地霊殿の午後というのは緩やかで、ペットの動物たちが忙しなく走り回っているのを除けば、住人は静かにお茶を飲むだけであった。
といっても、住人と言うべき住人はたったの二人しか居らず、その一人はいつもどこかをふらふら。
「退屈ですねぇ」
一人ごちったところで湧いてくるわけもなく、せいぜい沸くのはさっき火にかけたお湯ぐらいである。
それで紅茶を飲んで退屈な午後に色を添えようという魂胆なのだが、話し相手もいないというのはどうにも味気ない。
お燐やお空は仕事に出ているし、今、地霊殿に居るものは言葉を解すことのできないペットたちのみ。
普段は人付き合いを好まないさとりであったが、この時ばかりは誰かが押しかけてこないものかと、立て肘をしていると、こんにちはーという大きな声がする。
はて、都合のいい相手も居たものだとさとりはペットに声をかけ、出迎えさせることにした。
これは珍しいこともあるものだと、さとりは連れ立ってきた二人組みに表情は変えずに、けれど第三の目を丸くさせた。
以前ここへやってきた博麗霊夢と、妖怪の山に社を構える守矢神社、そこの風祝である東風谷早苗である。
霊夢のほうは「いちいち高そう、売ったらお金になるかしら」とロクでもないことを考えているし。
早苗は早苗で、「ここに住みたいかも」だなんてことを考えていらっしゃる。
そのどちらも、できれば勘弁していただきたいものだ、とさとりはやはり表情を変えず、第三の目をひそめた。
「珍しいですね、あなたたち二人が連れ立って地霊殿に来るだなんて」
「理由はあんたならわかるでしょ」
「まぁ、わかりますけども。相手の言葉にはあまり口を挟まないようにしたんですよ」
さとりは第三の目を撫で、自分は変わったのだとアピールをした。それを見て呆れた顔をする霊夢。ヤカンがピーピー鳴いている。
「実はですねさとりさん」
「呼び捨てで構わないですよ。ああ、あなたは誰にでも基本的にさん付けをするんですね、丁寧なのは良いことだと思います。
ええ? 一緒に住んでいる相手にさま付けを? ああ信仰している神様。それならそれも不自然ではありませんね」
「あんたさっき、その癖止めるって言わなかった?」
「キャラが薄くなるわねーって霊夢さんが思ったみたいですしね、こういったところでアピールしなくては生き残れませんし」
「はぁ……。幻想郷の生存競争も苛烈なんですね」
「心の中のことを喋っても構わないですか? 私のお口はチャックが壊れかけでして」
「や、やめてください! 変なことは考えてないですし」
「どうだか」
慌てて取り繕うとする早苗と、手を広げて大袈裟にため息を吐いてみせる霊夢。ヤカンがピーピー鳴っている。
「さっさと取りに行けって言われても、先に動いた人がお茶を入れるんだっていうトラップなんですけども」
「バラしたら意味がないじゃないの……。いいわ、私が淹れるからあんたたちそこで待ってなさい」
「わーい、私霊夢さんの淹れたお茶、大好きなんです」
「残念ながらお苗さん、うちには紅茶しか常備していないんですよ。日本茶は今度仕入れておきますね」
「お、お苗って……」
「おれいさん、お煎餅が戸棚の中にあるのでついでに持ってきてください」
さとりの表情はいつもの仏頂面だったが、第三の目はウインクをしようとして変な形になっていた。ヤカンは止んだ。
「ところでお苗さん、私とこいしについてのことを聞きたいと? 珍しい人もいたものです。覚りのことが知りたいだなんて」
「いやまぁお苗って言うのに突っ込むのはそろそろやめますね、触ったら絶対悪化しますもんね」
「いいでしょうわかりました。しましょうか、さとり、の話を」
さとりは遠い目をした。霊夢は紅茶を急須で煮出そうとしていたが、急須がどこにも見当たらないので砂糖を舐めていた。
里に錦鯉がやってきたのはつい先日のことで、妖怪の山に住んでいる河童から、人間との友好のためにと贈られたものだった。
「立派な錦鯉だなぁ。これは里の皆の宝にしようじゃないか」
上白沢慧音は満足げに贈られた鯉を眺めつつ、里の中央にある広場に、池を作ることを提案したのだった。
もちろんその提案に反対するものもおらず、早速工事が始められることになった。
「いやしかし立派ですね」
「そうだろうそうだろう」
出来上がるまでの間、錦鯉は稗田家の庭にあるため池で飼うこととなった。
稗田家の溜め池は、池というのも名ばかりで、そこには魚の一匹も飼われてはいなかった。
