Coolier - 新生・東方創想話

時の旅人

2009/03/29 20:30:20
最終更新
サイズ
24.12KB
ページ数
1
閲覧数
864
評価数
5/17
POINT
1030
Rate
11.72

分類タグ

 九代目阿礼乙女現る。

 百数十年に一度の御阿礼神事。
 人間の里でも伝統のある家系の一つ稗田家に新しい阿礼乙女が誕生したと発表があった。
 名は稗田阿求、御阿礼の子(阿礼乙女、阿礼男)もこれで九代目となる。
 御阿礼の子とは名前の通り、一度見た、聞いた事を全て覚える事が出来たという稗田阿礼
 の生まれ変わりであり、人間の里で最も幻想郷に関して知識のある家系である。
 初代御阿礼の子は稗田阿一であり、幻想郷縁起の編纂を始めた人物でもある。
 御阿礼の子は転生の術を会得しており、自分が死んでも百数十年後には必ず生まれ変わる
 事になっている。御阿礼の子が生まれてくることを、御阿礼神事と呼び、稗田家はお祭り
 騒ぎが起こっている。御阿礼の子は本の編纂の為だけに生まれてくる。
 頭脳は発達しているが、その分体は弱く、只でさえ短命な人間の中でもさらに短命と不憫
 な人間であるが代わりに、生まれてくると同時に歴代御阿礼の子全員の記憶を持っていて
 頭脳明晰であり稗田家の一般の人間よりも博識である。

 幻想郷縁起とは、人間が人間の手で纏める資料である。
 初代、稗田阿一の頃は、人間が妖怪に打ち勝つために始めた資料だったが、幻想郷が平和
 になって行くにつれその意図は失われ始め、只の面白い読み物となっていた。
 今では幻想郷縁起は人間以外にも公開され、本来の意図とはかけ離れた物となっている。
 さらに今回、大結界で閉ざされてから初めての御阿礼の子である。
 どういった内容の幻想郷縁起となるのか今から楽しみだ。

 (射命丸 文)

 文献 “文々。新聞 第百九季 文月の一”より

※後日、この記事に関しての訂正が発表された。
 現御阿礼の子。稗田阿求から、先代の記憶は幻想郷縁起に関わる一部しか残っていないと
 の指摘を受けた。追って、後日の新聞では訂正の文と、記者からの謝罪の言葉が書かれて
 いる。

 ――――――――――


 ―――季節はもう秋の終わり。
 木枯らしが吹きつける冷たい朝。
 この時季にもなると妖怪達は少しずつ姿を隠し、冬を越す準備に取りかかる。
 幻想郷の木々の葉が地面に落ち、色あせた立木が周りに佇む。
 季節によって色を変えていく自然。
 それは私が毎日のように見ているもの。
 今年また―――冬が訪れる。

