※この作品では「ふしぎな竹酒」という実際に存在するお酒のネタバレをしています。
もし将来このお酒を宴の席で呑む予定のある方にはこの作品はオススメできません。
だってこのお酒の魅力の一つは皆で謎解きをしながら呑むことなのですから。
去年の秋は僕が初めて酒を造り始めた季節であり、今年の春はその酒が完成する季節のはずだった。
だが結局のところ酒樽に入っていたのは酒ではなく、魔理沙曰く腐った酢水らしい。
霊夢に至っては匂いを嗅いで顔をしかめるだけだった。
どうやら香霖堂に住まう神々は僕の酒を酢に変えたうえに腐らせてしまったらしい、本当にそんな味なのだ。
それならば次の課題はいかに酒造の神の機嫌を取り、そのほかの神々を酒樽から遠ざけるかということになる。
その課題をクリアするための方法を黙々と考えている僕の横で霊夢はお茶を濁し、魔理沙は足をぷらぷらさせていた。
「なあ、ここ数日は人里で蔵開きをやっているそうだ。口直しに酒でも買いにいかないか?」
「あら、いいわね。どうせなら今日は軽い宴会をしましょう。桜はまだ咲いていないけれど」
そう言って二人が出て行ったのが昼ごろ、その時は酒造の努力を無碍にされた気がして僕は一人香霖堂に残ってしまったが、今思えばそれは失敗だった。
一度酒蔵に行って酒造の場を見ることで本や頭の中にはないヒントを得られたかもしれなかったのに、そうしなかったとは実に馬鹿なことをした。
しかし今更そんなことを言っても後の祭りである。今はもう夕方、酒とつまみを土産に頬を紅潮させた二人が腹を空かせて帰ってくるはずだ。
夕餉を作っておかないとどんな文句を言われるか分かったもんじゃない。それも酔っ払いならなおさらに。
おそらくは酒が主役になるだろうから酒に合うものを準備することにした。海のない幻想郷ではニシンの代わりに春告魚の異名をもつ山女魚。
近くの小さな竹林で掘った小ぶりな筍に、今朝摘んでおいた蕗の薹が二十ほど。
去年に漬けた梅干しはまだ残っていただろうか?ともかくこれだけあれば二人も満足するだろう。
筍は昨日灰汁抜きをしておいたので適当な大きさに切って筍ご飯にするとしよう。
山女魚は簡単に塩焼きにした方が酒の邪魔をしないだろう。
蕗の薹は天麩羅とふうきみそのどちらにしようか迷ったが、油の残りが少なかったのでふうきみそを作ることになった。
梅干しはまだ少し残っていたので食後に軽く焼いて食べるとしよう。
全ての調理を終えて炊きあがった筍ご飯をお櫃に移していると、店の扉のカウベルがからんと鳴った。
酒を飲んで妖となり頬を紅に染めた人間が荒々しくドアを開けたのだろうと思いきや、そうではなかった。
荒々しく戸を開けた人間二人はほとんど素面だったのだ。そして僕の顔を見るや否や二人とも期待の眼差しで見つめてきた。何事かと僕が問うと魔理沙が黙って土産の紙袋から一節の竹を取り出して見せた。
どうやらこいつを僕の能力を使って鑑定してほしいらしいので、早速この道具の名前と用途を見てみる。名前は竹酒、用途は言うまでもなく酒として呑む物だ。
「ただの竹酒じゃないか、どうしてこいつを僕に鑑定させたかったんだい?」
「霖之助さん、とにかくそれの蓋を開けてみてよ」
蓋?呑んでみてくれとは言わずに蓋を開けてくれと言ったことに疑問を感じつつも、兎に角僕は蓋を開けようとしたが……
「何だこれは?」
「それはこっちが聞きたいぜ」
「酒蔵に向かう途中で薬屋の兎がこれを売っていたのよ。一体どういうからくりなのか聞いても企業秘密だって言うし」
どうやら魔理沙は早くもこの竹酒のからくりを知りたくて仕方がないようだが、霊夢は幾分冷静である。
