この作品は、前作・『銀の彼女』の咲夜さん視点の作品です。
咲夜×アリスのほかにしかジャスティスを感じない方は、プラウザバック推奨です。
少し、お嬢様が幼いです。
お気に召しましたら、前作・『銀の彼女』も合わせてお楽しみください。
では、評価、感想お待ちしております。
その日見た光景は、実に幻想的というか。
幻想郷の中にいながらお伽噺の中に入り込んだかのような光景。
その中心にいた彼女は、まるで人形の国のお姫様のようだった。
『金色の人形姫』
私が投げるナイフが、一体の人形に突き刺さる。その瞬間、目の前の人形が爆ぜる。
雪が降り、月明かりに照らされる白銀の中にできたシミのような黒煙が、私の視界を一瞬だけ奪う。
その一瞬で、掌に乗りそうなほどの人形が両手で剣を持ち、数体で私を串刺しにせんと迫る。顔は可愛く、彼女の手作りだろう服も似合っているのに。なんて残酷なお人形さん。刹那、時は凝固する。
―――私のほうが、もっと残酷だけれど。
それにしても、まるで生きているかのような人形だ。目の前から消え、空振りした時の唖然とした表情など、本当に作り物か疑わしい。
その人形たちも、背中からナイフが貫く。
「―――!?」
驚愕に見開かれる彼女の瞳。
よく見れば、綺麗な顔つきをしてる。
白銀の光を小金に塗り替える金紗のような髪。雪を欺く、私よりも白いだろう肌。
タンザナイトのような、空色の瞳。赤いカチューシャも、いいアクセントになっている。
けれど……。向こうから見えたのは、空振りして返り討ちにあった人形たちと、一瞬で視界を埋め尽くしたナイフだけだろう。
人形たちは慌てて彼女の元に戻り、姫を守るナイトのようにナイフに身を切り裂かれていった。
くるりくるりと踊るように。
ワルツか、それともロンドを踊るように人形たちは舞い広がり、私に襲い掛かってくる。
なるほど幻想的な弾幕だった。ミュージカルで喜劇や悲劇を演じるように、人形は踊る。
セレナーデでも流れてしまえば、一流の劇にもなっただろう。ある人形は剣を持ち、爆弾に身を投げ、姫を守るために散る。
これだけの数の人形を操り、一から作り上げただろう彼女は、相当の実力を持っているのだろうが。私に追いつけるはずもなかった。
どれほどの間、刃を交えただろうか。
ほとんどの人形を私が撃ち落とした頃には、彼女は見るからに限界だった。
もう少し、人形劇につきあって。お伽噺の中に身を投じているのも悪くなく、名残惜しかったけれど。
この寒さの中で頬から汗は落ち、息は乱れ、私のナイフに対する反応も、もはやギリギリだった。幕引きかと、最後になるだろうナイフを構えた瞬間、彼女は気を失ったように重力に引かれ、落ちて行った。
「……」
お嬢様の命令で、できるだけ早く済ませなければならない用事だったけど。
素晴らしい人形劇を見せてもらったこともあるし。重力という変えがたい理に引かれて、地面に落ちるはずの彼女を私は抱き留める。
ふわり、と。羽のように軽いなんてことはない。脱力した人間……か魔女かはわからないけど……はそれなりに重いものだ。
ただ、あれだけの人形が彼女だけは傷付けまいと身を投げたのだから。彼女が操っていただけかもしれないが、彼女の人形には微かながら自我も感じられたし。せめて、丁重に扱ってあげるのが、共演者の礼儀というものだろう。
近くに見つけた洞窟に彼女を下ろすと、まだあどけなさが残る少女だ。幻想郷で見た目ほど当てにならないものはないけれど。
寒いのだろうか、紅潮した頬や。疲労のためか微かに震える唇。妖怪や魔女がそう簡単に死なないとはいえ、このまま放置するのも気が引ける。ただ、時間は惜しい。
青を基調とした服装に、ロングスカート……。まるで、彼女自身が人形のようだ。それもかなり端正に作られた。ナイフで傷は…付いてない。ちょっとほっとする。可愛らしいものを傷つけるのは、本意じゃない。
「このくらいしか、してあげられないけど。許してね、可愛い人形使いさん」
首から、愛らしい顔にかけてマフラーを巻いてあげた。安いだろうが、人形劇のお礼だ。
雪も、この洞窟を埋め尽くすほどには降らないだろう。その前に、私が解決に導けばいいだけのこと。
名前さえ知らないけど。ただただ素晴らしかった、雪上の人形劇と舞踏会に賞賛を。
異変を解決し、館に戻れば。門のところでお嬢様直々に出迎えを受けた。
「ただ今戻りました。お嬢様」
「おかえりなさい、咲夜。御苦労さま。……、楽しいことでもあったのかしら?」
「ええ。素晴らしい人形劇と、可愛らしい少女に出会ったものですから」
私の返答に、微かに首をかしげたお嬢様だったが、すぐに笑顔になられた。
私は、この方の従者であり。その笑顔は何物にも代えがたいものでもある。
「それじゃあ咲夜。お茶を淹れて頂戴。貴女のでないと美味しくないから」
「畏まりました、お嬢様」
金色の少女が私を訪ねてきたのは、それから二か月ほど経ってからだ。
◆
幻想郷は春を迎え、この館の花壇にも花の目が芽吹きだした。