 開いた障子から覗く物悲しい風景を横目に、私はいつものように机に座り文献を漁る。
 それは歴代の御阿礼の子が残していった記憶。
 代々と時を越え、書き記されていく稗田に伝わる文書。
 “幻想郷縁起”。
 それは幻想郷の始まりからの史実が記されていた。
 いや、始まりというのもおかしい。
 幻想郷に“稗田が来た日の事から”が正しいのであろう。
 「あー……」
 長い文字の羅列を眺めながら目頭を押さえる。
 時計の長針がカチカチと時を刻む中。
 私は一人、何もないこの部屋でひたすら読み進めていく作業を行っていた。
 正直な所、疲れが溜まる。
 確かに、初めて目にした時は興味深かった。
 “私”じゃない“私”の記憶が書かれている物。
 新しい物を見ているはずなのに懐かしい気持ちが込み上げる。
 そんな不思議な感覚。
 しかし、それも最初のうち。
 歴代が書き記したこの膨大に量を前に、私は幾度となく屈しそうになった。
 ただ、読み進めていくだけの日々―――
 「おーいっ! そっちいったぞー!!」
 外からはきゃっきゃっとはしゃぐ子供達の声。
 きっと鬼ごっこでもして遊んでいるのだろう。
 「……そっか。今日は休日なのですね」
 里の子供達は寺子屋などに通い、夕方にもなれば皆で帰る姿をよく目にする。
 しかし、今日は休日。
 たっぷりとした長い時間を遊べる唯一の日。
 子供達は朝も早よから外に出ては、人数を集めて遊んでいた。
 「………」
 私は、開いた障子から見えるこの外の風景を妬んでいた。
 稗田と言う家名さえなければ、私もあの中に混ざっていたのかも知れない。
 里の子供達と一緒に仲良く、あるいは一緒に笑いあえる事ができたのかも知れない。
 そんな―――身勝手な考え。
 “阿求様”。
 それが私の名だ。
 里の者達からそう呼ばれ、崇められている存在。
 しかし、私にとってそれは窮屈なものでしかなかった。
 大人同然の扱いを受け、ましてや同い年の子とは遊ぶことなど出来ない。
 家名上、必然的に子供よりも大人との交流のほうが多くなってしまう。
 しかも、皆、私の気を遣いながら言葉を選び、それが本心なのかも理解できない。
 「……はぁ」
 小さくため息をつく。
 時々、ふと思うことがある。
 この気持ちは私だけではなく―――
 歴代の御阿礼の子も皆この思いを共にしていたのではないか……と。
 「先代様は、どんな人だったのだろう……」
 そんな疑問が頭を過ぎる。
 どんなことを考え、どんな思いをしていたのだろうか。
 この御阿礼の子という名を重く感じたりすることは無かったのだろうか。
 私の声は誰にも届かず虚しく消えていく。
 「……あら。疲れているのかしら? 顔に出てるわよ?」
 誰も居ないはずの部屋。
 クスクスと笑う第三者の声が部屋に届く。
 しかし、私はさも当然といったようにその場で再び小さくため息をついた。
 「……また、貴方ですか」
 部屋の隅に出来る小さな穴。
 それはどこに繋がっているかも分からない奈落への入り口。
 「……八雲様。いい加減玄関から入ることを覚えてください」
 名前を口にした瞬間、人間の姿が部屋に現れる。
 派手な服装を身に纏い、左手には珍奇な桃色の傘。
 嫉妬に駆られるくらい服の上からでも分かる抜群の体格。
 そして、幻想郷ではあまり目にしない金髪のなだらかな髪が目の前で揺れる。
 「あら、嫌よ。玄関から入ればそれは人間と同じでしょう? 妖怪らしくないじゃない」
 八雲様はそう口にすると妖艶な笑みを浮かべた。
 「見た目はどう見ても普通の人間なんですけどね」
 「……人間?」
 「えぇ、初見は誰でも見間違えます」
 私の言葉を聞くと、クスクスと笑いながら手を振り上げた。
 「これを見た後でも?」
 八雲様は手を振り下ろすと、その指先の軌道に黒い空間が現れる。
 それは先程の穴と同じ奈落への入り口。
 「………」
 「あ、触れては駄目よ。手を入れた瞬間、中に吸い込まれるからね」
 付け足すように私に言う。
 「……ね? 私は妖怪でしょ?」
 「……貴方が妖怪である事は知っていますよ。でも、なぜか妖怪らしくないというか」
 「どうして?」
 「私みたいな人間と話しているから……ですかね」
 「妖怪が人間と話すのは“幻想郷”ではよくある事じゃない」
 「そうですね。人間と妖怪が話すことに関しては八雲様の言うとおりです」
 「なら、問題ないでしょう?」
 「……いえ」
 私は小さく首を振る。
 「何かあるのかしら?」
 「……では、なぜ貴方は私なんかと一緒に居るのでしょうか?」
 八雲様は私の言葉を聞くと、眉をひそめた。
 「……どういう事?」
 「私は……言うのであれば“籠の中の鳥”。決められた運命に従い御阿礼の子としての役
  割を継ぐ者。そんな私と、どうして貴方は関わろうとするのですか?」
 そう―――私は御阿礼の子。
 幻想郷の里に住んでいる普通の人間とは訳が違う。
 ここで生き、ここで死ななければならない運命。
 私はここでの事を淡々と記していくことしかできないし、何より御阿礼の子は短命。
 面白い話が出来るわけでもなければ、人を笑わせる事などもってのほか。
 そんな面白くもない奴となぜ一緒に居るのだろうか。
 それこそ外には色々な人間や妖怪が沢山いる。
 私みたいな籠居者と居るよりもその方が八雲様も楽しいだろう。
 しかし、彼女はここにいる。
 それが私には理解ならなかった。
 「……そうね。どうしてかしら」
 寂しそうに八雲様は呟く。
 「………」
 私は返す言葉が見つからず、少しの間、沈黙が部屋に訪れる。
 「……貴方も同じ事を言うのね」
 「同じ事?」
 「えぇ、阿弥も同じような事を言っていたわ」
 阿弥―――それは稗田の先代の名。
 「……!? 八雲様は先代様をご存じなのですか?」
 「………」
 八雲様は口を噤むと、目を細めて、私を見る。
 彼女の蠱惑的な黒い瞳に私の姿が映る。
 しかし――彼女が見ているのは私ではない。
 私ではない……“誰か”。
 「……今年も春が来ましたね……か」
 八雲様は小さく呟く。
 「……どういう意味でしょうか?」
 「……貴方から、その言葉が聞ける日が来ることはもう無いのよね」
 「………?」
 頭に疑問符が浮かぶ。
 それは……私に言っているのだろうか。
 「……ごめんなさい。何でもないわ。今日で今年は最後、次に会うのは春かしらね」
 「……そうですか」
 彼女の寂しそうな顔に私はそう答えることしかできなかった。
 「じゃあね。また春の日まで、ご機嫌よう」
 そう口にすると、八雲様は、部屋の隅に出来ていた小さな空間へと消えていく。
 徐々に中に吸い込まれていく、八雲様の姿。
 完全に部屋から姿が消えたとき、隅にあった小さな穴も消えて無くなった。
 「………」
 まるで幻のように表れ、そして消えていく。
 その姿に、私は何も言えずただ見送ることしかできないのだった。
 
