがって!もう騙されないぞ!」
さすがにこれまでのことを警戒し、若干大きく旋回して魔力弾丸を避ける。すると魔理沙は低い声で呟きだした。
「…何避けてんだよ…⑨の分際で…」
「…いや普通避けるでしょ…」
「何でお前がツッコむんだよ!」
あまりに論点がおかしい魔理沙の発言に、つい橙が突っ込んでしまう。そこであることに気付いた。
「…ひょっとしてこれ、実体の無いハッタリ弾?」
「な、なにネタバレしてんだお前!台無しじゃないか!」
あからさまに図星を突かれ動揺する魔理沙。しかし橙は更に確信を突く。
「…そして多分だけど…連射できないでしょ、これ…」
「う、うるさい!連射できなくてもこいつは一味違うんだよ!!」
「ふ~ん、この弾、触れても平気なのか」
橙に向かって必死に弁解する魔理沙の姿を見て、チルノたちはここぞとばかりに笑いものにしようとする。
「こんな色だけ付けたスカスカ弾であたいらを倒せるわけないだろ!きゃははははは!」
チルノの馬鹿笑いに続いて他の妖精たちも一斉に哄笑を上げる。
「ち、チルノちゃ~ん、なんかまた嫌な予感が…」
このパターンも三度目なのだがいかんせん妖精、学習能力と応用力が無い。
「今度ばかりは正真正銘のバカだな、おまえぇぇぇえええええええええええええ!」
チルノが最後まで言い切る前に、それまで無害だった弾丸が突然、大爆発を起こした。爆心地近くにいた数十匹の妖精たちが爆発に巻き込まれ、負傷と混乱で泣き叫ぶ妖精たちによって、あたかも広場は戦場の地獄絵図といった様相を呈していた。
「おっし!初見なら結構いけるな!」
(…あ、悪魔だ…)
心底うれしそうな魔理沙の姿を、橙はそれ以外に表現しようが無かった。
「ふん、次も決めるぜ!霊夢のホーミング弾!」
機嫌が良くなった魔理沙は、今度はおもむろに懐から十字架のようなものを取り出し…投げつけた。魔力によって強化された十字架はすさまじいスピードで飛翔し、しかも回避したと油断した相手を後ろから追撃するという脅威の性能を持っていた。
「よし!うまくいった!」
「…でも…霊夢のホーミング弾ってさ、もっとこう…ゆるやかに相手を追いかける感じじゃない?なんかあれすごく鋭角的に曲がってるし…それに一回曲がったらそれっきりだよ?」
確かに魔理沙の放った十字架は相手をすさまじいスピードで追尾したがそれはかなり鋭角的なカーブを描き、且つ一度曲がったらそのまま一直線に飛んでいってしまう、ホーミングというには今一つ物足りないものであった。
「何ぃ!?…ならこれでどうだ!」
魔理沙は再び十字架を投げつけた。今度の十字架は緩やかに曲線を描きながら宙を舞う。
「よし、今度こそ!」
「…今度は追尾してないよ…なんかふにゃふにゃ曲がってるだけで…あ、こっち戻ってきた…と思ったら向こう行った…落ちた…」
今度の十字架は曲線を描くが追尾はせず、障害物に当たるまで無軌道に飛び続けている。もはやホーミング弾と呼ぶことすら出来ないものであった。
「…う~ん、どっちも十分強いとは思うけど…なんか違わない…?」
「いや待て待て…思い返せ…あいつは…霊夢はこいつについてなんて言ってた?それを思い出せば…」
『なあ霊夢?なんでお前の弾って曲がるんだ?』
『はぁ?何言ってんのよ?私はまっすぐしか撃ってないわよ。まっすぐ撃って曲がるわけないでしょ』
『いや、現に相手追いかけてるし…』
『知らないわよ。じゃ、まっすぐ相手を追いかけてるんじゃないの、弾が?』
『えぇ…どうすればそんな弾撃てるんだよ…』
『まっすぐ撃てばいいじゃない。当てるように撃てば当たるに決まってるでしょ』
「そんなアバウトな発想で魔法が創れるかボケぇぇええええええええええ!!!!」