吸血鬼の根城と呼ばれる館の一室で、私はその吸血鬼に睨まれている。
「うー……」
じろり、と睨みあげてくる吸血鬼のお嬢様。
常人なら泣きだすほどだろうが、私にはその目が濡れている理由もよくわかる。
「そんな目で見られても困りますわ。お嬢様の最近の好き嫌いは目に余ります」
「どうせ好き嫌いくらいじゃ死なないのよ?だったら好きなものだけでいいでしょう?」
「主がそのようなことでは困りますわ。この館全体の風評に関わります」
まあ主の好き嫌いがどこから洩れるか、なんて知らないけど。
結局、駄々をこねるようになってしまったお嬢様だったが、私には他の仕事もある。
掃除、洗濯、門番へのお仕置き、書類の整理、出費の決算、妖精メイド達への指示、館全体の食事の管理も私の仕事だ。
「咲夜の馬鹿! 鬼!」
「私は馬でも鹿でもなくメイドで、鬼ではなく人間ですわ。あまり駄々を捏ねないでくださいませ、お嬢様」
「ふん!いいわ。もう食事はいい。これを下げなさい、咲夜。これは命令よ」
……そう来ましたか。第一、鬼はお嬢様のほうです。
お嬢様が残した皿の上には、サイの目状に切られた人参、ピーマン。それとグリーンピース。細かくしてピラフに入れたのに、器用なものだ。
あとはムニエルのクリームソースに付け合わせで出したほうれん草。私がどんな気持ちで作っているのか、お嬢様は知らないのだ。まぁ、主が使用人の気持ちを理解する必要もないけど。
まだ、幼い少女でもあるわけだしね。生きた年数以外は。
私は溜息といっしょに、ポケットから呼び鈴を取り出した。
普段、お嬢様が私の名前を呼べば、私はお嬢様の元へ駆けつけるのだが、今回は止むを得ない。
ちなみに、私のナイフと同じ銀で。それも純銀だ。吸血鬼のお嬢様が触れれば、肉を焼かれる。
「ではお嬢様。今後私に用がある場合は、こちらの呼び鈴でお呼びください。それ以外の御用でしたら、他の妖精メイドに任せますので」
「えっ……ちょ、ちょっと咲夜!」
「掃除のほうもありますので失礼いたします。それとも、お食べになっていただけますか?」
「くっ……なんてメイド……。ふん、咲夜でなくたって、別に構わないわ! 早く食事を下げなさい!」
そうして私はお嬢様の部屋を出た。
全く、お嬢様の我儘にも困りものよね。可愛らしいといえば可愛らしいのだけれど。
そんなとき、階段を上ってきた美鈴と鉢合わせした。門番の仕事はどうしたのだとも思ったが、昼寝をせずに館のほうへ来たということは何か用があったのだろう。
「あ、咲夜さん。咲夜さんにお客様が見えてます」
「私に?誰かしら?」
少なくとも、私はここの従者。つまり、私自身に対する客は滅多にいない。ただの一使用人だしね。
この館を訪れる用事といえば、普通はお嬢様か、図書館の主であるパチュリー様のどちらかだろう。
美鈴は思い出すように、えーと…と前置きをした。
「名前は、アリス・マーガトロイドさんです。金色の髪の女の子でした」
「アリス…?金色の髪の女の子…ねぇ……。……あ」
名前に聞き覚えはあった。最近よく図書館に来る魔理沙の友人だ。だが、私はその少女と面識は……ふと、二か月前異変で出会った少女を思い出す。
名前は互いに交わしてさえいないが、名前を知らずに出会ったことがある人物のほうが少ない。
まさか、意趣返しにでも来たのだろうか。私は人間だし、妖怪や妖精の類は、人間よりプライドが高く、人間を見下す輩が多い。
「用件は?」
「咲夜さんのマフラーを持って来て、以前お世話になったお礼をしたいそうなんです。どうしましょう?」
「どうしましょうって……。その子は今、どうしてるの?」
「門のところで待たせ……痛い!いたいですぅ!!!」
美鈴の額にナイフを刺し、他にも数本のナイフが襲いかかった。。
全くこの門番は。敵対心などに敏感なくせして、礼を言いに来たという少女を立ったまま待たせてるというのか。
客人に対してそのような態度、これも紅魔館の沽券や風評に関わるというのに。
「すぐに迎えに行くわ。全く、わざわざ礼を言いにきた相手を立ったまま待たせるなんて、なにを考えているの?」
「ずいまぜん………。以後気をつけまずぅ……」
情けない涙声で、美鈴も後ろについてくる。
外に出ると、あの雪の日に出会った少女がそこいいた。どうやら、間違いではないらしい。
私に気づいた瞬間、彼女は一瞬頬を染めたが、私が何かしただろうか?最低限の礼儀として、まずは私が歓迎の意を示す。
「ようこそ、アリス・マーガトロイド。私が、ここでメイド長を務めている十六夜 咲夜だけど……。人違いだったりしたかしら?」
「い、いいえ。あなたで間違いないわ」
ハッとしたように私に言葉を返す彼女。
なるほど。日の当るところで見れば、金紗の髪は美しい水面のように光を反射する。微かに赤い頬も、可愛らしい。
胸に抱えるように持った紙袋。きっとあれがマフラーだろうが、わざわざ身元も知らないだろう私のところに来てくれたのか。