 ――――――――――

 八雲様が居なくなった後。
 私もやけに居心地が悪く、立ち上がり、部屋の片付けを始めた。
 襖を開けて、中にある書物を整理する。
 「……貴方も同じ事を言うのね」
 頭の中を駆けめぐる八雲様の口から出た言葉。
 それはまるで先代の“私”の事を知っているかのような口ぶりだった。
 胸に針が刺さったような痛みが走る。
 「……なんで」
 ―――私は彼女を知らない。
 彼女が私の事を知っているわけもなければ……
 彼女自身、自分の事を話してくれたこともない。
 だから私も彼女とは深く付き合わないと心に決めていた。
 “表面上の付き合い”。
 まさにその言葉がしっくり来る。
 いくら私と親密に接していた所で、どうせ近いうちに私とは離れてしまうのだから。
 しかし―――
 「……なんだろう」
 そのたび、胸に痛みが走る。
 彼女と初めて会った時からうすうすは感じていた。
 以前の“私”と、何か関係のある人物として。

 彼女との出会いは、桜舞い散る昨年の春の出来事。
 出会い頭は本当に驚いた。
 私は、少しの間部屋から出ていた。
 しかし、帰ってくると障子の向こうには縁側に座る人の姿。
 「……どなたでしょうか?」
 私は小さく呟く。
 「……さぁ? どなたでしょう?」
 私の言葉に対し、彼女はクスクスと笑いながらそう答えた。
 いきなり目の前に現れた妖怪。
 いや、最初は妖怪かすら見当も付かなかった。
 「……盗人ですか? ここには何もありませんよ」
 「盗人? まぁ、失礼しちゃうわ」
 彼女は立ち上がり、私に近づく。
 「……へぇ、貴方が阿求、ね」
 「私の事をご存じなのですね……」
 「それはもう。御阿礼神事は幻想郷全体で大きな話題だったもの」
 「なら、そこまで知っていて貴方は何故ここに? 私を襲えば報道されるでしょう。
  それに何より、人間であればそれ相応の処分もされます。それを知ってなお……」
 「……ふふっ、貴方は大きな勘違いをしているわ」
 「……何をです?」
 「私は“妖怪”だもの」
 「………」
 ―――妖怪。
 里でも妖怪は絶えず目にする。
 人間との交流を育む妖怪達は、それこそ見た目が穏やかなのだ。
 しかし―――彼女は違う。
 里の妖怪はこんな妖気を発することはしない。
 まるで、金縛りの遭った時と同じ感覚。
 背筋に冷汗が伝う。
 「……そんなに構えなくていいわよ。別に何かするわけでもないし」
 彼女は私を見ながら嘲笑する。
 「……ならなおさら、貴方は何のためにここにいるのですか」
 「そうね……言うならご挨拶かしら」
 「ご挨拶?」
 「えぇ、そうよ。新たな御阿礼の子、阿求。私の名前は八雲紫」
 「八雲……紫」
 確か、阿一様の文書に書かれていた―――
 “幻想の境界を操りし妖怪”
 しかし何故、そんな妖怪がこんな所に……。
 「……八雲様。貴方の事は分かりました。しかし、今日はお帰り願いたい」
 「……へぇ」
 八雲と呼ばれた妖怪は目を細め、私を睨むと小さくため息をついた。
 「……これは駄目そうね」
 「……何がでしょうか?」
 「……貴方の事よ。何? 私が怖い?」
 「……それは」
 勿論、それもある。
 こんなに妖気を発する妖怪と近くにいれば、私は狂ってしまう。
 「……なるほどね。素直な子は嫌いじゃないわ」