たまに蛙や昆虫が卵を産み落とすぐらいである。
「梅雨頃になると蛙がね、うるさいんですよ。この世から消え去ればいいのに。そう思いませんか?」
「あ、ああ……。そ、そうだな」
「ですよね。私は常々思っています。この世から巨乳は消え去れよ、と」
ささ、どうぞ。と阿求は縁側で冷や汗を垂らしている慧音へとお茶を差し出した。
慧音は何度もお茶の色や、阿求の表情を確かめなおす。
「大丈夫ですよ、毒は盛っていませんから。毒は私の口から吐き出す分で十分です」
わかっているならもう少し自重してくれないか、そう思った慧音であったが、出かけた言葉はどうにか飲み込んだ。
下手なことを言って、幻想郷縁起にむちゃくちゃなことを書かれてはしょうがない。
幻想郷縁起は阿求の主観がほぼ全てを占めているせいで、一部は悲惨な書かれ方をしている。
鈴仙の欄はとくに酷かった、と。里では既に、痛い電波少女としてしか扱われない妖怪兎を慧音は憂いた。
「憂いたところで世界は何一つ変わらず廻っていくんですよ。そしてこの幻想郷も」
阿求は遠い目をしたが、憂いている内容は主に乳の大きさなのだろうと思うと、慧音は言葉に賛同しかねた。
「別に慧音さんの乳が、この世が一巡したら萎むだとかを夜中中考えたこともありませんしね」
そういってお茶を啜る阿求。カタカタ湯のみが震えているところを見る限り、恨みは相当溜まっているのかもしれない。
これからはなるべく慎ましく生きていこう。そうでなければ、いつかアジテーターと化した阿求に里を追い立てられるかもしれない。
「しかし、河童たちも面白いですね。友好を結ぼう、だなんて」
「ああ、守矢神社が妖怪の山へやってきたこと。それに伴って、妖怪の山に人間が近づくことが増えたろう。
天狗はそれに対していい顔をしていないみたいなんだけども、河童はそうじゃないみたいだな。
なんせあいつらは自分らのことを、人間の盟友だって称しているからな」
「河童は人間には割かし友好的ですしね。彼らの発明品はそれはもう便利な物が多いようですし。
ただ、それが大量に流入することが、里に良い影響をもたらすかといえばそうは思えませんが」
「それは河童たちもわかっているだろう。だから、必要以上には近づかない」
「八雲紫が、釘を刺しているのかもしれませんね」
「そうかもしれないな。身の丈に合った生活を続けていれば、それはそれで満足できるものだからな」
「ところで聞いてください。私、あの鯉に名前を付けたんですよ。
あの橙色が鮮やかな子にはジャッキー、体の大きいあの子にはロッキーです」
「……またなんともいえない名前を付けたもんだな」
「広場に彼らが行ったとしても、私はしつこく呼び続けていこうと思っています。ゆくゆくは、そういった名前が幻想郷のスタンダードになるように」
「お前さんは一体幻想郷に、どこの風を吹き込もうとしているんだ」
「いやぁ、次転生したとき、名前が阿天とかだったら面白いなぁ、とか思っていて」
「本当にそうして欲しいのなら、遺書にでもそう書いておけ。私が責任を持って伝えておく」
「何言ってるんですか、こういったものは自然の流れに任せておくから楽しいんじゃないですか。
私がするのはあくまで、種を撒くことだけですよ。そういった風流を理解できないようではこれから苦労しますよ」
「ああ、今まさに言葉選びに難儀してるよ」
ちゃぷん、と鯉が水面から顔を出し、口をぱくぱく開き、そしてまた身を翻して潜っていく。
「おなかでも空いたんですかね」
「かもしれないな。っと、私はそろそろお暇するよ。おなかを空いたで思い出したが、うちにもおなかを空かせた奴がな」
「妹紅さんですか、仲がよろしいことで」
「力仕事なら任せろって竹林から出てきてるんだ。仕事を終えたらいっぱい食べさせてやらないと、な」
「ひょっとして、慧音さんと一緒に居たいからって出てきてるんじゃないですか?」
「そうかもしれない」
じゃあ、と言い置いて、慧音は立ち上がった。阿求も見送りのために立ち上がり、玄関までとてとてと歩いていく。
「世話になったな」
「またいつでも。ランボーやスタローンも会いたがると思いますし」
「名前が変わってるぞ」
「毛沢東とか胡錦濤でしたっけ」
「わかってて言ってるだろお前。あんまり危ないことを言ってると怖い隙間おばさんに連れてかれるぞ」
「いいですねそれ。子供の躾に隙間オババとか」
「神出鬼没だからな、違いない」
それじゃあ、と言い残して慧音は稗田の屋敷を後にした。