ますます待たせたことが申し訳ない。私を探して歩き回らせるのもなんだが、せめて空き部屋にくらい案内して起きなさいよ美鈴。
「ごめんなさい。私に礼を言いに来たのに、この門番が立ったまま待たせたみたいね。部屋まで案内するから、付いて来て」
「え、ええ。でも、本当に礼を言いに来ただけで……」
遠慮…かと思ったが、どうやらちょっと違うことが表情から読み取れた。口に軽く握ったこぶしを当て、目をそらす仕草。
なぜなら、言い終わった後に。しまった、というか。ちょっと切なそうな陰りを見せたから。前髪の影に隠れる宝石。もったいない。
けど、訂正するのも気が引けたのか、彼女は数瞬黙ってしまった。ふふ、陰った表情も、本当に少女みたいね。
私は、聞こえなかったふりをして話を進めることにした。
「あぁ、それと。アリス、でいいかしら? 綺麗な人形使いさん?」
「ききれ……!?こほん、構わないわ」
「じゃあアリス。私のことも咲夜でいいわ。部屋までは、少し歩くけど我慢してね」
こくりと頷いて、彼女は私の少し後ろを付いてくる。美鈴に仕事をさぼらないよう釘を刺して、屋敷に向かった。
それにしてもあんな一言で慌てたり、頬を染め、咳払いで誤魔化しきれない誤魔化しをする様は面白いを通り越して愛らしいほどだった。
ちょっと表情は硬いけど、笑顔はきっと相当に可愛いんだろう。
退屈させない程度に声をかけ、彼女の理由はよくわからい緊張を解こうとする。
ここが吸血鬼の館だから、萎縮してるのかもしれないし。できれば、もう少しリラックスしてほしい。
私の部屋について、二人分の椅子とテーブルを中心に移動させる。片方を引いて、まずはアリスを座らせた。
「さて、二か月ぶりくらいかしら? 今日は何でまた?」
「これ…。貴女のマフラーよね? これを返すのと、気を失った私を安全なところまで運んでくれたお礼に。ありがとう……咲夜」
袋から取り出されたくすんだ赤色のマフラー。確かに、あの日人形劇のお礼にと勝手にあげたものだ。
ただ、これを断るのも無粋というものよね。素直に受け取り、微笑みと一緒に聞いてみる。
「どういたしまして。仕事中だからあまり長くはお相手できないけど、紅茶くらいなら振る舞えるわよ?」
アリスは、またあの仕草をした。拳を口元にあてて私から目を逸らすような。
なるほど。これは、彼女なりの素直になれない態度の表れなのだ。魔理沙も、こういうときよく、痒くもない頭をかくようにする。
その魔理沙が、意地っ張りで困ったもんだよ、と彼女の性格を口にしていた。素直になれないけど、断るのは惜しい。そういうことだろう。なぜ惜しいのかは、私にはわからないけど。
自然と、笑みはこぼれる。
「ふふ、魔理沙からあなたの名前を聞いてたけど、貴女も魔理沙と同じで妙に意地っ張りなのね。この館のメイド長としては、お客様にお茶の一杯も出せないのは沽券に関わるのだけど?」
「意地っ張り!? あ、う……咲夜がそこまでいうのなら、いただくわ…」
「ふふ。わかったわ。じゃ、アリス。少し待っていてね」
可愛いなぁ、もう。
魔理沙と同じ、という扱いはショックだったのか、反論しようとしたみたいだけど。それは墓穴を掘るって気づいたんだと思う。
また前髪に隠れて、淡いオールドブルーの瞳は見えないけど、微かに赤くなった耳が見えたから、よしとしよう。
―――時は静止する。
客人を。それも限られた時間でしか持て成すことができない客人を待たせるのはメイド長の名折れだ。
高価な茶葉を使えばいいというものでもないが、用意してあるものでも上等なものを。
持て成す心で、その茶葉にあった淹れ方をすればいい。
ティーポットとソーサー、カップをトレイに乗せて、お菓子としてバタークッキーを。自信作だ。
部屋に戻り、カップを暖め、紅茶を注ぐ。
―――静止が解ける。
「はい、どうぞ」
「えっ!?」
彼女からすれば、少し待っていてねの直後にお茶を差し出されたことになる。
本来だったら、カップに水を注ぐくらいしかできない時間だろう。驚いたアリスに、私は嬉しさを覚える。
こういったタネなしの手品は私の趣味というか特技だが、如何せんこの幻想郷は捻くれ者が多い。私の能力を知っていることもあってか、冷めた反応しかしてくれないのだ。
反面。アリスは驚いてくれたが、予想外に固まった時間が長いと思えばいきなり泣き出しそうな顔になった。
恐る恐るといった具合に、私のほうを見てくる。
「あ、あの……咲夜?」
失礼だが、ちょっと泣きそうなその顔も愛らしい。できれば、笑ってくれると嬉しいんだけどね。
首をかしげる私に、アリスは絞り出すような声で訊いた。
「私……邪魔、だった?」
ん? 邪魔?そんなはずはない。わざわざ礼を言いに来てくれた彼女を邪険に扱うほど、冷血でもない。
彼女に何か、悪い事でもしただろうかと考えると、彼女は横目で紅茶をチラチラと見ていた。
あぁ、なるほど。私は今度、苦笑する。手間もかけずに淹れただろう紅茶が、私の意思そのものに見えてしまったのか。