それでも僕の顔と竹酒を交互にちらちらと見ている様子をみると少し興奮気味のようだ。
二人が不思議がるのも当然だが、これには流石の僕も首を捻った。なんとこの竹酒には蓋がどこにも見当たらないのだ。
どうやらこの竹の中にどうやって酒を閉じ込めたのか終始二人は考えていた為、蔵の試飲も疎かになっていたらしい。
彼女らも自分で物事を考えるようになったのは成長した証ではあるが、結局僕に助け舟を求める辺りはまだまだ子供である。
「それで?君たちはこの竹筒の中にどうやって酒を入れたのか少しは考えたんだろう? まずはそいつを聞こうじゃないか」
時間稼ぎだ。二人が僕の知識を頼りにしているのに分からないから少し時間をくれと言うのは癪なので、あちらの考えを聞いているうちに僕なりの答えをはじき出さなければならない。
「私はきっと目に見えないほど細くて頑丈な注射針を使って竹の中に酒を注入しているんだと思うぜ」
「そんな注射針があるわけないでしょう。目に見えないほど細ければいくら鋼鉄でも堅い竹は貫けないじゃない」
「いや、何せあの月兎のことだ。よく分からないお得意の月の技術だとか何とかでそんな注射器の一本や二本隠し持っているかもしれん」
魔理沙はきっとそんな注射器があるのならすぐにそれを奪うのだろう。
目をきらきらさせて、さながら宝の地図に想いを馳せる子供のような顔をしている。
「それはないよ魔理沙。例えその兎がそういった注射器を持っていたとしてもそんな細い穴を液体が通れるわけないじゃないか。
それにギリギリ酒が通れるような注射針で注入するにしても竹筒の中にある空気の逃げ道の為に最低でももう一つの穴が必要だ。
液体も空気も通れる穴が二つもあるなら、こんな風に竹筒をひっくり返せば酒が零れるはずだろう?」
そう言って僕は手に持っている竹酒をゆっくりと逆さにする。当然酒は零れない。
「そうよそうよ。そんな単純な理屈が通用するほど竹は柔じゃないわ」
霊夢が含んだような言い方をして自分の考えを語りだした。
「いい? 竹は切られた後でも呼吸をしているの。だから竹を酒に漬けこんでおけば竹が自然と酒を吸って空気を吐くのよ。
竹筒を酒で満たすまでには時間がかかるけど、その分酒で満たされた竹は大気にさらしても中の酒が外に染み出すのに同じだけ長い時間が必要になるわ」
「ちょっと待て。そんな長い間酒を大気にさらしてりゃ味が落ちるどころか酒じゃなくなっちゃうじゃないか」
魔理沙が適切な反論をするが、霊夢はふふんと自信ありげにさらに続ける。
「あの月兎の主人がそれを解決する能力を持っているでしょう?」
その言葉を聞いた魔理沙は少し考えて何かにはっと気づいたようで、肩まで両手を挙げて霊夢に降参のポーズを取った。
霊夢の言う月兎の主人とは以前香霖堂に牛車に乗ってやって来た蓬莱山輝夜のことだろう。
彼女は永遠と須臾を操る程度の能力を持つのだと前に霊夢から聞いたことがある。
酒が大気に触れる時間はそのままにして、竹筒に酒が入る時間だけを須臾にしてしまえば酒の質は変わらない。これが霊夢の考えだ。
「でも仮にもその月兎の主人はお姫様なんだろう? そんな自尊心の高そうな人物がするような仕事とは思えないんだが。
もし本人がやりたがったとしても従者だってそれを良しとはしないんじゃないかな」
「ええ、そう考えるのが普通でしょうね。だからもう一つ別の方法を考えておいたの」
そう言って霊夢はこほんと軽く咳ばらいをしてまた語り出した。どうやら次の話の方が本題だったらしい。
「さっき説明した方法では輝夜の力を使う必要があったけど、今から説明する方法ではね、神様の力を借りるのよ」