そんな慧音がボロ雑巾になって発見されたのは、そんな先のことでもなかった。
阿求は天狗の取材に対し、涙ながらにこう語った。
「私はあの半獣に脅されてたんです。八雲紫のことを悪く言えって……。だから、こうなってもむしろ当然の報いっていうか」
この発言を発端に、天狗の紙面上では二人の激論がかわされたというが、それはまた別の話である。
数日を経て、里の広場に池が完成した。
それなりに立派な外観ではあったが、そこには阿求や慧音の姿は見受けることはできなかった。
いまだに互いの間では冷戦が続き、今日も里の空には矢文が飛び交っている。オチオチ空を飛ぶこともできやしない。
「あー今日は、お、お日柄もよく、えっとなんだっけ」
二人に代わり挨拶をすることになった妹紅は、大勢を前にして噛みまくっていた。
「そうそう、無事に池を完成させることもできて、なんだっけ、河童から貰った鯉もどんぶらこどんぶらこ泳がせるようになりました! はいおしまい!」
割れると中から赤ん坊が出そうな擬音だったが、マトリョーシカはアリス・マーガトロイドだけで十分だ。
聞いていた人々もぞんざいに拍手をしてから、思い思いの行動をしはじめた。
数日経っただけで人々の興味は薄れて、鯉も金魚もさほど変わらないんじゃないかと池を覗く者もいなかった。
そんな適当な人々の中でも、特に暇そうにしていた霧雨魔理沙は、アリスを池に落とそうとしていた。
「やめてって足つかないから! たすけてー!」
「ところでさーアリス、錦鯉って食ったら美味いのかな」
「知らない! 鯉は結構おいしいと思うけど今はそんな状況じゃないし!」
「そういえばアリス。お前急にちっさくなったよな。逆成長期か?」
「わかってて言ってるでしょあんた! ぜぇったい許さない! いつか抜き返してやるし!」
「おーおー手の摩擦係数が急にどえらいことになりそうだぜ、そうなったら哀れ、アリスは池の中にぼっちゃんだな」
「わーわーわー! 嘘嘘! 私なんも言ってないし!」
「冗談だぜ。私たちは友達だろ?」
「魔理沙……」
「どっちかというとお姉さんの背中についてくるめんどくさい妹か?」
「あーもうやだ! 魔理沙やだ! 私帰る! 魔界帰る!」
「パチュリーが寂しがるぜ。あいつなんだか、最近お前を見る目が変だからな。紅魔館に行くと本の代わりにアリスをくれって言われるんだ」
「私はあんたらの所有物じゃないし!」
「それで私は言ってやったんだ。アリスは皆の玩具、だってな。我ながら格好いいと思ったぜ」
「あーあー聞こえなーい!」
「そしたらパチュリーも同意してくれてな、私たちの間には友情を越えた何かが芽生えたな、これは。
これも全部アリスのおかげだぜ、ありがとうな」
「あんた台詞と行動あってなさすぎ! 降ろせ降ろせー!」
「あー? 池にダイブしたいのか? そんなに水泳がお好みなら私も手伝わないこともないんだが」
「だれかたすけてー」
微笑ましい二人が、殺伐とした里の清涼剤であることは間違いない。
妹紅は来賓として招かれていたにとりと供に、二人の姿を見てきゅうりを齧っていた。
「あいつら、バカだな」
「まぁ本人たちが楽しければいいんじゃない? なんだっけ、幻想郷縁起作ってる人間と、半獣」
「阿求と慧音」
「そうそう、あの二人も似たようなことして遊んでるみたいだし、平和が一番だよ」
「まぁな。ところでこのきゅうり美味いな、もう一本くれないか?」
「うんいいよ。さっき里の畑でむしってきたの」
「それ泥棒じゃないのか? まぁ、いいか、うめぇなこれ」
「風見幽香の畑だしね。どうでもいいと思うよ」
「ああそうだったのか、それはどうでもいいな。農香りんだしな」
「そうそう、農香りんだし」
麦わら帽子を被って鍬を持つ。
お花よりも大根を持っていたほうが様になる田舎系アイドル幽香の畑は、今では季節でない野菜が常に生っている。
ベジタブルマスターなんて、いまさら覚えてる人いないよ。
「待てー!! 害鳥!! 作物を食い荒らす奴は抹殺だー!!」
「たすけてー!! 何もしてないのにー!!」
鍬を振りかざし、ミスティアを追い回す幽香。
人間の里は、今日も平和だった。
「というわけです」
さとりはロクでもない淹れ方をされた紅茶の味に顔をしかめつつ、しかし文句は言わずにカップを傾けた。
霊夢は黙々と砂糖を舐めている。
「全然さとりさんの話じゃないですよ!? 里の日常の話じゃないですか!!