 ――――――――――

 それが、彼女との初めての出会い。
 切っ掛けは本当に些細なもの。
 それから、八雲様は時折私の部屋に来るようになっていた。
 対して私はおっかなびっくり接していたことを思い出す。
 「ふふっ……」
 笑みが漏れる。
 あれほどおぞましいと思っていた妖怪も今では普通に接することが出来る。
 話の中で皮肉を交えて話せるようにまでなった。
 だからこそ――だ。
 今更ながらに出た先代の名に、私は動揺していた。
 「先代様と八雲様の関係……か」
 調べることはいくらでも可能だ。
 それこそ、外に出れば幻想郷について詳しい者はいくらでもいる。
 神社にいる博麗の巫女に聞くのも一つの手だろう。
 「……よいしょ」
 机の横にある踏み台を手に持ち、大きな襖の手前に置く。
 踏み台に乗っかると、私は襖の上にある小襖を開けた。
 中にある書物を取り出そうと手を伸ばし―――
 「……少し、足りませんね」
 背伸びをしながら、もう一度ぐっと手を中へと伸ばす。
 言っておくが……決して私の背が低いわけではない。
 子供では平均の大きさなのだ。
 周りが大人ばかりだから私が小さく見えるだけ。
 ―――そう。そうに違いない。
 「……取……った!」
 伸ばした手から書物を掴み、思わず顔がほころぶ。

 しかし―――

 「……あ」
 踏み台がぐらぐらと揺れる。
 「しまっ――」
 ――た。と言った時には既に時遅く。
 私はバランスを崩して踏み台から落ち、掴み取った書物がバサバサと私の上に落ちた。
 「……痛たた」
 腰を押さえながら目を開く。
 「よかった本も無事ですね……」
 本が壊れてないことを確認すると、自分の上に落ちた一つの書物が目に入る。
 「……なんでしょう? 題名は書かれていないようですが……」
 所々手垢の染みが付き、書物自体も随分前の物なのか装丁がぼろぼろだった。
 「………?」
 頭に疑問符を浮かべながら本を開く。
 「……これは」
 次のページを開き、読み進めていく。
 「こんな物が……この部屋に?」
 それは先代の“私”の記憶。
 各ページごとに日付が書かれ、赤裸々にその日の事が綴られていた。

 そして―――

 「……八雲様?」
 日記に出てくる紫様という文字。
 ―――間違いない。
 この日記に出てくるこの“紫様”という名前は私の部屋にくるあの八雲紫と同一人物。
 本を閉じると、ひとつ深呼吸をする。
 「……よし」
 もう一度本を開き直し、最初から読み直す。
 先代の記憶を辿るようにゆっくりと―――。
 “私”の中にある過去の事を、今一度取り戻すように。
 私は、静かにページを開いた。