成程、巫女である霊夢らしい考え方だ。酒と竹、これに関係する神様と言えば……
「水の神、木花開耶姫(コノハナノサクヤビメ)だね?」
然り、と霊夢は深く頷いて、話について行けずに小首をこてんと傾げる魔理沙の為に説明を始めた。
「コノハナノサクヤビメは他に酒解子神(サカトケコノカミ)という異名を持っていて酒造の神の一面を持つの。
だからサクヤビメの力だけを竹に宿せば幾ら時間がかかっても酒の質は落ちるどころかさらに美味しくなるはずよ。
それにサクヤビメは火照命(ホデリ)・火須勢理命(ホスセリ)・火遠理命(ホオリ)の三柱を産んだ後に竹べらでへその緒を切ってそのへらを棄てたんだけど、その竹べらから芽が吹いて竹林が広がったのよ。
酒造の神であり竹にこれだけ関係のある神様ならきっとうまくいくはずだわ」
どうやら最初に二人が僕に向けていた期待の眼差しにはそれぞれ違う意味が込められていたようだ。
魔理沙のそれは僕に正解を期待するものであり、霊夢の場合は自分の考えが正しいということを僕に認めて欲しかったようだ。
現に霊夢は私が正解でしょうと言わんばかりに魔理沙に向かってぴんと胸を張り、僕にちらちらと目配せをしている。
「確かに霊夢の言う方法ならうまく行くだろう。竹は霊力が高いしサクヤビメとの相性もいいはずだ。でも……」
僕は既に別の正解を見つけていた。霊夢の答えは間違ってこそいないが、少し不自然な点があるのだ。
「竹酒を売っていた兎は企業秘密だと言ったんだろう?それはつまり方法さえ分かればだれにでもできるというわけだ。
自分の好きな神様を物に憑かせるなんて誰にでもできることじゃないしね」
それを聞いて魔理沙は成程と頷き、霊夢は興奮気味に反論した。
「私にはできるわ! あの兎はきっと私に真似されたら商売あがったりだから企業秘密なんて言ったのよ。それに他に方法なんてないじゃない」
「確かに霊夢が相手だから企業秘密と言ったのかも知れないが、道具さえあれば誰にでもできる別の方法があるんだよ。まだ実証はしてないから想像の域を出ないが、これは確信と言ってもいい」
「香霖の確信は胡散臭いからなあ」
僕は横から茶々を入れる魔理沙を一睨みしてやった。
「それじゃあ霖之助さんの言う方法ってのは一体何なのかしら?」
「百聞は一見に如かず。それは実証とともに教えてあげるよ。たぶん一晩でできるんじゃないかな」
二人は僕の言葉に目を丸くして今すぐに始めてくれと言ってきたが、せっかくの料理も不味くなるし実証の準備にも時間がかかるのでそれは明日にしようと二人を諭して、僕たちは酒と料理を楽しむことにした。
長方形の平皿の上には笹の葉を敷いた山女魚の塩焼きを乗せ、さらにその上にすりおろした大根をちょこんと盛り付けて出す。
ふうきみそは梅の花の形をした小鉢に装って、筍ご飯が入ったお櫃をセルフサービスだと言わんばかりに卓袱台の真ん中に置く。
魔理沙と霊夢は買ってきた酒とつまみを食卓に飾っている。焼き鳥やちらし寿司に酒饅頭。それらを包んでいた紙や竹の皮を皿にして次々と卓袱台は埋められる。
小さな宴会の準備ができたところで一本目の酒が開けられ、魔理沙の音頭で乾杯して宴が始まった。
宴が始まり酒も進めば準備中始終難しい顔をして首を傾げていた霊夢もご機嫌になった。
酒も食事も大分進んでから話は例の竹酒に戻り取り敢えず飲んでみることになったので、僕は棚の工具箱から錐を取り出して竹筒に二つの穴を開けて新しく出した竹の描かれた三つの杯に注いでいった。
ほんのりと竹の香りが鼻腔をくすぐり、これだけでこの酒がかなり美味いのが分かる。
おっと、うっかり竹の屑が杯に入ってしまったのでこれは僕の杯にするとしよう。
