良く晴れた日であった。
しかし幻想郷の天気とは裏腹に、紅魔館は異様な空気に包まれていた。
「本当に違うんだ。私じゃない!」
魔理沙はレミリアの目を真っ直ぐ見る。
この目を見ろ、これが嘘つきの目か?と言いたげに。
「昨日あなたは紅魔館に来たわ。その時に盗み出した。そうでしょう?」
「何度言ったらわかる。あんなもの盗もうなんて思わない。」
咲夜は、レミリアの横で黙っていた。
レミリアは、魔理沙を睨んでいた。
魔理沙は、ちらと咲夜を見た。
◇ ◇ ◇
今朝のことである。
レミリアは博麗神社へ出掛ける準備をしていた。
「お嬢様、準備できましたか?」
「…咲夜、私の日傘、知らない?」
「え、知りませんが…。」
咲夜は記憶を引っ張り出す。
「昨日も出掛けましたから、日傘を使っていますよね。」
「そう。そして傘立てに置いたわ。」
あの日傘は特注品で、何と、日の光を全てカットできるのだ。
日の光に弱いレミリアはあの日傘がないと外に出れないのである。
傘立ては玄関の中にある。
しかし、肝心の傘がないのである。
誰かが盗みだしたのだ。
レミリアに頭の中には、一人の魔法使いの顔が浮かんでいた。
「…昨日魔理沙がうちに来ていたわね。」
「はい、私達が夕方頃に帰宅した時にはまだ図書館にいたようですね。気づいたらいなくなっていましたが。」
「咲夜、今すぐ魔理沙のところに行って、日傘をとってきてくれるかしら。」
「わかりました。」
咲夜はすぐに魔理沙の家へと向かった。
遅刻にはなるが、神社に行くことはできそうだとレミリアは思っていた。
しかし…。
◇ ◇ ◇
「お嬢様、ただいま戻りました。」
咲夜の隣には魔理沙がいる。
魔理沙はかなり迷惑そうな顔をしていた。
「魔理沙が日傘を盗んだのは自分ではないと言い張るので、とりあえず連れてきました。」
「本は借りたが、日傘は知らんよ。」
「あなたが一番怪しいわ。昨日はうちに来ていたのだから盗む機会はあった。動機としては、あなたが蒐集家だからということで説明つくでしょう。あの傘は珍しい。」
「いや、あの傘はごく普通の傘だと思っていたぞ。珍しいものだなんて、知るはずがない。それに、私は傘には興味ないんだ。カッパ派だからさ。」
魔理沙は犯行を認める気配を見せない。
レミリアは神社行きを諦めて、傘探しをやる羽目になった。
◇ ◇ ◇
魔理沙と紅魔館メンバーは一つの部屋に集まっていた。
「さぁて、では、取り調べをはじめようか。」
レミリアが案外楽しそうにしているので、咲夜などはホッとしていた。
部屋にいるのは、レミリア、咲夜、パチュリー、小悪魔、美鈴、フランドール、そして魔理沙である。
「美鈴、昨日私達が帰ってから今日の朝までの間、門をくぐったのは魔理沙だけね?」
レミリアは魔理沙以外の侵入者がいなかったことを確かめる。
美鈴は急に振られて、慌てて答えた。
「はい…。あ、正確に言えば、魔理沙さんは窓から入ったようなので門はくぐっていませんが。」
「窓…?開いている窓があったの?」
「パチュリーに開けてもらったんだよ。」
「そう。本を返しに来たというから仕方なく入れたわ。」
パチュリーは小悪魔に視線を送った。
その時あなたもいたわよね、という感じで。
「はい、魔理沙さんは私にも挨拶してくれました。三十分程書庫にいましたが、その後出て行かれましたね。」
うんうんとレミリアは頷いて、魔理沙に先を促す。
「その後はフランと一時間ぐらい遊んで、パチュリーに本を借りて帰ったんだ。問題なかろう。」
「フランもいいかしら?」
「うん、昨日は積木をしてたんだよね~。」
「フランが破壊して、終わったけどな。」
フランと魔理沙はけらけら笑っている。
「フランの部屋と大図書館を移動する間にちょっと玄関まで行って、傘をとることは可能ね。」
「う、まぁ、可能といえば可能だが…。そんなことしてないのになぁ。」
「ちょっと待って、レミィ。」
パチュリーは目を瞑って考える。
日傘を盗んだ者…。
「おそらく、魔理沙は犯人でないわ。もしあの日傘を珍しいものだと知らなかったら、魔理沙は盗んだりしない。もしレミリアの特注品と知っていたら、そんな大切なものを盗んだりはしない。魔理沙は盗人になりきれない盗人ってことね。」
魔理沙はほぉ、と感心したような顔をする。
「それに、私は実際、魔理沙が日傘を持っているのを見てないわ。本を貸し終えた後真っ直ぐ帰ったのだから、盗めるはずはないわ。」
レミリアは納得できない様子だが、魔理沙はパチュリーにウインクをした。
ありがとな、の意味だろう。