 ――――――――――


 ―――春の日。
 私は一人の“妖怪”と出会った。
 「どちら様ですか?」と言えば「どちら様でしょう?」なんて笑みを浮かべながら答える
 その妖怪はとても変わっていた。
 妖怪とあまり接したことのない私は彼女に好奇心を抱いていた。
 「貴方、本当に妖怪なの?」
 私は彼女を目にしながらその言葉を口にした。
 「えぇ、そうよ」
 彼女は笑みを浮かべながらそう答える。
 「……とても妖怪には見えないですね」
 彼女はとかく綺麗だった。
 どこからどう見ても人間の容姿。
 そして、女として嫉妬するくらいに美しかった。
 「妖怪というのはもっと動物などが化けた物を想像していました」
 「あら、最近の妖怪は人の容姿をすることが多いのよ? 何より、この姿なら自分の意志
  を相手に伝えることが容易いでしょう?」
 「……なるほど」
 「貴方が稗田阿弥、ね」
 「私の事をご存じなのですか?」
 「えぇ、それはもう。稗田の家とは付き合いが長いからね」
 「……貴方のお名前は?」
 「八雲紫よ。そうね……貴方の“お友達”かな?」
 「……友達、ですか?」
 「そう、友達ね」
 おかしな話しだった。
 なんせ、初めて合ったはずなのにも関わらず、彼女は“友達”と口にしたのだから。
 そして私は思ったのだ。
 この人は先代様と何か関係がある人なのだ、と。
 「なるほど……貴方が私に近づいたのは先代様に何か言われたのですか?」
 「あら」
 彼女はびっくりした様子で私を見ると、すぐに吹き出し、笑った。
 「……な、何か私はおかしいことを言ったでしょうか?」
 「いえ、貴方は随分と勘が鋭いのね。今までの稗田の家の当主とはだいぶ違うわ」
 「……そうなのですか?」
 「えぇ、大抵の稗田の家の子はあまり接しようとしないのだけれど……貴方は違うのね。
  よかったわ。話しやすい子で」
 「……そうですか? 私は自分でも引っ込み思案だと思っていますが」
 「そう自分で言っていられるうちは大丈夫よ」
 「そういえば……」
 「ん?」
 「貴方のことはなんと呼べばいいでしょうか? 八雲様? それとも紫様?」
 「好きに呼んでくれて構わないわよ、阿弥」
 「では、私も紫様と呼ばせていただきますね」
 「……本当に稗田の家の子は固いと言うか何というか」
 なんて言いながら紫様は大笑いしていた。

 ―――そんなある春の日。
 私は一人の妖怪と親しくなりました。
 それからも紫様はたびたび部屋に訪れるようになりました。
 紫様の話すことは面白い物ばかりで、私もいつしか紫様のような人になりたいという願望
 が出てきました。
 しかし―――それも無理な話。
 私は御阿礼の子なのですから。
 そして、月日は流れていく。
 ―――夏。
 ―――秋。
 そして―――冬。
 冬場は必ず彼女が来ることがありません。
 冬眠というのもおかしな話しですが、紫様のいない間。
 私はずっと春を待ち望みながら冬を越す。
 「春よ、来い。早く、来い」
 そう、口にしながら。