「そんなはずないわ。たかがマフラーのために、名前すら知らないはずの私を訪ねてくれたんですもの。この紅茶は、私の得意な手品よ。タネはないけどね」
「そ、そう。なら、よかった…」
まだ不安は消えてないみたいだけど、安心はしたみたいだった。
アリスは紅茶を一口飲み、バラを咲かせるように頬をほんのり赤くした。
どうやら、気に入ってくれたようで。
「美味しいわ……。魔理沙が言うだけのことはあるわね」
「気に入っていただけたのなら何よりね」
その時になってやっと、私もアリスの対面に座る。
たぶん、抱きとめて、マフラーを巻いてあげたときを除けば一番近い距離。
本当に、お人形みたいね。細めの眉は、やや強気な印象を与えるけど、目は優しい。キューティクルが密なのか、サラサラに光沢のある髪も、一言で綺麗だ。
「魔理沙は、よくここにくるのかしら?」
空になったカップ。
アリスは、何か会話を探すようにしていたが。場を持たせるように気を遣わせては、メイド失格だ。
ティーポットを持って、質問にも答える。
「ええ。ここの図書館に。本を持ち出そうとするのだけど、最近は減ったわね。おかげで、彼女を叱る回数も減ったけど。もう一杯、いかが?」
「……いただくわ」
私がアリスのカップに紅茶を注ぐ間に、アリスはクッキーに手を伸ばした。
整えられた爪。滑らかそうな肌。白いのに、血管は何故か浮かない美しい眩さ。
指に残ったクッキーの粉を舐める仕草は、歳不相応に艶がある。けど、甘いものを食べて破顔するあたりは、少女そのものね。
「美味しい。人間なのに、メイド長なんて役職についてるのも、納得ね」
「ありがとう。あの時は何体も壊しちゃったけど、貴女の人形もよく出来てたわよ」
「そ、そうかしら?」
可愛らしく。よく動き。表情も微かながらあったわね。きっと、努力家なのだろう。天賦の才だけであれができたら、きっと世の中間違ってる。
褒められたことが嬉しいのか、照れたようにはにかむアリス。我儘ばかりのお嬢様も、これくらい可愛げを取り戻してくれると嬉しいのに。
けど、その表情はすぐに鳴りを潜めてしまった。何度か声をかけても反応がなく、覗き込んでみると、なんだか、とても悲しそうな顔。
「アリス?」
「―――!?」
息を飲むように焦点を私に合わせたアリス。
知り合ったばかりとはいえ、言葉を交わし。名を交換し。一緒にお茶を飲んだ友人なら。そんな顔をされたら心配になる。
震える唇と揺れる瞳。鼻頭が触れそうになった瞬間。私の部屋にノックの音が転がった。
「メイド長。レミリアお嬢様がお呼びになってます」
「純銀の呼び鈴を渡しておいたはずなんだけど……?」
「もう好き嫌いで我儘は言わないから、許してくれと仰っていました」
「そう。下がっていいわ。すぐに行くから」
お嬢様は反省してくれただろうか。
けど、この状態のアリスを放っておくとか、一人にするのも大いに気が引ける。
しかし、私は従者である。特別な命令がなければ、客人より主を優先すべきなのも確かだ。
アリスから離れ、椅子にかけておいたエプロンに手をかける。アリスに待っていてもらうか、どうするか聞こうとしたところで、彼女の異変がひどくなっていることに気づいた。
「……ぅっく」
「アリス……?」
私に向けられた、縋るような。何かを乞うような表情。
目一杯に溜まった涙はすぐに決壊し、肩まで震え始める。なのに、俯くでもなく私を見てる。
そんな顔しないでほしい。その顔は、愛らしくない。逆に私まで悲しくなってしまうわ。私はそっと。できる限り優しくアリスを抱きしめてあげた。
私は長身で、線は細いほうだが。そんな私の腕の中にも納まるアリス。肩の震えは大きく、嗚咽まで聞こえてきそうだった。
何が、そんなに悲しいのかは。残念だけど私にはわからない。できれば、わかってあげたいけど。
「アリス。私はどうして、貴女が泣くのかはわからないわ。何か理由があって、私で力になれるなら、相談には乗ってあげられる。だから、泣かないで。友人に泣かれるのは、悲しいわ」
「……誰にでも、こんなこと…するのかしら」
まぁ、経験談だけど。
お嬢様や、たまに部屋からお出になる妹様。パチュリー様に叱られた小悪魔などを泣き止ませるのに抱きしめることはある。
けど。けどねアリス。行動は一緒でも、そこに込めている思いは、全部違うものなのよ。
「泣く子を落ち着かせるには、こうするのが一番だっていうのは経験からだけど。少なくとも、貴女に泣いてほしくないっていう気持ちだけは、当然だけど貴女にだけのものよ」
「さく、や……。さくやぁ……!!」
食い込ませる様に指に力が入ったのがわかる。
安心できるように。少しでも私の存在が伝わって、私の熱を感じられるように。
頭と背中をゆっくりと撫でてあげれば、だんだんと震えも収まってきた。本当、愛らしい。人形たちのお姫様。
抱き上げて、彼女に無駄な衝撃がいかないように、ベッドに降ろす。眦に留まっている涙を、拭ってあげる。