「良い香りね。これは美味しそうだわ」
「薬屋の酒だし物珍しいだけかと思ってたんだが、こいつは期待できそうだな」
三人ともまずはこの酒の香りを楽しみ、そして一口……
「何コレ!?」
「!?……ああ、こんな酒は呑んだことがないぜ」
「……!」
僕は絶句するしかなかった。こんなに美味い酒は今まで呑んだことがない。
竹の上品な香りとは裏腹に舌にしっかりと残る味は小気味良く、辛口好みの舌にも不快感を与えないであろう仄かな甘みは酒を好まない者をも誘惑するだろう。
酒を口に残して鼻で深く呼吸をすると、小雨が降った後の竹林のような匂いがふわりと広がった。
「それにしても解せんな。こんなに美味い酒なんだから竹酒なんてへんちくりんな技巧を凝らさなくても売れると思うぜ」
「あいつらは迷いの竹林に住んでいるじゃない?だからきっとこの酒はうちのブランドだって言いたくて竹酒にしたのよ。きっと。うん」
「霊夢の言う通りだろうね。他人には簡単に真似できないようなからくりを施してそのブランド性を確固たるものにしようとしたんだろう。
まあ僕は簡単にそのブランドを崩してしまえる訳だが」
「あら、霖之助さんにはこれ以上に美味しいお酒が造れるのかしら?」
「僕は竹酒のからくりのブランド性を崩せると言ったんだ……」
霊夢は赤い顔をしてころころと笑う。
一方魔理沙は再び竹酒の仕組みが気になったようで…
「じゃあそのからくりとやらは一体何なんだ?実証の前に教えてくれたっていいじゃないか」
「駄目だね。こういうのは実際にやって見せてから説明した方が面白いんだよ。
それにこうやってこの竹酒に施された魔法についてなんやかんやと語り合うのが面白いんじゃないか。
すぐに答えが分かっちゃ面白くない」
「魔法だって!?」
うっかり口が滑ってしまった。そう、これはからくりと言うより魔法に近いのだ。
とても単純な理論の魔法であるがそれを実行するには特殊な道具が必要なので、普通ならこれが魔法によるものだとは気づかない。
だが僕はその道具を持っている!
「そうだよ。これはれっきとした魔法だ。仕方がないから少しヒントをあげよう」
魔法使いである魔理沙は途端に僕の話に興味を持ったようで目を輝かせている。
霊夢はさも興味なしといったようにちびちびと酒を呑んでいるが、ちらちらとこちらを窺い見る様子を見れば内心興味津々といったところか。
「簡単に言うとこの竹酒を作るためには気質を少し弄るだけでいいんだよ」
僕はここで大ヒントを与えたと思ったんだが、二人とも訳が分からないといった顔をする。
特に魔理沙は魔法使いのくせに糸口さえ掴めないのは問題だと思う。
流石にこれ以上言うと糸口どころか正解に行きついてしまうので後は自分で考えてくれと言って僕は酒をきゅっと呷った。
僕が大ヒントを言った後二人はああでもないこうでもないと竹酒の話で盛り上がっていた。
そしてあれだけあった酒も料理もほとんどなくなってしまいそろそろお開きにしようと思い二人を帰らせようとしたら、竹酒の魔法を明日の朝にでも知りたいだの神社への往復が面倒だの言って勝手に風呂と就寝の準備をせっせとやりだした。
こうなっては二人は聞かん坊なので仕方なく僕は食卓の方を片付けることにする。
全ての片付けが終わってゆっくりとお茶を呑んでいると、先に風呂からあがって頭にバスタオルを被せた魔理沙がお勝手から湯呑を持ってきて僕の横に座りお茶を呑み始めた。
まだ髪が濡れていたので頭に被せたタオルでしっかりと拭いてやる。
「髪くらいきちんと拭いて来なさい。仮にも女の子なんだから髪は大切にしないと」
「私は女の子だぜ。仮は余計だ」