 そしてまた―――
 
 春が訪れる。
 
 「―――ご機嫌よう」
 久しく目にする姿、声。
 「……今年も春がやってきましたね」
 私は笑顔でそう言葉にする。
 「……どこぞの妖精と一緒にしないでくれるかしら?」
 「妖精なら妖怪という言葉より、可愛らしくていいではありませんか」
 二人縁側に座り、語り合う日々。
 紫様と一緒にいる間は、時間を忘れるほど、私は楽しんでいた。
 そして、私が年頃になったある時の事。
 「そういえば、阿弥はなりたいものはないの?」
 「……なりたいもの、ですか?」
 「だって、阿弥は子供でしょう? 子供は大抵夢を持つものよ」
 「私ももう年頃の女ですよ?」
 「私から見れば、まだまだ阿弥は子供だもの」
 紫様は、いつも私を里の人達と同じように接してくれた。
 御阿礼の子という名は里人からは敬われている存在。
 それを紫様は、同じ目の高さ、いや、それよりも低く私を見ていた。
 確かに……始めは不服な所もあった。
 御阿礼の子と、名を知っているのにも関わらず、紫様は一切態度を変えることはしない。
 見くびられているのだろうかと、そんな事を思ったものだ。
 しかし、それも過去の事。
 今では素直に互いの事を話し合える一番の親友。
 「……そうですね。紫様のようになりたい、ですかね?」
 「私のように?」
 言葉を聞くや紫様は苦笑しながら私を見る。
 「どうして、私のようになりたいの?」
 「紫様は綺麗ですし、頭も良い。それに、いくらでも外の世界を見ることが出来るではな
  いですか」
 「……私のようになっても、言い事なんて全然無いわよ?」
 「いえ、一度はなってみたい私の“願望”です」
 「……願望か」
 「えぇ、願望です。実際、そういうわけにはいかないでしょう?」
 「………」
 「……そうですね。言うのであれば、私は“籠の中の鳥”ですね」
 「籠の中の鳥?」
 「えぇ、決められた運命に従い、御阿礼の子としての役割を継ぐ者ですから。私に、自由
  はありません」
 「………」
 紫様は黙ると、不機嫌そうに顔をしかめる。
 「……難しいものね。家柄や名を継がなければならないのは」
 「……そうですね。しかし、それで得したこともあります。稗田という名は皆に分かって
  もらえますから。私はここにいる、生きているという実感が出来るでしょう?」
 「……物は考えようね」
 「ふふっ、そうとも言いますね。一つの事に縛られるのは自分としても不本意ですが……
  家柄の事に関しては何も言えません。先代様も皆同じ思いをしていると思いますから」
 「……そう」
 「えぇ、きっと」
 紫様は私の顔を見ながら頻りに何かを考えていた。
 そして、その日の別れの時間。
 「なら、私も阿弥に協力しようかしら」
 「私に協力、ですか?」
 「えぇ、阿弥のなりたいものは“私”なんでしょう? なら、私がどんな物を見ているか
  貴方にも見せてあげるわ」
 「……それは楽しみですね」
 「えぇ、楽しみにしてなさい。色んな物を見せてあげるわ」

 ―――私は本当に楽しみだった。

 紫様に会える事ばかりを考えていた。
 初めて見ることの出来る幻想郷以外の外の世界。
 私は胸を躍らせながら夜も眠ることが出来なかった。
 しかし、時というのは残酷なもの。
 私は、その約束を果たすことが出来ず、病に伏してしまった。
 「………」
 「どうしたんですか? いつものような元気がありませんね、紫様」
 「そうね、どうしたのかしら……」
 紫様は元気なく頭垂れていた。
 「……申し訳ないです。約束、果たせそうになくて」
 病に伏した後、医者から外に出るのを固く禁じられてしまった。
 そして、紫様との約束も―――
 「いいえ、仕方がないわ。貴方の体のほうが重要だもの」
 「……紫様らしくない言葉ですね。人のことを気にするなんて」
 「私だって、たまにはそういうこともあるわよ」
 御阿礼の子は短命。
 この時ほどこの名を悔やんだことはなかった。
 「……紫様」
 「何かしら?」
 「一つ、約束して欲しいのですが、よろしいでしょうか?」
 「あら、何かしら」
 「次の御阿礼の子が現れた時、私との約束を果たしてあげてください」
 「………」
 「私は、そう長いことここにいることは出来ません。しかし、次の御阿礼の子であれば、
  この約束を果たすことはできるでしょう?」
 「……そうね、でもそれは貴方じゃないわ。次の御阿礼の子の名を持つ別人。それでもい
  いのかしら?」
 「……構いません。それにほら、巷ではよく言われてるじゃないですか。御阿礼の子は必
  ず生まれ変わり、今までの歴代の記憶を全て持って生まれてくる。実際に私は違いまし
  たが次の子はもしかしたら持っているかも知れません……それに」
 「?」
 「私は稗田阿弥。第八代目御阿礼の子。一度見た物は必ず忘れません。私は親友を忘れる
  ような薄情な人間ではありませんからね」
 「……そうね。親友、だものね」
 私は紫様に笑みを浮かべながら話しかける。
 「……約束です。紫様」
 「えぇ、約束」
 「きっと、貴方にも再び春が訪れるように……」