「けど、ごめんなさい。今は、仕事。後で必ず、相談でも愚痴でも聞いてあげる。だから、今はここで……眠っているといいわ、アリス…」
耳元で囁くと、アリスは微かに頷いた気がした。
まるで、この世界が夢で、夢から覚める様に一瞬で、彼女は眠りに落ちて行った。
最後にこぼれた涙は、指ではなくて唇で掬ってあげた。
◆
お嬢様の部屋をノックすると、即答するかのように入ってと返事があった。
いつもどおり頭をさげ、「失礼します」と挨拶をしようとしたら、小さな塊が腰のあたりに突進してきた。
「お、お嬢様……?」
「ぅ、う~……!咲夜!さくやーぁ!!」
まさか十分もたたないうちに二人の女性に泣きつかれるなんて。
私、そんなに女泣かせかしら。男だったらステータスかもしれないけど、私は人間で、限りなく女性である。
ふと、お嬢様の右手を見れば。焼き爛れてしまった肌。純銀だったはずの呼び鈴は、肉片というか血痕といえるものが、こびり付いている。
「お嬢様、右手を診せてください」
吸血鬼故、普通の傷よりは時間がかかるが簡単にこの程度の傷は治る。けれど。
エプロンについたポケットからガーゼと包帯を取り出して、壊れ物を扱う様に丁寧に巻いていく。
お嬢様は痛いのか辛かったのか、ずっと私の袖を握ったまま。
「申し訳ありません、お嬢様。まさか、本当にお使いになられるなんて……」
「……いいわ。咲夜が来てくれただけで、いい……。もう、好き嫌いもいわないからぁ。さくやぁ……」
尻すぼみになっていくお嬢様。
抱きついてきたから、緩く抱きしめ返す。アリスとはまた違う思いで、慰める様に。
お嬢様は、そのまま眠ってしまった。そっとベッドまで運べば、ベッドのシーツは血で汚れている。悪いことをしてしまった。
誰かを使って私を呼ばせるとは思っていたが、まさか本当に呼び鈴を使おうとするなんて。時を止め、他人から見れば一瞬でベッドを整える。
痛々しく赤が滲む包帯に包まれた右手は、シーツの上に出しておいて。アリスもきっと眠っているだろうから、先に夕飯の準備に移ることにした。
◆
カートで二人分の夕食を自室まで運んできたところで、部屋から何かバンバンと音が聞こえた。
アリスが起きたのかと思い、そっとドアを開けた隙間から、彼女が後ろに転びそうになっているのが見えた。
本当に、危なっかしいところがある子ね。意地っ張りというより、おっちょこちょいなんじゃないかしら。
時は凝固し、私だけの空間で。そっと、アリスの後ろに回り込んで時を解放する。
ぽす、と抱き留めた時よりいくらか軽い音がして、アリスが私の胸中に収まった。声をかけると、驚いたように首だけ振り向いて。
む、なにその顔。私を幽霊とでも思っているのかしら。まぁ、最近の幽霊はちゃんと足もあるしね。
「瀟洒なメイド、ですからね。それより、夕飯の準備ができたから、一緒に食べましょう」
「え、えぇ……。ご馳走になるわ」
来た時と同じように、アリスを先に座らせて。テーブルクロスをかけた瞬間に時を止め、すべての料理をセッティングする。
お嬢様の好きな、時を操りいい具合に煮込んだビーフシチュー―血は入ってない―、切り分けたバケットと白身魚と野菜のマリネ。小さめの、パスタ入りのグラタン。木でできた大きめのボウルに、サラダを盛ってある。
やはり目を白黒させるアリスに、どうやら落ち着いてるみたいだと安心した。
「口に合うとよいのだけれど。食べられないものとか、大丈夫かしら?」
「え、ええ。それに、香りだけで、美味しいことくらいわかるわよ」
「あら。それは作った側としては嬉しい言葉ね」
この館の全員は美味しいと言ってくれるが、他人すべてにそうとは限らない。好みだってある。
飲み物として、いい具合に熟成を進めたヴィンテージ物の赤ワインと、レモンの果汁を搾った水を用意しておいたが。
最初に取り分けておいたサラダに、オリジナルのドレッシングをかけてあげた。アリスが食べ始めたところに、赤ワインのボトルを取り出す。
「アリス、ワインはいるかしら?」
「……咲夜は?」
ちょっと悩む様な間をおいて、アリスが聞く。
私は一応、仕事中だからという理由で断ると、アリスも要らないと答えた。
もう一度美味しいと微笑んでくれるアリスに、私も微笑み返す。また、彼女は照れたように俯いて。
そして、食事が終って。椅子からベッドに場所を移した。
腰かけたアリスの隣に座る。アリスは、何度も逡巡するように言いかけては止めを繰り返し。
やがて本当に小さな声で、私にしか聞こえないくらいの声で。それで充分だけど、呟いた。
「あの時……。咲夜と戦った時から…見惚れてたの」
口は挟まなかった。
一度こぼれた言葉は、まるで滝か津波のように勢いを増していく。
言いたいことは、言ってしまえばいい。溢れるものを、無理にとどめるには、彼女の心は些か小さいから。
「二か月…咲夜のことを夢に見たの…!」
アリスが膝の上で両拳を握りしめる。
「マフラーへのお礼なんて、嘘で……。本当はあなたに会いたくて! こんなこと変なのに!変だってわかっているのに…。咲夜と話せなくなることが、会えなくなることが耐えられなくて!!」