タオルでがしがしやっている間魔理沙はあーとかうーとか言って気持ちよさそうにしていた。
僕が拭き終ったよと言うとあんがとさんと言ってまたお茶をずずずとわざと音を出して啜りだした。
そうこうしているうちに霊夢が風呂からあがり、タオルで髪を拭きながら居間にやって来た。
「あがったわよ。次は霖之助さんね」
「いや、今日はいいよ」
「あー? 思春期か?」
横で巫山戯る魔理沙は無視する。
「もう風呂に入るのは面倒だし眠いんだよ」
「入ってこなきゃ駄目よ。あんなに狭い寝室じゃ匂いがこもりそうじゃないの」
「そーだそーだ! 女の子に嫌われるぞ」
僕の手をぐいぐい引っ張る霊夢とタオルをぶんぶん振り回す魔理沙の気迫に圧されて結局僕は風呂に入ることにした。
風呂からあがって梅干しを食後に出すのを忘れていたことを思いながら居間に戻ると、先に寝ることもなく霊夢と魔理沙が焼いた梅干しをお茶請けに茶を啜っていた。
恐らくは霊夢が焼いてくれたのだろう。彼女の鋭い勘には本当に驚かされるばかりである。僕が居間に入ってくるや否や霊夢が僕の湯呑にお茶を淹れてくれた。
暫しの間酔い覚ましのお茶と梅干しを楽しんだ後、僕らは狭い寝床で川の字になって夢の世界へ吸い込まれていった。
春告鳥の囀りに起こされた僕は寝惚けた顔を正す為に外の井戸に向かう。忙しなく響く「ほうほけきょう」という声の持ち主には朝告鳥の異名を与えたくなる。
普段なら春の宴会の翌朝はこの声を無視して二度寝でも決め込むところなのだが、今日は朝からやることがある。
竹酒をつくる道具、即ち気質を弄る道具を作らなければならない。
顔を洗って気を引き締めた僕は寝息をたてている二人を起こさないように着替えを済ませ、倉庫へ材料と工具を取りに行った。
「これがそのマジックアイテムなのか?」
「本当に単純な魔法だからマジックアイテムとは言えないだろうが、そんな物だよ」
結局二人が起きたのは昼過ぎで、僕はとっくに竹酒製造装置を作り上げていた。
装置は外に置いてあるので遅すぎる朝食を済ませた二人を外に連れ出したのだ。あとはこの中に竹筒と酒を入れて装置を起動させるだけで良い。
「それにしても随分ごちゃごちゃしているわね。前に気質を集めていたやつは一本の剣でやっていたみたいだけど」
「これは急いで作ったからね。もっと時間をかければもっと外見をすっきりさせることだってできるさ」
「御託はいいから早く始めてくれ」
僕は急かす魔理沙をなだめながらゆっくりと準備をする。まずは二人に竹酒の器となる竹を見せてどこにも穴が開いていないことを確かめさせる。
そしてその竹を鉄の器に入れて酒も注いでしっかり蓋をする。その蓋にはよく分からないメーターと、やっぱりよく分からない管がついている。
その管はまた別の鉄塊と繋がっていてその鉄塊も別の管でなんだかよく分からない素材でできた四角い塊に繋げられている。
僕はまずバッテリーという名前のエレキテルを生み出す道具がきちんと鉄塊に繋がっていることを確認し、鉄塊のスイッチを入れた。
すると突然鉄の塊が大きな音と共に震え出した。
「ちょっと何よコレ!?」
「五月蠅くて敵わないぜ!?」
「兎に角家に入ろうか! ここじゃあまともに説明も出来ない!」
「あんなに五月蠅いんだったら先に言ってくれ。心臓が止まったじゃないか」
「そうよ、本当に吃驚したんだから! さっさと説明して頂戴」
香霖堂に場所を移すや否や、僕は外の震動音をBGMに二人に詰め寄られた。
「そうだね、まずは竹筒に酒を入れる方法を教えようか。これは単に竹筒を酒に浸けて、その周りの気質を限りなく薄くすればいいんだよ」