魔理沙はヤケクソになって十字架を思い切り放り投げた。投げつけられた十字架の半分はそのまま周囲の妖精を追尾し、もう半分はフラフラと曲線を描きながら宙を舞い始めた。
「ま、魔理沙…なんか大変なことになってない…?」
「…あ、あれ?」
元々放たれたものと合わせ、それらの十字架は猛スピードの直線弾と軌道の読めない曲線弾の複合弾幕と化し、その中に巻き込まれた妖精たちを翻弄していた。
「…すごく効果あるみたいだよ…よ、よかったじゃない…」
「……ええい、なんかこう…追尾弾ってのは優柔不断な感じがして好きになれん!やめだやめ!」
(…誤魔化した…何かを誤魔化した…)
その後もしばらく魔理沙の実験という名の暴力は続き…
「…どうした、もうお終いか?」
「く、くっそ~…!」
一人残されて歯軋りするチルノ。あれほど士気が高かった妖精たちだが、あるものは負傷し、あるものは逃走し、あるものは戦意を喪失し、もはや総崩れの状態にあった。
「……ほ、ホントに条件守って勝っちゃった…」
勝負の内容そのものは確かに荒唐無稽。だが、湖を縄張りにする全ての妖精を相手に、魔理沙は当初約束したとおり自らの得意とする戦法を完全に封印し、真っ向からそれを打ち破ったのである。
(滅茶苦茶だったけど…すごい…何より、強い…!)
これには橙も驚嘆し、改めてこの魔法使いの実力を思い知るところとなった。
「ま、いい加減私も飽きてきたとこだしな…どうする?おとなしく返す物を返すならそれで良し。あくまで撃りあうなら…」
「チルノちゃん!もう無理だよぉ!」
「…ふ、ふん!今日は大ちゃんに免じて負けを認めてやる!命拾いしたな!」
「分かったからさっさとモノを返せ!」
負け惜しみを吐くチルノを魔理沙は容赦なく斬り捨てた。
「…ぬうぅ………こっち…着いてきな…」
一瞬何かを言おうとしたチルノだが、負けた手前大きく出ることも出来ず、不機嫌そうに魔理沙たちを森の奥の方に案内した。そこには何処からか拾ってきたであろう、小さな木箱が置いてあった。
「…ここに入れた…」
「…よし、変な真似するなよ…そいつを開けろ」
言われるままチルノは木箱を開ける。そこには緑色の帽子が――
「…入ってない…何も入ってないじゃない!どういうこと!?あたしの帽子はどこ!?」
ようやく帽子が戻ってくるという期待を裏切られ、橙は声を荒げてチルノに問い詰める。しかし当のチルノは…
「し、知らない!あたいちゃんとここに入れたもん!」
「じゃあ何処!?あたしの…藍さまから貰った帽子返してよ!!!」
「知らない知らない!あたいホントにここに入れたもん!嘘ついてないもん!」
「この…妖精のクセに!」
「止めろ橙!コイツは嘘を言っていない!」
今にもチルノに掴みかかって押し倒さんばかりに興奮する橙を、魔理沙は制止する。
「なんで止めるのよ魔理沙!コイツ、あたしの帽子を…大切な物を…!」
「あたい嘘言ってないもん…ホントだもん…」
今にも泣き出しそうな橙とチルノに対して、魔理沙は諭すように語り始めた
「チルノ…橙の帽子を盗んだのはお前じゃないんだろ…?」
「…!…なんでそれを……あっ…!」
「えぇ!い、一体どういう…!」
「…元よりお前にスリなんて器用な真似できないとは思っていたさ…実行犯、っていうか黒幕みたいなヤツがいるってな。大方、お前さんはその黒幕野郎から「妖怪の帽子」とでも言われて帽子を受け取ったんだろうよ…取り返しに来るであろうヤツへのおとりということに気付かずに…後はお前が取り返しにきた相手――この場合私を――追っ払うにせよそれに負けるにせよ帽子さえモノにしてしまえば、自分が妖精界のヒーロー…ってとこだろうな、黒幕野郎の筋書きは…」