そっと、私は体の向きをアリスのほうに向け直す。
アリスの話を聞く限りでは、アリスが私に恋愛感情を抱いているように聞こえたけど。それが変だってアリスはいう。
そうなのだろうか。ここは幻想郷。外の世界で忘れられ、もしくは幻想になったものが流れつく場所。この世界で恋をすることは、そんなに変なことなのかしら。
「咲夜に抱きしめられた感触が忘れられない…。香り…あなたの、茉莉花の香りを嗅ぐ度に、ぬくもりが触れる度に!微笑みを向けられる度に!名前を呼ばれる度に……ドキドキするの!!」
これだけ思われてたとは思わなくて、多少の驚きはあった。
けど、それと同時に理解した。アリスは、いろいろと幼いのだ。魔理沙も、アリスは人付き合いが少ないって言ってたから。
その感情の名前を知らなくて。けど、気付いてしまったから怖くなって。不安になった。そういうことだと、思う。
だから、諭すように。できる限り優しく。
「大丈夫よ、アリス。それはきっと、なにもおかしなことじゃない。いつか、そう遠くないうちに、その理由には気がつくと思う。これは、私が安易に答えを出しちゃいけないわ」
「どうして? 私は、答えが知りたい…。ねぇ、咲夜!」
泣き縋るように。抱きつくように詰め寄るアリスを、無理に抑えることはしなかった。
ただ、頬に伝っていた涙を、また指で拭ってあげて。笑ってあげればいい。
「きっと私が答えを言ったら、アリスはそう信じてしまう。それでは駄目よ。これはあなたが気付かないと、きっと一生後悔させるもの。私の人生より、貴女の生のほうが遙かに長いのに、そんな後悔、させたくないわ」
「……本当に、わかるの?」
「ええ。アリスが落ち着けば。もう少しそれを受け入れるのに時間がかかるかもしれないけど。大丈夫よ」
恋なんて、本来は異性同士でするもの。
けど、ここは幻想郷。そんな掟もないし、暗黙の了解なんて存在しない。
好きなら好きでいい。愛し合ってるなら、なにが問題だというのか。
優しく頬を撫でてあげれば。懐くようにアリスが頬をすりよせる。
愛らしい仕草。泣いたせいで、少し目は赤くなってるけど。安心したように長く細い息を吐いて、アリスは目を閉じた。
「今日はもう遅いから、泊っていくといいわ。なんなら部屋も用意できるし」
もう、きっと大丈夫だろうと。
立ち上がった私の小指に、少し低い体温の指が触れる。
止めるにはあまりに弱い糸だったけど、私は気付いてあげられる。
真っ赤になったアリスは、それでも私を見つめてる。白い肌が赤く染まっているのは、なかなか綺麗だった。
「 」
……本当に可愛いな、この子は。
けど、後悔させないために、私がどういう人間か知ってもらわないといけないのも確かだから。
聞こえなかったふりをして、彼女の口元に耳を寄せる。そう、私は結構。意地悪でもあるの。
「……いっしょが。……いい」
「ふふ。お嬢様には内緒よ、アリス」
客人を泊めるには、主の許可がいる。
けど、今日ばかりは許してもらおう。緩く抱きしめる様に、アリスに腕をまわして横に添い寝してあげると、彼女は本当に安心したようで。
おやすみ。おやすみ。人形の姫。もう、私の夢は見ないと思うわ。
◆
お嬢様に昼食を運んでいくと、お嬢様は窓際に立っておられた。
そして、セッティングが終わるのと同時。私にこう言ったのだ。
「咲夜。今日は冷たい紅茶が飲みたいから、そうして頂戴」
「わかりました。では、すぐに……」
時を止めようとした瞬間、お嬢様に止められた。
「急ぐ必要はないわ。先に食べているから、ゆっくり淹れて来て」
「……はぁ。そうですか。では、一旦失礼いたしますね」
何かあると睨んだ。お嬢様、わかりやすいです。
部屋を出て、時を止め。アイスティーを淹れ、部屋の中に失礼する。
ノックもなしに部屋に戻るのは礼儀として問題だが、今回ばかりは無視。
「……」
お嬢様は。
私がお嬢様のために作った料理を。ピーマンと人参だけは取り分けてハンカチに包み、窓から投げ捨てた。
なるほど。吸血鬼が全力で投擲すれば、見つけるのは困難なほどに飛んでいくだろう。そうですか。反省したと、思っていましたのに。
「………お嬢様。アイスティーをお持ちいたしました」
「ひゃうあ!!」
自分の声とは思えないほど低音の声が出た。お嬢様が驚いたように振り返る。
あらあら。何か恐いものでもみたのでしょうか。涙が滲んでおられますよ、お嬢様。
投げ捨てたことには何も言わず。お嬢様の食事が終わるまで、半歩後ろで待機する。お嬢様、汗が。普段はあれこれ話しかけていただけるが、今日ばかりは無言。
素直に懺悔していただけたなら、気に留めることはありませんでしたのに。吸血鬼に懺悔を迫る、というのも妙な話ですが。
「さ、咲夜……」
「なんでしょうか?」
「……食後の紅茶をお願い。それから、昨日の呼び鈴は…」
「もう片付けましたよ。紅茶は、すぐにご用意いたしますね」