僕は早速急かす二人に話の核心を教えてやったのだが、魔理沙はうーんと唸り霊夢は頭のうえに?を浮かべている。
「それじゃ話が飛びすぎて分からないわ。もっと順序良く説明してよ。」
僕はやれやれと深い溜め息をして順に説明してゆく。
「いいかい? まず僕たちの周りには空気という気質が漂っていて、呼吸する竹の節の中にも勿論空気はある。
問題はこの竹の中に蓄えられている気質をいかに外に取り出すかにある」
「ちょっと待って。酒をどうやって竹筒に入れるかがミソなんじゃないの?」
「勿論それが目的だが、竹の中の気質さえ抜いてしまえば後は勝手に竹が酒を吸ってくれるのさ」
霊夢はもう自分で考えるのを諦めているようで話の続きを催促するが、魔理沙は魔法使いの意地なのかさっきからうんうん唸って考えている。
「そもそも空の気質、即ち空気は急激な変化を嫌うんだ。雨が降る時だってまずゆっくりと空気が雨の気質に変化してから雨が降るだろう?」
「確かに風が湿ったり雨の匂いがしたりするわね」
「それじゃあもし人工的に二つの気質を無理やりくっつけたらどうなると思う?」
「互いの気質がバランスを取る為に混ざり合って気質の境界をなくそうとする」
さっきまで話に参加していなかった魔理沙がぴっと人差し指を立てて言った。
「正解。昨日霊夢が言ったようにいくら堅くても竹は呼吸をしているから竹筒の中と外の気質さえ違えばゆっくりとだけど確実に竹の内と外の気質は等しくなろうとする」
「成程、そこで竹の周りの気質を薄くすりゃそれと混ざろうとする筒の中の気質が竹の呼吸を促進する。
呼吸ってのは吸ったり吐いたりするもんだから気質を吐いた竹は液体を吸うしかないわけだな? どうだ、正解だろう?」
「ああ、またしても正解だよ。流石は魔法使いといったところかな?」
「流石の魔理沙さんだぜ」
魔理沙はふふんと胸を張って得意げにする。
「それじゃああのごちゃごちゃと五月蠅い装置は気質を薄める為のものなのね?」
「そうさ、但し空気の気質に限るけどね。名を減圧器と言う。あれは器の中の空気の圧力、即ち気質の力を奪い取ってしまう道具なんだ」
「気質を奪うだなんてまさしく何時ぞやの天人と一緒だな。ところでそいつがあれば私にも気質が操れるんだな?」
しまった。魔理沙の目が蒐集家のそれになり、僕は魔理沙買いされることを恐れて減圧器の欠点を挙げた。
「操れるという程ではなく、ただ奪うだけさ。それにこれは名前が示す通り器の中でしか効果を発揮できないし、器の大きさにも限度がある。
空気以外の気質に対してこれは全く無力だから例え僕が器を必要としない減圧機に改造しても弾幕勝負には使えないよ」
「なんだつまらん。それじゃあ竹酒を作る以外に使い道なんかないじゃないか」
魔理沙の言う通りである。外の世界ではもっと他に使い道もあるんだろうが、僕にはこれが精一杯だ。
だが、今まではまったく使い道の思い浮かばなかった不良在庫なんだ。使い道の一つが見つかっただけでも良しとしよう。
こいつを使って竹酒を売り出しても良いかもしれない。
減圧器のメーターであらかた空気が薄まったのを確認して装置のスイッチを切ったのがその半刻後。
そして夜になって器の蓋を開けたところ、酒のかさが減っていた。当然の成功だ。
「本当に竹筒の中にお酒が入っちゃったみたいね」
霊夢は心なしか少しがっかりしている。どうやら最後まで自分の考えが正しいと思っていたようだ。
「昨日霊夢の考え方は間違ってはいないと言ったが、今朝サクヤビメと竹について調べていたら一つだけ間違いがあったよ」
僕は竹酒を錐で開けながら霊夢の顔を見ずに言う。きっと霊夢は少し不機嫌そうな表情を浮かべているだろう。