 それでも、私はこの記憶を無くすのが怖いのでこの日記を記すことにしました。
 生まれ変わる前の記憶をなぞるのはどのような感覚なのでしょうか。
 知りもしない歴史を聞かされた時の嬉しさ。
 自分のほしかった物が手に入った時の喜び。
 そんな感情と似ているのでしょうか?
 それとも―――
 知ってしまった故の悲しさ。
 というのもあるのかも知れません。
 どうか―――
 まだ、私の知らないものでありますように―――。

 ――――――――――



 私は静かに本を閉じ、息をつく。
 「親友……ですか」
 記憶にはない“私”の言葉。
 しかし、それを目蓋の奥に浮かべることは容易だった。
 聞こえてきた先代様の言葉。
 感じることの出来た先代様の気持ち。
 「先代様も同じ事を思っていたんですね……」
 最初の出会い方や、話している言葉も一緒。
 しかし、そこから先は違う。
 先代様は八雲様との話を楽しみに毎日を送っていた。
 私はどうだろう。
 “楽しみ”という事を感じないまま過ごしていく日々。
 御阿礼の子が誕生した時、八雲様は再びここを訪れた。
 目の前には初めて会った時と同じ稗田の子。
 きっと八雲様は先代様と見間違えたに違いない。
 いや、先代様として、再び迎え入れたかったのかも知れない。
 しかし、八雲様を受け入れようとしなかったのは―――
 「……私だ」
 彼女の事を不信に思い、最初は近づこうとすら思わなかった。
 八雲様は落胆しただろう。
 だから、八雲様は言ったのだ。
 「……これは駄目そうね」と。
 私には何の意味か理解できなかった。
 それでも、これを読んだ今なら理解することが出来る。
 八雲様は、私と先代様を見比べているのだ。
 そして、私が先代様と同じ人物であることを望んでいる。
 でも、最初の会話で八雲様ははっきりと分かってしまった。
 “私”と先代様はあまりにも違うと。
 それでも彼女はたびたび私の部屋に訪れた。
 それは、先代様との“約束”を果たすため。
 彼女にとっても、複雑な気持ちだっただろう。
 「……私は、先代様にも、八雲様にも悪いことをしていたのだろうか」
 ―――いや。
 悔やんでいる場合ではない。
 私は八雲様に言わなければならないことがあるだろう。
 「でも……」
 もう、季節は冬間近。
 八雲様が来ることも……次の春まではない。
 「………」
 知るのが遅すぎた。
 もう少し、あと一日でも早くこのことを知ることが出来れば、私は……。
 「……春よ、来い。早く、来い」
 口ずさんだ唄が、吸い込まれるように悲しく部屋に消えた。

 ――――――――――


 ―――月日が流れることはあっという間。
 誰もがそのような事を口にするけれど。
 私にはこの冬が本当に長く感じられた。
 桜の芽が出始め、小さく花を咲かせるこの時期。
 幻想郷の雪は解け、ようやく、気温も暖かくなってきた頃。

 彼女は―――再び現れた。

 「ご機嫌よう」
 彼女はいつものように私に挨拶をする。
 しかし、私は知っている。
 彼女になんて言葉を返せばよいのか。
 彼女とどう接していけばよいのかを。
 「……今年もまた春がやってきましたね」
 私は躊躇いながらもその言葉を口にする。
 「……なんで、その言葉を……」
 「………」
 「……阿弥?」
 私は首を振る。
 「いいえ、私は阿求ですよ。稗田阿求」
 「………」
 「八雲様と先代様の事を少し教えて貰いました」
 そう口にすると、彼女にあの日記を手渡す。
 「これは?」
 「先代様が書き残した日記です。……貴方の事が書かれていました」
 「………」
 八雲様は私の言葉を聞くと、ゆっくりとページを開く。
 「……阿弥がこんなものを」
 懐かしむように手に取り、目を通す。
 「……読むのは無粋かとも思いました。貴方と先代様との記憶ですから」
 「……いいえ。構わないわ」
 「……申し訳ありません」
 私は頭を下げる。
 「……どうして、頭を下げるの?」
 「貴方と、先代様の望みを砕いたのは……私ですから」
 「………」
 「貴方の気持ちも知らずに……私は……」
 「……いいのよ」
 八雲様は日記を閉じると、私を見据える。
 「本当に、阿弥とは違うわね」
 「……え?」
 「阿弥はそんなことで謝ったりしないもの。それに……」
 