部屋を出て、時を止めて移動する。
今日はどんなお仕置きにいたしましょうか。ねぇ、お嬢様。
自分でも、ニヒルな笑みを浮かべているのがわかったが、廊下の真ん中に、見知った姿を見つけた。
自然と、微笑みに変わる。今日も来たのね、と。一週間、通い詰めじゃないかしら。
「いらっしゃい、アリス」
「ひゃああ!」
目の前に現れて驚くのはわかるけど、能力の説明も済ませてるのに……。
まぁ、その真っ赤になった顔は可愛いから、何も聞かないでおいてあげましょう。
アリスは、ここの図書館を訪れる……というのを建前に、私に会いに来ている。本人は否定するだろうが、会うたびに嬉しそうな顔してくれたら、丸わかりよ。
「図書館?」
「ええ。それと、あなたがヒントをくれた謎の答えを探しに。でも、もうほとんどわかってるんだけど……」
「そう。いつか聞けるのを、楽しみにしてるわね。紅茶、ご馳走してあげるわ」
お嬢様をお待たせしてもいるから、その場からすぐに厨房へ。
答えはほとんどわかってる、か。うっすら赤くなってそんなことを言われたら、私のほうから迫ってみたくなってしまう。
図書館に持っていくトレイとは別に、お嬢様にお持ちする紅茶を用意する。
普段は一点の曇りもなく、美しい装飾のされたカップやポットを使うのだが、今日はちょっと趣向を変えて。
銀でできた、銀細工を施されたティーセット。純銀だ。吸血鬼のお嬢様が触れれば……(以下略)
「お嬢様。紅茶をお持ちいたしました。他の仕事が立て込んでおりますので、用の際はこの呼び鈴をお使いください」
「そ、それは片づけたって言ったじゃない!!それにこのティーセット……!」
きっと文句を言っているだろう頃には、私はもう厨房にいた。
メイドとして、主にこの様なことをするのは問題だが、私がいなくなった後、お嬢様があのようなことでは困るのだ。これも仕事。
まぁ、お嬢様の泣き顔も中々に可愛いのだけれどね。用意が終わったころ、お嬢様の慟哭のようなものが聞こえた。
カップとソーサーを三つトレイに乗せ、今度は図書室へ。
図書室の扉はいつもと違い開いていて、礼儀として開いている扉でもノックをする。
中には、普通の魔法使いを名乗る魔理沙がいた。魔理沙も、最近ここをよく訪れている。
図書館の主であるパチュリー様が振り向き、目が合った。
「パチュリー様、お茶をお持ちしました」
「いつも悪いわね、咲夜。小悪魔がもう少し器用だったら良いのだけど」
「うぅ~…パチュリー様酷いですょ…」
ふよふよと漂いながら、パチュリー様の使い魔である小悪魔が本棚の奥から戻ってきた。
彼女は、この広すぎる図書館で一人、司書のような仕事をしているのだが。料理は全く駄目なのよね。
きちんと仕事をしている数少ない人材であるため、労いの意味を込めて紅茶を振る舞ってあげる。花が咲くような、いかにも幼子の笑みで、小悪魔はカップを受け取った。
「ありがとうございます~、咲夜さん!」
パチュリー様には、紅茶と一緒に一粒の錠剤を。表面に、永の文字がある。
永遠亭にいる月の薬師に、私が好意でもらったものだ。なぜか、あの医者は私に友好的である。
「相変わらず、美味しいわ。けど、この錠剤は……」
すすっ…と弱く拒絶するパチュリー様のお手を押えて、やんわりと止める。
パチュリー様はお嬢様の友人であり、客人としての扱いが多いため、あまり強く出るわけにもいかないのだが。
「褒めていただけるのはありがたいですが、錠剤はちゃんと呑んでください。でないと、パチュリー様の食事にレバーを入れさせていただきます」
「むきゅう…。過剰摂取も頭痛や嘔吐の原因に……」
「そのあたりはご心配なく。月の薬師によって作られたものですから。それも好意で」
パチュリー様は若干だがビタミンAの欠乏症が見られる。
レバーなどを嫌い、そもそも食事が必要ではないので、錠剤という形にしたのだが。
アリスのほうに目を向ければ、目が合い。私がほほ笑むだけでちょっと照れたような顔をする愛らしい少女。
「どうぞ、アリス」
「ありがとう咲夜。いつも、良い香り」
「おいおい咲夜、もちろん私のもあるんだよな?」
帽子をかぶり直すようにして魔理沙は口をはさんだ。
なるほど。今日はずいぶん控えめだけど、そこに入れて持っていくつもりなのね。
一瞬、アリスが迷惑そうな顔をしたが、これくらい許してあげなさいよと苦笑いをせざる得ない。
「まったく、いきなり来るから用意できないのよ。少し待ってなさい。アリス、ゆっくりしていくといいわ」
「ええ……咲夜」
一週間前にみた、取り乱すような感情の爆発はもう見られない。
答えがわかりかけてると言っていたから、安定したのだろう。
厨房まで時を止め、カップとソーサーを一つとりだす。
まだ一分と経たぬうちに戻っただろう図書館では、魔理沙が顔を赤くしたアリスに詰め寄っていた。
まったく、わかりやすい反応をするからからかわれるのだというのに。