「サクヤビメが捨てた竹べらから生えた竹の種類は蓬莱竹だそうだ。でも昨日呑んだ竹酒の竹は孟宗竹。
同じ竹でも種類が違うから、サクヤビメを宿すのは霊夢以外じゃ難しいと思うな」
杯に酒を注いで顔を上げるとそこには心底がっかりした様子の霊夢がいると思いきや、にやりと笑う霊夢がそこにいた。
「ああ、それなら間違いなくあれは蓬莱竹よ」
何だって? 僕には霊夢の言っている意味がさっぱり分からない。助けを請うように魔理沙の方を向いても、魔理沙も同じくにやにや笑うだけだった。
「ああ、何せ永遠亭の主人は蓬莱の人の形だからな」
そこで僕ははっとする。かの主人の名前は蓬莱山輝夜、永遠と須臾を操る程度の能力を持つ。
蓬莱とは中国にある不老不死の仙人が住む土地の名前であり、そのことから蓬莱という言葉は永遠の象徴であることが多い。
蓬莱の名と能力を持つ彼女の住まう永遠亭(これも蓬莱)のブランドの孟宗竹ならば蓬莱竹としての気質を十分に持ち得るのではないか。
そこでふと一つの疑問が生まれる。コノハナノサクヤビメには石長比売(イワナガヒメ)という姉がいて、彼女は硬い石のように長いこと姿を変えないもの、すなわち永遠を司る女神である。
一方サクヤビメは常に姿を変える水の神であり美しくも命短い草花の象徴。この二柱はまさしく永遠と須臾であり、その両方の力を持つ蓬莱山輝夜とは一体何者なのだろうか。
僕は杯を傾けながら霊夢と魔理沙に彼女のことを聞き出そうとしたが、あいつは鼻持ちならない奴だとかただの引き籠りだの、まともな答えは返ってこなかった。
こればかりはいくら考えても仕方がないので今度暇な時に永遠亭に行ってそこの主人と話してみるのもいいかも知れない。
どうやらあすこの主人は客を招くのが好きらしいから…
「ところで、香霖は最初に誰にでもできるやり方で竹酒を作るって言ってたよなあ? でもあんなみょうちくりんな道具なんてここぐらいにしかないじゃないか」
つられて霊夢もそうだそうだと言う。誰にでもできるわけじゃないじゃないかと。まったく馬鹿なことを言ってくれる。
「あー、君たちはここが道具屋だってことを忘れてないかい?」
途端二人は心底呆れたような顔をするが、それを無視して僕は続ける。
「もし竹酒のトリックを明かしてしまえば竹酒を作る為に道具をうちに買い求めに来る。すると誰もが竹酒を作れるようになってしまうんだよ。
そうなってしまっては竹酒が永遠亭のブランドとして確固たる地位を築くことができない。例の月兎はそのことを恐れて企業秘密だなんて言ったんだよ」
ふふんと僕は鼻を高くして言う。ついに僕の店もどこかで意識されるようになったのだ。
香霖堂が日々繁盛する日は近い。
「それはないわね」
「それはないぜ」
酒が欲しいね
竹酒の製造方法も調べてみましたが,本当にあるんですね。
びっくりです。
一点だけ気になった表現が
>減圧器の悪点を挙げた。
欠点または短所の方がよいような気がします。
今後の作品にも期待してます。
3人のやりとりがらしくて読み進めてしまいましたよ。
次作にも期待して…
三人とも香霖堂らしかったです。
つーかどれだけラブラブなんだ、こいつらは。
読み手があまり知らない蘊蓄を盛り込んだ作品というのも良い。
やっぱり知らないことを知るのが文章を読む楽しみだしね。
しかし姫様の能力は物造りにはチートだなww
なるほどこれは・・・w
三人の会話がイイ味出してます
でも竹酒の謎を解く機会は、私の今後の人生であったんだろうか?w
出来ればまた、貴方の作品が読みたいです。
特にオチがらしくて面白かったです。
既存の知識を文中に取り入れようとすると説明っぽくなりがちで、