 ふわりと―――
 
 桜の花びらが舞い散る中。
 私は八雲様に抱き寄せられる。
 「……あ」
 ―――春の香り。
 抱きしめる八雲様からは、鼻腔をくすぐる甘い香りがした。
 「……えと」
 言葉に出来ない。
 抱きしめられた私は、何を口にすればいいか分からず、しどろもどろになってしまう。
 八雲様はそんな私を見て、小さく笑うと、口を開いた。
 「……貴方が言ったのでしょう? 貴方は阿求。阿弥ではないわ。それを気にすることは
  ない。人は皆違うのだから」
 「……八雲様」
 「私も馬鹿だったのかもね……。貴方と阿弥を比べるなんて無粋な真似。悪かったわ」
 「……八雲様」
 「あら、泣いてるの? ふふっ、阿求は子供ね」
 笑いながら話す八雲様の目尻にも、涙が浮かんでいた。
 「……八雲様だって泣いているではありませんか」
 「あら、私はこんな事じゃ泣かないんだから。今のは……そう、まだ起きたばかりだから
  眠かっただけよ」
 そう言ってそっぽを向く。
 その仕草に私は口に出して笑ってしまう。
 「あ、今、笑ったわね? 阿求~~っ!!」
 「い、痛いです、八雲様。わかりましたから締めないでくださいー!」

 そんな暖かい春の季節の訪れ。
 私は再び一人の“妖怪”と出会いました。
 それは過去の“私”の親友でもあり、そして
 今でも大切な、一番の親友。

 どうか―――
 貴方にも再び春が訪れますように。
 
三度目の投稿となります。夏影燕です。
今回のお話は阿求と紫のお話です。
阿求×紫いいよ! あきゅゆか!
実は今回のお話は同人の方で出そうとしていた物になりますが……

金銭的な事情によりっ!! 印刷所に行けないのでっ!!

ここの掲示板に載せることにしました。
あぁ、社会の風は冷たいですよねー……。
もう少しまともな給料が入ればと願うばかりです。

それはともかく、最後まで読んでくださった皆様本当にありがとうございます。
ご意見やご指摘などもあれば、書いて頂けると光栄です。
夏影燕
[email protected]
簡易評価

点数のボタンをクリックしコメントなしで評価します。

コメント



0.570簡易評価
5.100煉獄削除
阿弥の日記と過去の話、そしてその想いを知った阿求と紫様の
やりとりがとても良いですね。
雰囲気というか時間の流れがゆったりとしているようでした。
面白いお話でした。
9.100名前が無い程度の能力削除
暖かい話でした。読みやすかったです。そういえば「時の旅人」って言う合唱曲あったようなw
11.100名前が無い程度の能力削除
紫様最高
12.90名前が無い程度の能力削除
良い話だった……と100点を付けたい所ですが。
話の余韻を軽いノリの後書きでスパーンと飛ばされちゃったのでこれで。
まさに画龍点睛。
15.無評価夏影燕削除
煉獄様>
読んでいただけたようで自分としてもうれしい限りです。
少しでも前の作品よりうまく仕上がってればと思います。

9様>
歌詞の意味とこの話はまったく違いますが、その曲を意識してタイトルをつけたのは事実ですw
多少、歌詞と内容を合わせたりもしたのですが。

11様>
紫様最高。本当にこの言葉に限るw
やっぱり、紫様を好きな人は多いですね。

12様>
おぉ……盲点でした。まさかそこまで見ていただけているとは。
ついいつものノリで書いてしまいました。
以後、気を付けていこうと思います。


読んでいただいた皆様、本当にありがとうございます。
今後も作品のほうは投稿していきますので、宜しくお願いします。
後、誤字が多いのは本当に申し訳ない。
次から気をつけます。
16.70名前が無い程度の能力削除
趣深く読ませていただきました。ちょっと全体的にゆったり過ぎて、要領の割りに読み進めるのに時間を要しましたが、それはこの雰囲気を出すためにはある程度仕方ないのかも。
17.無評価夏影燕削除
16様>
読んでいただきありがとうございます。
ご意見、大変参考になります。
今後も暇さえあればここで書かせてもらおうと思いますので宜しくお願いします。