「……」
押し黙るチルノに魔理沙は問いかける。
「…これ以上、嘘つき呼ばわりされたくはないだろ?…教えてくれ、橙の帽子を誰から受け取った?」
根が純真なチルノだけに「嘘つき」という言葉は相当の威力を以ってその感情を揺さぶる。
(…我ながら吐き気がするほどすばらしい説得だぜ…)
そのことを頭ではしたたかに計算している自分自身に対し、魔理沙は嫌悪の念を感じずに入られなかった。
「…分かった…話す…帽子は…」
魔理沙の説得にゆっくりと口を開き始めるチルノ。だがそこに…
――ガサガサ――
小さな雑音。闇に染まりかけている森の中にあって、生物以外のモノが発することは絶対に有り得ない、それでいて人間では決して認識できないほど本当に小さな雑音。しかし…
「…誰!?」
猫の聴力は人間のそれのおよそ数万倍。その優れた聴覚は異質な音を聞き逃さなかった。
「…?橙、どうしたんだ?」
「……今、何か、音がした…小動物じゃない…もっと大きいヤツ…」
より広く音を拾えるよう、頭頂部に可愛らしく突き出る二つの耳を懸命に立てる。が、先ほどのような雑音は何故か急に――そう、まるで音そのものが消えてしまったかのように途絶えてしまう。
「…確かに聞こえたのに…だったら…」
今度は鼻に意識を集中する。聴覚同様、人間を遥かに超える「嗅覚」というレーダーを全周囲に展開させる。
「…スンスン…これは…この匂い…!」
そしてレーダーは最大のターゲットを確実に認識する。
「あたしの帽子…!…そっちか!」
「お、おい待てよ!橙!」
遂に発見した目標に向かい、橙は迷うことなく駆け出していく。そのまま完全に暗闇の世界と化した森の奥へ消えていった。
「…気持ちは分かるが…ちょいと無謀だぜ…相手のこともロクに分からないのに突っ込んで行くなんて…」
「…おい…」
「…そういやお前さんの話を聞いてやるんだったな…」
展開から置き去りにされ、チルノは不満気な表情を浮かべていた。
「なんでアイツ、急に飛び出していったの?」
「…帽子を盗んだ真犯人を見つけたんだよ。まったく…依頼したのに自分でしゃしゃり出てどうすんだか…」
そう言いつつ箒に跨る魔理沙をチルノが慌てて制止する。
「っておい!お前も行っちゃうの!?真犯人のことあたいから聞かなくていいの!?」
「ああ、そういや言ってなかったな…私には犯人の目星は大体ついている」
「ええ!?マジ!?」
驚くチルノに魔理沙は更にあっけらかんと返した。
「お前から聞きだそうとしたのは確証がなかったからだが…さっき橙が聞き耳を立てた時のあの反応…あれで十中八九、犯人は確定した。当然、行き先もな」
そして口元を怪しく吊り上げた。
「見てろよ…この魔理沙さまはそうそう出し抜けないってことを教えてやるぜ!」
一方、またまた橙の住居マヨヒガでは…
「…はあ、はあ、はあ、くっ!し、静まれ、静まれ!…症状の進行がこうも早いとは…もはや猶予は…いや駄目だ!私は主だぞ!?主がしっかりしないで………やっぱ無理!すんげー無理!うおおおおおおおおおおおお!ちぇええええええん!寂しい!すっごく寂しいぞ!早く帰ってきてくれええええええ!ちぇぇええええええええええええええええええええええええええええええええええええええん!!!!!!!!!」
流れぶち壊しだけどこれっぽっちも重要ではないですよ…
そこそこ続きそうだね。
言い回しに笑いましたw
「!」が多めに感じますけど、
「!!!!!」とか一回に三つも四つも並べて使っているわけでは無いので、
個人的には稚拙さは感じませんでした。
それよりもそういう元気な雰囲気の作品だと感じます。