「それに何だ今の『ゆっくりしていくといいわ』。『ええ……咲夜』って!めちゃくちゃうれしそうな顔だったぜ!! 言っとくけど、咲夜のあれは社交辞令だから……痛っ!」
言い争いになると、騒がしいのを嫌うパチュリー様の機嫌が悪くなるので魔理沙をトレイで小突く。
空になっていたアリスのカップとソーサーを回収して、もう一杯紅茶を注ぐ。その際、ちょっと悪戯心も働かせて。
魔理沙は小突かれた後頭部を押えながら、私を涙眼で憎らしげに見上げた。
「ここで喧嘩しない。あんまり騒がしくすると、お茶もお菓子も出さないわよ?」
「うっぅ……でも咲夜!アリスに妙に優しくないか?私にはあんなこと言わないだろ!」
「魔理沙がパチュリー様の本を返して、ちゃんと門から入ってくるなら、もう少し歓迎してあげるわ」
魔理沙から見れば、目をつけていたはずの本がいつの間にか私の手中にあっただろう。
時を止めて、私が回収しただけだけどね。魔理沙は納得いかなそうに頬を膨らませたけど、お茶と菓子の誘惑に負けたのかおとなしく席についた。
本は、小悪魔の近くに置いておくことにした。
「御苦労さま、咲夜。私にも、もう一杯もらえるかしら?」
「はい、パチュリー様。小悪魔も、どう?」
「いただきます!」
春がそこに留まっているかのようにポカポカした笑みを浮かべる小悪魔。
パチュリー様も、食事の必要はないとはいえ、満足していただけているようでなによりだ。
そして、視界の隅でアリスが慌てて私のほうを見たのが見える。どうやら気づいたみたいだ。
パクパク言葉にならない反応と真っ赤になっていくアリスの顔に、私は悪戯な微笑みを返してあげる。
と、そこで妖精メイドの一人が図書館を訪れた。
「メイド長、お嬢様がお茶を淹れてほしいとのことです」
「あら、淹れて差し上げたわよ? 純銀のティーセットで」
「もうピーマンもニンジンも見つからないように捨てたりしないから許して、とのことです」
「そう。下がっていいわ。じゃあ、アリス。またね?」
ウィンクだけアリスに残して、私は図書館を後にした。
お嬢様の部屋まで、あの子の真っ赤な顔が忘れられず、変な笑みがこぼれてしまいそうになるが、お嬢様の前でそんなことはできない。
ノックをして、来たことを告げるとまたも即答で入ってと返事があった。
「失礼します、お嬢様」
部屋には、恐らく他の妖精メイドが淹れただろう紅茶がカップに入ったまま十個ほど。
まぁ、私が言うのもなんだが。何十匹といるはずの妖精メイド達の中で合格点が出せるのはほんの数匹。普通に入れる程度はみんなできるのだけど。
お嬢様は、今回ばかりはバツが悪そうに眼を逸らしながら私の近くまで来た。
「う、ぅ~……。ごめん、咲夜……」
「お嬢様。私には、お嬢様がどうして私に謝罪なされるのか、わかりませんわ」
「意地……悪」
ええ。きっと、私はすごく意地悪なんでしょうね。
けれど、私の生は長くない。お嬢様や、アリスの生からすれば、私の存在はほんの数瞬の出来事かもしれない。
憂いは残したくない。私が傍にいられる限りは、傍にいられなくなった時の為に、良かれと思えることをしているのですわ。
「咲夜が私のために作ってくれた料理を、粗末にしたこと……。ごめん、反省してるからぁ…咲夜ぁ……」
「はい、お嬢様。もう気にしておりませんよ。ですから、泣かないでくださいね……」
そっと、ハンカチでお嬢様の涙を拭ってあげる。
生きた年数は、私の何十倍とはいえ。まだまだ、お嬢様は幼い。
立派な紅魔館の主になっていただけるのを、私は夢見ているのですよ。自分勝手な夢を見ているから、私は意地悪なのかもしれませんわね。
「紅茶、お飲みになりますか?」
「うん……咲夜のが、飲みたい……」
私がいられる間だけ。私が傍にいられる間だけ。
それは、この館に住む者すべてに。この幻想郷に生きる者すべてに言えることだけど。
だから、彼女の答えも気になる。それを、あの愛らしい顔をどれほど赤に染めて言ってくれるのか。楽しみね。
愛らしい愛らしい。人形たちのお姫様。
―――――私のアシは、貴女のと比べて速過ぎるから
やっぱり咲×アリ最高!!!!!いやっほー!!!
ぜひとも続きをお願いします!!
正座しながら待たせてもらおうか。
わからないけど、では?
書いてくれてありがとう!!
今回はお嬢様のシーンがかなり面白かった!
続き楽しみにしてます!!
>>18 初見が私のような稚拙な文章でしたか……気に入っていただけたようで、ほっとしました。
>>20 時間がとれる範囲で書いていくことになるので、時間はかかるかもしれませんが。続編は、書きたいと思っています。
>>24 誤字報告、ありがとうございます。修正しました。
>>25 お嬢様のシーンは少し悩んだのですが、いけるところまで退行化させました。書いてくれてありがとう、といわれると恐縮です。読んでくださってありがとうございます。
その他、こちらで気づいた範囲で誤字修正しました。
お嬢様可愛いなぁ。
続編も楽しみにしています。
いえ、すみません。
お願いですから書いてください。