「魔理沙でないとしたら誰が…?まさか私達の中に犯人はいないだろうと思ったから、真っ先に魔理沙を疑ったのだけど…。」
「レミリア、お前が無意識のうちにどこか移動させたんじゃないか?」
魔理沙は無罪と認められた今、お返しとばかりにレミリアを攻める。
◇ ◇ ◇
結局、犯人は見つからないまま、おひらきとなってしまった。
紫の神隠し説も出たが、パチュリーがありえない、と一言。
魔理沙は帰っていった。
ついでに、とか言って本を2、3冊抱えて帰っていった。
◇ ◇ ◇
パチュリーが書庫に戻ると、小悪魔がお茶を淹れてくれた。
「ん、ありがとう。」
「あの…、昨日、フランお嬢様が部屋の外に出ることは可能だったでしょうか?」
「ふふ、あなたはフランを疑ってるのね。フランは館の外に出たことがないからレミリアの日傘を使って外に出てみたいとすれば、動機としては申し分ないわ。だけど残念ながら、フランはそう簡単に部屋から出られない。出るのにはレミリアの許可が必要なのだから、フランは違うわね。」
小悪魔はパチュリーの隣で大人しくお茶を飲んでいた。
ズズズと音がしないのは、本を読んでいるパチュリーの邪魔をしないよう気を遣っているのか。
しかしパチュリーの頭の中に入ってくるのは本の内容などではなく、犯人は誰なのかという疑問だけなのだった。
◇ ◇ ◇
「パチュリー様、御夕食ができました。」
「今行くわ。」
テーブルには食事が並んでいる。
いつもより豪勢に見えるのは気のせいか?
レミリアはまだ日傘事件の犯人を考えているようで、下を向いてぶつぶつ言っている。
あれがないと外出できないのだ。
日傘がないと外出できない…。
つまり、犯人はレミリアを外出させたくなかったということか?
咲夜はレミリアの隣で控えている。
主人が唸っているのに対し、咲夜は幸せそうだった。
部屋の隅に美鈴が立っている。
美鈴は咲夜以上に幸せそうな顔をしているじゃないか。
どういうことだ?
…そうか。
パチュリーは思い出したのだった。
「咲夜、今日はあなたの誕生日だったのね。」
「はい。ありがとうございます。」
咲夜は嬉しそうに笑った。
レミリアも今思い出したようだ。
「あら、咲夜、おめでとう。」
パチュリーは言った。
「日傘はあなたね。…美鈴。」
美鈴はびっくりしてパチュリーを見た。
そしてレミリアの側まで行って、頭を下げた。
「申し訳ありません!私は…咲夜さんの誕生日に、お嬢様が霊夢のところにいってしまうということを聞いて、何とか引き留めようと考えたんです。お嬢様がいるバースディを、咲夜さんにプレゼントしたかったんです。」
咲夜もレミリアも驚いて、美鈴を見た。
美鈴の目からは涙がこぼれそうだった。
「大切な傘だとはわかっていたのです。申し訳ありませんでした。」
美鈴が、クビですか?と小さな声で聞いたので、レミリアは笑った。
「美鈴。悪いのは、咲夜の誕生日を忘れていた私よ。主人として、もっと回りのことを見ないといけないわ。美鈴、咲夜、…ごめんなさいね。」
パチュリーは、レミリアが謝罪したのは何百年ぶりだろうかと思っていた。
◇ ◇ ◇
夜、美鈴は咲夜の部屋に呼び出された。
叱られる覚悟はできていた。
「ベランダに出ましょうか。」
表に出ろ?
あぁ、私、終わったな…。
外に出ると、風は冷たく、辺りはもう暗かった。
「全く、お嬢様の日傘をとるなんて、門番のやることじゃないでしょう。」
「すいません。」
「魔理沙にも明日、謝りに行ってきなさいね。」
「はい…。」
「ありがとう。嬉しかったわ。」
「さ…。」
咲夜さん!
あぁ、咲夜さんが嬉しかったなら、私はもう、後悔など微塵もありませんよ!
美鈴は幸せだった。
いつもお世話になっている咲夜さんに、ちゃんとしたバースディプレゼントをあげることができたのだから。
暗いと思っていた夜空も、よく見ればちゃんと星が見えた。
あの小さな星、一つ一つが愛おしい。
◇ ◇ ◇
後日、美鈴はパチュリーに尋ねた。
「何故私が犯人とわかったのですか?」
答えは簡単なものだった。
「だって…咲夜の誕生日なのに、あなたの方が咲夜よりも嬉しそうだったのよ?こんなにわかりやすい犯人って、いないわよ。」
パチュリーは爽やかに笑った。
風が吹いた気がした。
爽やか笑顔が風を呼んだのかと思ったが、小悪魔が窓を開けただけだった。
魔理沙がその窓から入ってきた。
謝罪しなくてはならないな。
「魔理沙さん!こんにちは!」
門番は、笑顔で、窓からの侵入者を迎え入れたのだった。
うまいお話でした。