知識をひけらかしているみたいになるんでなかなか難しいんですよね…。
謎解きも3人の知識を上手く引き出していると思います。
作者様の知蔵の深さに感服。
香霖堂の雰囲気が醸し出されててよかったです。
この雰囲気に興味深い酒にと文句無しです。
したり顔で「これでどうだ!」と言わんばかりに出した方法が、キバヤシ的解法だったのが霖之助らしくてGJです。
各人物のキャラクターもしっかりしていて読みやすかったので、文句なしの100点です。
こういう雰囲気の作品は大好きだ。次回作楽しみにしてます^^
本編っぽい
>どうやら香霖堂に住まう神々は僕の酒を酢に変えたうえに腐らせてしまったらしい、本当にそんな味なのだ。
>それならば次の課題はいかに酒造の神の機嫌を取り、そのほかの神々を酒樽から遠ざけるかということになる。
>その課題をクリアするための方法を黙々と考えている霖之助を尻目に霊夢はお茶を濁し、魔理沙は足をぷらぷらさせていた。
一人称で描かれていた文章ですが、「その課題を~」の一文のみ三人称になっています。
文章全体にいえることですが、クエスチョンマークやエクスクラメーションマークの後ろは空白を空けるのが小説の作法です。
本文中のものを例にすると
× >去年に漬けた梅干しはまだ残っていただろうか?ともかくこれだけあれば二人も満足するだろう。
○ >去年に漬けた梅干しはまだ残っていただろうか? ともかくこれだけあれば二人も満足するだろう。
他には、三点リーダ(…)を使うときは必ず二つセット(……)にして使う、というのも作法ですね。
何を細かいことをと思われるかもしれませんが、単純に視覚的な問題として、こうした作法を守ったほうが多くの人にとって見やすいので、守るのを僕としてはオススメしたいと思います。
また、段落変えの最初でも、会話文の場合は一マス下げる必要はありません。
こうした小説(SS)の作法は少し調べれば出てきますから、書く前に調べてみるのも一興です。
提案。
会話文と地の文の間に改行をいれて欲しいのです。ぎっちりしていて読みにくい。特に会話文の多い作品なので。
例えば
>「ああ、またしても正解だよ。流石は魔法使いといったところかな?」
>「流石の魔理沙さんだぜ。」
>魔理沙はふふんと胸を張って得意げにする。
>「それじゃああのごちゃごちゃと五月蠅い装置は気質を薄める為のものなのね?」
これは
>「ああ、またしても正解だよ。流石は魔法使いといったところかな?」
>「流石の魔理沙さんだぜ。」
>魔理沙はふふんと胸を張って得意げにする。
>「それじゃああのごちゃごちゃと五月蠅い装置は気質を薄める為のものなのね?」
こんな感じで。
話の筋はとても面白かったと思います。
酒そのものの謎を中心にして、各キャラクターの特徴を引き出しているように感じました。
会話文が多目だったためか、ちょっと原作よりもキャラ同士が仲がいい感じがしますね。
ラストのラストで全て持っていってくれたな、という印象です。
次回作にも期待しています。
でも、ありがとうございます。僕としてはやっぱりこういう形式に則った文章が好きです。
幻想郷に生活感や現実味を生み出してくれるステキキャラ。大好物です。
読みやすい文章だったのは、71さんのアドバイスもあっての事だったんですね。私も参考にしたいと思います。
これは良い香霖堂話。
また一つ今後の楽しみが増える予感!ワクワク
■ 誤字報告
・"梅干しお楽しんだ後" → "梅干しを楽しんだ後"
・"よく分からない管がついていている" → "よく分からない管がついている"
これくらいしかお力になれませんが...
面白かったです!