いやたしかに私はまだ幻想郷に来て日は浅いかもしれませんが、常識知らずではないですよ!!」
「砂糖おいしい」
「いいえこの話はちゃんと、さとりの話でしたよ。いえ、どちらかというと妹との絡み、って言った方が正しいかもしれませんね」
さとりはそう言って席を立った。きちんとした紅茶が飲みたくなったのだ。
「座っていてください。いまから紅茶を淹れてきますから。ええ、わからないのならもうしばらく考えていてください」
「はぁ……」
「さとうおいしいよさなえもなめるやっぱりだめわたしがなめるから」
霊夢は無心で砂糖を舐めていた。何を考えているのかは、もはやさとりですらわからない。
「さとり、さとり、さとり……」
火にかかったヤカンは、しばらくするとまたピーピーと鳴き始めた。
抽出用ポットにお湯を注ぎ、十分に器を暖める。そうしなくては、本当においしい紅茶を淹れることはできないのだ。
「さとり……」
早苗は机の上に置いてあったメモ帳に、先ほどの話とさとりとの関連性を求め始めた。
茶葉を入れ、沸き立つお湯を素早くポットへと入れるさとり。紅茶を淹れるときには、ほんの少し遅れるだけで味が大分変わってしまうのだ。
「さとうおいしい」
「さと……うーん。漢字?」
茶漉しを用意し、充分に蒸れた紅茶をサーブ用ポットへと移す。こういった複雑な手順を踏んでようやく、おいしい紅茶を飲むことができるのだ。
「おまたせ、お苗、謎は解けたかしら?」
腕を組んでメモ帳と睨めっこしている早苗と、溶けはじめ、床と一体化した床霊夢。
さとりは彼女らの前にティーカップを置き、サーブ用のポットから丁寧に注いだ。
「あの、もしかしてですよさとりさん」
「なんでしょう」
「本当にバカみたいなことを言いますよ」
「さとうおいし」
「どうぞおっしゃってくださいな」
早苗は意を決して、口を開いた。
「それってつまり、里鯉(さとり)、ってことですか」
さとりは幾年か振りに、ニッコリと笑った。
小さいアリス続いてるし、ゆうかりんキュウリ上手に栽培できるようになってるし。
そしてあなたの霊夢好きですよ。
くだらないけど、面白かったです
ロリスとかのうかりんとか何気にオールスターなのにー
農家りんは見てから「ああ、そういえばあったなぁ…」って
感じで思い出しました。
しかし、さとり×こいしで里鯉…ですか。
こいしとの話が出てくるのかと楽しみにしていたのに……。
でも、これはこれで良かったです。
なんですかこのタグ詐欺は。
麦藁帽かぶってる農家りんを抱きしめたら顔真っ赤にしてモゾモゾとか想像しちゃって脳味噌が有頂天で鼻血がボルケイノ
娘さんを俺にください
いいぞもっとやれ
角砂糖おいしいです。
あ、アリス可愛いよ
アリスさん頑張れ、超頑張れ。
農家さん格好良いよ農家さん。
けれども幸せです
だがそれが大好きだwww
幻想郷的には正しいのか。
僕もアリスで遊びたいです。
あんただけじゃウインクはできねえよ…